M B K 48

もし貧乏人が経済学を学んだら

2013年12月

クルーグマン、「どうして企業は穏やかな不況が嫌いではないのか?」

http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/12/25/why-corporations-might-not-mind-moderate-depression/
Why Corporations Might Not Mind Moderate Depression
クルーグマンの12月25日のブログの翻訳です。

更新:最後の文章修正しました。drive=(慈善活動などの)運動 という意味でした。

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どうして企業は穏やかな不況が嫌いではないのか?
Why Corporations Might Not Mind Moderate Depression

 今日はクリスマスだ。でも家族のイベントまでまだ時間があるから、昨日の記事(拙訳はこちら)の続きを考えてみたい。

 僕は、マイク・コンツァル (Mike Konczal) の指摘に刺激を受けて、現在あいかわらず続いている労働市場の低迷が雇用者 (employers) の交渉力を高め、彼らの力を強化している、と指摘した。しかし、この影響のために、企業は好況期よりも、穏やかな不況期においてより利益を得ることができる、と言うことができるだろうか?

 多くの人々の直感的な反応は、そんなことはありえない、というものだろう――企業は、好況のために労働者により多く賃金を払い、彼らの待遇をより良くしなければならなくなったとしても、より強い需要を望んでいるはずだ、というものだろう。そうかもしれない。しかし、この問題はそのように単純に決着がつく問題ではない。

 ある種の効率賃金仮説を想定してみよう(実際僕はそのようなものを想定しているのだが)。効率賃金仮説によれば、雇用者が労働者から引き出すことができる努力は、ある部分、労働市場の状況に依存している。したがって、それぞれの企業は、F(N,U ...) という利潤関数をもっていると想定できる。ここで N はそれぞれの企業が雇用している労働者数であり、U は経済全体の失業率である。このモデルをより完全なモデルにする他の変数もある。企業は、他の条件が同じなら、利潤を最大化するように雇用する労働者数を決定する。

 しかし、それぞれの企業はその決定をする際、すべての企業全体で見れば、その決定により失業率が影響を受ける、ということは考慮に入れていない。たしかに、個々の企業の雇用決定が失業率に与える影響は、わずかである。しかし、企業全体では、失業率を決定できるのだ。そして、失業率が高くなれば――これが昨日から議論していることだが――企業の力が労働者の力に比べて高くなる。したがって企業の利潤も大きくなる。

 つまり、停滞する経済は、企業にとって協調を可能にするある種の枠組みとして作用するのである。ひとつの見方は次のようなものだ。経済の停滞によって、企業は労働者を求めてお互いに競争しなくなる。そのために企業は独占力(訳注 正確には monopsony = 買い手独占)をより行使することができるようになる。この影響は、需要の低下による企業の利潤の低下をある程度相殺するものとして考えなくてはならない。それに停滞する経済において、企業の利潤が必ず低下するという法則があるわけじゃない。実際には企業の利潤は改善しているだろう。(この問題に関するちゃんとしたモデルをつくろうと思っているが、関心がある人がいるなら、お先にどうぞ。)

 現在の停滞する経済における実際のデータはどうなっているのだろうか? そうだった、これが一番知りたいことだ。実は、企業の利潤から見れば、現在の状況は、停滞する経済ではまったくないのである。不況が始まった2007年末からの、企業の利潤と雇用者報酬(賃金と手当を合わせたものである)のグラフを見てみよう:どちらも2007年第4四半期の数値を100として基準化している)。

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 企業の利潤(青いライン)は、金融危機の直撃を受けて落ち込み、その後増加している。現在、危機前のレベルよりも60%高いレベルになっている。いっぽう、労働者の報酬(赤いライン)はほとんど増加していない。実際、一人当たりの実質値では低下している。

 重要なことは、私たちが停滞する経済と言うとき、それは労働者にとってなのであり、企業にとっては全然そうではない、ということだ。この違いのどれだけが両者の交渉力の違いによるかは、答えるのが難しい問題である。しかし、一般の人々の経済と企業の利潤との差は、歴然としているのである。停滞する経済は企業にとって良いものかもしれないし、良いものではないかもしれない。しかし、企業がそれによってそれほど悪影響を受けていないことははっきりしている。

 そこで、政治的な面について考えてみよう。僕は、だからといってCEO連合が意図的に経済を停滞させようとしてきたと考えるべきだ、とは思っていない。考慮しておかなければならないのは、巨大マネーの保有者 (big money) は、現在の経済の状況は彼らの視点から見てOK、と見ている、ということだ。だからそのビッグ・マネーの言うことを聞く政治家は、失業問題に対する関心を失うのだ。債務を減らせというスローガン (Fix the Debt) に賛同する著名CEOを集めることは簡単である。しかし、経済を修復しろ (Fix the Economy) というスローガンに賛同する著名人に関しては、始めることさえ困難なのである。

 だから経済は修復されずに放置されるのである。

クルーグマン、「労働者の苦境」

http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/12/24/the-plight-of-the-employed/
The Plight of the Employed
クルーグマンの12月24日のブログの翻訳です。

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労働者の苦境  The Plight of the Employed

 マイク・コンツァル (Mike Konczal) が、ワシントンは失業者に対する関心を失ってしまった、と書いている。そして、これはひどいスキャンダルだ、と書いている。しかし、彼は、このスキャンダルを引き起こしている政治経済的状況で重要な役割を果たしていると思わる要因についても指摘している:現在の状況は、現在雇用されている労働者にとっても辛い時なのである。

 なぜか。彼らの交渉力があまりにも弱いからである。現在の仕事を辞めるか失った場合、その仕事と同じような仕事を得る確率、あるいはどんな仕事でもいいから仕事を得る確率は、かなり低いのだ。労働者はそのことを知っている。離職率――労働者が自発的に仕事を辞める割合である――は、危機前のレベルに比べてかなり低いし、1990年代の後半の好況期と比べれば、さらに低いのである。

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 読者のみなさんは、雇用というものは他の商品と同様に市場の関係によって決まると考えているかもしれない。つまり、買い手と売り手の間での関係であり、相互の同意によって決まる、と考えているかもしれない。読者のみなさんは、さらにサンタクロースの存在も信じているかもしれないが・・・。しかし実際雇用は、すべての場合ではないが多くの場合、力関係 (a power relationship) によって決まるのである。景気がいいときには、あるいは労働者が労働法規制によって、あるいは強い労働組合によって守られている場合には、雇用者と労働者との関係は、比較的対称的 (symmetric) になる。しかし、現在のように不景気のときには、その関係は著しく非対称的 (asymmetric) になるのである。雇用者も労働者もともに、労働者を取り換えることは簡単だと知っている。失った仕事を取り戻すのはとても難しい、ということを知っている。

 企業(employers)は――彼らは公式的にはっきりとそうだとは言わないだろうが――このような状況が気に入っているだろうか? つまり、企業にとって、弱い経済から得られる大きなうまみ(upside)があるのである。彼らが意図的に経済を弱くするように努力している、というのはおそらく言い過ぎだろう。しかし、アメリカの企業はこのような状況をそれほど悪いとは感じていないだろう。労働者の苦境は、実際彼らの視点から見ればプラスなのである。

クルーグマン、「原始ケインズ主義に関する補足」(少し専門的)

http://krugman.blogs.nytimes.com/2013/12/16/more-paleo-keynesianism-slightly-wonkish/
More Paleo-Keynesianism (Slightly Wonkish)
クルーグマンの12月16日のブログの翻訳です。

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原始ケインズ主義に関する補足
More Paleo-Keynesianism

 この記事はケインズ経済学の現状に関する記事の補足である。僕が引用したブラッド・デロングの記事でブラッドは、(古いケインジアンに対して)ニュー・ケインジアンのマクロ経済学を特徴づける重要な分岐点として、ニュー・ケインジアンが失業とインフレとが確実に相関するという古いケインジアンの考えを否定したことを挙げている。

 現在なら、失業とインフレとの長期にわたる有用なトレードオフは、ケインズ経済学の本質的な部分ではなく、60年代のケインジアンが実際信じていたことを誇張した戯画にすぎない、と主張することができる。しかし、70年代のスタグフレーション(訳注 インフレが高くなり失業率も上がる)は、経済学的イデオロギーにとって重要な転回点となった。スタグフレーションによって、フリードマン―フェルプスの――「ミクロ的基礎づけ」、個々人の合理的な行動という概念にもとづいた――考え、つまり、インフレが続けば賃金・価格設定にインフレ期待が組み込まれるので、失業とインフレとの長期的な相関は消える、という考えが証明されたように思われたのだ。そしてこのために、反ケインズ革命への大きな転回が起こったのだ。

 別の点から述べてみよう。僕が大学院生だったころ、次のような会話をしたことを覚えている。「ルーカスの考え方には賛成できないね。あれは現実とはまったく違う。」「しかし彼らはここまでのところは正しいよ。彼らが間違っていると証明できるのかい?」

 しかしそれは当時のことだ。現在は違う現象が起こっている。1985年以来――つまり、レーガン―ボルカーのディスインフレーション政策以来、実際のデータは古いタイプのフィリップス曲線にきわめて近いものになっている。これを認識している経済学者がどれほどいるだろうか?

 まず最初に実際のデータを見てみよう。以下のグラフは1985年以後の失業率と非管理職の賃金増加を示したものだ。

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 このグラフから、失業率が高いときには賃金増加が低く、逆に失業率が低いときには賃金増加が高いことがわかる。今度は(データの重複を避けるために)年ごとの平均を見てみよう。当該年と次の年との賃金変化に対する失業率は次のようになる。

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 古いタイプのフィリップス曲線が戻ってきている理由としては、いくつかの妥当な説明が可能である:インフレ期待が固定化されたことと、名目賃金の下方硬直性である。ただし、これについては別の機会に考えよう(実際、固定化されたインフレ期待と名目賃金の下方硬直性は、お互いに強化しあっているように思われる)。
 ここで確認したい重要な点は、スタグフレーションの時代につくられたインフレに関する理論は、実際の現実のインフレの動きとは合っていない、ということだ。それは大不況(訳注 2008年)以来の時代だけではなく、1985年以降のすべての時代について言えるのである。しかし、スタグフレーションを基準にした理論が、いまだに一般的な経済の見方と政策を支配しているのだ。

 これは重大な問題だ。経済はその経済にとって可能な生産力(訳注 潜在生産量[潜在GDP])を中心に変動している、という考え、言い換えれば、経済がその潜在生産能力以下に長期間とどまることはありえない、という考えは、元をたどれば、自然失業率仮説にもとづいている(訳注 自然失業率=経済が潜在GDPにいるときの失業率)。そして、その自然失業率仮説は、スタグフレーションの時代に経済的学説として受け入れられた。そして、この考えが、今でも、公式的な生産能力の試算で使われている。そのために、サイモン レン―ルイスが指摘しているように、景気停滞がある程度の期間続くと、それが経済の正常な生産能力として組み込まれてしまうのだ。したがって公式的なEUの見解が、スペインは完全雇用に近づいているとか、2007年のイギリスは巨大な構造的財政赤字をかかえた過熱しすぎた経済、というようなものになってしまう。しかし、スタグフレーション時代のマクロ経済学がまちがっていたら、これらすべての推定もまちがっていることになるだろう。

 端的に言おう。今や未来へ戻る時なのだ(it's time to go back to the future)。
[訳注 1970年代につくられた「古い」経済学ではなくて、新しい見方を採用するべきだ。]

スティーブン・ランズバーグ、「最低賃金に関する考察」

http://www.thebigquestions.com/2013/02/18/thoughts-on-the-minimum-wage/
Steve Landsburg, "Thoughts on the Minimum Wage"

Steve (Steven) Lnadsburg のブログの記事(2013年2月18日)の翻訳です。
マンキューご推薦
途中省略しています。ランズバーグ自身の主張に関する部分だけです。

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最低賃金に関する考察 Thoughts on the Minimum Wage

 最低賃金に対する批判は、主に次の3つである。

1.最低賃金は低熟練労働者(unskilled workers)の雇用を減らす。
2.したがって、最低賃金は低熟練労働者にとって悪いものである。
3.したがって、最低賃金は悪い政策である。


この主張の問題点は、主に以下の3点になる。

1.最低賃金は雇用をそれほど減らさないかもしれない。
2.雇用を減らすとしても、それは低熟練労働者にとって悪いことではないかもしれない。
3.したがって(この経路のために)最低賃金を悪いと結論づけることはできない。

しかし、最低賃金は悪い政策である。といっても、最初に挙げたのものとはまったく違う理由に基づく。

[・・・・・]

9.つまり、私たちが低賃金労働者(low-wage workers)への所得移転を目指しているのなら、その所得移転の負担の全てを比較的少数のグループ(この場合は低賃金労働者を多く雇用している産業の経営者や消費者である)に押し付けるのは、基本的に言って不公平だし、政治的に見て賢明ではない、ということだ。この所得移転を目指しているのなら、正しい方法は、できるだけ多くの人々がその財源を負担する方法である――例えば、給付付勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit)である。これは一般財源によって賄われている。

10.私は「基本的に不公平で、政治的に賢明でない」と書いた。この2つの点について説明しよう。まず公平性についてである。もし私たちが18歳の若者による軍隊を望んだとしたら、私たちは、たまたま18歳だった若者たちを無給で徴兵し、私たちの要望の負担をすべて彼らに押し付けるだろうか? それとも、軍隊の保護を享受する私たちが税金でその負担を負うほうが公平だ、と私たちは考えるだろうか? あるいは、私たちが農地を公園に変えることを望んだと想定しよう。私たちはたまたま農地を所有していた人々から農地を無償で奪い、私たちの要望の負担を彼らにすべて押し付けるだろうか? それとも、税金によって、将来その公園に行くと想定される人々に負担を負わせるほうが公平だ、と私たちは考えるだろうか? 同様に、私たちが低熟練労働者の賃金の増加を望んだ場合、私たちは、たまたま低熟練労働者を雇用していた人々にその負担を押し付けるべきだろうか? それとも、その政策を望んだ人々が負担を共有するほうがより公平だろうか?

11.これが私にとって重要だと思われる点である。マクドナルドの店主が例えば6人の低熟練の労働者を雇っていたとしよう。彼らは(わずかではあるが)恵まれた境遇にいる。なぜなら彼らを雇ってくれる店主がいるからである。それに対して、あなたがたは最近、低熟練労働者のために何かしただろうか? おそらく答えは、何もしていない、だろう。それならば、私たちが低賃金労働者のための追加の政策を望むのなら、今度はその負担を負うのは、マクドナルドの店主ではなくて、あなたがたの番ではないだろうか?

12.比喩をもうひとつ挙げよう。ある人々は自発的に日曜日に公園に行き、公園のゴミを拾っている。ゴミ拾いをもっと行う必要がある、と私たちが決めたとしよう。私たちは自発的にゴミ拾いを行っている人に向かって、彼らにもっとやれ、と要求するだろうか? あるいは、私たちも負担するべきだと決めるだろうか(私たち自身が公園に行きそれを行うか、それを行う人にその費用を払うのである)? そして、ある人々は自発的に低熟練労働者に賃金を払っている。もし私たちが低熟練労働者にもっと賃金を払う必要があると決めたなら、私たちは、すでに彼らに賃金を払っている人々に向かって、彼らにもっと払え、と要求するべきだろうか? それとも、私たちの残りの人々もそれを負担するべきだと決めるべきだろうか(つまり、給付付勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit)によってである)。

13.「公平性」から言えば、多くの人々を助けるプログラムの負担が社会の中の少数の人々に押し付けられるのは望ましくない。さらに、すでにその問題の解消に貢献している人々(つまり、低熟練労働者に仕事を提供している人々である)にその負担を押し付けるのは、なおさら望ましくない。それは、公園の清掃の負担の増加を社会の少数の人々、とりわけすでに公園の清掃に貢献している人々に押し付けるのが望ましくないのと同じである。「政治的な知識」も同じことを私に教えてくれる。負担が他の人に行く政策なら、誰でも簡単に支持できる。しかし有権者自身が、他の人々と同様、自らの政策決定の負担を負うべきなのである。「他の誰かが」お金を出す社会保障政策に人々が賛成して投票するようになってしまえば、人々は無責任な投票者になってしまうだろう。

ブラッド・プラマー、「最低賃金が雇用を減らすかどうかについて、経済学者の意見は一致しない。なぜか?」

http://www.washingtonpost.com/blogs/wonkblog/wp/2013/02/14/why-economists-are-so-puzzled-by-the-minimum-wage/
Brad Pmumer, "Economists disagree on whether the minimum wage kills jobs. Why?" 
Washington Psot (Wonkblog) のBrad Plumer の記事(2013年2月14日)の翻訳です。

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最低賃金が雇用を減らすかどうかについて、経済学者の意見は一致しない。なぜか?
"Economists disagree on whether the minimum wage kills jobs. Why?"
 

 最低賃金が上がるとどうなるだろうか? 理論的にはこれはシンプルな問題だ。最低賃金の上昇は低賃金労働者の費用を増加させる。そうなると企業はそのような労働者を雇わなくなるだろう。したがって失業率が上昇する。Econ101で習う基本的な知識だ。

 しかし実際の社会はもっと複雑なようだ。確かに多くの研究が最低賃金の増加と失業率の増加との関連を証明している。しかし、他の多くの研究が――例えば、最低賃金が異なる2つの州の境界をはさむ地域を利用したバークレーの研究者たちによる最近の研究のように――最低賃金は雇用にまったく影響を与えないと示している。きわめて多くの場合、1ドルか2ドルの最低賃金の上昇で目に見えるかたちで雇用が悪化することはないようだ。

 こうなると難問が生じることになる。どうして基本的な経済学の知識は間違えることになったのだろうか? これは、Center for Economic and Policy Research のジョン・シュミット (John Schmitt) がこの新しい論文で検証した疑問である。彼は、どうして最低賃金の穏やかな上昇が雇用のレベルにあまり影響を与えないか、という疑問について多くの研究を検証した。基本的に、労働市場が最低賃金に反応するのには多くの経路がある。そのすべてが失業率の増加につながるわけではない、ということだ。

1)経営者(employer)は労働者に対する手当(benefits)や労働時間や職業訓練をカットする方法で対応できる。確かに最低賃金が高くなるということは、企業が低賃金の労働者により多く支払わなければならなくなる、ということを意味する。しかし、だからといって企業が雇用する労働者を減らすということにはならない。おそらく企業は、健康手当や労働時間のような他のものをカットする方法で対応できる。しかし、シュミットは、経営者がこれを行うという決定的な証拠は少ないと指摘する。

2)経営者は他の労働者、つまり高賃金の労働者の賃金をカットする方法で対応できる。ひとつの調査が、最低賃金の上昇に直面した半分の企業が「より熟練した労働者の昇給やボーナスを遅らせるか抑制する」、と発見した。もしこれが実際に起こっていることならば、最低賃金はよい賃金をもらっている労働者を犠牲にして低賃金労働者を助けていることになる。これはさらに、もし貧しい労働者のほうが現金を使う傾向が高いなら、短期間GDPを押し上げることにつながるだろう。

3)企業は最低賃金に対応して価格を上げることができる。ひとつの明白な可能性は、低賃金労働者を抱える企業が――例えばファーストフード店である――最低賃金がもたらす追加の費用を単純に消費者に転嫁する、というものである。ひとつの重要なサーベイ論文が、10%の最低賃金の増加は、最低賃金の影響を受ける企業の製品価格を平均で4%増加させる、と見出している。

4)企業は減少する利潤をだまって受け入れるかもしれない。もうひとつの可能性は、企業が労働者を解雇するのではなく、最低賃金の費用上昇を受け入れ、利潤の低下を受け入れるかもしれない、というものである。しかし、実際にこれが起こっているかどうかに関する研究は、結論を出せていない。

5)経営者はより効率的になることで対応できる。最低賃金の労働者の費用が突然上昇したら、おそらく企業はそのような労働者からより高い生産性を引き出そうとするだろう。シュミットは、これがジョージア州とアラバマ州のファーストフードチェーン店で起こったという確かな証拠がある、と指摘している。経営者は労働者により高い出勤率を求め、最低賃金の上昇に対応した追加の仕事をするようにうながし始めたのである。

6)労働者自身が自発的により努力して働くようになるかもしれない。シュミットは、突然給料が増えると人々はより努力して働くようになり、より生産的になるということを示す理論的研究がたくさんある、と指摘している。それらのモデルのうちのいくつかを使えば、なぜ最低賃金の上昇が高い失業率につながらないのかということも説明できる。しかし、シュミットは、これに関する実証的な証拠は多くないと指摘する。

7)最低賃金が上昇すれば労働移動がより少なくなるので、企業は最低賃金の増加によって、実際貯蓄ができるかもしれない。最低賃金の労働者の賃金が増加すれば、彼らが現在の仕事にとどまる確率は高くなるだろう。となると、最低賃金は経営者にとっていいものとなる。結局、コンスタントに労働者が移動することは企業にとって高くつく。労働者の選抜、職業訓練、空員の維持には、コストがかかるのである。シュミットは、労働移動率が下がることで賃金上昇の費用が軽減されるだろう、と指摘する。これによって、雇用のレベルがあまり変化しないことが説明できるだろう。

 とすると、正しい答えはどれなのだろうか。おそらく、これらのうちのいくつかが組み合わさっているのだろう。「個々の事業者は、経済学者には完全に把握されていない、説明できない複雑な状況にいもとづく異なった経路をたどるのだろう」、というのがシュミットの結論である。ある企業は最低賃金の上昇に合わせて価格を上げる。ある企業はより多くの仕事を労働者に課す。またある企業は労働移動率の低下によって利益を得るだろう。

  以上のことは、どうして最低賃金の上昇と高い失業率の上昇との関連に関して経済学者の意見が分かれるのかを説明してくれる。企業が最低賃金の上昇に直面してとる選択は、労働者の雇用を減らす以外にたくさんある、ということである。(もし最低賃金が時間当たり100ドルに跳ね上がったら、もちろん大きな混乱が起こるだろうが、だれもそのような政策は提唱しない。)経済学の基本的な理論は魅力的である。しかし、現実の世界はそれほどシンプルではない。

プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

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