ソウルカメラのblog

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知らない、と思うんですよね。
(今回は文体がいつもと違うぞw)

つまり何が言いたいかと申しますと、「自分」が、「相手」が、「何者である」、あるいは「何者になる」かも分からない(未知数である)のに、「変えよう」(相手を、自分を)とすることは、ナンセンスである、ということなのです。

「変える」のではなく、「変わる」のです。

自分に対しても、相手(他人)に対しても、謙虚であるべきなんですね。

そのためには、先ず「自分を丸ごと受け入れる」ことなんです。
丸ごと自分を受け入れるというのは、時として「傲慢になる」自分すらも、許して受け入れる、ということです。「自分のすべて」を許して受け入れる、ということです。
それから、「相手」や「他人」を許して受け入れることができます。

とても相手を受け入れることなどできない、という自分をも受け入れること。

つまりこれは、「幻想」を受け入れる、ということになります。
私たち全員で同意して作った「幻想」。
自分が作ったものなのですから、裁かずに受け入れること。
「幻想」は、受け入れることによって、消えてゆきます。


さて、今回もまた、Mさんとのメールのやり取りで、ブログで発信すべきメッセージが出てきてしまいましたので、転載します。

Mさんからの、

最近、思考もどんどん変わるというか、すぐ過去になって、まとまらないよね

という話を受けて、以下私が返信したものをそのまま載せます。




そう、思考も毎秒かわりますよね
それで良いんです
三次元はコントラストの世界ですから、「これだ」と思うと、その逆もしかりな情報が目について、つまりコインの裏表で「一つ」ですから、片面にフォーカスしたらもう片面にもフォーカスすることになるという、一見「矛盾」した両方をどう「統合」するか、がカギなんですけど、これ、私は長い間これに取り組んだ結果出した結論が、「統合しようとしなくてよい」

そしてこれも矛盾してるようですが、「統合しようとしない」ことが「統合」なんです(笑)

「あるようにあらせる」

Let It Be

ですね。

「犬と猫、どっちが猫なんだろう」ではなく、犬は犬であり、猫は猫であるという。

バシャール曰く、
「最大の矛盾が目の前に現れた時、真理に最も近づいた時です」と。

「自分」がAでもありBでもある「全体」なので、外にはAとBが現れるというわけです。そのどちらも「自分」なんです。

またバシャール曰く
「『AかBか』ではなく、『AもBも』なのです」と。

具体的に言うと、現在執筆中の「BEとDO」でBEの重要性をテーマに書き出した途端、本当にその途端、DOの重要性を言うメッセージを目にする、という具合(笑)
Mさんはこれを理解してくださると思いますが(笑)

ですから、私は、「矛盾したことを言う」人しか、信用しないのです。
あるときはAあるときはBと。
AとBで「一つ」なんですが、この第三次元は時間と空間がある次元なので、「一つ」の両面を表現するのに、時間差があることになるわけです。

私が記事を書くことに詰まってお休みしていたのは、それが理由の一つでもありました。自分のなかでAとBが同時に出てきたら、「書く」ことは出来ない(笑)
相殺されて、「0」になっちゃうので

わあ、これもまた記事ネタみたいな(笑)

というわけで、記事ネタにしました(笑)
今回も記事のインスピレーションをくださったMさんに、感謝です。


読者のMさんとのメールのやり取りで、またしても「記事執筆ゾーン」に入ってしまいましたので、Mさんからご承諾いただいた上で、個人間メールのプライヴェートな部分を削除編集して、転載させていただきました。
「BE」と「DO」をテーマに現在連載中の記事ですが、私自身が常に変化しているので、前回の記事から表面上繋がりがない今回の内容にワープしてますが、深いところで繋がっています。

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Mさんからのメール

----- Original Message -----
From:
To: sourukamera@yahoo.co.jp
Date: 2018/8/26, Sun 12:17
Subject: M

こんにちは

毎度、覚え書きのようなメールですので
さら~っと

8月もあっという間ですが、今年の夏は色々な出会いもあり、ソウルカメラさんや、彼との話のお陰で、
葛藤として学ぶことがどんどんなくなり、過ぎ去って行きます、感謝

18日以降、私の自分との一体感状態が増え、
郷愁の念と入り混ざった幸福感のようなものが込み上げます?包まれます?

そして、先日、私が太鼓の音が好きで~の話から、彼はギターとドラムの仕事もしていた為、二人でテーブルを指で叩きながら教えてくれたのが、、

自分が体の中心に居ないと駄目だからね、体の中心からじゃないと音はズレるんだ、
最初はごまかせても、ズレていっちゃうからね、、と


私はその話とても印象に残り

私はいつもここで微笑んでいよう
約束だから
銀河の中心を教えてくれた○○に

とチャネル?状態になりました。





以下、私からMさんへの返信です



いやあ、この夏は異常酷暑、Mさんとの交流と、例年には明らかになかった変化と前進の楽しい夏で、
思いで深い記念碑的な夏となることでしょう^^

太鼓の音、私も大好きなんです!
私は幼少のころから、教室や自宅で常に手と指でリズムをとっている子供で、
本当はドラマーになるのが夢だったんです。

和太鼓でもドラムセットでもボンゴでも、なんでも打楽器の響きに魂が本能的に揺さぶられます。
アフリカンリズムな音楽が大好き!

ですから彼氏さんのお話、すごくよくわかります!

そして、「自分が体の中心にいないとだめ」

彼氏さんは、スピマスターですか?(笑)
スピの極意でしょこれ。

そして、「自分が体の中心にいる」ということは、
「『自分』(というマインド、エゴ)は空っぽである」と同義なんです!

この状態の場所から自分が「なす(DO)」ことは、全て「BE(ただある)」ことと、矛盾がない状態なのです。
何故なら、「行為」が「存在」と一体化していますから、そこには分裂や分離がないからです。

ですから、「BE」であることと「DO」であることの違いとは、単純に「何もしないこと」と「何かを行為すること」の違いというわけでは、ありません。

多くの「スピな人」の初心者が間違えやすいのは、「BE」であることすら「DO」の領域から「行って」しまうことです(笑)

マスター(達人)とは、その人が「何を行っても」それが「BE」である状態の人のことです。

「存在(BE)」が全き統一で「一つ」となっている者(自分が体の中心にある人、自分が空っぽの人)の言動は、
何であれ、たとえそれが表面上、人間的尺度の悪にみえるとしても、「全(禅、善、然)」であるのです。

「存在」が分裂している者(自分が体の中心にない人、自分の中が複数の「自我」で混乱している人)の言動は、
何であれ、たとえそれが表面上、人間的尺度の善にみえるとしても、その思考、行為は「灰汁(あく)」を残して(悪を残して)しまう、というわけです。

世界の混乱、厳しい表現で言いますと人類自滅の危機は、「BE」を疎かにしたまま「DO」の爆撃合戦を仕掛け合う「内部が複数の自我で分裂した状態の人間たち」がもたらしてきたものであり、たった今、方向転換、意識転換が「深刻な」急務となりつつあることなのです。

「DO」と「DO」の応酬は、常に「DODO巡り」にいたるだけなのです。
これは、国家間の関係から、一対一の個人の関係性まで、全く一緒ですね^^

「幻想」の世界の中で、自分が「負ける」「消える」「死ぬ」と恐れを抱いている人たちが、なんとか「自分は生き残ろう」と画策して、懸命の「DO」を先制攻撃で仕掛け合ってきた結果、「自分も自滅してしまう」危機に自分自身をもたらした、というのが、現状の地球世界です。
犬猫やゴリラなど他の人間以外の動物たちは、この人類の姿を見て、「バカ」だと思っています(笑)

書いているうち、「記事」になってしまいましたので(笑)、このメールのやり取りを編集、部分削除したうえでの転載許可を、
お願いします
Mさん、今回も感謝です!

「オリオンの高等評議会」も以前のあるメッセージで言っていたように、私たちは「一つ」の「意識の統一フィールド」の中に存在しています。このメッセージの中で「オリオンの高等評議会」が言うには、「もしあなたがたった今アイスクリームが欲しい」という場合、「既にこの手にアイスクリームを手にしているあなた」が、この「統一フィールド」内に存在しているのだといいます。ということは、この「オリオンの高等評議会」が言う「統一フィールド」(地球の科学者が言う「統一場」と同じことのようです)とは、「可能性の数だけ同時並行で存在している」平行世界、「パラレルワールド」も含む、途方もないスケールの「場」のことのようです。

「バシャール」や「オリオンの高等評議会」などの高次元宇宙存在が異口同音で言うのは、「あなたがイメージする理想のあなたは、(パラレルワールドを包含する)この統一フィールド内に、既に存在している」ということです。そして、これも異口同音で、「この宇宙に存在しないものを『想像』することはできません」とも。つまり「願望」すること自体が、「その願望が叶っている状態にある自分」が既に統一フィールド内に存在していることを意味します。「あなたがそうある可能性がないものを、あなたが夢見ることはない」のです。

そこでバシャールは、その「あなたが理想とする自分のイメージ」を「演じる」ことが、既にそうある「パラレルワールドの自分」と「合体する」プロセスとなり得るという、驚くべき「願望実現法」を提案しているというわけです。

つまり、あなたが理想とする自分が、「大会社の社長で、高級車を何台も所有し、豪邸に住んでいる」のであれば、そういう人物はどういうしゃべり方の口調、言葉遣いをし、どういう物腰であり、動作はどうであり、という人物像を、現在の1DKに住んでギリギリの経済事情(例えです)のあなたができる範囲で「演じる」ことにより、あなたは「パラレルワールド」に既に存在している「大会社の社長の自分」と「振動数」が同調し始め、「統一フィールド」内に同時存在しているいわば「別人の二人の自分」の「存在状態の差」が狭まってきて、「合体」に近づく、というわけです。

めでたしめでたし。。。ですが、さあここで、私はある質問をあなたにしたいと思います。

「その大会社の社長のあなたは、今のあなたに比べて、本当に『幸せ』なのでしょうか?」

あなたが、すくなくとも「現在の自分」の意識が認識しているこの世界、つまり「パラレルワールド」の「このヴァージョン」のこの世界で、現在のところあなたの理想である「大会社の社長」ではない、という事実は、なんらかのあなたの「失態」、「失敗」、「不足」、「欠乏」なのでしょうか?

もしかしたら、それには「ポジティヴ」な意味があるのではないでしょうか?

「統一フィールド」は、「パラレルワールド」は、「時空」を超越している(全ての時空を「同時に」包含する)「場」ですから、もしかしたら。。もしかしたら、「現在のあなた」は、「(夢を叶えた)将来の自分」、「こうなれば幸せになると自分が思って目指したものになった自分」が、「思っていたより全然幸せではない。あの頃の方が幸せだった」と過去を回想して懐かしんでいる、その「あの頃」の自分が、現在のあなたであるとしたら。。。

これは、一つの「発想の転換」「あらゆる角度からものごとを見る」「出来事に自由に意味づけする」「『概念』や『価値観』の見直し」などの一例を、私は提案しているのです。

もう少し踏み込んでみましょう。

上記の「もし」を仮定すれば、「現在のあなた」と「夢を叶えた将来のあなた」の「夢」が、逆転していることになります。つまり、「現在のあなた」は、「大会社の社長のあなた」が「あの頃がしあわせだったなあ」と回想して「もう一度あの頃に戻りたい」という「願望」を実現している「あなた」なのです。

。。。?!

。。。自分で書いていて、「すげえ(汗)」「とんでもない発想の転換だ(汗)」と思っているわけですが(笑)、これが「都合の良い仮定」といって果たして一笑に付すに値するだけの、それこそ「SF話」に過ぎない、いわゆる「トンデモ」な話なのでしょうか?

なのでしょうか?と言いつつ、実は私は今回、こんなことを書くつもりではなく記事を書き始めたのです。書いているうちに、訳の分からない?話になっていますが、そこは私の「ウルトラC」で、今回のテーマである「DOとBE」に最後には見事着地させる算段ですから、今は上記の「トンデモ仮定」を「ソウルカメラはやっぱり頭のおかしいバカだな(笑)」とでも思って笑って楽しんでいただきながら、次回をお持ちくだされば幸いです。

愛をこめて










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