ソウルカメラのblog

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こんにちは、読者の皆さん、ソウルカメラです。


今日は、連載予定である「アヌンナキの遺伝子をオンにする~変容」の記事をお休みして、「ポジティブ思考」に関する、より「進んだ(ヴァージョンアップした)情報」を皆さんとシェアしたいと思います。

私の大好きな「オリオンの高等評議会」も申しているように、「教え」も変化・進化します。私たち(人類)の意識レベルの向上に合わせて、高次元存在やマスターたちの「教え」も、変化する、というより、「より微妙で精緻」な部分を伝えるようになるのです。

まず最初に、かつてこの「地球」上に存在したこともある私の大好きなマスター、OSHOラジニーシの、「ポジティブ思考」についてのコメントをご紹介しましょう。


”人の思考にアメリカが貢献した唯一のクソみたいな哲学はポジティブ思考 - クソ哲学以外の何物でもない。” OSHOラジニーシ

わはははは。これ、私が敬愛するマスターの言葉です。「ポジティブ思考」を「クソ哲学」だと喝破しています(爆)これはどういうことなのか?それはこういうことだそうです。


ポジティブ思考の哲学が意味することは正直・誠実ではないこと; 正直ではないことを意味する。それは、ある物を見たのに自分が見たことを否定すること;それは自分や他人をだますことを意味する。

”人の思考にアメリカが貢献した唯一のクソみたいな哲学はポジティブ思考 - クソ哲学以外の何物でもない。デール・カーネギー、ナポレオンヒル、そしてキリスト教の司祭ヴィンセント・ピール ー この人たちは皆、アメリカ人の心をこの全く馬鹿げたポジティブ哲学で満たした。

これはとくに並・普通の人たちに受けがいい。

デールカーネギーの本”友人を得て人々に影響を及ぼす方法”

は聖書の次に売れているが。これほど人気を得た本は他にない。

なるほど。これは、私も納得します。巷の成功法則本や引き寄せの法則本が喧伝する「ポジティブ思考」に対して、「うさんくささ」や「怪しさ」を感じていた人も、ある意味正しかった、ということです。
私ソウルカメラは、このブログでも「ポジティブ思考」の大切さと有効性をたびたび主張しますが、にもかかわらず、上記のOSHOの言葉は「全くその通り」だと賛同します。だいたい、私は、OSHOが上記で挙げている本やその著者に、一度でも興味を持ったことはありませんでした。「クソ本」に引き寄せられることがなくて、幸運だったと思います(笑)

OSHOは、「ポジティブ思考は益よりも害の方が大きい」と言います。というのは、

「そうすることで人は現実を否定し自分自身に不正直であることになる」と。

この「ポジティブ思考」の弊害の例を、もう一人の私の敬愛するマスター(ここではそのマスターの名は伏せます。彼は現在も現役で「地球」に生きているマスターであり、具体名を出すと、読者に余計な「判断材料」を渡してしまうことになるからです)が、上記のOSHOの言葉に「全くその通り」とコメントしたうえで、こう説明しています。

静けさのある心というのは、瞑想を創りだします。

 

そして、『超意識』を目覚めさせて、みなさんが、仏陀の沈黙を聞くことを可能にします。

 

瞑想というのは、、、『超意識』の目覚めというのは、、、『ポジティブ・シンキング(ポジティブ思考)』でもありません。

 

『ポジティブ・シンキング』とは、もちろん、ネガティブな考えよりは悲しくはないですが、でも、「考えて」います。

 

『超意識』とは、「考えがない」、ということです。

 

『ポジティブ・シンキング』でいても、しばらくの間、少し幸せでいられますけども、でも、「考えて」います。

 

つながっていないです。

 

その状態では、まだ、とても悪いことも出来てしまいます。

 

この『ポジティブ・シンキング』は、アメリカで、とても流行していますが、すべての悪い決断でも、快くいられるのです。

 

例えば、アメリカが広島と長崎に原爆を落としました。

 

それは、本当に悪いことなんですが、でも彼らは、『ポジティブ・シンキング』を使ったんです。

 

この原爆のおかげで、たくさんの生命を救えるんだ、と。

 

この戦争を早く終わらせて、少数の人々が死ぬだけで済むんだ、と。

 

これが『ポジティブ・シンキング』です。でも、それは犯罪です。

 

イラクやアフガニスタンのたくさんのところに爆弾を落として、『ポジティブ・シンキング』で、民主主義をもたらすことはいいことだ、というふうに言っていたんです。

 

サダム・フセインとムアンマル・カダフィを殺しました。

 

数百万人ぐらいが死んで、『ポジティブ・シンキング』で、この世界がよくなるんだ、というふうに言ったんです。

 

でも、これは完全に間違っていて、犯罪です。

 

ですから『ポジティブ・シンキング』が、すべての犯罪を正当化することが出来ます。。。すべての戦争を。

 

今、NATOの軍事攻撃の前提となっていることは、何でしょうか?

 

誰かから攻撃されるのをとても恐れていて、先に、先に、攻撃をするわけです。先制攻撃と言います。

 

私は、あなたが私を殺すことを恐れているので、、、そんなことは起きませんけども、、、念のために、先に私が殺します、と言っているようなものです。

 

これが、『ポジティブ・シンキング』なんです。

 

でもこれは犯罪です。

 

あなたが気付くという疑いによって、殺してしまうわけです。

 

それが、『ポジティブ・シンキング』をもたらすことで、出来てしまうわけです。

 

みなさんの個人的な生活でも、それは、重要です。

 

『ポジティブ・シンキング』によって、悪い経験をしたり、それは、「考え」の中にいるんですね。それが幸せをもたらすことはできないんです。

 

「私のお母さんが死んでしまった。」でも『ポジティブ・シンキング』では、「私は、たくさんの愛を与えたから。」でも悲しんでいるんです。

 

『ポジティブ・シンキング』の中でも、瞑想をしていると、「考え」はないです。

 

『ポジティブ・シンキング』もなく、悲しみもないです。

 

人生は、ただ流れていくんです。死も、ただ流れていきます。すべてのものが流れていきます。そこには、感情はないです。なぜなら感情というのは、「考え」から来ますから、ポジティブな感情だとしても、ストレスを創り出します。

 

例えば、たくさんの人たちが、ロト(宝クジ)に当たって、そして死にます。心臓発作で、、、幸せすぎて。

 

たくさんの人たちが、ラスベガスのカジノで死んでいます。

 

彼らが、負けたからではないんです、勝ったからなんです。(笑)

 

感情です。ポジティブな感情です。それは、「考え」です。そしてストレスを創り出します。

 

仏陀でいてください。それは、考えを持たない、ということです。

 

「Nothing King」無の王様になるということです。

 

英語の美しい言葉遊びです、「Not thinking」、「考え」を持たない、「Nothing King」無の王様になる。

 

ですから、覚えておいてください、心の静けさを、どうぞ練習してください。

 

人生で起こるすべてのことを迎え入れてください。

 

美しい幸せで、、、幸せな仏陀になるんです。

 

中国の美しく笑っている仏像を知っていますね。

 

大きな笑顔をしている、大きなお腹の美しい仏像です。

 

それは、『ポジティブ・シンキング』ではないんです。それは、「考えない」状態です。

 

理由があって笑う場合、「考え」ています。

 

何も理由なしで笑うと、あなたは、「考えて」いないんです。

 

それが、仏陀の笑いなんです。

 

覚えておいてください。

 

「考え」を持たない、そうすると、脳の中に静けさをもたらして、、、それは、悲しい静けさではないです。

 

人々は、「考え」に依存していますから、沈黙がくると、不安がるんです。

 

 

ですから、難しいんです。騒々しい心の中では、仏陀の沈黙を楽しむことが難しんです。

 

でも、自分自身を幸せな沈黙の仏陀の状態にもたらすと、、、自分自身の『超意識』を使って、、、そうすると、仏陀に近づけるんです。

 

この沈黙から、たくさんのことを学ぶことができます。

 

哲学者が1時間教えること以上に、学ぶことができます。

 

沈黙をどうぞ聞いてください。静けさな心を持った状態で。。。


以上、あるブログから転載させていただきました。なるほど、このマスターは、「ポジティブ・シンキング」を超える、「ナット・シンキング(NOT THINKING)」を提唱しているというわけです。「無思考」ですね。それが「仏陀」の境地であると。


そしてそして。。。

なんと、私が約三十年前に初めて「ポジティブ・シンキング」のことを教わったのは、このマスターによってだったのです!

当時は、このマスターからいただいた「ポジティブ・シンキング」の教えが「目から鱗」で、どれほど役に立ったか!
思い返せば、当時は、私個人も「人類」も、「ネガティブ思考」に支配されていたと思います。そのような時期には、「ポジティブ思考」が「薬」として効き目を有したのです。その同じマスターが、今この時期に、「ポジティブ思考」を「否定」はしないまでも、それを超える、より「進んだ」教えである「無思考」を提唱するようになっている。これは、こちら(私個人や、皆さん、つまり「人類(私たち)」)の集合意識も成長し、より「大人」な考えができるようになりつつあることにあります。


いうまでもなく、「薬」というのは、「使用法」を間違えれば「毒」ともなります。致死にさえいたってしまう、というワケです。一部のアメリカ人が「ポジティブ思考」の「誤った使用法」で、個人のスピリチュアルなワークというミクロな観点から、政治的な世界情勢というマクロの観点まで、「地球」に害毒を振りまいていると、こういうワケです。

私自身も現在、「無思考・NOT THINKING」の境地になりつつあります。

とはいえ、このブログ上でもシェアしてきましたが、特に「オリオンの高等評議会」などの高次元存在がシェアする類の「ポジティブ・シンキング」、例えば「コップ半分満タン」の教えは、依然として、というより、「普遍的」に有効であることを、付言しておきたいと思います。

みなさん、良いワークを!

愛を込めて。
ソウルカメラ







こんにちは、読者の皆さん、ソウルカメラです。

今日の記事は、とりあえずブログ再開のウォーミングアップであった前回の栞のあとに、いずれにしても次の記事として書くつもりであったものですが、前回の栞でいただいたkekoさんからのコメントの内容も加味して、「変容」のメッセージをお送りしようと思います。

で、その記事のタイトルが「アヌンナキの遺伝子をオンにする」とは、一体どういうことかと、少し(かなり?)怪訝に思われる方も多いと思われます。「アヌンナキ」については、スピ系、精神世界系ではある程度知られた情報であるので、ここで詳細を語ることはしません。私自身もそれほど詳しいわけではありませんが、読者の皆さんがある程度の「アヌンナキ」に関する基礎知識を知っていることを前提として、話を進めます。知らない方は、ご自分で検索してみてください、インターネットの時代です。

これは、あくまでこの「第三次元・物質世界(つまり、この「幻想世界)」での話になりますが、私たち「人類」の起源は、「アヌンナキ」という宇宙存在・高次元存在に遡ります。つまり私たちの「肉体」の親はアヌンナキです。だからといって、彼らアヌンナキの人類創造によって、私たちの「存在」が0から始まった、ということを意味しません。彼ら(アヌンナキ)は、「始まりも終わりもない私たちの無限の実在」における「地球滞在期間(輪廻転生)」の間の、「存在・魂」の「器(肉体)」を創造したにすぎません。その彼らアヌンナキの地球人創造の理由がふるっています。彼らは私たち(の「肉体」=第三次元・幻想世界の私たち)を、彼らの「労働力」として創造したのです。悠久のその昔、アヌンナキは彼ら自身の生存を維持するために「金(’ゴールド)」を物質的に必要としていたらしく、その「金」を求めて「地球」に降り立ったのでした。金の採掘には当初アヌンナキたち自身の労働者が従事していましたが、重労働にしだいに労働者たちの不満が募り、解決策として、彼らアヌンナキ自身たちに代わる「金採掘労働者」、つまり「奴隷」を創造することにしたのです。宇宙船で宇宙を旅し、「地球」に降り立つほどの彼らです。この「地球」ではやっとこの数十年で理解され周知されるようになった、「生命体(生命、ではありません)」の「科学的創造(遺伝子操作技術)」ですが、その遺伝子操作・クローン技術の科学力をもって、彼らは「労働力(地球人)」を創造したのです。この「地球人の科学的創造」も、漸次改良を加えたり、自分たち(アヌンナキ)自身の遺伝子も加えたりして、次第に現在の地球人に近い種が創造されていったのでした。しかし彼らアヌンナキの間で問題が起こりました。彼らの「奴隷(地球人)」をめぐって、方針の相違が生じたのです。人間(地球人)をあくまで自分たちの「奴隷」として維持するのが適切だとする一派と、人間(地球人)を自由意志をもった独立した生命体に育てたいとする一派に、真っ二つに分かれたのです。「地球人」の扱いをめぐって、このアヌンナキ同士の二派による戦争さえ起こったのです。

今回の「栞」の記事で言及するのは、「人間を当初の目的である奴隷として存在維持させること」を主義とする一派の方に関してです。このアヌンナキの一派の方を、仮に「A1グループ」としましょう。人類の創造者であるアヌンナキのA1グループは、私たち地球人(彼らにとっての奴隷・労働力)に、遺伝子的に細工を加えて、意識と能力が拡張しないような「リミッター」を施したのです。「奴隷」が目覚めては困るからです。その、地球人に対して彼らが施した「遺伝子リミッター」の特徴の一つに、「外部の存在を神格化してしまう」というものがあり、それが地球人の大きな特徴として今日まで続いてきたというわけです。もうお分かりかと思いますが、これが「宗教」の起源です。地球上のすべての「宗教」というのは、新興宗教も含めて、例外なく、「『神』は自分の外にある・自分は非力な存在である」という概念に維持されています。まったくの「デタラメ」です。

おそらく、これは私の推測ですが、このA1グループからの影響から比較的免れることができ、むしろアヌンナキのもう一派の方、「地球人を自由意志を持つ独立した生命体として育てる」という方針の「A2グループ」の庇護と
影響が強かった地球人は、高次的存在として成長し、地球を離れたか、いわゆる「別次元」に移行し、今でも影となり水面下から、「地上」に残された私たち「地球人」の「覚醒と成長(アセンション)」の支援にあたっていると思います。

さて、もう記事の結論を先に書いてしまいましょう。

この「ソウルカメラのブログ」が突然休止した昨年末から私に起こっていた最大の意識の変容とは、この「アヌンナキA1グループによる遺伝子リミッター」の主要な特徴である、「自分の外部の存在(人でも、いわゆる「神」でも)の神格化・依存」という症状が、きれいさっぱり消え去ってしまった、ということなのです。

長くなります。次回に続けることにしましょう。

愛を込めて
ソウルカメラ
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こんにちは、読者の皆さん、ソウルカメラです。


随分長い「冬眠」でしたが、勿論、それはブログ(ネット)上でのことであり、現物の肉体を持つソウルカメラはこの期間も日々呼吸し、食べ、飲み、排せつし、眠り、目覚め、歩き、仕事したりしておりました。

いわば、この肉体を持つ喜びをしっかりと噛みしめ、味わい、楽しんでいたのでございます。考えてみれば、「自分は地球上に今肉体を持って存在している」ということが「奇跡」なのであり、「その肉体が動く、動かせる」ということが「奇跡」なのであり、その「宝物(肉体)」を生かして存在を維持してくれている環境、太陽、空気(酸素)、食物(動植物=他の生物の命)、水、自然、土地、家、電気、科学技術の恩恵、そして他者(人は一人では絶対に決して生存できません)、など、そうしたことが全て「奇跡」なんです。私たちは最初から「奇跡」の中に存在している「奇跡的な存在」なのです。そうしたシンプルなことが、最大の奇跡であることを、多くの人たちは普段意識することは少ないのではないでしょうか。これは不幸なことです。「宝の持ち腐れ」という言葉の本当の意味は、そのことなのです。

幸せな人とは、リッチな人とは、お金をたくさん持っている人のことではありません。だからといって、貧しい人のことでもありません。幸せと豊かさは、「内面」に存在してあるものだからです。ですから、お金をたくさん持っている幸せな人もあり得ますし、お金はそれほどなくとも幸せな人もあり得るのです。

「自分はこうこうこうなれば、幸せであり得る」という「条件」を手放さずにいると、永遠に幸せであることはないでしょう。というのは、「(あなたが信じるか信じないかに関係なく)あなたはすでに幸せ」なのですが、「条件」というのは、そのあなたの真実(この瞬間に現にすでに幸せな状態であるという事実)に気づかせなくする目隠し(トリック)であるからなのです。

「感謝」について、スピリチュアル・メッセージでも多く言われています。それは「重要」なことだからです。重要だからといって、「感謝」という概念に仰々しい、いわゆる「神聖な」意味づけをする必要もありません。もっと気軽に「感謝」してください。土下座して頭を地面にこすりつけて「感謝」しないでください。それは、あたかも「感謝」とはある特定の「神聖なものごと・状態」にだけ適用されるものである、というのも同然の態度です。実は、「神聖なもの」など、ないのです。何故なら、「神聖なものしかない」からです。ダイアモンドもウンコも等しく「神聖」であり、(いわゆる)聖地もヌードも等しく神聖なのです。「すべてが神聖」なのですから、「神聖」なものはない、のです。
ですから、朝トイレでウンコをしたら、「今日も排便に感謝します」と便器に頭をこすりつけて「感謝」するのではなく、(出来れば少なくとも)ご自分がたった今排せつしたウンコを一瞥して、軽くにっこり微笑んで、「感謝」して流してあげてください。

「すべてが感謝すべきこと」なのですから、いちいち空気や木や部屋や同僚やパートナーに土下座していては生活の営みに支障をきたしてしまいます。また、これが非常に重要な点なのですが、なにより最も「感謝」すべき対象は、「あなた(自分)自身」であることを忘れないでください。「自分自身」への「感謝」は、鏡の自分の姿に土下座するのではなく、鏡の中の自分にニッコリ微笑んでください。自分に感謝し、自分を愛してください。これが第一です。

今後しばらくは、こうした「気づき」の記事を出るがままに発信することになりそうです。これは、この「冬眠期間」がそうであったように、「出ない・発信がない」ことが完璧である場合もあるということですので、そこをご了解していただければ幸いです。いや、「ソウルカメラのブログ」の読者の皆様には、これはあえて言う必要はないかもしれませんね(笑)

愛を込めて
ソウルカメラ



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