N. Gregory Mankiw, "Small Menu Costs and Large Business Cycles: A Macroeconomic Model of Monopoly" (1985)
英語の原文はこちら → http://scholar.harvard.edu/files/mankiw/files/small_menu_costs.pdf


**********
小さいメニュー・コストと大きな景気変動:独占のマクロ経済学モデル

イントロダクション
 景気変動に関する最近の新しい古典派(neoclassical)の理論と伝統的なケインジアンの理論との対立の中心は、価格設定のメカニズムにある。新しい古典派モデルでは、価格は完全に柔軟である。新しい古典派モデルでは、経済の参加者は連続的に最適化し、供給と需要は、連続的に交差すると想定されている。ケインジアンのモデルでは、価格はしばしば粘着的と想定されている。価格はいつでも市場を均衡させるわけではない、ということだ。新しい古典派の均衡理論がマクロ経済学の中で復活した理由のひとつは、ケインジアン的な価格の粘着性を説明する理論がこれまで存在しなかったからである。
 この小論は、粘着的価格は個別の企業にとっては効率的であり、社会厚生的には非効率的であることを示す。そのため、価格は需要ショックに反応しても、(訳注 最善ではない)次善的最適化(suboptimal adjustment)によってしか修正されないので、景気変動が生じる。この次善的最適化が存在するので、政策が総需要を安定化させる程度によって、社会的厚生の損失を軽減できるようになるのである。
 いくつかのケインジアンのモデルでは、価格は単純に外生的に固定されている。他のモデルでは、経済参加者が取引の前に、前もって価格を設定しておかなければならない。提示されている価格を変更するのは、確かに費用がかかる。これらの費用は、新しいカタログを印刷したり、販売員(販売店)に新しい価格を知らせるなどの費用を含む。しかし、これらの「メニュー・コスト」は小さいものであり、従って、一般的に固定価格モデルを採用する理由としては、弱い理論的基盤しか与えないと見なされてきた。しかし、この考えには見落とされている点がある。小さいメニュー・コストでも大きな社会的損失を生み出す可能性があるのである。価格を修正する費用は小さい、という主張だけでは、その費用が経済変動を理解する上で重要になる、という主張を否定することはできないはずだ。
 この論文は、独占企業の価格設定の静的モデルを提示する。企業は前もって価格を設定する。そして、事後的に価格を変更するが、そのときには小さいメニューコストを払なければならない。この論文で私は、企業の価格最適化の方法は、社会的に見て決して最適でないことを示そうと思う。

2 部分均衡分析

 次のような費用関数((1)式)と、(2)式のような需要関数の逆関数に直面している独占企業を考えてみよう。

13051401   (1)

13051402   (2)

 ここで、C は、財を q の量だけ生産するのにかかる総名目費用(total nominal cost) である。k は、定数であり、P は、企業が市場で q の量の財を売ることで得られる名目的な価格である。N は、名目的なスケール変数である(訳注 名目総需要の「大きさ」を表す変数)。N は、物価水準と見てもいいし、マネーストックと見てもいいし、名目GNP水準と見てもいい。企業にとっての名目的なコスト C と、企業が受け取る名目的な価格Pの両方が、名目需要 N の水準に対して比例的に増加する。
 図1は、独占企業にとっての利潤最大化の問題の標準的な解を示している。名目スケール変数Nの増加は、費用関数と需要関数の両方を比例的に増加させる。従って、それによって Pは増加するが、この企業の産出量 qは変化しない。
13051501












   図1


 ここで、c=C/N、p=P/N としよう。そうすれば、企業の利潤最大化問題は、総需要とは無関係のものと見ることができる。つまり、企業は、次の(1)’式と(2)’式に直面するが、その両方の式は、N が変化しても変化しない。

13051403   (1)’

13051404   (2)’

(図2を参照)。
13051502












   図2


 企業は、利潤を最大化する p と q を選ぶ。企業が設定する名目価格は、pN である(これ以後、p は、実際には名目スケール変数N で相対化した名目価格だが、単に「価格」と記す)。企業が得る利潤(生産者余剰)は、図2の k と pで囲まれる四角形の部分に等しくなる。消費者余剰(価格を超えた部分の超過的な価値)は、企業の利潤(四角形)の上の三角形の部分に等しくなる。総余剰――これが、この論文では、社会全体の厚生を計る指標になる――は、企業の利潤(四角形)と消費者余剰(三角形)の合計になる。
 ここで、企業は、ある期の期待される総需要 に基づいて、その期よりも1期前に名目価格を設定しなければならない、と想定してみよう。その場合、企業は、pに等しい名目価格を設定する。そして、その後、総需要の期待が正しかった場合は、実際に観測される価格 pは、pになっているはずである。一方、期待された総需要が間違っていた場合、実際に観測される価格は、p=p(N/N) になる(訳注 価格p(小文字)は、Nで相対化されているので、企業が設定した「通常の」価格(大文字)が変更されなくても、実際のNが期待したN、つまりNと異なれば、その価格p(小文字)は異なってくる)。
13051503









   図3





 もし実際のNが期待された水準より低かった場合、pは pより高くなる(図3を参照)。この場合、企業の利潤は、B-A の部分だけ小さくなる。そして、その B-A の値はプラスである。なぜなら、pは定義上、利潤を最大化する価格だからである。総余剰は、B+C の部分だけ減少する。従って、名目総需要の減少による社会的厚生の損失は、企業の利潤の損失よりも大きくなるのである。
 次に、企業は、事後的に名目価格を変更できるが、そのためには z のメニュー・コストを支払わなければならない、と考えてみよう。もし企業が価格変更を選択すれば、企業は価格を pから pに下げ、追加の B-A の部分の利潤を得ることができる。従って、企業は、B-A>z になるなら(いや、その場合だけ)、価格を下げる。しかし、社会計画者の視点から見れば、企業は、B+C>z になるなら(いや、その場合には必ず)、価格を下げるべきなのである。そこで、このモデルから私たちが得る結論は、次のようになる。

命題1。需要の収縮に続いて、もし企業が価格を下げたなら、それは社会的に最適になる。
命題1の証明。企業が価格を下げるなら、B-A>z になっているはずである。つまり、B+C>z+A+C>z となる(訳注 B-A>z の両辺に A+C を足す)。従って、それは社会的に最適になる(訳注 B+C>z なので)。

命題2。需要の収縮に続いて、もし B+C>z>B-A になるなら、企業は価格を pに下げない。価格を下げることが社会的には最適であるにもかかわらず。

 この命題2は、マクロ経済学の論争でしばしば言及される価格の下方硬直性を示唆している。非効率性が発生するのは、新しいメニューを印刷するコスト(訳注 メニュー・コスト)の中に、C+A の外部的な利潤が存在するからである(訳注:C+A は消費者余剰の領域なので、企業にとっては「外部的」)。では、この外部的な利潤は、どのくらいの大きさだろうか。それを計る自然な方法は、価格を修正することによる企業の利潤の増加 B-Aと、社会全体の利潤の増加 B+C との比を見ることである。当然ながら、その比は、需要ショックの大きさによる。企業は価格を、(訳注 完全競争的になり社会的に利潤最大化する)最適な価格のkまで下げるのではなく、企業にとって利潤最大化する pまでしか下げないので、企業の利潤の増加分 B-A は、2次の項のレベルになり、いっぽう厚生の増加 B+C は、1次の項のレベルになる(注1)。その比は、ショックの程度を典型的な数値で定めて評価すれば、その意味がよくわかるだろう。そこで、1%の収縮を想定して、その比を計算してみた。需要関数が弾力性一定で、その弾力性が10の場合、その比は23になる。もし弾力性が2ならば、その比は200以上になる(注2)。適切な需要関数なら、どれを選んでも、価格を変更することによる社会の利潤は、企業の利潤をはるかに上回るのである。

命題3。総需要の収縮は、生産者余剰と消費者余剰の合計で計られる厚生を必ず減少させる。もし企業がそれに反応して、価格を下げれば、収縮のコストはメニュー・コストだけになる。もし企業が価格を下げないと、収縮のコストは、恐らくそのコスト(メニュー・コスト)より大きい B+C のコストとなる。

続きは → こちら。次の部分では、総需要が拡大した場合が検討されます。

**********
注1)原文は次のもの。Since the frim would adjust to the profit-maximizing price pm, rather than the first-best price k, the increment to profits B-A is of second order, while the increment to welfre B+C is of first order. 
 ここの second order, first order は、関数の変数(この場合は価格 p、あるいは需要 q )に関して1次、2次ということですが、これはその関数をテイラー展開して近似した場合は、2次の項、1次の項に当たります。これについては、さらに下の補足。

注2)この数値例は、確かめることができました。そのうちその計算をアップします。

注1の補足
 
企業が直面している需要関数を q=f(p) として、企業の財の価格を p とすると、消費者余剰は、次の図4のように、p より上の部分で、需要関数 f(p) で囲まれる部分の面積Aになります。
13051504




   図4



 そこで、消費者余剰を S(p) とすると、消費者余剰は上の図4のAの面積なので、次のように表記できます。
13051405

   (3)

 一方、企業が財を1単位生産するのにかかる費用(コスト)を k とすると、企業の収入は、pq で、その生産にかかる費用は kq です。従って、企業の利潤は、pq-kq となります。これは、上の図4のBの面積になります。この企業の利潤を π(p) とすれば、需要関数は q=f(p) なので、
13051406
   (4)
 となります。

 ここで、消費者余剰 S(p) を価格 p で微分するとどうなるのかを確認しておきます(この作業は、変化が1次なのか、2次なのかを確認するのに必要ではありませんが)。これは、以下のように、-f(p) になります。
13051407

   (5)

 そこで、企業が利潤を最大化する価格を pとし(上の図4には、pは書かれていません)、消費者余剰
S(p) と企業の利潤 π(p)を、pの近傍でテイラー展開で近似します(2次まで)。
13051408

   (6)
 (5)式から、S’(p)=-f(p) です。従って、(7)式は次のように書き換えることができます。
13051409
   (7)

 次に、企業の利潤も同様に、pの近傍で近似します。
13051410

   (8)
 pは、利潤を最大化する価格なので、π’(p) はゼロになります (π(p) は、pで最大値をもつので)。従って、(8)式の2番目の項はゼロです。π(p) (の近似)は、次のようになります。
13051411

   (9)
 まず、消費者余剰の(7)式から見ていくと、最初の項の S(p) は、定数です。価格 p が変化したときに、変化が現れるのは、2番目の項 f(p)(p-p) からです。これは p に関して、1次の項 (first order) です。従って、価格 p が変化したときに、消費者余剰の変化は1次の項から現れる、ということになります。
 これは、(6)式のままでも確認できます。価格 p が変化したときに、変化が現れるのは、2番目の項
S’(p)(p-p) からです。S(p)は減少関数なので、S’(p)は、p=p のときに 0 にはなりません。したがって、S’(p)(p-p) は 0 にはなりません。
 次に企業の利潤の(9)式を見ると、ここでも最初の項 π(p) は定数です(これは利潤の最大値です)。そして、価格が変化したときに、変化が現れるのは次の項の (1/2)π”(p)(p-pからです。これは p に関して、2次の項(second order)です。そのため、価格 p が変化したときに、企業の利潤の変化は2次の項から現れるわけです。

 そして、定常値(ここではp)近傍では、変数の次数が大きくなると、変化率は小さくなります。下の図5を参照。

13051505





   図5



  図5に描いてあるのは、x-1 、(x-1)、(x-1)です。この場合、定常値は x=1 です。 x=1 の付近では、x の次数((x-1)の次数)が大きくなるほど、変化率は小さくなります。

 そのために、マンキューの本文で指摘されているように、消費者余剰の増減の割合(1次)を企業の利潤の増減の割合(2次)で割ると、企業の利潤を最大化する価格の付近では、無限大に近づくのです。

 これは直感的に考えても理解できます。
 消費者余剰は、p の減少関数で(また、上で見たように、その変化の割合は需要関数 f(p) に等しくなります)、企業の利潤を最大化する価格 pの付近でも、pに対する増加の割合は有限の値(<0)を持ちます。
 一方、企業の利潤は、利潤を最大化する pの近傍では、変化率は0に近づきます(pが利潤が最大値をとる p の値なので)。従って、消費者余剰の変化率を、企業の利潤の変化率で割った値は、pに近づくにつれて無限大になります。