前の部分からの続きです。
(1) 1 イントロダクション "Introduction" は→ こちら
(2) 2 モデルの設定、3 長期と短期  → こちら
(3) 4 人々がより多く働こうとするとどうなるのか → こちら
今回は、これ↑の続きです。4回目。
本文中で数式に言及されていて、その式が前の部分にある場合があります。

英語の原文はこちら→ http://www.newyorkfed.org/research/staff_reports/sr433.pdf

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5 ゼロ金利制約の奇妙な世界

 この節では、短期の名目利子率はゼロであり、産出量の低下と物価の低下が生じている。つまり、景気後退期 (recession) である。この環境が、この論文の中心的なテーマである労働のパラドックスを生み出す。その理由は、労働需要曲線が、今度は、実質賃金に対して右上がりになっているからである。
 そこで今度は、C1の条件が働き、名目利子率ゼロの制約がある場合のショックを考えてみよう。さしあたり、ψ^=0と想定しておこう(ψ:人々が、労働の不効用と比較して、どのくらい消費の効用を評価するか、ということに影響を与える)。このショックについては後で導入しよう。ここでは、
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のショックに焦点を当てよう。
 このショック、rが労働のパラドックスにつながるので、ここで次のような疑問を考えてみよう。このショックはどこから来たのか、ということだ。このモデルの一番単純なヴァージョンでは、rのマイナスのショックは、前の節で見た選好に対するショックと同じである。従って、期間t<τにおける、ξの低下(そして、それは確率μでそれぞれの期間で定常状態に戻る)に対応している(訳注 原文では1-μ になっているが、前の議論から言うと、μだと思います)。突然みんな貯金を増やそうと思う。そして、産出量を定常状態に保とうと、実質利子率が低下するのである(訳注 ξは、人々が、将来の効用と比較して、どのくらい現在の効用を評価するか、ということに影響を与える)。
 しかし、よりソフィスティケートされたな解釈を与えることも可能である。 Curdia and Eggertson (2010) は、Curdia and Woodford (2008) に依拠して、債権市場の摩擦 (financial frictions) に関するモデルが、この論文と同じ方程式で表せることを示している。そのようなよりソフィスティケートされたモデルでは、このショックは、債務者が破綻する確率の外生的な増加に対応している。この解釈の優れたところは、rがリスクフリーの名目利子率と、リスクがある債権に支払われる利子率との差(ウェッジ、wedge)で表すことができる、ということである。これは、実際のデータによっても確認できる。アメリカでは、このウェッジが2008年の金融危機の際に拡大し、rの大きなマイナスのショックの実証的な証拠を提供している。また、この考え方は、大恐慌の分析にも適応できる。Del Negro, Eggertsson, Ferrero, and Kiyotaki (2009) は、同じ議論をもう少し複雑なモデルで示している。彼らの場合は、ある資産は「流動性が低い」"less liquid" のだが、その場合でも、名目利子率の下落と、デフレ圧力を引き起こしている。いずれにせよ、この論文のモデルでは、銀行や債務者の破綻の可能性が増大することで特徴づけられる金融危機が、景気後退の発端と仮定している。

 このモデルの仮定では、rは、それが定常状態に戻るある確率的時間τまでは、つまり短期sの期間では、マイナスのままである。従って、金融政策は次のようなものになる(訳注 (18)式から)。
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(31)

(32)

 そこで、総雇用に関する、需要と供給の図に戻ってみよう。総供給の式は変わっていない。わかりやすいようにもう一度引用しておこう。
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(33)

 変化しているのは、労働需要である。もう一度、期間t≧τでは、π=Y^=l^=0である、ということを思い出そう。また、t<τでは、次の期間のインフレ率は、(確率μで)ゼロか、(確率1-μで)期間tと同じ値、つまりπ=πsである(訳注 「確率1-μ」の部分、原文ではμとなっていますが直しました)。最初に、次の消費のオイラー方程式を考えてみよう。
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(34)

 前の場合(訳注 名目利子率がプラスのとき)との、重要な違いは、今度はショックrが現れていることである。なぜなら、中央銀行が名目利子率をカットすることで、それを相殺することができなくなっているからだ。名目利子率はゼロである(従って、前の場合とは違って、Φππの項が消えている)。(訳注、前の場合との違い→(29)式と比較するとわかりやすい。Φππが消えるのは、(18)式の金融政策のルールから)。そこで、上記の式に、次の企業の価格決定式を組み合わせて
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 (35)
Y^=l^を使って、(35)式を(34)式に代入すれば、次の労働需要式を得る。
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 (36)

 再び、労働需要と労働供給の関係を(l,W)空間で描いてみると役に立つだろう。
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 図3


 
 最初に、μ=1の場合の特別なケースについて考えてみよう。つまり、ショックξ が、期間1の間に定常状態に戻る確率は1である。その場合が、図3に示してある。これは、期間0における均衡の決定にしか対応(適用?)していない(訳注 この文章の意味は? これ=図3のこと?)。均衡は、2本の実線が交わるところ、点Aである。命題2(Proposition 2) から、均衡は定常状態よりも下である。産出量も雇用も「一番いい状態 ?」(first best) よりは下、ということだ。つまり、景気後退期である。

 点Aでは、雇用は、垂直な労働需要曲線のために、完全に需要側によって決定され、しかもショックショックrだけで決まるのである(訳注 (36)式から、μ=1ならWの項が消え、労働需要が賃金と関係なくなる。そして、rの項だけが残るので)。所与の労働需要の量では、賃金は、労働供給曲線が、垂直の労働需要曲線と交わるところで決まる。これは強調しておかなければならない。雇用は、完全に需要によって決まるのである
 また、このモデルにおいて、企業は独占競争企業で、企業が設定した価格で、消費者が需要するなら、その量をどれだけでも生産する、ということも強調しておかなければならない。従って、労働需要は、C=Y の制約の下で、独占競争企業の価格決定式と、消費者のオイラー方程式によって決まるのである。本質的にこの均衡を決めるのは、労働者が需要する、(34)式から決まる生産財の量になる。つまり、その生産財の量が、それを生産するために企業が雇う労働者の数を決めるのである。

 次にμ<1の場合の効果を考えてみよう。今度の場合は、(産出)収縮が、1期間よりも長く続くと期待(予想)される。収縮が将来も続くかもしれないという期待(予想)が、労働需要曲線をシフトさせる(訳注 正確に言えば、図のように、回転)。そのために、労働需要曲線はよりフラットになり、均衡は点Bになる。労働需要曲線はもはや垂直ではなくなっている、しかも右上がりである、ということに注目してほしい(訳注 (36)式から、μ<1ならば、Wの係数がプラスになる。従って、労働需要はWに比例する)。
 こうなる一番の理由はインフレ率である。つまり、期待インフレ率 (1-μ)πが高くなると、(34)式が示すように、需要される産出量が増加する。なぜなら、所与の(一定の)名目利子率の場合(今の場合は名目利子率i=0)、期待インフレ率が増加すれば、実質利子率を同じだけ下げるからだ。そのために、将来の支出に比べて、現在の支出が安くなり、需要を増加させるのである。反対に、期待インフレ率がデフレの場合、(1-μ)πがマイナスの場合、将来の消費に比べて、現在の消費を高くするので、支出を抑圧することにつながるのである。(訳注1)

 (35)式から、実質賃金とインフレ率が1対1の関係で決まることがわかる。なぜ、前の節の場合と違ってくるのだろうか? 前の節では、中央銀行が、インフレ率(デフレ率)の増加に対して、名目利子率を1対1以上の割合で増加させる(減少させる)ことで対応できた。しかし今の場合は、インフレ率はゼロ以下である。(18)式の金融政策ルールに従えば、中央銀行が目標としているインフレ率よりも下である。そして、中央銀行は、名目利子率をゼロ以下に調整できない。従って、中央銀行は、インフレ率が上昇すれば(正確に言えば、デフレ率が減少すれば)、うれしく思うだろう。そして、インフレ率(将来の期待インフレ率)が増加しても、名目利子率を上げるようなことはしないだろう(訳注2)。なぜ労働需要曲線の傾きが、名目利子率ゼロを境に変化し、今や右上がりになるのかを理解する鍵は、ここにある。(訳注2)

 さらに、(34)式の右の項に、さらに収縮が期待(予測)されていることを示す(1-μ)Y^があることに注目してほしい。人々がさらに将来の収縮を予測すると、短期のショック(まだ続くと予測されている)と期待デフレ率の影響が、マイナスのY^によって、さらに大きくなってしまう。そのために、μが減少するにつれて(つまり、短期が「長くなる」と予測されるわけである)、雇用の低下、賃金の低下、産出量の低下、インフレ率の低下がより大きくなるのである(訳注 上のグラフで、μが小さくなるにつれて、労働需要曲線がフラットになり、労働供給曲線との交点で決まる均衡の産出量が低下していくことがわかる)。実際、雇用と賃金の低下は、μの減少につれて、際限なく低下し、やがてモデルが崩壊する (explodes)。決定的な瞬間μの確率のときに(←訳注 バーが上についています)、2つの直線は平行になり、解は存在しなくなる。(33)式と(34)式から、これが起こるのは、ちょうど条件C2が破られるときだと簡単にわかる。いったん、μを超えてしまうと、このモデルは、一意の有界の解をもたなくなり、わたしたちの手中にある政策では、均衡が達成できない。例えば、Eggertsson (2009) で検討された、μの減少が引き起こす大きな影響のインプリケーションは、ある程度のパラメーターの変化や、比較的小さいショックでも、このモデルでは産出量と雇用の大きな変化が発生する、というものである。これは、数量的な観点から言えば、労働のパラドックスのような問題は、重大な問題になりうる、ということを意味している。そろそろ、その労働のパラドックスを見る時間になったようだ。

6 労働のパラドックス

 労働のパラドックスは、前節の筋書き の中に現れている。選好を表すパラメーター ψが労働供給をシフトさせる。しかし今や、労働需要曲線は、賃金に対して、右下がりではなくて、右上がりになっているのだ! さらに、条件C2のために、労働需要曲線は労働供給曲線よりも傾きが大きくなっている。従って、人々がより多く働こうとする結果は、図4の点Bに示されているように、均衡状態では、みんなより少なく働くことにつながってしまうのだ。
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 図4



 このロジック(筋書き)は、次のようなものだ。労働供給の増加は、総賃金を減少させる。それが今度は、労働者の所得を減少させ、物やサービスに対する彼らの支出を減少させる。このデフレ圧力が、実質利子率を増加させる。しかし、それに対して、中央銀行は名目利子率を下げることで相殺(対処)できない。こうして財に対する需要が減少する。企業は、消費者の財に対する需要を満たすのに必要なだけしか労働者を雇わないので、総雇用量は減少してしまう。
 どうして同じロジックは、通常の状態には適応できないのか。理由は、通常の場合なら、労働供給が右にシフトして、賃金と価格を下げる圧力が生じた場合、中央銀行は、Φπ>1という金融政策ルールに従い、名目利子率を[インフレ率に対して]1対1以上の割合で減少させ、それに対処するからである。そのために、実質利子率が低下し、現在の支出を安くし、産出と雇用を増加させる。しかし、名目利子率ゼロの状態では、名目利子率のゼロ制約のために、これができない。そのために、パラドックスが生じるのだ。


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 図5


 上の直感的な説明は、図5によって、さらにはっきりするだろう。しかし、(著者も含む)ある読者にとっては、動学方程式を見ることで、直感を簡単に結論に発展できるだろう。ψの負のショックがあり(人々はより多く働こうとする)、それが続くと予想されたとする。そうすると、AS関係(図5の右側の式)で、すぐに価格に対するデフレ圧力につながる(訳注 ψがマイナスになれば、インフレ率 πが減少する)。なぜなら、それが企業の賃金コストを下げるからである。このことが、今度は、Aの矢印が示すように、(左側の式の)AD関係の期待インフレ率を減少させる。そして、実質利子率(訳注 i-Eπt+1)を増加させる(なぜなら名目利子率iは、ゼロで固定されているから)。そのために、Bの矢印が示すように、需要を減少させる。しかし、これで話は終わらない。人々は、これが次の期間もかなりの確率で続くと期待する。そのために、Cの矢印で示されるように、さらなる収縮が続くことになる。これは、Egertsson (2009)でさらに議論されているが、労働のパラドックスの数量的な重要性は無視できないものだ、ということを示している。

 倹約のパラドックスについて、少し見ておこう。人々の貯金に対する選好が増加することは、ξが減少することを意味する。それが、rをさらにマイナスにする。そのために、労働需要曲線がマイナス方向に(左に)シフトし、さらに低いインフレ率と低い産出量につながる。内生的な資本蓄積を想定すると、このパラドックスはより興味深いものになるだろう。なぜなら、もしみんなが貯金しようとしたなら、総貯蓄がなくなる(collapse)、と示されるからだ(この論文のモデルでは、生産物はすべて消費されるので、技術的に貯金は不可能である)。これは、Egertsson (2009) で論じられている。その2009年の論文では、内生的な資本蓄積を想定したモデルでも、労働のパラドックスが発生することを確認している。

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続きは→ こちら。 


(訳注1) ここで述べられている、賃金と労働需要の関係をまとめると。
賃金が高くなる→インフレ率が上がる→実質利子率を下げる→労働者(=消費者)が消費の計画を変える。実質利子率が下がり、将来に比べて現在の消費が安くなるので、消費を増やす→企業の生産物の需要が増える→労働需要が増える。ということで、賃金と労働需要は、比例することになり、労働需要曲線は右上がりになる。
 反対の場合、デフレの場合。賃金が低下する→インフレ率が下がる→期待インフレ率が下がる→実質利子率が上がる→労働者(=消費者)が、消費の計画を変える。実質利子率が上がり、将来に比べて現在の消費が高くなるので、消費を減らす→生産物の需要が減る→労働需要が減る。同じように、賃金と労働需要は比例し、労働需要曲線は右上がりになる。

(訳注2) 「インフレ率(将来の期待インフレ率)が増加しても、名目利子率を上げるようなことはしないだろう。」目標としているインフレ率よりもまだ低いので。
中央銀行はインフレ率が上がっても、前節の場合のように、名目利子率を上げない。つまり、狙ったインフレ率までは上げない。そのために、インフレ率が上昇すれば、実質利子率が減少する。