ソウルカメラのblog

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ソウルカメラへのご連絡は、sourukamera@yahoo.co.jp まで。

このブログの親愛なる読者の皆さん、こんにちは。いつもご愛読くださって、ありがとうございます。ここであらためて、皆さんに感謝いたします。ところで、今日7月23日は、私が50歳の誕生日を迎えてちょうど7日目。私は「7」という数字に縁があるようです。生年月日の1967年7月16日というのも、数秘術でみますと

1967年=1+9+6=16(ここで、1+6)=7 +7=14(7の倍数)
   7月=7
  16日=1+6=7      「7」が頻出します。

ソウルカメラの本名は、漢字で3文字、ひらがなで「7文字」の名前です。

そして、今年2017年というのは

2017=2+0+1+7=10=(二桁の数字は足して一桁にします)1+0=1

数字の1は、「始まり」の数字でもあります。今年2017年は何かの「始まり」の年。「宇宙元年」という情報もあります。そして、上の私の生年月日の数秘術は、正確には

1967年→1+9+6+7=23=2+3=5
 7月16日→7+16=23=2+3=5 

5+5=10=1+0=1

という計算になり、私の誕生数は「1」ということになります。西暦の2017年が数秘術で換算すると「1」で、私の誕生数と合致する年。というのは、実は今このブログを書きながら気づいたことです(笑)。「で、それが?」という話ではありますが、今日はここに、「23」という数字が出てきます。今日は「23」日。「23」という数字は、ちょっとオカルトな話になりますが、「特殊かつ特別な重要性を持つ数字」といわれ、この思想を「23エニグマ」といいます。検索すると、「23の不思議」の例が出てくると思います。例えば、歴史上の災害や事故に「23」という数字が頻出する。その日が23日だったり、発生時間が23時だったり、犠牲者が23人、という具合です。私は数年前、一時この「23エニグマ」に嵌って、いろいろ調べたことがありました。中には無理なこじつけも多いといわれています。が、その理由は解明されていませんが、どうも「23エニグマ(23の謎)」というのは、確かに存在するようなのです。そういうのに嵌りすぎると際限がないので、今はもう私は「23エニグマ」の研究をやめていますが、嵌っていた当時、ふと自分の生年月日が「23+23」(1967=23 7+16=23)なのに気づいて、唖然とした憶えがあります(笑)。

「23」は、「脱皮・断線・断絶」を意味する数字であるといいます。災害に関係するばかりでなく、ポジティブな意味で捉えることもできる数字なのです。「古い世界との断絶」、「新しい自分への脱皮」、など。

そして今日は「7」月の「23」日。
この日に「7」回目の「ソウル・インタヴュー」になることに、偶然以上のものを感じています。
実は、いつも休日に執筆するこの「ソウル・インタヴュー」、今回はお休みするつもりなのでしたが、今日、お目覚め前に、不思議な夢を見たことから、急きょ執筆の運びとなりました。それでは、どうぞ!




インタヴューア「ソウルカメラさんは、『夢』というものに非常に興味をお持ちであると伺いましたが」

ソウルカメラ「はい、夜見るあの『夢』ですね。私の若いころからのライフワークであるといっても良いくらい、『夢』は私のスピリチュアルな関心対象なんです」

イ「『夢』とは一体なんであるのか、と」

ソ「ええ、そうですね。これについては、また回をあらためて論じたいと思います。ところで、今日目覚める直前に、久しぶりに明快で不思議な夢を見まして」

イ「ほう!」

ソ「夢をあまり見ないという人もいますが、私は頻繁に、それこそ毎晩のように夢を見る方でして。多くは、目覚めてから現実の言語にして伝えるのは不可能なほど、不可思議で荒唐無稽なものです。が、めったにありませんが、目覚めてからも言語にして伝えることができるほどに明快な夢を見る時があります。そういう夢は、なにがしかの重要なメッセージを伝えている夢である場合があるといいます。今朝見た夢が、そうでした」

イ「お聞かせ願えますか?」

ソ「その夢は、こうです。私は現在の団地の自分の部屋か、三年前に引っ越す前に住んでいたマンションの部屋にいます。その二つが合わさったような部屋なのです。顔は見えませんが、部屋には私の背後にパートナーもいるようです。私は大掃除か整理をするつもりなのでしょう、押し入れの引き戸を開けます。すると二段式の押し入れの二階部分に、積み上げた書籍やCDに埋もれて、黒い犬が四つん這いに寝そべっています。戸を開けた瞬間にその犬が手前にいるので、私は驚きます」

イ「その犬は三年前に他界した、ソウルカメラさんの愛犬のラッキーではない?」

ソ「ええ、ラッキーは黒犬ではありませんから、ラッキーではありません。それは見慣れない黒犬なのです。黒犬といってもドーベルマンのような犬ではなく、もっとコロッとしてふさふさした毛の、形は秋田犬とか紀州犬のような、黒犬です。その犬は、10年間、その押し入れにじっとしていたのです。食事も散歩も排便もせずに、ひたすら十年間、そこにじっとうずくまっていたのです」

イ「そのことがソウルカメラさんにわかったということですか?」

ソ「そうです。何故か瞬時に、具体的に『十年間』とか、わかったのです。同時に私は、そのことに驚愕しながらも、変に感心したり、納得したりします。現実には、十年間も食事も排便もせずに押し入れに閉じこもったまま生きている犬など、あり得ません。しかし、これが『夢』の不可思議で面白いところなのですが、私は驚きながらも、その犬に対して、『十年間そこにじっとしてたのか!食事も排便もせずに、吠えもせずに、じっとうずくまって!凄いな!』と、それを『あり得ること』と納得しているのです。そして、十年間もその黒犬に気づかずに押し入れに放置していたことに、罪悪感を感じたのは一瞬だけで、それよりなにより、一刻も早くその犬を『救出』しなくては、という意識が先でした。その犬は、当たり前ですが、弱っていたからです」

イ「当然でしょうね。『現実』であれば、とっくに死んでいるでしょうが。というより、あり得ませんが。とにかくその黒犬は、弱ってはいるが、生きていた、と」

ソ「ええ。私はあわてて、秋田犬のような随分大きな体躯をしたその黒犬を抱き上げ、押し入れから出してあげます。そして、床に置きます。先ずは『介抱』せねばなりません。私はそうするのがいかにも自然であるかのように、黒犬の背中を押します」

イ「とりあえずそうするのが『介抱』であると」

ソ「そういったところが『夢』の奇妙奇天烈で可笑しいところなんですが、私は何ら迷うことなく、弱っている黒犬の背中をぐいぐいと押すのです。何故かそうすることがこの犬を救う必要な『介抱』だと、知ってるんですね。すると」

イ「すると?」

ソ「すると、黒犬は大量の排便をします。つまり私は、黒犬の『十年間溜まっていた糞便』を、出してあげるのです」

イ「なるほど」

ソ「私は犬の背中を押す作業をしつづけながら、傍らにいるパートナーに説明しています。『ほら、十年分のウンこがどんどん出るよ。この犬はこのウンコでこんなに大きくなってたんだよ』と。見るといつの間にか、あれほどの巨体だった犬が、小さな子犬になっています。子犬は再生したように元気そうです」

イ「つまり、黒犬は、十年分のウンコで巨大化していたと。それを排出したので、体が小さくなったと。正体は『子犬』であったと」

ソ「黒犬はもともと子犬であったというより、排便により、全く『新しい犬』に再生した、という感じです」

イ「なるほど」

ソ「この『救命措置』により、大量のウンコが排出されたわけですが、床の上には、『十年分』にしては少ないながらも、犬を巨大化させていた分の相当量のウンコがあります。大根のような大きさと形のウンコが、4~5本と、ナスビ大のが数本です。ウンコと、佇んでいる子犬を交互に見て、『ふう、助かったな』と私は安堵し、そして目覚めました」

イ「『悪夢』でしたか? ネガティブな印象?」

ソ「ネガティブな印象は全然ありませんでした。『悪夢』ではありません。しかし、夢の内容は荒唐無稽ではありますが、ちゃんと『筋』があって、しかも舞台が現実の自室である(完全に同じではありませんが)というのは、気になります。私は起床してすぐ、ネットで『夢占い』を調べました」

イ「『犬の夢』にはどんな意味があるか、ですね」

ソ「そうです。先ず、夢に出てくる犬は、『身近な存在』が犬に姿を変えて出てくる場合があると。そして多くは、その存在との『関係性』に関する警告、あるいはメッセージであると」

イ「う~む、なるほど」

ソ「さらに、『白犬』か『黒犬』かで、意味が異なると。『白犬』の場合、主にそれは『ポジティブ』なお知らせである。例えば恋人の出現であったりとか。反対に『黒犬』である場合は、あまり良い意味ではなさそうなのです。身内とか、あるいは本人の、『健康上の警告』である場合があると」

イ「おだやかでありませんね」

ソ「ええ、『黒犬』でしたからね。そこで私は、先ず私の身内の誰か、あるいは私自身の、健康上の警告である可能性を考えました。例えばそれは、パートナーのことなのか。遠方にいる父親のことなのか。あるいは私自身が、『十年間押し入れに気づかずに放っておいた』ような病気が発病するという警告なのか。ちょっと不安になった私は、それから、さらなるこの夢の解釈のカギを得たいと思い、色々な『夢占い』のサイトを一通りまわって、手がかりを集めました。すると、さらに多くのことが、わかってきました」

イ「ほう」

ソ「先ず、夢というのは、出現するメタファーがなんであれ、その夢が『ネガティブ』な印象か『ポジティブ』な印象かで、全く意味が違ってくるのだとわかりました。私のは、どちらかといえば『不吉』を暗示する『黒犬』ではありましたが、全然『ネガティブ』な印象の夢ではなかった。そしてその他のキーは、『動物を助ける夢』『糞便の夢』、ということになります」

イ「なるほど」

ソ「その動物がなんであれ、夢の中で自分が動物を助ける場合、それが何を意味するのか、サイトによって全く異なる解釈がありました。犬か猫かでも違ってくるようです。弱っている、あるいはケガをしている犬を自分が助ける夢というのは、『自分に自信がない。自分を過小評価しすぎている』場合に見るそうです」

イ「ん~む」

ソ「これは、ある程度『そうかもしれない』と、心当たりはあります」

イ「なるほど」

ソ「また別の解釈もあります。弱っている犬を助ける夢というのは、『それだけ周囲に気配りをしている』、あるいはそうするだけの余力を、自分が持っている、ということだと」

イ「ン~ん、なるほど。で、どちらの解釈を?」

ソ「夢というのは、複合的な意味を、単純なメタファーにしてメッセージしてくれるものなのです。ですから、どちらの解釈も、適用されます」

イ「『ウンコ』の方は、どうですか?」

ソ「『糞便』の夢は、吉兆だそうなのです」

イ「ほう!」

ソ「夢に出て来るウンコつまり糞便は、『お金』のメタファーであるらしいのです。しかしこれも、その印象がネガかポジで、異なるといいます。私の夢に今回出てきたのは、大根並みの大きさの複数の巨大なウンコではありましたが、それは不潔なネガティブな印象は全くなく、むしろ爽快感を伴うポジティブな印象でした」

イ「瀕死の犬が排便により生き返った、という夢ですからね」

ソ「ですから、たとえ『黒犬』が『身内あるいは本人の健康上の重大な警告』のメタファーであるにしても、それが適切な措置により助かった、と解釈します」

イ「でしょうね」

ソ「私は最初まず、私のパートナーの健康に気をつけなさい、という夢である可能性を疑いましたが、夢に出てくる犬は、『男性性』のメタファーであるといいます。ですから私は思い直しました。『黒犬』は、私自身であると」

イ「なるほど。だから、押し入れにいた黒犬に『驚愕』はしても、何故か『納得』する部分もあり、介抱の仕方もすぐわかったと。何故なら、黒犬はソウルカメラさん自身ですから」

ソ「そういうことです。では、この夢の解釈にいきましょう。解釈は複数の意味が可能でも、最終的にインスピレーションとして降りてきた解釈は、こうです。先ず、『その黒犬は誰にも気づかれずに十年間押し入れに閉じ込められていた』ということです。夢の中で具体的な『数字』が出てくることは、私の場合珍しい。ですからこの『十年間』というのは、必ず現実における意味がある筈です。それから、その犬は吠えて救出を訴えるでもなく、息絶えるでもなく、ひたすらじっと黙ったまま、私が押し入れを開けて気づいてくれるのを待っていた。『犬』は、『忠誠心』の象徴であるともいいます。私自身にも、そういった、ある意味『クソ真面目』な部分があります。次に、押し入れを開けた瞬間そこにいた犬を見て、すぐに『どういった状況なのか』がわかった。黒犬が私自身であるからにほかなりません。そして、十年間も気づかずに押し入れに犬を放置していたという、ある意味動物虐待も甚だしい自分の不手際を自覚するも、罪悪感はほんの一瞬だけで、むしろ『驚き』が優先していた。これは、その状況が私の『故意』による不手際ではないこと、むしろ、自分でも気づかずにそのような状況になっていたことを表します。そして、それほどの目にあいながらも、犬は黙って、弱りながらも生きながらえていた。この『黒犬』は、私の『本性』のメタファーです。『本当の私自身』を、私はこの約十年間、どうも『押し入れに閉じ込めて』いた。自分でも気が付かぬままに。しかし、『捨てた』あるいは『殺した』のではなく、『押し入れに入れていた』、つまり『一時的にしまっていた』というところがミソです。何かこの約十年間の現実を生きる上で、便宜上『本当の自分』を意図的に、しかし自分でも気づかずに(矛盾するようですが)、『押し入れに閉じ込めていた』、ということです」

イ「それが、ソウルカメラさん曰く『変化と変容の年』であるこの2017年に、『発見』され、『介抱』され、『救出』された、というわけですね」

ソ「そう、その通りです。しかも、この夢を見たのは、今日7月23日。私が50歳の誕生日を迎えて『七日目』のことであり、『23』、つまり『脱皮』を意味する数字の日であったわけです」

イ「興味深い符号ですね」

ソ「そして、この夢のもう一つの重要なメタファーである、『ウンコ』です。『脱皮』ならぬ『脱糞』ではありますが、それはさておき、前述したように、夢に出てくるウンコは、『お金』を意味します。つまりこれは、『吉兆』です。『黒犬』は『凶』を表すも、それは当然といえます。『本当の私』が、瀕死の状態であったことを表すのですから。しかしそれは生きながらえていた。そしてそれは『救出』された。その結果、黒犬は『ウンコ』を大量に排せつした。さあ、この夢の最終解釈、あるいはメッセージは、こうです。私は、『本当の私自身』を生きることにより、経済的にも潤っていくことになる、しかもそれは、ビックリするほどの『巨大なウンコ』のような、豊かさであると」

イ「これは、『宣言』つまり、『アファメーション』でもありますね」

ソ「その通りです。『でもこれって、都合の良い解釈では』という、ありがちな『躊躇』こそ、封印されるべきものです。『本当の私』は、救出されたのです。これからは、豊かになるのです。いえ、現在、豊かであるのです。『お金』はあまりなくとも」

イ「『豊かさ』は、先ず『内面の豊かさ』が先にありきで、『お金』はそれに付随してくるものである、といいますからね」

ソ「その通りです。私は豊かです。私は幸せです」

イ「瀕死の巨大な黒犬を介抱したら、大量の『ウンコ』(お金)を生み出した(脱糞した)。そして、ピンピンの元気な子犬に変身した(脱皮した)。素晴らしい『吉夢』ですね」

ソ「ええ、これは、『吉夢』です。そして、読者の皆様へのメッセージでもあります。『本当の豊かさとは、本当の自分を取り戻したときに、自然と付随してくる、私たち自身誰もが例外なく持つ、生得の権利であるのです』」

イ「ありがとうございました」


ソ「ありがとうございました」











いつまで続く?「ソウル・インタヴュー」の6回目です


インタヴューア「これまでのお話から、ソウルカメラさんは幼少時代から、生き物の生命を慈しむ聖人君子のようなお方だったのですね」


ソウルカメラ「ところがそうではありませんでした。同じ幼少の頃に、セミの大量虐殺をやったことがあります」


イ「またなんという矛盾でしょう!お聞かせ願えますか?」


ソ「今日のように暑い夏の日のことでした。私は何を思ったのか、近所からセミを大量に捕獲してきて、それらをかたっぱしからコンクリートの塀にぶつけて殺したのでした」


イ「あえてそれを告白するのは、懺悔ですか?」


ソ「ええ、それもありますが、ここでそんなことを懺悔してもあまり意味はありません。ただ微笑ましい逸話ばかりならべたてるのでは、偏ってしまいます。私も生まれついての聖人君子などではなく、『残虐』な面も持ち合わせていた、一人の『人類』の一員にすぎないことを、言っておく必要があります」


イ「何故セミを殺したのですか?」


ソ「意味とか理由はありませんでした。あえていえば、他の遊びと同じように、なんの罪悪感を感じることもなく、その行為を純粋に楽しんでいたと思います。セミの虐殺はそれ一度きりでしたが」


イ「よく、『子供は天使であり悪魔である』といいますが」


ソ「私も、それを地でいく子供であったということです。他の子供は知りませんが」

イ「今はどうですか?」

ソ「蚊も殺さなかったというお釈迦様には及びませんが、今では部屋に飛び込んできたゴキブリを殺すのもためらわれます」

イ「『命』を尊重するようになったと。精神的な変化があったということですね」

ソ「ええその通りです。他にも子供時代に行った無為の殺生を何かの拍子に思い出して、『心』というより『胃』が痛むことが今でもあります」

イ「今回は、『命』に関するお話ですね」

ソ「いつかはその話をする必要があると思っていました。安易に『命を大切にしよう』とお題目を唱えるだけでは、どうしようもない矛盾をはらんでしまうのが、現在の『地球人』の生活です。一歩外に出れば蟻を踏み殺さずに歩くことは難しいです。殺生が嫌だからといって『菜食主義』になっても、『植物』にも意識があり命があります。必要なのは、私たちは多くの『命』の犠牲のもとに生きているのだということを、認めることなのです。『菜食主義』になることではありません。もっとも、人は意識が成長しより『進化』が進むと、自然と動物性の食物を摂ることが少なくなる、というのは事実です。ですが、それは『自然と』そうなるのであって、自分にそれを強制したり、肉食をする人を裁いたりするのは、『スピリチュアル・エゴ』というものです。『人間』は、『善』でも『悪』でもありません。同じく、動植物も善でも悪でもありません。とはいえ、この世には『悪』と思われるようなことがあるのも事実です。しかし、それはひとえに、『意識の眠り』が故なのです。意識の『無明』状態が、本来の『覚醒した意識』では行うことが不可能な行為を、可能たらしめているのです。人は毎朝『睡眠』から目覚めるように、いずれは誰でも、この『意識の眠り状態』から必ず目覚める時が訪れます。その時に、『意識の無明状態』であったときに行った自分の行いを『意識』することになります。これは『裁き』ではなく、進化の途上にある『万人』が体験する、『学び』なのです。そのようにして、人間は学び、成長し、進化するのです」

イ「ソウルカメラさんが、幼少の頃の無為の殺生に、現在心が痛む、いや『胃』が痛むのも、そうですね?」

ソ「以前言及しましたが、私はこの自分の体験、つまり自分の意識の『無明』と『覚醒』を、『人類』の意識の進化とシンクロしてとらえるものです」

イ「つまり、一人の人間の幼年期から成人期への意識の成長が、『人類』の始原から現在までの意識の成長と相似形をなす、という理論ですね」


ソ「そうです。『人類』の幼年期の終わりです」

イ「現在の地球の『宗教』というのも、『幼年期』の特色でしょうか?」

ソ「それは人類が無明である間の『松葉杖』あるいは『歩行器』であったのです」

イ「ソウルカメラさんは無宗教ですか?」

ソ「それについては、私は『アルクトゥルス人』に賛同するものです。すなわち彼ら高度に進化した宇宙存在の唯一の『宗教』は、『生命』だといいます」

イ「なるほど。ソウルカメラさんは、唯一『生命』を自分の宗教とすると」

ソ「そしてもちろん、『サウル』さんの『愛しかない』という教えも、です」

イ「『唯愛教』とでもいうのでしょうか。そう宣言するのは、なんというか、こう、照れくさくはないですか(笑)」

ソ「『愛しかない』などと言う言説に、羞恥心や抵抗、あるいは嫌悪さえ感じるという現在の『人類』の心理は、よく承知しております。何故って、私も『人類』の一人ですから。でも、その『人類』の『種としての存続』が『愛』にかかっているとあらば、『照れくささ』などは言ってはおれません。というのが、私の考えですから」

イ「そうですか、よくわかりました。このインタヴュー、いつまで続きますか?」

ソ「さあ、わかりませんね(笑)」

イ「もう少し続くと(笑)。では今日のところはお疲れさまでした」

ソ「お疲れさまでした」

架空のインタヴュー形式で送る「ソウルカメラのトリセツ」、その5です!



インタヴューア「『何者かでありたい』、あるいは『何者かになりたい』というのは、別に特別『野心』が強い者に限らず、『人間』誰しもが持つ普通の欲求だと思うのですが。いわんや『男子』たる者、それが自然なのでは。その欲求がたとえ『エゴ』であるとしてもですよ」


ソウルカメラ「私の場合、その『エゴ』が人より強すぎたのかもしれません。あるいは、その『エゴ』が人より少なかったのかもしれません。矛盾するようですが、そこを説明していきましょう。先ず普通に考えれば、幼少のみぎりから息をするように絵を描いていたのですから、自然にいけば私は『画家』あるいは『漫画家』になっていた筈ですが、そうはならなかった。『画業を職業にしよう!』という欲求が希薄だったからです」

イ「ソウルカメラさんにとって、絵を描くことは息をすることと同じであり、それは何か『目指す』ようなことではなかった、と」

ソ「そう、その通りです。『画家であること』と『画業を職業にする』ということが、結びつかないわけです。この辺が、『自分は馬鹿だったのかもしれない』と思う理由です」

イ「幼少であれば、それはやむを得なかったのではないでしょうか。周りに、ソウルカメラさんの絵を描く才能を後押ししてくれる大人はいなかったのですか?」

ソ「小学校に入ってからは、五段階の成績表で図画工作と国語だけが常に5の成績でしたが、それを『将来の進路』に結び付けて後押ししてくれる大人は、学校の先生を含めて、いませんでした。いや、あえていえば、母親がそうでしたが、これは『息子が好きなことを好きにやらす』というサポート以上のものではありませんでしたから。普通の労働者階級の家庭なので、『エリート教育』とは無縁だったのです」

イ「お父様は、ソウルカメラさんの絵の才能に対して、どう認識していらっしゃったのでしょう?」

ソ「割と放任主義でしたから、私の絵の才能に対しても、『あ、そう』くらいの認識でした(爆)」

イ「(爆)」

ソ「あ。その話にからめて、今でもとても印象に残っている親父の思い出があるのです。脱線しますが」

イ「脱線して、それを語っていただけますか」

ソ「幼稚園に通っていた頃の話です。私は粘土遊びが大好きで、母にねだって、いつも文房具屋さんで粘土を買ってもらっていました。ご存知かと思いますか、あの粘土というのは、匂いが強いんですね。私には創造性を喚起してくれる、ワクワクさせてくれる匂いでしたが、私の親父があの粘土の匂いが嫌いだったんですね。それで、私が粘土遊びをした日などは、親父は仕事から帰宅すると、家に充満している粘土の匂いに、『また粘土か!』と嫌な顔をするわけです」

イ「ほう」

ソ「それで私はちょっと罪悪感を覚えますが、そんなことで私の創造性が止むことはありません。私は母に粘土をねだり続けます。文房具屋さんで私は毎回母にこう言います。『ママ、僕が粘土を買ってって言ったのだとは、パパには絶対に言わないでね。ママが勝手に僕に粘土を買ってあげたのだと、パパには言ってね』と。優しい母は笑いながら、『ハイハイ、そういうことにしてあげます』と、私に粘土を買い与え続けてくれました」

イ「悪知恵というか、奸計が働く子供だったのですね(笑)」

ソ「そういう子供でした。後に、小学校二年の時に、兄貴と一緒に入ったスポーツ用品店で、一本の登山ナイフに魅せられてしまって、それが欲しくてたまらなくなりました」

イ「ほう、登山ナイフ」

ソ「なんか、『刃物』というものに本能的に惹かれる傾向があったのですな。幼少の頃から、何故か」

イ「まあ、男の子は多いですよね」

ソ「それで、どのようにして、あらゆる意味で小学二年生の身には余るその登山ナイフを手に入れるか。私は祖母を謀ることにしました」

イ「悪いお子さんですね(笑)」

ソ「ある時、祖母の家に遊びに行った折に、『今度学校の遠足で登山ナイフが必要である』とウソをついて、だから買ってくれと、ねだりました」

イ「悪いお子さんですね(爆)」

ソ「どこの世界にも、遠足で生徒に登山ナイフを持たせる小学校など、あるわけがないのですが、純朴な祖母は私の言うことを、一応怪訝な顔をしながらも、信じました。孫が可愛いという気持ちも、常識的な考えを曇らせたことでしょう。祖母は私と一緒にそのスポーツ用品店に出向いて、登山ナイフを買ってくれました」

イ「そうして欲しいものを手に入れたわけですが、おばあちゃんを騙したという罪悪感はありませんでしたか?」

ソ「その時には、『学校の遠足で登山ナイフが必要である』という自分でついた嘘を自分で信じ込んでいるので、罪悪感はないわけです」

イ「(笑)」

ソ「あ、親父の話でした!。。。それで、その粘土の匂いが嫌いな親父が、という話に戻ります。親父は結構洒落者というかきれい好きな面がありました。外面が良く、何故か人に好かれるところがあったようです。私は親父のそういった面が、あまり好きではありませんでした。子供心に、『この外面の良い親父めが』と反発心さえ感じていました。尤もその頃親父は、居酒屋という客商売を営んでいたので、きれい好きで外面が良くて、当たり前だったわけですが」

イ「(笑)」

ソ「その頃私の家族は、山形県の天童市で、平屋の集合住宅に住んでいました。ある日、家の周りで一人で遊んでいた私は、ネズミの子供の死骸を発見しました。傷一つないきれいな死骸でした。その小動物の動かぬ姿に、幼い私は非常に心を動かされました。『死』というものに対する畏怖と、その赤ちゃんといっても良い小さなネズミに対する哀れみ、プラスして、生まれついての『芸術家』である私にとっては、それは美しい『オブジェ』でもありました。私は、ネズミの赤ちゃんの死骸をつまんで、自宅に持って帰ることにしました」

イ「ほう」

ソ「台所にあった何かの紙箱を利用して、子ネズミの『棺桶』を作り、死骸を安置したその箱に『ねずみさんのはか(墓)』とマジックで書いて、自分の勉強机の棚に置きました」

イ「微笑ましくて感動的なことではありますが、あまり『清潔』なことではありませんね」

ソ「そうですね。実際、その子ネズミの死骸は、日に日に腐っていくわけです。その時の腐臭を、今でも鮮明に憶えています」

イ「ご家族の反応は、どうだったのですか」

ソ「そのことなんです。それが、今考えると、不思議なんです。親も兄妹も誰も、私のその行為に、意義を申し立てる者がいなかったのです。母は、私の感性に理解を示して、黙認していたことでしょう。問題は、親父です。粘土の匂いに異議を申すあの親父が、家中に充満するネズミの死体の腐臭に、一度も意義を申さなかったのです」

イ「ほう!」

ソ「おそらく親父は、生き物の死を弔う私の気持ちを尊重して、黙認したのでしょう。それにしても、粘土の匂いに文句を言っていた親父が、それよりも何倍もの悪臭である動物の死骸の腐臭に、文句を一つも言わなかったというのは、今考えると不思議であり、私はそのことに感動も覚えるのです。なにしろその時私の家族は、3DKの決して広くはない平屋で、毎日ネズミの腐臭の中で暮らしていたことになるのですから。もちろんご飯を食べる時もです。その中で、家族のだれ一人として、私の行為に異議を唱える者がなかった。私の目を盗んでネズミの死体を捨てる者もいなかった」

イ「最終的には、『ねずみさんのはか』はどうされましたか?」

ソ「もうどろどろに腐ってきつつあるころに、私も満足して、処分したと思います」

イ「ソウルカメラさんのご家族の、いささか奇妙ですが心温まるお話でした。ではまた次回に。お疲れ様でした」

ソ「私が『何者でもない者』であるに至るお話をするつもりでしたが、脱線して家族の思い出話になりました。このインタヴューは脱線しまくります。お疲れ様でした」

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