M B K 48

もし貧乏人が経済学を学んだら

2013年01月

エガートソン (Gauti Eggertsson)、「労働のパラドックス」(5)

前の部分からの続きです。
(1) 1 イントロダクション "Introduction" は→ こちら
(2) 2 モデルの設定、3 長期と短期  → こちら
(3) 4 人々がより多く働こうとするとどうなるのか → こちら
(4) 5 ゼロ金利政策の奇妙な世界、6 労働のパラドックス → こちら

今回は、これ↑の続きです。5回目。
本文中で数式に言及されていて、その式が前の部分にある場合があります。
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7 他の政策に対するインプリケーション: 減税、ニューディール、石油価格の高騰

 労働のパラドックスは、他の政策に関しても、驚くべきインプリケーションを与える。最初に見た代表家計の1階の条件をもう一度見てみよう。

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 賃金所得に比例する労働税は、ψt  =1/(1-τ )という形で、ψt  とちょうど同じように入ってくるだろう(訳注 ψ:人々が、労働の不効用と比較して、どのくらい消費の効用を評価するか、ということに影響を与える)。そうなると、そこから得られるインプリケーションは、もちろん、このような形の一時的な労働税のカットは、このモデルに従うと収縮的になる、というものである。このような労働税の減税?(this specification of labor tax) は標準的なものだが、これは多くの点で特異な結果をもたらす。これは、Eggertsson(2009) でさらに論じられているが、強調すべきことである。ここでは線形化した企業の価格方程式を考えてみよう。この式は限界コストの式に労働供給の式を代入して得たものである(訳注 (16)式に(18)式を代入)。
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 この方程式では、ψ^ とちょうど同じように入ってくる複数の騒乱(disturbances)が示唆される。もっとも明らかなのは、パラメーターθ (これは企業の独占力を表す指数である)の変化や、他の労働市場でのマークアップ率の変化である(例えば、労働組合の交渉力の増加など)。そして、このモデルでは、名目利子率がゼロのときは、この企業や労働組合の独占力の増加は拡張的であると示されるのである。これは、Eggertsson (2008b) で詳しく説明されている点である。ある条件の下での他の限界コストの増加、例えば石油価格の増加によるものなどに対しても、同じ分析を適用できる。

 結論に移る前に、これまで論じてこなかったひとつの問題について述べておくのは、価値があるだろう。このモデルでは、労働市場は完全に伸縮的であると想定してきた。従って、労働市場で労働需要が労働供給といつでも均衡するように、賃金は下方に修正される。この想定をしたのは、単に説明を容易にしたかったからである。そうすれば、労働のパラドックスをよりはっきり示すことができるからだ。しかし、ニューケインジアンモデルでは、賃金決定のプロセスで何らかの硬直性を想定するのが、きわめて普通になっている。そのような硬直性は、このモデルから得られた結果を変更するだろうか。それは労働のパラドックスをより悪化させるだろうか。答えは、賃金決定におけるそのような硬直性は、状況を少し改善する、というものである。理由は、労働供給の増加が、伸縮的な賃金の場合と比べて物価水準の強い下落圧力につながらないからである。賃金決定における硬直性は、Chari, Kehoe, and McGrattan (2006) の言葉で言えば、プラスの「労働ウェッジ」(labor wedge) と考えることができるだろう。それは、私たちがここでのモデルでマイナスの「労働ウェッジ」と考えてきたψ^ のショックを部分的に相殺するのである。

 実際、名目利子率のゼロ制約のひとつの特異的な特徴は、価格や賃金の強い硬直性が経済の安定化効果を持つことである。価格について言えば、その効果を簡単に見る方法は、この論文の図3において、価格変更が頻繁に行われれば、労働需要曲線をさらにフラットにし、均衡点Bをさらにより少ない雇用量へと、さらにより少ない賃金へと押しやる、ということを確認すればよい。理由は、価格の柔軟性が高くなると、人々が将来は物価がさらに低下し、そのため人々のデフレ期待を高めるからである。次にそれが実質利子率を高くし、需要をさらに収縮させる。この可能性――つまり、賃金や価格のより高い柔軟性は、経済に対して不安定化効果をもつ――は、最初にトービン (Tobin 1975) によって指摘され、さらにデロングとサマーズ (De Long and Summers, 1986) によって分析された。その2つの論文では、価格の柔軟性が「一般的に」不安定化要素になる、と論じられている。一方、この論文では、価格の柔軟性が不安定化要素になるのは、名目利子率ゼロによってつくられた特別な環境においてのみ当てはまると論じている。そこで私は、次のように推測した。より柔軟な価格を想定しているカルボ (Calvo) 型の価格設定 (1983) とは別の価格設定メカニズムを想定したとしても、実際、十分に労働のパラドックスが発生しうる、ということである。

 ここまで労働に対する選好を、ξに対して1対1で変化すると想定してきた(訳注1)。しかし、の変化が永久的だとしたら、どうなるだろうか。その場合は、結果ははっきりとはわからない。それは、パラメーターの値によって変わってくるだろう。いくつかの要因が働く。労働の永久的な増加は、永久的な産出量の増加につながる。それが需要の増加につながる。一方、いったん名目利子率の制約が働かなくなれば、労働の永久的な増加によるデフレ圧力が生まれるだろう。それは前の場合とは反対方向に働く。従って、労働の永久的な変化の状況でも労働のパラドックスが発生するかどうかは、実証的な研究を待つことになる。

8 結論
 この論文の主要な論点は、総労働供給の増加、つまりより多く働こうと思うことは、名目利子率がゼロの状況では逆効果になる、というものである。これが労働のパラドックスである。同じ議論は、ある仮定の下で、他の供給を増やそうとする動きに対しても適応できる。限界税率を下げることや、石油価格の低下、企業や労働者の独占力を低下させることなどである。一方、私は別の論文(Eggertsson 2009) で、逆に名目利子率ゼロの状況では、総支出を刺激することを直接狙った政策が非常にうまくいくことを示した。そのような政策には、売上税の一時的なカットや投資減税(控除)(investment tax credits) や政府支出が含まれる。


訳注1) 労働に対する選好なのでξt ではなくて、ψt  のような気がしますが、そのままにしました。 ξ=人々が、将来の効用と比較して、どのくらい現在の効用を評価するか、ということに影響を与える。

クルーグマン、「デフレスパイラル」

Paul Krugman, "Deflation spirals" (Feb. 25.1999)

前回の「デフレを止めることはできるのか」のわずか4日後に発表されたもののようです。
英語の原文は → こちら。 私の(混乱している・・・)解説みたいなものはこちら

  IS-LMに動学を入れているのですが、それによって、デフレが認識された時では手遅れで、まだインフレ率がプラスでも、デフレになりそうな兆候が現れたら、すぐ中央銀行は対策に乗り出さないといけない、ということが示されます。
 クルーグマンの説明では、本文中の数式と図の関連がわかりにくいので、「そのうち」解説みたいなものを書くつもりです(といっても、よくわからないところもありますが・・・)。

(1/ 31 更新: rioiktさんから頂きましたコメントを参考に、↓少し変更しました。)
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デフレスパイラル

 ますます多くの人が、デフレを世界の主要経済国にとっての深刻な危機と認識するようになってきたが、その危機の原因は何か、ということについては微妙な意見の差がある。ひとつの見方は――僕が日本について書いたときに説明したもので、最近の「デフレを防ぐことはできるのか」(拙訳はこちら)でも使ったが――、デフレ圧力は、本質的に構造的なものだ、というものである。つまり、その経済の実質均衡利子率はマイナスになっていて、政策決定者が何らかの方法で十分な期待インフレをつくりだし、実質利子率を現在の値よりも下げなければ、名目利子率がゼロであっても、失業率は高いままで、じわじわとしたデフレが進む、というものだ(訳注1)。

 もうひとつの見方は、デフレは本質的な危機なのだが、それは経済に内在的なデフレバイアスから生まれるというよりは、政策を間違えた結果として生まれた可能性がある、というものだ。その考え方の一般的なものは、いったん間違った政策によってデフレが始まってしまうと、デフレが続くという期待(予測)が自己加速的に進む、というものだ。そして、いったん経済がそのようなデフレの「死のスパイラル」に入ってしまうと、再び脱出するのは困難になる、というわけだ。

 この2つの見方は、お互いを排除するものではない。経済は適度なインフレか、じわじわ進むデフレかのどちらかを選択するしかなく、その中間はない、という構造的な力学(forces) がある、という考え方を信じることと、その選択をあまりにも引き伸ばしてしまったために、デフレの下方スパイラルに陥る、という考え方の両方を信じることは矛盾しない。しかし、デフレスパイラルの論理は、次にことを示唆する。もし中央銀行が慎重すぎたり、過去の戦争(訳注 インフレのこと)にまだ熱中していたりすると、均衡実質利子率がプラスの数値の経済でもデフレの罠に陥ってしまう可能性がある、ということだ。彼らが、危機の本質が変わった(訳注 危機はインフレではなく、デフレになった)と認識する頃には、すでに手遅れになっているかもしれないのだ(現在のヨーロッパの政策についての議論と似ているかもしれないが、もちろん意図的にそうしている)。

 この文章では、標準的なマクロ経済学のモデルを用いる。名目利子率ゼロの下限を導入して、つまり、流動性の罠の可能性を導入して、そのモデルを少し修正してある。また、そのモデルによって、デフレの死のスパイラルが生じる可能性と、次のインプリケーションが極めて妥当な結果として得られることを示す。そのインプリケーションとは、中央銀行は、そのスパイラルから脱出できるかもしれない、という可能性の出口を持っているが、いったんその脱出の機会を逃すと、永久にそれは閉じてしまう、ということだ。

標準的なモデル

 次のような経済を、単純な、こう言ってよければ古臭いIS-LMモデルで考えてみよう。人々の期待インフレは、「合理的に」形成されるのではなくて、適応的に形成される経済である。つまり、人々は、将来のインフレを、将来の政府の政策などを予測して形成するのではなくて、過去の経験にもとづいて形成する。ここでは、賃金決定関係に入ってくる期待インフレ率は、人々の支出決定に影響を与える期待インフレ率と同じであると想定している。そうするとこのモデルは、ドーンブッシュ / フィッシャー(Dornbush/Fischer) や、ゴードン(Gordon) の標準的なマクロ経済学の教科書で使われているモデルと似たものになる。このモデルでは、閉鎖経済のみを対象としているけど、「日本:まだはまっています」(山形氏の翻訳はこちら)で論じた開放経済のバージョンでも、基本的に同じものになる。

 扱いやすくするために、モデルは対数線形化している。最初に、「自然産出量」からの実質産出量の差 (deviation) は、実質利子率によって決まる。従って、

 y = a-b(i-n) (1)

ここで i は、名目利子率で、n は、期待インフレ率である(訳注 実質利子率 = i-n。また、(1)式はIS曲線)。

 次に、実質貨幣残高(訳注 実質貨幣残高=名目貨幣成長率-インフレ率)に対する需要は、所得と名目利子率によって決まる(訳注 次の(2)式はLM曲線)。

 m-p = c+dy-ei  (2)

 次に、インフレ率は、期待インフレ率を加えたフィリップス曲線から決まる。

 dp/dt = hy+n  (3)

(3)式の期待インフレ率 n は、実際のインフレ率に反応して徐々に修正される。

 dn/dt = k(dp/dt-n) (4)

最後に、金融政策は、名目貨幣供給率を一定の成長率で成長させるものとしよう。従って

 dm/dt = g       (5)

 このモデルを分析するに当たって、図1で示した空間で動学を考えるのが一番わかりやすいだろう。横軸は、実質貨幣ストック、m-p を表している。縦軸は、期待インフレ率 n を表している。

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 図1

 2つのスケジュールが示されている。ひとつは、y=0(訳注 dn/dt= 0)の軌跡である。つまり、産出量は自然産出量のレベルにあり、従って、((3)式から)そこでは期待インフレ率は変化しない。期待インフレは、実質利子率を下げ、そして、他の条件が変化しなければ、産出量を拡大するので、このスケジュールは右下がりになる。もうひとつのスケジュールは、実際のインフレ率と貨幣成長率とが等しくなる軌跡(d(m-p)/dt = 0)である。従って、そこでは実質貨幣量は変化しない。高い期待インフレ率は、実際に高いインフレ率を意味するので、また、実質貨幣供給が増えれば、実際のインフレ率が上がることを意味するので、このスケジュールも右下がりである。しかし、2番目のスケジュールのほうがより平らである、ということは簡単に示すことができる(訳注2)。

 矢印はこのシステムの動学を示している。このシステムの安定性は、自明的ではない。しかし、期待インフレが非常に素早く調整されなければ、安定的になるだろう(訳注3)。

 このモデルでの典型的な練習問題は、例えば、貨幣成長率が増加した場合の効果を考えるものである。そのような増加は、d(m-p)/dt = 0 のスケジュールを上にシフトする。従って、長期的に高い期待インフレ率と低い実質貨幣供給につながる。しかし、経済はその過程で、一時的に高い産出量を経験し、その後、産出量が低下した状態で、インフレ率が上がるような「スタグフレーション」の期間を経験する。これは中級のマクロ経済学の教科書によく載っている標準的な問題である。

 しかし、ここで、名目利子率はゼロ以下にはならない、ということを考えて、このモデルを少し修正しよう。つまり、貨幣需要の関数、(2)式は、ゼロの名目利子率で完全に弾力的になる。

流動性の罠を加えると

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 図2



 図2は、名目利子率のゼロ下限を加えると、前の図1の動学がどうなるかを示したものである。もちろん、名目利子率自体が、期待インフレ率と実質貨幣供給によって決まる。つまり、名目利子率は、期待インフレ率が増加すれば増加し、実質貨幣供給が増加すれば減少するように変化する。それに従って、i = 0 の利子率ゼロの直線を描くと図の点線のようになる。

 図1の2つのスケジュールは、この i = 0 の直線と交わるところで、左に折れ曲がる。つまり、そこから先では実質貨幣供給の効果がなくなるからである。そのために、その2つの曲線は水平になり、産出量とインフレ率は、期待インフレ率のみによって決まる。

 僕はこの図を、貨幣供給の増加率がゼロの場合を想定して描いている。そのために、均衡点でのインフレ率はゼロである。また、名目利子率ゼロの制約がまだ働かない場合を想定して描いている。つまり、均衡実質利子率は、まだプラスだ。それでもこの経済は、人々が十分に大きなデフレ期待を抱けば、流動性の罠に陥る可能性がある。

 この図を見てすぐわかることは、もし経済がこの図の南西の領域に入ってしまうと―― y = 0 の直線(訳注 dn/dt= 0)より下、つまりこの経済の供給能力が過剰になっている状態で、かつ、i = 0 の直線より下に入ってしまうと、つまり流動性の罠に陥ってしまうと――、脱出できなくなる、ということだ。産出量のギャップは、デフレ期待を高める。そして、名目利子率はゼロより下がらないので、これは実質利子率が上がることを意味する。そのために、産出量のギャップをさらに広げてしまう。一言で言えば、経済はデフレスパイラルに陥るのである。そして、いったん経済がそのスパイラルに陥ってしまうと、貨幣供給の増加率を加速的に上げても、(このモデルを素直に受け入れれば)そのスパイラルを止めることはできない、ということだ。

 実際には、この過程にも自然な下限がある、と考えてよいのかもしれない。1930年代の大恐慌のときも、最終的に経済の下げ止まりの底が存在した。しかし、このモデルの図は、そのような「死のスパイラル」に対する危惧が極めて妥当であることを、シンプルに説得力のある形で示してくれる。

 脱出の可能性

 デフレの初期にある経済を想像してみよう。つまり、物価はわずかに上昇しているか、わずかに低下している。でも、かなりの産出量のギャップがある。しかし、今のところ、デフレはまだ、期待インフレ形成に組み込まれていない。名目利子率もまだプラスである。直感的に考えても、この状態なら、中央銀行にとって脱出する可能性はまだ残されているとわかる。中央銀行がすぐに強力な金融拡張政策を取れば、まだ経済をデフレスパイラルから遠ざけることができるのである。しかし、その可能性を逃してしまうと、デフレは引き返すことができない点を越えて進行してしまうだろう。

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 図3


 この直感が正しいことが、このモデルによって確証される。dn/dt = 0 の曲線と i = 0 の曲線だけを描いた図3を考えてみよう。経済は最初、点Aにいると想定しよう。次にそれがどちらの方向へ進むかを決める要因としては、直近の期間の貨幣成長率が決定的に重要だ。急速な貨幣成長率の増加があれば、経済はBのような経路をたどり、流動性の罠を避けることができる(訳注 横方向が実質貨幣成長)。しかし、中央銀行が慎重で、はっきりとした証拠によってデフレを確認できるまで行動するのを待っていたなら、経済はCのような経路をたどる。こうなってしまうと、より積極的な拡張政策が間違いなく必要だ、と気づいた時には、すでに手遅れなのである。

 もちろん、これは非常にシンプルで、かなり単純化したモデルでの結果にすぎない。しかし、現実の世界との関連性は十分妥当で、心配させるのに十分だ。保守的な金融政策が、最近の日銀にとってそうであったように、ヨーロッパの中央銀行にとっては、慎重で責任ある態度に見えるのだろう。しかし、後から振り返ってみて、慎重だと思っていた態度が実は恐ろしく愚かだった、なんてことになるかもしれないのだ。

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訳注1) 均衡実質利子率= 完全雇用の状態で(自然産出量のレベルで)、貯蓄と投資を均衡させる利子率。この頃のクルーグマンの文章にはよく出てくる。「日本:まだはまっています」(山形氏の翻訳はこちら)や「デフレを防ぐことはできるのか」(拙訳はこちら)にもう少し詳しい説明があります。

訳注2) このIS-LMは、通常のモデルと違って、m-p(名目貨幣成長率-インフレ率=実質貨幣成長率)と期待インフレ率nの空間に描かれています。クルーグマンは、期待インフレ(デフレ)と中央銀行の貨幣供給との関係を見たいわけです。

 クルーグマンは、y = 0 の軌跡と言いながら、図の軌跡はdn/dt = 0 となっています。クルーグマンが言うとおり、dn/dt = 0 ということは、期待インフレ率が時間に対して変化しないということなので、定常均衡状態にあることになります(経済が、AS-ADモデルの自然産出量の位置にいると考えるとわかりやすいです。→ そのときの期待物価水準 → 変化しない)。この論文では、y は自然産出量との差なので、y=0 は産出量が自然産出量に一致しているときです。
 代数的に考えても、(3)式を(4)式に代入すると dn/dt = hky となるので、y = 0 の軌跡とdn/dt = 0 の軌跡は一致するとわかります。

 また、y = 0 の軌跡は、産出量が自然産出量に一致しているときなので、均衡状態にある長期的なIS曲線となります。一方、一般的にd (・) /dt = 0となるのは、その変数の時間を通しての変動が止まる(定常均衡状態に到達した)状態です。d(m-p)/dt = 0 は、何らかの影響があってLM曲線がシフトし、最終的に均衡状態に到達したときのLM曲線になります。

 この2つの軌跡に関する、クルーグマンの説明はわかりにくいと思う(そう感じるのは私だけ?)・・・
(1)dn/dt = 0の傾き
これは上述のように、y = 0 の軌跡。
クルーグマンの説明、「期待インフレ率は、実質利子率を下げ、そして、他の条件が変化しなければ、産出量を拡大するので・・・」
 クルーグマンが言うように、期待インフレ率n が増加すれば、産出量y が増えます。また、貨幣供給m-pが増えても、産出量 y は増加します。でも y = 0 の軌跡上では、y は変化しませんから、n の増加で y が増えていれば、m-p は減少しないといけません。だから、(m-p,n)の空間では右下がりになる、ということ?
 これは、(1)から(5)までの方程式から、dn/dt の式を、n と m-p の変数だけの式に直し、dn/dt =0としてn と m-p の関係を導き出しても、わかります。

(2)d(m-p)/dt=0の傾き
クルーグマンの説明、「高い期待インフレ率は、実際に高いインフレ率を意味するので」。
 これはこういうことでしょうか? 右方向が m-p が大きくなる方向で、期待インフレ率nが下がると、インフレ率 p が下がり、m-p が大きくなるので右下がり。
 また、これも、d(m-p)/dt = 0 の式を代数的に導けばわかります。

(3)d(m-p)/dt = 0 の傾きのほうが平らになる。
 d(m-p)/dt = 0 はLM曲線だから、IS曲線(=dn/dt=0)とどちらが期待インフレ率 n の影響を受けるか、ということでしょうか?期待インフレ率 n の変化は直接pの変化につながるからM/Pの変化のほうが大きくなる。一方、期待インフレ率 n のIS曲線への影響は、乗数効果を通じてなので、直接的ではない、ということ?
 これも、d(m-p)/dt = 0 の式と、前のdn/dt = 0 の式との、m-p と n の係数を比べればわかりますが。

訳注3) 図1の位相図を見てもわかりますが、dn/dt とd(m-p)/dt の2つの微分方程式から、安定的にならない、ということがわかると思います(たぶん・・・)。
「そのうち」、↑訳注2)、訳注3)のところで計算した結果をアップするつもりです。

クルーグマン、「デフレを防ぐことはできるのか?」

Paul Krugman, "Can Deflation be Prevented?"  (Feb 21 1999)

これの翻訳です。英語の原文は → こちら
hicksian さんから紹介していただきました。

古いもの(1999年)ですが、今でも読む価値はあると思います。

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デフレを防ぐことはできるのか?

 今週のエコノミストの特集を見ると、どうやらこの雑誌も公式にデフレを認める気になったようだ(訳注1)。インフレではなく、今やデフレが世界の経済の関心の的になっている。昨年、ほとんどの先進国で生産者価格は低下した。フランスとドイツでは、消費者物価はここ6ヶ月、低下し続けている。日本では、昨年、実際賃金が4%低下した。ブラジルでも、最近の経済危機まで、物価は下落していた。中国と香港でも、物価は低下し続けている。おそらくいくつかの他の発展途上国でも、もうすぐ物価が下がるだろう。

 今のところ、これらの物価の下落は、大恐慌のときのような劇的なデフレにはなっていないようだ。しかし、広がりつつあるデフレというのは、心配させる現象だ。それは、すぐに経済的な影響があるだろう、というだけでなく、僕を含めて多くのエコノミストたちが、最近まで、持続するデフレというのを基本的にありえない現象だと考えていて、そもそも関心を寄せるような問題とは考えていなかったからだ。

 ポイントは、デフレというのは簡単に防ぐことができるはずだ(あるいは、そう僕らが考えていた)、ということだ。確かにお金を刷るというのは、政府にとっては、うれしい仕事のはずだろう。実際、輪転機に手かけることができないので政府は苦しんでいるはずだ、というのが政治経済学では決まり文句になっていた。たくさんの論文が、お金をたくさん刷りたいという誘惑は、不換紙幣経済 (fiat-money economy) では、執拗なインフレバイアスになる、と主張してきた。世界の多くの国が、貨幣政策は政治の影響から隔離された独立した中央銀行によって行われなければならない、という考えを受け入れていて、中央銀行の法律に、それは物価の安定性を主な、しばしば唯一の、目標としなければならない、と書き込んできた理由は、こうした当たり前のものと思われてきたインフレバイアスと戦うためである。

 と言いながらも、デフレは結局深刻な問題になりつつあるし、政治家も、デフレを防ぐのは、あるいは反転させるのは、思っていたほど簡単じゃない、と気づき始めている。

 どうしてこんなことが起こっているのだろうか。また、それは政策にとって何を意味するのだろうか。この文章の目的は、これまでの経済学の理論は、実際この問題に対するいくつかの答えを与えてくれる、ということを示すことにある。そして、その答えは、これまでの政策の考え方に真っ向から対決するものだ、ということを示すことにある。いや、その答えを受け入れるのが難しいからこそ、デフレは深刻な危機なんだ、と言ってもいいくらいだ(この文章は、僕が以前に書いた、日本についての文章、特に「日本、まだはまっています」(山形氏の翻訳はこちら)と一緒に読んでもらいたい。しかし、今回は、より一般的な方向から書いている)。

 この文章は、4つの部分からなる。最初の部分では、デフレは単純に世界の供給能力が過剰になった結果だ、というよく言われている意見と、その意見の問題点を検討する。2番目の部分では、最近次第に認識し始められた問題について論じる。つまり、デフレに対する心配は、ある危機的な点を過ぎると貨幣供給の効果がなくなる、という流動性の罠の理論と結びついて初めて、本当に意味をもってくる、ということだ。3番目の部分で、より深いレベルに入っていく。デフレ圧力を、望まれている投資に比べて望まれている貯蓄が多すぎる、という点と関連付ける。その見方は、一見すると逆説的に思われるデフレ圧力の解釈につながるけど、僕はそれがデフレを理解するために非常に重要だと考えている。最後の部分では、深刻なデフレの脅威の出現から得られる政策的なインプリケーションについて考えてみる。

1.供給能力の過剰?

 経済雑誌を読むと、しばしば次のようなデフレについての単純な解釈を発見することがある。グローバリゼーションの影響で、つまり、それにともなう投資の増加や生産性の急速な向上のために、世界の供給能力は、今や、以前に比べて急速に拡大している。一方、需要は同じ調子で成長していない。理由は、おそらく所得が不均等に分配されているためか、あるいは、アメリカ以外の国では、消費者が欲しいものをほとんど買えてしまっているためだろう。そのために、世界的に見て供給が過剰になっていて、それが執拗な物価の低下につながっている・・・ というような具合だ。

 多くのエコノミストがこの考えを受け入れ難いと感じてきた理由を知りたいなら、ほとんどのマクロ経済学の教科書に載っている、単純な総供給と総需要の図(AS-AD)を見てみればよい。供給能力の過剰という単純な話を主張している人が言っているのは、次のようなことだろう。総供給が増えれば、図1が示しているように、総供給曲線(AS)が右にシフトする。そうなれば、他の条件に変化がなければ、確かに物価水準の低下につながる。でも、どうして他の条件が同じでなければならないんだ? 特に、どうして中央銀行は、単純に貨幣供給を増やしてはいけないのか? そうすれば、AD曲線(総需要曲線)が同じだけ右にシフトして、デフレを防ぐことができるのに? しかも、そうすれば、あらゆる点から見て、みんなが利益を得る。生産量は増えるし、仕事も増えるし、何と言っても、安定した物価が達成されるのに!

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図1





 確かに、固定為替レートを採用している国は、デフレに直面しても、自由に貨幣を供給できない。しかし、それだからこそ、香港やブラジルのデフレは、(実際問題は別として)理論的にはそれほど問題ではないことになる。でも、日本やユーロやアメリカのような大きな経済国は、変動為替レートを採用していて、貨幣を好きなだけ供給できる。それなら、デフレを防ぐのは簡単なはずじゃないか。
 
 しかし、日本の経験から、それが簡単でないということがはっきりした。なぜか?

2.流動性の罠

 マクロ経済学の教科書に従えば、右下がりの総需要曲線は、物価水準の変化による実質貨幣供給(訳注 M/P)の変化から描くことができる(訳注2)。その関係の標準的な説明は次のようなものだ。物価水準Pの低下は、実質貨幣供給M/Pを増加させる。これが利子率を低下させる。そして、より高い投資につながり、従って総支出を増加させる。この関係は、M/Pを通して作用するので、Mを増加させれば、総需要曲線ADを上に(右に)シフトできるのである(混乱を避けるためにあらかじめ言っておくと、Mはマネタリーベースで、それより広い貨幣の種類とは受け取らないこと)。Mを増加させるのは簡単なので、ADをシフトさせるのも簡単である。

 しかし、その2つの関係が壊れている、と想定してみよう。特に、ある点を過ぎると、M/Pの増加が支出の増加に結びつかなくなる、と想定してみよう。こういうことが起こる原因としてもっとも可能性が高いのは、利子率がすでにゼロの近くになっていて、従ってこれ以上下がらない、という場合である。といっても、Mの増加は、AD曲線を上へシフトさせる。しかし、右へはシフトさせないのである。
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図2



 図2は、この点を示している。AD曲線はある点までは、通常の傾きをもっていて、ある物価水準より下では、つまり、あるM/Pの水準より下では、垂直になっている。理由は、その部分では、実質貨幣供給を増加させても、実質支出にこれ以上影響を与えないからだ。貨幣供給の増加は、ADからAD’へのシフトに示されているように、AD曲線全体を上へシフトさせるが、流動性の罠に入っている部分では、右にシフトしない。しかも、もしAS曲線が右にシフトして、さらに経済を流動性の罠にはまりこませてしまえば、金融政策はもはやデフレを防ぐ効果をもたなくなってしまう。

 つまり、世界経済全体が、あるいはその中の経済大国のどこかが、執拗なデフレ圧力に直面している、という議論が重要なのは、その経済がこの流動性の罠に陥っているか、陥りつつある、ということも想定しなければいけないからだ。もちろん、日本はその流動性の罠に陥っている。そしてヨーロッパやアメリカも流動性の罠に陥るかもしれない、と危惧される。しかし、どうしてそのような現象が起こるのか。それについてより深く見ていこう。

3.貯蓄、投資、そして、デフレのパラドックス

 インフレーションはいつでもどこでも貨幣現象だ、というミルトン・フリードマンの言葉は、もっとも有名なマネタリストのフレーズだけど、僕の長い間のお気に入りは、ルディ・ドーンブッシュ (Rudi Dornbush) の「実質値を動かすには、2つの名目値が必要だ」、という言葉である。貨幣供給のような名目値の変化は、例えば賃金のような他の名目値が十分「粘着的」("sticky") で、そのためにその名目値(訳注 この場合は貨幣供給)に足がかり (traction) を与える場合にだけ、実質経済に影響を与えることができるのである。

 逆の場合も当てはる。実質経済の変化のためには、いつでも2つの名目値の変数の比が変化しなければならない。だから、分子と分母がどのように変化するかを決めるメカニズムを見ないといけない。例えば、通常、総供給の増加は、実質貨幣残高M/Pを増加させる。しかし、Mが十分に増加しない場合には、Pが低下する結果になるのである。

 それでは、実態経済の変化が物価の低下圧力につながるのを説明する、粘着的な名目値の変数は何だろうか。固定為替レートを採用している国ならば、答えは明らかに名目為替レートである。実際、香港で起こっていることは、この経済の外部の環境の変化によって、実質為替レートを減価しなければいけない状況である。少し擬人化して言えば、経済が実質為替レートの減価を「望んでいる」のである。しかし、名目レートは固定されているので、これは国内市場の物価が低下することで達成されることになる。

 しかし、固定為替レートを採用していない国、例えば日本のような国の経済でも、どうやら執拗なデフレ圧力が発生しているのは、どうやって考えればいいんだろうか。このように考えてみよう。経済の実質サイドは、たくさんの物の需要と供給とを均衡させる相対価格(名目価格ではなくて)を決定する。そのような相対価格には、将来の物価に対する現在の物価も含まれる(これは実質利子率の奇妙な言い方なんだけど、我慢してほしい)。この相対価格を簡単に考えるなら、その相対価格が、貯蓄の供給と投資の需要とで決まると考えればいいだろう。それを図3で示してある。両者の曲線は、完全雇用を想定した場合のものである。

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 図3


 そこで、この相対価格のそれぞれの部分について見ていこう。Pが現在の名目価格水準、i が1期間の名目利子率、そしてPeが期待された将来の価格水準としよう。将来の物の価格との関係で見た現在の物の価格――つまり、現在の物を1単位多く消費するために、将来あきらめなければならない将来の物の量――は、P(1+i)/Peである。少し経済学風に書けば、(1+i)(P/Pe)である。

 誰もが認めていることは、現在日本で起こっていることは、日本の人々が完全雇用の状態で貯金したいと思っている貯金の量は、企業が収益を見込めると考える投資(海外投資も含めて)の量よりも多い、ということである。これは、原理的に言ってこうなるが、将来の物の価格と比べて、現在の物の価格が、図3に示されているように、その両者(訳注 貯金と投資)を均衡させるレベルよりは上だ、ということを意味する。明らかに、経済はP/Peの値が下がることを「望んでいる」。これは、香港の経済が実質為替レートの減価を「望んでいる」のと同じである。しかし、Peは粘着的 (sticky) であるので、つまり、人々は将来の物価についてなんとなく固定した考えを持っているので、調整は、現在の価格Pの下落によって行われることになる。

 しかし、P/Peの値が下がることは――将来の期待価格水準と比べて現在の価格水準が下がることは――、現在と比べて将来の期待価格水準が高くなることと同じである。いわゆる、期待インフレ率が高くなるわけである。従って、僕らは否応なく逆説的に思われる結論に導かれる。

 日本のタイプのデフレは、その経済が、必要とする期待インフレ率を手に入れようと「がんばっている」(trying) やり方だ、ということになる。

 この結論は奇妙に聞こえるかもしれないが、考えてみると、資産価格を考えるときによく使うロジックと同じである。ある国が利子率を下げたと想定してみよう。そのために、その国の国債は投資家にとって、彼らがその通貨の価値が上がると期待していなければ、魅力がなくなる。次に起こることは、ドーンブッシュが教えてくれるように、通貨の価値の下落である。つまり、将来上がると期待されるように、長期的な平均の価値よりも下の価値に下がるのである。流動性の罠の状態でのデフレも同じロジックである。つまり、物価が将来上がると期待されない限り、現在の支出に魅力がなくなっているので、現在の物価水準が「押し下げられている」のである。

 もちろん両者には、資産価格と違って、ある経済の総物価水準は、急激に低下したり、簡単に落ちたりしない、という違いがある。でもそれだからこそ、経済が必要なインフレ期待を生み出そうと「がんばる」ので、その経済はゆっくりとした、じわじわとしたデフレのプロセスに身を委ねるのである。そして、これは大いに憂慮される事態だ。なぜなら、このじわじわとしたデフレが、いったん期待に(Peを下げるような期待に)組み込まれたら、今度は自己加速的なデフレの下方スパイラルになるかもしれないからだ。

4.政策的なインプリケーション

 エコノミスト誌が示した心配というのは、簡単に言えば、近い将来、世界の多くの国が日本のようになるだろう、というものだ。つまり、単純に貨幣供給を増加するだけでは相殺することができないデフレ圧力に直面するだろう、というものだ。では、どうしたらいいのだろうか。

 ひとつの答えは、貯蓄と投資のギャップをなくす構造改革を敢行するというものだ。楽観的な人々は、銀行に資本を注入すれば、日本はよみがえるだろうなんて考えている。しかし、これは、理論や証拠をまったく欠いた論理の飛躍もいいところだ。

 2番目の答えは、貯蓄と投資のギャップを、政府支出を増やすことで埋める、というものだ。言うまでもなく、この解決策の問題点は、政府の長期にわたる支配能力の問題だ。日本もまた、この方法を取ろうにも、すでにその点で限界に近づいている(訳注3)。

 このように考えていくと、これまでとは違った政策が必要だという結論をとらざるを得なくなる。特に、ある種の新しい金融政策である。一時的な政策として、もし中央銀行が短期の国債とは別の資産に対して公開市場操作を行えば、流動性の罠の状況でも金融政策は有効になる。例えば、日銀は、そのような方法で日本の長期国債の需要を高めることで、確かに現在のような状況でも、経済にプラスの影響を与えることができるだろう。しかし、そのような政策は、短期においてはかなりの影響を与えることができるかもしれないが、長期的にそれが効果を持つようにするためには、日銀は、実際、発行されている関連資産のかなりの部分を買い取らなければいけなくなる。そうすると、中央銀行の本来の役割に、あまり気分がいいものではない疑問の目が向けられることになるだろう。

 だから、持続するデフレ圧力に対する解決策として、今や悪名高き「管理されたインフレ」政策が浮かび上がってくるわけだ。デフレとは、前のところで説明したように、経済が必要とする期待インフレを手に入れようと「がんばっている」結果なのだから、デフレを避けるための解決策としては、将来の価格水準は現在に比べてかなり高くなる、ということを信認ある形で約束することで、その期待インフレを与えてやればいいことになる。

 実は、僕が心配しているのはこの点なんだ。心配しているのは、インフレを約束することでデフレと闘うという考えが、気ちがいじみているからではない。実際これは、きわめて標準的な経済モデルから引き出された当たり前の結論だ。デフレ圧力が、利子率がゼロであっても貯蓄と投資とのギャップが生じているために発生している、といったん認めておいて、この結論を否定するというのは理解できない。
 しかし、この考えは、ある人々には気ちがいじみて「聞こえてしまう」――そこが一番の問題なんだ。これまでの長い仕事で、インフレの害悪と物価安定のすばらしき公徳を説いて回ってきた財務大臣や中央銀行に、あなたたちの物価安定化政策は、今回の問題に関しては役立たずです、なんてどうやったら説得できるだろうか。

 もしデフレ圧力が日本の場合のように強くて、そして、エコノミスト誌の予感が的中して、まもなく世界の他の国でもそうなるのなら、中庸な政策なんていうのは無意味だ。政策が経済が必要としている期待インフレを与えるか?それとも、経済が自分自身で、じわじわとしたデフレによって、その期待インフレを手にいれようとするか? そのどちらかでしかない。この命題は、逆説じみて聞こえるかもしれないが、実際簡単な経済理論でわかる問題だ。真ん中の方法を探す試み、つまり十分に高いインフレではなくて、単に価格安定性を求める試みは、必ず失敗するだろう。

 手短にまとめれば、もしあなたが、デフレが今や世界的な脅威になっている、と本当に信じるなら、これまでの慣習的な考えで責任ある方法と認められてきた範疇の外にある政策でしか、その脅威を押さえ込むことはできない、ということも信じなければいけない。そして、そういう慣習的でない考えを財務大臣や中央銀行に期待すること(通常の時なら、求めること)が難しいからこそ、デフレが世界的な災いになるかもしれない、というのが今や本当の危機になりつつあるのだ。

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訳注1) 1999年2月18日の記事。これです。これも古い記事で、そのうちリンク切れになると思いますので、関心のあるかたは、お早めに。

訳注2) 簡単なモデルを説明するときの、クルーグマンの説明は例によってわかりにくい(例えば、IS-LMモデルの初歩について説明している、「IS-LMentary」というブログの記事もわかりにくい)。
 AS-ADモデルでは、産出量Yと物価水準Pの関係が描かれる。だから、Pの変化に対して、産出量Yがどうなるかを描けばよい。IS-LMモデルには物価が出てこないけど、そこに物価の変化を導入するためには、貨幣供給M/PのPが変化したと考えればよい。Pが下がっていくと、M/Pが大きくなる。M/Pが大きくなると、IS-LMモデルでは、LM曲線が下にシフトする。
 だから、AS-ADモデルでAD曲線を描くには、IS-LMモデルでLM曲線をシフトさせていって、その均衡点の軌跡を描けばよい(そうすると、結局IS曲線と同じになるんだけど)。
 ブランシャールが同じ流動性の罠を論じていて、同じモデルで説明している。拙訳は、こちら。といっても、ブランシャールはクルーグマンを参考にして書いているんだけど。

 以下の部分で、重要なのはM/Pの変化だ、と出てくるが、M/Pの変化は、IS-LMモデルとAS-ADでは異なって表れる。IS-LMモデルでは、M/Pの変化はLM曲線をシフトさせる。例えば、M/Pが大きくなれば、LM曲線は下にシフトする。
 でも、AS-ADモデルでは、M/Pの変化だけでは、AD曲線がシフトするのかどうかはわからない。Mが大きくなれば、AD曲線は右にシフトする(逆の場合は、左)。一方、Pの変化では、AD曲線はシフトしない。それは、AS-ADモデルが、(Y,P)の空間に描かれているから。一方、IS-LMモデルは、Yと、i(名目利子率)あるいはr(実質利子率)の空間に描かれる。

訳注3) この頃はクルーグマンは、金融政策をより重視していたのでこう書いているけど、最近は財政政策も重視するようになったみたいだ。これについては、『さっさと不況を終わらせろ』。

エガートソン (Gauti Eggertsson)、「労働のパラドックス」(4)

前の部分からの続きです。
(1) 1 イントロダクション "Introduction" は→ こちら
(2) 2 モデルの設定、3 長期と短期  → こちら
(3) 4 人々がより多く働こうとするとどうなるのか → こちら
今回は、これ↑の続きです。4回目。
本文中で数式に言及されていて、その式が前の部分にある場合があります。

英語の原文はこちら→ http://www.newyorkfed.org/research/staff_reports/sr433.pdf

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5 ゼロ金利制約の奇妙な世界

 この節では、短期の名目利子率はゼロであり、産出量の低下と物価の低下が生じている。つまり、景気後退期 (recession) である。この環境が、この論文の中心的なテーマである労働のパラドックスを生み出す。その理由は、労働需要曲線が、今度は、実質賃金に対して右上がりになっているからである。
 そこで今度は、C1の条件が働き、名目利子率ゼロの制約がある場合のショックを考えてみよう。さしあたり、ψ^=0と想定しておこう(ψ:人々が、労働の不効用と比較して、どのくらい消費の効用を評価するか、ということに影響を与える)。このショックについては後で導入しよう。ここでは、
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のショックに焦点を当てよう。
 このショック、rが労働のパラドックスにつながるので、ここで次のような疑問を考えてみよう。このショックはどこから来たのか、ということだ。このモデルの一番単純なヴァージョンでは、rのマイナスのショックは、前の節で見た選好に対するショックと同じである。従って、期間t<τにおける、ξの低下(そして、それは確率μでそれぞれの期間で定常状態に戻る)に対応している(訳注 原文では1-μ になっているが、前の議論から言うと、μだと思います)。突然みんな貯金を増やそうと思う。そして、産出量を定常状態に保とうと、実質利子率が低下するのである(訳注 ξは、人々が、将来の効用と比較して、どのくらい現在の効用を評価するか、ということに影響を与える)。
 しかし、よりソフィスティケートされたな解釈を与えることも可能である。 Curdia and Eggertson (2010) は、Curdia and Woodford (2008) に依拠して、債権市場の摩擦 (financial frictions) に関するモデルが、この論文と同じ方程式で表せることを示している。そのようなよりソフィスティケートされたモデルでは、このショックは、債務者が破綻する確率の外生的な増加に対応している。この解釈の優れたところは、rがリスクフリーの名目利子率と、リスクがある債権に支払われる利子率との差(ウェッジ、wedge)で表すことができる、ということである。これは、実際のデータによっても確認できる。アメリカでは、このウェッジが2008年の金融危機の際に拡大し、rの大きなマイナスのショックの実証的な証拠を提供している。また、この考え方は、大恐慌の分析にも適応できる。Del Negro, Eggertsson, Ferrero, and Kiyotaki (2009) は、同じ議論をもう少し複雑なモデルで示している。彼らの場合は、ある資産は「流動性が低い」"less liquid" のだが、その場合でも、名目利子率の下落と、デフレ圧力を引き起こしている。いずれにせよ、この論文のモデルでは、銀行や債務者の破綻の可能性が増大することで特徴づけられる金融危機が、景気後退の発端と仮定している。

 このモデルの仮定では、rは、それが定常状態に戻るある確率的時間τまでは、つまり短期sの期間では、マイナスのままである。従って、金融政策は次のようなものになる(訳注 (18)式から)。
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(31)

(32)

 そこで、総雇用に関する、需要と供給の図に戻ってみよう。総供給の式は変わっていない。わかりやすいようにもう一度引用しておこう。
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(33)

 変化しているのは、労働需要である。もう一度、期間t≧τでは、π=Y^=l^=0である、ということを思い出そう。また、t<τでは、次の期間のインフレ率は、(確率μで)ゼロか、(確率1-μで)期間tと同じ値、つまりπ=πsである(訳注 「確率1-μ」の部分、原文ではμとなっていますが直しました)。最初に、次の消費のオイラー方程式を考えてみよう。
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(34)

 前の場合(訳注 名目利子率がプラスのとき)との、重要な違いは、今度はショックrが現れていることである。なぜなら、中央銀行が名目利子率をカットすることで、それを相殺することができなくなっているからだ。名目利子率はゼロである(従って、前の場合とは違って、Φππの項が消えている)。(訳注、前の場合との違い→(29)式と比較するとわかりやすい。Φππが消えるのは、(18)式の金融政策のルールから)。そこで、上記の式に、次の企業の価格決定式を組み合わせて
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 (35)
Y^=l^を使って、(35)式を(34)式に代入すれば、次の労働需要式を得る。
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 (36)

 再び、労働需要と労働供給の関係を(l,W)空間で描いてみると役に立つだろう。
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 図3


 
 最初に、μ=1の場合の特別なケースについて考えてみよう。つまり、ショックξ が、期間1の間に定常状態に戻る確率は1である。その場合が、図3に示してある。これは、期間0における均衡の決定にしか対応(適用?)していない(訳注 この文章の意味は? これ=図3のこと?)。均衡は、2本の実線が交わるところ、点Aである。命題2(Proposition 2) から、均衡は定常状態よりも下である。産出量も雇用も「一番いい状態 ?」(first best) よりは下、ということだ。つまり、景気後退期である。

 点Aでは、雇用は、垂直な労働需要曲線のために、完全に需要側によって決定され、しかもショックショックrだけで決まるのである(訳注 (36)式から、μ=1ならWの項が消え、労働需要が賃金と関係なくなる。そして、rの項だけが残るので)。所与の労働需要の量では、賃金は、労働供給曲線が、垂直の労働需要曲線と交わるところで決まる。これは強調しておかなければならない。雇用は、完全に需要によって決まるのである
 また、このモデルにおいて、企業は独占競争企業で、企業が設定した価格で、消費者が需要するなら、その量をどれだけでも生産する、ということも強調しておかなければならない。従って、労働需要は、C=Y の制約の下で、独占競争企業の価格決定式と、消費者のオイラー方程式によって決まるのである。本質的にこの均衡を決めるのは、労働者が需要する、(34)式から決まる生産財の量になる。つまり、その生産財の量が、それを生産するために企業が雇う労働者の数を決めるのである。

 次にμ<1の場合の効果を考えてみよう。今度の場合は、(産出)収縮が、1期間よりも長く続くと期待(予想)される。収縮が将来も続くかもしれないという期待(予想)が、労働需要曲線をシフトさせる(訳注 正確に言えば、図のように、回転)。そのために、労働需要曲線はよりフラットになり、均衡は点Bになる。労働需要曲線はもはや垂直ではなくなっている、しかも右上がりである、ということに注目してほしい(訳注 (36)式から、μ<1ならば、Wの係数がプラスになる。従って、労働需要はWに比例する)。
 こうなる一番の理由はインフレ率である。つまり、期待インフレ率 (1-μ)πが高くなると、(34)式が示すように、需要される産出量が増加する。なぜなら、所与の(一定の)名目利子率の場合(今の場合は名目利子率i=0)、期待インフレ率が増加すれば、実質利子率を同じだけ下げるからだ。そのために、将来の支出に比べて、現在の支出が安くなり、需要を増加させるのである。反対に、期待インフレ率がデフレの場合、(1-μ)πがマイナスの場合、将来の消費に比べて、現在の消費を高くするので、支出を抑圧することにつながるのである。(訳注1)

 (35)式から、実質賃金とインフレ率が1対1の関係で決まることがわかる。なぜ、前の節の場合と違ってくるのだろうか? 前の節では、中央銀行が、インフレ率(デフレ率)の増加に対して、名目利子率を1対1以上の割合で増加させる(減少させる)ことで対応できた。しかし今の場合は、インフレ率はゼロ以下である。(18)式の金融政策ルールに従えば、中央銀行が目標としているインフレ率よりも下である。そして、中央銀行は、名目利子率をゼロ以下に調整できない。従って、中央銀行は、インフレ率が上昇すれば(正確に言えば、デフレ率が減少すれば)、うれしく思うだろう。そして、インフレ率(将来の期待インフレ率)が増加しても、名目利子率を上げるようなことはしないだろう(訳注2)。なぜ労働需要曲線の傾きが、名目利子率ゼロを境に変化し、今や右上がりになるのかを理解する鍵は、ここにある。(訳注2)

 さらに、(34)式の右の項に、さらに収縮が期待(予測)されていることを示す(1-μ)Y^があることに注目してほしい。人々がさらに将来の収縮を予測すると、短期のショック(まだ続くと予測されている)と期待デフレ率の影響が、マイナスのY^によって、さらに大きくなってしまう。そのために、μが減少するにつれて(つまり、短期が「長くなる」と予測されるわけである)、雇用の低下、賃金の低下、産出量の低下、インフレ率の低下がより大きくなるのである(訳注 上のグラフで、μが小さくなるにつれて、労働需要曲線がフラットになり、労働供給曲線との交点で決まる均衡の産出量が低下していくことがわかる)。実際、雇用と賃金の低下は、μの減少につれて、際限なく低下し、やがてモデルが崩壊する (explodes)。決定的な瞬間μの確率のときに(←訳注 バーが上についています)、2つの直線は平行になり、解は存在しなくなる。(33)式と(34)式から、これが起こるのは、ちょうど条件C2が破られるときだと簡単にわかる。いったん、μを超えてしまうと、このモデルは、一意の有界の解をもたなくなり、わたしたちの手中にある政策では、均衡が達成できない。例えば、Eggertsson (2009) で検討された、μの減少が引き起こす大きな影響のインプリケーションは、ある程度のパラメーターの変化や、比較的小さいショックでも、このモデルでは産出量と雇用の大きな変化が発生する、というものである。これは、数量的な観点から言えば、労働のパラドックスのような問題は、重大な問題になりうる、ということを意味している。そろそろ、その労働のパラドックスを見る時間になったようだ。

6 労働のパラドックス

 労働のパラドックスは、前節の筋書き の中に現れている。選好を表すパラメーター ψが労働供給をシフトさせる。しかし今や、労働需要曲線は、賃金に対して、右下がりではなくて、右上がりになっているのだ! さらに、条件C2のために、労働需要曲線は労働供給曲線よりも傾きが大きくなっている。従って、人々がより多く働こうとする結果は、図4の点Bに示されているように、均衡状態では、みんなより少なく働くことにつながってしまうのだ。
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 図4



 このロジック(筋書き)は、次のようなものだ。労働供給の増加は、総賃金を減少させる。それが今度は、労働者の所得を減少させ、物やサービスに対する彼らの支出を減少させる。このデフレ圧力が、実質利子率を増加させる。しかし、それに対して、中央銀行は名目利子率を下げることで相殺(対処)できない。こうして財に対する需要が減少する。企業は、消費者の財に対する需要を満たすのに必要なだけしか労働者を雇わないので、総雇用量は減少してしまう。
 どうして同じロジックは、通常の状態には適応できないのか。理由は、通常の場合なら、労働供給が右にシフトして、賃金と価格を下げる圧力が生じた場合、中央銀行は、Φπ>1という金融政策ルールに従い、名目利子率を[インフレ率に対して]1対1以上の割合で減少させ、それに対処するからである。そのために、実質利子率が低下し、現在の支出を安くし、産出と雇用を増加させる。しかし、名目利子率ゼロの状態では、名目利子率のゼロ制約のために、これができない。そのために、パラドックスが生じるのだ。


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 図5


 上の直感的な説明は、図5によって、さらにはっきりするだろう。しかし、(著者も含む)ある読者にとっては、動学方程式を見ることで、直感を簡単に結論に発展できるだろう。ψの負のショックがあり(人々はより多く働こうとする)、それが続くと予想されたとする。そうすると、AS関係(図5の右側の式)で、すぐに価格に対するデフレ圧力につながる(訳注 ψがマイナスになれば、インフレ率 πが減少する)。なぜなら、それが企業の賃金コストを下げるからである。このことが、今度は、Aの矢印が示すように、(左側の式の)AD関係の期待インフレ率を減少させる。そして、実質利子率(訳注 i-Eπt+1)を増加させる(なぜなら名目利子率iは、ゼロで固定されているから)。そのために、Bの矢印が示すように、需要を減少させる。しかし、これで話は終わらない。人々は、これが次の期間もかなりの確率で続くと期待する。そのために、Cの矢印で示されるように、さらなる収縮が続くことになる。これは、Egertsson (2009)でさらに議論されているが、労働のパラドックスの数量的な重要性は無視できないものだ、ということを示している。

 倹約のパラドックスについて、少し見ておこう。人々の貯金に対する選好が増加することは、ξが減少することを意味する。それが、rをさらにマイナスにする。そのために、労働需要曲線がマイナス方向に(左に)シフトし、さらに低いインフレ率と低い産出量につながる。内生的な資本蓄積を想定すると、このパラドックスはより興味深いものになるだろう。なぜなら、もしみんなが貯金しようとしたなら、総貯蓄がなくなる(collapse)、と示されるからだ(この論文のモデルでは、生産物はすべて消費されるので、技術的に貯金は不可能である)。これは、Egertsson (2009) で論じられている。その2009年の論文では、内生的な資本蓄積を想定したモデルでも、労働のパラドックスが発生することを確認している。

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続きは→ こちら。 


(訳注1) ここで述べられている、賃金と労働需要の関係をまとめると。
賃金が高くなる→インフレ率が上がる→実質利子率を下げる→労働者(=消費者)が消費の計画を変える。実質利子率が下がり、将来に比べて現在の消費が安くなるので、消費を増やす→企業の生産物の需要が増える→労働需要が増える。ということで、賃金と労働需要は、比例することになり、労働需要曲線は右上がりになる。
 反対の場合、デフレの場合。賃金が低下する→インフレ率が下がる→期待インフレ率が下がる→実質利子率が上がる→労働者(=消費者)が、消費の計画を変える。実質利子率が上がり、将来に比べて現在の消費が高くなるので、消費を減らす→生産物の需要が減る→労働需要が減る。同じように、賃金と労働需要は比例し、労働需要曲線は右上がりになる。

(訳注2) 「インフレ率(将来の期待インフレ率)が増加しても、名目利子率を上げるようなことはしないだろう。」目標としているインフレ率よりもまだ低いので。
中央銀行はインフレ率が上がっても、前節の場合のように、名目利子率を上げない。つまり、狙ったインフレ率までは上げない。そのために、インフレ率が上昇すれば、実質利子率が減少する。



エガートソン (Gauti Eggertsson)、「労働のパラドックス」(3)

前の部分からの続きです。
(1) 1 イントロダクション "Introduction" は→ こちら
(2) 2 モデルの設定、3 長期と短期  → こちら

今回は、これ↑の続きです。3回目。本文中で数式に言及されていて、その式が前の部分にある場合があります。

英語の原文はこちら→ http://www.newyorkfed.org/research/staff_reports/sr433.pdf

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4 人々がより多く働こうとすると何が起こるのか。
 
最初にイントロダクションで示した単純な仮定をもう一度考えてみよう。人々がより多く働こうとしたら、どうなるだろうか。最初に、「通常の状態」でこの問題を分析してみよう。つまり、前節で示したC1の条件は働かず、名目利子率ゼロの制約がない状態である。ξが(14)式にしか現れないことに注意しよう(訳注 ξは、人々が、将来の効用と比較して、どのくらい現在の効用を評価するか、ということに影響を与える)。従って、i>0ならば、金融政策の(18)式から名目利子率が決まるので、それを(14)式に代入すると、ξは消える。つまり、C1の条件が働かないならば、ξの大きさは無関係になるのである。なぜなら、それは、いつでも中央銀行による名目利子率の調整によって、相殺されることになるからだ。

 次のようなことを考えてみよう。ψ<0が一時的に期間tにおいて低下し、ψ<0になり(訳注 ψは、人々が、労働の不効用と比較して、どのくらい消費の効用を評価するか、ということに影響を与える)。その後、確率μでその期間内に定常状態に戻るとして、そのために人々がより多く働こうと思ったと想定してみよう(訳注 ψ<0ならば、労働の不効用が低下するので、多く働くようになる)。上で説明したように、ここではξの大きさは無関係である。
 命題1より、長期的には、つまり t≧τ ならば、すべての変数は定常状態にある。従って、π=Y^=l^=C^=0である。次に、短期的には、命題2より、すべての変数はある一定の値に収まる(なぜなら、ショックは短期的には一定とみなせるからだ)。ここでは、それらの短期的な一定値の変数には、添え字sをつけている。

 そこで、最初に部分均衡から見ていこう。外生的に決まる実質賃金W^に直面した、1人の労働者iはどうするだろうか。労働供給は(17)式から与えられる。

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(27)

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 図1




 この労働供給の式は、図1の、(l^,W^)空間に実線で示してある。σ-1^iは一定と仮定している(これは、追加的な消費の限界効用 [maginal value of extra consumption] を表している)。この曲線は、(l^,W^)空間で右上がりである。なぜなら、実質賃金が増加すれば、家計はより多く働こうとするからだ。では、労働者がさらに働こうとしたら、つまり、σ-1C^iが一定のままで、ψ^iが低下したとしたら、どうなるだろうか。その場合は、労働供給曲線を右にシフトさせる(訳注 ψ^iがマイナスになれば、(27)式の-w-1ψ^iの項が増えるので)。今は部分均衡の話なので、つまり、σ-1C^iが一定で、W^も一定なので、線分A-Bで示される労働の量が増えるのである。この分析は、直感から考えられるシナリオと同じなので、驚きを与えるものではないだろう。そこで次に、一般均衡に入っていこう。そこでは、消費の限界効用と、均衡の効果による賃金の変化を考慮に入れる。
 このモデルを、2つの部分、均衡状態における労働供給と、均衡状態における労働需要に分けて考えたほうがわかりやすいだろう。最初に労働供給から始めよう。再び(17)式を考えてみよう。今度の場合は、均衡における関係を使うことができる。つまり、生産物はすべて消費され、総所得は総労働供給から来るので、C^s=Y^s=l^sである。従って、17(式)を変形して次の式を得る。

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 図2


 一般均衡の過程は、図2は示してある。実質賃金に対する、最適労働供給を示している。その労働供給を決めるのは家計である。ここでも、労働供給曲線W^は右上がりである。しかし、ここでは一般均衡の効果、つまり17(式)の第2項が考慮されている。仕事が増えれば消費が増える。そのために所得の限界効用 [marginal utility of income] が減るので、労働者は、賃金の増加の割合ほど、労働供給の増加の割合を増やさないのである。従って、一般均衡における総労働供給曲線の傾きは、部分均衡のときと比べて急になる。ここでも、ψに対するマイナスのショックがあったとすれば、労働供給曲線は、部分均衡の時と同じように右にシフトし、労働者は仕事を増やそうとするだろう。賃金が固定されていた部分均衡の場合を、もう一度考えてみよう。その場合、労働供給曲線の右へのシフトは、線分A-Bに対応する仕事の量の増加につながる。

  しかし、私たちのモデルは、一般均衡モデルである。従って、一般均衡において、労働の総供給が増加したときに、労働需要とどのように関係してくるか理解する必要がある。そのために、企業が需要する労働需要を導き出そう。私たちのモデルでは、企業は独占競争企業である。つまり、彼らは価格を決定するが、いったん価格を決めると、その価格で需要される生産物をどれだけでも供給する。例えば、商品棚に商品を置いて、値札を貼っている雑貨屋を想像してみよう。人々は、その商品を欲しいだけ買うことができる。従って、このお店での労働需要を求めるためには、このお店で需要される商品の総量を計算すればいい。そうすれば、需要されるだけの商品を売るために、企業がどのくらいの労働を雇うかも自ずと決まる。最初に(14)式をもう一度考えてみよう。期間 t>τ では、π=Y^=0である (訳注、長期的にはインフレ率は変化しないし、産出量は定常状態に戻るので。Y^←ハットつき)。一方、期間 t<τ (訳注 短期)では、次の期間のインフレ率は確率μでゼロになるか、確率1-μで、t 期と同じπになる。つまり、確率1-μで、πt+1=πである。

従って、短期つまり t<τ のときの解は、次の式を満たすものになる。
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(29)

ここで、条件C1が関係せず、名目利子率はゼロ以上ということを考えて、金融政策のルールから決まる名目利子率を代入している(訳注1)。ここからわかることは、消費者がどれだけ財を買おうと思っているかを決める重要な変数は、インフレ率(π)、ということである。 企業の価格決定式(16式)から、次の式を得る。
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(29b)
(29)式に(29b)式を代入し、Y^=l^s (l^=労働供給)を使えば、労働需要は次の式になる。
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(30)

 この労働需要曲線は、(l^,W^)空間で、右下がりになっている(訳注 (30)式からWの係数がマイナスなので、右下がりとわかる)。言葉を変えて言えば、賃金が増加するにつれて、企業は均衡状態において、より少ない労働を需要する、ということだ。これを言葉で(直感的に)説明するとどうなるだろうか。2つのステップに分けて見ることができる。

 最初のステップは、実質賃金の増加が、インフレ率を増加させる、というものである(訳注 上の(29b)式を見てもわかる)。企業にとっての賃金コストの増加は、直接、限界費用を増加させる。従って、独占企業にとって、財を新たに1単位生産するのにかかるコストが増えるわけである。その結果、彼らはその財の価格を改定するときに(彼らはそれを遅れ気味で行う)値上げするだろう。これが、今度は、インフレ率πを増加させる。
 では次に、このロジックの第2のステップに入っていこう。ここでは条件C1は入ってこないので、名目利子率はプラスの数値であり、そのためにインフレ率の増加は、需要を減らすことになる(訳注 中央銀行がそれ以上に名目利子率を上げるので。以下↓参照)。

 インフレ率の増加がどうして労働需要を減らすのかを理解するためには、インフレ率の増加が、家計が需要する財の量を変える、ということを理解しなければならない。なぜなら、企業は、いったん価格を設定すると、その価格で家計が需要する量をどれだけでも供給するからである。(29)式をもう一度見てみよう。
13011103
(29)

 インフレ率が高くなると、中央銀行は、Φπ>1なので1対1以上の割合で名目利子率を増加させる(訳注 テイラールールに従っているので。第2節、モデルの設定の(18)式を参照)。そのために実質利子率が増加し、現在の生産物を将来の生産物よりもより高価にする。将来に比べて、現在の生産物の値段が上がるので、人々は支出を減らす。人々が支出を減らすにつれて、企業は生産を減らす。従って、労働需要が減少する。これで、このロジックの2番目のステップが完了する。高い賃金 → 高いインフレ率。高いインフレ率 → 高い実質利子率(訳注 中央銀行が名目利子率をインフレ率以上に上げるので) → 家計が財を需要する量が減少する → 企業はより少ない労働者を雇う。そのために、労働需要曲線は、右下がりになる。

 図2に労働需要曲線と労働供給曲線をが描いてある。人々がより多く仕事をしようとしたときに、一般均衡解がどうなるかはわかるだろう。労働供給曲線の右へのシフトは、労働を増加させるだけではない。実質賃金を低下させる。一般均衡では、人々がより多く働こうとすると、より産出量を増やすが、総賃金は低下する。そのために新たな均衡はC点になる。これは、このモデルの標準的な分析の結果である。今度はより興味深い部分に入っていこう。

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続きはこちら。 

(訳注1)式(18)で中央銀行が従う名目利子率が決まり、この場合は、名目利子率はゼロではないので、式(18)から、短期の名目利子率iは r+Φππとなり、それを式(14)に代入している。
 
プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

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