M B K 48

もし貧乏人が経済学を学んだら

2013年07月

クルーグマン、「流動性の罠における 賃金―物価 の伸縮性、再び再び再び」

http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/07/15/wage-price-flexibility-in-a-liquidity-trap-again-again-again/
"Wage-Price Flexibility in a Liquidity Trap, Again Again Again"

クルーグマンの7月15日のブログの翻訳です。

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流動性の罠における 賃金―物価 の伸縮性、再び再び再び
Wage-Price Flexibility in a Liquidity Trap, Again Again Again

 大不況以後のマクロ経済学の議論でいらいらさせられることのひとつは、まちがった理論のゾンビ――理論や証拠で殺戮したと思ったのに、何度もよみがえってきて僕らの脳を食いあさる誤解――が増殖していることである。しばしば、いや通常、ゾンビを生かし続ける温床になっているのは政治である。あるいは、厳密に政治ではない場合としては、まちがった理論に投資してしまったエコノミストがその投資を守ろうとする場合である。

 しかし、ときどきゾンビは、誰かがちょっと注意を怠ったためにその脳をひとつかふたつ食いあさることがある。いつもなら優秀なノア・スミスに起こったことは、これだと思う。

 スミスは、日本の持続する需要不足は不思議だと言う。彼の主張によれば、これはニューケインジアンモデルでは起こらないことになっているからだ。

 ニューケンジアンモデルでは、需要不足が起こると失業が発生する。中央銀行はその需要不足に対処するために貨幣を刷ることができる。それはインフレ率を上げ、失業率を下げる。しかし、中央銀行が何もしなくても、物価はやがて調整され、失業もなくなるだろう。このニューケインジアンモデルの結論は、みんながEcon 102 の授業で習う単純なAD-ASモデルから引き出される結論とまったく同じだ。

 チャーリー・ブラウンの言葉で言えば、「アウ!(aaugh!)」だね。

 僕らは同じ議論を前にもやっている

 確かに標準的なAS-ADモデルでもNKモデルでも、高い失業率は賃金の下落と物価の下落につながる。そして、そのために最終的に完全雇用レベルに回復する(訳注1)。しかし、これが起きるのはどうしてだった? 労働が安くなるおかげで、労働需要が増加するからではない。ケインズは『一般理論』を書くかなり前に、すでにこの点を理解していた。

 あるいは、もしある特定の生産者かある特定の国が賃金カットを行い、もし他の生産者や国が追従しなければ、その特定の生産者や国は、今後取引が行われるもののより多くを手に入れることができる。しかし、もし賃金が全般的にカットされたなら、その地域全体の購買力が、費用の削減と同じ割合だけ削減される。結局、誰も前に進めないことになる。

 その通り。標準的なモデルでデフレが(訳注 景気回復として)「機能する」唯一の理由は、デフレが実質貨幣供給を増加させるからだ。そしてそれが利子率の低下につながる。実際、デフレは拡張的な貨幣政策と同じように作用するわけだ(訳注 2)。

 しかし、日本はスミスが見ている期間の間、流動性の罠に陥っていた。そうなると貨幣拡張は、それが将来のインフレ期待を高めない限り、効果がなくなる。だからデフレは景気回復の助けにならない。むしろデフレは、負債の実質的な負担を増加させるので、状況をより悪化させる。

 この問題の副産物は、賃金の硬直性が実際起こっている現象なら(強力な証拠が徐々に出てきた)、その重要性は正しく理解されなければならない、ということだ。僕らが今見ている状況、つまり、現在アメリカでデフレが現れていないこと(あるいは、日本でデフレがゆっくり進行したこと)を理解するためには、その賃金の硬直性の考えが必要だ。はっきりと言っておくけど、賃金の硬直性は、日本やアメリカが回復できなかった理由ではない。
 
 これが多かれ少なかれ僕らが到達した地点だと思うけど、どうしてこういうことが理解されないんだろうか?

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訳注1) AD-ASモデルで、物価の低下が景気回復につながるパターン(以下の図はどちらもブランシャールの『マクロ経済学』から)。
12120803












 クルーグマンが問題にしているのは、上の図のA’からA”への移動です。
 AS曲線が下にシフトすれば、経済はA’点からAD曲線上を右下に移動していき、物価が下がるとともに、産出量が増加する。


訳注2)
 上記のことが起こる理由。IS-LMモデルで考えると。

12120804














 物価Pが下がることにより、実質貨幣供給M/Pが増えることになる。そのために、貨幣拡張政策が行われたときと同じように、LM曲線が下にシフトし、産出量が増加する。

Nick Rowe, 「利子率、レント、分配率、資本の理論」

http://worthwhile.typepad.com/worthwhile_canadian_initi/2013/06/rates-rents-and-shares.html
Nick Rowe, "Rates, rents, shares, and capital theory"

 前回の記事で紹介した Nick Rowe のブログの記事(6月23日)の翻訳です。

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利子率、レント、分配率、資本の理論  Rates, rents, shares, and capital theory

 ポール・クルーグマンが念頭においている技術は次のようなものだと思う (クルーグマンの記事の拙訳はこちら)。
13072401
   (1)
 ここで C は消費、K は資本ストック、Kdot は投資、L は雇用量、A は生産性を表わすパラメーター、a は(完全競争市場で利潤最大化している均衡状態における)国民所得のうちの労働への分配率を表わすパラメーターで、したがって (1-a) が資本への分配率になる。資本消耗は単純化のために省略した。

 マクロ経済学者はたいていこのような技術を想定している。こうすることで扱いやすくなるからだ。しかし、このような技術の想定は、ポールにとって問題を生み出している。というのは、このように技術を想定してしまうと、(完全競争市場で利潤最大化している均衡状態では)(実質)利子率は、資本のレンタル率(これは資本の限界生産物に等しい)と等しくなる。そのためにポールは、利子率が下がっているのに、資本所得が上がる理由を(訳注 完全競争市場とは「別の」条件から)説明しなくてはいけなくなる。(それで彼は、企業の独占力が増加して、資本所得の増加に見えるものは、実は独占力による超過利潤だった、と想定しなければいけなくなったわけだ。)

 少し変更を加えてみよう。(1)式を次のように変えるのだ。
13072403
   (2)

 ((1)式の両辺を A で割り、C の分母の A を消去している。)

 最初の標準的なモデル((1)式)では、生産性の向上( A の増加)は、消費財と資本財の両方に同様に影響を与える。しかし、2番目のモデル((2)式)では、生産性の向上は、資本財には影響を与えるが、消費財には影響を与えない。

 この想定の小さな変更が、両方のモデルにとって大きな違いを生む。

 最初のモデルでは、  r = MPK  (r :実質利子率、 MPK :資本の限界生産性)、

 2番目のモデルでは、  r = MPK・A - Adot/A 
 となる。

 最初の例((1)式)では、消費財と投資財は、限界での交換比率 (a marginal rate of transformation) がいつでも 1 になり、生産において完全な代替物になっている。そのために、(完全競争市場では)資本財の価格は(消費財をニューメレールとすると)いつでも 1 になるだろう。これは利子率がいつでも資本の限界生産物 (MPK) と等しくなる、ということを意味する。a の低下は、労働への分配率、労働の限界生産物 (MPL)、労働の賃金を下げ、いっぽう資本への分配率、資本の限界生産物 (MPK)、資本のレンタル料を上げる。そして利子率を増加させる。A が増加した場合は、賃金、資本のレンタル料、利子率のすべてを増加させるだろう。

 2番目の例((2)式)では、消費財と投資財はやはり生産において完全な代替物になっている。しかし限界での交換比率は、今度は 1/A になる。そのために(完全競争市場では)、資本財の価格は(消費財をニューメレールとすると)いつでも 1/A になるだろう。時間の経過とともにAが増加すると、資本財は消費財との相対で安くなる。利子率は、資本財を所有することにともなうリターンの割合に等しくならなければならない。しかし、そのリターンの割合は、資本財の価格が時間とともに低下していくために減少するのである。

 これが資本分配率は高くなっているのに、実質利子率が低下することを説明してくれる。つまり、(1-a) は増加するが、Adot/A も増加しているのだ。

 この説明を支持する証拠はあるのか? ない。 それは僕がここでやろうとしていることではない。
 ここでやっておきたいことは、多くのマクロ経済学者が通常想定している技術――彼らがそうしているのは、たいてい扱いやすいという理由のためだ――は、非常に特殊な技術だ、ということを示すことだ。それが僕らの思考を歪めている。そのために僕らは、資本のレンタル料の増加と実質利子率の増加が同じものだと思い込んでしまう。でも、その2つは違うのだ。僕のモデルは、一方が下がって、もう一方が上がる可能性があることを示す一例にすぎない。そして僕のモデルは、小さな変更を除けば、ポールのモデルとまったく同じだ。

 みんな(1)式の重要な部分は右辺にあると考える。いっぽう、左辺はつまらない国民所得の会計要素にすぎない、と。でも、そう考えている人はまちがえている。このモデルでは、コブ=ダグラス型の生産関数というのも無視できる。その代わりに右辺を A・F(L,K) と置き換えても、重要な変更は生じない。資本財の価格を決めるのは、左辺の関係なのだ。資本の限界生産物(MPK)がわかったところで、資本財の価格がわからなければ、そして資本財の価格が時間の経過とともにどのように変化するのかわからなければ、MPK は r (実質利子率)について何も教えてくれない。

 このように見てみると、ケンブリッジ(UK)はまちがっていたとわかる。なぜなら、C + Kdot = F(L,K)は、ネオクラシカルの資本理論と同じではないからだ。しかし、彼らはときどき重要な点を示していたと思う。というのは、C + Kdot = F(L,K)は、このような問題では想定しているよりも重要な役割を果たすからだ。

(補遺: 国民所得の計算では、資本ストックは物理単位 (physical unit) ではなくて、価値単位 (value unit) で計算される。A の増加は、資本の物理単位の増加につながる(その物理単位を生産するのにより安くなるからだ)。しかしそれは、その物理単位の単価を下げる。したがって、それが資本ストックにどのような影響を与えるかは、はっきりしない。

 「僕のモデル」を解きたいなら、貯蓄関数 r = r+ B・Cdot /C を付け加えればよい。あなたが僕よりも数学ができるなら、それでうまくいくだろう。

更新: うーん、たぶん「僕のモデル」は実証的にも成立するんじゃないだろうか。誰かがコンピューターを開発したと想定してみよう。Adot/A は、他の資本財や消費財よりも、コンピューターの場合ならかなり大きくなる。だからより多くのものがコンピューター化されるにつれて、Adot/A は時間の経過とともにゆっくり増加していく。そうならないかな?

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私(訳者)が書いた補足みたいなものはこちら(前回の記事)。

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 himaginary さんがクルーグマンのレントと労働分配率の記事の拙訳(こちら)を紹介してくださいまして、そのクルーグマンの記事に対するニック・ロウ(Nick Rowe)の記事(こちら、拙訳はこちら)を紹介しています
(himaginary さんの記事はこちら)。

 ロウの指摘は面白いと思うので私も取り上げておきます。といっても、ちゃんと理解できていないので、以下の説明には確信が持てませんが、ロウが言っているのはこういうことのようです。

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 ロウによれば、クルーグマンのモデルは、次のようなものになるらしいです。
13072401
   (1)
 C は消費、K (Kdot)は投資 (I)、A は技術進歩を表わす変数、L は労働量、K は資本ストックです。 つまり、この式は、

 C + I = Y

 を書き換えたものです。K(Kdot) は、K の時間微分を表わしています。
13072402


 いっぽう、ロウが想定しているのは次のようなモデルです(この2つのモデルのどちらの場合にも、クルーグマンが想定している「独占市場」は想定されていません)。
13072403
   (2)

 これは、(1)式の両辺を A で割ったものです。そして、C の分母に現れるはずの A を消去しています。つまり、ロウは、資本 K には影響を与えるが、消費 C には影響を与えない技術進歩を想定しているわけです。

 この場合は、A が増大すると、資本財の価格は下がりますが、消費財の価格は変化しません。その場合、投資のリターンと資本のリターンは一致しない、そして、労働分配率が減り、資本のリターン(資本分配率)は増えるのに、投資のリターンが増えない状況が発生しうる、というのがロウが示そうとしていることです。

 まず、投資の収益率と資本の限界生産物との関係を見るために、(1)式の両辺を K で微分します。
13072404
   (3)

 右辺は、限界での資本1単位当たりの生産物、つまり、資本の限界生産物(MPK)です。左辺は、K(資本)の時間に対する増加率(=投資)を K で微分したものです。これは、限界での資本1単位当たりの、資本の時間増加率です。言い換えれば、限界での資本1単位当たりの投資です。
 つまり、(3)式は、限界での資本1単位当たりの投資(左辺)が、限界での資本1単位当たりの生産物(MPK 右辺)と等しくなることを表わしています。そして、限界での資本1単位当たりの投資が投資のリターンになります。したがって、(1)式の場合は、投資のリターンが資本の限界生産物(MPK)と等しくなります。

 しかし、(2)の場合は異なります。
 まず、ロウによれば、(1)の場合は、(1)式の左辺から、資本財と消費財との限界での交換比率(代替率)(marginal rate of transformation)は 1 です。消費財をニューメレールと考えれば、資本財の価格は 1 です。

 重要なポイントは、投資のリターンは、資本財の価格が変化すれば変わってくるということです(例としては、トービンの q 理論)。そして、ロウは、資本財の価格を決めるのは、(1)式でも(2)式でも、左辺の資本財と消費財との限界での交換比率だと言います。(1)の場合は、資本財の価格は 1 で変わりません(交換比率は 1 で一定です)。
 しかし、(2)の場合は、資本財と消費財との限界での交換比率(marginal rate of transformation)は 1/A になります(1単位の消費財と交換する場合に必要になる資本財が増える[Aになる])。したがって、技術進歩が増大すると、資本財の価格が(消費財との相対で見て)低下するので、投資のリターンも変化する(低下する)わけです。

 そこで、(2)の場合の投資のリターンを計算します。ロウによれば、投資のリターンは、消費財との相対的な価格で決まってくるので、資本財の価格と消費財の価格が1対1になるように、資本の単位を K/A に置き換えます。
 投資のリターンは、限界での資本1単位当たりの、資本の時間増加率(=限界での資本1単位当たりの投資)なので(資本はK/Aと考える)、この(2)の場合には、
13072418
   (4)

 となります。
 (2)式からこの値を計算するのですが、まず、K/A を時間で微分します。
13072407
   (5)


 この式から、K/Aを求めれば、
13072408
   (6)

 となります。これを(2)式に代入します。
13072409
   (7)

 左辺の最初と最後の項を右辺へ移項します。
13072410
   (8)

 これをK/Aで微分します。
13072411


13072412
   (9)

 右辺の第1項は、次のように計算します。
13072413


13072414



13072419
   (10)
 (この計算は、L1-a = A1-a (K/A)1-a と直し、これを K/A で微分しても求まります。)
 (10)式を(9)式に代入すれば、
13072416
     (11)

 となります。(11)式は、(2)の場合には、投資のリターンが A・(1-a)L-a - A/A となることを示しています。(1)の場合(クルーグマンのモデル)では投資のリターンは A・(1-a)L-a  で、それは(11)式の右辺の第1項と等しくなっています。

 つまり、(11)式から、(2)のような技術進歩を想定すると、技術進歩により資本のリターンが大きくなったとしても ((11)式の右辺の第1項が、A の増加あるいは a の低下により大きくなる。これは生産性が増大するためです)、投資のリターンは減少する可能性がある ((11)式の右辺。これは資本財の価格の低下のためです)、と示されます。これは、 A の増加率 (A/A) の分だけ投資のリターンが減少するからです。

 このモデルから、クルーグマンのように独占を想定しなくても、資本のリターンが増えているにもかかわらず、投資のリターンが逆に減少する、というケースが生じうることがわかります。

 ただし、問題は、現実にこのような技術がどのくらい存在するか、ということです。資本財の価格は下げるけど、消費財の価格は下げない技術進歩です。ロウはコンピューターを挙げていますが、その場合のコンピューターの技術進歩は、資本財のみの価格を下げるものでなくてはなりません(しかも、クルーグマンが見ているマクロレベルでの企業の超過利潤の増加の原因として想定するならば、それが多くの生産部門で起こっていなければなりません)。
 コンピューターの技術進歩があれば、資本財としてのコンピューターだけでなく、消費財のコンピューターの価格も下げそうですし、他の消費財の価格も下げる、と思うのですが・・・

クルーグマン、「その価格がまちがっている」

http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/03/30/the-price-is-wrong/
The Price Is Wrong

3月30日のクルーグマンのブログの翻訳です。

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「その価格がまちがっている」  "The Price Is Wrong"

 しかし、どの価格なのだ――それが問題だ(訳注1)。

 今日は経済ニュースにとってはのんびりできる朝だ。みんなヨーロッパがどうなるかやきもきして待っている状態だからね。そこで、小恐慌 (Lesser Depression) の正しい診断とまちがった診断について、僕が考えていたことを紹介してみようと思う。それは、これまで僕がずっと主張してきたこととそれほど変わらない。しかし、それを違った角度から見てみることも、たぶん有益だろう。

 そこで、僕らの大きな問題から始めよう。つまり、大量失業だ。基本的な供給と需要の法則では、そのようなことは起こらないことになっている。なぜなら、価格は市場をクリアするように上昇するか、低下するかのどちらかになるはずだからだ。では、どう見ても大量で、弱まることがない過剰な労働供給はどうして起こっているのか?

 一般的に言って、市場の不均衡は価格の調子が狂っている兆候である。この問題に関して発言している人々のほとんどは、ある価格かある複数の価格が調整されていない、という考えを受け入れている。意見が分かれるのは、どの価格がおかしいのか、というところだ。

 僕が理解するところでは、構造主義/古典派/オーストリア派/サプライサイド/何とかサイドのすべての議論は、基本的に、問題は労働市場にあると考えている。(オーストリア派がこれを否定するだろうというのはわかっている――でも、彼らのポジションがどうのこうのというのは重要じゃない。そのような議論は、あなたはオーストリア派についてわかっていない、という感情的な主張に行き着くだけだ。) いくつかの理由で彼らは、賃金が労働需要に対して高すぎるのだ、と主張する。彼らのうちのある部分の人は、それは賃金に下方名目硬直性があるからだ、という考えを受け入れている。しかし、彼らのうちの多くの人は、フードスタンプや失業手当や障害者保険などのなまけ者に優しい政策によって、労働者が法外な賃金を要求するように仕向けられているから、と考えているようである。

 このブログを読んでいる読者のみなさんは、この一見したところ正しそうな主張がまちがっているとわかるだろう――これでは、本質的に、炊き出しが大恐慌を生み出した、という主張になってしまうからだ。しかし、ここでは経済学的な理論に忠実に考えてみよう。

 では、別の見方はどうなるのか? 基本的には、利子率がまちがっている、という考えになる。債務の増大や他の要因のために民間需要が抑制されているので、望まれている貯蓄と望まれている投資が完全雇用レベルで均衡するためには、実質利子率が大きくマイナスにならなければならない、というものだ。しかし、インフレが低く、名目利子率はゼロ以下にはなれないので、実質利子率はそのようなマイナスのレベルまで下がらない。つまり、流動性の罠に陥ることになるわけだ。

 この2つの見方からは、まったく異なった政策的インプリケーションが出てくる。もし問題が高すぎる賃金ということならば、解決策は労働者に対して冷酷になることだ――失業保険を削減し、フードスタンプを削減し彼らを飢えさせ、そうすることで、彼らにとって、就くことができる仕事ならどんな仕事でも就くという以外の選択肢がないようにし、賃金が下がるようにする。しかし問題が利子率のゼロ下限ならば、上記のような解決策は冷酷なだけでなく、経済を悪化させるとわかるだろう。労働者の所得を削減することで需要を減らし、そしてデフレにより債務の負担を増大させるという両方の原因のためだ。

 この議論で僕らの側の人々が求めるものは、上記のものとは違って、もし可能なら、期待インフレ率を高めることで、実質利子率を下げるというものだ。そして、それができないなら、需要を増やし遊休している資源を活用するために、政府支出をより増やすというものだ。

 では、どちらの側が正しいか判断するためにはどのようにすればいいのだろうか? まず、この2つの違った見方は、違った予測につながる。もし問題が高い賃金ということならば、経済は基本的に供給側の制約によって苦しんでいることになる。その場合、政府の借り入れは、限られた資源を求めて民間部門と争うことになるので、大きな財政赤字は利子率の増加につながる。いっぽう、物やサービスの供給が限界に達しているので、貨幣供給の増加はインフレの増加につながる。この場合、政府支出の削減は、どちらかと言えば、拡張的だ。民間部門が利用できる資源を増やすことになるし、公的援助によって生活しようとする労働者の生活を厳しいものにするからだ。

 しかし反対に、問題がゼロ下限による需要不足にあると考えるのなら、政府の借り入れは利子率の増加にはつながらない、とわかるだろう。なぜなら、活用されていない(unemployed) 資源(訳注 労働力・生産設備など)が利用されることになるからだ。そして、貨幣拡張がインフレにつながらないということもわかるだろう。なぜなら、貨幣はそれほど出て行かないからだ。また、こんなときに緊縮財政をすれば、収縮的になるのは明らかだろう。

 この対立する2つの主張のうちどちらが正しいか決定するのは、読者の宿題にしておこう。でもひとつ注意を。「えーっと、どちらの見方にも正しいところがあるんじゃないかなあ」、なんて言うことはできない。経済は供給側の制約を受けているか、あるいは、需要側の制約を受けているか、そのどちらかでしかない。もちろん、需要側の問題を非常に重視する人でも、いつかは供給側の制約が生じることは認めている。つまり、経済が過熱気味になり、しばらくすれば、貨幣の増加がインフレを引き起こし、政府の借り入れの増加が利子率を引き上げる領域に入っていく、ということは認めている。しかし、現在の状況はそれとは違う。

 だから、たしかに価格がまちがっている。しかし、あのまちがったまちがった (the wrong wrong price) 価格に照準を合わせるのは、ひどい有害なまちがいだ。


訳注1) シェークスピアの『ハムレット』でハムレットが登場するときのせりふを意識していると思われます。To be, or not to be-- That is the question. 「生きるべきか死ぬべきか――それが問題だ。」

クルーグマン、「企業の退蔵と遅い回復」 / 「企業の利潤と企業の投資」

http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/02/08/corporate-hoarding-and-the-slow-recovery/
http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/02/09/profits-and-business-investment/

クルーグマンの2月8日と2月9日のブログの記事の翻訳です。

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企業の退蔵と遅い回復
Corporate Hoarding and the Slow Recovery

 今話題はアップルの現金退蔵についてもちきりだ。たしかにそれは驚くべき額である。アップルは最先端の技術の会社ということになっているが、どうやら稼いだ利潤を再投資していく領域を見つけられないようだ。より正確に言えば、利潤があまりにも大きすぎて、稼いだ利潤を使うのに十分な領域を見つけられない、ということになる。

 ところで最近僕は、個人所得の格差は現在景気回復を遅らせているかどうかについて穏やかなやり方でスティグリッツと議論した(訳注1)。しかし、もう一点付け加えたいと思う。所得の配分で、所得が労働所得から企業の利潤へとシフトしていることも大きな要因になっている、と十分言えそうなのだ。次のデータは、GDPに占める企業の利潤の割合だ。

13071801


















 企業は、全体の所得のうちのより大きな分け前を持っていくようになっている――そして、その分け前を投資家や新しい設備、例えば新しいソフトウェアに再配分するつもりはほどんどないらしい。そうではなくて、彼らはどんどん現金の山を築き上げている。

 これがどれほど大きな要因になるかだって? チャンネルはそのままで。これからイングルウッド・クリフ
(Englewood Cliffs) に行かなきゃならないんだ――しかも雪が降っている。


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企業の利潤と企業の投資
Profits and Business Investment

 僕自身の投稿に対する注釈だ。下の図は、(税引き後、在庫品評価調整後の)企業の利潤と非住宅固定投資(おおまかに言って企業の投資だ)を、GDPとの比率で表わしている。非住宅固定投資と企業の投資の2つは正確に一致しないが、それはすべての企業の投資が企業から来ているわけではないからだ。しかし、この図は重要な点を示している。企業の投資は、実際それほど低くない。生産能力よりも低いところで稼動している経済なら、企業の投資も比較的弱い、と思うかもしれない。しかし、実際企業の投資はGDPとの比率で見て、ブッシュ時代の中頃と同じぐらいのレベルである。それに対して、実際これまでと大きく変化しているのは、企業の利潤のレベルである。どうやら、その企業の利潤が一般の人々の購買力を吸い込んでしまう排水口の役割を果たしているようである。

13071802


















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訳注1) 1月に行われたスティグリッツとの対談。you tube で見ることができます。

プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

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