前の部分からの続きです。
(1) 1 イントロダクション "Introduction" は→ こちら
(2) 2 モデルの設定、3 長期と短期  → こちら
(3) 4 人々がより多く働こうとするとどうなるのか → こちら
(4) 5 ゼロ金利政策の奇妙な世界、6 労働のパラドックス → こちら

今回は、これ↑の続きです。5回目。
本文中で数式に言及されていて、その式が前の部分にある場合があります。
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7 他の政策に対するインプリケーション: 減税、ニューディール、石油価格の高騰

 労働のパラドックスは、他の政策に関しても、驚くべきインプリケーションを与える。最初に見た代表家計の1階の条件をもう一度見てみよう。

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 賃金所得に比例する労働税は、ψt  =1/(1-τ )という形で、ψt  とちょうど同じように入ってくるだろう(訳注 ψ:人々が、労働の不効用と比較して、どのくらい消費の効用を評価するか、ということに影響を与える)。そうなると、そこから得られるインプリケーションは、もちろん、このような形の一時的な労働税のカットは、このモデルに従うと収縮的になる、というものである。このような労働税の減税?(this specification of labor tax) は標準的なものだが、これは多くの点で特異な結果をもたらす。これは、Eggertsson(2009) でさらに論じられているが、強調すべきことである。ここでは線形化した企業の価格方程式を考えてみよう。この式は限界コストの式に労働供給の式を代入して得たものである(訳注 (16)式に(18)式を代入)。
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 この方程式では、ψ^ とちょうど同じように入ってくる複数の騒乱(disturbances)が示唆される。もっとも明らかなのは、パラメーターθ (これは企業の独占力を表す指数である)の変化や、他の労働市場でのマークアップ率の変化である(例えば、労働組合の交渉力の増加など)。そして、このモデルでは、名目利子率がゼロのときは、この企業や労働組合の独占力の増加は拡張的であると示されるのである。これは、Eggertsson (2008b) で詳しく説明されている点である。ある条件の下での他の限界コストの増加、例えば石油価格の増加によるものなどに対しても、同じ分析を適用できる。

 結論に移る前に、これまで論じてこなかったひとつの問題について述べておくのは、価値があるだろう。このモデルでは、労働市場は完全に伸縮的であると想定してきた。従って、労働市場で労働需要が労働供給といつでも均衡するように、賃金は下方に修正される。この想定をしたのは、単に説明を容易にしたかったからである。そうすれば、労働のパラドックスをよりはっきり示すことができるからだ。しかし、ニューケインジアンモデルでは、賃金決定のプロセスで何らかの硬直性を想定するのが、きわめて普通になっている。そのような硬直性は、このモデルから得られた結果を変更するだろうか。それは労働のパラドックスをより悪化させるだろうか。答えは、賃金決定におけるそのような硬直性は、状況を少し改善する、というものである。理由は、労働供給の増加が、伸縮的な賃金の場合と比べて物価水準の強い下落圧力につながらないからである。賃金決定における硬直性は、Chari, Kehoe, and McGrattan (2006) の言葉で言えば、プラスの「労働ウェッジ」(labor wedge) と考えることができるだろう。それは、私たちがここでのモデルでマイナスの「労働ウェッジ」と考えてきたψ^ のショックを部分的に相殺するのである。

 実際、名目利子率のゼロ制約のひとつの特異的な特徴は、価格や賃金の強い硬直性が経済の安定化効果を持つことである。価格について言えば、その効果を簡単に見る方法は、この論文の図3において、価格変更が頻繁に行われれば、労働需要曲線をさらにフラットにし、均衡点Bをさらにより少ない雇用量へと、さらにより少ない賃金へと押しやる、ということを確認すればよい。理由は、価格の柔軟性が高くなると、人々が将来は物価がさらに低下し、そのため人々のデフレ期待を高めるからである。次にそれが実質利子率を高くし、需要をさらに収縮させる。この可能性――つまり、賃金や価格のより高い柔軟性は、経済に対して不安定化効果をもつ――は、最初にトービン (Tobin 1975) によって指摘され、さらにデロングとサマーズ (De Long and Summers, 1986) によって分析された。その2つの論文では、価格の柔軟性が「一般的に」不安定化要素になる、と論じられている。一方、この論文では、価格の柔軟性が不安定化要素になるのは、名目利子率ゼロによってつくられた特別な環境においてのみ当てはまると論じている。そこで私は、次のように推測した。より柔軟な価格を想定しているカルボ (Calvo) 型の価格設定 (1983) とは別の価格設定メカニズムを想定したとしても、実際、十分に労働のパラドックスが発生しうる、ということである。

 ここまで労働に対する選好を、ξに対して1対1で変化すると想定してきた(訳注1)。しかし、の変化が永久的だとしたら、どうなるだろうか。その場合は、結果ははっきりとはわからない。それは、パラメーターの値によって変わってくるだろう。いくつかの要因が働く。労働の永久的な増加は、永久的な産出量の増加につながる。それが需要の増加につながる。一方、いったん名目利子率の制約が働かなくなれば、労働の永久的な増加によるデフレ圧力が生まれるだろう。それは前の場合とは反対方向に働く。従って、労働の永久的な変化の状況でも労働のパラドックスが発生するかどうかは、実証的な研究を待つことになる。

8 結論
 この論文の主要な論点は、総労働供給の増加、つまりより多く働こうと思うことは、名目利子率がゼロの状況では逆効果になる、というものである。これが労働のパラドックスである。同じ議論は、ある仮定の下で、他の供給を増やそうとする動きに対しても適応できる。限界税率を下げることや、石油価格の低下、企業や労働者の独占力を低下させることなどである。一方、私は別の論文(Eggertsson 2009) で、逆に名目利子率ゼロの状況では、総支出を刺激することを直接狙った政策が非常にうまくいくことを示した。そのような政策には、売上税の一時的なカットや投資減税(控除)(investment tax credits) や政府支出が含まれる。


訳注1) 労働に対する選好なのでξt ではなくて、ψt  のような気がしますが、そのままにしました。 ξ=人々が、将来の効用と比較して、どのくらい現在の効用を評価するか、ということに影響を与える。