M B K 48

もし貧乏人が経済学を学んだら

2012年12月

AS-ADモデルで名目GDPを見る方法

 ものすごく単純なことだけど、誰か指摘しているはずだけど、書いておきます。12123101










AS-ADモデルでは、横軸産出量Yは実質。縦軸は物価水準P。
名目GDPは、P×Y[物価指数(GDPデフレーター) × 実質GDP]。だから、名目GDPは、AS-ADモデルでは上のグレーの面積で表せる(上の図では、名目GDP=Yt × Pt)。

 つまり、総需要が増える方向にシフトするときには、必ず名目GDPも増える、ということがわかります。総需要が増えているとき、つまりAD(総需要)曲線が右にシフトしていけば、必ずグレーの面積は増えていく。つまり、(グレーの面積=)名目GDPが増える、ということ。(AS[総供給]曲線が右下がりならそうならないけど、それは非現実的な仮定でしょう)

 一方、AS曲線がシフトして、物価が上がったり(左にシフト)、下がったりしたとき(右にシフト)、そのために実質GDPが減ったり(左にシフト)、増えたりしたしたとき(右にシフト)は、名目GDPの変化はそれだけではわからない、ということもわかります。

ブランシャール、「デフレとフィリップス曲線」

ブランシャール (Olivier Blanchard) の『マクロ経済学』(Macroeconomics) (2002) の中の文章の翻訳です。日本語訳がある1997年版にはこの部分がなく、その後の版から追加されたものです。

----------
ブランシャール、「デフレとフィリップス曲線」"Deflation and the Phillips Curve Relation"

 私たちはここまで、インフレ率が非常に高いときにフィリップス曲線がどうなるのかを見てきた。もうひとつの問題は、インフレ率が低いとき――もしかするとマイナスのとき、つまりデフレのとき、フィリップス曲線がどうなるか、というものである。

 この質問をする理由は、この章の最初に見た図8-1の中にすでに与えられている。しかし、それをここまでとっておいたのである。

12122601













 この図において、1930年代に対応する点(三角形で示されている)が、他の年よりも右側に位置していることに注目してほしい。
 失業率が高いだけでなく(これは大恐慌に当たる年なので、驚くにはあたらない)、高い失業率から想定されるのとは反対に、インフレ率が驚くほど高いのである。言葉を変えて言えば、失業率が非常に高いならば、私たちは単なるデフレだけではなく、非常に高い率のデフレーションを予測する。しかし、実際にはデフレは限定的で、1934年から1937年のインフレ率は実際プラスだったのだ。

 この事実をどう解釈すべきだろうか。2つの説明が考えられる。
 ひとつの答えは、大恐慌は実際の失業率を増加させただけでなく、自然失業率も増加させた、というものである。これは、ありそうにないことである。たいていの経済歴史家は、大恐慌は総需要が大きく減少したために(大きな負のシフトによって)起きたと考えており、そのために、自然失業率が増加したのではなくて、実際の失業率が自然失業率よりも大きくなった、と考えている。

 もうひとつの答えは、経済がデフレを体験し始めると、フィリップス曲線に示される(インフレ率と失業との)関係が壊れる、というものである。そう考えられる理由のひとつは、労働者が名目賃金のカットを嫌がる、という事実である。労働者は、インフレ率よりも緩やかに賃金が増加することで実質賃金がカットされる場合は、それを喜んで受け入れるかもしれない。しかし、同じ実質賃金のカットでも、名目賃金が文字通りカットされる場合は、それに抵抗するだろう。(傍注1)
 これは次のことを意味する。もしこの想定が正しいなら、フィリップス曲線に示されるインフレ率の変化と失業率との関係は、経済がゼロのインフレ率に近づくときには消えるかもしれない、少なくとも弱くなる、ということである。
 この問題は、現在重要な問題になっている。なぜなら、世界の多くの国で、インフレ率が非常に低いからである。第1章で見たように、日本は現在マイナスのインフレ率を体験している。この低インフレ率の状態で、あるいはデフレの状態で、フィリップス曲線の関係がどう変わるか、というのは現在マクロ経済学者が注意深く観察している問題(developments)である。

(ブランシャールの『マクロ経済学』(2002)では、余白にコメントが載っている。以下はそれの翻訳)
傍注1
 2つの場合を考えてみよう。ひとつはインフレ率が4%で、あなたの名目賃金が2%増加した場合。もうひとつは、インフレ率が0%で、あなたの名目賃金が2%カットされた場合。どちらがいやだろうか。
どちらも同じなのである。なぜなら、どちらの場合も実質賃金は2%カットされているからだ。しかし、たいていの人は、前者の場合(インフレ率4%で、賃金増加2%)のほうがより苦痛が少ないと感じるという証拠がある。

感想
 たぶんブランシャールは、アカロフのこの論文を念頭において書いているのだろう。(アカロフのほうが詳しく説明しているので、わかりやすいと思います。といっても、僕は「論文」ではなくて、要約しか読んでいないのですが)

 言っていることはアカロフと同じで、インフレ率が0付近、あるいはマイナス(デフレ)のときは、価格硬直性(特に賃金の下方硬直性)のために、合理的期待仮説(フィリップス曲線から「自然失業率」を推定する方法)によって推定されるインフレ率よりも、実際のインフレ率は高くなる、ということ。

 アメリカの自然失業率は1960年代以降、だいたい6%ぐらいと言われている。自然失業率よりも低い失業率を目指すことは、高いインフレ率を伴うので、自然失業率が政策の目標になってきた。
 とすると、大恐慌期の15%~25%という失業率は非常に高い値であり、「自然失業率」の考え方から判断すると、かなりのマイナスのインフレ率にならないといけない(戦後の「自然失業率」と大恐慌期の「自然失業率」が同じという仮定は非現実的だけど)。
 しかし、大恐慌時代の実際のインフレ率は、実際はそれよりも高かった(わかりやすくするために、目安として、ブランシャールの図に2本直線を引きました)。

12122602












 ブランシャールとアカロフは、その原因は価格硬直性(賃金の下方硬直性)が働いたからだ、と考えている。
 ここから引き出される一般的な教訓は、インフレ率が0付近、あるいはマイナス(デフレ)のときは、フィリップス曲線によって示される「インフレ率」と「失業率」との関係が成り立たなくなる可能性がある、ということ(ブランシャールの言葉では、「フィリップス曲線に示される関係が壊れる」)。それなので、フィリップス曲線によって示される「自然失業率」も、信用できないものになる(上の青線だと15%ぐらいになってしまう!!)。実際の「自然失業率」はもっと低い値だと考えていい!!

アカロフ、「Fed はゼロインフレを目指すべきか?」

George A. Akerlof, George L. Perry and William T. Dickens,
"Low Inflation or No Inflation: Should the Federal Reserve Pursue Complete Price Stability?" (1996)

Brookings研究所の上記の論文の「要約」の翻訳です。英語はこちら→論文、 要約(これの翻訳が下の文章)
『アニマル・スピリット』の記述よりも、こっちのほうがわかりやすい・・・ 気がしますが、どうでしょうか。

----------
低いインフレ、あるいはゼロインフレ?:Fedは完全な物価安定性を追及すべきか?

 ここのところのFedのパフォーマンスは、インフレ率を低くする点でも、失業率を低くする点でも、これまでにないほど良いものだったが、何人かの政治家やエコノミストたちは、Fedがさらに最終的なゴールとして、0%のインフレ率を目指すことを望んでいる。エコノミストたちは、そのような政策のコストは一時的で小さいものだろうし、長期的には利益のほうが大きくなるだろう、と主張してきた。私たちは、それらのコストをもう一度検討し、これまでの研究ではそのコストがかなり過小評価されていることを発見した。ゼロインフレを維持することのコストは、GDPを永続的に1%から3%減少させることになるだろう。そして、失業率を同じ割合だけ永続的に増やすことになるだろう。完全な物価安定性は、Fedが目指す目標にするべきではないのだ。

 最近の連邦議会(Capitol Hill)での公聴会で、ダニエル・パトリック・モイニハン(Daniel Patrick Moynihan 上院議員は、アラン・グリーンスパンを国民的な宝だと賞賛した。そのような賞賛は、Fedの議長にとって、そして彼が代表する組織にとって、前例のないものだ。第二次大戦後のほとんど間、Fedは、ひとつの目標が他の目標と対立すると批判にさらされたものだった。現在Fedが享受している賞賛は、インフレ率(consumer price inflation)が3%以下と、過去30年間で見て低い値に安定していること、現在の経済が景気拡張期の5年目に入っていること、失業率が5.5%以下に抑えられていることが原因である。

 Fedのパフォーマンスはすばらしいのだが、多くの政治家とエコノミストたちは、Fedがさらに、0%のインフレ率を最終的なゴールとして目指すことを望んでいる。フロリダ選出のコニー・マック (Connie Mack)上院議員は経済成長・物価安定法 (the Economic Growth and Price Stability) を提出した。それは、連邦準備法 (Federal Reserve Act)を修正するものだ。それは、Fedは雇用を最大限にし、物価を安定させ、穏やかな長期利子率を推進すべきだ、という古い目標を、物価安定を推進すべきだというひとつの目標に変えようとしている。この法案の賛同者は、以前の多数党院内総務(Majority Leader) のボブ・ドール (Bob Dole)上院議員を含め、ほとんどすべての共和党の上院議員のリーダーたちを含んでいる。同じ法案は、ジム・サクストン (Jim Saxton) によって下院に提出された。

 いくつかの研究が、ゼロインフレに移行する際の影響について調べている。そのほとんどすべてが、コストは一時的なものにすぎない、と示している。さらに、逆にインフレのコストは、貯蓄や投資においてコストの歪みを生じさせる、とこれまで主張されてきた。なぜなら、投資による所得は、インフレ修正された値や実質値ではなくて、名目値を基準に課税されるからだ。これらの歪みは、低いインフレ率であっても永続的なコストになる。しかし、もしFedがゼロインフレを達成すれば、避けることができるものなのだ。だから、とその主張は続く、ゼロインフレを達成することによる利益は、それに移行するときに生じる一時的なコストを上回るだろう。

 そのマック法案が通っても通らなくても、Fedは、より低いインフレ率を目指すべきなのかどうか、ということをいずれ考えなければならないだろう。私たちは、0%のインフレ率を維持するコストを再検討し、これまでの研究とは反対に、ゼロインフレのコストは、大きく永続的なものになりそうだ、ということを発見した。つまり、1年当たりGDPを1%から3%減少させ、それが続いていく。さらに、それに対応した高い失業率が続くのである。それゆえ、ゼロインフレは、より大きな実質的なコストをアメリカ経済全体に押し付けるだろう。

 0%のインフレ率がそのように大きなコストを経済に与える理由は、企業は賃金カットをしたがらないからである。景気がいいときでも悪いときでも、ある企業やある産業は、別の企業や産業よりも業績が良くなる。賃金は、そのような経済的業績の良し悪しに応じて修正されなければならない。ゆるやかなインフレ率で生産性が成長しているときは、(他の企業と比べた)相対的な賃金は簡単に修正できる。業績が悪かった企業は、平均的な賃金の増加よりも少ない増加率で賃金を与えればいいし、一方、業績が良かった企業は、平均よりも高い賃金の増加率にすればよい。しかし、(1970年代以降のアメリカのように)生産性が低く、インフレ率がゼロのときは、相対的な賃金をカットしなければならなくなった企業は、労働者に与える名目賃金を文字通りカットしなければ、それができなくなる。しかし、そのような企業は、賃金カットをしたくないので、結果として相対的に賃金を高いままにしてしまう。そして、雇用を減らしてしまう。溢出効果 (spillover)のために、経済全体への影響は、関係がある企業(業績が悪かった企業)だけの雇用の影響よりも、大きな影響になってしまう。

賃金カットがあまり起こらない証拠

企業は労働者の賃金カットをほとんどしない。なぜなら、企業は、労働者の士気を著しく低下させ、労働者を確保する問題を恐れるからだ。人々の心理を研究してみると、理由がわかる。たいていの人は、非常時を除いて、企業が賃金をカットすることは不公平だと考える。一方、高いインフレ率のときに、企業が賃金を上げなくても、不公平だとは考えない。

 名目賃金の下方硬直性は、かつてはマクロ経済学の中心的な教義だった。しかし、この想定の有効性は、現在多くのマクロ経済学者によって疑問視されている。最近の一連の研究は、名目賃金は上方にも下方にもかなり柔軟に変化する、と主張している。私たちはこれに関する幅広いデータを調査し、そのような主張を否定した。賃金の下方硬直性は、依然として、経済のきわめて重要な特徴である。製造業全体の賃金調査や、組合の契約や、個別の企業への調査、そして私たち自身による労働者への調査によって、どのくらい頻繁に賃金カットが行われるかを直接検討することができた。これらのデータは、賃金は企業によって変わるが、インフレ率が低いときでも、賃金カットに直面する労働者はほとんどいない、ということを示している。多くの労働者の賃金は増加している。また、多くの労働者の賃金は変化していない。しかし、その分布は、ゼロところでぱったりゼロになる(訳注 賃金の分布は、増加から変化なしまでは多いが、賃金が減った方向への分布は、ほとんどゼロになる)。例えば、インフレ率が約1%だった1962年には、製造業の、組合に属していない生産部門の労働者の53%が賃金増加であり、平均的な増加率は3.2%だった。しかし、その年、47%が賃金増加なしだったが、賃金カットをした企業に雇われていた労働者は、全体の0.1%以下しかいなかったのだ。企業は賃金カットをすることを非常にいやがるのである。

 それでは、どうして他の研究は賃金カットが頻繁に起こると主張したのだろうか。すべてが同じ重大なまちがいをしている。それらは、賃金の変化を直接見ていないのである。そうではなくて、賃金の変化を、労働者が別の年に行われた調査で答えた賃金から推定している。問題は、これらの調査は間違いが多くなる、ということである。人々は賃金を正確に覚えていないか、あるいは、手間をかけて正確な賃金を調べて報告しないからだ。自分の賃金を正確に報告した労働者が半数以下だと、このような方法で推定された賃金の変化は、実際の変化ではなくて、まちがった情報から推定されてしまうことになる。メリーランド(Maryland)大学のジョン・シア(John Shea)による最近の研究は、そのような調査のひとつについて、データの人数と、実際の彼らの組合の契約とを比較している。その調査の回答から推定すると、賃金変化ありと答えた労働者の21%が賃金カットになるはずだったが、彼らのそれぞれの組合の契約を見ると、実際には1.3%しか賃金カットを受けていなかったのだ。調査上の間違い関するこうした直接的な証拠を利用して、私たちは、パネル調査の典型的な間違いは、実際の賃金分布では賃金カットがないのに、賃金カットが頻繁にあるかのように思わせるほど大きくなりやすい、ということを示した。

下方硬直性がマクロ経済学に対して意味すること

企業が賃金をカットできないとすると、それは経済全体に、とりわけ0%のインフレ目標にとって、何を意味するだろうか。この疑問に答えるために、何千もの企業があり、それぞれが望ましいと思う雇用や賃金のレベルを持ち、それに影響を与えるランダムな需要や供給のショックがある経済を私たちはシミュレートしてみた。そして、その経済の行動を、高いインフレ率、適度な(moderate)インフレ率、低いインフレ率、0%のインフレ率の4段階でシミュレートしてみた。このシミュレーションのモデルでは、失業率は低いインフレ率で増加する。低いインフレ率を維持するにはコストがかかり、そのコストは、ゼロインフレ率を維持することから得られる利益と同じぐらい永続的なものになる。その影響が永続的になるのは、経済が不況に陥ると、労働者の実質賃金をカットしたいが、インフレ率が低いときには、名目賃金の硬直性のためそれができない、という企業が必ず出てくるからである。経済全体で見れば、高すぎる実質賃金が生み出す結果は、低すぎる雇用になる。その実質的なコストは、永続的であるだけでなく、ゼロインフレ率に移行することで得られる利益をどう良く見積もっても、その利益よりも、はるかに高くなるのである。

 私たちは何千ものシミュレーションをし、私たちの結果の妥当性を探ろうとした。また、価格硬直性が少しの影響しか与えないようなパラメーターの値がないかどうか調べてみた。私たちの推定では、インフレ率を3%から0%に低下させるコストは、良く見積もっても、失業率を1%から3%増加させる。これより低い数字を出したのは、ほんの少しの極端な仮定の場合だけだった。

 経済が実際このシミュレーションのようになる、何か直接的な証拠があるのか、と疑問に思う人もいるかもしれない。この疑問に答えるために、私たちは、第二次大戦後のアメリカのデータを使って、もう少し簡単なシミュレーションのモデルをつくった。実際のデータと照合してみると、私たちのモデルは、どの失業率のレベルでもインフレ率を予測することに関して、これまでの標準的なモデルよりも若干うまくいっている(図1左の右側)。しかし、これ以上は期待できない。なぜなら、この時期の大半は、賃金の下方硬直性が大きな影響を与えるインフレ率の領域よりも、インフレ率は上だったからだ。(訳注1)

図1
akerlof04













 私たちのモデルの有効性を試す強力なテストとして、私たちはより野心的な試みをした。大恐慌期の物価変動は、これまでの慣習的なモデルによる説明では、いつも説明がつかないものだった。これまでのモデルは、ひとつの失業率のレベル(いわゆる、自然失業率)が一定のインフレ率と対応している、と想定していた。大恐慌期の実際の失業率は、どの年も、合理的に推定されたどんな自然失業率と比べても、それ以上だった。そのため、これまでの標準的な理論は、1930年代全体にわたってデフレが加速していた、と想定することになった。しかし実際には、デフレは大恐慌の最初の数年しか起こっていない。そして、かなりのインフレ率になり、その後、低いインフレ率の年が続き、いったんデフレになり、その後再びインフレになった。

 私たちは、前述のように、戦後期のデータを使用し、私たちのモデルを想定した。そのモデルを今度は、大恐慌期の物価変動に当てはめてみた。図1は、これまでの標準的な自然失業率にもとづいたモデル(右)と、私たちのモデル(左)のパフォーマンスの違いを示している。標準的なモデルは、物価変動の軌跡から大きく外れている(図1右の左)。一方、私たちのモデル(それは、価格硬直性の影響を組み込んだものだ)は、大恐慌期の物価変動を不気味なほど正確にとらえている(図1左の左)。どちらのモデルも、1930年代初期のデフレは予測している。しかし、1930年代中ごろになると、標準的なモデルは、デフレが続くことを予測している(訳注 図1右の左。インフレ率がかなりの割合で低下すると推定されているが、それは実際のインフレ率からかなり大きく外れている)。一方、私たちのモデルは、名目価格硬直性が経済に影響を与え始めたために、高い失業率にもかかわらず、プラスの変動するインフレ率になることを予測している。

 これらの結果に勇気づけられ、私たちは、私たちが推定したこのインフレ率と失業率の関係のモデルを使い、次のような試算をした。もしFedが、仮に6%のインフレ率と6%の失業率にいるアメリカ経済を、ひとつは3%のインフレ率に移行した場合、もうひとつは0%のインフレ率に移行した場合、どうなるか、ということである。結果は図2に示されている。3%のインフレ率をターゲットにした場合、失業率は、アメリカが1994年中ごろから体験した5.5%から6%の失業率に落ち着くだろう(下の図の下)。一方、もしFedがゼロインフレをターゲットにした場合、最初のコストははるかに大きくなり、しかも長期的な失業率も2%以上高くなるのである(下の図の上)。

図2
akerlof01














訳注1 賃金の下方硬直性の影響が大きくなるのは、インフレ率が低いとき、あるいはマイナス(デフレ)のときだが、この時期はインフレ率が高かったので、その影響が弱く、モデルの検証には向いていなかった。


ブランシャール、「恐慌と不況」(2)

前の部分はこちら。以下↓は、その続きです。

----------
流動性の罠(The Liquidity Trap)

 前節で見たシナリオに対するひとつの反応は、そういう状況を心配している間にも、適切なマクロ経済政策、とりわけ金融政策を使うことによって、それは簡単に避けることができるはずだ、というものだろう。そのシナリオは、金融政策(ここでの議論では、名目貨幣成長)は変化しないという想定のもとで、得られたものだった。しかし、中央銀行が産出量の低下を懸念するなら、中央銀行がやるべきことは、拡張的金融政策に乗り出すことのように思われる。図22-2で言えば、中央銀行がやらなければいけないことは、名目貨幣ストックを増加させ、LM曲線をさらに下へシフトさせること。産出量を増大させるのに十分なだけ、LM曲線をシフトさせることである。
 こういう場合に、中央銀行は金融政策を使うことができ、使わなければならない、というのは、確かに正しい対策である。しかし、中央銀行ができることには限界がある。つまり、それは名目利子率をゼロ以下には下げられないのである。期待インフレ率が低く、あるいはマイナスならば(つまり、人々がデフレを期待しているならば)、予想される実質利子率は、経済を不況から脱出させるほど、十分に低くないということも考えられる。この問題は現在の日本では論争の中心になっている。そこでもう少し詳しく見ていこう。

 最初に、第4章で見た貨幣需要と貨幣供給の特徴をもう一度見ていこう。第4章で私たちは、所得を所与とすると、貨幣需要は名目利子率の減少関数になる、ということを見た。名目利子率が低くなればなるほど、貨幣需要は高くなる、ということである。同じことだが、債権需要が低くなればなるほど、貨幣需要は高くなる。私たちが第4章で考慮しなかったことは、名目利子率がゼロになったら、何が起こるか、ということである。答えは、いったん人々が取引のために必要な貨幣を十分所有すると、それ以後は、残りの資産を貨幣の形で所有しても、債権の形で所有しても、どちらでもよくなる、というものである。理由は、名目利子率がゼロの場合、貨幣も債権も同じ利子率0の利益しか提供しないからである。従って、貨幣需要は図22-3のようになる。

図22-3
12122301

■名目利子率が減少するにつれて、人々はより貨幣を多く持とうとする(逆により債権を少なく持とうとする)。貨幣需要が増加する。
■名目利子率がゼロになると、人々は少なくともOBの長さの量の貨幣を所有しようと思う。これは、取引のための貨幣である。しかし、彼らはさらに多くの貨幣を喜んで受け入れる(債権の量を減らしながら)。なぜなら、上述したように、資産として保有するものとして、貨幣でも債権でもどちらでもいいからだ。従って、貨幣需要は、B点を過ぎると水平になる。次に、貨幣供給の増加によって何が起こるか見ていこう。

■貨幣供給がMsの場合を考えてみよう。名目利子率は金融市場を均衡させる利子率でプラスであり、iに等しい(これは第4章で考えたケースである)。図22-3では、この均衡(A点)から出発し、貨幣供給を増やしている。すると、Msの直線が右にシフトしていく。そして、名目利子率が低下していく。
■次に、貨幣供給がMs’になった場合を考えよう。均衡点はB点である。あるいは、貨幣供給がMs”になった場合を考えよう。今度は均衡点はC点である。どちらの場合も、名目利子率はゼロである。そして、どちらの場合も、貨幣供給の増加は、名目利子率に何ら影響を与えない。これを次のように考えてみよう。中央銀行が貨幣供給を増加させると想定しよう。中央銀行は、公開市場操作によって、債権を購入し、債権所有者に貨幣を提供する。名目利子率がゼロなので、人々はどれだけの貨幣をもっても債権をもっても、どちらでもよくなっている。それで、彼らは、利子率が同じままでも、ゼロの利子率だが、より少なく債権を持とうとし、より多く貨幣を持とうとする。従って、貨幣供給は増加するが、名目利子率は影響を受けないのである。
 一言で言えば、いったん名目利子率がゼロになってしまうと、拡張的な金融政策は無力になってしまう(訳注 最後の訳注1を参照)。あるいは、この問題を最初に指摘したケインズの言葉を使えば、貨幣の増加は、流動性の罠に陥ってしまった。そうなると人々は、同じ利子率のもとでも、より多くの貨幣(つまりより多くの流動性)を持とうとする。
 債権市場での均衡を見たので、次は、IS-LMモデルを見ていこう。そして、流動性の罠を考慮するために、IS-LMモデルをどのように変えたらよいか見ていこう。

12122302













 図22-4


LM曲線の導出は、図22-4の(a)と(b)に示されている。LM曲線は、実質貨幣ストック(M/P)を一定としたときの、金融市場における均衡(訳注 貨幣需要と貨幣供給の均衡)によって決まる名目利子率と所得Yとの関係を表している、ということを思い出そう。LM曲線を導出するために、図(a)は、実質貨幣ストック(M/P)を一定としたときの、金融市場の均衡を表している。3つの貨幣需要の曲線は、3つの異なる所得のレベルに対応したものだ。

■Mdは、所得Yに対する貨幣需要を表している。均衡点はA点になり、名目利子率がiになる。この所得Yと名目利子率iの組み合わせ(対応する関係)が、LM曲線の最初の点を与える。つまり、図(b)のA点になる。
■Md’は、先ほどの所得Yよりも低い所得Y’のときの、つまりY’<Yのときの、貨幣需要を表している。所得が減少すれば、貨幣による取引が少なくなる。そのため、どの利子率のレベルにいたとしても、貨幣に対する需要は減少する。図(a)の場合、均衡点はA’点で与えられ、名目利子率はi’に下がる。この所得Y’と名目利子率i’の組み合わせが、LM曲線の2番目の点を与える。つまり、図(b)のA’点になる。
■Md”は、さらに低い所得Y”のとき、つまりY”<Y’のときの、貨幣需要を表している。この場合、均衡点は図(a)のA”になり、名目利子率はほとんどゼロに等しくなる。図(a)のA”点は、図(b)のA”に対応している。
■所得がY”よりさらに減少し、図(a)で貨幣需要曲線をさらに左にシフトさせていった場合、どうなるだろうか。貨幣供給曲線(この場合は直線)と貨幣需要曲線との交点は、貨幣需要曲線の平らな部分に位置することになる。従って、均衡点はA”のままで、名目利子率もゼロのままで変わらない。

 要約すると、流動性の罠にはまった状態では、LM曲線は図22-4の(b)のようになる。
 所得YがY”より大きい部分では、右上がりの曲線になる。これは、私たちが第5章で見たLM曲線と同じである。
 しかし、Y”よりも小さい部分では、LM曲線は、i=0のレベルで水平になる。名目利子率はゼロより下に下がらないからである。

 流動性の罠にはまった状態でのLM曲線を導出できたので、今度は、この点で修正されたIS-LMモデルの特徴がどうなるか見ることができる。
図22-5
 12120805
 経済は最初は、図22-5のA点にいると想定しよう。均衡点は、IS曲線とLM曲線との交点で、産出量はY、名目利子率はiである。そして、この産出量Yのレベルが自然産出量Ynよりかなり低いと想定しよう。問題は、金融政策はこの経済を自然産出量に戻すことができるのか、ということだ。
 中央銀行が貨幣供給を増加させ、LM曲線をLMからLM’にシフトさせた、と想定しよう。均衡点はA点からB点に移動する。名目利子率はiから0に減少し、産出量はYからY’に増加する。ここまでは、確かに拡張政策は産出量を増加させることができる。
 しかし、B点から出発し、さらに中央銀行が貨幣供給を増加させ、LM曲線をLM’へと、さらにLM”へとシフトさせていったら、何が起こるだろうか。IS曲線とLM”曲線との交点は、B点のままになる。そのため、産出量もY’のままである。金融拡張政策は、もはや産出量を増加させる効果をもたない。従って、それは産出量を自然産出量に戻すことができないのである。

 具体的に言葉で説明すると、名目利子率がゼロに等しくなったとき、経済は「流動性の罠」にはまってしまう。中央銀行は、「流動性」を増加させることができる。つまり、貨幣供給を増加させることができる。しかし、この「流動性」が「罠」にはまってしまうのである。つまり、追加された貨幣は、同じ利子率でも、つまりゼロでも、金融投資家に喜んで保有される。名目利子率がこのようにゼロの状態で、財に対する需要が依然として低ければ、産出量を自然産出量に戻すために、金融政策にできることはなくなる(訳注 1)。

 両方の影響を合わせると:流動性の罠とデフレーション(デフレ)

 私たちが前の節(こちら)で低いインフレ率(デフレ)の影響を説明したとき、読者がそれを疑わしいと思ったかもしれないのと同様に、流動性の罠が深刻な問題だ、ということにも読者は疑念を持つかもしれない。結局、名目利子率がゼロといっても、それは利子率がとても低いだけだ。名目利子率がゼロになるぐらい十分低いなら、支出を強く刺激するだろうから、不景気から脱出できるはずだ、というわけである。
 答えは、ノーである。それを説明するためには、私たちはもう一度、実質利子率と名目利子率の区別を思い出さなければならない。支出にとって重要なのは、実質利子率である。名目利子率ゼロのときに、実質利子率がどのくらいになるかは、期待インフレ率の値による。

■インフレ率が、実際のインフレ率も期待インフレ率も同じで、高い、例えば10%と想定しよう。その場合、名目利子率がゼロになると、実質利子率は-10%になる。そのようなマイナスの実質利子率になる場合、消費支出と投資支出は非常に高くなるだろう。それは、需要を高め、産出量を自然産出量に戻すのに十分であろう。それなので、高いインフレ率の場合は、流動性の罠は深刻な問題にはならないだろう。
■しかし、インフレ率がマイナス、つまり経済はデフレに陥っていると想定しよう。例えば、インフレ率が-5%(同じことだが、デフレの率が5%である)としよう。すると、たとえ名目利子率がゼロであっても、実質利子率は5%になるのである。この実質利子率では、支出を十分刺激するには、まだ高すぎるかもしれない。そして、前の議論からわかるように(訳注 流動性の罠に陥っているので)、この場合、金融政策が産出量を増加させるためにできることは、残っていない。

 どのようにその2つのメカニズム――期待インフレ率が実質利子率に与える影響と、流動性の罠――が組み合わさり、経済を景気後退から不況や恐慌に移行させるかは、簡単にわかる。
 経済がしばらくの間、景気後退期にいたと想定しよう。それで、インフレ率が減少していき、デフレに変わったとする。次に、金融政策が名目利子率をゼロに下げたと想定しよう。このゼロの名目利子率の状態であっても、期待インフレ率がデフレなら(期待インフレ率がマイナスなら)、実質利子率はまだプラス、ということになるのである。
 その結果として、経済は図22-6のA点、IS曲線とLM曲線の交点にいるとしよう。名目利子率はゼロで、産出量Yは、自然産出量Ynよりも下である。

図22-6
12121806
 この場合、産出量を増やすために金融政策にできることは何もない。状況は時間の経過とともに、悪くなるだろう。
 産出量が自然産出量よりも低いので、デフレーション(デフレ)の割合は、実際のものも期待(予想)されたものも、さらに増加するだろう(インフレ率がさらにマイナスになっていくだろう)。名目利子率が一定の(ゼロの)条件では、期待デフレーションが高くなれば、実質利子率がそのまま増加することにつながる。そのために、図22-6のように、IS曲線が、ISからIS’へと左にシフトし、さらに産出量はYからY’へと低下する。
 この産出量の低下が、さらにデフレーションを進める(訳注 2)。それがさらに実質利子率を高くし、さらに産出量を低下させる。そして・・・というように、続いていく。
 この経済は、悪循環に陥っているのである。低い産出量がデフレの増加につながる。デフレの増加が実質利子率の増加につながり、産出量をさらに低下させる。しかし、金融政策にできることは何もない。このシナリオは、現実離れしているように見えるかもしれない。現実離れしているように見えるかもしれないが、次の節の最初で大恐慌を、その次に日本の不況を検討すればわかるように、非現実的な話ではない。

続きはこちら

----------

訳注1) ブランシャールはここでずっと、名目金利がゼロになってしまうと、金融政策にできることがなくなる、と言っていますが、これは教科書のIS-LMモデルで説明されるような、「通常の」金融政策(LM曲線を下にシフトさせ、名目金利を下げる)ができなくなる、ということです。流動性の罠に陥ると、前の章で見た通常のIS-LMモデルで説明できる状態とは違う状況、金利ゼロの「制約」が生じている、ということを理解してもらうことが主眼になっています。
 実際には、金利ゼロの制約下でも、金融政策は完全に無効になってしまうわけではありません。例えばこれ↓
http://www.esri.go.jp/jp/others/kanko_sbubble/analysis_02_08.pdf

このような伝統的なケインジアンの流動性の罠の説明(金利ゼロの制約で金融政策が効かなくなる)と、現代の捉え方の違いは、エガートソンの論文で簡単にまとめられています。翻訳はこちら↓
http://www29.atwiki.jp/nightintunisia/pages/18.html


訳注 2) 実際の日本では、デフレ(マイナスのインフレ率)がどんどん進行しているわけではありません。「マイルドな」デフレ、というぐらい。しかし、デフレがあまり進んでいないので大丈夫だ、ということにはならない。大恐慌のときに、デフレが進行していない年、インフレになっているときもあった。これもブランシャールのこの本に少しだけ記述があるので(フィリップス曲線との関係で)、そのうち翻訳します(現在日本語訳がある1997年版には、やはりこの部分がない)。

ブランシャール、「恐慌と不況」(1)

オリビエ・ブランシャール(Olivier Blanchard) の『マクロ経済学』 (Macroeconomics, 2002) の中の第22章「恐慌と不況」("Depressions and Slump") の翻訳です。最初の部分です(3回に分けています)。

 デフレの問題と流動性の罠について、IS-LMモデルで説明していて(ただしAS-ADでの議論が前提になっています)、日本の問題も取り上げられています。

---------------
22-1 ディスインフレーション、デフレ(デフレーション)、流動性の罠 (Liquidity Trap)

 なぜ産出量は中期的には自然産出量に戻る傾向があるのか、ということについて前で展開した議論に戻ってみよう。その議論を簡単に展開していくために、図22のIS-LMモデルで考えよう。名目金利が縦軸で、産出量が横軸である。

図22
12120804 私たちが第7章で見た議論は、次のようなものであった。

■負のショックが産出量を減少させたと想定する。それでこの経済は、現在A点にいる。現在の産出量は、自然産出量Ynより低いYである。そのショックがどういうものかは、ここでは重要ではない。消費者が消費を減らしたからかもしれないし、企業が投資支出を減らしたからかもしれない。ここで重要なのは、産出量は、現在、自然産出量Ynより低い、ということである。
■産出量が自然産出量よりも低いために、物価水準がしだいに減少していく。名目貨幣ストックを所与とすると、物価水準の減少は、実質貨幣ストックを増加させるだろう。実質貨幣ストックはLM曲線を下にシフトさせ、利子率が下がり、産出量が増加する(訳注 1)。しばらくすると、この経済は、B点に移動し、産出量はY’になる。
■産出量が自然産出量Ynより低いかぎり、物価水準は下がり続け、LM曲線が下にシフトし続ける。経済はIS曲線上を下に移動し、C点に到達する。そのとき産出量は自然産出量Ynに戻る。つまり、産出量が自然産出量Ynよりも低いときは、物価水準が低下する。物価水準は、自然産出量Ynに戻るまで減少する。

 第7章での議論は、名目貨幣ストックは一定であるという単純化した強い仮定にもとづいていた。これは、中期的には、物価水準も一定になる、ということを意味していた。またそれは、もし産出量が自然産出量よりも低いならば、産出量が自然産出量に戻っていく調整は、物価水準の低下によって達成される(現実の世界では、あまり見られない現象である)、ということも意味していた。第8章と第9章では、このモデルのより現実的なバージョンを検討した。そこでは、中期における、プラスの名目貨幣成長を導入し、また、プラスのインフレ率を導入した。そのモデルは、ショックに対する産出量とインフレ率の調整を、より現実的に説明していた。しかし、ここでの議論に関していえば、そのモデルであっても、第7章のシンプルなモデルと同じ、基本的なことを意味する。つまり、経済は時間の経過とともに、自然産出量に戻っていく傾向がある、ということである。

 今度は、議論は次のようになる。
■図22-1と同じように、産出量が自然産出量よりも低いと想定しよう。言い換えれば、失業率は自然失業率よりも高い、ということである。
 次に、フィリップス曲線からわかるように、インフレ率が時間の経過とともに、減少するだろう。
■最初は、名目貨幣成長とインフレ率が同じだと想定しよう。従って、実質貨幣成長(名目貨幣成長からインフレ率を引いたもの)は、最初は0である。
 インフレ率が減少すれば、言い換えると、名目貨幣成長よりも低くなると、実質貨幣成長がプラスになる。同様に、実質貨幣ストックが増加する。
■実質貨幣ストックの増加すれば、LM曲線が下にシフトし、産出量が増加する。LM曲線は下にシフトし続け、やがて自然産出量に戻る。
 とすれば、この調整は、図22-1と同じである。つまり、低い産出量は、実質貨幣ストックの増加につながり、やがて産出量は自然産出量に戻るのである。

 それゆえ、経済には、景気後退から回復するための強い安定化装置が組み込まれているように思われる。

■産出量が自然産出量よりも低いときは、低いインフレ率になる。
■次に低いインフレ率が、より高い実質貨幣成長につながる。
■高い実質貨幣成長は、時間の経過とともに、産出量の増加につながる。

 しかし、不況や恐慌を研究してみると、この組み込まれた安定化装置が完全に機能しないことがわかる。いくつかの状況で、調子が狂うことがわかる。以下そのいくつかを見ていこう。

名目利子率、実質利子率、期待インフレ率

図22-1の産出量の調整を見たとき、私たちは、名目利子率と実質利子率の区別を無視していた。しかし、ここではその区別を導入する必要がある。14章での議論を思い出そう。そこで述べられていたのは


■支出の決定で重要なのは、つまりIS関係に変数として入ってくるのは、実質利子率--財と関係がある利子率である。
■貨幣の需要にとって重要なのは、つまりLM関係に変数として入ってくるのは、名目利子率--貨幣と関係がある利子率である。
 
 また、この2つの利子率の関係を思い出そう。つまり、実質利子率は、名目利子率から期待インフレ率を引いたものに等しい、ということである。

 この2つの利子率の区別が何を意味するかは、図22-2に示されている。

図22-2
12120807 この経済は、最初はA点にいると想定しよう。産出量は自然産出量よりも下である。
 産出量が自然産出量よりも低いので、インフレ率が減少する。

■インフレ率の減少は、実質貨幣ストックを増加させる。従って、LM曲線がLMからLM’へ下にシフトする。実質貨幣ストックM/Pの増加のために、LM曲線が下にシフトすることは、図22-1で見たLM曲線のシフトと同じである。このようなLM曲線の下へのシフトによって、産出量が増加する。これが起こりうる唯一のシフトであれば、経済はA点からB点へ移動するだろう。
■しかし、ここで第2の影響があることを考えなくてはいけない。インフレ率の減少が、期待インフレ率の減少につながったと想定しよう。そうすると、名目利子率を所与とすると、期待インフレ率の減少は、実質利子率を増加させるのである。実質利子率が高くなれば、次は、支出を減少させ、産出量を減少させる。従って、名目利子率が所与とすると、財市場の均衡によって決まる産出量は低くなる。IS曲線は、ISからIS’へと左にシフトする。期待インフレ率πeの減少によるIS曲線のシフトは、産出量の減少につながるのである。もしこのシフトだけが起これば(訳注 LM曲線のシフトは考えないとすれば)、経済はA点からB’点へ移動する。

 この2つのシフトの結果、産出量は増えるのだろうか、減るのだろうか。答えはわからない、というものである。この2つのシフトの影響によって、経済はA点からB”点へ移動し、産出量はY”になるだろう。Y”がYよりも大きくなるか小さくなるかは、どちらのシフトが優勢になるかによるが、一般的には、どちらとも言えない。
 ここに描かれた図では、Y”はYよりも低くなっている。この場合、産出量は自然産出量に戻るどころか、いっそう低下し離れていく。景気は良くなるどころか、悪くなるのである。
 具体的な数字を入れてみれば、インフレ率が産出量に与えるこの2つの影響がどうなるか、よりはっきりするだろう。


■名目貨幣成長、インフレ率、期待インフレ率が最初はどれも同じで5%だとしよう。
 名目利子率は7%としよう。そうすると、実質利子率は、7%-5%(期待インフレ率)=2%となる。
■産出量が自然産出量よりも低くなったために、1年後にインフレ率が5%から3%に低下したとしよう。
■実質貨幣成長(=名目貨幣成長-インフレ率)は、今度は5%-3%=2%になる。従って、実質貨幣ストックは、2%増加することになる。(訳注 最初は、5%[名目貨幣成長率]-5%[インフレ率]=0だった)。
 実質貨幣ストックのこの増加が、名目利子率を減少させたとしよう。例えば、7%から6%に減少させたとしよう。これは上のモデルで見た最初の効果である。つまり、インフレ率が低くなると、実質貨幣ストックを増加させることになり、名目利子率を下げることになるのである。
■インフレ率の減少により、人々が、今年のインフレ率は去年より2%低くなると期待した、と想定しよう。そうなると、期待インフレ率は5%から3%に減少する。(← 5-2=3)。
 これは次のことを意味する。名目利子率を所与とすると、実質利子率は2%増加する、ということである。(訳注2)
 これは前のモデルで見た、2番目の効果である。名目利子率を所与とすると、期待インフレ率の減少は、実質利子率の増加につながるのである。
■これらの2つの効果を組み合わせてみよう。名目利子率は7%から6%に低下する。期待インフレ率は5%から3%に減少する。それゆえ、実質利子質は、7%-5%=2%から6%-3%=3%に増加する。
 一言で言えば、2つの効果を合わせると、インフレ率の低下の効果は、実質利子率を減少させるのではなくて、増加させるのである。


 私たちは、調整のプロセスの最初の段階で何が起こるのかを、見たところである。しかし、状況が時間の経過とともに、さらに悪くなっていくシナリオを思い描くのは容易だろう。産出量のYからY”への減少は、さらにインフレ率を減少させ、次に期待インフレ率をさらに減少させるのにつながる。このために、今度は実質利子率をさらに増加させ、産出量をまたさらに減少させる。言葉を変えていえば、産出量が自然産出量に戻るどころか、低下し続けるため、最初の景気後退が完全な不況に変わってしまうかもしれない。前の章で見た安定化装置が、壊れてしまっているのである。
----------
続きはこちら


訳注1 貨幣供給と貨幣需要の均衡を表すLM関係の式、M/P=YL(i) (i=名目利子率) では、左辺が貨幣供給を、右辺が貨幣需要を表しています。名目貨幣ストックMが一定でも、物価水準Pが減少すれば、M/Pは増加します。M/Pが貨幣供給を表しているので、「実質的に」貨幣供給が増えることになり、金融緩和(この場合はMが増える)と同じように、LM曲線が下にシフトします。

訳注2 最初の実質利子率、7-5=2%。「名目利子率を所与とすると」、変化後7-3=4%。


プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ