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もし貧乏人が経済学を学んだら

2015年01月

Francesco Saraceno, 「労働コスト:誰が異常なのか?」――ドイツもすごいけど、日本にはかなわない

フランチェスコ・サラチェーノ(Francesco Saraceno)のブログの記事の翻訳です。1月29日のクルーグマンのブログで引用されていました。

労働コスト(レーバーコスト):誰が異常なのか?
Labour Costs: Who is the Outlier?
今、スペインは、ドイツと共に、イタリアやフランスの政策決定者にとって模範的モデルになっている。奇妙な模範的モデルだけど、ここではそれには触れない。よく言われる理由――こういう主張はどれだけ批判しても現れてくる――は、いつもながらの、スペインは身を切るような構造改革を実行し、それがレーバーコスト(労働コスト、人件費)を下げ、競争力を増加させた。だからスペインは成長している。いくつかの落ちこぼれ(とくにイタリアとフランス)は頑固にその改革を拒んでいる。そのおかげでヨーロッパ全体の回復の足を引っ張っている、というものだ。この議論は、通常、次のようなグラフを根拠としている。

2014_09_labour_costs
















確かに、このグラフから次のことがわかる。まず、すべての周辺国(peripheral countries)は基準(benchmark)となるドイツからかい離している。そして、2008-09年以後、フランスとイタリア以外の国はレーバーコストを大幅に削減している、ということである。それは痛みを伴うものだったのだろうか? イエス。もしドイツのインフレ率や賃金成長率がもっと高かったなら、それらの国の修正はもっと容易になっただろうか? やはり、イエス。しかし、よくある議論の主張によると、それでも危機に陥った国は、痛みを伴うが必要な修正を断行した。だから、イタリアやフランスも、もっと大胆になり、仲間に加わるべきだ、というものだ。

もう一度考えてみよう。対象を広げ、いくつかの国を上のグラフに付け加えたらどうなるだろうか? 同じデータ(OECDの生産性とユニットレーバーコストから)から、OECD諸国のデータを付け加えると次のようになる。

2014_09_labour_costs_11
















確かに見にくいが、意図的にそうしている。このようにすると、PIIGS諸国(とフランス)は、アメリカを含む他のOECD諸国に混ざってしまい、区別がつかなくなる。実際、唯一はっきりと区別できるのは、点線のドイツだけだ。だから、ドイツは例外だと見なすことができる。いや、ちがう。ドイツでさえ、デフレの日本には負けているんだけど・・・。 僕はいい人なので、上のグラフをもう少し見やすくしてみよう。

2014_09_labour_costs_22















このグラフは、それぞれの国の1999年から2007年までのレーバーコストの増加率と、同じ期間のドイツのレーバーコストの増加率との差を示したものだ。OECD諸国のレーバーコストの増加率は、ドイツよりも14%高い。また、アメリカはフランスと同じぐらいで、ドイツより19%高く、オランダやフィンランドのような倹約的と言われる国よりも少し良い(訳注 低い)ぐらいである。唯一ドイツよりも「良い」国(といっても模範的モデルには全然ならない)のは日本だけ、というだけではない。二番目に良い国(イスラエル、オーストリア、エストニア)でも、レーバーコストはドイツより7-8%高いのである。

つまり、ドイツと比較するのは、まちがっているのである。異常値をたたき出している国(outlier)と比較するべきじゃないのは当然だろう! ヨーロッパの周辺国とOECDの平均を比較すると、次のようになる(1999年から2007年までと、1999年から2012年までのOECD諸国のレーバーコストの増加率の平均との差をそれぞれ示している)。
2014_09_labour_costs_3















OECDの平均を基準とすると、2007年では、ドイツ(低いほう)と共に、アイルランドとスペイン(高いほう)が異常値の国となる。しかし、そのアイルランドとスペインがその後、平均に回帰していったのに、ドイツはさらに下方へと離れていっているのである。改革できない、ヨーロッパの病と言われているフランスのレーバーコストが、実は、OECDの平均よりも少し低いということは、注目すべきことだ。

もちろん、さっき対象を広げたときに見た国の多くは、変動為替レートを採用している。だから、それらの国は、相対的なレーバーコストの変化を為替レートによって調整できる。EMU諸国ではこれができない。しかし、このことは、不均衡をつくり出したある国、つまり異常値を出している国こそが調整する、ということをよりいっそう重要にする。ドイツがそれを行えば、危機に陥った他の国にとっても調整がより容易になる、ということは言うまでもない。それなのに、ドイツは他のヨーロッパ諸国に自分自身をモデルにするように押し付けている。そして、それらの国をデフレへと(pdf)引きずっていこうとしているのである。

腹立たしいのは、そっちへ行ってはいけなかった(のにそうしている)、ということだ。

『ファーゴ』 Fargo (ドラマ) 感想

(以下、なるべくネタバレにならないように書いています。)

とてもいいドラマです。それはエミー賞とゴールデングローブ賞の両方でミニシリーズ(話数が少ないドラマ)の作品賞 (Outstanding Miniseries, Best Miniseries) を獲得していることからも証明されていると思います。私にとっては、今まで見た中でベスト5に入れてもいいぐらい(ちなみに残りのベストは、今思いつくものでは、『ワイヤー』(The Wire)、『ブレイキングバッド』、『キリング26日間』)。ただし、ストーリーの展開よりも(ストーリーの展開が面白くないわけではありませんが)、雰囲気やキャラクターの面白さで訴えるドラマなので、見る人によって評価が変わると思いますが。

コーエン兄弟の映画『ファーゴ』(1996)と同じ題名ですが(コーエン兄弟はこのドラマのプロデューサーとしても名前を連ねています)、リメイクではありません。違う時代、違う場所の、違う話のドラマです。(映画『ファーゴ』が1987年ミネソタ州ミネアポリスを舞台とした話で、ドラマ『ファーゴ』は、2006年同じミネソタ州ベミジ (Bemidji) とドゥルース (Duluth) が舞台となっています。ファーゴというノースダコタ州の都市の名前が題名になっているのは、映画でもドラマでも、登場人物がファーゴに行ったり、ファーゴから登場人物が来るからです。)

ただし、映画の雰囲気やテーマを受け継いだドラマになっています。ドラマ版でも同じテーマ曲が使われていて、雪ばかりの冬の風景も共通しています。登場人物の性格や言葉使い(「ミネソタナイス」と呼ばれる、ひかえめで対立を避ける性格。ドラマの中では、"heck" 、"yeah, you betcha" という言い方がよく使われていましたが、これも地域的なもの? 映画を見たのがだいぶ昔で確かではないのですが、映画では、yo,yo と yo が連発されていたような気がします)、ユーモアが感じられる会話や逸話、主人公が犯罪に巻き込まれる経緯、人の殺され方(突然殺されたり、ダークユーモアを感じさせるものだったり、かなり残虐だったり)、田舎の警察の雰囲気(捜査をする警察官が銃の扱いに慣れていない。よくある犯罪ドラマやアクションドラマと対極)などが、映画と共通しています。

当然、映画『ファーゴ』との共通点が多いのですが、このドラマに似ている映画を他に挙げるとすれば、『パルプ・フィクション』が近いと思います。登場人物が突然、簡単に死にます(あるいは殺されます)。脇役でミスター・ナンバーズ (Mr. Numbers) とレンチ (Wrench) という殺し屋の二人組と、ペパー(Pepper)とバッジ (Budge) というFBIの二人組が出てきますが、彼らは『パルプ・フィクション』のビンセント(Vincent)とジュールス (Jules) のDNAを受け継ぐ登場人物になっています(それぞれの二人の間の会話が面白い)。

しかし、このドラマの一番の魅力は、ビリー・ボブ・ソーントンが演じるローン・マルボ (Lorne Malvo) のキャラクターです。彼は見た目では悪人らしくありません。怒りをまったく表しませんし(だから冷血だと言えるのかもしれませんが)、スマイルが印象的です。しかし、何のためらいもなく、「自然に」人を殺します。つまり、彼は「凶悪な」殺人鬼やシリアルキラーではありません。彼にとって人を殺すことは、扉の前に邪魔な荷物があったらどかす、という行為と同じであるように見えます。あるいは、犬が虫を見つけて面白がって、遊んでいたら殺してしまった、というのと同じように見えます(彼はよく動物の喩えを使いますが、それは彼が動物に近いということを示していると解釈できます)。



(↑2分30秒以降は、ネタバレになっています。)

また、彼のセリフがすばらしいです。いつも少しピントはずれのようなことを言います。聞いている人は、煙に巻かれたような気分になります。しかし、それが単なる冗談でない場合があり、それに安易に答えると、重大な事件に巻き込まれることになります。

彼の行動にもよくわからないところがあります。例えば、最初の場面で、彼は車を運転していていて、鹿をひき、車が動かなくなったので、立ち去りますが、車のトランクの中に死んだ鹿を入れて立ち去ります。

ところで、日本では(現在スターチャンネルで放映中)、レスター・ナイガード (Lester Nygaard)を演じるマーティン・フリーマン「主演」のドラマとして紹介されています(例えば、現在、このドラマを放映しているスターチャンネルの予告編。この↓予告編だとコメディみたい)。



(スターチャンネルやNHKがマーティン・フリーマン主演のドラマとして紹介するのは、スターチャンネルが『ホビット』を放送し、NHKが『シャーロック』を放送しているからでしょう。) しかし、このドラマを面白くしているのは、ローン・マルボです(ビリー・ボブ・ソーントンはこの役で、ゴールデングローブで主演賞をとりました)。

シーズン2からは、別の時代、別の場所の物語になると発表されています。こういう面白い、魅力的なキャラクターをシーズン1だけで終わらせてしまうのはもったいない(ローン・マルボだけでなく、ミスター・ナンバーズとレンチ、ペパーとバッジの二人組も復活してもらいたい登場人物です)。


マルボの会話で面白いと思ったものをいくつか。
モーテルにチェックインする場面。

Woman:  if you got pets, dog, cat, it's an extra 10 bucks.
Malvo:  What if I got a fish?
Woman:  Excuse me?
Malvo:  Would a fish cost me $10? Or what if I kept spiders or mice? What if I had   bacteria?
Woman:  Sir, bacteria are not pets.
Malvo:  Could be

ホテルの女性: ペット同伴の場合は、10ドル追加でお願いします。
マルボ: 魚を持っている場合はどうなるんです?
女性: はあ?
マルボ: 魚でも10ドルかかるんですか? いや、クモやネズミを持っていたら? バクテリアの場合はどうなるんです?
女性: あの、バクテリアはペットじゃありませんが。
マルボ: ペットかもしれません。


郵便局に荷物を受け取る場面。
郵便局員が名前は? と聞くと、どうして、と答える。名前を教えてもらわないと、郵便を見つけることができない、と郵便局員が言うと、名前はドゥルースと答える(ここはドゥルースという市)。郵便局員が、身分証をお願いしますと言うと、No と答える。身分証を見せてもらえなければ、郵便物は渡せない、と郵便局員が答えると、ドゥルース宛てのものを探せ、と言う。郵便局員が、ここはドゥルースで、すべての郵便物がドゥルース宛てになっているのだから、そんなの無理だ、と答えると、とにかく調べてみろ、と言う。調べてみたら、ドゥルースという名前宛ての郵便物があった。

Man:  This is highly irrregular.
Malvo:  No. Highly irregular is the time I found a human foot in a toaster oven. This is just odd.

郵便局員: これはとても奇妙だ。
マルボ: 全然奇妙じゃない。とても奇妙なのは、私がオーブンを開いて、中に人の足が入っているのを見つけたときです。こんなのは、ちょっと変というぐらいです。

クルーグマン、「ヨーロッパの状況」

クルーグマンの1月19日のブログの翻訳です。

ヨーロッパの状況 The European Scene
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今週、ECBは新しい金融緩和策を発表すると予想されている。ドイツのメディは、もう叫び始めている。ビルト(Bild)は、予想されるドラギの行動は、スペインやギリシャやイタリアやフランスのような危機の直撃を受けた国の改革を遅らせることになる、と警告している。上の表は、昨日の時点でのヨーロッパの長期金利(10年国債)である。

まず最初に「危機の直撃を受けた」フランスを見てみよう: この数字から判断すると、投資家は、フランスに関して相当心配していて、フランスが0.64%の金利(といっても、史上最低んなんだけど)を払ってくれなければ、フランス国債を持ちたくない、と考えていることになる。でも心配する必要はない――フランスが危機に陥っているのは、フランス人がまだ社会保険を信用しているから、ということはみんなわかっているし、フランス人がフランス人であること(訳注 競争力があること?)は、みんなわかっているから。

そして、同様に危機の直撃を受けたスペインがイギリスよりも低い金利を払っている、ということに注目しよう。確かに、実質値で見ればより高い金利になっている。なぜなら、スペインはデフレの進行に直面しているからだ。しかし、この議論から、イギリスの金利が低いのは緊縮財政のおかげだなんて主張はできないことが分かるだろう(訳注 金利が低いのが緊縮財政のおかげなら、スペインは、イギリス以上に緊縮財政ができていることになる)――困ったことに、そういう主張は今後も続けられるだろうが。

ヨーロッパ全体を見ると、これらの低い金利は、次の二つの市場の期待を反映しているためだ。(a)ヨーロッパの経済は今後も弱いままだろう、(b)ECBのインフレ目標は、今後も経済に必要な値よりも低いままだろう。ドイツの5年物国債の利回りは -0.05% で、インフレ連動債の利回りは -0.44% である。とすれば、市場は次のように期待していることになる。第一に、ドイツには投資の機会がほとんどないだろうということ。投資の機会がないので、自分の資産を守るためには、ドイツ国債を買い、ドイツ政府に払ってもらうほうがいいのである。第二に、将来5年間のインフレ率は約 0.4% だろうということ(訳注 -0.05-(-0.44))。つまり、インフレ目標の2%には全然届いていないわけだ。

量的緩和策がこの状況を方向転換するだろうか? 市場を驚かすほどのものであり、予想されていたものよりもより積極的なものでない限り、それは期待できない。非伝統的金融政策が効果を発揮するのは(それが効果を発揮するなら)、主に、期待を変えることによってなのである。しかし、現在、市場はより緩和的な政策になることをすでに知っているのに、現在のところ、市場の反応は弱い。

また、市場は、アメリカがこの病気に対して免疫をもっているとも考えていないようだ。

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市場のインフレ期待は、5年のブレークイーブンインフレ率に示されているように、急激に低下している。これは、2010年の第二次量的緩和策(QE2)以前のときの低下よりも、大きな低下である。奇妙なのは、Fedがこれを容認していること、そして、アメリカも低インフレの罠に陥ってしまうかもしれないという危機を容認していることである。

悩ましい時代だ。

Annie Lowrey,「Fed と格差」

http://economix.blogs.nytimes.com/2013/06/03/the-fed-and-inequality/
Annie Lowrey, "The Fed and Inequality"
Economix (New York Times) のアニー・ロウリー(Annie Lowrey)による記事(2013年6月3日)の翻訳です。

アニー・ロウリー、「Fed と格差」
"The Fed and Inequality"  by Annie Lowrey

Fed (連邦準備制度)は、大不況後の格差を推し進め力になっているのだろうか? これは、ニール・アーウィン(Neil Irwin)、ロバート・フランク(Robert Frank)らを巻き込んで大きな論争になっている話題である。

大不況後、所得で見ても資産で見ても、格差が広がっているのは確かである。カリフォルニア州立大バークレー校のエマニュエル・サエズ(Emmanuel Saez)による研究(pdf)では、2年間の回復期における所得の増加のほとんどは、所得トップ1%の人々によるものであったと判明している。そのトップ1%の所得は約11.2%増加し、残りの99%の人々の所得は約0.4%減少しているらしい。

このパターンは、住宅や貯蓄残高のような家計資産から抵当やクレジットカードのような負債を引いた家計の純資産を見ても同じである。ピュー研究所(Pew Research Center)による最近の報告では、上位7%の家計の資産は、2009年から2011年の間に約28%増加したが、残りの93%の人々の資産は約4%低下している。

ワシントン政府が政府債務を削減し始め、海外では債務危機が直撃しているにもかかわらず、連邦準備制度は、経済成長を支える大きな力になってきた。サンフランシスコ連邦銀行による研究では、Fed の積極的な金融政策は、失業率を1.5%押し下げ、他の点でも成長を助けている。

ということは、Fed は経済を支えるともに、格差を維持することにも貢献しているのだろうか? これに関する基本的な議論は次のようなものだ。

第一に、多くの金融市場の専門家は、Fed の政策が株価上昇の原動力になっていると考えている。危機の底から、ダウ平均(ダウ工業株30種平均)は2倍以上になり、今年だけでも約16%増加している。そのような利益は、株を所有してるアメリカ人の半分の数人々の所得と純資産価値を増加させた。しかし、その配分は不公平である。ニューヨーク大学のエドワード・ウォルフ(Edward Wolff)による最近の研究(pdf)では、10%の富裕層が(株価で見て)81%以上の株を所有している。

二番目の要因は、連銀による毎月約400億ドルの不動産担保証券(mortgage backed securities)の購入による、住宅価格の回復である。連銀によるこの政策は住宅ローンの金利を下げ、何百万の家庭にとって、住宅価格を安くし、また借り換えを容易にした。しかし、ローンの厳格な審査基準のために、これらの恩恵は、ほとんど富裕層――つまり、借り換えの基準を満たすことができる家庭や潤沢な現金をもっている投資家――に行ってしまうのだ。

この二つの点から判断すると、Fed は、格差――とりわけ資産格差――を広げるのに貢献している、という主張に説得力があるように見える。しかし、所得に関しては、その主張はあいまいになる。専門家は、中央銀行が社会全体にもたらす配分の影響を解明しようとする際には注意が必要だと言っている。

ワシントンの研究機関である左寄りの経済政策研究所(Economic Policy Institute)のジョショ・バイヴンズ(Josh Bivens)は、「それについて私たちはよくわかっていないと思う。金融政策がすべての資産のグループに対してどのような影響を与えているかについて、しっかりとした学術的な研究をし、どのような結果が出るかは、興味深いところだ」、と言っている。

Fed が株式市場と住宅市場をとおして、資産の格差を広げたとしても、それがすべてではないだろう、とバイヴンズ氏は言う。住宅価格の回復、株価の回復のどれだけが、Fed の政策の影響によるものだろうか? それに答えるのは難しいだろう。株価の回復については、企業の利益の増加が主要な原因だろう、とバイヴンズ氏は言う。

さらに、Fed の金融政策による影響をより完全に理解するには、Fed が失業を減らすことによって、どのくらい所得格差を減らしているか、ということも考慮する必要がある。「高い失業率は、高所得の労働者よりも、低所得の労働者の賃金成長を殺すことになる。とすれば、Fed の政策は、賃金がさらに低下するのを防ぐのに大きな効果を発揮したと言えるかもしれない」、バイヴンズ氏は言う。

他の専門家は、Fed は――その政策が効果を発揮しているとすれば――むしろ格差を縮小させているかもしれない、そして、いずれにせよ、それをはっきり証明するのは難しい、と言う。「もし効果があるとすれば、それは限界で現れるだろう。しかし、そういう質問は少々ばかげている。格差に関して国際貿易を持ち出すなら、関係あると言えるだろう。技術を持ち出すなら、関係あると言える。そして、規制を持ち出すなら、関係あると言える。それに対して、金融政策の重要度はかなり低い」と、元 Fed、現在ワシントンのピーターソン国際経済研究所(Peterson Institute for International Economics)のエコノミストのジョゼフ・E・ギャニオン(Joseph E. Gagnon)は言う。

Fed が格差を広げているかもしれない、というもうひとつの証拠(pdf)は、イングランド銀行から提示されている。イングランド銀行も積極的な資産購入を行った。そして、昨年発表された報告で、その政策は経済全般を助けることになった――しかし、貧困層よりも富裕層がより恩恵を受けることになった、と言っている。

しかし、イングランド銀行は、そのような配分効果の格差は不可避のものであり、長期的に見れば、望ましいものだ、と評価している。「中央銀行による資産購入がなければ、イギリスの多くの人々の状況はさらに悪化していたはずだろう。経済成長率は低下し、失業率が高くなっていただろう。多くの企業が倒産したはずだろう。社会全体の他のグループと共に、貯蓄者や年金生活者にも悪影響が出ていただろう」、と報告している。

いずれにせよ、格差は Fed 自身がもっと関心をもってもいいテーマである。4月にニューヨークで行われた会議で、Fed の理事 サラ・ブルーム・ラスキン(Sarah Bloom Raskin)は次のような質問をした。「格差はアメリカの経済力を弱めるものだろうか?」 彼女の答えははっきりしたイエスである。「低所得、中所得層の家庭が受けた影響から考えて、不況は過去にないほど深刻なもので、回復が弱いのは確かである」、とラスキンは述べた。

「たしかに、格差そのものは Fed が直接取り組むべき政策目標になっていない。しかし、今日はその問題について考えてみたい。なぜなら、その答えが、不況について理解しようとする Fed の努力、強い回復を助ける政策を行おうとする Fed の努力に大きな助言を与えてくれるかもしれないからだ」、とラスキンは語った。

ピケティ、「マンキューに対する反論」

前回の記事で2015年1月3日のAmerican Economic Association の講演ためのマンキューのエッセイを紹介しましたが、今度は同じ講演のためのピケティのエッセイ(こちら[pdf])です。タイトルは「『21世紀の資本』について」ですが、マンキューのエッセイの後に書かれたもので、マンキューの指摘を意識したものになっています。原文4ページから9ページまでの部分訳です。ピケティがどのようなモデルで考えているかは、次のpdfが参考になるかもしれません。
http://piketty.pse.ens.fr/files/PikettyEcoIneg2013Lecture6.pdf


『21世紀の資本』について
"About Capital in the 21st Century"   Thomas Piketty

[4ページ]
r>gと資産格差の増大

 長期的な資産格差の分析において r>g が果たす役割について示してみたい。r-g のギャップが大きくなっても労働所得に対して大きな影響は与えないだろう。しかし、r-g のギャップは、さまざまなショック(そこには労働所得に対するショックも含まれる)によって生じる資産分配の格差をかなり大きくする。

 最初に、r>g 自体は問題にならないというのはその通りだ、と言っておきたい。マンキューが正しく指摘しているように(こちら[pdf]、拙訳はこちら)、ほとんどの標準的な経済モデルの定常状態の均衡では、r>g の状態が生じる。すべての個人が同じだけ資本ストックを所有している代表的個人モデルでも、r>g になる。それぞれの個人が無限に生きる家族として行動する標準的な王朝モデルでは、定常状態における資本のリターンが、修正黄金律として、r=θ+γg で与えられることはよく知られている(ここでθは時間選好率で、γは効用関数の湾曲度である[訳注 1/γ=異時点間の代替性])。例えば、θ=3%、γ=2、g=1% なら、r=5% となる。したがって、このモデルでは r>g が常に生じるが、だからといって、資産格差が生じていることを意味しない。

 代表的個人モデルにおいて r>g が意味しているのは、それぞれの家族は、経済成長率 g と同じ率で資本ストックが成長できるように、資本所得のうちの g/r の割合を再投資する必要があり、そして、残りの1-g/r を消費できる、ということにすぎない。例えば、r=5%、g=1% なら、それぞれの家族は、資本所得のうち20%を再投資し、残りの80%で消費できるというだけである。これは格差に関して何も示さない。単純に、資本を所有すればより高い消費レベルを享受できるということを言っているだけである(ただし、資本所有する目的が高い消費レベルのためだとは思われないが)。

 それでは、r-g と資産格差にはどのような関係があるのだろうか? この疑問に答えるためには、基本的なモデルに、まず格差が生じるような、新たな別の要因を導入する必要がある。現実の世界では、家計の資産の経路には多くのショックが生じ、そのためにかなり不平等な資産配分が生じるのである(例えば、私たちが保有しているデータでは、どの時代のどの国でも、同じ年齢層では、労働所得格差よりも資産分配の格差のほうが大きくなっている。これは、標準的なライフサイクルモデルが想定する資産蓄積では説明できない)。例えば、人口動態的なショックがある:ある家族は子供をたくさん持っており、そのため遺産を細かく分配しなければならない。いっぽう、別の家族は子供が少ない。あるいは、ある親は長生きで、別の親はそうではない。また、資本からのリターンに対するショックもある:ある家族は投資でもうけ、別の家族は投資で破産する。労働市場に対するショックもある:ある人々は高い賃金をもらうようになるが、別の人々はそうではない。貯蓄率に影響を与える選好に差があることも考えられる。ある家族は資本所得の 1-g/r 以上を消費し、さらには資本自体を消費に変え、ほとんど資産を残さずに死ぬ。別の家族は g/r 以上を再び投資し、遺産を残し、多額の資産を永続化することをより好む、という具合である。

 このようなより大きな枠組みのモデルが示す重要な特徴は、構造的なショックを所与とすると、r-g のギャップが大きくなるほど、長期的な資産格差がより大きくなる、ということである。別の言葉で言えば、資産格差はある有限のレベルに収束していく、ということである。ショックはいつでも、資産移動を下方に、あるいは上方にある程度生じさせるだろうから、長期的には資産格差には限界があることになる。しかし、この格差の収束値は、r-g のギャップに対して急激な増加関数になっていると思われる。直感的に言えば、他のショックを所与とすれば、大きな r と g のギャップは、資産格差を広げるメカニズムをより強化する。言葉をかえて言えば、r と g のギャップが大きくなれば、より高い、より長期間の資産格差のレベルが維持されることになる(例えば、r-g のギャップが大きくなれば、より大きな格差と低い階層間の移動性につながる)。具体的なモデルにしたがって言えば、ショックが相乗的に影響を与えると想定すると、資産格差は、富裕層の部分ではパレート分布に近い分布に収束する(パレート分布は、現実の世界で観察される所得分布に近い形になっており、富裕層の部分の分布が比較的厚くなっていること、富がトップの富裕層に集中していることに対応している)ということ、そして、パレート係数の逆数(これは所得格差の大きさの指標になる)は、r-g のギャップの急激な増加関数になっている、と示すことができる。このよく知られた理論は、多くの研究者によって、人口動学的、経済的ショックを組み入れたモデルで確かめられている(とくに、Champernowne 1953, Stiglitz 1969 を見よ)。この結果の背後にあるロジックと、r-g が格差の拡大に与える影響については、『21世紀の資本』の10章に書いてある。

 このようなモデルでは、比較的小さい r-g の変化でも、定常状態における非常に大きな資産格差を生み出す。例えば、選好の2項分布的なショックを想定したモデルでは、r-g が2%から3%に増加するだけで、パレート係数の逆数を b=2.28 から b=3.25 まで増加させる。この結果を文字通り解釈すれば、これは、比較的穏やかな格差――現在のヨーロッパやアメリカのような、トップ1%の資産シェアが20-30%の経済――から、非常に大きな格差――第一次大戦以前のヨーロッパのような、トップ1%の資産シェアが50-60%の経済――に移行することを意味する。

 資産の推移に関するミクロレベルの実証では、18世紀から19世紀、そして第一次対戦前にトップの富裕層に大きな富の集中が生じていた主な原因は、r と g 大きなギャップのためだったと確認されている(『21世紀の資本』10章と Piketty, Postel-Vinay, Rosenthal 2006,2014 を見よ)。それに対して、20世紀は、r-g の関係を変化させる非常に特異な出来事が多く起こった時代だった(破壊、国営化、インフレ、税制の変化などによる1914-1945の間の資本に対する大きなショック;復興期の高い成長率;人口動態の変化)。いっぽう、将来は、いくつかの要因によって、r-g のギャップは再び大きくなり(とりわけ人口増加率の低下のため。あるいは資本を誘致するための国際的な競争の激化)、資産格差も大きくなるだろう。しかし、どの要因が大きいのかはわからない。これは、どのような制度や政策が採用されるかによるだろう。

所得、資産、消費に対する最適な累進税制

 次に最適税制の問題に移ろう。私が『21世紀の資本』で提示した資本税の理論は、エマニュエル・サエズ(Emmanuel Saez)との共同研究にもとづいている(とくにPiketty and Saez 2013)。その論文で私たちは、格差は基本的に2つの要因から発生するというモデルをつくった: 個々人は、所得を稼ぐ能力と相続する資産の2つの点において異なっている、というものである。人口動態、生産性、選好に対するショックがあるので、その2つは完全に相関しない。そのため、最適税制もその2つに関するものになる: つまり、労働所得に対する累進的な税と相続財産に対する累進的な税である。私たちは具体的に、労働所得と相続財産に対する長期的な最適税率は、分布のパラメーター、社会厚生関数、税率に対する労働所得と資本遺産の弾力性に依存すると示した。相続財産に対する最適税率はいつでもプラスの値である。ただし、課税後の資本のリターンに対する資本蓄積の弾力性が無限であるような極端な場合(個人が無限に生き、ショックを想定していない王朝モデルでは暗黙のうちにこれが想定されている)はその限りではないが。現実的な値としては、歴史的なデータとの整合性も考慮して、相続財産に対する最適税率は50-60%、高額の相続財産に対してはさらに高い値にするべきだろう。

 次に、資本市場の不完全性を考慮すると、相続財産に対する課税に、毎年徴収する、財産に対する課税と資本所得に対する課税を加える必要が生じる。将来の資本からのリターンにはショックがあるので、相続した時点でその財産の生涯にわたる資本価値を知るのは不可能である。したがって、税の負担をそれらの異なった税金に分けるのが最適になる。しかし、そうなると最適税の式は複雑になり、カリブレートするのが難しい。そこで、私の本では、最適税率を考えるのに単純な経験則を使った。つまり、それぞれの資産階層の資産の成長率に合わせて税率を決めるのである。例えば、フォーブスのような資産ランキングが示している(あるいは Saez and Zucman 2014 の最近の研究が示している)ようにトップの富裕層の資産が実質で年に6-7%成長しており、いっぽう社会全体の平均資産は1-2%の成長なら、そして、資産の集中を抑えたいなら、年率5%、あるいはそれより高い税率の資産税を採用する、という具合である(『21世紀の資本』の15章、12章の表12.1と12.2)。もちろん、トップの富裕層の資産の成長が社会全体の平均と同じならば、インプリケーションはまったくちがったものになる。実際私はこの研究で、21世紀において、所得格差と資産格差が今後どのように変化していくのかについてはかなりの不確実性があるので、変化する環境に合わせて最適な政策と制度を採用するには、より金融市場の透明性とより良い情報が必要である、という結論も抱かざるをえなかった。

 相続財産あるいは資産に対する累進的な税とは別の方法として、累進的な消費税がある(Gates 2014, Auebarch and Hasset, 2015; Mankiw, 2015)。しかし、これはかなり不完全な代替案である。まず、能力主義的な観点から言えば、自分で稼いだ所得ではなく、相続した資産により多く課税するべきである。これは消費税では不可能である。次に、消費税という概念自体が、トップの富裕層にはうまく適合しない。つまり、富裕層にとって、食べ物や服といった消費は、消費のわずかな部分を占めるに過ぎない。彼らは、通常、財産の多くを個人的な影響や名誉や権力を買うために使っている。コウク(Koch)兄弟が政治キャンペーンに出資した場合、それは消費としてカウントされるのだろうか? だから、純資産に対する累進的な税のほうが、消費に対する累進的な税よりも望ましいのである。第一に、純資産は定義がより簡単で、計算、監視もより簡単だからである。第二に、資産のほうが、納税者の納税能力の、そして社会に対して貢献する能力のより良い指標になるからである。

 最後に、『21世紀の資本』では、所得と資産に対する累進的な税により焦点を当てているが、所得移転や福祉国家の発生についても焦点を当てている。Weil  が正しく論じているように(Weil 2015)、社会保障と所得移転が、長期的な格差を減少させるのに大きな役割をはたしてきたことは言うまでもない。

プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

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