2010年05月03日

 ご無沙汰しております、まとめサイト管理人のSaltyDogです。
 第二回電奇梵唄会から10ヶ月の月日が経ちましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
 さて、このたび、2009年06月13日深夜に行われた第二回電奇梵唄会の一部始終を書き起こしたテキストサイト(wiki)を下記URLで公開する運びとなりました。

第二回電奇梵唄会 テキスト化wiki
http://bombaye2.s-dog.net/pukiwiki/

 このwikiは、昨年残念ながら来場・視聴できなかった方も楽しめるよう、運営有志が録音データを基に書き起こしたものです。
 当日の全プログラムのうち「地下102階」ライヴについては、皆様のご協力の下で製作した動画をすでに昨年6月中にup済みのため、今回のテキスト化wikiは、ライヴ部分以外の全てのプログラムの様子を文章化しています。
 wiki内では、当日スタッフやゲストの方々が口頭では語りつくせなかった部分も含めて、できるだけ詳細な註釈を加えました。また当日登壇者が使用した各スライドもすべて掲載しております。
 特設サイトで告知していた通り、ライヴ以外の部分についてのレポ動画も平行して進めておりましたが、担当者の負担やトーク主体のイベントであるという事情を鑑み、運営によるレポ動画は中止とし、テキスト化wikiのみという形での公開とさせていただきました。申し訳ありませんが、ご理解のうえ、ご了承いただきたく思います。
 なお、本テキスト化wikiは、改善の必要を感じた場合、予告無く補足・改訂させていただくことがあります。あらかじめご了承ください。

 このテキストサイトを通じて、昨年の第二回電奇梵唄会当日の活気・熱気が少しでも多くの人に伝われば、第二回梵唄会運営スタッフ一同、とても嬉しく思います。

 "第二回電奇梵唄会運営「ソワカちゃんファン有志」"は、このテキストサイト公開をもって解散となります。
 第一回・第二回と同じような開催規模・運営体制で行われて来ましたが、私ことSaltyDogは〈梵唄会〉には特に決まった定義が無いと考えてます。本来は「ソワカちゃんファンがお祭りを立ち上げれば、それが即ち〈梵唄会〉なのだ」くらいの気軽さで開催されても良いのではないでしょうか。
 今後、ソワカちゃんファンによるイベントが、より活発に開催されることを期待しつつ、計二回の梵唄会に携わらせていただいた経験を踏まえて、「YOU、やっちゃいなよ」の一言を申し添え、最後のご挨拶とさせていただきます。

第二回電奇梵唄会 発起人
SaltyDog



sowasowadx at 01:42コメント(0)トラックバック(0) 
SaltyDog | 挨拶

2009年08月14日

みなさんこんにちは、
ご無沙汰しています、hikoです。

夏真っ盛りな今日この頃ですが、
皆さんいかがお過ごしでしょうか?

そんな感じで久しぶりの運営ブログ更新です。

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hikohiko at 23:02 
hiko | 雑記

2009年07月25日

俺とmonadoの梵唄会〜当日編の続きです

主にDVDが発売されたり怒濤の新作ラッシュやらを始め、各種ビッグウェーブに揉まれているうちに、あらぬ大洋にさまよい出てしまい、明日はどっちだ!?とばかりに自分探しをしていたら、こんなに遅くなってしまいました。申し訳ありません。
結局DVDは、観賞&布教用、保存用、実家用、贈呈用×2の計5枚を購入し、金にものを言わせる富豪型の信者を演出しております。個人的には愛新覚羅溥儀が愛したラーメンがでてきたところで壮絶に吹きましたね!

  • 総括
まずファンイベントとしてはこれ以上のない出来だったと思う。それはニコ生の視聴者数でも実証できるし、なによりも立ち会った人ならそう感じてくれたはずだ。
今から冷静に振り返ってみても、自信をもって素晴らしいイベントだったと断言できる。これはもちろん素晴らしい運営スタッフの力でもあるし、それ以上にお客さんのあの反応があってこそだ。たしかにネタは織り交ぜつつではあったけれども、それなりに難しい内容であったにもかかわらず、2時間も目を輝かせて真剣にトークを聞いてくれるなんて……大学の授業だったら15分も持たないときあるのに……という伊藤先生のお言葉を思い出す。
まさしく会場にソワカ愛に満ちたお客さんがいてこその梵唄会なのだなと実感させられた。

  • 梵唄会の意義
さて、そこにおいて梵唄会の意義を考えてみたい。さくしゃさんの貴重な時間をいただき、また多くの地方ファンをおいてきぼりにしてまで開催するに値するイベントだったのだろうか?
まず梵唄会とは何か?
一回目と二回目の共通項を探ってみると、それは容易にわかる。これはタダのファンの集いではなく、さくしゃさんが100人を越えるファンの前に登場するイベントなのだ。
それはさくしゃさんの以下の発言からも伺える。

ただその一方でネットを介さずにライブでトークを行うことによる効果というものが確実にあると考えていることもたしかです。

自分もやる前から「何か」はあるとは思っていた。しかし「何かある」で済んだら批評家はいらない。
やればわかるさ、わかれば見える。第一回は客席側から、第二回はスタッフ側から舞台を見れた数少ない一人として、このことを考えてみたい。
まず第一回電奇梵唄会に一人の信者として参加したときのことを思い出してみる。いくつもの上映が終わり、さくしゃさんの姿が登場する。酒を呑みながら、まあお世辞にも信徒を前にした教祖とは思えないようなgdgdっぷりを見せる。でも、その行動を見て感じたのは「ああ、この人がソワカちゃんの作者で良かったなあという」という思いだった。
それまでは、J.A.シーザーが神であるとするなら仏であるところのkihirohiro氏が、とんでもなく気むずかしいインテリ野郎だったらどうしよう? 人間として受け入れられないようなタイプだったらどうしよう? という不安が少なからずあった。作品と作者は別だということがわかっていても、生きている作者を目の当たりにするという現実はやはり大きい。第一回電奇梵唄会は、それが一気に解消された瞬間だった。あの作風をかんがみれば当たり前といえば当たり前なんだけれども、本当に嬉しかった。
人柄と言ってしまえばそれまでなんだろうけど、自分だったら果たしてあんなことができるだろうか?
自分の作品に惚れ込んだ「信者」たち百数十人も前にして、あのようにgdgdに、でも締めるところは締めて会場を沸かせる。思いつきで始めたソワカちゃんであるにしても、ここまでくると重責を感じないわけにはいかないだろう。それにも関わらず、質問コーナーのやりとりなど見ても、あの雰囲気。照れ隠しの部分は大きいにしても、本当に照れ屋だったら、そもそも人前に出るイベントに積極的にはならないはずだ。
第二回梵唄会の「大文字の作者」のところでも論議したことだけれども、「大文字の作者」と素の自分をうまい具合に使い分けている軽妙さは非常に興味深い。本来、重責であるはずの「大文字の作者」という背中の十字架を、思いの外軽いんだぜと容易に降ろしたり抱えたりする。
その姿は、なんだかカッコイイ。
そのカッコよさを多くの信者と共有できるのが梵唄会の意義そのものなんじゃないだろうか。
そしてtrickenが分析していたようなローカルでリアルなつながりによって強化されるソワカちゃんネットワークが、さくしゃさんと共に出現する空間が梵唄会なのだ。
お客さんもいない所で、さくしゃさんがただustやニコ生をしただけでは、それは立ち現れない。リアルに信者が集まることで初めて生まれる空気があって、あの得体の知れないエネルギーに心を打たれる。あれを感じるということは現場に立ち会った信者にとっても、さくしゃさんにとっても、そして生中継を見ていた人にとっても大きな力になったはずだ。
更に言うなら、梵唄会を体験していた人は、さくしゃさんを通じて本来自分自身に内在する「大文字の作者」を再発見できたのかも知れない。くしくも伊藤先生が書いていたことはシンプルにそういうことなんだろう。

ソワカちゃんは、ファンの間にクリエイティヴなひとが多い(プロ・アマ問わず)のですが、将来、昨年・今年ともに「あのとき梵唄会に来ていたひと」から、なんらかの形で世に出るひとが現れるのではないかと思いました。

こうした交流を見ていて、ひとつのエピソードを思い出す。
いわゆる現象学の祖であるフッサールが、若きハイデガーと出会った時の話だ。フッサールはともに哲学を志すパートナーだと信じてハイデガーにこう語りかけた。
「あなたと私が現象学だ」
こうして現象学は発展的にハイデガーに受け継がれてゆく。残念ながら、この出会いは第二次世界大戦という時代の流れによって悲しい結末を迎えるけれども、今はもう新世紀だ。
ある作品が、ネットを通じて人々を虜にするだけでなく、そこから次の作品が生まれる時代である。
ソワカちゃんという作品、kihirohito氏という存在はたしかに偉大だ。でも我々「信者」たちは無下に作者や作品を神格化するのではなく、むしろそこを足がかりにして、いずれ新しい地平を目指さなくてはならないだろう。

――身捨つるほどのソワカはありや?
否、君たちがソワカちゃんだ!

j_l_borges at 02:19コメント(0)トラックバック(0) 
monado | 雑記

2009年07月20日

お久しぶりですこんばんは、あるいはlopeです。
暑い日が続きますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

「さくしゃさんは新作をどんどんあげているというのに、こっちは全然更新がないじゃないか!monadoの総括篇はまだか!」という声がきこえてきそうですが、きっと来週くらいには来るんじゃないかと思います。来るかな?来ないかな?、、待っていることを忘れてお待ちください。
monadoも檀家さんことtrickenも鋭意執筆中です!!

レポ動画もスタッフの本業の合間を利用してちょこちょこ進めてるようなので、生温かく見守っていただければ幸いです!


そんな中さくしゃさんの制作ペースは凄いですね。
この連休中にもカバー含め2つの動画があがっていました。




DVDも発売され、特設サイトもできてましたよ!
http://sowakachan.com/

って、ここに立ち寄ってくださる皆様には既知の情報かと思いますが、、、。

とりあえず、夏バテ予防にソワカちゃんDVD!!ってことでお茶を濁しつつおやすみなさいませ。

lololope at 23:29コメント(0)トラックバック(0) 
雑記 | lope

2009年07月05日

いよいよ狐面男時代到来です。さくしゃさんblog「千々石ミゲル友の会」カラオケ配信記事辺りから流れが来るんじゃないかとは思っていたんですが、今回の万引女で確定ですね。狐面男コスプレの先駆者としてはお先棒を担いだ感が感慨深い感じに感無量です。
……実際のところ、さくしゃさんがさくしゃさんのキャラを使っているだけで、勝手にコスプレしたらたまたまタイミングが合っただけ、というのが正確なところだと思われますが。

さて、皆様お久しぶりです、あるいは初めまして、あるいはやぁやぁ。トーク班切断担当、namakです。
今更ながら何らかの形で梵唄会に参加して下さった全ての方々に、ありがとうございました。
参加から現在までを前後編に分けて振り返りたいところですが、後編はやたら遅れるというジンクスに新たな一例を付け加えることになりそうなので自粛しておこうかと。

monado
の総括篇が来るまでの場つなぎとして、梵唄会のちょっとしたどうでもいい話、略してちょっといい話など書きとめておこうかと思います。順不同敬称略。

・狐面
私物の狐面(張り子)をコスプレに使うつもりでいたのですが、梵唄会2日前にしまっておいた袋から取り出して仰天。
うっかり踏むか何かしてしまったようで、面の左目を中心に巨大なひびが入り、まるで大槻ケンヂのような有り様でした。木工ボンドを駆使して修復する一方で、monadoが作った霊界ラヂオショー準拠の面も保険として用意。
結果、元の面もある程度直ったので両方使いましたが、さすがに割れているのを見た瞬間は肝を冷やしました。

・学ラン
当日着ていた学ランは地下102階の巨大な人からお借りしました。道理でブカブカなわけです。
学ランでビールを飲むというのはなかなか背徳的。……そうでもないですね。
ちなみに学生時代はブレザーだったので、学ランを着るのは初めてでした。びっくりするほど熱い。

・ゲスト
生演奏班のサプライズゲストは大仏先生ですが、トーク班のサプライズゲストといえば宇田川さん。大仏先生の人気たるや凄まじいものがありましたが、サプライズ度で言えばトーク班も負けてはいません。どれくらいのサプライズかというと、宇田川さんの登壇は、トーク班も当日初めて知ったというほど。驚き過ぎて進行は一瞬思考停止に陥ったりしましたが、主役を呑まんばかりの勢いで濃い音楽話をして下さった宇田川さんには、改めて感謝いたします。

・大仏先生
早生まれだから学年一緒です。

・楽屋
当日、店側とは23時に入るとの約束だったので勢い込んで楽屋に突入したら、撤収が終わっていない前の団体さんとはち合わせて若干気まずい感じに。
やっと我々だけになったと思って段取りの打ち合わせなど始めようと思ったら、GO先生やらさくしゃんやらが既に雑談→飲み会モード。
泰然自若としている大人たちに、僕らは勇気と若干の焦りをもらいました。

・来夢来人なファン
信者というには余りにソワカ愛が軽薄なので、ライトなファンと自称しています。ことあるごとにそんなことを言っているうちに、さくしゃさんにも"ライトなファン namak"と認識していただいたようで、喜ぶべきか恥じるべきか。

・霊界ラジ和尚
ニコニコ動画の霊界ラヂオショーに「梵唄会より。」というコメントがあってひそかに欣喜雀躍。

・もなどうぜー
monado
はうざい子じゃないんです、ただちょっと人の話を聞かない時があって暴走しがちで変なキャラ作ってて色んな所に首を突っ込みたがるだけなんです。

・打ち上げ
打ち上げについては誰か書くんじゃないかと思うので、詳しくは書きません。
ただ、徹夜で飲みながら小難しい話をして、更に朝9時まで小難しい話をしているmonadotrickenを見て、なるほど実にトーク班らしいなぁ、と思ったりしました。

とまぁ、そんな感じで振り返ってみました。
時系列も話の水準もバラバラで、やたら読みづらい文章になってしまいました。梵唄会がまとまった思い出になるには、もう少しだけ時間を要するようです。

しかし何にせよ、無事に終わった、という実感が今更ながら湧いています。
これというのもひとえに梵唄会に参加して下さった皆様のおかげです。
最後にもう一度。
ありがとうございました。

 namak-kan



sowasowadx at 22:36コメント(0)トラックバック(0) 
namak | 雑記
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