こんにちは。ドラマ『曹操』案内役の哲舟です。一週間のご無沙汰でした。
昨日は天皇誕生日、今日はクリスマス・イブ。記念日が連続するうえ、冬休みや年末年始休暇はすぐそこ。嬉しいのに気ぜわしく、なんとも落ち着きませんね。
さて、それでは17話の解説に参ります。
兗州(えんしゅう)の陳留にある軍事拠点・酸棗(さんそう)に、 続々と集まってきた諸侯たち。曹操が橋瑁(きょうぼう)の名を借りて飛ばした「檄」に呼応し、各地から参集してきました。

曹操から頼まれ、ひとまず諸侯をまとめようと
威勢をあげたのは、陳留太守の張邈(ちょうばく)です。
「指が伸びきっていては力は入らぬ。拳を握り締めてこそ、敵に痛撃を与えられる」
集まったは良いけれど、諸侯はお互いを牽制しあい、力を合わせようとしない様子。
張邈はそれをひとつにまとめるため、協力を呼びかけるのですが・・・。

ちなみに、集まった諸侯は以下の面々。
勃海太守 袁紹(えんしょう)
陳留太守 張邈(ちょうばく)
冀州牧 韓馥(かんふく)
東郡太守 橋瑁(きょうぼう)
予州刺史 孔伷(こうちゅう)
山陽太守 袁遺(えんい)
兗州刺史 劉岱(りゅうたい)
河内太守 王匡(おうきょう)
広陵郡太守 張超(ちょうちょう)
済北相 鮑信(ほうしん)
典軍校尉 曹操(そうそう)
このあたりが『正史』に記され、また本作でも登場した反董卓連合軍の陣容。
総兵力は『正史』に、それぞれ数万とあるだけで詳しくは分かりません。
本作では、この場にまだ到着していませんが、後将軍 袁術(えんじゅつ)も
その一軍に数えられ、その配下に居るのが孫堅(そんけん)です。
孫堅は袁術の指揮下にあるため、独立勢力として見なされていません。
『演義』では、この中に 公孫瓚(こうそんさん)、馬騰(ばとう)、孔融(こうゆう)なども混ざっていて、集まった諸侯は全部で18集団もあったことから「十八鎮諸侯」(十七鎮とも)と呼称する作品もあります。ドラマ『三国志 Three Kingdoms』もそうでしたね。

さて、「この中から軍を統率する盟主を決めよう」という流れとなり、
「孟卓殿(張邈のあざな)は兵法に疎い」などの理由から
実力・名声とも上の袁紹が推され、盟主の座につきました。
このとき、曹操も土壇場で張邈を推すことをやめ、袁紹を支持しました。
それにしても「兵法に疎い」はいいとして、「無理、盟主などできるわけがない」とか、
さんざんな言われようの張邈、実にかわいそうです・・・(笑)。

そして、曹操が酸棗宣言を読み上げ、血を注いだ酒を酌み交わし、
いよいよ、ここに正式に「反董卓連合軍」結成とあいなったのです。
しかし、この連合軍は早くも瓦解の兆しを見せ始めます。
諸侯が集まるやいなや、洛陽を牛耳る董卓が
弘農王・劉弁(廃位したばかりの少帝)を殺害したとの報がもたらされたのです。
董卓を倒すことはもちろんですが「皇帝を救出する」という名目のもとに
参集してきたのですから、劉弁が殺されたことで大義名分が失われ、
袁紹はじめ諸侯たちは進軍に消極的になってしまいました。
袁紹は袁術や韓馥(かんふく)の軍勢を遠ざけたまま。
盟主の座を奪われた張邈は袁紹の命令に従おうとしませんし、
曹操が提案した積極策も退けられ、解散論まで出る始末。
軍議も早々お開きとなり、途方にくれる曹操・・・。

追い討ちをかけるように、劉岱の手の者が橋瑁を暗殺してしまいます。
袁紹は曹操に陳留太守の座をちらつかせ、
橋瑁の首を見せて自分に従わない張邈を殺すよう命じます。
曹操はそれに従うふりをして、彼の陣営を訪ねますが
長年のよしみで実行できませんでした。
その後、再びの軍議で「臆病者!」と声を荒げた鮑信(ほうしん)に、
袁紹は先鋒を命じ、迎撃に出てきた敵将の徐栄(じょえい)を防がせようとします。
わずか8千の兵しか持たない鮑信を単独で出陣させ、捨石にしようとしたのですが、
そこに曹操も名乗りをあげ、ともに出陣を志願しました。

兵符をひったくるようにして陣営を出る曹操と鮑信。
もちろん曹洪や、衛茲(えいじ)たちも曹操に付き従っています。
かくして、曹操・鮑信の軍勢約1万5千と、
董卓軍の将・徐栄が率いる3万の軍勢は、汴水(べんすい)で対峙しました。
これでは何のための連合軍か。目的を見失った袁紹や諸侯の迷走により、
ほぼ単独で曹操は戦わねばならなくなったわけですが・・・。
いや、もう一部隊、戦っている者がいました。
袁術の支配下にある将軍、孫堅(そんけん)です。
孫堅は「陽人」(ようじん)を守る、董卓軍の華雄(かゆう)に奇襲をかけたのです。
戦況は孫堅がやや優勢で、徐栄軍に華雄を救出させず
足止めできれば勝てそうな見込み。これを聞いた曹操軍は奮い立ちます。

戦いの前に、言葉をかわす徐栄と曹操。
徐栄は援軍が続々とこちらへ向かってきていると脅しをかけ、
道を開けるよう言いますが、そうは問屋がおろさじ。
曹操は頑として抗戦の構えを見せます。いよいよ汴水(べんすい)の戦い開幕です。
そのころ、袁紹の本陣に洛陽から知らせが入りました。
叔父の袁隗一家が董卓に殺され、さらし首にされたというのです。
袁紹は自暴自棄になり、酒を呷るだけで、ますます何もしなくなりました。
憤りが、出陣というパワーに向かわず、内に籠もってしまうという・・・
典型的な駄目リーダーの姿をさらしてしまっています。
・・・といったところで、次回へつづく。
~この人に注目!~

李儒(りじゅ) 字・文優 生没年不詳
董卓の軍師。董卓の悪巧みは、ほとんどこの男の頭脳から出ているともいえる。今回は、偽の詔書を用意して袁紹の一族を皆殺しにした。『三国志演義』においては本作同様、董卓のブレーンとして大活躍し、悪行の数々をサポートする。
『正史・三国志』には登場しないが、史書『後漢書』には登場する。やはり、かなりの悪人である。弘農王・劉弁に仕える文官だったが、董卓が洛陽へ乗り込んでくると彼に取り入り、劉弁に毒薬を飲ませて殺害。董卓の死後も生き延び、兄を毒殺された恨みから献帝に処刑されそうになるが、李傕(りかく)のとりなしによって救われた。李傕に重用されたようだが、いつ死んだのかは不明である。
昨日は天皇誕生日、今日はクリスマス・イブ。記念日が連続するうえ、冬休みや年末年始休暇はすぐそこ。嬉しいのに気ぜわしく、なんとも落ち着きませんね。
さて、それでは17話の解説に参ります。
兗州(えんしゅう)の陳留にある軍事拠点・酸棗(さんそう)に、 続々と集まってきた諸侯たち。曹操が橋瑁(きょうぼう)の名を借りて飛ばした「檄」に呼応し、各地から参集してきました。

曹操から頼まれ、ひとまず諸侯をまとめようと
威勢をあげたのは、陳留太守の張邈(ちょうばく)です。
「指が伸びきっていては力は入らぬ。拳を握り締めてこそ、敵に痛撃を与えられる」
集まったは良いけれど、諸侯はお互いを牽制しあい、力を合わせようとしない様子。
張邈はそれをひとつにまとめるため、協力を呼びかけるのですが・・・。

ちなみに、集まった諸侯は以下の面々。
勃海太守 袁紹(えんしょう)
陳留太守 張邈(ちょうばく)
冀州牧 韓馥(かんふく)
東郡太守 橋瑁(きょうぼう)
予州刺史 孔伷(こうちゅう)
山陽太守 袁遺(えんい)
兗州刺史 劉岱(りゅうたい)
河内太守 王匡(おうきょう)
広陵郡太守 張超(ちょうちょう)
済北相 鮑信(ほうしん)
典軍校尉 曹操(そうそう)
このあたりが『正史』に記され、また本作でも登場した反董卓連合軍の陣容。
総兵力は『正史』に、それぞれ数万とあるだけで詳しくは分かりません。
本作では、この場にまだ到着していませんが、後将軍 袁術(えんじゅつ)も
その一軍に数えられ、その配下に居るのが孫堅(そんけん)です。
孫堅は袁術の指揮下にあるため、独立勢力として見なされていません。
『演義』では、この中に 公孫瓚(こうそんさん)、馬騰(ばとう)、孔融(こうゆう)なども混ざっていて、集まった諸侯は全部で18集団もあったことから「十八鎮諸侯」(十七鎮とも)と呼称する作品もあります。ドラマ『三国志 Three Kingdoms』もそうでしたね。

さて、「この中から軍を統率する盟主を決めよう」という流れとなり、
「孟卓殿(張邈のあざな)は兵法に疎い」などの理由から
実力・名声とも上の袁紹が推され、盟主の座につきました。
このとき、曹操も土壇場で張邈を推すことをやめ、袁紹を支持しました。
それにしても「兵法に疎い」はいいとして、「無理、盟主などできるわけがない」とか、
さんざんな言われようの張邈、実にかわいそうです・・・(笑)。

そして、曹操が酸棗宣言を読み上げ、血を注いだ酒を酌み交わし、
いよいよ、ここに正式に「反董卓連合軍」結成とあいなったのです。
しかし、この連合軍は早くも瓦解の兆しを見せ始めます。
諸侯が集まるやいなや、洛陽を牛耳る董卓が
弘農王・劉弁(廃位したばかりの少帝)を殺害したとの報がもたらされたのです。
董卓を倒すことはもちろんですが「皇帝を救出する」という名目のもとに
参集してきたのですから、劉弁が殺されたことで大義名分が失われ、
袁紹はじめ諸侯たちは進軍に消極的になってしまいました。
袁紹は袁術や韓馥(かんふく)の軍勢を遠ざけたまま。
盟主の座を奪われた張邈は袁紹の命令に従おうとしませんし、
曹操が提案した積極策も退けられ、解散論まで出る始末。
軍議も早々お開きとなり、途方にくれる曹操・・・。

追い討ちをかけるように、劉岱の手の者が橋瑁を暗殺してしまいます。
袁紹は曹操に陳留太守の座をちらつかせ、
橋瑁の首を見せて自分に従わない張邈を殺すよう命じます。
曹操はそれに従うふりをして、彼の陣営を訪ねますが
長年のよしみで実行できませんでした。
その後、再びの軍議で「臆病者!」と声を荒げた鮑信(ほうしん)に、
袁紹は先鋒を命じ、迎撃に出てきた敵将の徐栄(じょえい)を防がせようとします。
わずか8千の兵しか持たない鮑信を単独で出陣させ、捨石にしようとしたのですが、
そこに曹操も名乗りをあげ、ともに出陣を志願しました。

兵符をひったくるようにして陣営を出る曹操と鮑信。
もちろん曹洪や、衛茲(えいじ)たちも曹操に付き従っています。
かくして、曹操・鮑信の軍勢約1万5千と、
董卓軍の将・徐栄が率いる3万の軍勢は、汴水(べんすい)で対峙しました。
これでは何のための連合軍か。目的を見失った袁紹や諸侯の迷走により、
ほぼ単独で曹操は戦わねばならなくなったわけですが・・・。
いや、もう一部隊、戦っている者がいました。
袁術の支配下にある将軍、孫堅(そんけん)です。
孫堅は「陽人」(ようじん)を守る、董卓軍の華雄(かゆう)に奇襲をかけたのです。
戦況は孫堅がやや優勢で、徐栄軍に華雄を救出させず
足止めできれば勝てそうな見込み。これを聞いた曹操軍は奮い立ちます。

戦いの前に、言葉をかわす徐栄と曹操。
徐栄は援軍が続々とこちらへ向かってきていると脅しをかけ、
道を開けるよう言いますが、そうは問屋がおろさじ。
曹操は頑として抗戦の構えを見せます。いよいよ汴水(べんすい)の戦い開幕です。
そのころ、袁紹の本陣に洛陽から知らせが入りました。
叔父の袁隗一家が董卓に殺され、さらし首にされたというのです。
袁紹は自暴自棄になり、酒を呷るだけで、ますます何もしなくなりました。
憤りが、出陣というパワーに向かわず、内に籠もってしまうという・・・
典型的な駄目リーダーの姿をさらしてしまっています。
・・・といったところで、次回へつづく。
~この人に注目!~

李儒(りじゅ) 字・文優 生没年不詳
董卓の軍師。董卓の悪巧みは、ほとんどこの男の頭脳から出ているともいえる。今回は、偽の詔書を用意して袁紹の一族を皆殺しにした。『三国志演義』においては本作同様、董卓のブレーンとして大活躍し、悪行の数々をサポートする。
『正史・三国志』には登場しないが、史書『後漢書』には登場する。やはり、かなりの悪人である。弘農王・劉弁に仕える文官だったが、董卓が洛陽へ乗り込んでくると彼に取り入り、劉弁に毒薬を飲ませて殺害。董卓の死後も生き延び、兄を毒殺された恨みから献帝に処刑されそうになるが、李傕(りかく)のとりなしによって救われた。李傕に重用されたようだが、いつ死んだのかは不明である。
