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呂布と組んだ陳宮の罠にはまり、徐州城で大敗を喫した曹操。
しかし、曹操は辛くも逃げ切り、「大やけどを負った」と噂を流しておいて、
伏兵をしかけ、追撃してきた呂布軍に痛手を与えました。郭嘉の策略です。

このとき、曹操が「呂布は私の顔を知らぬから助かった」と言っていますが、確かにそのおかげで、曹操は呂布に見逃され、命拾いしました。これは、本作においては本当です。今まで曹操と呂布は同じシーンには絡んでいません。曹操が洛陽にいたときも、董卓の傍に居たのは、常に李傕(りかく)、郭汜(かくし)ばかりで、曹操は呂布とは顔を合わせていないのです。

今まで、呂布の出番が少なかったのは、このための伏線だったのですね。
いやはや、なんという深謀遠慮。フーメイ監督おそるべし?

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思わぬ痛撃を受け、呂布自身も負傷して痛々しい限り。
呂布は、「曹操が黒焦げになった」という虚報を流した田氏(でんし)の妻子を処刑し、見せしめとしました。非情な一面を見せます。

呂布軍に痛手を与えた曹操軍ですが、兗(えん)州のほとんどは呂布にくだり、わずか3県(鄄城・范・東阿)のみを程昱と荀彧が死守するという苦しい状況となり、陥落寸前にまで追い込んでいた徐州攻めを中断し、鄄城に引き揚げました。曹操軍にとってはかつてない危機ですが、本作ではそれほど危機感を持っているように描いておりません。まだ何とかなりそうな感じです。

一方の呂布ですが、出撃を願い出た陳宮の策に従わずに、一時、兵を休ませようと濮陽(ぼくよう)城に籠もってしまったことで曹操をやすやすと取り逃がし、戦機を逸してしまいます。これまでにも似たようなことはあったのでしょう。陳宮は呆れるあまり、呂布を突き飛ばし、その無策をなじります。

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勘違いしがちなのですが、この2人は君臣の関係ではないのです。
陳宮は呂布の部下ではなく、あくまで対等な「同盟者」の立場です。また、「軍師」という存在は、時として君主よりも偉い立場にありました。そうした事情を反映してか、呂布は陳宮に頭を下げて教えを乞うのですが、時すでに遅かったようです。

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果たして、その後、体勢を立て直した曹操軍によって呂布軍は濮陽から誘い出され、巨野の決戦で大敗を喫します。呂布と陳宮は徐州へ撤退。徐州では陶謙が亡くなり、劉備が下邳(かひ)を譲り受けていましたので、彼を頼って落ち延びていったのです。

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張邈(ばく)は袁術を頼って逃げようとしますが、途中で部下に裏切られて殺されました。ナレーションで済まされてしまいましたが、かつて反董卓連合軍の中心勢力として活躍した張邈のあえない最期でした。
ともかく、こうして曹操軍は1年足らずで兗州を奪い返したのです。

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袁紹も、のんびりと構えています。曹操、呂布、劉備が争って潰し合いをしているうちに
自分は兵力を蓄えていればいい、という考えのもとに。曹操の窮状を知り、袁紹は自分に降るよう書簡をしたため、沮授に持たせましたが、これはもちろん一蹴されました。曹操軍はそんなに甘い相手ではありません。

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息子・袁尚にデレデレの袁紹。しかも、長安で乱が起こり、献帝(けんてい)が
董承(とうじょう)たちによって連れ去られ、洛陽へ移動中という報告が入っても、「大勢に影響はない」と気にも留めませんでした。沮授は、献帝を迎えて大義名分を得る絶好の機会だと進言しますが、袁紹は実権のない皇帝に権威などない、としてこれを却下しました。

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一方、曹操のもとにも献帝の逃亡が伝わりました。曹操の軍師・郭嘉や荀彧は、
すぐさまこれを迎える手立てを考えるよう進言。曹操は曹洪、曹仁を洛陽へと派遣します。

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このとき、曹操たちは焼肉を食べていました。さすまたのような棒で肉を焼き、
食べるときはそれから肉を外して、あいかわらず手で肉を口に運んでいます。このように綺麗なバーベキューセットのような道具があったのかどうかは、ドラマなので是非を問うても仕方ないですが、ここでも頑なに箸は使っていません。何はともあれ、美味しそうです。

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かくして、曹仁(右)、曹洪(左)は兵糧を携えて洛陽へと向かいました。
献帝に食料を届けるという名目をもって、洛陽へ入り、献帝の身柄を確保しようという狙いですが、洛陽では韓暹、楊奉、張楊といった輩による妨害が予想されます。はたして、うまく行くでしょうか?