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197年、寿春に本拠地を置く袁術は、自ら皇帝と称し、
「仲」という国を建てて贅沢三昧の日々を送っていました。

漢帝国は献帝のもとに続いているにも関わらず、皇帝を称しては
天下の臣民は従わないばかりか反発し、多くの敵を作ってしまいます。
臣下たちは口々に諌めますが、袁術は聞く耳を持ちません。
兵や民を、毎日のように宮殿造営や改修に駆り出し、相変わらずの奢侈ぶりです。

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徐州の呂布は、そんな袁術との同盟をやめ、曹操と手を組もうとしたのですが、
お目当ての徐州牧の官位は贈られず、使者の陳登らが手厚くもてなされて
帰ってきただけでした。それに対して憤る呂布ですが、
陳登は、袁術軍の将を寝返らせる書状を用意しており、たくみに言い逃れるのでした。

すでに陳珪・陳登の親子は呂布を見限っており、徐州を曹操に売ろうとしているのですが、
いるのですが、呂布にはそれが見破れません。
陳宮も再三、呂布に諫言するのですが、呂布は目先の利に動かされて
ますます事態を悪化させていくのです・・・。

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曹操は、呂布が動かない隙に袁術を討伐しようと揚州に攻め込みます。
しかし、袁術軍もさすがに強大。3ヶ月におよぶ長期のにらみ合いとなり、
曹操軍の奇襲は幾度も失敗に終わり、曹洪までが矢を受けて重傷を負います。

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さすがの郭嘉も、この状況を打開するための有効策はなかなか打ち出せずにいました。

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長期対陣で兵糧不足に陥るなか、曹仁がどこからか
掘り出して持ってきた、貴重な「イモ」を焼いて食す曹操と郭嘉。
ジャガイモのように見えますが、どうもジャガイモという食べ物は中世以降に
ヨーロッパから伝わったもののようで、設定としては「サトイモ」ではないかと思います。
(一方で、5000年も前から大陸で採れたという説もありますが・・・良くわかりません)

そんななか、袁紹からの兵糧要請が届きますが、
ここで断ると袁紹の機嫌を損ね、背後が危うくなるために曹操は
兵糧を送ることにします。

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ところが、袁紹軍の輸送隊が途中で賊に襲われ、兵糧が奪われてしまいました。
兵糧を奪ったのは、実は賊ではなくそれに扮した夏侯惇、夏侯淵だったのです。
あわれ、後ろ手に縛られた袁紹軍の輸送隊は手ぶらで冀州へと帰っていきました。

しかし、この食糧は食用ではなく種として使ってしまったため、
依然として曹操軍の食糧不足はいよいよ深刻化していました。
兵糧倉官の王垕(おうこう)の見立てでは、あと15日分しかないとのこと。

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この王垕という人物ですが、第9話で登場したあの人です。
ずいぶんと久しぶりの登場になりましたが、覚えておいででしょうか?

郭嘉は、升を小さくして、今までより少なく兵糧を配布するように王垕に言いますが
兵糧倉官としては、郭嘉の提案には到底、承服できません。
そんなことをすれば、兵たちにはすぐにバレてしまい、戦えなくなると。
しかし、他に手もないので渋々、王垕はそれを実行するのでした。

じっさい、食事の配給の量を減らされた兵たちは口々に不満を唱えます。
すでに10日あまり、配布される食事は半分になり飯から粥になる始末。

「腹が減っては戦はできぬ」といいますが、食いものの恨みは恐ろしい。
兵たちの不満、怨嗟の声はどんどん広がっていきます。

このままでは撤退もやむなし・・・という状況下で、王垕からその様子を聞いた
曹操は、「あること」を頼むことになるのですが・・・。