サウル〜完全なる目覚めと完全なる意識という人類の自然な状態への帰還は、決して危ぶまれませんでした。

2014年7月18日 ジョン・スモールマン経由



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お楽しみの始まりです! あなた方の覚醒(あなた方全員のです)が、信じられないほど差し迫っています! ええ、あなた方はこう思っていることでしょう、「またですか。では、せいぜい今から途方もない失望に向けて用意しときます」。しかし、これは先ず間違いなくそうではないのです。長期にわたってしばしば最高に不幸であった人類史上、かつて起こったためしのない最も驚くべきイベントが起こるので、どうかご用意ください。あなた方は臨界点にいます。あなた方の覚醒は避けられません。この上なく保証されています。また従って、あなた方が幻想である泥沼に後ろ向きに滑って足を取られてしまう可能性は、全然ありません。


長年にわたってそれほどにも多くの外見上の遅れや失望があったので、あなた方の多くの人達にとっては、この声明が、少なくともむしろ動揺させるものであることは、私にも確かなことです。なにしろあなた方は、「道を体現する者」として、断固として、優しく、自分の光を高く掲げ続けました。あなた方は、人類をそのスピリチュアルな運命に向けて先導しようと、意図し続けました。あなた方は、人類がその自然本来で至福の状態 ー 「愛」。お互いとの、そして天なる「父(あなた方のソース、神)」との、「一体性」ー に目覚めるようにと、意図し続けたのです。

あまりにも多くの「フライング(偽スタート)」の後では、あなた方がこの文章を読んだり聴いたりして自分のマインドに莫大な数の「赤旗(警戒信号)」が立たないのであれば、むしろその方が驚くべきことです。それらの「赤旗」を降ろす用意をしてください。永遠の歓喜へのあなた方の覚醒が、あなた方に「赤旗」を立てさせた全ての恐怖を消すのですから。あなた方は、「本当の現実」 ー 「神」との「一体性」 ー に帰郷しつつあるのですから、「赤旗」は要りません。

「神」からの見せかけの分離(私はこの「見せかけ」という言葉を強調します)の瞬間以来、あなた方は ー ちょうどイエスの講話または新約聖書の、放蕩息子のたとえ話のように ー 「彼(神)」のもとへと「故郷」への帰路にあったのです。そしてちょうどそのたとえ話の中の放蕩息子のように、あなた方は全員、時代から時代へ、人間の化身から人間の化身へと、この幻想旅行の、希望にあふれた上昇と、破滅的な下落を経験したのです。しかし、あのお話によれば、あなたがだらしなく腰が引けながら遂に「故郷」に到着する時、あなたの「父」は、あなたに会って歓迎するために「彼」の優しい両腕を「大きく開いて」、既に走りよって来ていました! 「彼」はあなたがやって来つつあることをご存知です。そして「彼」は、あなたを「家」に迎えるための大祝賀を早速用意しなくては、と思っているのです。

「彼」は、あなたがいなくて寂しかったのです。そしてあなたの差し迫った帰還が、「彼」を計り知れないほどに喜ばせます。そして、勿論、あなたの覚醒の喜びは、先ず最初にあなたを圧倒します。自分が今どこにいるのかを「思い出す」までは、あなたは圧倒状態です。やがてあなたは、「『彼』と『一つ』で自分が属す『家』に帰ったのだ」、と自覚します。そして、そのエクスタシー、無限の歓喜を理解します。恐怖と不安からは完全に解放されたことを理解するのです。その時には、現在あなたを包む恐怖と不安は、分離という幻影的な体験で従事した時に置き去りにした、過去の遺物になっています。

その幻影的な状態を自分が体験するまでは、あなたは恐怖知らず、苦しみ知らず、不安知らずでしたし、それらを想像することもあり得なかったのでした。ですから、あなたの「帰郷」 ー 神聖で完全に意識的な「神」の子供としての、自然な状態への覚醒 ー で、あなたに痛みや苦しみをもたらしたものの全てが、まるで最初から決して存在しなかったかのようになくなります。そしてあなたが覚醒する時にはっきり理解することですが、それは決して存在しなかったのです!

完全なる目覚めと完全なる意識という、人類の自然な状態への帰還が危ぶまれたことは、決してありませんでした。尤も、あなた方の酷く限られた幻影的なマインドの中では危ぶまれましたが。マインドというのは、疑いと不安が果てしない場所なのです。あなた方は全員、永遠の生命を謳歌するために「神」によって創造されました。人間としての死や再生があなた方のために計画されたわけではありませんでした。全くの永遠の生命だけがありました。あなた方の「父」は、あなた方一人一人が体験する喜びによって、自らの幸福が増したのでした。その「父」に永遠に繋がっている有頂天の幸福が、永遠の生命でした。

しかしあなた方は、「十代症候群」を患ってしまいました。「彼」からの自分たちの独立と、「彼」の案内も干渉も監視もなしで幸福で自由に生きる自分たちの能力を、自分たちの天なる「父」に示威したいという、激しい欲求。それであなた方は、幻想を構築してそこに入ることを選択したのです。それは、一つの物語を語る非常に詳細な一枚の絵を描くことに、似ていました。それから、その絵の中にいる自分自身を想像しました。自分の興味や欲求が変化するしたがって、物語のプロット(筋)を部分的に変更しました。遂にあなた方は、この非現実世界に虜のようになってしまいました。あなた方には、もはやそれが非現実であり幻影であるとは、とても見えなくなってしまったのです。そしてあなた方は、自分が物語のストーリーライン(筋書き)を調整することが出来ることを、忘れてしまいました。「神」の子供たちとしてそこで自分たちが創造され、そこにいて最高に幸福だった「本当の現実」こそが、自分たちの永遠の「故郷」であり遺産であることを、あなた方は忘れてしまいました。実際は、幻想をさらにもっとリアルであるようにするために、あなた方は自分たちの天国のような「故郷」の記憶を、全て消し去ったのです。

あなた方は迷子になりました! それであなた方は、究極知性(「神」)を見つけるスピリチュアルな探求を始めました。自分達が窮地に陥ったこの苦痛の世界を創造したのは、その存在に違いないと確信したのです。 今や自分たちは、自分たちが発明した想像上の復讐心に燃えた神によって今にも破壊されかねない、救いようのないか弱い存在のようでした。あなた方は、「自分たちは、狂気と脅威の世界の中の、不本意な犠牲者たちである」と信じました。そこでは、このような執念深く強力な存在があなた方を支配して、彼に敬意を払うようにさせるのでした。それから彼は、自分があなた方に課す罰にあなた方が苦しむのを見て喜ぶのでした。そのための手段として彼があなた方に押し付けたのが、その世界でした。あなた方は、そう信じたのです。あるいは、あなた方は次のように信じたのです。「この物理的な世界が、存在する全てである。つまり、神は幻想だ。ということはつまり、自分が生命を体験するチャンスは、この人生たった一回きりなのだ」。

これらのどちらの観念を抱いても、あなた方には二つの選択肢が残されます:

1) 次のことを認めなさい。限られた能力と知性の人間として、あなたは「神」(優しい父、究極で無限の知性)を見つける必要がある。明らかに世界を創造したのは「神」である。だからあなたは、体験中の痛みや苦しみ ー それは、あなたが幻想を構築してそこに入るという浅はかな選択をしておきながら、自分がそうしたことを忘れていることの、一つの結果なのです ー から自分を救ってくれるように、その存在に嘆願する必要がある。

しかし勿論あなたは、自分の痛みや苦しみはあなたの罪を罰するために「神」があなたに課したものだと信じているものだから、それらの原因が自分であることに無意識です。なのであなたは、このような無限の知性(神)に「お情けを」と嘆願しながら時間を過ごします。惨状から自分を救ってくださいますように、と。あなたは、あなたの罪を罰するために「彼」が造ったのがそれらの惨状だと信じました。あなたの罪とは、「彼」から見て自分は不十分であるとして、自分で発明して自分で自分を裁いているのです。

2) 幻想を楽しみなさい。それがあなたに提供するあらゆる可能性を体験しなさい。楽しむのです。あなたのエゴと独立性を発達させるのです。その思慮のない自己中心的な振る舞いが他人に及ぼす結果など、おまかいなしに。

幻想内では、一人一人の個人が、自分こそが自分自身の私的な宇宙の絶対的中心であると感じます。そして彼(個人)は次のように主張出来るのです。「神(もし彼が神を信じるならですが)は、私の側にいる。つまり、私が関わる他の誰もが、単に私の私的な野望と行動計画を進めるために使われ、必要に応じて虐待されるために、そこにいるのである」。彼がこう主張するのは、自分を支援するために発明した神とともに自分を良い地位に置くためです。そして自分が体験するどんな痛みも苦しみも、他人(自分の敵)の直接的な結果としてある、というわけです。その他人(敵)を破壊することを神が自分に望んでいる、というわけです!

これらの選択肢のどちらも、全く意味をなしません。何故ならば、「神」は「愛」であり、「彼」の子供たち全員を無条件で受け入れているのですから。そして「彼」は子供たちに、絶えず「本当の現実」に目覚めるように呼びかけています。「本当の現実」では、子供たちの永遠の喜びが保証され、確約されています。

「神」は「愛」です。あなた方は永遠の喜びのために、「彼」によって、「愛」の中で、「愛」から造られました。「愛」と合致しないものはなんでも、非現実(非存在)です。ですから、あなたがしなくてはならない(する必要がある)のは、自分自身の「愛」と合致しない側面 ー 裁き、対立、非受容、攻撃または防御、却下、無礼、不寛容、など ー をどれも手放して、完全に捨てること、ただそれだけです。そして、あらゆる瞬間に自分を囲んでいる「愛」の豊穣な流れを、受け入れて、受け取ってください。そして「愛」があなたを完全に満たすのを、許してください。あなた方がそうする時、あなた方の一人一人を満たす「愛」があなたを通じて拡大して、他の皆を、「One(おおいなる一者)」しかいない無限の「愛」のフィールドで抱きしめます。

真実、あなた方は祝福されし栄光ある者たちなのです。何故ならば、ここスピリチュアル領域で私たちは、あなた方が非常に果敢にも体験することを選んだ試練と、学ぶことを選んだ困難なレッスンが、とてもはっきりと分かるからです。そしてそれらは、あなた方の覚醒への道のりで、絶対的に必須なステップなのです。そして今、あなた方の選んだ道が絶えずあなた方に紹介している苦労の価値を知り、それに対処するための学習時間は、ふさわしい終業時間に近づきつつあります。

あなた方、「光を担う者」と「道の体現者」達は、人類が学ぶ必要があって選んだレッスンの全てを、完了しました。そしてあなた方は、見事に「試験」にパスしました。毎日の瞑想、祈り、黙想の実践を続けてください。あなたは、心からの、「神」による意図によって、人類を覚醒のポイントに連れて行くのです。あなたの報酬は、幻想に入る全員にそれがプレゼントする制限と苦しみからの、解放です。そしてその解放は、間近です。あなたが毎日、人類が目を覚ますことを意図しながら時間を過ごすと、その妥協しない意図のパワーが、それが達成されることを確実にします。あなたの大変な仕事は完了しているので、落ち着いて、あなたの静かな内なる聖域に寛いでください。そして、刻一刻と覚醒が起こるのを、楽しんでください。

とてもとてもたくさんの愛を込めて、サウル。

http://johnsmallman.wordpress.com/2014/07/18/humanitys-return-to-its-natural-fully-awakened-and-fully-conscious-state-has-never-been-in-doubt/


翻訳 ソウルカメラ