Lawrence H. Summers, "Relative wages, Efficiency wages, and Keynesian
 Unemployment" (1988)
http://www.nber.org/papers/w2590.pdf

1988年の古い論文ですが、効率賃金モデルの代表的な論文です。

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相対的賃金、効率賃金、ケインズ的失業
Relative wages, Efficiency wages, and Keynesian Unemployment


 ケインズは『一般理論』の中で非自発的失業について説明する際、次のような考えを提示した。「ある個人あるいはある個人の集団が、他の人々との相対で貨幣賃金を下げるのに同意すれば、実質賃金の相対的な低下を被ることになるだろう。だから彼らがそれに抵抗するのは、十分理解できる。いっぽう、貨幣の購買力の変化による実質賃金の低下にことごとく抵抗するのは不可能だろう。貨幣の購買力の低下はすべての労働者に等しく影響するからだ。」(p. 14) 現代経済学の理論は、失業に直面しても賃金が下がらないことに関していろいろな説明を提示しているが、ケインズが強調した相対的な賃金は、現在の多くの議論には反映されていない。この小論は、労働者の生産性が主に相対的賃金に依存するという相対賃金仮説が、実際の失業と失業の変動について理解するための最も有効なモデルを提供する、ということを示すものである。その理論は、現在多くの注目を集めている効率賃金仮説と密接な関連をもっている。

 セクション I は、この論文の動機を示し、均衡における失業を説明する単純な相対賃金モデルを提示する。また、企業が相対賃金に関心を持っている場合に起こりうる不安定な均衡について焦点を当てる。セクション Ⅱ では、この相対賃金モデルと、失業を説明する際にインサイダー(労働組合)の交渉力に焦点を当てるモデルとの密接な関連について明らかにする。セクション Ⅲ は、相対賃金が労働者の生産性に影響を与えることが認められるならば、効率賃金モデルは景気循環的な失業の変動を説明するものに拡張できるということを示す。セクション Ⅳ は結論を述べる。

Ⅰ 相対賃金、均衡における失業
 単純化のために、労働者と仕事が均一である労働市場を考えてみよう。このような仮定は使いやすさに加えて、非自発的失業の概念に関するあいまいさを取り除く利点がある。労働市場が完全に完全競争的で、情報に関する問題がなければ、労働需要と労働供給は均衡する。均衡においてはすべての企業が市場賃金を払い、労働者はその賃金に同意すれば、すぐに仕事を得ることができる。

 しかし、この非常に単純な完全競争モデルは、実際の労働市場の説明として明らかに不適切である。企業は完全に弾力的な労働供給を想定していない。賃金の少しの変動では、企業にとって利用可能な労働供給の大きな変動にはつながらない。実際、企業は賃金を設定する際に、利用可能な労働供給以外の変数に注目する。労働市場における、他の企業との相対で適切な賃金を設定するために、企業がかなりの費用を払って必要な情報を得ようとする、ということがこれまでの研究によって示されている。シカゴだけで、事務職の賃金に関する調査が1年間に100以上行われている。いっぽう、それに対して企業は、どれだけの事務職の労働者が失業しているかを知るためにはほとんど費用を払わない。もっとも注目すべきことは、失業率が高い状況でも企業は賃金をカットせず、さらには賃金を上げることさえある、ということである。

 企業が人手不足ではないときでさえ賃金を上げる、という現象を説明する理由として経済学者が想定するのは、失業が増えているからといって賃金を下げると利潤を下げるかもしれない、というものである。賃金を下げると労働者の努力に影響を与えるため、生産性に影響が出てくるならば、あるいは、賃金を下げることで企業にとって労働者を再雇用し、教育し、引き止める費用が増加するならば、賃金を下げることは企業の利潤の低下をもたらすかもしれない。これは多くの効率賃金理論の中心的な主題である(Stiglitz(1986), Katz(1986))。効率賃金理論は、企業が払う賃金と、労働者の生産性とのさまざまな関係のメカニズムを説明しようとするものである。これはあまり強調されていないが、ほとんどの効率賃金の議論は、生産性は絶対的な賃金に依存するのではなく、企業の内部と外部の相対的な魅力に依存すると示している。そして企業の外部における機会は、他の企業が払う賃金と失業率の両方に依存している。例として、労働移動や、他社の引き抜きや、労働者が考える公正の概念などを考えてみよ。

 相対賃金を増加させることで生産性を上げる可能性を考慮した単純な関数は、次のものになる。

130926 (1)
   (1)
 ここでθは、代表的労働者が注ぐ努力水準である。x は、以下の部分で詳しく定義する労働者にとっての機会を表わしている。αは、高い賃金を払うことがどれだけ生産性を向上させるかを表わすものである。もしα= 0 ならば、効率賃金は考慮されていないことになる。逆にαが増加するにつれて、効率賃金が重要なものになる。

 代表企業の問題は、投入効率労働当たりの費用、つまり w/θを最小にする賃金のレベルを選択することである。その解は(1)式を微分することで求められる(訳注1)。
130926 (5)
   (2)

 この式は、効率賃金が考慮されていないのなら(訳注 α= 0 ならば)、企業は機会費用(訳注 機会費用 = x )だけを払うということを示している。しかし、一般的にはプレミアム(上乗せ分)を払うということを示している。そのプレミアムの大きさはαの大きさによる。

 市場ににおける均衡を分析するには、x がどのように決まるか、というメカニズムを考える必要がある。企業の外部の機会は他の企業が払う賃金と失業率の両方に依存している、という考えを組み込んだ便利な関数は、次のものである。

130926 (6)
   (3)
 ここで u は失業率で、w は他の企業が払う平均賃金である。b は、労働者にとっての外部の機会の重要性を表わしている。完全なモデル(訳注 労働者の効用などを組み込んだ)で計算すれば、b は、余暇の効用や失業手当と正の相関をもち、失業期間とは負の相関をもつとわかるだろう。

 (3)式を(2)式に代入し、すべての企業は同質なので、w= w という条件を課せば、非常にシンプルな市場を均衡させる失業率の式を得る(訳注2)。

130926(12)
   (4)
 

 (4)式は、均衡失業率は、生産性向上に与える賃金の影響の大きさを表すαの値が大きくなれば大きくなり、b で表わされる失業の魅力が大きくなれば大きくなる、ということを示している。α= 0 となる特別な場合のときのみ、均衡失業率が 0 になることに注意せよ。また、この式は、均衡失業率が労働需要にまったく依存しない、という興味深い特異な特徴をもっている。このモデルでは、労働需要曲線は賃金のレベルを決定するだけなのである。これはこのモデルの興味深い特徴である。前世紀(19世紀)の間に、実質賃金が平均失業率に大きな影響を与えずに数倍になったことに注目すべきである。

 (4)式に適切なパラメーターを代入すれば、実際に観察されているレベルの失業率を生じさせるには、ほんのわずかな効率賃金の影響だけでよいことがわかる。b = 0 であっても、生産性の相対賃金に対する弾力性αがわずかに0.06であれば、6%の失業率になる。さらに大きな b の値になれば、現実に観察されている失業率を生じさせるためには、さらに小さな相対賃金の影響だけで十分になる。さらに、このモデルが示す失業の特徴は、現実の世界で観察される次の2つの重要な点と整合的である。

 第一に、ここで生じている失業は非自発的失業であり、社会的に費用がかかるものである、ということである。複雑なモデルでは、非自発的失業の概念を組み込むのはしばしば難しくなる。しかしこのモデルでは、その意味は十分明らかである。すべての仕事と労働者は同質と想定されている。だからすべての労働者が市場賃金で労働を供給しようとする。しかし仕事を得ることができるのはそのうちのある部分なのである(訳注 効率賃金で賃金が市場賃金より高くなるので、ある部分の労働者は失業してしまう)。さらに、労働者だけでなく企業も同質と想定しているので、このモデルの失業は、ある労働者をより価値を生み出す生産性が高い部門に再配置することから発生しているわけではない(訳注 つまり摩擦的失業ではない)。その意味で、このモデルは、長期の失業を経験している少数の人々に失業が集中することを示す事実と整合的である。

 第二に、このモデルは、人口統計グループによる失業率の違いに関しても示唆に富む。余暇を高く評価する人々や労働異動率が高い人々は相対賃金に感応的で、高い失業率を持つだろう。典型的な例としては十代の若者を考えればいいだろう。他の例としては、仕事から仕事へと頻繁に移動する建設労働者である。
 この一般的相対賃金モデルにおいて均衡失業率がどのように決定されるかは、図1に描かれている(訳注3)。

13092615








   図1


 このモデルでは均衡失業率は、代表的企業の最適化による賃金が、他の企業が払う賃金と等しくなるところで決まるという特別な特性をもっている(訳注 図1の2つの直線の交点)。失業率が均衡失業率よりも低いときには、代表的企業は他の企業の賃金よりも高い賃金を払おうとする。失業率が均衡失業率よりも高いときには、代表的企業は他の企業よりも低い賃金を払おうとする。代表的企業が完全雇用に直面し、平均賃金よりも高い賃金を払おうとしているならば、その市場の均衡失業率はプラスになるだろう、ということに注目すべきである。

 図1を見ると、2つの直線が狭い角度で交差しているならば、どちらかの直線がわずかにシフトしても均衡失業率に大きな影響を与える、ということがわかる。前のパラメーターと同じ例で、WW直線が上にシフトし、失業率が6%から7.5%へと増加するには、「失業手当」を表わす b の値が0.5から0.6へと比較的小さな値だけ増加するだけで十分である。失業率が小さなショックに対しても感応的になることは、この相対賃金モデルの基本的な結果である。それぞれの企業の最適賃金は企業全体の平均賃金の増加関数なので、ある企業が成長し賃金を上げると、社会全体へのその影響は増大されることになるのである。

 同調しようという関心のために不安定性につながるという法則は、かなり一般的なものである。その法則は、どうしてフラフープやルービックキューブに対する需要が、他の人が使っているかどうかがそのものの価値には影響を与えない他の標準的な商品より不安的になるのかを説明してくれる。次の2つのセクションでは、その同調の影響によって、構造的失業や循環的失業が非常に大きく変化することを説明できる、ということを論じる。


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訳注1)
 求めたいのは、w /θ(=効率労働当たりの費用)を最少にするwです。
 w /θのθに(1)式を代入すれば、w /θは次の式で表されます。
130926 (2)
   (5)


 この式の最小値を与える w を求めたいので、w で微分し0とおけば、
130926 (3)



130926 (4)

   (6)

 (6)式を満たす w を求めれば、
130926 (5)
   (2)

 となります。

訳注2)
 (2)式に(3)式の x を代入すれば、
130926 (7)
   (7)

 となります。w= w とし、uを求めれば、(4)式になります。
130926(12)
   (4)

訳注3)
 図1の右下がりの wの直線は、上記の(7)式です。
130926 (7)
   (7)