雛氏(すうし)の胸元で目を覚ました曹操は、周りに誰もいないことに慌て、
従者の曹安民を叩き起こします。謀られたことに気付く2人。

29-1
そこへ、張繍(ちょうしゅう)や賈詡(かく)が兵を連れて飛び込んできました。
先ほどまでの歓待ムードから一変、殺気みなぎる形相で曹操の前に現れた彼らは
張繍の叔母を辱めた、と言いがかりをつけてきたのです。

29-2
曹操を逃がし、一人そこに立ちはだかる安民(あんみん)。
「安民、こんなに強かったの?」というほどの活躍を見せてその場に踏みとどまりますが、
ついに多勢に無勢、あえなく討ち取られてしまいました。

庭へ逃げた曹操は、やはりそこで酔いつぶれて寝ていた曹洪と典韋を起こしますが
典韋の戟、曹洪の刀が見当たりません。胡車児(こしゃじ)たちに奪われていたのです。

29-3
城門まで逃げた3人ですが、馬さえも盗まれていて八方塞がり。
ついに進退窮まってしまいました。

追手が迫り、典韋と曹洪が敵を食い止めるなか、曹操は逃げるのを諦め、
その場に座り込んでしまいます。曹洪の叱咤に我に返りますが、呆然と立ち尽くします。

そこへ、置いてきたはずの息子の曹昴(そうこう)が馬で馳せ参じました。
曹操は曹昴が連れてきた馬に乗り、門外へ出ます。

29-4
典韋は城門の前で一人、素手によって獅子奮迅の活躍を見せていましたが、
曹操たちが門を出たことを確かめると、門を閉じ、そこに立ちふさがったところを
向こう側から無数の槍で突かれ、ついに力尽きてしまいました。

なおも倒れず、門前に立ち尽くす姿を見て、曹操らは衝撃を受けますが
典韋の死を無駄にしてはならじと、脱出を急ぎます。
城門のところにいた数名の兵がかろうじて開門すると、堀のところには
はね橋が上がっていて通行ができないようになっていましたが、
曹昴が槍を投げ、縄を切ってはね橋を下ろします。

29-7
曹操と曹洪は一気に駆けて城外へ逃げおおせましたが、
曹昴は逃げ遅れ、背後から無数の矢に射られて絶命。
弁慶の仁王立ちのような姿で、父・曹操に別れを告げます。

部下たちの捨て身の防戦が功を奏し、曹操は
辛くも2騎だけで舞陰(ぶいん)県の本陣に逃れました。

張繍軍は曹操に追撃をしかけましたが、伏兵に遭って胡車児は戦死。
戦機を逸し、こうなると兵力に差があるだけ、戦いは五分五分どころか
再び曹操軍優位に戦局が傾きます。

29-8
ただ、おそるべきは軍師・賈詡。
次の一手として、張繍に曹操が叔母を辱めたことに対する糾弾状を書かせ、
停戦に持ち込みました。曹操軍も多数の犠牲を出しているので
停戦は渡りに船というわけです。人の心理を巧みについた、賈詡の見事な作戦です。

多数の兵を失ったばかりか、愛する我が子・曹昴、甥の安民、腹心の部下・典韋を
自らの失態で死に追いやったことで、さすがの曹操も落胆を隠せません。
曹操、この敗戦で痛恨の一敗どころか一生の不覚を負ってしまったのです。
連れて来ていた青州兵も多数逃げ散ってしまい、失った兵力同様の痛手でした。

29-9
味方の危機を聞きつけ、やってきた夏侯惇も、
曹操が女にかまけて将兵を失った不覚を知って、激しくなじります。
ともかく、撤退の口実を得た曹操は、許都へと引き揚げました。

29-11
曹操の落胆は大きく、居室は大荒れとなっていましたが、そこへ丁夫人がやってきます。
誰よりも曹昴を愛していた彼女の嘆きと怒りは尋常ではありません。
遺体すら戻ってこない我が子の死に慟哭する丁夫人。

膝をついて詫びる曹操。曹丕を彼女の養子に取り立てようと提案しますが、
丁にとって、曹昴に代わる存在にはなり得ません。
丁は、故郷へ帰りました。

29-12
正史にも、丁夫人は事あるごとに「私の子を殺しておきながら、平気な顔をしているとは」と
曹操に言っては号泣していたとあります。曹操は里に帰してその気持ちが収まるのを
待ってから丁夫人の家まで行きましたが、丁夫人はこれを拒み、二人は
そのまま離縁することになったようです。

一方、徐州では呂布軍が作戦を練っていました。
呂布は陳宮の策にしたがい、袁術と婚姻を結んで(呂布の娘を袁術の子に嫁がせ)、
曹操に対抗しようとしていましたが、陳珪(ちんけい)の進言によって考えを変え、
袁術との婚姻は取りやめ、と決定するのですが・・・。

<このひとに注目!>
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于禁(左)、楽進(右)

曹操陣営を中心に描いたドラマながら、やはり今ひとつ地味な存在の2人(笑)。しかし、要所要所でいい働きをする。今回、于禁は曹操が留守の間の本陣を守り、楽進は賈詡の罠にはまった曹操の救援に向かった。于禁は味方の大敗を受けて逃亡し、その間に村を略奪するなど暴走する青州兵を斬り、軍の規律を守る働きをしている。地味ながら渋く光る役回りを演じる両将軍に今後も注目。