M B K 48

もし貧乏人が経済学を学んだら

2013年11月

クルーグマン、「小さい矢印の重要性について」(専門的)

http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/11/29/on-the-importance-of-little-arrows-wonkish/
On the Importance of Little Arrows (Wonkish)

クルーグマンの11月29日のブログの翻訳です。

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小さい矢印の重要性について
On the Importance of Little Arrows


 スティーブン・ウィリアムソンの新しい記事がニック・ロウブラッド・デロングを爆発させた――が、それは当然である。しかし、どうやらその二人は、いいかげんなネオケインジアン(neoKeynesians)なんかよりはるかによくわかっていると自認している経済学者のはなはだしい誤解のレベルにショックを受けたためか、何が問題になっているのかをうまく伝えることができていないようだ。

 そこでここで解説(stab)を加えてみよう。

 ウィリアムソンは多くの数式を展開している――ルディ・ドーンブッシュなら「恐ろしく長いパイプ」(fearful plumbing)と呼ぶだろう。しかし、議論の本質は――ウィリアムソンが理解しているかどうかはわからないが――ヴィクセル的自然利子率(the Wicksellian natural rate of interest)――完全雇用レベルにおいて、貯蓄と投資を均衡させる実質利子率である――のシフトに関するものである。

 まずはじめに、その自然利子率が金融政策に反応して、どのようにインフレ率を決めるのかを見るひとつの方法は、次のような図を描いてみることである。
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   図1

 ここで WNR は、実質利子率とヴィクセル的自然利子率とが等しくなる、すべてのインフレ率と名目利子率の組み合わせを表した45°線である。いっぽう MP は、金融政策の反応関数である――それは基本的には、インフレ率に対して名目利子率を1対1以上で増加させる、というテイラールールに従っていると考えてよいが、左下の部分ではゼロ制約によって制約されている(訳注 1)。

 ご覧のとおり、二つの曲線は二つの均衡で交わるように描かれている: ひとつの均衡(A点)は、比較的高いインフレ率とプラスの名目利子率の点であり、もうひとつの均衡(B点)は、低いインフレ率とゼロの名目利子率の点である。

 ウィリアムソンが注目しているのは、ゼロ制約上にいる経済である。つまり彼は経済は上の図のB点のような均衡にいると考えているわけだ。

 そこで彼は、政府債権の流動性プレミアムが上がったらどうなるか、という問題を考える。上の図の場合には、自然(実質)利子率が下がったらどうなるか、ということである。彼は次のような結果を得る。
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   図2




 WNR 曲線は下にシフトする。したがって均衡点Bは右にシフトする。だから、これはインフレ率が上がることを意味する、とウィリアムソンは言うのである。

 これは読者のみなさんには馬鹿げたことのように聞こえるにちがいない。人々が投資を控えようと思い、より安全な政府債権を求めているのに、インフレが上がるだって? しかし、どうして馬鹿げているのかを正確に言えるだろうか? ブラッドが言うように、均衡を示すときには、どうやってその均衡に到達するかに関して、少なくとも何らかの簡単な動学を想定しなければならない、ということを理解できていなければ、経済学者を名乗る資格がない、ということになるのだろう。この場合には、上の図に次のような小さな矢印をはっきりと描く必要がある。
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   図3



 どうだろうか? インフレ率は、実質利子率が自然利子率よりも低いときには上昇し、実質利子率が自然利子利よりも高いときには減少するのである(訳注 2)。

 この矢印の動きを説明する詳細なミクロ的基礎にもとづいたモデルをつくるのは簡単なのだろうか? 簡単ではない。しかし、明らかにこのようなことが起こるはずである――あるいは、どのようなモデルをつくるにせよ、どのように均衡に到達するかを示すあるひとつの簡単な動学に少なくとも合致するものでなければならない。そうでなければ、ウィリアムソンのように――不安的な均衡を比較静学で扱うというような――混乱した結果に陥るだけだ。だから彼は「当然」(of course)奇妙な結果を導出してしまう。高い失業率にもかかわらずプラスのインフレ率が続くのは供給側の問題であって、需要側の問題ではない、ということを完全に見落としている点もあるのだが。

 しかし、こういう類の文章にはしょっちゅう出くわすのである――やはり自分は深く理解していると思っている経済学者の文章によく見られる。ロウが言っているように、マクロ経済学の方法があるところでは非常におかしくなっているのだろう。


訳注1) 図の縦の軸(interest rate)は名目利子率です。
「インフレ率に対して名目利子率を1対1以上で増加させる」→ したがって、MP曲線の右上がりの部分の傾きは1以上です(45°以上)。

訳注2) とすると、図2のようにWNR(ヴィクセル的自然利子率)が下にシフトすると、インフレ率はマイナス方向に発散することになると思います(このモデルでは。現実には価格硬直性があるのでそうはならない)。

ローマー、『上級マクロ経済学』:演習問題 10.12

10.12 金融政策に関する権限を委任する場合における、低率のインフレとショックに対する柔軟性のトレードオフ (Rogoff [1985])

 生産量が
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   (1) 
 により与えられ、社会的厚生関数が
131123 (2)

   (2)
 (γは平均γ分散 σγの確率変数)であると仮定せよ。πはγ が既知となる前に決まる。これに対し政策立案者は、γが既知となった後で π を選択する。政策当局の目的関数は
131123 (3)

   (3)
 であると仮定せよ。

(a) 政策当局の選択する π  π,γ,c の関数で表わせ。
(b) πe の値を求めよ。
(c) 真の社会的厚生関数
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 の期待値を求めよ。
(d) 社会厚生の期待値を最大化する C の値を求めよ。この結果はどう解釈できるか。

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(a)
 政策決定者の目的関数を最大化する π の値を求めます。政策決定者の目的関数を Wとおくと、
131123 (4)
   (3)

 y に(1)式を代入すれば、
131123 (5)


 となります。これを最大化するπを求めればいいので、πで微分し、1階の条件を求めると、

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 これを満たすπを求めれば、π は次の式になります。
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   (4)


(b)
 人々は政策決定者が上記の(4)式のインフレ率を選択する(目標にする)ということを知っています。したがって、期待インフレ率は(4)式 ( bcγ/a ) の期待値になります。
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 γは平均γ分散σγの確率変数と仮定されているので、γの期待値、E[γ] はγ―  です。したがって、期待インフレ率は次の式になります。
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   (5)


(c)
 社会的厚生関数を Wとおくと、
131123 (10)

   (2)
 この式の期待値を計算すればいいわけです。
131123 (11)


 (1)式の y を代入すれば、
131123 (12)


 次に、(4)式のπ、(5)式のπを代入すれば、
131123 (13)


131123 (14)



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   (6)


 ある確率変数 X の分散と期待値には、次の関係が成り立ちます。
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   (7)

 E[X] の式に直せば、次の関係も成り立ちます
131123 (17)
   (8)

 したがって、この(7)式、(8)式から、γの分散 (σγ) と期待値にも、次の関係が成り立ちます。
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   (9)

131123 (19)
   (10)

 (9)式、(10)式を(6)式に代入すれば、社会的厚生関数 Wとの期待値は、以下のようになります。
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   (11)

(d)
 (11)式の社会的厚生関数の期待値を最大化する C の値を求めます。(11)式を C で微分し、1階の条件を求めれば、
131123 (21)



 となります。これを満たす C の値を求めれば、
131123 (22)
 
   (12)



 となります。

 (4)式から、C が大きくなると、インフレ率πが大きくなるということがわかります。したがって、保守的な政策決定者ならば、目的関数(3)式の C の選択では、低い値を選択すると想定できます。
 C の値は、(1)式の産出量、(2)式の社会厚生に影響を与えません ((1)式と(2)式には C がないので)。政策決定者が低い C の値を選択しても、産出量、社会厚生には影響を与えないことになります。したがって政策決定者が低いインフレ率を重視しているのなら、低い C の値を選択します。

 しかし、(12)式から、C はσγ(γの分散)の増加関数になっています。(γは(2)式から、産出量が社会厚生に与える影響の大きさを表しています。)
 γが平均値からかい離する割合が大きくなると期待されるときには、大きな C の値を選択しなければ、社会厚生を最大化できないことになります((12)式は社会厚生を最大化する C の値)。
 したがって、産出量が社会厚生に与える影響の変動が大きいと期待されるときには、低いインフレ率を重視せず、大きな C の値を選択する政策決定者が望ましくなります。

クルーグマン、「長期的停滞、炭鉱、バブル、ラリー・サマーズ」

http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/11/16/secular-stagnation-coalmines-bubbles-and-larry-summers/
クルーグマンの11月17日のブログの翻訳です。

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長期的停滞、炭鉱、バブル、ラリー・サマーズ
Secular Stagnation, Coalmines, Bubbles, and Larry Summers

 僕は今ラリー(ローレンス)・サマーズ (Larry Summers) にとてもいらいらしている。IMFのコンファレンスでの彼の発表は、当然だが、多くの注目を集めた。つまりこういうことだ: 僕も同じような見方でこれまで考えてきた。いろいろな文献から同じ分析に思い至っていた。しかし、サマーズの図式は、僕がこれまで提示してきたものよりもはるかに分かりやすく、より説得力があり、しかもより優れている。くたばっちまえ、レッド・バロン ラリー・サマーズ!(訳注1)

 同業者の嫉妬はこれくらいにして、ここでサマーズの議論を敷衍してみよう。

1. 慎みが愚行になるとき
 現在の経済的状況に関するサマーズの図式は、僕のものと同じである。彼は「流動性の罠」(liquidity trap) という言葉は使っていないが、彼の分析は、現在の経済は(たとえ中央銀行が積極的に金融緩和を行っても)金融政策が名目金利のゼロ下限 (zero lower bound) によって事実上制約されている状況にある、という理解にもとづいている。そして、この状況では「自然」利子率 ("natural" rate of interest) ――完全雇用において、経済が欲している貯蓄と経済が欲している投資とが均衡する利子率である――はマイナスになっている、という理解にもとづいている。

 また、彼は、このような状況では通常の経済政策のルールは通用しない、ということも指摘している。僕が好んで使っている表現で言えば、美徳は悪徳になり、慎みは愚行になるのである。貯蓄は倹約のパラドックス (paradox of thrift) のために経済を停滞させ、さらに投資も停滞させる。債務や赤字を軽減しようとすることは、不況をさらに悪化させる。 ・・・というように、問題は続いていく。

 これは、どこかの炭鉱にお金を埋めて、民間企業にそれを掘り出してもらう、というケインズの仮定的な政策――あるいは僕のバージョンで言えば、実在しない宇宙人が攻撃しようとしているという嘘の脅威を喚起する政策――が実はいい政策になる、という状況と同じである。支出はいいことであり――できれば生産的な支出がベストだが――生産的でない支出でも何もしないよりはるかに望ましいのである。

 サマーズは、明言しているわけではないが、ここから派生するインプリケーションも示している: これは政府支出だけに当てはまることではない、ということだ。まったくの無駄、あるいは部分的に無駄になるかもしれない民間支出も、将来に問題を蓄積しなければ、望ましいことなのである。「将来に問題を残さない」というところは、重要な条件だろう。しかし、現在巨額の内部留保を抱え込んでいるアメリカの企業に、従業員全員をサイボーグみたいにして、グーグルグラスとスマートウォッチを装備させることはいい戦略だと何らかの方法で思い込ませたと想定してみよう。そして、3年後にその支出に見合うだけのリターンは少ないとわかった、と想定してみよう。しかし、その結果生じた投資ブームは数年間の高い雇用をもたらしてくれるだろう。そしてこれは無駄ではない。なぜなら活用された資源(訳注:主に労働力)は、もしこの政策がなければ、遊休していたはずだからである。

 多くの人はこういう考え方を嫌っている、理由もなく嫌っている――彼らは経済に道徳劇を演じさせたがっている。だから、どれだけ多くの人がそのおかげで苦しむことになるかはまったく気にしない。しかし、今書いたことはかなり標準的な考え方だ。

 そこで、サマーズの発表のラディカルな部分を見ていこう。これは短期的な状況ではない、という指摘である。

2. バブルを必要とする経済

 2003年から2007年までの経済拡張がバブルによるものであった、ということはみんな知っている。90年代後半の景気拡張についても同じことが言える。また、レーガン後期の景気拡張についても同じことが言える。それは、ある部分では、暴走した貯蓄金融機関と不動産市場の大きなバブルによるものだ。

 そうすると、その間、金融政策は緩和しすぎだったのではないか、と思いたくなる。やはり低い金利が頻発するバブルを引き起こしてきたのではないか、というわけだ。

 しかし、サマーズが強調するように、金融政策が緩和しすぎだったという主張には大きな問題がある: インフレが起こっていないのである。経済が過熱しすぎであるという証拠はどこに見ることができるのか?

 では、頻発するバブルと、インフレ圧力の兆候をまったく示さない経済とをどのように結びつければいいのだろうか? サマーズの答えは、経済は完全雇用近くに到達するためにバブルを必要としている、というものだ。バブルがないと、経済はマイナスの自然利子率に陥ってしまう、ということである。これは、2008年の金融危機以後だけに当てはまるわけではない。近年になるにつれて状況は悪化していると思われるが、1980年代以後の時代すべてに当てはまるだろう。

 これを確かめるひとつの方法は、家計の負債を見てみることである。下の図は、1950年代以後の対GDP比での家計の負債の割合を示したものである。

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 家計の負債は、第2次大戦後、人々が都市近郊に移動したために、低い値からの増加であるが、急速な増加につながっている。その後、1960年から1985年あたりまで、約25年のほぼ安定した時代が続く。しかし、その後、家計の負債は2008年の危機まで、再び減少することなく急激に増加している。

 とすると、これだけの家計の負債があるのだから、1985年から2007年までは非常に強いインフレ圧力があった時代、高い金利の時代、あるいはその両方の時代だったと思いたくなる。しかし、実際にはそのどちらも起こっていない――この時代は、低いインフレ率と概して低い金利の「大安定期」 (the era of the Great Moderation) だったのだ。むしろこれだけの家計の負債がなかったら、おそらく金利はかなり低い値にならなければならなかった――おそらくマイナスの値にならなければならなかっただろう。つまり、言葉を変えて言えば、経済はかなりの年月の間、流動性の罠に陥ろうとしていた。しかし、頻発するバブルのおかげで流動性の罠を避けることができていた、と言えるのだ。

 このような見方に立つならば、将来を見たときには、流動性の罠を経済の異常な状態と見るのではなくて、新しい定常状態 (new normal) と見る必要が出てくる。

3.長期的な停滞?

 どうしてこのような状況が起こったのだろうか? サマーズは長期的停滞 (secular stagnation) という考えを強調している。それは主にアルヴィン・ハンセン (Alvin Hansen) の理論(pdf)によるものだ。サマーズはどうしてそれが現在起こっているのか、ということは言っていない。しかし、考えられる理由を推測することは容易である。

 ハンセンははるか昔に人口的要因を強調した。その後、ベイビーブームが来た。しかし、現在人口成長率は鈍化し始めている。そしてそれは現実のものとなりそうである。

 次のように考えてみよう。1960年から1985年まで――アメリカ経済がバブルなして完全雇用を達成できたと思われる時代である――労働力は毎年平均2.1%で成長していた。それはある部分では、ベイビーブーマーが成年期を迎えたからであり、またある部分では、女性が労働力として参加し始めたからである。

 この人口成長のおかげで、投資を維持することはかなり容易だった。アメリカ人に新しい住宅を供給する仕事、アメリカ人に新しいオフィス、工場、お店を供給する仕事でGDPのかなりの割合を容易に占めることができた。

 では将来を見てみよう。国勢調査は18歳から64歳までの人口増加は、2015年から2025年まで年率0.2%にしかならないだろうと予測している。これは、労働参加率の低下が止まるだけではなく、再び急激に増加しない限り、経済が低成長に陥ることを意味する。また、相乗効果により、低い投資需要を意味する。

 ところで、サミュエルソンの消費・ローンモデルでは、自然利子率は人口増加率と等しくなると示される。現実はそのモデルよりももっと複雑だが、人口増加率の減少は、自然利子率をだいたい同じ値だけ減少させる、と推測することは妥当だろう(同様に、日本の労働力人口の減少がおそらく日本の長期停滞の主要な原因だろう、と推測するのも妥当だろう)。

 他の要因もあるだろう――ロバート・ゴードン風の技術革新の減少などである。重要なことは、どうして流動性の罠が多くの人が認めているよりもより長期化するするのか、という理由を想定することは難しくない、ということだ。

4.破壊的な美徳

 長期的停滞を真剣に考えるなら、これはかなりラディカルな意味をもっている。サマーズが踏み込んでいるのはそこだ。

 現在、流動性の罠に陥っている場合、従来の伝統的な政策は無意味になる、ということを積極的に認めている政策決定者でさえ、将来正常状態に戻ったときの準備に必死になっている。彼らは、将来の危機の芽を今のうちに摘んでおくために、今行動しなければならない、という考えに凝り固まっているからだ。しかし、まだ現在の危機は終わっていないのである。サマーズが言うように、「将来の危機を防ぐという考えから行われるほとんどの政策は、むしろ逆効果になるだけだ」。

 サマーズはさらに、公式に妥当なものと認められている政策には、経済がまだ深刻な不況に陥っているにもかかわらず「金融政策は以前に行われていたより、より控えめにするべきであり、財政政策は以前に行われていたより、より控えめにするべきである」というものがあると指摘する。そして彼は、少しあいまいだが、相変わらず大胆に次のように言う。改善された金融規制でさえ、必ずしもいい政策にはならない。なぜなら、それは、どんな種類のものであれ、より多くの支出が経済にとって望まれている状況なのに、無責任な貸出や借入を抑制するように働いてしまうからだ。

 すばらしい指摘である――長期停滞を本当に問題にするなら、彼の言っていることは正しい。

 もちろん、これらの問題の背後にある要因は、実質利子率が高すぎるという単純なものである。それに対して、実質利子率はマイナスである――それはゼロの名目利子率から、少なくともプラスの期待インフレ率を引いたものだからだ、という反論があるかもしれない。それに対しては、「それで?」と返答しよう。つまり、市場が大きなマイナスの実質利子率を求めているなら、その実質利子率を実現する方法を見つけない限り、現在の問題が続くのである。

 その目標を達成するひとつの方法は、貨幣システム全体を改変することである――例えば、紙幣を廃止して、貯蓄にマイナスの利子を課すことである。もうひとつの方法としては、バブルによって引き起こされたものであれ、拡張的な財政政策によって引き起こされたものであれ、次のブームによって、インフレ率をかなり高い値に押し上げ、その位置に留めることである。あるいは、1988年のクルーグマン論文(pdf)、あるいは2013年の安倍の方法によって、自己実現的な期待だけによってインフレ率を上げるという方法も考えられるだろう。

 もちろん、そのような提案は猛烈な反対に合うだろう。慎ましく将来のために貯金をしている真面目な市民にそのような収奪を甘んじて受け入れろ、と言うのか? いったいどういう頭の構造になったら、インフレであれマイナスの利子であれ、大事な貯金を着実に目減りさせるなんてことを提案できるんだ? お前は独裁者か!

 しかし、流動性の罠の状態では、貯蓄は個人的には美徳かもしれないが、社会的には悪なのだ。そして、長期的な停滞に直面している経済にとって、この問題は短期的な状態ではなく、それが定常状態 (the norm) になってしまっているのである。安全資産への投資によってプラスのリターンを得ることができると確約することは、実際市場が払うことができないものを与えることに等しい――それは、貸し手以外の人々にとっては、農業の価格補償を社会全体で負担しているのと同じようなものだ。

 最後にもう一点だけ。マイナスの実質利子率を維持し、それとともに少なくともプラスの経済成長を維持できるなら、政府債務に関するあのパニックは、僕を含む人々がこれまで言ってきたよりもさらに馬鹿馬鹿しいものに思われるだろう。なぜなら、政府債務をGDP比で一定に安定させるように債務を返済していくことには、費用がまったくかからないからだ。むしろそれはマイナスの費用(訳注 プラスの利益)をもたらしてくれるのである。


訳注1)スヌーピーの言葉から。"Curse you, Red Baron!"
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マンキュー、「最低賃金に関するいくつかの考察」

http://gregmankiw.blogspot.jp/2013/09/some-observations-on-minimum-wages.html
マンキューの9月24日のブログの記事の翻訳です。
 このテーマに関しては、himaginary さんがいいまとめの記事を書いているので、今回の翻訳は不要なのですが、(1か月ぐらい前から始めていて)翻訳してしまったのでアップしておきます。

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最低賃金に関するいくつかの考察
Some Observations on Minimum Wages

 ジョン・コクランが最低賃金についていい記事を書いている。

 僕は最近、最低賃金を支持する友人と最低賃金について議論をした。(彼は有名な経済学者で、みんな名前を知っていると思う。しかし、友人との会話は通常オフレコにするものだ。) 彼の主張を正当化するものとして、彼はリー (Lee) とサエズ (Saez) による「完全競争労働市場における最適最低賃金政策」("Optimal minimum wage policy in competitive labor market")という論文を指摘した。

 この論文で気になったことは、著者たちが彼らの主張を支えるものとして想定している非常に強い仮定だ。とりわけ、

仮定1.効率的割り当て(Efficient rationing): 最低賃金のために低熟練労働の仕事を非自発的に失わなければならない労働者は、低熟練労働部門で働くことから少ない余剰しか得ることができない労働者である(訳注1)。

 後に著者たちは次のように指摘する。

 最後に、最低賃金政策が望ましいかどうかは、再び「効率的な割り当て」という仮定に大きく依存している。「均一な割り当て」(uniform rationing)が生じるなら――その場合、どの労働者が失業するかは、その労働者の余剰とは関係なくなる――最低賃金によって、最適な税の割り当てが改善されることはない。その点は Lee and Saez (2008) ですでに示している。いっぽう、効率的割り当てが生じるなら、最低賃金は限界の労働者を効果的に政府に示してくれる。労働の費用(訳注 使用者にとっての費用ではなくて、労働者にとっての労働の機会費用)は観察できないため、この効果のおかげで政府は労働者をより社会的に効率的な(特定の民間企業にとっては効率的ではないかもしれないが)産業に移動させることができるようになる。そのために最低賃金が望ましいものになるのである。対照的に、均一的割り当ての場合は、失業はすべての労働者に対してランダムに起こる。そうなると、最低賃金は労働の費用について何も明らかにしてくれない。そのため、最低賃金は政府に対して何も価値があることを示してくれず、労働者の非効率的な割り当てだけをすることになる。この場合、最低賃金が望ましいものではないことは、明らかだ。

 この論文は最低賃金を正当化する根拠を示しているというよりは、逆のことを示しているように思われる。この論文は、最低賃金の有用性を主張するためには、効率的割り当てというような、非現実的な強い仮定が必要になる、ということを示しているからだ。労働者の供給が過剰なときに、市場が効率的に労働者を仕事に割り当てる、ということを信じてよい説得力のある理由はないと思う(訳注2)。


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訳注1)

mankiw01











   図1



 図1のように均衡賃金が Wである場合に、その均衡賃金よりも高い最低賃金 W が設定されると、Lから L だけ失業が発生することになります。

(1)効率的な割り当てが生じる場合
 最低賃金 W が設定された場合、失業するのは労働供給曲線 L上の A から C の労働者になります。賃金が W ならば、労働供給曲線上の A の労働者の労働者余剰は AD です。B の労働者の余剰は BE です。C の労働者の余剰はゼロです。したがって、A から C の労働者が失業するならば、労働者余剰が少ない労働者が失業することになります。
 労働者余剰が少ない労働者は、労働供給をしてもいいと思う賃金(留保賃金)が高い労働者です。このような労働者は、高い技能を身につけるために投資(例えば学歴が高い)をしており、生産性が高いと考えられます。
 したがって、最低賃金政策によって労働者余剰が少ない労働者が失業するならば、最低賃金政策によって、生産性が高いと想定される労働者を別の産業(最低賃金政策が賃金に影響を与えない高い生産性が要求される産業)に割り当てる効果が期待できます。「効率的な割り当て」とは、このような効果をさしています。

訳注2)
 マンキューが指摘しているのは、「効率的な割り当て」が生じる根拠はない、ということです。
 確かに上の図1では、労働供給曲線上の AC の労働者が失業することになりますが、実際には、失業するのは、Wの賃金で働いてもいいと思う、労働供給曲線上の OC の労働者のうち、AC の「割合」の労働者です。言い換えると、労働供給を行おうと思う労働者全体ののうち、AC/OC の割合の労働者がランダムに失業する、ということです。労働供給曲線上の AO の位置にいる労働者余剰が高い労働者も失業するわけです。失業は労働者余剰と関係なく発生します。
 したがって、最低賃金政策だけで、上記の(1)のような「効率的な割り当て」が自動的に行われる理由は見当たらない、というのがマンキューの主張です。

ブライアン・カプラン、「トルーマン・ビューリー、『どうして賃金は不況でも下がらないのか?』」(書評)

http://econlog.econlib.org/archives/2013/09/why_dont_wages.html
Bryan Caplan のブログ(Econlog)の記事(9月23日)の翻訳です。

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 Why Wages Don't Fall during a Recession

どうして賃金は不況でも下がらないのか?――トルーマン・ビューリーに成りすましてQ&A

 トルーマン・ビューリー (Trueman Bewley) の『どうして賃金は不況でも下がらないのか?』(Why Wages Don't Fall During a Resession? [1999])  をとうとう最後まで読み終えた。この本はすばらしい――これまでに読んだ実証的な経済学の本では5本の指に簡単に入るだろう。ベストの中のベストかもしれない。1999年に出版されたこの本は、ビューリーが1990年代初めの穏やかな不況の間に行った300人以上の人事採用担当者、労働組合のリーダー、失業カウンセラー、企業コンサルタントのインタビューから構成されている。彼がインタビューしたすべての人が実際の雇用の世界と賃金決定に関して豊富な経験を持っている。このインタビューの目的は、幅広い労働経済学者の理論を実践家の証言から検討することである。

 この本のどこがすばらしいのか?

1. ビューリーの実証的な方法は、従来のデータに基づいた計量経済学よりもはるかに説得力があり確かな証拠になっている。従来のデータは、名目賃金がめったに下がらない、とりわけ1つの仕事についている1人の労働者にとっては下がらない、ということを教えてくれる。しかし、それがなぜなのかを知りたかったら、一番いい方法は、豊富な賃金設定の経験をもっている人々に直接聞いてみることである。ビューリーがやったことはそれである。

2. ビューリーは回答者を誘導しないように慎重に対応している。彼は、回答者が自分自身の行動を自分自身の言葉で説明するように細心の注意を払うすばらしい聞き手である。彼は想定していた仮定が間違っていたとわかったときには、喜んでそれを認めている。こういうことは何度も起きている。読者は、作者自身がこの調査の結果、知的に成長していくのを見ることができる。

3. ビューリーは意識的に幅広い経済理論を検証している。回答者があるトピックについて回答した後で、彼は回答者が考察するためのいくつかの経済理論を提示する。そのすべてのケースにおいて、彼は理論的なモデルを普通の英語に「翻訳」しようとしている。それから回答者の答えを記録している。

4. ビューリーは計画的で徹底的である。彼は幅広いトピックについてインタビューしている。いくつかの質問は、最初は一見すると、関係ない話題のように思われる。例えば、彼は退職金についてまるまる1章を当てている。しかし、彼に余裕があれば、彼はすべてのトピックに関して動機を説明することができるだろう。例えば、読者が暗黙の契約について理解すると、低い退職金が解明を必要とする大きな謎として突然浮かび上がってくるのである。

5. ビューリーは一貫して丁寧な口調を維持している。彼の結論が明らかにケインズ的であっても、それを疑う回答者に彼は敬意をもって対応している。実際彼は、納得しない回答者の考え方を正面から受け入れている。そして、疑問を抱く回答者を、疑問に対して疑問をぶつけるという形で方法論的に納得させようとしている。

6. 最も重要な点は、ビューリーはこの本のタイトルになっている疑問に答えるのに成功しているだけでなく、それから派生する疑問に答えることにも成功していることである。私はこの本を読み始める前からいくつかの基本的な答えにはすでに賛成していたが、この本を読んでみて、私が見逃していたいくつかの複雑な層が存在することに気がついた。どの場合でもビューリーは、彼が提示した複雑な問題をうまく解決している。

 ビューリーの答えを適切に評価する一番いい方法は、Q&Aの形にしてみることだろう。以下の文章はすべて私のものである。しかし、ビューリーは私の文章を彼の本を説明する適切な文章として受け入れてくれると思う。

Q: 賃金はいつでも下がらないのか?
A: 実質賃金はいつでも下がる。名目賃金は労働者が仕事を変えたときはしばしば下がる。しかし、名目賃金はある特定の仕事のある特定の労働者に関しては、めったに下がらない。その特定の仕事ができる労働力が供給過剰になっているときでさえ、そうである。

Q: それなら、どうして名目賃金は、ある特定の仕事のある特定の労働者に関して下がらないのか?
A: なぜならほとんどすべての経営者(employer)が、名目賃金の低下が労働者のやる気に悪影響を与えると認識しているからだ。そして、やる気の低下は生産性の低下につながる。

Q: それなら、どうして経営者は賃金をカットしておいて、それで手を抜いた労働者がいたら彼らを解雇しないのか?
A: なぜなら、労働の生産性にとって、信頼と相互依存が非常に重要だからだ。解雇によって特定の怠惰を防止することはできる。しかし、それによって、多くの労働者を企業の利益を促進するように働かせることはできない。さらに、生産性は個人レベルでは把握するのが難しいが、グループのレベルでは簡単である。

Q: それなら、どうして経営者は新規採用者の賃金だけをカットしないのか? 賃金を低下させられる新規採用者は、最初からやる気がない、ということか? それともすでに雇用されている労働者が、新規採用者の賃金が下がると怒るとでも?
A: 最初は、やる気の問題はまったく生じない。新しい労働者は、たとえ賃金が低くてもなんとか仕事に就きたいと思っている。また、すでに雇用されている古い労働者が新規採用者に対して怒るのは、新規採用者の賃金のほうが高いときだ。しかし、新規採用者が、同じ仕事をしている他の労働者に比べて自分の賃金が低いと気づき始めたときから、問題が生じる。3か月か4か月たつと、これが新規採用者のやる気の低下につながる。そして、この新規採用者の不満が、古い労働者のやる気にも悪影響を与える。

Q: それなら、どうして全ての労働者を解雇して、全員を新しい労働者で置き換えないのか?こうすれば労働者の怒りを帳消しにできる。
A: 確かに。しかし、すべての労働力を一度に全部交換することは、非常にコストがかかるだろう。さらに、経営者はそうすることで悪い雇用主、悪い企業市民という評価が立つことを懸念する。

Q: だから数年間のマイルドなインフレになればこの問題は解決する、ということか?
A: そうはならないと思う。不況の間でも、ほとんどの経営者は労働者の名目賃金を上げ続けている。

Q: なぜ?
A: 昇給がないと労働者のやる気を損なう。もちろん、名目賃金を削減する場合に比べれば悪影響は少ない。しかし、3年連続して昇給をしないと、労働者の不満に火をつけることになるだろう。そうなると、生産性に悪影響が出てくる。

Q: 企業は2階層の賃金システムをつくることはできないのか? つまり、すでに雇用されている労働者に対しては昇給し、新規採用者の賃金は据え置くのである。
A: ある企業は、特に1980年代において、それを試みている。しかし、やる気の低下が台頭してくる。新規採用者は最初は満足する。しかし、数か月たつと賃金格差に対する不満があらわれてくる。

Q: ちょっと待った。労働者はCEOより賃金が少なくてもそれほど不満に思わないように思われるが?
A: それほど不満には思わない。彼らが不満に思うのは、たいていの場合、「同一階層内の賃金の平等」(internal horizontal pay equality)が達成されないときだ。同じ企業の2人の労働者が同じ仕事をしているのなら、人々はその2人の賃金はほぼ同じであることを期待する。そのような場合以外の賃金格差は、それが極端な差であったり、どちらかが急速に変化する場合を除けば労働者に容認される。

Q: 労働市場は本当にそれほど単層的なのか?
A: それに関しては大きな例外が存在する。「2次」(secondary)労働市場だ。パートタイムや季節労働やコンサルタントなどである。

Q: その2次労働市場は他の労働市場とどのように異なっているのか?
A: 2次労働市場では、労働者は賃金を比較できるほどお互いのことをよく知らない。さらに、これらの労働者は仕事に基づいて自尊心を評価しない。そのために彼らは賃金格差に気づいても、それほど不満を抱かない。

Q: それなら、名目賃金は2次労働市場では下がるのか?
A: 同一の仕事の同一の労働者に関しては下がらない。しかし、2次労働市場では、経営者はしばしば新規採用者の賃金をカットする。実際、経営者は、賃金が低い新規の労働者と取り換えるために長期勤務の賃金が高い労働者を退職させようとする。経営者は率直にそれを認めている。

Q: 労働者は名目賃金のカットという大きな可能性よりも、失業という小さなリスクを選ぶようである。でも後知恵で労働者の効用関数を想定することになっていないか?
A: 確かに雇用に直接関わっている人は誰でも、解雇(lay-off)が労働者にとって、経済的な点であれ他の点であれ、破壊的であると認めている。対照的に賃金カットは、せいぜい労働者のプライドを傷つけるにすぎない。しかし、そのために労働者は実質賃金よりも名目賃金のカットにより激しく抵抗するのである。

Q: あなたの態度はかなり家父長的である。そうではないか?(訳注 労働者を「合理的な」判断ができない人[=子供]と見なすことになる、ということだと思うが)
A: 経営者は労働者をしばしば子供と公言している。経営者は何か意図があってそうしていている、と思うが。(警告:ビューリーはおそらく控えめな表現にしようと思っているので、実際にはこのように言っていない。しかし、これは彼のデータと整合的である。)

Q: では、賃金カットによりやる気の低下が予期されるにもかかわらず、経営者が名目賃金のカットを決行したらどうなるのか?
A: 名目賃金のカットはめったに行われないので、その質問に確信をもって答えることは難しい。私は名目賃金カットを行った企業を探そうとした。そして、それには2つのパターンがあるとわかった。

Q: その2つとは?
A: 明白な財務難に陥っている企業にとって、労働者にその状況をはっきりと説明できる限りにおいて、賃金カットはうまくいく。それができないと、賃金カットは経営者の視点から見て失敗になる。

Q: 賃金カットはやる気の低下以外の問題をさらに引き起こすということか?
A: その通り。経営者はいちばん優秀な労働者が先に退職することを危惧する。対照的に解雇を行えば、優秀でない労働者を先に退職させることができる。(例外:労働組合がある企業は、通常、生産性ではなくて年齢に応じて解雇を行う。)

Q: ということは、賃金が高い労働者は、実は、生産性に比べて低い賃金を受け取っている、ということになるのか?
A: その通り。同一階層内での賃金の平等化が働くので、生産性の高い労働者の賃金は押し下げられ、生産性の低い労働者の賃金は増価(inflate)される。

Q: 私は混乱している。解雇も労働者のやる気を低下させるのではないか?
A: その通り。しかし、そのダメージは比較的短期的なものである。それに対して、賃金カットは不満を企業内に持ち込むことになる。解雇は不満を企業の外に追い出すことになる。

Q: それだけの単純な話なのか?
A: 違う。解雇は、それが長期化する場合だけ、あるいは労働者が苦境の後に希望が見いだせないとき(訳注 解雇がさらに続くと予想されるとき)だけ、やる気に悪影響を与える。しかし、解雇は大きな波のようなもので、残った労働者には仕事の確保が保証されるので、数週間、長くて数か月間、やる気の低下を引き起こすだけで終わる。また、多くの経営者は、解雇によるコスト削減で残った労働者の賃上げ分の財源を確保できるので、その取引を労働者にとって受け入れやすいものにできる!

Q: ということは、政府の介入ではなくて、人間の心理が失業の主要な原因なのか?
A: その仮定は強すぎる。低技能労働者(low-skilled workers)を雇用する経営者は、最低賃金や所得移転が失業の大きな原因になっているとしばしば主張する。しかし、高技能労働者にとって、そのような政府の政策は失業とは無関係である。

Q: 最後に、非自発的失業という苦境を終わらせるために必要なことは、人間の労働者をバルカン人と取り換えることなのか?(訳注 バルカン人、スタートレックに登場する異星人)
A: もしかするとそうかもしれない。私は意図的に、簡単に答えが出るミクロ的問題に焦点を当てるために、そのようなハイレベルのマクロ経済的問題を避けている。しかし、私が集めた証拠は、世界の労働者がより成長した態度を持つようになれば非自発的失業が消える、ということを否定するものではないだろう。

プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

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