M B K 48

もし貧乏人が経済学を学んだら

2014年06月

ダンピング・ジャック・フラッシュ――どうしてアメリカのほうが自動車の価格は安いのか





 Yahoo 知恵袋からの引用です。


<質問> レクサス CT200h、米国価格は245万円からという話がありますが、確かゴルフも日本より3割くらい安いそうです。日本では、CT200hは、100万以上の差がありますがどういうことなのでしょうか。


<回答> くるまカテなので、仕向け地による国別装備や性能の違いを指摘して、価格差などが説明できれば一番スッキリするんでしょうけど…。

たぶんそういうことよりも、経済の原理や問題のほうが深い関わりがあると思います。よく言われる基本的なことは、売上と利益の関係です。企業にとってこの2つの数字はとても大切ですが、つねにどちらも最大を目指せるのかというとそうでもありません。売上を取ろうと思うと利益(儲け)がとれなかったり、利益を追い求めると売上が下がったり…。だいたいどこの国の企業であっても常にこのバランスには頭を悩ませていると思います。売上は企業の規模(大きさ)を表し、利益は企業の効率(体質)を表すと言われます。

グローバル企業の場合は売上と利益を場所(どこの国でってことです)によって分けて考えて確保するのも一つの経営方針でしょう。売上は市場規模の大きな国で確保(薄利多売ってやつです。不当廉売・ダンピングなんて最悪の手段を取ることも。外国市場を確保するには非常に有効的な手段ですが、ダンピングは基本的に禁じ手です。)、利益は取り易い国(そこそこのお金持ち)から取るという具合に。アメリカは市場規模も大きく、国民も金持ちなので特別扱いは仕方が無いのでしょう。


 うーん、回答者のかたは「経済の原理」による説明と言っているけど・・・

 単純に、日本の市場のほうが大手メーカーによる「独占」が強く、アメリカのほうが「完全競争(自由)市場」に近い、というだけの話だと思いますが。

ダンピングの経済学
(以下はクルーグマンの『国際経済学』をもとにしています。)

 国内市場と海外市場の2つの市場を考えます。国内には数社のメーカーしかなく、国内市場を独占していると想定します。したがって、国内市場では生産量によって市場価格を変えることができます。しかし、海外市場に対しては独占力を行使することができず、海外市場は完全競争市場であると想定します。

monopoly01















 完全競争市場では、企業は、限界費用( MC=Marginal Cost )が市場価格 P に等しくなるところまで生産を増やします。上の図で、海外市場(完全競争市場)での価格が PFOR だとすると、PFOR とMC曲線が交わるところまで生産量を増やします(図の1)。したがって、国内市場、海外市場あわせて QMONOPOLY だけの量を生産します。
 次に、PFOR と(国内の)限界収入曲線 MRDOM が交わる点の生産量( QDOM )を国内市場向けにします(図の2)。
 一般的に独占市場では、企業は限界費用曲線(MC)と限界収入曲線(MR=Marginal Rvenue)が交わるところまで生産量を増やします。なぜ上の図では、MC と MRDOM の交点で国内の生産量を決めないのか? この企業は国内市場、海外市場合わせて、すでに QFOR だけ生産すると決めています。したがって、その生産量での限界費用は PFORです。そのため、PFOR と国内の限界収入曲線MRの交点で国内市場向けの生産量を決めるのです。

 したがって、QDOM が国内市場向け、QMONOPOLY - QDOM が輸出分になります。

 国内市場(独占市場)での価格は、国内の需要曲線 DDOM によって決まるので、PDOM になります(図の3)。海外価格 PFOR よりも国内価格 PDOM のほうが高くなります。

 特に自動車の場合、日本では大手メーカーによる「系列」――大手メーカーによる、部品調達、生産から流通までの独占的な統合――が支配的で、海外からのメーカーや国内の新規参入メーカー(そんなん出てくるのか?)が入ってきにくい構造になっています。そのため、少数のメーカーによる独占が強く、お互いに協調的戦略をとること(相手の出かたをうかがいながら、価格設定すること)が可能になります。そのため、メーカーは価格を高いままにしておくことができます(注1)。

 いっぽう、アメリカではより自由な市場になっている(海外メーカーや新規参入メーカーが参加しやすい市場になっている)ので、価格は日本に比べて低くなるわけです。


(ただしアメリカでは、海外メーカーによるアメリカ市場向け製品のダンピングを法律で禁じているので、ダンピングをそのままやると引っかかるのですが、日本の自動車メーカーがひっかからないのはなぜなのでしょうか? たぶん「うまくやっている」からではないでしょうか? 内装や装備を「少し」変えて「違う」製品ということにしている。とすれば、その内装や整備の差がそのまま価格の差につながっている、と想定するのは難しいでしょうね。つまり、やっぱり同じ車がアメリカのほうが安い、ということになると思います。)


注1)いっぽう、メーカーの独占が強いということは、下請け企業の製品の価格はそれだけ低く抑えられ、また賃金も低く抑えられれることになります。よく、最終生産物の価格が高くなれば、下請け企業の製品の価格も高く買ってもらえることになり、賃金も高くなる、と思っている人がいるけど、独占市場だとそうならない可能性があります。

IS-LMの女王――びしびしいくわよ(年齢制限あり、18禁)

 一部の経済学者の意見では、経済学でIS-LMを教えるべきではない、ということになっているようなので年齢制限が必要でしょう。18歳以上のかたは、以下の「はい」をクリックせずに先にお進みください。


            あなたは18歳以上ですか?

Friedrich_Hayek  はい

Friedrich_Hayekいいえ



 次のような命題を考えてみてください。

① 金利が下がると、需要が増える(生産量が増える)。

② 需要が減少すると、金利が下がる。

 どちらも正しいです。しかし、よく見ると混乱してきません? 

 じゃあ、金利が下がっていたら、需要は増えているのか、減っているのか? 実はそれだけではどちらかはわからないのです(注1)。

 つまり、金利が下がっているからといって、需要が増えている(あるいは増える)とは言えなのです。言葉を変えて言えば、金利が下がっているという現象だけを見て、需要が増えているはずだ(あるいは増えるはずだ)、と言うことはできない、ということです。②のパターンがあるからです。

 例えば、バブル崩壊後の日本経済を見て、金利が下がっているのに需要は増えていない――だから金利が下がると需要が増える、という経済の法則はまちがっている・・・ とは言えないわけです。

 どちらが「原因」で、どちらが「結果」になっているかを区別すれば、①と②を区別できます。

 しかし、IS-LMモデルを使えば、この区別はもっと簡単です。

(1) まず①の場合、金利が下がる場合。

14061401













金利が iから iに下がれば(赤い矢印)、経済はIS曲線上を右下にシフトし、生産量(需要)が Yから Yに増えます




(2) 次に②の場合、需要が減少する場合。
14061402











需要が減少すればIS曲線全体が左にシフトします(赤い矢印)。

 そうすると均衡(IS曲線とLM曲線の交点)は左下に移動します。生産量(需要)は Yから Yに減少し、金利は iから iに下がります


 これだけの単純な話です。

 反対のパターンでも同様にIS-LMで確かめることができます。

① 金利が上がると、需要が減少する。
② 需要が増加すると、金利が上がる。



注1) この「金利」は、厳密に言えば、「実質金利」。でも、短期の場合は「名目金利」でもかまわない。短期の場合は、インフレ率が大きく変化しないから。IS-LMモデルの金利は「名目金利」。

濱口桂一郎氏に足りないもの(その1)

これ。
ちょうどいいタイミングでマンキューのブログ(
6月11日)に載っていた。

Monopsony01











お父さんとモノプソニーをやらないかい?

モノポリーじゃないの?


Monopsony02















いや。モノポリー(売り手独占)は、ある物に関して、ひとつの企業が唯一の売り手の場合だね。モノプソニー(買い手独占)というのは、ある物に関して、ひとつの企業が唯一の買い手の場合だよ。それで、この家ではお父さんが唯一の労働の買い手だ。だから、これからはお手伝いをやってくれたお礼のお小遣いは、これまでの50%に下げると決めたよ。

Monopsony03











ちょっと待ってよ。モノプソニーってゲームじゃないの? たんにお父さんが権力もっている、ということだけなの?

さらに40%にカット。へへへ。



**********

 濱口桂一郎氏がブログで(だいぶ前のものだけど)、「労働組合は反資本主義的」という読者からのコメントをとりあげていました。やっぱりね。

 大事なことは「独占」なのに、どうして「独占」という言葉がまったく出てこない? 独占禁止「法」にひっかかることが独占で、そうでなければ独占は存在しないと思っているのでしょうか。「法律」だけで考えているなら、そうなるかもね。資本主義市場の中で労働者を苦しめる一番大きな要因は企業の独占(労働の買い手独占)なんですけど (こういう点で考えても、やぱっり経済学、ミクロ経済学は重要だよね。)


 労働組合の発生は独占市場を考えなければ理解できません。

 ある地域に企業が1つだけ(2つ、3つという少数でもいいです)、労働者が千人いたとします。この場合企業は「独占」状態です(労働市場の買い手独占です)。企業は言い値で賃金を決めることができます。労働者は企業の言い値に従わざるをえません。そうしないと仕事がなくなりますから。だから賃金はどんどん下がります。こうなるのは企業が市場を「独占」しているからです。

 そこで、労働者も市場を独占します(売り手独占)。つまり、労働組合をつくって1つになるのです。こうなれば1対1になります。今度は企業は賃金をどんどん下げることができません。低い賃金を提示して、労働者が認めなかったら誰も雇うことができなくなるからです。つまり、労働者も労働市場を「独占することで」、企業の独占力を弱めるのです。これはこの社会にとって望ましいことです。これが労働組合が発生してきた原理です。

 しかし、そもそも市場にとって独占はいいものではありません。なぜなら、ある特定の人々が取引を少なくして、自分の利益を増やすことができるようになるからです。独占が望ましくないのは、行われれば多くの人を豊かにする取引を少なくしてしまうからです。

 しかし、企業の独占をなくすことはできません。企業はある程度の規模の大きさになったほうが効率的に生産できるからです。

 もし企業の独占がまったく存在しないのなら、労働組合は良くないものです。労働市場を独占していることになるからです(労働組合を「反資本主義的」とみなす根拠はこれですね)。

 しかし企業の独占が存在しているなら(これが現状です)、労働者が独占するのには――労働組合には――正当な理由があることになります(たぶん社会にとっても望ましいことです)。

やっぱり自転車はアホだった(クルーグマン)

 クルーグマンがそんなアホな記事を書いたのか、と勘違いされたかたは、そういうわけではありませんのでそのまま素通りしてください・・・

 クルーグマンが少し前のブログで人口減少の問題点について書いています。

こうした論点を示すたびにいろんな人から質問をもらう.「どうして人口の減少はいいことだって考えないの? だってさ,人口が減るってことは,資源への負担が減るってことだし,環境に与える損害も減るってことでしょ.」

ここで認識しておくべき大事なことがある.
「人口増加が鈍るのは,いいことになりうるし,そうなるべきだ――ただし,健全な政策としてまかり通ってるものは,この潜在的にはいい発展を大きな問題に変えてしまう見込みがあまりにも大きい」ってのが,それだ.なんでかって? 現状のゲームの規則では,ぼくらの経済には,「自転車」っぽい側面が色濃くあるからだ:十分にスピードを出して走ってないと,こけてしまいがちなんだよ.
(引用は経済学101さんから、全文は
こちら


 そこで問題:
 クルーグマンが「自転車」の比喩で表しているものはなにか? 日本語2字で答えよ(ヒント:上記のリンク先の全文を読むこと)。

A.アホ
B.ばか
C.ロバ
D.人口
E.それ以外









答え: それ以外


 おいっ、日本語2字じゃなかったのかよ!

そうでした。忘れてました。

 たぶん性格がねじれている人は(だって選択肢にない答えで答えるんですからね)、「投資」と答えるんじゃないでしょうか。


  問題は「資本の」成長率のやっかいなところにあるといえます。資本は消費や生産に合わせて瞬時に変化できません。資本は、生産が減少して必要とされなくなったらといって消えてなくなるわけではありません。その時点を超えて長持ちしてしまいます。
 また、生産するときにはすでに資本が装備されていなければなりません。つまり、「現在の」生産に必要な資本は、「現在以前の時点で」現在の生産量を予測して、あらかじめ生産されていないといけないのです。だから投資は「将来の」生産を予測して行われることになるのです。

 人口成長率が減少すると必要とされる資本も減少します。したがって投資も減少します。しかし、投資は一時的に人口成長率以上に減少します。なぜなら資本が長持ちしてしまうからです。
 また、投資は、「将来の」生産レベルを見越して行われるという点から言っても「先に」減少し始めます。

 クルーグマンが問題にしているのは、単純に人口成長率が「減少する」ということではなくて、人口成長率が減少する時の、人口成長率の変化と、資本の成長率の変化と、投資の成長率の変化との「ずれ」(タイムラグ)です。つまり、どうしても投資が「先に」減少するので、何らかの景気停滞を経る可能性が高いからです。

 自転車のたとえは、経済にとって、投資は本当はもっと「ゆっくり減速」したほうが望ましいのに、「急に減速」してしまうと経済がこける、ということを表しているわけです。

 人口成長率が減少したからといって、わたしたちが貧しくなるとは限りません。クルーグマンも言っているように、1人当たりで享受できる資源は増えます。1人当たりの資本ストック(資本装備率)も増える可能性が高いです。1人当たりの生産も増えるかもしれません(ただし、こうならない可能性もあります。一番の要因は、知識や技術の発展は人口に比例する、というところです)。

 しかし、経済は、投資が「先に」減速するので「ある程度の期間の間」景気停滞あるいは不況を経験する可能性が高くなります。クルーグマンが危惧しているのは、「正しい政策」が行われればその期間を短くすることができる(あるいは、なくすことができる)のに、現在の政治的状況ではそのような政策が行われない可能性が高いからです。

(あそうだ。もうひとつ忘れていました。)
 人口成長率がマイナスになると、「理論的には」実質金利(あるいは均衡実質金利)がマイナスになる可能性があるので、名目金利のゼロ下限によって金利が下がらなくなれば、やはり問題になりそうです。

超過労働に残業代を出すのは「経済学」から見れば当たり前なんですけど――なぜ労働供給曲線は右上がりなのか?

 なぜ労働供給曲線は右上がりなのか? 

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 ミクロ経済学の教科書あるいは労働経済学の教科書でも、書かれていない場合があります。労働供給曲線は右上がり、ということを初めから想定して議論を始めています。

 なぜ労働者が労働供給をしてもいいと思う賃金は、時間に対して増加するのか(この時間は「1日のうちの時間」でも「日数」でもかまいません。以下ではわかりやすくするために「時間」と考えます)?

 経済学では個人の「効用」を計算するとき、労働に関しては労働の「不効用」として、つまり、労働を「マイナスの」効用として計算することが普通です。その「不効用」という言葉から、労働供給曲線が右上がりなのは、労働にともなう「苦痛」や「疲労」のためだと思われるかもしれません。長時間働いていると苦痛や疲れが増していくので、それに見合う賃金の増加がなければ、仕事なんてやってられない! だから労働者がさらに働いてもよいと思う賃金は増加する。
 たしかに、労働にはそういうところもあります。

 しかし、労働供給曲線を右上がりにしている――労働者が労働してもいいと思う賃金が労働時間に対して増加していく―― 一番大きな要因は 機会費用 です。

 労働を行うということは、その時間の間、他の活動ができなくなる、ということです。そして、労働時間が長くなれば長くなるほど、労働することでできなくなる他の活動も多くなります。

 1日24時間のうち最初の1時間を労働に当てても、残りの23時間は自由に使えます。その時間でいろいろなことができます(残念ながら『24-Twenty Four』 を「リアルタイム」で見ることはできなくなりますが ・・・)。だから最初の1時間の賃金は低くなるのです。しかし、24時間のうち22時間を労働に当ててしまうと、残りは2時間だけになってしまいます。そうなると非常に多くの活動を犠牲にすることになります(『ターミネーター1』は見れますが、『ターミネーター2』は見れません [注1])。そして23時間57分を労働に当ててしまうと、カップラーメンすら食べることができなくなります(リケンのわかめスープならまだ間に合います)。カップラーメンすら食べることができなくなると、人間は確実に死にます。日清食品がマウスで実験しているはずです(近々、ネーチャー誌に載るとか。それ以前に睡眠時間はどうなったんだ? 15時間目ぐらいで出てくるんですが、最初と最後の1時間を強調したかったので飛ばしました)。

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 だから、労働時間が長くなるにつれて、労働のために犠牲にしなければならない重要な活動が多くなる、つまり労働の「(機会)費用」が高くなる。したがって、その労働時間に対して労働者が要求する賃金も高くなるのです。


 そして、労働の「費用」(不効用)――つまり、労働によって犠牲にされているものについて考えること――は、とても重要です。なぜなら、労働者にとって賃金が高いこと(これは労働時間が長いことと言い換えてもいい)は、「必ずしも」いいこととは言えないからです。賃金が高ければ確かに購買力が増し生活は楽になります。しかし、労働の「費用」が高いために賃金が高くなっているとしたら、それは賃金は高いけれど、労働のために多くのことを犠牲にしている、あるいは「やりたいことができていない」ということを意味するからです。

 労働者にとって幸せ(効用、更生)を図る尺度は賃金ではなくて、余剰 = 賃金 ― 費用(不効用) なのです。

 経済学が最低賃金のような価格規制をあまり肯定的に考えないのも、労働の「費用」を考えるからです。
 生産性が同じAさんとBさんがいるとしましょう。Aさんはその仕事が好きなので(労働の「費用」が低いということ)低い賃金で働いもいいと思っていて、Bさんはこの仕事が嫌いなので(労働の「費用」が高いということ)高い賃金でなければ働きたくないと思っているとしましょう。

 通常、このような場合、Aさんが雇われます。なぜなら、この賃金なら働いてもよいという留保賃金が低いからです。しかし、最低賃金のような賃金規制を設けてしまうと、場合によっては、Aさんが雇われずに、Bさんが雇われるということが起こるかもしれません。

 しかし、Aさんが雇われたほうが、Aさん自身にとっても社会全体にとっても望ましいのです。その理由は、まず、Aさんが雇われたほうが、余剰(賃金―費用)が大きくなるからです。次に、消費者にとっても、労働の生産物の価格が低くなるので、消費者の余剰が増えるからです。
 確かにBさんが雇用されないのはBさんにとってはつらいことです(Bさんの留保賃金が高いのは養わなくてはいけない家族がいるからかもしれません)。しかし、Bさんは、より賃金が高い他の職業――できれば自分の好きな仕事――で雇われたほうが望ましいのです(そうなればBさんの余剰も高くなります)。

 つまり、市場には、ある仕事に関して、労働の「費用」が低い人から雇われるようにする機能がある、ということです。例えば、求められている仕事が好きなので賃金は低くてもいい、あるいは、その仕事から得られる体験が貴重なので賃金は低くてもいい、という人がいたら、そのような人から雇用される、ということです。

 そして、(繰り返しになりますが)これは労働者にとっても社会にとっても望ましいことなのです。理由は(これも繰り返しになりますが)労働の「費用」が低くなるからです。労働の「費用」が低いということは、労働者にとって本当にやりたい有意義な活動が犠牲にされていない――そのような有意義な活動の割合が多くなっている――ということです。

 ところで、労働の費用を低くするというと、まず労働自体を減らして、他のやりたい有意義な活動(いわゆる余暇)を増やす、ということが思い浮かびます。

 しかし、労働の「費用」を低くする、それ以上に重要な行動は、「好きな仕事をする」ことです。今やっている仕事が好きなために、あるいはやりたい仕事に就いているために、仕事自体が労働者にとって価値がある活動になっていれば、労働のために犠牲にされる他の活動の価値は相対的に低くなります(つまり、労働の機会費用あるいは不効用を減らすことになるわけです)。

 「好きな仕事を選ぶ」、「やりたい仕事に就く」ということは、たぶん多くの人が考えているより――それを精神論や人生論、生き方論としてとらえる人が多いと思うので――経済や社会全体にとって重要なのです[注2]。今回の論点からはずれますが、好きな仕事についたほうが生産性だって高くなる、という点から考えてもそうです。
(堀江貴文氏が『ゼロ』で好きな仕事選ぶのが重要だと主張しているようです。もしかすると最近日本で出版された「労働」に関する本で一番いいものかもしれない。と言いながら、読んでいないのですが ・・・)

 最初の残業代の話はどうなったんだ? 残り時間が少なく、それについて書くと労働の「費用」が高くなるのでやめます。そうしないと、言っていることと行動が矛盾している、という批判が来ます。



注1) 『ターミネーター1』は1時間45分ぐらい。『ターミネーター2』は2時間半ぐらい。

 ちなみに私の基準では、アーノルド・シュワルツネッガーのターミネーターが受けたからといって今度はシュワルツネッガーを「スカイネット側」(敵)ではなくて「人間側」に変えた『ターミネーター2』は、2番煎じ以下の駄作で見る価値がなく、見ることができなくなっても効用の低下がほとんどないので、ここで挙げる例としてはまったく不適切です。

 脱線ついでに、サマー・グローのターミネーターはいいなあ。これで「ストーリー」が面白ければ最強無敵なんだけど・・・  ↓車にひかれた後。"Please remain calm." "Oh my god."




注2) 
また、日本では多くの人が「あきらめるのが早い」と思うからです。大学生の時点で、「収入が安定しているから」といって公務員、保険会社、銀行を選ぶ社会はまちがった方向に進んでいる、と思いません?



プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

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