M B K 48

もし貧乏人が経済学を学んだら

2013年06月

クルーグマン、「レントとリターン:あるモデルの簡単なスケッチ」(かなり専門的)

http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/06/21/rents-and-returns-a-sketch-of-a-model-very-wonkish/
"Rents and Returns: A Sketch of a Model (Very Wonkish)"
クルーグマンの6月21日のブログの翻訳です。6月20日のコラム(拙訳はこちら)を補足する内容になっています。

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レントとリターン:あるモデルの簡単なスケッチ
"Rents and Returns: A Sketch of a Model "


 僕は、ひげをたくわえることから経済学のモデルをつくる仕事から自分の職業の道を始めた。とくに、僕の師匠のルディ・ドーンブッシュのように、驚くべき洞察を生みだしてくれる小さなモデルをつくることだ。最近ではたくさんの文章を一般的な人々に書く書き手になっているが、何かの問題について意見を言うときには、実は後ろのポケットに小さなモデルを忍ばせておかないと、今でも少し不安になる。

 今日のコラム(拙訳はこちら)にもモデルがある――実際には、計算を全部やっていないので、モデルのスケッチにすぎないのだが。それはこの後にある。ここで警告: これは大学院で勉強した人にはつまらないものに見えるだろうけど、他の人には意味不明の文章だろう。

 まず、次のような経済を想像してほしい。労働と資本の2つの生産要素があり、それらはコブ=ダグラス型の生産関数によって結合され投入要素となり、それが今度は、多くの種類の差別化された製品をつくるのに使われる。その生産関数における、労働分配率を a としよう。

 その差別化された製品は、今度は、ディクシット=スティグリッツ (Dixit-Stiglitz) タイプの代替率の弾力性一定の効用関数に対称的 (symmetrically) に入ってくる。しかし、ここでは固定費用(set-up cost) がゼロで、リターンが一定と想定している。e を代替率の弾力性としよう。この例の場合、そして差別化された製品が非常に多い場合、e がそれぞれの製品の需要の価格弾力性になることがわかっている。

 ここで、2つの想定される市場の構造を考えよう。ひとつは、完全競争の場合であり、もうひとつは、それぞれの差別化された製品がひとつの独占企業によって生産されている場合である。その中間の場合、つまり、差別化された製品のすべてではなくて、ある部分だけが独占企業によって生産されているケースを考えることも可能だが、扱いはやっかいになる。僕はその計算はやっていないが、独占企業の割合が増えるにしたがって、この経済全体の結果が、最初のケース(完全競争)から離れて、2番目のケース(独占)に向かうことは明らかだ。

 そして、完全競争の場合は、労働は所得のうちの a の割合を受け取り、資本は 1-a の割合を受け取る。それで話は終わりである。

 しかし、生産が独占的である場合は、それぞれの独占企業は、限界費用に、需要の弾力性によって決まるマークアップを上乗せして価格をつけるだろう。ちょっと計算してみれば、労働のシェア(労働分配率)が a(1-1/e) に低下するとわかるだろう。

 しかし、労働から低下させられた所得を獲得するのは誰なのだろうか? 資本ではない、実際にそうならない。資本ではなくて、それは独占企業のレント(超過利潤)になる。実際、資本のレンタル率――独占企業のひとつに資本の使用を貸す人が受け取る量である――は、実質賃金の低下と同じ割合だけ低下する
(訳注 (1-1/e) 倍になり、(1-a)(1-1/e) になる)。

 もちろん、国民経済計算では、資本のレンタル料そのものを見ることはできない。僕らが見ているのは、資本のレントと独占企業のレントが合計された利潤だけだ。だから、僕らが見ることになるのは、上昇する利潤と、低下する賃金になる。しかし、資本のレンタル率は、そしておそらく投資から得られるリターンの割合は、実際低下しているだろう。 

 したがって、僕らが考えなければいけないことは、――例えば、知的財産権の制度が変わったとか、大きすぎてつぶせない (too-big-to-fail) 金融機関が増えたとか、ネットワーク外部性のために、最初に参加した人がより有利になるひとり勝ち市場 (winner-take-all-markets) に移りつつあるとか――というような何かの要因によって、あるいはいくつかの要因が組み合わさって、僕らの社会が、上で描いたバージョン1(完全競争)のような社会から、バージョン2(独占)のような社会に変化しつつあり、そのために企業の利潤は増えているのに、実際、資本と労働へのリターンは減っているかもしれない、ということだ。

 これが正しい物語だと確信できるかだって? 答えはノーかな、いやノーだ。しかし、何かが明らかに進行している。そして、資本の技術偏向が強まっているという単純な話では不十分だと思うんだ。


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補足 労働分配率と資本分配率の計算

 クルーグマンがここで言っていることは、理論的には、独占企業は生産量を抑えることになるので、独占企業の割合が増えると、あるいは独占力が増すと、賃金や投資のリターンの低下につながる、ということで、かなり教科書的な議論です(クルーグマンがどのようなモデルを想定しているのかわかりませんので、何とも言えませんが。もちろん、だからダメだ、というつもりもありません)。
 文中に示されている労働分配率と資本分配率を計算してみます。

 経済全体ではなくて、ひとつの企業のみを考えます(経済全体ではそのような企業が多数いると考えればいいと思うので)。
 その企業は、生産するのに、資本を K 、労働を L 必要とすると想定します。そして、クルーグマンが想定しているように、生産量 y は、コブ=ダグラス型の生産関数にしたがうと想定します。
13063001
   (1)
 y はこの企業の生産量です(A は技術進歩を表す係数ですが、なくても以下の結果は同じです)。労働分配率が a 、資本分配率が 1-a ならば、コブ=ダグラス型の生産関数の場合、パラメーター a は、(1)式のように入ってきます。
 企業の利潤πは、次の式になると想定します。
13080901  
    (2)

 p =「この企業の製品の価格」、w =「名目賃金」、r =「資本1単位当たりのレンタル料」です。

(1)完全競争市場
 完全競争の場合は、企業は生産量を変えることで価格を変えることができません。価格は外生的に市場で決まってきて、企業はその価格をそのまま受け入れます。
 そこで、企業の利潤最大化の問題を考えます。(2)式を L と K で微分して1階の条件を求めると( p は定数と考えることができます)、
13080902
   (3)

13080903
   (4)

 まず(3)式から、
13063010


 となります(左辺は、この企業の財の価格 p に対する相対的賃金(実質賃金)になっています。右辺は労働の限界生産物です。したがって、この式は実質賃金が労働の限界生産物に等しくなる、ということを表しています)。
 右辺の dy/dL は、(1)式の生産関数から求まるので、
13063011
   (5)
ALa-11-a  は、AL1-a /L と表すことができ、また y = ALa11-a  なので、
13063012
  (6)

 となります。(6)式は労働者の実質賃金を表していますが、労働者が L いるので、これを L 倍すれば、この企業の労働者全体が受け取る所得になります。
13063013
   (7)
 

 労働者が受け取る所得は、生産量 y のうちの a の割合になります(つまり、労働分配率がa)。

 次に(4)から、
13063017


 右辺は(1)式の生産関数から計算できます。
13063018
   (8)
13063019


 これは資本1単位当たりのレンタル費用なので、この企業が保有している K の資本全体では、
13063020
   (9)

 となります。これは資本分配率が 1-a となることを表しています。

(2)独占市場
 独占市場の場合は、企業は生産量を変化させることで、価格を変化させることができます。
 クルーグマンが書いているように、個々の企業の財に対する需要関数は、需要の価格弾力性が e になるので、ここでは企業が直面する需要関数を(最大限簡略化して)以下のものと想定します。
13063021
   (12)
 再び、(2)式の利潤関数をそれぞれ L と K で微分し、1階の条件を求めます。今度は価格 p は、外生的に与えられる定数ではありません。py を L で微分すると、p(dy/dL)+y(dp/dL) となります。
13080904


13080905


 それぞれ、右辺の2番目の項、y(dp/dL) と y(dp/dK) を次のように変えます。
13080906
   (13)

13080907
   (14)

 それぞれ、右辺の2番目の項の dp/dy を計算するのですが、その前に(12)式の需要関数を p の式に変えます。
13080908
   (15)

 これを y で微分すれば、次の式になります。
13080909
   (16)

 y(dp/dy) を計算すると、
13080910


-1/e は(15)式から p です。したがって、y(dp/dy) は、
13080921


 となります。これを(13)式と(14)式に代入すれば、それぞれ次の式になります。
13080911
   (17)

13080913
   (18)

 この2つの式から、それぞれ次の関係が得られます。
13080912
   (17)

13080914
   (18)

 まず、(17)式から、
13080915


 となります。最後の項は、(1)式の生産関数から dy/dL を求めて代入しています。
13080916


 となります。実質賃金は、完全競争に比べて、1-1/e 倍に低下するわけです。これを L 倍すれば、労働者全員の所得になります。
13080917


 これは、労働分配率が(1-1/e)a になることを示しています。これも完全競争に比べて、1-1/e 倍に低下します。

 次に(18)式から、
13080918


13080919


 となります。 資本のレンタル料は、賃金と同様に、完全競争市場の場合と比べて、1-1/e 倍に低下します。(18)式の両辺を K 倍すれば、資本全体に支払われるレンタル料になります。
13080920

   

  これは、資本分配率が (1-1/e)(1-a) になることを示しています。これも完全競争に比べて、1-1/e 倍に低下します。

クルーグマン、「生産と結びつかない利潤」

http://www.nytimes.com/2013/06/21/opinion/krugman-profits-without-production.html
"Profits Without Production"
 クルーグマンの6月20日のコラムの翻訳です。

 クルーグマンが翌日のブログで、このコラムのモデルについて(といってもモデルはまったく出てこない)書いた記事がこちら(拙訳はこちら

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生産と結びつかない利潤
"Profits Without Production"


 最近の経済的困難から得られるひとつの教訓は、歴史の有用性である。ちょうど危機が始まったころ、ハーバード大学のカーメン・ラインハートとケネス・ロゴフ――その2人は残念ながら、彼らの良くない研究によって有名になってしまったが――は、『今回は違う』(邦題『国家は破綻する』)という皮肉的なタイトルの素晴らしい本を出版した。もちろん、彼らの主張は、異なる時代の経済的危機にはかなりよく似た類似がある、ということである。確かに、1930年代だけでなく、1990年代の日本、1920年代のイギリスなどとの歴史的な類似性は、現在にとって有益な指標となっている。

 しかし、経済は時間とともに変化しているし、ある時には、重要な点で変化している。とすると、21世紀のアメリカが本質的に異なるのは、どんなところなんだろう?

 僕が示したい最も重要な答えは、ますます増加する独占企業のレントである。レントとは、投資のリターンを表すのではなくて、市場の支配力の価値によって決まる企業の利潤である。ある場合には、市場の支配力は、その企業にとってふさわしい場合もあるし、ある場合にはふさわしくない。しかし、どちらの場合にせよ、レントが増加していくことは、生産と利潤との結びつきを切断し、もしかすると不況を長引かせる要因になっているかもしれないのだ。

 僕が考えていることを確認するために、2つの異なった時代の代表的な企業の違いを考えてみよう。1950年代のジェネラルモーターズと現在のアップルだ。

 GMが最盛期には巨大な市場支配力をもっていたのは明らかだ。しかし、GMの企業価値は、もっぱらその生産能力のためだった。GMは何百もの工場を持ち、非農業労働力の約1%にもなる労働者を雇っていた

 対照的にアップルは、物質的世界にはかろうじてつながっている、というにすぎない。その時々の株価しだいで、アップルはアメリカで最も価値がある企業になったり、2位になったりする。しかし、アップルが雇用しているのは全労働者の0.05%以下だ。その原因は、生産部門をほとんど海外の生産拠点にアウトショアしているからである。とはいえ、実は中国の労働者は、アップルの売り上げからそれほどお金をもらっていない。あなたが i 何とかという物に払っているお金の大部分は、そのがらくたを生産する費用とは切り離されているのである。アップルは、単純にそういう状況が許す限りにおいて、高い値段をつける。でも、アップルが市場に占めるポジションという力のおかげで、そういう状況は大きな利潤をアップルに与えてくれる。

 もちろん僕は、道徳的な審判を下そうとしているわけではない。読者のみなさんは、アップルは、その特別なポジションを獲得するのに値する、と主張するかもしれない。しかし、じゃあ多くの人がマイクロソフトについて同じことを主張するだろうか。なにしろマイクロソフトは、金融産業を除けば、何年も巨大な利益を稼いでいる企業である。次に、その金融産業の利益は、やはり同じ独占力によるレントであるという特徴を持ち、近年ではその利潤は、全企業の約30%を占めると見積もられる。いずれにせよ、ある企業がその特権的な地位に値するかどうかにかかわらず、それによって経済全体は影響を受けるのである。しかも、利潤がますます生産ではなくて市場の独占力を反映しているのなら、経済は悪い影響を受けるのである。

 ここにひとつのデータがある。多くのエコノミストが最近指摘しているように、増加する不平等――これまでは技術によるプレミアムによって増加してきた――という物語が、最近では、かつて想定されていたような現実との関連性をもたなくなってきた。代わって2000年以降、大きな傾向は、[訳注 賃金格差ではなくて]所得の配分が賃金全般に向かわずに、企業の利潤に向かっている、というものになってきている。しかしそうなると疑問が生じる。企業の利潤が増加していて、資本のレンタル費用が低いのに、どうして投資の増加が起こらないのだろうか? いや、それどころか、投資の増加は起きていない。そして、投資が低迷しているのは、オバマ大統領がビジネスリーダーの気分を害したからでも、誰かさんが健康保険の将来の見通しに恐怖を覚えたからでもない。

 でも、増加する利潤が、投資に対するリターンではなくて、レントを反映しているならば、その疑問は決して不思議ではない。独占企業とは、結局、高い利潤を生むことができるが、だからといって生産能力を拡大する理由を持たない企業のことだ(訳注 独占企業は生産量をむしろ抑えることで利潤を増やすことができるから)。ここでもアップルがいい見本を与えてくれる。アップルは大きな利潤をかせいでいる。しかし、アップルはその現金の山の上に卵をかえす鳥のように座ったままで、明らかに、それを再び事業に投資する必要性を感じていない。

 読者のみなさんは、これは経済全般にとってはいいことではないだろう、と思われるかもしれない。その通りだろう。もし家計の所得と支出が、国民所得に占める労働のシェアが減少したことで削減され、それに対して企業が大きな利益を得ているのに投資するインセンティブを少しも持たないなら、低迷し続ける需要のレシピとしてはぴったりだ。僕は、これが、景気回復が弱い唯一の理由だとは思わないけど――金融危機の後は景気回復が弱いのは普遍的なことだからね――、しかし、これはおそらくその要因のひとつにはなるだろう。

 要点をはっきりさせるために言っておくと、ここまで僕が書いてきたことは、歴史の教訓を無効にするものではない。特に、企業の利潤と、生産とのますます広がる乖離は、経済が低迷している限り拡張的な金融政策と財政政策をしなければいけない、という主張を決して弱めるものではない。しかし、経済は常に変化し続ける。僕は将来のコラムで、これが政策について何を意味するのか、ということについて書いてみようと思っている。

クルーグマン、「資本偏向的な技術進歩:一例」(専門的)

http://krugman.blogs.nytimes.com/2012/12/26/capital-biased-technological-progress-an-example-wonkish/
"Capital-biased Technological Progress: An Example (Wonkish)"
クルーグマンの去年(2012年)の12月26日のブログから。この時期、クルーグマンは技術進歩に関する記事をいくつか書いていて(okemosさんの翻訳はこちら)、これはその続編です。

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資本偏向的な技術進歩:一例
 "Capital-biased Technological Progress: An Example"

 僕がロボットと所得の分配についての記事を投稿してから、何人かの読者から、資本偏向型の技術の変化――つまり、社会を豊かにするかもしれないが、労働者を貧しくするかもしれない種類の変化――とは、実際には何を意味するのか、という質問をいただいた。そこで、それがもたらす可能性を明らかにするために、簡単なモデル――数値例を計算することもできるモデルだ――を提供するのが有益だろうと思いついた。ので、早速始めよう。

 生産をするのに2つの方法だけがある経済を想像してほしい。ひとつは、労働集約的な方法で、例えば、ペンだけを道具にした書き手の集団だ。もうひとつは、資本集約的な方法で、例えば、サーバーファーム(訳注 コンピューターのサーバーを提供する企業)の一握りの技術者の集団だ(ここでは、オフィスワークを考えている。現代の経済では、それが中心的な職業だからね)。

 その2つの技術は、投入要素の量で区別することができる――1単位の生産物を生産するために必要な生産要素の量だ(訳注 労働と資本)。下の図では、当初、資本集約型技術(K-intensive)は、生産物1単位 を生産するのに 0.2単位 の労働と 0.8単位 の資本を必要とする。いっぽう、労働集約型技術(L-intensive)は、生産物1単位 を生産するのに 0.8単位 の労働と 0.2単位 の資本を必要とする。

13062501













 経済全体では、その技術の両方を利用することができる。実際、労働者1人当たりに対して非常に多くの資本があるか非常に少ない資本しかない場合を除いて、その両方の技術を利用するだろう。この例では問題なくそうなる。下の図の青い直線上で投入要素の組み合わせを得ようとすると、両方の技術を使うことになる。これを読んでいるエコノミストのために言っておくと、その青い直線は、この場合の単位等量曲線 (unit isoquant) だ。もしこの経済がより生産性が高い技術を持てば、その直線はよく教科書にあるような凸の曲線(訳注 双曲線状の形)になる。しかし、ここではより簡単にしておこう。

 この例の場合、所得の分配はどうなるだろうか? 完全競争を想定すると(それが非現実的であるということはわかっているけど、この例ではそういうことにしよう)、実質賃金 w と資本の価格 r (どちらも生産物で計った量だ)は、どちらの技術を使っても、生産物を1単位生産するのに必要な費用が 1 になるように決まってくる(訳注 資本の価格 r =資本の所有者に支払われる資本1単位当たりのレンタル費用)。この例では、w = r = 1 になる。ところで、上のグラフで言えば、w/r は、青い直線の傾きにマイナスをかけたものに等しい。

 わかりにくいという人のために言っておくと、労働者に支払われる賃金と、資本所有者に支払われる価格は、どちらも限界生産物に等しい。

 しかし、ここで技術進歩が起こったと想定しよう。つまり、資本集約的な技術を使った生産がより効率的になり、いっぽう労働集約的な技術の生産は変化しなかった場合だ。上の例では、ペンを持った書き手の集団は以前と同じままの状態で、サーバーファームはより生産できるようになった、ということになる。上の図では、資本集約型の技術にとって、1単位の生産物の生産に必要な資本の投入量が、半分ですむようになったと想定している。赤い直線が、この経済が選択できる新しい範囲を示している。

 そうすると何が起こるだろうか? 資本の価格に対する相対的な賃金が低下するのは明らかだ(訳注 直線の傾きから)。実質賃金が絶対的なレベルで同様に低下することは、見た目にはわかりにくいが、それでもそうなる。この例では、この技術進歩によって実質賃金は3分の1減少し、0.667 になる。いっぽう、資本の価格は 2.33 に上昇する。

 もちろん、このモデルが非常に様式化されたものであり単純すぎるというのは、そのとおりだ。しかし、資本集約型の技術進歩によって、どういうことが起こりうるのか、そして、それが実際労働者を苦しめることになるかもしれない、ということは理解できるだろう。

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補足 数値例の計算
 
 賃金 w は労働の「限界生産物」なので、労働1単位当たりの(限界での)生産物を表しています。いっぽう、資本の価格 r は、資本の「限界生産物」で、資本1単位当たりの(限界での)生産物を表しています。

 資本集約型の技術では、1単位の生産物を生産するのに、労働が 0.2、資本が 0.8 必要です。つまり、1単位の生産物のうち、労働が生産しているのが 0.2w (0.2の労働が必要で、労働1単位当たりの生産が w なので)、資本が生産しているのが 0.8r (0.8の資本が必要で、資本1単位当たりの生産が r なので)で、両者の合計が1になるということです。したがって、次の方程式が成り立ちます。

 0.2w + 0.8r = 1

 労働集約型の技術では、

 0.8w + 0.2r = 1

 となります。この方程式を解けば、w = r = 1 となります。

 技術進歩が起こり、資本集約型の技術では、1単位の生産物を生産するのに、労働が 0.1、資本が 0.4 ですむようになった(数値は上記のグラフから)。資本集約型の技術は、次の式で表されます。

 0.1w + 0.4r = 1

 いっぽう、労働集約型の技術は変化しないので、

 0.8w + 0.2r = 1

 です。この2つの方程式を解けば、w = 2/3、 r= 7/3 となります。


ローマー、『上級マクロ経済学』:演習問題 6.5

6.5
 伸縮的価格設定を行う企業と硬直的価格設定を行う企業の2種類からなる経済を想定しよう。pは伸縮的な価格設定を行う企業の価格、pは硬直的な価格設定を行う企業の価格である。伸縮的価格設定企業は、m が既知となってから価格を設定するのに対し、硬直的な価格設定企業は m が既知となる前に価格を設定する。したがって、伸縮的価格設定企業は価格を p= p=(1-Φ)p+Φm に設定し、硬直的価格設定企業は価格を p= Ep= (1-Φ)Ep+ΦEm に設定する(Eは硬直的価格設定企業が価格を設定する時点での変数の期待値を表す)。
 企業のうちのq の割合のものが硬直的価格設定を行うものと仮定せよ。よって p = qp+(1-q)pである。
(a) を、p、m およびこのモデルのパラメーター(Φと q)で表せ。
(b) を、Em およびこのモデルのパラメーターで表せ。
(c)
(i)
m の予期された変化(つまり、硬直的価格設定企業が価格を設定する時点ですでに予想されている変化)により、y は影響を受けるか。理由を述べよ。
(ii) m の予期せざる変化により、y は影響を受けるか。理由を述べよ。

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(a) q の割合の企業が硬直的に価格設定を行うので、平均価格は次の式で表されます。
13062301
   (1)

 伸縮的に価格設定を行う企業の価格は、
13062302
   (2)
 なので、これを(1)式に代入すれば次の式を得ます。
13062303


13062304


 pを左辺に移項すれば、次の式になります。
13062305


 この式から pを求めれば、
13062306
   (3)

 となります。次の(b)の計算では、次の形にしておいたほうが便利かもしれません。
13062307

   (4)

(b) 硬直的に価格設定する企業の価格は次の式です。
13062308
   (5)

 この(5)式の p に、(1)式を代入すると、
13062309

 
 となります。硬直的に価格設定する企業は、自分の価格 pはわかっているので、E[p]= pとなります。したがって、(6)式は次のようになります。
13062310
   (6)

 ここで、(4)式から E[p] を計算すると、
13062311


 ここでも、硬直的に価格設定する企業は、自分の価格 pはわかっているので、E[p]= pとなります。したがって
13062312
   (7)

 となります。この(7)式を、(6)式の E[p] に代入すれば、pは次の式になります。
13062313


13062314

13062315


 最初の項を左辺へ移項すれば、
13062316


13062317


13062318
    (8)

(c)
 まず、平均的価格は、(1)式で表されます。
13062301
   (1)

 pに(4)式を代入すれば、次のようになります。
13062319


 次に、pに(8)式を代入すれば、次のようになります。
13062320


13062321

   (9)
 p = m-y なので、これを(9)式の左辺の p に代入すれば、
13062322


 したがって、y は次の式になります。
13062323
   (10)

(i)mの予期された変化
 
ここで「予期された変化」、「予期されたなかった変化」というのは、予期できた・できなかったということが問題になっているわけではありません。「予期された変化」というのは、予期されていたので、硬直的価格設定する企業が「価格を変更する」場合です。いっぽう、「予期されたなかった変化」というのは、予期されていなかったので、硬直的価格設定する企業が「価格を変更しない」場合です。

 まず、m の変化が予期されていた場合は、m の期待値と実際の m が等しくなるということですから、E[m]= m ということです。したがって、(10)式から y は変化しません。
 
 いっぽう、平均的価格は、(9)式で表されます。(9)式の2番目の項は0になります。したがって、平均的価格は、E[m](この場合、これは m に等しい)の変化だけ上昇することになります。これは、m の変化分が産出量にはまったく影響を与えず、その変化分がそのまま物価上昇につながる、ということを意味します。

(ii)mの予期されなかった変化
 今度は E[m] は m と等しくなりません( m ≠ E[m])。したがって、(10)式から y は変化することになります。
 例えば、実際の m が、期待された m、つまり E[m]よ りも大きかった場合 ( m>E[m] )、(10)式の
 m-E[m] がゼロより大きくなる( m-E[m]>0 )ので、y は増加します。

 平均価格の変動については、まず(9)式を次のように書き換えると、
13062326

   (11)
 
 となります。m の変化が予期されていないので、E[m] の変化はゼロです。したがって平均価格は、m の変化のうちΦ(1-q)/{Φ+(1-Φ)q} の割合(左辺)だけ増加します。
 q は硬直的価格設定する企業の割合なので、0≦q≦1 です。Φは現実的な値としては、0<Φ<1 です(Φは実質値の硬直性を表していて、Φの値が小さいとその硬直性が大きくなります)。
 その場合、
13062327


 です。したがって、m の増加が 1 とすると、平均価格 p の増加は、1 より小さくなります(その増加しなかった分が、産出量 y の増加になります)。先ほどの、m の変化が予期されていた場合は、mの増加が 1 ならば、p の増加も 1 です。

 これがどうして起こるかは、まず硬直的価格設定する企業が価格を変更しないからです。(8)式から硬直的価格設定する企業の価格は E[m] に等しくなりますから、この場合、価格の変化はゼロです。
 次に、柔軟的価格設定する企業の価格がこれの影響を受けます。もう一度(3)式を引用すると。
13062306
   (3)

 m の変化が予期されなかった場合、硬直的価格設定する企業は価格を調整しないので、pの変化はゼロです。
 柔軟的価格設定する企業は、m の予期されなかった変化に対応して価格を調整することができます。しかし、(3)式は、柔軟的価格設定する企業が、硬直的価格設定する企業に合わせて価格調整する(右辺の第1項)ということを表しています。
 つまり、硬直的価格設定する企業の価格 pの変化がゼロならば、柔軟的価格設定する企業も、その項、(3)式の第1項をゼロにするということです。
 そして、m の変化のうちのΦ/{Φ+(1-Φ)q}の割合だけ(第2項)、価格を上昇させることになります。
 その係数は(0<Φ<1ならば)、Φ/{Φ+(1-Φ)q}<1です。したがって、m が1だけ増加した場合、柔軟的価格設定する企業の価格の増加は、1 より小さくなります。柔軟的価格設定する企業は、m の変化に対応できるのに、m の増加分をそのまま価格に反映させないわけです。
 それは、柔軟的価格設定する企業が、硬直的価格設定する企業の価格に合わせて((3)式の第1項)価格調整するから、つまり、硬直的価格設定する企業に「引きずられる」から、と言えます。

 また、(10)式から y はq が大きくなると、より増加することがわかります。これは硬直的価格設定する企業の割合が大きくなると、より y が増加するということです。
 いっぽう、(11)式から p はq が大きくなると、増加の割合が減少することがわかります。これは硬直的価格設定する企業の割合が大きくなると、より p の増加が抑えられるということです。といっても、q は硬直的価格設定する企業の割合なので、この値が大きくなれば、全体の価格変動も硬直的になる、というのは直感的にわかります。

 また y を実質値の硬直性を表すΦで微分すると、次の式になります。
13062325



 q<1 なので、m>E[m] ならば、この値は負です。Φが小さくなると(実質値の硬直性が大きくなると)、y の増加が大きくなるとわかります。

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クルーグマン、「インフレ連合国はまだ・・・」

http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/06/16/inflation-nation-not-2/
"Inflation Nation Not"
クルーグマンの6月16日のブログから。

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「インフレ連合国はまだ・・・」 "Inflation Nation Not"(訳注1)

 ブラッド・デロングが、大不況の初めの頃にジョン・コクランがやった予測みたいなもの、つまり、Fed によるマネタリーベースの拡張により高いインフレになる、という予測に関して、かなり長いごちゃごちゃした結果発表の記事を書いている。ブラッドは、いろいろな言い訳の検討に長いページを費やしているが――あれは本当に予測と言えるのか? とか――、それは大事なポイントをはずしていると思う。重要なことは、4年前に高いインフレ率を予測したすべての人々がそのように予測したのは、彼らのモデルを考えれば正しかった、ということだ。そして、その後の低いインフレ率が教えることは、彼らのほとんどが学ぼうとしない教訓だけど――彼らのモデル自体がまちがっていた、ということだ。

 基本的に右派の多くの人々は、過去でも現在でも、不況の原因を供給側(サプライサイド)から見る。これにはいろいろなバージョンがあって、失業手当やオバマケアが労働供給を減らしているという見方や、バブルの崩壊が不良の資本蓄積を残したというオーストリア派の見方などだ。これには他のバージョンもあるだろう。しかし、需要を拡大することで対応するというFed の決定――それは、マネタリーベースを大幅に拡張するという方法で行われてきた――は、サプライサイド的な見方のどれをとっても、必ずインフレ率を増加させることになっているのだ。

 もちろん、そんなことは起こらなかったし、それは、その論争で僕らの側の人々が前もって予測していたことだった。なぜなら、僕らは、需要の崩壊が僕らを流動性の罠に陥らせたのだから、その状況での Fed の問題は、インフレではなくて、トラクション(traction 足がかり)の不足だ、と正しく認識していたからだ(訳注2)。

 がっかりさせるのは、それについてはすでに言っているんだけど、これだけ大きく予測をはずしているのに――これは、金利の予測の誤りにも同様に言える――、彼らのうちのほとんど誰も自分の見方を変えないことだ。やっぱりケインジアンが正しかった(訳注3)、ってもうそろそろ認めたっていいのにね。

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訳注1 "Iranian Nation Not Succumb to Western Powers" というような文章を念頭に置いていると思います。インフレになると主張している人々(=インフレ連合国)はまだ降伏しない、ということです。あるいは、それを向こう側から見て、「インフレ連合はまだ降伏しないぞ 」。
訳注2 トラクション=足がかり。ゼロ金利状態(=流動性の罠)だと、中央銀行がマネタリーベースを拡大しても、貨幣は貯め込まれるだけで出ていかない。中央銀行は「足がかり」を失っている。
訳注3 ケインズ理論は、需要側から見るから。


プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

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