ソウルカメラの栞~不可分の「死」と「生」~その1



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こんにちは、読者の皆さん、ソウルカメラです。


久しぶりの「栞」です。今回は先ず、「五つの杖」というのを皆さんにご紹介することから始めたいと思います。


五つの杖


①神は喜びしか渡していない

②自分のものは何もない

③偶然はない

④中今に生かされている

⑤被害者はだれもいない


これは、「火水伝文(ひみつつたえふみ)」という「神示(日本のチャネリング・メッセージ)」を降ろした、「我空徳生(がくうとくお)」さんが共有された「神の知識」です。検索したらこれを簡潔にご紹介しているブログがありましたので、ご参照ください。
http://plaza.rakuten.co.jp/udoku369/diary/200802150000/


では、この「五つの杖」の意味をどう解釈するべきなのでしょうか? 

「文字通り」です! いたってシンプル、文字通りの意味なのです。


最近(三週間ほど前ですが)、久しぶりにカウンセリング・セッションのお仕事をする機会をいただきまして、その時に起こった面白い出来事を共有したいと思います。遠路電車で4時間をかけてお越しくださったそのクライアント様(男性)とのセッションは、私の自宅近所の「大阪南港ATC(アジア太平洋トレードセンター)ビル」の、海を臨むシーサイドで行いました。お昼どきだったのでテラスに座ってモスバーガーとアイスコーヒーで食事を取りながら、先ずは歓談している時に、私が外国のスピリチュアルとともに日本の「神示」にも精通していることをご存知のこのクライアントのAさんが、この「五つの杖」のことを訊いてきたのです。私は「『五つの杖』は真実で、『文字通り』の意味です」と即答しました。ちょうどその時です。私たちが座っているテラスの丸いテーブルの空いた椅子に、雀が飛んで来てとまりました。「チチチッ」と可愛くさえずって、パン屑をおねだりしています。私は最近、自宅団地のベランダにやってくる雀達にご飯をあげるのが日課です。ところが私はその時既にハンバーガーを食べ終えてしまった後だったので、「しまった!ごめんね」と思いました。傍らでまだお食事中のAさんが雀にパン屑を与えてあげれば雀も喜ぶのだがと思いながら、Aさんをチラと見ました。Aさんは、何かを考え込んでいるような浮かない顔で、視界に入っている筈の目の前の雀を見ても、何の反応もない様子で黙々と口を動かしています。やがて雀は、パッと飛び去って行きました。


「今、何が起こったか分りますか?」と私。

「え?」とAさん。

私「今、そこに雀がパン屑をおねだりに来てたんですよ。見てましたよね?残念なことに私はパンを食べ終えてしまってました」

Aさん「?」

私が何を言わんとしているのか、量りかねている様子です。

私「これが『五つの杖』です。ちょっと厳しいことを言います。あなたはマインドが一杯で、『今』の瞬間を逃したのです。何故雀にパン屑をあげなかったのですか?」

Aさん「はあ。。」

さらに考え込む様子になってしまいました。


私「屋外で食事していると可愛い雀が一匹やって来た。こんなことが『今この瞬間』のプレゼントであり、『喜び』です。『中今に生かされている』とは、『今この瞬間に感謝して享受する』ということです。あなたは頭が考え事で一杯で、ハンバーガーの味に集中しておいしく味わってもいなかったし、雀が目の前に飛んで来てとまっても、それを目にしながら『見て』いなかったのです。でもね、あの雀は、Aさんがパン屑をくれないことを知っててやってきたので、大丈夫ですよ。あの雀はそれを知ってて、あえてまさにあなたに『五つの杖』を教えるためにやって来たのですから」


Aさん「。。なるほど! 全然そんなこと、これまで意識したこともありませんでした!」


私も以前はAさんのような「マインドがいっぱいで『今』に無意識」状態でいて、どれほど「ささいな喜び」や「それ一度しかないチャンス」を逃して来たことでしょうか。自分がそうだったから、クライアントさんの状態が分るのです。分るので、クライアントさんに対応出来るというワケなのです。アルコール中毒患者を更正させることが出来るのは、医師ではなく、「元アルコール中毒患者」の人であるといいます。


って、今回の栞は「宣伝」かい!?

。。。違います(笑)

現在私は、「スピリチュアル・カウンセリング・ビジネスの時代は終わった」との認識ですので、宣伝ではありません。このことについては、書いたら長くなるので、またの機会に書くと思います(またそれですか、という声が聞こえそうですが:^^)。

今回は、コメント欄でのMさんとのやり取りで書こうと思い立った、私流の「今を喜びで生きる」ためのコツあるいはメソッドの伝授の栞になります。これは何回かに分けて書くことになりそうなので、その「さわり」というわけです。


「今を生きる」とは「生命を生きる」ことに他なりませんが、「生命を生きる」ことは、「いずれ必ず起こる(肉体の)死を意識する」ことで、効果が上がります。ですから、今回の「栞」のタイトルは、「不可分の死と生」です。


では次回、「待たずに、期待せずに」(笑)


愛を込めて、ソウルカメラ