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もし貧乏人が経済学を学んだら

2013年01月

エガートソン (Gauti Eggertsson)、「労働のパラドックス」(2)

前の部分("Introduction")からの続きです。前の部分はこちら
英語の原文はこちら→ http://www.newyorkfed.org/research/staff_reports/sr433.pdf

 今回は、モデルの設定の話がほとんどで、具体的な分析は出てきません(そういうのは次回のところから)。最後に少しだけ、「労働のパラドックス」が出てきます。
 最初のほうだけ、私も計算してみました。→こちら

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2 モデル
 最初に、いくつかの細かい点を省略したシンプルな(共通の労働市場を想定していて、資本蓄積は想定しない)ニューケインジアンのモデルを導入しよう。家計は次のような標準的な効用関数をもっている。
13011105
    (1)

 
ここでβは割引因子、Cは総消費量、lは労働供給である。人々は消費が好きである。それなので、関数u(・)は増加関数で凹である。しかし、人々は働くのがいやである。それなので、関数v(・)は増加関数で凸である(訳注 u(・) は消費の効用を表す関数、v(・) は、労働の不効用を表す関数)。どちらの関数も標準的な仮定を満たしている。選好に対する2つのショックがある。ショックξは、人々が、将来の効用と比較して、どのくらい現在の効用を評価するか、ということに影響を与える。ショックψは、人々が、労働の不効用と比較して、どのくらい消費の効用を評価するか、ということに影響を与える。家計の予算制約は次のようなものである。
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(2)


ここでBは、1期間のリスクフリーの名目値の債権である。i は、1期間のリスクフリーの名目利子率である。Wは実質賃金で、Π (i)は、企業iから家計が一括で受け取る所得である(訳注 企業は家計によって所有されていると想定している。そのために家計が企業から得る利潤[例えば、株の配当])。家計は(1)の効用関数を、(2)の予算制約の下で最大化する。家計の最適消費計画は、次のような消費のオイラー方程式を導く。
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(3)

(訳注 ここで、uのcという添え字は、効用関数uをcで微分という意味)。いっぽう、家計の最適労働供給は、次のようになる。
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(4)

 (ここも、u、v についている l、cという添え字は、l、cで微分、という意味。以下同様) ここで、ショックξは、将来の価格と比較した現在の消費の価格にのみ影響を与え、いっぽうショックψは、家計が、労働の限界不効用と比較して、どのように消費の限界効用を評価するか、に影響を与える、ということに注目してほしい。
 効用最大化は、次のような横断性条件も満たさなければならない。
13011301
(5)


 この経済には、独占的に競争する企業が連続的に存在する。この想定をするのは、彼らに他の企業とは違う価格を付けることを可能にさせ、売り上げが左右されるようにしたいからである。これまでの研究に従い、家計の総消費C は、Dixit-Stiglitz の、連続的に存在する財の総消費(?)の関数 (Dixit-Stigliz aggregate of a continuum of goods) に従うとしよう(それぞれの企業はひとつの種類の財を生産している) 。Cは次のように定義でき、ここでθ は、代替弾力性で、θ >1である。 C
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Dixit と Stiglitz は (1977)、さまざまな財に対する家計の最適消費計画から、それぞれの企業が次の需要関数に従うことを示している。
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ここで、P は、Dixit-Stiglitz の一般物価指数 (aggregate price index) で、P は次のように定義される。
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 企業の詳細に入っていく前に、すべての生産物は消費される、ということを銘記しておいてほしい。従って、c (i)=y (i)。また Y=Cである。ここで、y (i) は企業 i の生産量であり、Y は総産出量を表している。

 Calvo (1983) に従い 、ひとつの企業はいったん価格を決めると、ある確率的な期間の間は価格を変えないことにしよう。より正確に言えば、企業があるひとつの期間内に価格を変更する確率は、それぞれの企業にとって同じだとしよう。そして、α (0<α<1である)を、そのひとつの期間内で価格を変更しない企業の割合にしよう。期間 t に価格を変更した企業は、新しく変更された価格p をその後その期間中は変更しない。そうすると、期間 t に価格を変更する企業は、新たな価格pを設定するに当たって、次の式(利潤)を最大化する価格を選ばなければならない。
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(7a)


 ここでλは、企業の利益の割引率を表すもの(割引因子)として入れてある。それは、家計の予算制約のラグランジュ乗数 (Lagrangian multiplier on the households' budget constraint) でもある。家計の名目所得 (nominal income) の限界効用 (marginal value) を表している。(1-τ)の項は、税金 / 補助金(補助金に対する税金の割合)を表していて、分析の便利さのために入れてある。家計に対して一括で支払われたり、徴収されるものである。この最大化問題の1階の条件は次のようになる。
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 (7)


 Calvo型の価格の仮定に従うと、価格指数 P は、次のように表すことができる。
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 (8)

また、価格のばらつき (dispersion) は、次のように定義しよう。
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そうすると、総労働供給と総産出量との関係は、次のようになる。
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 (9)

価格設定が遅れることを考えて、価格のばらつきは、変動法則に従うものとしよう。
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 (10)


 次に、中央銀行がどのように目標とする名目利子率にいたる経路を達成するかという詳細に入る前に、名目利子率はゼロ以上だと仮定しよう。従って、

 it 0 (11)

このモデルの説明を終わるにあたって、中央銀行は、次の条件を満たすテイラールール(そのパラメーターは後に詳しく説明する)に従う。
13011211
 (12)

 以上のことから、均衡は、外生的変数 {ξ, ψ} の経路と、初期状態 P-1, Δ-1 とを所与として、式(3)から式(12)を満たす {Y, C, l, i, P, p, Δ, B, T} の確率的過程の集合として定義できる。そして、ここでは、財政政策はリカード的とする。従って、政府債務と税金は無関係である。この特徴を満たす財政際策を記述する方法はたくさんあるが、ここではその問題の詳細な議論はしない(さらなる議論は、Woodford (2003) and Eggertsson とWoodford (2003) を参照)

 私たちの分析は、定常状態の近傍での分析になる。定常状態、つまりショックがない、変数が一定の値になる均衡状態では、Δ =P / P t-1=1 であり、Y =C = l =Y (訳注 変数Yの上には定常値であることを示すバーがついています)になる。また、i = r=1/β-1になる(訳注 ここもrの上にバーがついています)。定常状態の近傍であれば、このモデルを線形近似できる。最初に、(7)式から(10)式までを組み合わせると、価格のばらつきは、テイラー展開の2次の項にすぎないと示すことができる。つまり、
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それは
13011315

を意味する。

 そして、消費のオイラー方程式は(Y=Cという条件で)、次のように近似できる。
13011109
(14)

ここで
13011311

また、ハット^は、定常状態からの逸脱量であることを示している。そして、
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 上の(14)式の名目利子率 iは、前の式のiとの関係で言えば、log (1+ i)を表している。もう一度、改めてゼロ制約を書き直すと。
 it  0 (15)

 この消費のオイラー方程式(14)は、総需要が(それは完全に消費需要に決定される)、将来の産出量と実質利子率(訳注 i-Eπt+1)に依存していることを示している。
 次に、企業の価格決定式は次のように近似できる。
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(16)
ここで、
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この式は、企業が設定する価格は、実質賃金に依存するだろう、ということを示している。実質賃金は、それぞれの企業にとって、新たに追加の生産物を1単位生産するときの実質費用 (real cost) になる。また、この価格決定式が示しているのは、この限界費用が増加すると、インフレ率が高くなる、ということである。
 (4)式を近似することで、次の式が得られる。
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(17)
ここで
13011317


 最後に、金融政策のルールは、次の式で近似できる。
13011112
(18)
 この式で、Φπ>1はと仮定している(訳注1)。このルールは、中央銀行は、異時点間にわたるショックがあった場合、それを相殺するために名目利子率を調整する、ということを示している。このようにしているのは、労働(toil)に対するショック、つまりψの働きを議論するときに、それを金融政策に反応する関数と混同せずに議論したいからである(訳注2)。ξが唯一のショックならば、このルールは、名目利子率ゼロの制約がなければ、名目利子率を調整する。そして、rは、「効率」実質利子率 ("efficient" real interest rate) に対応している(訳注3)。近似化された均衡は、外生的な過程 {ξ, ψ} を所与として、(13)式から(18)式までを満たす {π, l^, W^, Y^, i} の確率的過程の集合として定義できる。

3 長期と短期:均衡配分
 この節では、ショックに関する特別な仮定の下で、ふたつの命題における、このモデルの均衡配分を簡単に説明しておこう。この論文の残りの部分は、この2つの命題における均衡配分が何を意味するのかを示すことと、その解釈に当てられる。従って、ここでの議論は手短に済ませ、証明はAppendixに回してある。
 この論文のモデルにおいて、長期 (long run) とは、すべてのショックが定常状態に戻るまでの時間である。いっぽう、短期とは、経済が一時的な混乱 (disturbances) にいる間の時間である。より正確に言えば、短期とは、特定の2つのショック、ξとψの両方、あるいはどちらかによって定義できる。その両方のショックは、それぞれの期間で、定常状態(0の状態)にμの確率で戻る。それらは完全に相関している。それらのショックが定常状態に戻る確率的時間をτとしよう。そうすれば、t≧τは長期となり、t<τは短期となる。この仮定は、この論文のモデルの構造のために、とても便利である。後に見るように、ここでは原理的には無期限モデルを扱っているのだが、ここでのモデルを、いくつかの静的な「短期間の」方程式に要約することができるからだ。この方法によって、労働のパラドックスをよりはっきりと浮かび上がらせることができるだろう。

命題1 (Proposition 1)
長期 t≧τ では、一意の有界な解、π=Y^=l^=0とi=rが存在する。

短期を分析するときに役に立つ2つの条件を記しておく。
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命題2 (Proposition 2)
上記の条件のために、短期 t<τ の場合、2つの場合を考えなくてはならない。
1.(短期で、名目利子率がプラスの場合) 条件C1が当てはまらない場合には、プラスの名目利子率での、次のような一意の有界な均衡解が存在する。
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2.(短期、名目利子率がゼロの場合) 条件C1と条件C2が両方当てはまるとすると、ゼロの名目利子率での、次のような一意の有界な均衡解が存在する。
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ここでは、C1が当てはまり、C2が当てはまらないケースは分析しない。その場合は、近傍での近似が有効でなくなるか(モデルが崩壊する [explodes])、均衡が決まらないからである。命題2が、この論文の中心部分に関係してくる。実際、労働のパラドックスは、すでにここに現れているのである。名目利子率がプラスの値の場合、(21)式によれば、ψがマイナス方向に増大すれば(人々はより多く仕事をしようとする)、産出量が増大するとわかる。しかし、名目利子率がゼロの場合、(25)式によれば、ψがマイナス方向に増大すると、産出量は減少するのである。以下の部分では、この数学的な結果を解釈してみる。また、倹約のパラドックスが、どうして名目利子率ゼロのときに現れるのか検討する。

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続きはこちら


(訳注1) テイラールールに従っているので。インフレ率が増えているとき、中央銀行は名目利子率をインフレ率に対して1対1以上に上げなればならない。
 理由は、インフレ率が上がっているとき、中央銀行は支出と産出量を減らしたい。そして、支出を決めるのは実質利子率。実質利子率=名目利子率-インフレ率(正確には期待インフレ率)なのだから、支出を減らすためには、「実質利子率」を上げないといけない→ インフレ率以上に名目利子率を上げないといけない。

(訳注2) ψは、直接的には金融政策とは無関係、と言いたいのだと思う。これは、オイラー方程式が想定するようなミクロ的基礎に対応している。利子率の変化は、労働か消費化という選択(ここではψ)には直接関係しない。一方、利子率の変化は、現在の消費か将来の消費かという選択(ここではξ)には関係してくる(オイラー方程式)。といっても、現在の消費と将来の消費の配分が変われば、現在の消費に関係してきて、次に労働にも関係してくると思うけど。

(訳注3) 効率実質利子率=
「すべての賃金と価格が伸縮的であるときの均衡実質利子率」。「自然利子率」と同じ。クルーグマンの流動性の罠の議論では、投資と貯蓄を均衡させる利子率として出てくる。
 後のほうで、この2008年の危機の時には、このrがマイナスになったと出てくる。rは、そのような「自然利子率」で、金融危機のようなショックは、それをマイナスにする(と決め付けていいんだろうか?)、と頭に入れておくと、以下の部分がわかりやすくなると思います。

クルーグマンの「復活だぁっ!」 ("It's Baaack!) にちょっとだけ解説(1)


クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門

クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門

 前の記事で、クルーグマンの日本の流動性の罠についての論文、「復活だぁっ!」 ("It's Baaack!) は難しい、と書いたんですが、hicksian さんからいただいたヒントに触発されて、もう一度考えてみたら、名目金利と物価水準の式[式(3)]は簡単に導出できました。

まずその論文はこちら
山形浩生氏の日本語訳はこちら

 クルーグマンは、最初に代表個人の経済を想定します。その個人の効用関数は次のようなものを想定しています。
13011301
(1)  

 Cが消費量で、Dは割引因子です。
 (1)式は、現在の視点から見た現在から将来までの効用の合計を表しています。この個人は、自分の生活をなるべく豊かにするために、この合計をなるべく多くしようと思います。この合計がなるべく多くなるように、各期の消費を調整するのです。

 まず(1)式の合計を計算するときに、将来の効用に関しては、現在の視点から見ると価値が下がるので(人は「現在の」消費のほうを重視する傾向があるので)、割り引いています。
 例えば、期間2 の効用 Uは、期間2においては Uなのですがなのですが、期間1 から見るとDの割合に減少します(D≦1)、つまり、DUになります。
 つまり、(1)式が表しているのは、そのようにして基準となる現在から見た将来のそれぞれの期間の効用の価値(=「割引現在価値」)を足し合わせた合計です。

 ρ は相対的リスク回避性です。これが大きくなるとリスク回避的になります(この論文ではリスク回避性は重要ではありません)。0<ρ の場合には、下のような、限界効用逓減の関数になります(消費の効用は、消費が増えるに従って増えていくが、増加する割合は減っていく)。この部分では、消費から得られる効用は下の図のような関数を想定している(非現実的な想定ではありません)、ということだけを理解しておけばいいでしょう。

13011303








 このモデルの個人は、(1)式の効用の合計が最大になるように各期間の消費を調節するわけです(ある期間で余った部分は将来の期間に回すのです)が、ミクロ経済学でよく出てくる、予算制約のもとでの効用最大化の問題を解けば最適な解が導出されます。

 クルーグマンは、現在と将来の2期に分けて、2期間だけで考えています(2期間だけ考えれば十分だからです。クルーグマンは「将来の期間」にアステリスク*をつけて示していますが、ここでは見にくいので、2という添え字をつけることにします)。
 (1)式の生涯にわたる効用を、次のものに変えます(期間1が最初の期間[=現在]になるようにしただけです)。
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 期間1と期間2のそれぞれの期間における効用を U,Uとすれば、
= C1-ρ/ (1-ρ),
= DC1-ρ/ (1-ρ)   (2)
 となります。

 では、予算制約はどうなるでしょうか。クルーグマンは、個人が各期間 t に、一定の施し yと現金 Mをもらえる、と書いています(自分が消費する分は他人から買います)。そして、「各期間の最初で資本市場が開かれ、各個人は名目金利 iの一期ものの債権と現金を交換できる。その期の中の彼らの消費は、この交換の後で手元に残った現金によって制約される」。「その期間の資本市場が終わった後に、各個人は施し yを売ることで現金を手にいれ、自分の望むものを買える。」

 この経済モデルには、生産がないわけです(施しで物をもらえる)。
 2期間モデルにすると、個人は、期間1の間に、最初に得た現金Mと、施しyを売って得たお金で消費して、残りのお金で B円の債権を買うことになります。だから期間1の予算制約式はこうなります(左辺が支出です)。
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   (3)
 次に期間2では、期間2のお金はそのとき新たにもらえる現金Mと、施し yを売って得たお金と、期間1で購入した債券を売って得たお金の合計になります。債権で得るお金は、利子がつくので、期間1の名目金利を とすると、(1+i )B になります。その合計のお金を、消費と期間2の債権に使うので、期間2の予算式は以下のものになります(クルーグマンのモデルには、税金も想定されていますが、以下の議論では関係ないので省略しました。予算制約式に入れても消費の関係では消えます)。再び左辺が期間2における支出です。
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   (4)

 上記の予算制約のもとで(2)式の効用を最大化する、という問題を解けば、期間1と期間2の消費の関係が出てきます。
 そこで、ラグランジュ方程式を設定すると(それぞれの期間のラグランジュ乗数をλ,λとして、それぞれの期間の効用と予算制約式でラグランジュ方程式を2つ設定し、その2つを足します)。
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   (5)
 となります。
 1階の条件は、次のようになります。
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   (6)


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   (7)


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    (8)


  λ,λを消去すれば、クルーグマンが示している価格水準と名目金利の関係の(3)式になります( i= i に変えています)。

 (C/ C-ρ=DP(1+i )/P  (9)

クルーグマンが書いているように、「各期で消費は産出と等しくないといけないので」、つまり、C=y、C=yなので、(9)を書き換えると、

 1+i =(y/ y-ρ/ (DP)  (10)

 となります。

 といっても、クルーグマンの議論はここからが重要なので、この式の導出がわかってところで、それほど意味があるわけではありません。でも、最初の仮定から本当にこの式を導くことができるのかどうかわからないと、気になりますからね。

**********
 とここまで書きましたが、クルーグマンは上のような方法で(9)式を導いていません。違う方法を使っています。

 クルーグマンはこう書いています。
「期間1に1円少なく持つことで個人は期間1に1/Pの消費をあきらめるけど、期間2に(1+i)/Pだけ余計に消費できるようになる。」

 ここで「1/Pの消費」というのは、P 円の消費をした場合の1円当たりの消費の「量」です。わかりやすくするためにP円の消費をしたときの、1円当たりの微量の消費の量をΔcとすると、Δc=1 / P です。そして、その1円は上記のように債権で運用するので、期間2には1+i 円となって返ってきます。
 同じように期間2において、P円の消費をした場合、1円当たりの消費の量は 1/Pです。しかし、期間1で使わなかった1円は、期間2では1+i 円分になっています。とすれば、その期間1であきらめた1円分で、期間2で消費できる量は、(1+i)/ Pになります。それなので、期間1と同じように、期間2で増える微量な消費の量をΔcとすると、Δc=(1+i)/Pとなります。
 では、効用が期間1でどのくらい減って、期間2でどのくらい増えているか?
 「消費の単位当たり」で増減する効用の量は、消費の効用関数の微分値です(y=f(x)の関数なら、xがある値から1増えたときの、f(x)の変化の量はf’(x)で、xがΔx増えたときの変化の量はf’(x)Δx 。これと同じです)。また、効用関数u(c)の微分u’(c)は、限界効用です。したがって、消費がΔc だけ増加したときの、効用の増加は、u’(c) Δc になります。ここで u’(c) は限界効用です。だから、期間1であきらめた消費の分減った効用の量は u’(C)Δcで、その代わり期間2で増える効用の量は u’(C)Δcになります。最適な配分は、両者の効用が等しくなるような配分です。つまり

 u’(C)Δc=u’(C)Δc2  (11)

 です。クルーグマンは、「期間1の消費の限界効用は、仮定した効用関数のもとでは C-ρになる。期間2の限界効用はD C-ρ だ」 と書いています(期間2の限界効用については、期間1から見て割り引いています→Dがついている)。これは(2)式の効用関数をそれぞれ、C、Cで偏微分すれば出てきます。クルーグマンが言うように、u’(C)= C-ρ、 u’(C)=D C-ρ になります。
  そこで、(11)式に前に定義した Δc=1 / P、Δc=(1+i)/ P、そして、u’(C)= C-ρ、 u’(c)=D C-ρ を代入して整理すれば前に予算制約の下で効用最大化の問題を解いたときと同じように、(9)式が出てきます。

 でも、これはなんかわかりにくい。名目値で計算しているから。実質値で考えたほうがわかりやすい。
期間1で消費を微量な量(実質値)、Δc だけ減らしたとします。その分を債権Bで運用します。実質金利を r とすると、期間1であきらめたために期間2で余分に消費できる量をΔcは、Δc=(1+r)Δc になります。
 ここからは同じです。期間1であきらめた消費の分の効用は、u’(C)Δc、期間2で増える分の消費の分の効用は u’(C)Δc2 =u’(C)(1+r)Δc 。 このふたつを(11)式に代入すれば、すぐにΔc が消えます。

 u’(C) =u’(C)(1+r) 

u’(C)= C-ρ、 u’(C)=D C-ρ を代入すれば、

 (C/ C-ρ=D(1+r)

実質金利を名目金利に変えます。 実質金利と名目金利は、1+r=(1+i) P/ P(フィッシャー方程式)という関係になるので、この式を上の式に代入すれば(9)式になります。

 ちょっとだけという割りには長くなりました。でも、これはクルーグマンの論文のほんのさわりのところだけです。

続きは→ こちら

エガートソン (Gauti Eggertsson)、「労働のパラドックス」(1)

Gauti Eggertsson, "The Paradox of Toil" (2010)
http://www.newyorkfed.org/research/staff_reports/sr433.pdf


 hasutaku0311さんが、要点をブログの記事でまとめています。「労役のパラドックス」と訳していらっしゃいますが、中身は労働なので、私は「労働」と訳しました。ただし、原語はtoilでlaborではないので、「労働」以外の言葉のほうがいいのかな・・・

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労働のパラドックス

1 はじめに
(Introduction)

 あなたが目を覚まして、もっと働こうと決意したと想定してみよう。何が起こるだろうか。たぶんあなたは、新しい仕事を探すだろう。そして、もし運が良ければ、何か仕事が見つかるだろう。その仕事は、これまでと同じ業種かもしれないし、片手間の仕事かもしれないし、夜のバーの仕事かもしれない。その新しい1日の終わりに、他のすべてが変化していなければ、あなたは少なくとも昨日と同じ量の仕事をしているだろう。おそらく、運が良ければ、昨日よりもたくさん仕事をしているだろう。社会全体のことを考えてみよう。そのようなことをしたのがあなた1人だけだったとしても、あなたの追加した労働は、総雇用量を増やすことになり、支出を少しばかり増やし、そのために、ほんのわずかだとしても、社会全体の生産と厚生に貢献しているだろう(あなた自身の厚生が向上しているかどうかは、あなたの余暇への選好によるけど。(訳注 余暇の効用を減らすほど、労働を増やしてしまっているなら、あなたの厚生は悪化している)。

 そこで、次のような思考実験を行ってみよう。今度は、みんなが朝、目を覚まして、あなたと同じ考えをもったとする。つまり、新しい追加の仕事を探そうと思ったと想像してみよう。一見すると、上で描いた単純な論理が適応できそうだ。みんなが、平均的に少しずつ追加の仕事をする。おそらく、そのために総雇用量と総生産量は増えるだろう。

 この論文は、あるパラドックス(逆説)についてである。ある特異な仮定の下では、また、ある特異な環境の下では、みんながより多く働こうとすると、実際には、均衡状態における総雇用量を減らすことになる。これが、労働のパラドックスである。これは、古典的な合成の誤謬 (fallacy of composition) に対応している。「他のすべては一定である」と仮定し、ひとりの個人にのみ注目することは、いったんその「他のすべて」を合成した場合には、まちがったものになる可能性がある。これは、この論文で検討しようとしているモデル(そこでは、すべての労働者が同じように推測し、同じように行動するのだが)のような代表個人の経済モデルにとっても当てはまる。そうなる理由は、「一般均衡理論」にある。みんなが何かするときには、一定の状態にあるものは何もなくなるからだ。一般均衡モデルに従っていても、部分均衡にすぎないたった1人の個人に注目して、直感的な枠組みをつくったり、インプリケーションを引き出すことは、間違いにつながる可能性が高いのである。

 どのような特異な環境が、そして、どのような奇妙な条件が、この労働のパラドックスにつながるのだろうか?その環境というのは、政策決定機関で広く使われており、著名な学術雑誌の多くの論文において理論的土台を提供している標準的なニューケインジアンのDSGEモデルである。私はこのモデルにシンプルなショックを与えてみた―― 異時点間の計画を混乱させるショック(disturbance)であり、それがゼロの名目利子率につながり、インフレを下げる圧力になり、産出量を下げる圧力になる。このショック (disturbance)は、2008年の危機以後のアメリカや他の国々の経済状況を特徴付けるのにふさわしい方法だ。Krugman (1998), Eggertsson and Woodford (2003, 2004), Eggertsson (2009), and Christiano, Eichenbaum, and Rebelo (2009) らが指摘しているような、ゼロの名目利子率や、産出量と物価水準を引き下げる圧力になるショックである。この論文の中心的な問題は、このショックに反応してみんながもっと働こうとしたらどうなるか、というものである。この単純で標準的な環境(訳注 DSGEのこと?)と、異時点間にわたるほど大きなショックを仮定すると、労働のパラドックスにつながるのである。

 この労働のパラドックスを、もう少し簡単に考えてみよう。この論文の後半部分で、それを正式にモデルにする。異時点間にわたるショック(混乱 disturbance) に反応して、みんながもっと働こうとすれば、現在と将来の賃金を下げる圧力になる。そして何が起こるだろうか? 企業は現在と将来の生産財の価格を下げ、その値段で需要される量をどれだけでも供給しようとする。それから何が起こるか? そのために、デフレ期待が生まれ、実質利子率を増加させる(実質利子率というのは、名目利子率と期待インフレ率との差である)。中央銀行は、上昇する実質利子率に対して、名目利子率を下げて相殺できなくなる。なぜなら、名目利子率はゼロより下に下げられないからだ。高い実質利子率は、需要が低下することにつながる。なぜなら、人々は現在よりも将来支出しようと思うからだ。というのは、物価は将来になるほど下がると予測されるからだ(そして、貯金のリターンは将来ほど増加するからだ)。現在の支出が低下するために、企業が需要する労働は少なくなる。そのために、より多く労働を供給しようとすれば、賃金の低下につながってしまう。そして、デフレを進行させることになる。それがさらに支出を減らし、雇用される労働者を減らすことになってしまう。ここにこのパラドックスがある。

 労働のパラドックスは、古典的な倹約のパラドックスの従兄弟みたいなものだ。ジョン・メイナード・ケインズは(1933年に)、次のような質問をした。ある1人が貯金を増やそうとしたら、どうなるだろうか? 他のすべての条件が一定ならば、その人は、貯金を増やすだろう。しかし、みんなが同じことをしたらどうなるだろうか。彼らの貯蓄の増加は、総需要を減らすことにつながる。総需要が減少するので、総産出量が減少し、所得が減少する。そのために、人々の貯蓄する能力を減らしてしまう。従って、結局、総貯蓄量は減少するのである。このように、労働のパラドックスは、みんなががより多く働こうとすると、総雇用量は減少してしまうというもので、一方、倹約のパラドックスは、みんながより多く貯蓄しようとすると、総貯蓄量は減少してしまう、というものだ。この論文のモデルでは、倹約のパラドックスは、労働のパラドックスと同じように適用できる。

 この2つのパラドックスには、よく似たところがある。多くの長期のモデルでは、人々の仕事をしようとする気持ちが増加したり、貯蓄しようとする気持ちが増せば、産出量は増加することになっている。なぜだろうか? それは、(資本の定常状態を増加させることで、そして/あるいは、労働供給を増加させることで)その経済の生産可能性フロンティアを外へと拡大する、と想定されているからだ。しかし、ケインジアンのモデルは、短期についてのものだ。なぜなら、ケインズの有名な言葉が示しているように、長期的には私たちはみんな死んでいるからなのだが・・・

 そして、短期においては、ニューケインジアンのモデル、あるいは伝統的なケインジアンのモデルでは、経済が生産可能性フロンティアの内側で稼動することがある。これが起こるのは、総支出不足のため、つまり、総需要が小さすぎるためである。まさにこの事実のために、上述の2つのパラドックスが――生じる過程は異なるが――発生するのである。

 労働のパラドックスには、政策に与えるいくつかのインプリケーションがある。すくなくとも、標準的なニューケインジアンのモデルを信用している場合には、特にそうである。一般的に言うと、このパラドックスから引き出される重要なインプリケーションは、問題の発端が需要不足のとき、つまり、物やサービスに対する支出が不十分なときには、短期的に総供給を増やすことをめざす政策は効果がない、というものである。それどころか、かえって短期的に総供給を増加させることは、実際、逆効果になるだろう。
 より具体的に言えば、このパラドックスは、企業の限界費用を減らす政策は、ある種のモデルで一般均衡による効果が正しく考慮されてしまっている場合は、逆効果になるかもしれない、ということを示唆している。そのような政策としては、危機に対応して一時的に労働税の限界税率を下げたり、最低賃金を下げたりする政策が挙げられる。この2つの政策は、現在、危機の中にいるということもあり、アメリカのエコノミストや賢い人々の間で人気がある(訳注 けど、逆効果だろう)。
 さらに不思議なことには、フランクリン・D・ルーズベルトが大恐慌の最中に進めた全国産業復興法National Industry Recovery Act(NIRA)のような――これは、企業と労働者の独占力を促進し、物価を上げる政策だ――ある種の政策が、拡張的だったかもしれない、と示されるのだ。これは、これまでの長い研究 [Keynes (1933) から始まり、 Friedman and Schwartz (1963)、 最近では Cole and Ohanian (2004), Chari, Kehoe, and McGrattan (2006)] が示している結果とは正反対である。この点の更なる議論は、Eggertsson (2008b)を参照してほしい。その論文で私は、この労働のパラドックスを使い、NIRAが拡張的だったかもしれない、と論じている。
 最後に、このパラドックスは、石油価格の低下のような、限界費用を下げる他の要因も、名目利子率ゼロの条件では収縮的かもしれない、と示している。これは興味深いことだろう。なぜなら、現在の危機の発端となった要因には、他の要因に加えて、石油価格や他の消費財の価格下落が含まれるのだが、人々はそれを、この論文のモデルが示すような有害なものとしてではなく、有益だと受け取ったかもしれないからだ。(訳注1)

 このモデルのもうひとつのインプリケーションは――ある人にとっては、前の政策に関する奇妙な結論よりも、こちらのほうが気に入るだろうが―― このパラドックスは、ニューケインジアンの理論のある根本的な弱点を明らかにする、ということである。この論文で使われている標準的なニューケインジアンのモデルは、多くの点で特異なものだが、同じパラドックスは、名目支出が総産出量を決定している他の多くのモデルでも発生する、と私は推測する。もし誰かがこの点からこのパラドックスを解釈してみようと思ったら、このパラドックスは、その種のニューケインジアンのモデルに大きな難問を突きつけることになるだろう。

 先に進んで行く前に、一般の読者にとって関心があるかもしれないので、この論文の分析のひとつの特徴を明らかにしておくのがいいだろう。すでに指摘したように、ある仮定の下では、労働への選好が増えるのは労働にかかる限界税率が減少した結果だ、と簡単に解釈できるだろう。しかし、この論文でわかったことは、名目利子率がプラスのときは、そのような減税の乗数効果はプラスなのだが、名目利子率がゼロのときには、符号が反転しマイナスになる、ということなのだ。同じロジックは、多くの他の財政政策にも適用できる。つまり、Eggertsson (2009) で論じられているように、通常の状態(訳注 名目利子率がプラス)ではなく、名目利子率がゼロのときには、そのような財政政策の効果は、まったく違うものになるのである。私はその2009年の論文で、他の一連の財政政策を検証し、その数量的効果を評価した。その結果は、財政政策の効果について、多くの実証的研究が示す不注意な解釈は、現在の政策を論じるときには、間違える可能性がある、ということを示している。なぜなら、そのような研究のほとんどは、名目利子率がプラスのときのデータを用いているからだ。

(続きは→ こちら )

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訳注1) ここで批判的に挙げられている政策は、AS-ADモデルで言うと、すべて総供給を増やすもの、総供給曲線ASを下へシフトさせるもの。言葉で言うと、コストを下げ、価格を下げ、あるいは賃金を下げることで、産出量を増やす、というものになる。確かに、通常の状態なら、下の図1に示されているように、AS曲線が下にシフトすれば、産出量は増える。
 しかし、エガートソンが強調するのは、そうなるのは名目利子率がプラスの値のとき、ということ。名目利子率がゼロになっている状態では、違うシナリオが生じてくる。そうなる理由は、この論文の本論や2009年の論文で示されているように、名目利子率がゼロになると、総需要曲線ADが右下がりではなくて、右上がりになっているから。そのような状態だと、図2に示されているように、AS曲線が下にシフトすると、産出量は増えるのではなくて、減ってしまう。だから、総供給を増やすような政策は、逆効果 (counterproductive) になる。

最後の段落で言っていることも同じ。
(ふたつの図は2009年の論文 "What Fiscal Policy Is Effective at Zero Interest Rates?" から)

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図1






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図2



 労働税(labor tax) は、最初は、雇っている労働者一人当たりにつき企業が負担する税金、例えば社会保障費の負担分かと思ったけど、後半部分に出てくるのは所得税みたいだ。

ブランシャール、「恐慌と不況」(3)(日本の不況)

最初の部分はこちら。22章第1節(1) 「デフレと流動性の罠」
2番目の部分はこちら。22章第1節(2) 「流動性の罠」

今回は以上の部分の続きです。これの前(22章第2節)に大恐慌の分析が入っていますが、日本語訳がある1997年版とだいたい同じです。
 前の節で展開されているIS-LMモデルでの分析に、実際の経済、日本の1990年台を対応させてみることが目的なので、それに対応する現象に主に焦点が当てられています(教科書なので、そのあたりも詳しくは分析されていません)。バブル崩壊による需要へのショック、生産量の低下→失業率の増加→デフレ→流動性の罠→実質利子率の上昇→さらなる需要減、生産量低下という感じ。そのため、政策面(金融政策と財政政策の失敗)については詳しく論じられていません。。
 最後の不良債権処理の話は時代を感じさせますが、書かれているのが2000年ぐらいなので。
それと、最後の部分は2008年版で少し修正されています(最近確認できました。もしかするとその後の2010年版、2012(2013) 年版ではさらに・・・ )。

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22-3 日本の不況

 第二次大戦の終了から1990年台の始めまで、日本経済のパフォーマンスはすばらしいものであった。1950年から1973年まで、平均の成長率は年率8%だった。他のOECD加盟国と同様に、平均成長率は1973年以降減少した。しかし、それでも1973年から1991年までの成長率は、年率4%のすばらしいもので、多くの他のOECD加盟国の成長率よりも高かった。この成長の結果として、(購買力平価で計った)一人当たりの産出量は、1950年にはアメリカの17%にすぎなかったが、1990年にはアメリカの80%にまで上昇した。
 しかし、この成長は、1990年台始めに突然終わった。表22-4は、1990年から2000年までの日本のGDP成長率、失業率、インフレ率の変化を示したものである。

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表22-4

■1992年以降、毎年の成長率は、プラスであっても小さいものか、マイナスである。全般的に、1992年から2001年までの平均成長率は、1%以下であり、以前の数十年に比べればはるかに低いものである。この長期にわたる低い成長率が、いわゆる「日本の不況」(Japanese Slump)である。この不況は、大恐慌に比べれば、明らかに、突然の急降下(sharp)でもないし深刻(deep)でもない。(表22-1を思い出してほしい。そこに示されていた、1929年から1932年のアメリカの平均成長率は-8.6%だった。)しかし、この日本の不況は本質的な (substantial) ものである。このように考えてみよう。もし、産出量の成長率が1973年から1991年の成長率と同じように成長していたら、現在の日本の産出量は、実際の値よりも30%も高くなるのである。
■低い産出量の成長率は、確実に失業率の増加につながってきた。しかし、表22-4の2番目の列の1990年以降の失業率の変化を見て、読者は、日本はそんなに悪くなっていない、と思うかもしれない。たしかに、失業率は1990年の2.1%から2001年の5.1%に増加した。しかし、5%という数字だって、過去40年間のアメリカの失業率の平均よりもさらに低いものだ。多くのヨーロッパの国々にとっては、その数字を達成すること自体が夢のような話である。しかし、この数字は、日本の第二次大戦後の失業率としては最も高いものなのである。

 日本の失業率が低い理由は、日本の企業と労働市場の形態と関係がある。第8章で見たように、日本の企業は、しばしば労働者に手厚い保護を与えている。日本の企業は、生産量が減少すると、労働者を保蔵する傾向がある。そのために、生産量が減少しても、雇用に与える影響は少なく、他方、失業に与える影響も少なくなるのである。
 日本の失業率を考えるもうひとつの方法は、オークンの法則である。つまり、私たちが第9章で見た、産出量の成長率と失業率との関係である。アメリカでは、オークンの法則の回帰直線の係数は0.4である。年率1%の産出量の減少が、失業率を0.4%増加させるのである。日本のオークンの法則の係数は0.1である。つまり、年率1%の産出量の減少が、失業率を0.1%増加させるのである。1992年以降の日本の成長率を累積すると、正常成長率よりも約30%低くなるので、これは失業率を、0.1×30%=3%押し上げることにつながるのである。一方、アメリカが同じ量だけ産出量を低下させたとすると、失業率は、0.4×30%=12%も増加することになり、より大きな増加になる。
 低い産出量と高い(日本の基準でだが)失業率が、時間の経過とともに、インフレ率を低下させている。表22-4に示されているように、インフレ率は、1990年台の始めでもすでに低くなっている。1995年以降、インフレはデフレへと変わっている。これは、OECD諸国では大恐慌以来、観察されていない現象である。

 表22-4の数字は、いくつかの疑問を提示する。
 何がこの不況を引き起こしたのか?
 どうしてそれはこんなに長く続いているのか?
 金融政策や財政政策を間違えたのか? あるいは、その効果がなかったのか?
 次に何が起こるだろうか?

日経平均株価の上昇と下落

 1980年代は、日本では株式市場が好況だった時期である。日経平均株価指数(日本の株式市場の平均指数である)は、1980年の7,000円から、1989年の終わりの35,000円へと、5倍に上昇した。しかし、その後、株価は急速に下落し、2年以内に、つまり1992年の終わりに16,000円へと低下している。1990年台の残りの年の間、株価は低迷したままだった。2001年終わりには、10,000円をわずかに超える程度であり、最高値の3分の1以下になっている。
 どうして日経平均株価は1980年代にそれほど上昇し、その後、1990年台の始めにそれほど急激に下落したのだろうか。15章での議論を思い出そう。株価が上昇するのには、2つの理由があった。

■株式のファンダメンタルな価値の変化。それは、例えば、現在のあるいは将来の期待された配当金が増加するときに起こる。現在あるいは将来、ある株式がより高い配当金を払うだろう、とわかれば、投資家はその株により多く投資する。そのため、株価が上がる。
■投機的なバブル。投資家は、ある株価が将来、さらに値上がりするだろうという期待だけで、その株式をより高い値段で買う。

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 図22-9


 図22-9は、1980年から2001年までの、日本の株価と配当金の変化を示したものである。上のラインは、日経平均株価の変化を示している。下のラインは、それに対応する配当金の平均の変化を示している。比較を容易にするために、1980年の値を基準にしている。この図を見れば、何が起こったのか簡単にわかるだろう。株価が1980年台から増加しているのに対して、配当金は変化していない。たしかに、これだけでは、日経平均株価がバブルだったと結論づけることはできない。投資家たちは、現在の配当金が増加していなくても、将来の配当金は増加すると期待していたかもしれない。しかし、この図からは、株価の上昇は大部分バブルによるものであり、その後の下落はバブルが崩壊したためである、ということが強く読み取れる。

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 表22-5



 原因が何であれ、株価の急激な下落は、支出に大きな影響を与え、次に産出量に大きな影響を与えた。表22-5は、1988年から1993年までのGDPの成長率、消費の成長率、投資の成長率の変化を示したものである。日経平均株価が上昇していた間、強力だった投資は激減している。一方、アメリカの大恐慌のとき――そのときは、株価の暴落を受けて、消費が急激に減少した――とは対照的に、消費は大きな影響を受けていない。しかし、消費の強さは、トータルの(訳注 消費と投資の)支出の急激な減少を防ぐほど強くなかったし、GDP成長の1993年から1999年への6.5%から0.4%への急激な減少を防ぐほど強くもなかった。
 つまり、日本の不況がどうして始まったのか、ということについては、謎めいたところはない。より難しい問題は、どうしてこんなに長く続いているのか、ということだ。何と言っても、大恐慌から得た重要な教訓は、経済を回復させるために、マクロ経済政策を使うことができるし、使わなければならない、ということだ。日本では、それは行われたのか? もしそうなら、なぜそれは失敗したのか? 次にこの2つの疑問について考えてみよう。

金融政策と財政政策の失敗

 金融政策は実行されている。しかし、それはあまりにも遅すぎたし、それが実行されたとき、前節の22-1節で見た流動性の罠とデフレの2つの問題に直面した。
 重要な点は、図22-10に示されている。これは1990年から2001年の間の名目利子率と実質利子率の変化を示している。(期待インフレ率は計測できないものなので、ここでは実質利子率は、名目利子率から、期待インフレ率ではなくて、実際のインフレ率を引いて計算している。)

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図22-10



 名目利子率は1990年には高く、8%に近い値だった。これはある部分では、日本銀行(しばしばBoJと略される)が日経平均株価の上昇を心配し、利子率を上げて、株価上昇を抑えようとしたためである。インフレ率が[実際の値のように]2%ぐらいだと、この名目利子率の値(8%)の場合、約6%の実質利子率になることになる。
 成長が低下するに従って、日銀は名目利子率を低下させた。しかし、その低下させる割合は遅すぎた。名目利子率は1996年に1%以下になったが、すでにその1996年までに、低い成長率の累積的な効果のために、インフレ率はデフレになってしまっていた。その結果、実質利子率は、名目利子率よりも高くなってしまったのである。
 1990年台中頃から、日本は実際、流動性の罠に陥っている。名目利子率はしばしばほとんどゼロになっている。これを書いている時点で0.02%で、1%の100分の2しかないのだ! もうこれ以上下げることはできないだろう。同時に、失業率は高いままである。失業率が高くなると、デフレが大きくなることにつながる(訳注 1)。そうなれば、実質利子率は上昇することになる。これを書いている時点で、実質利子率は2%ぐらいである。需要を刺激し、産出量を増加させるために十分低いとは、到底言えない数字である。つまり、日本は、前節22-1節で説明した悪循環に陥っているのである。高い失業率が、大きなデフレ率につながる。デフレが大きくなれば、実質利子率が上がる。それが需要の低下につながり、また失業率を増加させる。

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 図22-11



 財政政策も実行された。図22-11は、1990年から2001年までの、GDP比での税収と政府支出の変化を示している。それは、不況の始まりともに税収が低下し、かつ、その期間の間、政府支出が増加し続け、GDP比で8%近くにまでなっている、ということを示している。この政府支出の増加の多くは、公共事業(public work project) という形態をとっており、そのうちには、効果が疑わしいものも多くあるかもしれない。しかし、需要を増加させるという観点から言えば、公共事業の内容はそれほど関係ないはずだ。この政府支出の増加は、全体の需要の増加につながるはずである。
 実際そうだったのか? この疑問に直面したエコノミストたちは、次のように結論づけた。政府支出の増加は需要を増加させた。しかし、それはその後支出を増加させ、産出量を増加させるまでには至らなかった。別の言い方をすれば、政府支出の増加がなければ、産出量はさらに低下していただろう。財政政策のおかげで、産出量の低下は抑えられた。しかし、景気回復までにはつながらなかった。そして、ここに日本政府に対して、もうひとつの問題が立ちはだかる。政府支出が増加し、税収が減れば、財政赤字が長期的に続くことになり、政府の負債が確実に累積していくことになる。GDP比での日本政府の負債残高は、1991年の61%から2001年の130%に増加している。現在の(2001年時点での)国債の利子率はほとんどゼロに近いぐらい低く、負債に対する利子負担分は多くない。しかし、その利子率がもし将来上がったとすれば、利子支払い分は、財政赤字の中で大きな負担になるかもしれない。こういう理由のために、日本政府が財政政策を続けることに消極的なのは理解できる(訳注2)。このことは、1999年からGDP比に対する税収が増加していることからも読み取れる(訳注 消費税増税したことから、政府が財政赤字を心配していたとわかる、ということ)。

次に何が来るのか?

 だから、多くのマクロ経済学者が日本の現在の状況に悲観的なのは、簡単に理解できるだろう。金融政策は、名目利子率をこれ以上、下げられない。財政政策の可能性も、長い財政赤字が続いており、せいぜい限られたものになる。では、政策決定者にとって使うことができる方法としては、何が残っているのだろうか。現時点では、政策決定者が取るべき方法は2つある。

■インフレ期待をつくること
 流動性の罠の奇妙な世界では、インフレ率が高くなったほうが望ましい。もし、日本の人々が、将来インフレになると突然確信したら、実質利子率は低下するだろう。そうなれば、支出と産出量に刺激を与えるだろう。そして、実際のインフレ率も高くなるだろう。フィリップス曲線が示している関係を思い出そう。フィリップス曲線の関係に従えば、期待インフレ率の増加は、1対1で実際のインフレ率の増加につながるのである(原注1、)。
 次に、問題点は、日銀が日本の人々に将来インフレになると信じさせることができるのか、できるとすれば、どうやってするのか、ということである。これまでいろいろな提案がなされていきた。ひとつは、日銀がインフレターゲット、つまり、今後数年間で日銀が達成しようとするインフレ率を宣言する、というものである。人々がその宣言を信じれば、最初は期待インフレ率が――次いで、実際のインフレ率が――実際に上昇し、日本が不況から抜け出るのを助けるだろう。しかし、これは確実に起こるというわけではない。もし人々がその宣言を信じず、デフレが続くと信じれば、デフレが続くことになり、日銀がそれに対してできることは、少なくなってしまう。
 一言で言えば、そのような宣言が成功するかしないかには、明らかに、自己達成的な(self-fulfilling) 側面がある。その宣言が信じられれば、それは成功するだろうし、信じられなければ、成功しないだろう。大恐慌期の1933年に起こったことは、これに関連してくる。アメリカの人々は、1933年のルーズベルト大統領の宣言を聞いて、デフレからインフレへと変わると解釈したのである。そしてそれがアメリカの景気回復につながったのである。私たちは、確証はできないが、日本も同じことができる、と希望している。

■不良債権処理
 もうひとつの取るべき政策は、今日の日本経済は多くの構造的問題に苦しめられている、という提案から出発する。
 その議論は、大きな構造的問題のひとつは、銀行システムの不健全性であると主張している。この不況の影響で、多くの企業の業績は悪化している。そのため銀行は、バランスシートに不良債権、つまり債務者が返済できるかどうかわからない債権を計上していることになる。その結果、多くの不良企業――つまり、損失を出し、本来なら閉鎖すべき企業――が、銀行から融資を受け続け、操業を続けることになる。もうひとつの結果は、銀行融資の多くの部分がそのような不良債権企業に行くことになるので、「優良な企業」――将来性があり、良い投資案件をもっている企業――が融資を受けることができなくなり、投資ができなくなる、ということである。
 続けてその議論は次のように主張する。それゆえ正しい政策は、銀行の不良債権問題をなくすことである。その方法は、債権の返済できない企業は閉鎖するか再編すること、そして、不良債権を大量にかかえている銀行は閉鎖するか再編することである。これらの方法は、次の2つの効果を与えるだろう。
 ひとつは、不良企業を排除することになり、最終的に――そのような企業がより生産性の高い企業に取って代わられるので――より高い生産性につながり、より高い自然産出量を達成できる、ということ。
 もうひとつは、良い投資案件をもっている企業が投資を行うことができるようになり、投資支出の増加につながる。そのために、今度は需要と産出量の増加につながるだろう、ということである。
 しかし、すべてのエコノミストがこれに賛成しているわけではない。日本の銀行に不良債権が多くあること、そして、そのような不良債権の処理が必要だということに関しては、意見は一致している。意見が分かれるのは、そのような不良債権処理が、短期的に日本を不況から抜け出させる助けになるかどうか、という点である。短期的には、不良債権処理を進めれば、多くの企業と多くの銀行が倒産することになる。多くのエコノミストは、短期的には、さらに産出量を減少させるのにつながるのではないか、と心配している。そのために、不良債権処理の望ましい影響が現れる前に、産出量不足 (output slump) をより悪化させてしまうのではないか、と心配している。経済が良くなる前に、かえって経済が悪くなってしまうのではないか、という心配が、日本政府がこれまでのところ、この不良債権処理に乗り出すのに消極的な理由のひとつである。

 結局のところ、日本の消費者か日本の企業が、すぐにもっと楽観的になり、支出を増やせば、産出量の増加につながるのだろう。しかし、こういうことが起こらずに、上で挙げた2つのマクロ経済政策も実行されなければ、日本を現在の不況から脱出させる単純な解決策はないように思われる。現時点で考えられる、その2つの政策は、必ず成功するというようなものではないし、痛みをともなわないものでもないだろう。


訳注1 「失業率が高くなると、デフレが大きくなることにつながる」
AS-ADモデルのような合理的期待仮説にもとづいても、フィリップス曲線の関係から言っても。AS-ADモデルの価格決定(AS)の中心は労働市場。失業率が高くなると、低い賃金を予想する。そして物価水準が低下する。フィリップス曲線では、失業率が高くなると、インフレ率が下がる。

訳注2 「日本政府が財政政策に消極的なのは理解できる。」 the Japanese government is understandably to reluctant to ocntinue to use fiscal policy. ブランシャールは「理解できる」understandably と言っているが、全面的に賛成できる、という意味ではないと思う。この節のタイトルは、財政政策の「失敗」(failuer) となっている。言いたいことは、確かに財政赤字を気にすることは理解できなくもないが、財政赤字を増加させないことを先に優先してしまったために、十分な政府支出が行われなかった、ということではないだろうか。
 その前の日銀批判はわかりやすい。バブルの後遺症のために、つまり、株価バブルを抑えようと名目利子率を高くしていたが、バブル崩壊後も同じような高い利子率を続けすぎた。もっと早く対応すべきだった。
 
原注1 π=πe-α(u - un)。失業率uが変化しないとすれば、期待インフレ率πe の増加は、そのまま同じ割合だけインフレ率πの増加につながる。

クルーグマン教授の〈ニッポン〉経済入門


クルーグマン教授の&lt;ニッポン&gt;経済入門

クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門

 クルーグマンが日本の「流動性の罠」を指摘した重要な論文やエッセイを収めた重要な本。流動性の罠について知りたいなら、これを読まなきゃ始まらない。
 一般の読者を想定していない論文もあり、難しいところもあるけど、山形浩生氏の解説が充実しているので、「流動性の罠」とはどういうものなのか、何が問題なのか、そのために提案されている「インフレターゲット」とはどういうものなのか、クルーグマンが何を訴えようとしているのか、という大まかな論点はわかりやすい。ただ、具体的な話題(不良債権処理とか)がちょっと古いかな、と感じるかもしれないが、10年以上も前の文章なのでこれは仕方がない。(ちなみに、クルーグマンの翻訳は山形氏のHPで読めるが、山形氏の解説はこの本でしか読めない・・・ はず)

 でも、内容をちゃんと理解しようと思うと難しい本だと思う(経済学「入門」じゃないよね)。僕も最初の論文には、理解できないところがある。理解できない、というのは賛成できない、という意味ではなくて、経済学の知識が乏しいのでちゃんと理解できない。

 なので、今の日本の状況なんかをクルーグマンの視点で見てみたいという人には、『さっさと不況を終わらせろ』(こちらは主にアメリカとヨーロッパが話題の中心だけど)のほうが役に立つと思う。現在のいろいろな問題点がよりはっきりするのではないだろうか(こちらのほうが新しいので、クルーグマンの最新の考えが入っているし)。
さっさと不況を終わらせろ
さっさと不況を終わらせろ

 といっても、経済「学」に関心がある人には、『クルーグマンの〈ニッポン〉経済入門』のほうが面白いと思う。でも、最初の一番大事な論文、「復活だあっ」 (It's Baaack!) は難しい。それは、ミクロ的基礎があるモデルで展開されているため。しかも、論文として書かれているため、経済学を学び「始めた」人には難しいんじゃないかと思う。
 そういう点では、そういう読者のために、もう少し違った解説が必要だったかも、という印象も拭いきれない。

 例えばこんな文章。

「期間2の消費の限界効用が、期間1の消費の限界効用よりも大きい場合には、金利がマイナスでないと市場がはけない。」

 僕は最初これを読んで、期間2のほうが消費が多くなると思ってしまった・・・  もちろん違う。期間1の消費のほうが大きくならないといけない。期間1の消費のほうが多くなる→消費は将来に行くに従って少なくなる、ということがイメージできれば、金利の話もわかりやすくなるし、流動性の罠のイメージが具体的にイメージできるようになると思うんだけど。

 期間1の消費のほうが大きくなるのは、消費の効用関数が、限界効用逓減を想定しているため。限界効用逓減=消費をどんどん多くしていくと、満足度は最初に比べると低下する、ということ。例えば、暑い夏の日にアイスクリームを買ったと想定して、最初の1個目と100個目(そんなに買うんかい!!)を比べれば、最初の1個目のほうが満足度は高い。
 だから、限界効用逓減の消費の効用関数の場合は、下の図のU(c)ようになる。効用は消費cが増えていくに従って、増えていくけど、増える割合はだんだん減少していく。数学的に言えばU’(c)>0、U”(c)<0になる。

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 限界効用は、ある消費の量のときの効用の変化の割合。数学的に言えば、効用関数の微分になるし、グラフで言えば、その関数に接線を引いたときの傾きになる。
 それで、期間1の限界効用(C1での接線の傾き)よりも、期間2の限界効用(C2での接線の傾き)のほうが大きい場合は、上の図のような関係になり、期間1の消費から、期間2へ、消費の量は減ることになる。

 ただし、クルーグマン自身も言っているように、流動性の罠は、IS-LMモデルでも説明できる問題で、本書にもIS-LMモデルを使って説明している論文が収録されている。ちなみに、ブランシャールも『マクロ経済学』の教科書で、IS-LMとAS-ADモデルを使って「流動性の罠」を説明している(拙訳はこちら)。

 そのIS-LMによる説明に比べると、最初の論文は難しい。ので、もう少し簡単なミクロ的基礎を入れて、そのつなぎをするエッセイなり解説があるとよかったんじゃないかな、と思う。

(人に[訳者に]頼らずに、そんなもんお前が自分で調べろ、という話になると思うので、自分でも勉強しようと思っていますが・・・ 最初のモデルの解説ぐらいなら書けるかな? )

更新: 、「復活だあっ」 (It's Baaack!) の最初の部分に少しだけ解説を書きました→ こちら


プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

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