第1~6話【第1部-乱世奸雄】

第6話 黄巾の乱

こんばんは! ドラマ『曹操』案内人の哲舟です。
1週間、間があいてしまいまして、申し訳ございません!

さて先週土曜日、神奈川県横浜市で三国志フェス2013というイベントが開催されました。
全国の三国志好きが集まる盛大なイベントで、
本作、ドラマ『曹操』のパンフレット(非売品)も配布されていたんです。

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参加して「これ貰った!」という方、いらっしゃいますか?
無料ながら、人物相関図などが入った全8ページの豪華仕様のブック。
入手できた方、おめでとうございます。

OPSB-S065そして、もうひとつお知らせです。
いよいよ本日、曹操【第3部-打倒董卓-】
ブルーレイvol.3(3枚組)
がリリース!

こちらには、13話~20話が収録されています。董卓が洛陽に君臨し、曹操や袁紹らの諸侯が彼に反乱を起こすという、三国志序盤の見せ場ともいえる盛り上がりを見せます。レンタル版(DVD)も同時リリースされていますので、ぜひご利用ください。





さて、前置きが長くなりましたが、さっそく第6話の解説へ参りましょう。
第6話の冒頭は、なんとも凄惨なシーンから始まります。

宦官を弾圧する上奏文を出した曹操。
しかし、宦官・蹇碩(けんせき)の入れ知恵によって、
霊帝(れいてい)は、曹操を裏で操る党人(士人)、
陳耽(ちんたん)の一味やその家族までをも始末するよう命じたのです。

乳飲み子を地面に叩きつけ、母もろとも殺すシーンには目を背けたくなります。
第1話では、士人やその子供たちを殴り殺すシーンがあったことを思い出しますが、
日本のドラマでは、あまり見られないストレートな描写です。

そして、曹操をそそのかした陳耽は捕縛され、投獄されました。

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一夜明け、自分の書いた書が多くの士人の命が
失われた事実を知り、憤慨する曹操。

ただちに弾劾状を出して宦官らを倒そうと立ち上がりかけますが、
祖父の曹騰(そうとう)は、それを押しとどめました。
曹騰は、曹操のためを思って蹇碩を動かした張本人ですが、それを曹操は知りません。

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ところ変わって洛陽の宮中。
献帝の隣では、彼の愛姫・何(か)皇后が琴を弾じています。

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その前に控えるは、何の兄である、何進(かしん)。
もともとは肉売りをしていた人物ですが、妹の縁で皇帝に接近。
労せずして、「大将軍」に任命され、武官の最高位を手に入れました。

何進は、さっそく霊帝に対し、陳耽の助命を嘆願しに来ていた
士人たち100人あまりを皆殺しにしてしまいました。
もちろん自分の兵を引き連れてのことですが、
自らもそれなりに武勇の腕前があるところを見せました。

結局、陳耽は霊帝から毒酒を賜り、それを飲んで死にました。
死ぬ間際、曹操は陳耽と蔡邕(さいよう)に詫びを入れに牢獄を訪れますが、
すぐに何進がやってきたため、身を隠してそれを見守るのみでした。

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新参の議郎である曹操は、時勢の性急さと自分の無力を痛感します。
好きな詩作の筆も鈍っている様子。いや、沈黙の理由はそれだけではなさそう。

そこへ意中の人、蔡文姫(さいぶんき)が訪ねてきます。
文姫は、曹操に別れを告げに来たのです。

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文姫の父、蔡邕(さいよう)も陳耽に連座して死罪となるところでしたが、
霊帝が彼の才能を惜しんだことで、朔方郡(さくほうぐん)への流罪が申し渡されました。
朔方郡は、并州(へいしゅう)という、洛陽から北にある山間の僻地です。
父に付き添って、娘である文姫も行かねばなりません。

それを聞いて肩を落とす曹操。
自分が書いた上奏文がきっかけで、最高の文学者である蔡邕とその娘を
遠くへ辺境の地追いやってしまうことへの自責の念にかられます。

文姫は、蔡邕から託しされた玉琴を曹操に贈りました。
薪(たきぎ)を買い取って自ら作った琴です。

受け取って、試しに弾じてみる曹操ですが、心ここにあらず。
心を通わせ合った直後なだけに、落胆を隠せません。

「琴を弾く者には、木目から響く音色は声も同じ」
「指先から流れる音色は人の運命そのもの」
2人は、まるで音曲を奏でるかのごとく別れの語らいをします。

最初に出会ったときに作ってくれた詩を
もう一度、謳ってほしいと文姫は曹操に願いました。

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その詩を覚えていて、手巾に縫い付けたという文姫の言葉に、
曹操は自分への強い思いを感じ、胸を打たれます。

涙をぬぐってやると、文姫は涙をこらえきれず、その場を去ろうとします。
その様子をじっと脇で見ていた卞(べん)は、飲み物を運ぼうとして歩み寄り、
文姫とぶつかってしまいました。

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呆然とする曹操ですが、その目が追うのは卞ではなく、去り行く文姫の姿。
卞は気丈にも、早く後を追うよう促します。
その言葉に我に返り、曹操は走り出していきます。

当時は一夫多妻制が当たりという世の中ですが、人の感情は今も昔も変わりないもの。
以前は、自分が文姫の立場だったことを、卞も痛感していたことでしょう。
正妻の丁夫人を放り出し、自分を洛陽まで連れてきた曹操、
その心が一時的に自分を離れてしまっても、卞は決して責めないのです。
・・・なんとよくできたお嫁さんでしょうか。

城外へ行くと、蔡邕の一行がまさに洛陽を離れようとしていました。
何顒(かぎょう)とともに、別れの杯を蔡邕と交わす曹操。

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馬車の中にいる文姫とも最後のお別れです。
「お早いお帰りを」と字を刻んだ簪(かんざし)を、曹操は手渡します。
そして、文姫は曹操のもとを離れていきました・・・。

それから何年か経ち、場面は変わって後宮内。
側室と湯浴みを楽しむ霊帝のもとへ、蹇碩が急を告げにきます。

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西暦184年(中平元年)――。黄巾の乱、勃発。
黄色い布を目印として身につけ、民衆が武装蜂起、
各地の役所に対して反乱を起こし、それが中国各地に広まったのです。

その軍の数、100万とも号されます。
三国志の物語の幕開けともいえる大乱が、いよいよ始まりました。

さすがに霊帝も、落ち着いてはいられません。
後漢は内乱に明け暮れていたとはいえ、本当の戦争を経験した役人は皆無。
文武百官といえども、安心して軍隊を任せられる人材は限られています。

霊帝は、「党錮の禁」によって官界から追放されていた
士人たちを呼び戻し、その中から人材を選びました。

そして、大将軍である何進を討伐軍5万の総大将に任じるとともに、
さらに4人の将軍を抜擢して、乱の鎮圧へと向かわせることになりました。
その4人とは・・・。盧植(ろしょく)、皇甫嵩(こうほすう)、朱儁(しゅしゅん)、曹操でした。

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中郎将・盧植は冀州(きしゅう)へ。
左中郎将・皇甫嵩および、右中郎将・朱儁は穎川(えいせん)へ。
曹操は騎都尉(きとい)に任じられ、黄巾の軍を討伐するよう命ぜられます。

このような人選を見ると、霊帝は決して無能ではなさそうです。
ただ、女遊びが過ぎるだけで・・・。

霊帝は、曹操をよく覚えていました。
幼き日に騎馬戦で遊んだことを、忘れていた曹操も思い出します。


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なぜか身の丈を尋ねられて、曹操は戸惑いながらも「6尺8寸」と答え、
宮中は笑いに包まれます。当時の1尺は約23cmですから、計算すると160cm足らず。
現在の平均的な日本人女性と同じぐらいの身長ということになります。

正史・三国志には、何人かは身長に関する記述があって、
8尺(184cm)・・・諸葛亮、趙雲、許褚(きょちょ)、劉表
8尺3寸(191cm)・・・程昱(ていいく)
7尺5寸(172.5cm)・・・劉備
となっていて、名だたる人は身長も人より抜きん出ていた人が多かったようです。
曹操の背丈は記されていません。(関羽、張飛も不明です)

もし、曹操の背が高ければそう記されていたでしょうし、
以前にも記したように「威厳がなかった」と書かれているぐらいなので、
やはり曹操はこのドラマのように身長が低かったのかもしれません。

どうも、三国志好き、曹操好きの女性は「そこがいい」のだそうです。
私にはその感覚はあまり分かりませんが(笑)、
身長は高ければいい、というわけではないということでしょうね。

「勝利あるのみ、敗北は許さず」

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霊帝のこの言葉に送り出され、さっそく出陣した黄巾討伐軍ですが、敵は大軍。
ほどなくして皇甫嵩と朱儁は、数の不利もあって苦戦に陥り、青州の長社城に立て籠もりました。

曹操は洛陽に留まって戦況を見守っていましたが、
何進に、5千の兵でその援軍に向かうよう命じられました。

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これを聞いた蹇碩は大喜び。
労せずして、にっくき曹操が死ねば万々歳というわけです。

卞(べん)に「必ず帰る」と告げ、よろいを身にまとって出陣する曹操。
生きて帰るかどうか保証はいっさいありませんから、
出陣前に、卞を抱いておくことも忘れません。後継者を成すは武人としての務めです。

そのころ、袁紹は屋敷に籠もって、亡くなった母の喪に服していました。
史実によると、6年間も喪に服して隠棲していたといいます。

当時は儒の教えが盛んでしたから、親に尽くすのが美徳とされ、
親の喪に服して慎ましく暮らすことは、何よりの孝心の表れと思われていたようです。
しかし、志ある者たちはこの緊急事態に
袁紹がその才能を発揮せずにいるのがもどかしくてなりません。

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張邈(ちょうばく)、何顒(かぎょう)らは、袁紹に決起を促そうと面会を求めに来ました。
曹操が騎都尉に抜擢されたことに対し、韓馥(かんふく)などは
「すぐに失脚するだろう」と侮りますが、曹操の才をよく知る何顒や袁紹は
「必ず何かをなす」と見ているようです。

さて、そのころ、曹操率いる遊撃軍5千は、青州へ到着しました。
程昱、夏侯惇、曹仁、許褚らが一緒です。

長社城を包囲する波才が率いる黄巾の軍勢を山上から眺め、対策を練る曹操たち。
曹操は、程昱と相談し、包囲を解かせるため、
「火攻め」をしかける機会を伺うことになりました。


◆人物クローズアップ
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蔡邕(さいよう) 133~192年。兗州陳留郡出身。
字は伯喈(はくかい)。娘に蔡琰(蔡文姫)。息子は居なかった模様。書家・詩人・歌人として名を成し、当代を代表する文化人として名を知られていたが、178年に宦官の一派と争って并州へ流刑となる。翌年に大赦を受けたが、宦官の親族と揉め事を起こし、揚州へと亡命した。滞在は12年にも及んだという。本作における蔡文姫と曹操の別れは、この史実に基づいたものだ。董卓が洛陽に入ると呼び戻されて重用されたが、董卓が死ぬと王允と対立していたために投獄され、獄死した。

第5話 十常侍の陰謀

こんばんは! ドラマ『曹操』案内人の哲舟です。
9月は3連休が2回もあって、なんだか不思議な感じがする今日この頃ですが、
みなさん、いかがお過ごしでしょうか? 楽しい連休は、あっという間に過ぎ去りますよね。

連休はあんまり関係のない、自由業のわたくし哲舟、
それでは、さっそく第5話を綴って参ります。

さて、朝廷からの命令で、議郎(ぎろう)という役人に返り咲いた曹操は、
程昱(ていいく)、曹仁(そうじん)をともなって、都の洛陽へやってきました。

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先ごろ、身請けして側室にしたばかりの卞(べん)も連れてきています。
「なぜ側室を?」と訪ねる程昱に対し、
「残してきたら正妻の丁(てい)夫人にいじめられるだろう」と答える曹操。
卞をめとることは、父や祖父にも反対されたようです。
長男を産んだ劉夫人が亡くなったばかりだし、
まあ、そりゃそうですよね・・・。しかし、曹操はまったく意に介しません。

曹操の勤務先は、尚書台(しょうしょだい)。
簡単にいえば、皇帝の文書の管理をする部署です。

さっそく入室する新入り、曹操。
とくに着任式があったり、特別に挨拶したりはしないようです(笑)。
机をひとつ与えられますが、周りの文官(士人)たちは
曹操が宦官の孫であり、なおかつ北部都尉時代に
過激な行動をとっていたことを知っているのか、距離を置いて眺めます。

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ちょうど昼食時なのでしょうか、文官たちが食事をしています。

なぜ、箸(はし)を使わないかについては、第2作でも少し述べましたが、
本作においては「まだ普及していないから」という解釈でいいでしょう。
おそらく、この先にも詳しく記す機会もあると思いますので、ここはサラリと。

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手のひらに取った飯(アワやヒエなど雑穀が混ざったもの)の上に、
野菜や干し肉などの具を載せ、口に運んでいる様子。

この食べ方、おにぎりとか、手巻き寿司の原型なのかな?と思いましたが、
単に、ご飯とおかずを一緒にして食べているようにも見えますね。

実は、中国では「おにぎり」というものは、一般的な食べ物ではありません。
今でこそ、コンビニなどで日本食として売られていますが、
昔は、米を握って食べるという方法は、ほとんどされてこなかったようです。
似たものとしてもち米を蒸した「ちまき」がありますが、あれはまた別の料理ですよね。

さて、兵書を読もうとする曹操に対し、意地悪な先輩役人がやってきて、
「過去の詔書を読め」と強制しますが、曹操が聞くはずもありません。

いささか、キレ気味の表情で頑固に自分の読みたい書を読もうとしますが、
先輩は懲りずに、今度は「これを運べ」と肉体労働を押し付けます。
おいおい、それぐらいにしておかないと曹操、そろそろキレますぞ・・・(笑)。

そこへ、2人の大物が入ってきました。司徒の陳耽(ちんたん)と、蔡邕(さいよう)です。
陳耽とは面識がありますが、蔡邕とは初対面の曹操。

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蔡邕(右)は、当時を代表する高名な詩人であり学者さん。
みなが一目置く存在なので、当然曹操も知っています。

その2人に伴われ、曹操は蔡邕の屋敷に行って飲むことになりました。
乾杯する3人。一見質素に見えますが、十分なご馳走なのでしょう。

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すぐに分かりますが、2人は曹操にある願いごとをしたくて招いたのです。

都では、曹操が子供の頃から、相も変わらず
宦官と士人たちの権力抗争が続いています。

第1話で描かれた「党錮の禁」で、陳蕃(ちんばん)、竇武(とうぶ)が
曹節ら宦官によって粛清された一件以来、
宦官らは引き続き、霊帝の寵愛を受けて優位に立っていました。
そのため霊帝のそばから遠ざけられた士人らは、反撃の機会を狙っています。

陳耽と蔡邕の2人は、宦官ではないので当然、士人です。
曹操は宦官の孫ながら宦官ではない。しかも正義感に篤い。
そこで、自分らの味方につけたいと、2人は思っているのです。

そのうえで、曹操に上奏文を出すよう依頼します。
宦官らが災害の義援金を横領した一件を持ち出して彼らの腐敗振りを訴え、、
彼らに処罰を与えるよう願い出る一方、「党錮の禁」は濡れ衣だったとPRする。
それらを霊帝に上奏すれば、世の中は大きく動くかもしれません。

曹操は、まだどちらに付くかハッキリとは表明しませんが、
2人に強く請われ、その願いを聞き入れました。

曹操は自宅へ帰るとさっそく上奏文をしたためることにします。
しかし、蔡邕の屋敷でだいぶ飲まされたのか、酔っ払ってふらふら・・・。
こんな状態で、ちゃんと文が書けるのでしょうか?

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「そんなに飲んで・・・」
曹操の帰りを待っていた、妻の卞(べん)が心配して走り寄ってきました。

フラフラになりながらも、白紙の木牘(もくとく)を見つけ、筆をとる曹操。
この時代、まだ紙はきわめて貴重で、ほとんど普及していませんから、
短い文章は薄い布に書き、長い文章は木の札を紐で束ねた巻物に書いたのです。
ちなみに竹の札を竹簡(ちくかん)、木の札を木牘といいます。

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卞に墨をすってもらう間、曹操は叫びます。
「一心に漢王朝を思うのは、この曹操だけだ!」
「この曹操は何者をも恐れぬ英雄、必ず歴史に名を残す!」


宦官の後ろ盾があるとはいえ、まだまだ曹操も一介の役人。
歴史に名を残せるかどうかは今後の出世による活躍にかかっています。

酔っ払って、こうして本音をぶちまけることができる相手は、
卞をはじめ、心を許した兄弟たちぐらい・・・。
曹操の心中、身につまされるというか、サラリーマンやOL諸氏には
よくよくお分かりになるんじゃないでしょうか?

そんな曹操の心中を察し、なぐさめる卞。
「幸でも不幸でも、私はずっとあなたのそばにいます」

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・・・こんなしおらしいことを言われたら、男なんぞイチコロです。
執筆を後回しにして、卞を担いで寝室へ直行する曹操。
松村邦洋さん言うところの「下半身は別人格」モードに入りました。
とても分かりやすいです(笑)。

その後、記し終えた書を宮殿に置いてきた曹操。
これで、宦官対士人の権力抗争の幕が開くか。野となれ、山となれの心境でしょう。

義援金を横領した宦官十数名と、その宦官に味方する大尉、司空も罰するべき・・・
霊帝は、ちゃんとこれを読みました。女遊びが大好きですが、
その合間ながら、ちゃんと政治もやってます。

傍に仕えている蹇碩(けんせき)は、即座に陳耽の陰謀であることを見抜き、
もちろん、我が身のかわいさもあって、宦官らの処罰の免除を願い出ます。

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霊帝が宦官らを信任し、士人らが有能であることを知りつつも遠ざけているのは、
彼らが自身の趣味である女遊びに対し、辛らつなことを言うためです。

しかし霊帝は、これでなかなかの切れ者。とりあえず上奏を聞き入れ、
「宦官らを処罰、降格しておいて士人たちの怒りを和らげ、
後日になってからまた復帰させればいい」という策を考え付きました。
ひとまず、蹇碩もそれを了承しますが・・・。

さて、その後、尚書台では曹操に対する皆の接し方が一変します。
陳耽ら有力な人物と親しいだけでなく、勇気ある上奏をしたことが評判となり、
一躍、時の人となったのです。

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席につくと、なんとランチまで運ばれてきました(笑)。
あまりの変わりように、うす気味悪そうな様子の曹操。

その夜、書き物をしている曹操のもとを、一人の男が訪ねてきました。
曹操は追い返そうとしますが、祖父・曹騰(そうとう)の紹介状を
彼が持っているのを見て引き止めます。

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男は荀彧(じゅんいく)と名乗りました。後に曹操陣営の参謀筆頭になる人物ですが、
その英才はすでに有名なようで、曹操も名前を聞いて態度を変えました。

荀彧は、曹操に対して自重を呼びかけ、今は力を蓄えるよう助言に来たのですが、
血気にはやる曹操は、それに聞く耳を持ちません・・・。
曹操は「汚れた朝廷の風紀をただし、漢王朝の復興をめざす。
自分は堂々と振舞い、大業を成し遂げる」と、荀彧に言い放つのでした。

そのころ、別の場所では蹇碩や張譲(ちょうじょう)ら、
宦官一派が曹操排斥の計画の密議をしていました。
権力を恐れぬ曹操のふるまいを、宦官らは忌々しく思っているのです。

そこに曹騰(そうとう)が現れました。
宦官らのトップの地位にある曹騰が来られては、蹇碩らも黙るしかありません。
曹騰は、うろたえる宦官らに取引をもちかけました。

曹騰は愛する孫・曹操の命を助けるため、宦官らに対してこう言います。
曹操を殺すならそれもよしだが、ただそれだけのことになる。
士人たちに痛手は与えられず、君たち宦官一派にもメリットはないだろう。

代わりに曹操を操る黒幕の陳耽を謀殺すれば、
怖いものは何もなくなり、宦官の権力は増す・・・。
「どっちが得なのか考えてみろ」と、曹騰は蹇碩に迫りました。
天秤にかけて考え、蹇碩はついに決断を下しました。

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その頃、曹操はふたたび蔡邕の屋敷へ。
曹操は蔡邕の詩の才能に感服しきりで、褒めちぎっている様子。

中庭に出ると、ひとりの女性がいて琴を弾じていました。
蔡邕の娘で、名は蔡琰(さいえん)。字は文姫(ぶんき)といい、蔡文姫とも呼ばれます。

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曹操は、その琴の音色に聞き入り、いや文姫に見とれ、見事だと称えました。
「この曲は遊春では?」と訪ねる曹操に、蔡文姫は「詩が分かるお人」と感心します。
「即興で詩を作る」という曹操に、蔡邕も興味を示したため、
曹操は蔡文姫の隣に座りました。

後に詩人としても大いに名を成す曹操。即興で見事な詩を書いてしまいました。
それを読み上げる蔡文姫は、にわかに曹操に興味を覚えた様子。
何度か視線を交わす2人・・・また、新たな恋の芽生え?

蔡文姫も実に美しいので、気持ちは分かります。
しかし、さっきまで卞といちゃいちゃしていたばかりで、
なんと書いて良いのやら悩みますが、まさに「英雄、色を好む」。

蔡邕も陳耽も曹操の詩に感心しますが、
話があるためいそいそと屋敷へと入っていきます。
曹操もその後を追いますが、いったん蔡文姫のほうを振り返り、
彼女に強く自分を印象付けます(笑)。うまいなあ、と感心するほかありません。

その頃、後宮では霊帝が曹操の上奏文を改めて見返していました。
曹操の言いなりになっては、自分に人物を見る目がないことを
証明するようなものであろう。そういって、躊躇しているようです。

蹇碩は曹騰に建策された通り、黒幕の存在を霊帝に明かします。
さて、霊帝はどのような決断を下すのでしょうか?


~人物クローズアップ~

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◆荀彧(じゅんいく) 163年~212年
最近、三国志ファンの間では主君・曹操をしのぐほどの人気を誇る人物。戦国時代の思想家・荀子(じゅんし)の子孫。若い頃に何顒(かぎょう)から「王佐の才を持つ」と賞賛された。
正史によれば、洛陽の宮中に勤めて名前が出てくるようになるのは、董卓が政権を握った189年ごろ、彼が27歳ぐらいのことだ。しかし、本作ではそれよりもだいぶ早くからの登場で、まだ20歳前後と思われる。ちなみに曹操より8歳年下。
史実において、この頃から曹操と面識があったかどうかは不明。しかし、このように早くから登場させることで後々への伏線を張っているようで、要注目といえる。

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旧作『三国志 Three Kingdoms』の荀彧。官渡の戦いの頃なので
既にだいぶ貫禄がある。ドラマ曹操の荀彧がどう年をとるかにも注目したい。
 

第4話 民の味方

こんばんは! ドラマ『曹操』案内役の哲舟です。
いよいよ昨日から、第2部(7~12話)「漢室衰退」がリリースされました。
すでに、手元にお持ちの方やご覧になった方もいらっしゃるかと思います。

少し遅れていますが、今夜は第4話のあらすじ解説をさせていただきます。

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新たなる任地、頓丘(とんきゅう)に県令としてやってきた曹操ですが、
民衆を蹴散らして役所へ向かって以来、まるで人が変わったかのように蓄財に励み、
有力豪族の王福とべったり癒着して、まともに政務をとろうともしません。

見かねた、甥の曹安民(そうあんみん)が、苦言を呈しますが、
曹操は相手にせず、馬に乗ってどこかへ出かけてしまいます。仕方なく、後を追う曹安民。

向かった先では、王福の弟分の王坦(おうたん)が、民を集めていました。
王福らは、肥沃な田畑のある土地を、たった50銭で買い取り、
自分らのものにしようとの魂胆で、また民衆を虐げようというのです。
曹操も何もいわず、それに加担しています。

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そうした横暴さに耐えかね、反発した民衆らは暴動を起こそうと画策し、
花火を合図に決起しようとしますが、あらかじめ見抜いていた曹操らは民を取り押さえます。

そこへ王福が悠々と乗り込んできて、民らを始末しようとしました。その瞬間、
曹操の手下の許褚(きょちょ)、夏侯惇、夏侯淵、曹仁が率いる伏兵がどっと沸き出し、
王福の兵たちを攻撃し、叩きのめしにかかりました。

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予想だにしていなかった曹操の裏切りに驚き、慌てふためく王福、王坦。
すかさず、曹操は王坦を刺し殺し、傍らにいた男が王福を刺しました。

男の名は、程昱(ていいく)。
曹操とは以前からの知り合いで、その密命を受けて
密かに民たちの間に潜り込んだ王福の密偵のふりをしつつ、
実は王福らを倒す機会を伺っていました。王福と民との両方を騙していたのです。

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この写真だけを見ると、まるで程昱(右)が悪人に見え、
命乞いをしている王福が、なんだかとても可哀想になりますが・・・(笑)

かくして、私服を肥やしていた悪徳役人の王福は倒れ、頓丘(とんきゅう)は平和になり、
土地や金が民のもとに戻されました。民衆らは曹操への感謝の気持ちを口々に唱えます。

ようやく曹操の真意がわかった曹安民、疑いを解いてご機嫌取りに必死の様子。
程昱と自らの大芝居の種明かしをして、
「黄巾の乱で天下が乱れるのを待っている。乱世の中で民を救う」という曹操。
ここで初めて安民に本音を打ち明けました。

それからまもなくして、都から張邈(ちょうばく)が詔書を持ってやってきました。
詔書は「王福を無断で殺し、黄巾党の唐周を逃がした罪により県令の職を解く」というもの。
これは、まぎれもなく蹇碩(けんせき)の陰謀でしょう。
しかし、都には曹操の祖父や父がいます。その尽力により職を失っただけで済んだわけです。

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免職となり、浪人となった曹操は故郷の譙(しょう)県へ仲間とともに帰りました。
さっそく妓楼へ出かけ、宴会を催す曹操兄弟。
あでやかな舞姫たちの踊り、酒と肴が心労を癒してくれるかのようです。

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そこへ、一人の美女が登場し、舞を披露します。
優雅な音曲に合わせてゆったりと舞うその女性に、
曹操は酒を飲む手も止めて見入ってしまいます。
卞思(べんし)という名で、妓楼では名の知られた芸妓のようです。

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一曲舞い終わって戻ろうとする卞思に、客のひとり、
張慕天(ちょうぼてん)という酔っ払いがちょっかいをかけました。

気の強い卞思は、張に平手打ちをかまし、その場を逃れようとしますが、
しつこい張はなおも絡み、その場を動きません。
それどころか、なだめに入った楽師の老人を突き飛ばすなど、やりたい放題です。

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そこへ耐え切れなくなった曹操、皿に盛られた棗(なつめ)を投げつけて張を挑発。
これに応じた張が詰め寄るも、曹操は張を引き倒し、馬乗りになってボコボコに殴りつけます。
張の手下が飛び出してくると、そばにいた曹操の弟分たちも飛び出して乱戦に。

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夏侯惇、夏侯淵、曹仁の3人にかかっては、酔っ払いの暴徒など相手にならず、
戦況は一方的。張たち一味はほうほうの体で退却していきました。

翌朝、卞は妓楼の女将さんと言い争いをしていました。
この、やりてばばあは卞が1万銭稼ぐまで徹底的に、こき使おうとしているのです。

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曹操は、そんな卞を身請けしようと考えました。
卞もまた、曹操の人物の大きさや勇敢さに惚れて
自ら歌を披露しに尋ねるようになるなど、2人は急速に親しくなっていきます。

心底ほれ込んだ曹操は、卞を「芸妓」と馬鹿にした曹仁に籾殻をぶちまけるほど。
兄弟たちには「何もいまさら芸妓を娶らなくても・・・」という思いがあるのでしょう。

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それもそのはず。曹操には、すでに2人の妻がいるのです。
一人は正妻の丁(てい)夫人、もうひとりは側室の劉(りゅう)夫人です。
丁夫人との間に子はありませんが、劉夫人にはもうすぐ子が生まれるという状況。

それなのに、曹操は劉夫人のそばにいるでもなく飲み歩いている始末・・・。
現代的な価値観から見れば、典型的なダメ夫ですね。
曹操をかっこよく描きたいはずのドラマですが、その辺は全然飾らずに描いています。

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劉夫人は曹操にとって初めての男子となる、曹昂(そうこう)を生みますが、
産後の経過が思わしくなく、出産と同時に亡くなってしまいます。
以後、曹昂の養育は丁夫人がすることになりました。

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曹昂が生まれ、喜びをあらわにする曹兄弟たち。
しかし、部屋の外には曹操に身請けされたばかりの卞思の姿が・・・。
曹操の兄弟や丁夫人にとっては、卞は一族の平穏を乱す疫病神。

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曹仁が卞を追い払おうとしますが、卞は帰るあてもなく、愛する曹操のもとを動きません。
丁夫人もまた、卞を冷ややかに見やるのみでした。いやはや、恐ろしいまなざし。
この時代、芸妓は身分が低く、「体を売る女性」と見られたようで
裕福な家の人から見れば、それだけで軽蔑の対象だったようです。

そこへ、曹操にとっては渡りに船というべきか、都から詔書が来ます。
それは曹操を「議郎」(ぎろう)という役職に復命するという旨が書かれていました。
曹操は再び朝廷の役人へと返り咲いたのです。

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卞思を残していくと、気の強い丁氏にいじめられると思った曹操は、
側室に迎えたばかりの最愛の彼女をともない、洛陽へと向かいました。

夏侯惇と典韋(てんい)に譙(しょう)の留守を任せ、曹仁と程昱を連れて洛陽へ。
再び、都での醜い政争が彼を待ち受けているであろうことは明白ですが、
その表情からは、表舞台への復帰を果たしたという喜びも感じられます。

~人物クローズアップ~
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この回が初登場となった典韋(てんい)
後に許褚(きょちょ)と並ぶ曹操の護衛官として活躍する。
第2話の許褚同様、「お前いつの間に居たの?」という唐突な登場の仕方に驚く。

「正史」によれば酒食を好み、飲み食いの量は人の倍。
宴会の時は彼のために給仕の数を数人に増やし、
左右から酒を注がせてやっと間に合うほどだった。
八十斤(48kg)もある大きな双戟と長刀を愛用したという。

本作の典韋は、背は高いがどちらかといえばほっそりした体型で、
正史や演義の人物像から伺えるような、どっしりしたタイプではない。
許褚とイメージが重なることを嫌ったのかもしれない。
 

第3話 渦巻く陰謀

こんばんは! ドラマ『曹操』案内役の哲舟(てっしゅう)です。

_SL500_AA300_本題の前に、まずはお知らせ。
明日18日、第7話~12話を収めた
ドラマ曹操 【第2部-漢室衰退-】
ブルーレイ、DVDで同時リリースされます!
(ブルーレイは販売のみ、DVDはレンタルのみです)

いよいよ、劉備、関羽、張飛、董卓、呂布といった
三国志の花形といえる人物が多数登場し、
物語を盛り上げてくれますよ。ぜひご覧ください。

やや遅れがちではありますが・・・あらすじ解説のほうも、
リリースに追いつけるようペースアップして綴りますので、よろしくお願いします。

では、さっそく第3話の解説に参りましょう。
この第3話は漫画「蒼天航路」の序盤でも衝撃的だった
あの棒打ちの場面が、実写化されたという点でも必見の回といえるでしょう。

洛陽北部の都尉(とい)に任命され、さっそく任地を訪れた曹操。
しかし、そこは飢えた流民であふれ、門番たちは居眠りして何もせず、
さらには役所の机や椅子には埃が積もっている始末でした。
曹操は、そうした有様を半ば予想していたようで、さっそく手を打ちます。

03-riten
甥の曹安民(そうあんみん)には粥を用意するよう命じておいて、
再会したばかりの李典(りてん)には、立て札を作って民を集めるよう依頼。
2人とも曹操の意図を呑み込めず怪訝な顔をしますが、とりあえず指示通りに動きます。

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立ち去る李典が、居眠りする門番を見て憤慨するあまり気を取られ、
柱に頭をぶつけてしまう場面は必見(笑)。

流民たちを集めた曹操は、さっそく許褚(きょちょ)に粥の入った大鍋を置かせて
「これからは毎日、粥をおく。誰でも食べられる」と告げます。
民らは「ありがたい」と感謝しながらも、「一人一杯」という曹操に対し、
それではお腹が満たされないため不満を漏らします。

そこで、曹操は彼らに労働と兵役の任を与え、養ってやろうと提案します。
女は布を織って天幕を作り、男は兵に志願して体を鍛える。

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「手に職をつけて稼ぎ、もっといい物を食え」と。
さらには好き放題やって怠けていた兵士らを棒打ちの刑に処し、溜飲を下げさせる。
信賞必罰。曹操は巧みなやり方で、たちまち民の心を掴んだのです。

ところは変わり、曹騰(そうとう)の屋敷を訪ねた曹操。
女中にオイルマッサージをさせる曹騰、実にうらやま・・・いや、気持ちよさそうです。

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第1話で登場した曽祖父の曹節はすでに亡くなっていますから、
今は、おじいちゃんの曹騰が曹操にとって一番頼れる人なのです。

宦官に恨みを持つ士人たちが、自分に妨害工作を仕掛けてくることを
曹操は察知しており、その対策を曹騰に訊ねに来たのです。
祖父は孫に、惜しみなく策を授けました。曹節同様、いやそれ以上に曹騰も、
かわいい阿瞞にかかっては甘ったるい、おじいちゃんに過ぎません(笑)。

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さて、また所は変わって、ここは洛陽宮の市場。
霊帝(劉宏)が登場しました。第1話では、曹操と同様まだ幼かった彼も、
いまや、すっかり大人になっていますが・・・。

それにベッタリとすりよって、ご機嫌を伺うのが、蹇碩(けんせき)という宦官。
黄門侍郎(こうもんじろう)という役職を持つ皇帝の側近で、
第1話でも登場し、曹節や曹騰にぺこぺこして、ご機嫌をとっていたあの人です。

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同じく、宦官として権勢を振るう張譲(ちょうじょう)も登場。
張譲は、霊帝の気に入った女の子を連れてきて引き合わせる役割のようです。
3人組の中でも、ひときわ小柄な娘を見初め、霊帝は後宮へと連れ帰りました。
霊帝は大人になっても子供の頃そのままで、政治に無関心。
皇帝は宦官たちの操り人形という、後漢の朝廷の腐敗ぶりを描写した場面です。

それから何日か経った、ある夜のこと。
新任の曹操が出した「夜間外出禁止令」を守らず、二更(午後9~10時頃)を過ぎても
酒場で酒を飲むのをやめず、騒いでいる輩がいました。

この者は、蹇碩の叔父にあたる蹇図(けんと)。その名を聞いた李典と曹安民は、
さすがに捕らえるのを躊躇いますが、曹操が来て容赦なく「縛り上げろ!」と命じます。

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翌朝、北部都尉府にて曹操が蹇図に裁きを下そうとしているところへ、
甥の蹇碩がやってきます。蹇碩は曹操におじを見逃すよう頼みに来たのですが、
民たちが大勢見物に来ている手前、法に明るいように振舞うほかはなく、
曹操の諮問に、「棒打ちを・・・」と仕方なく命じるのでした。

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それでもタイミングを計り、曹操に近づいてきて、
「曹家とは昔から親しく付き合ってきた。わしの顔を立ててくれ」と懇願する蹇碩。
しかし、曹操は「法令は絶対」と言って譲らないため、蹇碩も仕方なく、
棒打ちを軽めの20回にしてくれるよう頼みますが・・・

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曹操は首を縦に振りません。そのため、
蹇碩が提案する棒打ちの回数は、30回、40回・・・と増えていきます。
そして「50回」と言ったところで、曹操は「ハオ!」(好し!)と納得しました。
意気揚々と「棒打ち50回!」を命じる曹操に、鬱憤を晴らしたい民たちも快哉を叫びます。

騒ぎが大きくなり、曹操の父である曹嵩(そうすう)も様子を見にやって来たため、
蹇碩は彼にも耳打ちしますが、曹嵩も当然、曹操の味方のため効果なし。

ついに、刑が執行されてしまいました。叩き手は許褚(きょちょ)です。
こんなやつに、1回たりとも殴られたくはありませんが・・・

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彼は容赦なく怪力をふるい、10回、20回と棒打ちを続けます。
初めは痛みに絶叫していた蹇図の声が、いつしか聞こえなくなっていきました。

・・・50回に達するだいぶ前から、蹇図の腰まわりは血まみれ。
終わると、ピクリとも動かないばかりか、すでに息絶えていました。

「死んだ・・・」と知って絶句する周りの人々ですが、これは曹操の狙い通り。
「50回以内に殴り殺さねば、お前を殴り殺す」と密かに耳打ちしていたのです。

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「叔父上は持ちこたえられませんでした」と平然と報告する曹操に、
「やりおったな」と睨み付ける蹇碩。それに対し、
「ここは洛陽北部都尉府。無礼な振る舞いあらば、誰だろうと棒打ちに処す」
堂々と言い放つ曹操に、恨みの目を向けつつも蹇碩は立ち去ります。

いよいよ本領発揮といいますか、大衆の目前で権力者の身内を撲殺させた曹操。
その狙いは、宦官の一派に加担しないという決意表明であり、
自身の公明正大さを内外にアピールするためでした。
以後、誰も夜間外出の禁を犯さなくなった、と正史にも記されています。

曹操の父である曹嵩は、大司農として財政を担当する役職にあるため、
蹇碩も彼には強気に出られません。曹騰にそう教わったのでしょうか。
曹操はそれを利用したのですが、蹇碩の報復を恐れる曹嵩は、
「お前は青い。人を殺すとはやりすぎだ!」と叱責します。

叱られた曹操は、気晴らしに碁でも打とうと、
司馬防(しばぼう)の屋敷を訪ねますが、留守だったため
息子の司馬懿(しばい)と碁を打つことになりました。しかし、結果は惨敗。

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この司馬懿、三国志ファンであればもちろんご存知の人物でしょう。
後に曹操に仕え、天下を動かすことになる大物ですが、この時はまだ子供。
しかし、曹操はおろか、父の司馬防でさえ学問や碁ではまったく敵わないのだとか。
いやはや、まさに未来を予見させるような、末恐ろしさです。

実は、司馬懿は光和2年(179年)の生まれなので、このときはまだ
生まれていないか、生まれて間もない頃のはずですが・・・
李典同様、あまり細かいことを言ってもつまらないので良しとしましょう。

そこへ曹嵩がやってきます。もっと叱られるかと思った曹操ですが、
「頓丘(とんきゅう)の県令に任命された」と伝えに来たのです。
曹操も司馬防も喜びますが、「これは蹇碩の陰謀」と曹嵩は不安をあらわにします。

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頓丘の豪族、王福(右)は霊帝の寵愛を受けた王美人(後の献帝の生母)の弟で、
その威光をいいことに、民から重税を絞りとっていました。
この王福と曹操を対立させ、それに乗じて始末しようというのが蹇碩の意図です。

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さっそく、頓丘へと赴任してきた曹操。
お、貫禄を見せるためでしょうか、ここからヒゲを蓄えるようになっています。
民たちが、新しく来た県令・曹操に期待して、王福の重税と横暴さを訴えますが、
曹操は彼らを鞭で打ち、強引に押し通ってしまいました。

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民への仕打ちを見ていた側近によって
「聞いていた人物と違うぞ?」と、いぶかしむ王福。
曹操はすぐさま、王福の機嫌をとるべく酒を手土産に訪ねてきました。

「何かとおせっかいだった前の県令は馬に踏み殺されました」と脅す王福。
それに対し、曹操も負けてはおらず、王福が多額の税をとっていることを持ち出し、
「分け前をいただきたい」と切り返します。

商談成立といいますか、曹操の狙いが「金」であることを悟った王福は、
さっそく200万銭を用立て、曹操に心を許して酒を酌み交わします。

その夜、唐周(とうしゅう)という人物が1軒の民家に入っていきました。
中には農民の若者たちが何人か、たむろしています。

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唐周は、実は黄巾党の一味でして、彼らに計画を打ち明けます。
「蒼天已死 黄天當立」(蒼天すでに死す 黄天まさに立つべし)
出てきましたね、三国志ファンとしては血がたぎるようなこのフレーズ。
この黄巾党のスローガンを掲げ、蜂起する勇士を募っているのです。

すでに、仲間の馬元義(ばげんぎ)が洛陽に潜入しており、
中常侍(宦官)の封諝(ほうしょ)を内応させる手はずが整っている。
そこで3月5日に城門を明け、内と外から蜂起する・・・という計画ですが、
「故郷を捨てて人殺しなど・・・」と、一同は及び腰。
いいところですが、次回へ続きます。

~人物クローズアップ~
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■司馬防(しばぼう) 149~219年 字は建公。司隷河内郡温県の出身。
司馬懿の父。尚書右丞という要職にあり、当時の曹操を洛陽北部都尉に起用した人物。

司馬氏は、曾祖父が征西将軍、祖父が豫章太守、父が潁川太守までのぼった名家。司馬防には息子が8人いて、そのうちの次男が司馬懿。8人とも優秀で、「仲達」のように、全員字(あざな)に「達」の字がついていたため「司馬八達」と呼ばれた。曹操とは6歳違いのはずだが、本作ではだいぶ年長というか、曹嵩と同年代に見える。

のちに曹操が魏王になったとき、鄴(ぎょう)に司馬防を呼んで歓待した。曹操は司馬防に、「今でも自分を尉に推挙するか?」と聞いたところ、司馬防が「昔、王を推挙したときは、尉にするのが丁度ふさわしかったまでです」と答えたため、曹操は大笑いしたというエピソードがある。

第2話 因縁の出会い

こんばんは! ドラマ『曹操』案内役の哲舟です。
第1話をアップして以来、すっかり更新が遅れてしまい、申し訳ありません・・・。

リリースから1週間が経ちましたが、ツイッターなどを見ると概ね好評のようですね。
既に第1部(6話)、すべてご覧になった方もおられるようで、うれしく思います。
それでは、第2話の解説に参りましょう。

02
さて、故郷・譙県での狩りの途中、袁紹・袁術が
兄弟喧嘩しているところに出くわした曹操一行。
喧嘩どころか、お互い剣を抜き合っての険悪な様子に「見捨てておけぬ」と、
曹操は、仲裁に入ろうと彼らの元へ馬を寄せます。

曹操に頼まれて袁紹と袁術を呼んだのは、張邈(ちょうばく)という人物で、
陳留の太守を務める男。曹操、袁紹いずれとも以前から面識があるようです。

横やりが入ったことで剣を収めた2人。
挨拶する曹操に対し、袁紹は一応、礼をもって応えましたが、
袁術は「宦官の跡取りか」とハナから見下し、まともに相手をしようともしません。

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張邈が「まあまあ」とその場を収め、曹操が「宴席をご用意しております」というので、
とりあえず村へ向かうことになり、その途中で昼食をとる一行。
夏侯惇や夏侯淵は、「傲慢な奴らだ!」といたく立腹している様子。

袁紹、袁術は、汝南袁氏(じょなんえんし)という後漢時代の中国を代表する名族の出身。
曹操は、彼らと交流することで名声を高め、出世の道を切り開こうとするのですが、
曹操の出自は、士人と真っ向から対立している宦官の子孫。
彼らに冷たくされるのは、致し方のないところといえましょう。

曹操が焼いた魚を差し入れしても、袁紹は相手にせず張邈と話を続け、
袁術は座を立ってしまう始末。なんとか話をする機会を伺う曹操ですが・・・。

その時・・・。
池に石を投げて遊んでいた袁術の目の前に、1匹のワニが出現!
これは袁術でなくても驚きます。

さしずめ、
「ひとくいワニ が あらわれた!」といったところでしょうか?
腰を抜かして動けない袁術。
それをかばうように、曹操が踊り出て、ワニに斬りかかります。

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人々が息を呑んで見守る中、曹操はワニの前足を切り、撃退に成功。
この勇敢な行動に、袁紹は曹操をすっかり見直し、先ほどの非礼を詫びます。

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しかし、袁術は命を救われたにも関わらず、態度を改めようともしません。
さっさと1人、村へと向かってしまいました。仕方なく、一行は後を追います。

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村に到着し、2人で酒を飲みなおす曹操と袁紹。

このとき、曹操が手づかみで肉のようなものをつまんでいます。
ちょっと解説すると、この時代、箸(はし)は既にあったはずですが、
まだ一般的に流通しておらず、調理用または料理を取り分けるのに
使われただけで、食事は手づかみだった、とも考えられています。
同時代の日本(邪馬台国)の人々も手づかみだったと「三国志」には記されています。

・・・いやはや、時代考証もしっかりしたドラマですね。
箸にまつわるエピソード、三国志ファンならご存知でしょうが、後々にも登場します。

さて、曹操に気を許した袁紹は、
「宮中で要職に就くのは自分ではなく、どうせ嫡子の袁術・・・」と愚痴ります。
曹操は「度量の狭い袁術よりも、武芸・仁徳・風采どれをとっても
袁紹殿のほうが要職にふさわしい」と持ち上げます。

ここで、袁家の相関図を確認しておきましょう。

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この図を見ていただくとお分かりのように、
袁紹は伯父の家に養子に出てしまったので、弟の袁術が袁家の嫡男となりました。
このため立場上、袁紹は袁術の家臣に入ることになるわけです。

一説によれば、袁紹は最初から袁成の子で、袁術とは従兄弟(いとこ)の間柄だったとも
いわれますが、このドラマでは実の兄弟(異母兄弟)という説が採用されています。

話を戻します。曹操は一計を案じ、袁術を出し抜いて
袁紹に対し借りを作るように仕向けるのですが・・・その策とは?

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昼間、見かけた行列の中にいた花嫁をさらってきて、袁術のもとに置くというもの。
袁術が花嫁に懸想するのを見ていた曹操は、
夏侯惇や曹仁らに命じ、さらって来させました。
皆が寝静まった夜、あっさりと人さらいに成功する一行。

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酔って先に寝ていた袁術がふと目をさますと、枕元には昼間の花嫁が!
「これはラッキー」と、さっそく袁術は自分のものにしようと裸になりますが・・・
そこへ、曹操と袁紹が偶然を装って入ってきてしまいます。慌てて取り繕う袁術。

曹操が花嫁を抱えて出て行くと、袁術は「父には内緒に」と袁紹に懇願します。
もちろん、袁術は自分の仕業でないことは分かっていますが、
完全に出し抜かれたことで、今回は負けを認めて引き下がります。
曹操の策のおかげで、袁紹は狙っていた虎賁中郎将の地位に近づいたわけです。

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一方、曹操一行は花婿の家に「袁術から取り返した」と言ってお嫁さんを送り返します。
花婿宅の王さんは、曹家の小作人という家柄。
曹操が下手に出て詫び、さらに土地と金まで渡したことで、
逆に感謝されて事は収まりました。

このあたりの機知に富んだ大芝居は、まさに「曹阿瞞」の本領発揮といったところ。
実はこの「花嫁泥棒」の逸話は、『世説新語』という5世紀に書かれた小説集に
載っているエピソードをアレンジしたもので、それなりに信憑性があるものなのです。

それによれば・・・
袁紹と曹操は若い頃、婚礼の宴をしている家に忍び込み、花嫁をさらいました。
曹操が花嫁をかつぎ、先に立って逃げましたが、後から来た袁紹がイバラに足を取られ
動けなくなってしまいます。すると曹操は「おーい、泥棒はここにいるぞ!」と
大声で叫んだため、袁紹は必死で抜け出し、逃げ延びることができたといいます。

つまり、本来は袁紹が貶められている話がもとになっていて、
袁術はこの話にまったく絡んでいないわけですが、
本作では袁術をお笑い担当にすることにより、面白く描いてあります。
「曹操ならやりかねない」と思わされるようなアレンジといえましょう。

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場面は変わって、あくる朝。曹家で袁紹と曹操は酒を酌み交わしていました。
周りでは、夏侯兄弟が酒造りを行なっています。
お酒については、別の機会で詳しく解説しますが、
曹家は酒造りを商売にしていたという様子を、本作では描いています。

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袁紹を見送った後、曹操のもとへ張邈が訪ねてきて、朝廷からの委任状を
持ってきます。曹操は喬玄(きょうげん)という名士の推挙により、晴れて
洛陽北部都尉(らくよう ほくぶとい)に任命されました。喜びをあらわにする曹操。

06
曹操は、洛陽へ向かう前に、汝南の袁家を訪ねます。
ここで、曹操の甥の曹安民(そうあんみん)、そして許褚(きょちょ)が初登場。
曹安民は身内なので分かりますが、許褚はいつ曹操と知り合ったのでしょう??
「許褚、お前いつの間に!」といった感じですが、まあ良しとしましょう。

向かった汝南では、袁術の母の葬儀が行なわれていました。
諸侯たちが訪ねてくる中、そこでも袁術と袁紹は葬儀の主導権を巡っての
喧嘩を始めますが(またかよ・・・)、曹操が仲裁してなんとか収まりました。

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「袁紹も袁術も利己的で天下を治めるに値しない、お前は何かをなしとげる男だ」
曹操をそう評価するのは、葬儀に招かれて来ていた何顒(かぎょう)という名士でした。

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その後、ようやく曹操は洛陽へ到着しました。
10年前、初めて洛陽を訪ねた日のことを思い出しながら、
曹操は謹んで命令を受けます。

ここでも、曹操が宦官の孫であることを馬鹿にする文官がいて、
耐えきれなくなった曹操は、その者を押し倒し、馬乗りになって殴りつける一幕も。
キレたら怖い曹操、さすがです。そんな騒ぎを起こしても罰せられたりはせず、
赴任式はつつがなく終わるのが、ある意味中国ドラマらしい気がしますが(笑)。

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曹操が、持ち場である洛陽北部へと向かうと、民を暴力で圧する役人たちを蹴り倒す
一人の男がいました。その名は李典(りてん)。後に曹操軍の主力の一人として
活躍する人物ですが、若いころからその名は高かったようです。
曹操と李典は顔見知りだったようで、親しげに声をかける曹操。

李典は見るからに頼もしく、使えそうな男です。
曹操は彼を連れ、北部都尉府へと向かいます・・・。


~人物クローズアップ~
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■李典(りてん) 字は曼成(まんせい) 生没年不詳
兗州(えんしゅう)山陽郡の出身。若い頃の事績は不明だが、武芸よりも学問を好んだ。
『春秋左氏伝』をはじめ、さまざまな書物に目を通した。謙虚な性格だったという。

叔父の李乾(りけん)は地方の顔役で、曹操の黄巾討伐から徐州討伐まで活躍したが、
その叔父の死後、李典が彼の兵を引き継ぐことになった。
「官渡の戦い」が初陣と思われ、以来数々の戦いに参加して武功を挙げる。
215年「合肥の戦い」では張遼や楽進らと協力し、孫権軍を退けた。
死亡時期は不明だが、おそらくその直後に36歳の若さで没した。

本作においては、早くも2話目にして登場。215年に36歳で死んだとすると、
生まれは少なくとも179年になり、この年まだ1歳という計算になってしまう。
そのため、上述の叔父・李乾を投影した人物と見るべきだろう。

第1話 天下への一歩

みなさん、こんばんは!
ドラマ『曹操』、案内人の哲舟(てっしゅう)です。

いよいよ今日から1話ずつ、各話のあらすじを解説していきたいと思います。
なにしろ全41話。先は長いですが、どうか皆さん気長にお付き合いください。
なお、内容にネタバレを含んでいますので、視聴後の閲覧をおすすめします。

それは、ドラマ『曹操』のはじまり、はじまり。

本作は、幼い曹操(幼名・阿瞞 ~あまん)が洛陽の宮殿を訪れるところから始まります。
時は後漢末期、西暦169年。建寧2年のこと。

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このとき阿瞞(あまん)は15歳。永寿元年(155年)の生まれで、
昔の人は生年を1歳と数えましたので、数え年で15歳ということになります。
今でいえば中学3年。それにしては幼く、9歳か10歳ぐらいにも見えますが・・・
幼さを強調するため、実年齢より幼い子役を使ったのかもしれません。

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そのころ、宮中では朝議(朝廷の会議)が行なわれていました。
こちらが後漢の12代皇帝、劉弘(りゅうこう)。人には霊帝(れいてい)と呼ばれます。
曹操より1歳年下。この前年に36歳で死んだ桓帝(劉志)の跡を継いだばかり。
桓帝には息子がいなかったので、皇族の中から、
士人の竇武(とうぶ)、陳蕃(ちんばん)らが擁立した幼い帝でした。

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幼い霊帝に、朝議の内容など分かるはずがありません。
毎日のように繰り返される朝議を適当に切り上げ、
霊帝は子供たちが待つ部屋へ走り去りました。
実は阿瞞は、霊帝の遊び相手として宮中に呼ばれた子供たちの一人でした。

ここで2人は初めて顔を合わせます。
皇帝に臣下から話しかけるのも失礼なのに、「歳はいくつですか?」
いきなり聞いてしまう曹操を、霊帝はすっかり気に入ってしまいます。
その後、宦官(かんがん)たちを馬代わりにして騎馬戦のような遊びが始まりました。

宦官とは、去勢(性器を切除)した男性のことで、
宮殿の中で皇帝やその家族たちの身の回りを世話をするのが仕事でした。
しかし、皇帝の傍近くに仕えるため気に入られ、
次第に大きな権力をつける者たちが現れるようになります。

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曹操の祖父である曹騰(そうとう)
曾祖父の曹節(そうせつ)もその一人として大変な権勢をふるっていました。
しかし、この時は宮中は曹節ら宦官と、
竇武(とうぶ)、陳蕃(ちんばん)ら士人との内部抗争の真っ只中でした。

竇武、陳蕃たちが宦官の排斥を狙い、行動を起こそう画策していることを
いち早く察知した曹節は、先手を打ってまず陳蕃を罠にかけて殺しました。

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白紙の書簡を詔勅(皇帝の手紙)と偽り、黄門令の山氷を捕え、
それを救おうと乗り込んできた陳蕃の一行を、侍衛(朝廷の護衛兵)に命じて殺させます。
陳蕃は勇敢な武人のはずですが、宮中では武器を持つことを禁じられていたので、
丸腰の彼らは侍衛たちの振るう木刀に抵抗する間もなく、撲殺されました。

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さらに、その子供たちまでをも・・・。先ほどまで騎馬戦で楽しんでいた子供たちも、
まさかこんな運命が待っていようとは思いもしなかったでしょう。

sou01-121
曹節は、続けて大将軍の竇武の陣営を包囲し、兵の命と引き換えに彼に自害を命じます。
竇武はそれを条件に自害して果てますが、曹節は彼が死んだと見るや、
配下の兵たちまで殺害させてしまいました。

sou01-122
幼い阿瞞にとって、宮中での出来事とこの曹節の騙し討ちは、ただただショックでした。
普段は自分にとても優しい(と思っていた)ひいお爺ちゃんが、実はこんなに残虐な人だった。
今で言う「トラウマ」になったであろうことは想像に難くありません。

sou01-143
宿敵たちを首尾よく始末することに成功した曹節は、自邸で宴会を開きます。
美女たちを侍らせ、酒色にふける曹一族と宦官たち。

宦官には男性のシンボルがないので、このシーンに違和感を持つ人も
いらっしゃるかもしれませんが、宦官には性欲は残るんだそうです。
だから普通の権力者と同様、屋敷には美女もたくさん置いていたようですね。

このように、宦官が決起し、士人(士大夫とも呼ばれる)たちを
徹底的に弾圧した事件は「党錮の禁」(とうこのきん)と呼ばれ、
捕らわれたり殺されたりした士人は600~700人にも上ったといいます。

宦官たちの魔の手は士人本人のみならず、家族たちにまで忍び寄り、
多くの罪もない人たちが、その身内というだけで殺されていきました。

sou01-180
父の曹嵩(そうすう。この人は宦官でありません)とともに外を歩いていた阿瞞は、
連行される士人の身内である女性や子供を見つけ、役人に賄賂を送らせて助けました。
その子供は陳宮(ちんきゅう)と名乗り、阿瞞に礼を言って走り去ります。
この出会いは、実に重要な意味を持ち、後々まで関係してきますから、
この子の名前と顔(役者かわっちゃうけど)をよく覚えておきましょう。

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しかし、宦官たちから見れば罪人の女を助けたという重罪を犯した阿瞞は、
罰を受けます。といっても、臼を挽く軽い肉体労働ですが・・・。

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「なぜ罪もない人を大勢殺すのです?」
問いかける阿瞞に、「そなたはまだ幼いから分からんのだ」と曹節は答えます。
さすがに幼い阿瞞には、まだ宮中の大人の抗争劇を理解させることは無理。
そう考えた曹節は、阿瞞を故郷(沛国譙県)に帰すことにしました。

阿瞞を帰す代わりに
「孝廉に挙げ、お前が出世する手はずを整えておいてやる」と曹節は言います。

大権力者の曾孫(ひまご)であることから、大罪を犯しても死罪にならず、
将来の出世もすでに約束されている・・・。

しかし、阿瞞には曾祖父の愛情を素直に受け取ることはできませんでした。
馬車を飛び出し、走り出す阿瞞。

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「わしの話を覚えておくのだぞ!」と叫ぶ曹節を尻目に、
「自己的路!」(自分の道を自分で歩きたい!)
「自己的路!」(自分の道を自分で歩きたい!)

「自己的路!」(自分の道を自分で歩きたい!)
阿瞞は何度も何度も叫び、その場を走り去っていきました。




そして10年後。

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場面は、仲間たちとともに狩りに興じている曹操(字・孟徳)の姿を映し出します。
NHK大河ドラマでもよくある切り替わり方ですね。
子役の曹操、なかなか利発そうな子だったのでもう少し見ていたかった気もしますが、
ここからは大人の曹操役、チャオ・リーシンさんに期待をかけましょう。

24歳になった曹操。隣には幼馴染の張邈(ちょうばく)、後ろに見えるのは
曹操のいとことされる、夏侯惇(左)、夏侯淵(右)。曹仁もいます。

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そこへ、獲物の鹿を追ってやってきた、2人の若者がなにやら言い争いを始めます。
この2人こそ、後に曹操のライバルとして名を馳せる袁紹(右)と袁術(左)。

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2人は、四世三公(4代続けて三公という重要な役職についた)の名族・袁家の御曹司たち。
兄弟ながら、この2人はとてつもなく仲が悪いのでした。

2人は腹ちがいの兄弟で、袁紹は兄ながら側室の子だったために叔父の養子となり、
正室の子である袁術が本家の跡を継いだのですが、
袁紹はそのことを恩に着せ、袁術は何かと言えば袁紹を「妾腹の子」と馬鹿にします。
立腹した袁紹が剣を抜き、一色即発となったとき、
曹操が「どぅどぅ」と馬を寄せ、仲介に入ろうとするのですが・・・。

さて、今回はこれまで。また次回、第2話でお会いしましょう。
第2話の解説は、今週中にはアップします。


~人物クローズアップ~
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■曹節(そうせつ/生没年不詳)
曹操の義理の曾祖父(ひいおじいちゃん)。沛国譙県の出身。四男に曹騰がいる。
字は元偉。正史『三国志』では「曹萌」(そうぼう)が正しい名前とされ(※)
また宦官であったとは記されていない。
同時代には「曹節」という権勢を誇った別人の宦官がいたが、
本作ではこの人物を「曹操の曾祖父だった宦官」として、
曹萌と曹節の2人の要素を合体させ、新たな人物を作ったようだ。
史実における曹節は、温厚な性格で知られていたという。

※(追記)正史の記述を確認したところ、曹操の曽祖父の名は「曹節」で合っているようです。
のちに、献帝に嫁いだ
曹操の娘の名前も曹節といいますが、
曹操が娘の名に自分の曽祖父と同じ名をつけたのは不自然なので、
「曹節」は誤りで「曹萌」が正しいとの説があります。
が、説明不足のうえに、ここでは蛇足でした。訂正します。


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(参考)本作品における、曹一族の相関図
 

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