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もし貧乏人が経済学を学んだら

マンキュー ブログ

マンキュー、「ルールに従うべきか、従わないべきか?」

Follow or Break the Rule?
http://gregmankiw.blogspot.jp/2014/09/follow-or-break-rule.html
 
マンキューの9月17日のブログの翻訳です。

更新:すでに himaginary さんの翻訳がありました。最近インターネットをあまり見ていなかったので、気づいていませんでした。以下は、Reis のコメントの翻訳だと思ってください。

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ルールに従うべきか、従わないべきか? Follow or Break the Rule?

ラース・クリステンセンが、僕が数年前に提唱したテイラールール(こちら、収録された本はこちら)の最新のデータを紹介している(下の図)。このルールは、アラン・グリーンスパンの1990年代の政策金利を近似するものとして提案したものだ。ラースが描いてくれたデータは以下のものだ。

mankiw-rule











このルール(グリーンのラインのもの)は、1990年代だけのデータにもとづいてつくったものだ。赤いラインは、パラメーターを後の期間のデータで修正したものだ(訳注)。

グラフの数字がプラスになったことだけを見ると、このルールに従えば、FEDはフェデラルファンドレート(政策金利)を上げる時期に来ている、ということになる。このルールが「大安定期」にも十分適応できると考えるなら、これは、FEDは、経済は定常状態に戻ったと考え、利上げを開始すべきだ、ということを意味するのだろうか?

答えは、そうかもしれない、しかし、必ずしも今ではない、というものだ。今日、このルールを解釈しようとすると、二つの問題に直面するからである。

第一の、そして、かなりはっきりとした問題は、ここ数年間、労働市場で奇妙なことが起こっている、ということである。失業率(このルールの式の右辺の項のひとつだ)が、労働市場のゆるみ(slack)を表す信頼できる指標になっていないようなのだ。

第二の、そして、より解釈が難しい問題は、やはりこの問題につきまとう「ゼロ下限」(zero lower bond)の問題だ。ここ数年間、このルールによると、目標金利は、かなり大きくマイナスの値にしなければならなかった。現在、そのマイナスの領域からは脱出したことになる。しかし、過去の「まちがい」(訳注 本来マイナスにすべきだが、できなかったこと)の影響を無視して、現在の金利を決めるべきなのだろうか。つまり、FEDは政策金利を、非常に長い間、「高すぎる」値にしてきた(マイナスではなくて、ゼロにしてきた、ということ)、したがって、その影響を補正するために、しばらくの間、金利を「低すぎる」値に設定すべきだ(つまり、ルールが示すプラスの値ではなくて、より長い間ゼロ金利を維持するべきだ)、という議論に説得力があるのである。そのような政策をうまく行うことで、FEDは、経済がゼロ下限に直面したら、長期金利をより大きく低下させるようとする。このような政策に従ったほうが、マイナスの領域を脱したからといって、ルールに従って、盲目的に金利を上げるよりも、より大きな経済の安定につながるだろう。

FEDが利上げする時期は、もうすぐやって来るのかもしれない。しかし、僕は、現在がその時だとは思わない。

更新: リカード・レイスが次のような有益な指摘をしてくれた。

過去の不足を補うために、現在、利上げすべきではない、というもうひとつの(関連する)議論があります。それは金利に関するものではありません。それは物価水準に関するものです。本来、金融政策の目標は、物価水準ですし、金融政策を評価する指標も、物価水準です。

個人消費支出(PCE)デフレーターを見ると、2%の物価水準目標に対して、明らかな不足があります。2%の物価水準目標は、グリーンスパンの時代には達成されていました。また、経済は、2008年の終わりまで、1992年を基準にした目標値に乗っていました。しかし、2009年から最新のデータまでで見ると、ギャップがあるのです。

物価水準目標政策は、定常状態では最適です(Ball, Mankiw, and Reis)、しかし、ゼロ下限の危険に対しても最適な政策なのです(Woodford)。現在、物価水準での不足分に追いつく必要があります。しかし、調査やマーケットからわかる期待インフレ率を見ると、キャッチアップに必要な上昇分が期待できないのです。これは金融政策が、依然として、引き締めすぎである、ということを示しています。



訳注:
ラース・クリステンセンのエントリーに対するマンキューの反論。クリステンセンが、マンキュー・ルールに従うと、FEDは利上げしなければいけないということを示している、と指摘し、だからマンキュー・ルールは最適ではない、と主張したのに対し、マンキューは、クリステンセンはルールを額面通りに解釈しすぎている(考慮しなければいけない問題がある)、と反論したわけです。ただし、両者とも、まだFEDが利上げする時期ではない、という結論に関しては同じです。

グリーンのライン:
フェデラルファンドレート = 8.5 + 1.4× (コアインフレ率 - 失業率)

赤いライン:
フェデラルファンドレート = 9.9 + 2.1× (コアインフレ率 - 失業率)

コアインフレ率(日本のコアコアCPIに当たる)は、個人消費支出(Personal Consumer Expenditure)。

濱口桂一郎氏に足りないもの(その1)

これ。
ちょうどいいタイミングでマンキューのブログ(
6月11日)に載っていた。

Monopsony01











お父さんとモノプソニーをやらないかい?

モノポリーじゃないの?


Monopsony02















いや。モノポリー(売り手独占)は、ある物に関して、ひとつの企業が唯一の売り手の場合だね。モノプソニー(買い手独占)というのは、ある物に関して、ひとつの企業が唯一の買い手の場合だよ。それで、この家ではお父さんが唯一の労働の買い手だ。だから、これからはお手伝いをやってくれたお礼のお小遣いは、これまでの50%に下げると決めたよ。

Monopsony03











ちょっと待ってよ。モノプソニーってゲームじゃないの? たんにお父さんが権力もっている、ということだけなの?

さらに40%にカット。へへへ。



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 濱口桂一郎氏がブログで(だいぶ前のものだけど)、「労働組合は反資本主義的」という読者からのコメントをとりあげていました。やっぱりね。

 大事なことは「独占」なのに、どうして「独占」という言葉がまったく出てこない? 独占禁止「法」にひっかかることが独占で、そうでなければ独占は存在しないと思っているのでしょうか。「法律」だけで考えているなら、そうなるかもね。資本主義市場の中で労働者を苦しめる一番大きな要因は企業の独占(労働の買い手独占)なんですけど (こういう点で考えても、やぱっり経済学、ミクロ経済学は重要だよね。)


 労働組合の発生は独占市場を考えなければ理解できません。

 ある地域に企業が1つだけ(2つ、3つという少数でもいいです)、労働者が千人いたとします。この場合企業は「独占」状態です(労働市場の買い手独占です)。企業は言い値で賃金を決めることができます。労働者は企業の言い値に従わざるをえません。そうしないと仕事がなくなりますから。だから賃金はどんどん下がります。こうなるのは企業が市場を「独占」しているからです。

 そこで、労働者も市場を独占します(売り手独占)。つまり、労働組合をつくって1つになるのです。こうなれば1対1になります。今度は企業は賃金をどんどん下げることができません。低い賃金を提示して、労働者が認めなかったら誰も雇うことができなくなるからです。つまり、労働者も労働市場を「独占することで」、企業の独占力を弱めるのです。これはこの社会にとって望ましいことです。これが労働組合が発生してきた原理です。

 しかし、そもそも市場にとって独占はいいものではありません。なぜなら、ある特定の人々が取引を少なくして、自分の利益を増やすことができるようになるからです。独占が望ましくないのは、行われれば多くの人を豊かにする取引を少なくしてしまうからです。

 しかし、企業の独占をなくすことはできません。企業はある程度の規模の大きさになったほうが効率的に生産できるからです。

 もし企業の独占がまったく存在しないのなら、労働組合は良くないものです。労働市場を独占していることになるからです(労働組合を「反資本主義的」とみなす根拠はこれですね)。

 しかし企業の独占が存在しているなら(これが現状です)、労働者が独占するのには――労働組合には――正当な理由があることになります(たぶん社会にとっても望ましいことです)。

マンキュー、「最低賃金に関するいくつかの考察」

http://gregmankiw.blogspot.jp/2013/09/some-observations-on-minimum-wages.html
マンキューの9月24日のブログの記事の翻訳です。
 このテーマに関しては、himaginary さんがいいまとめの記事を書いているので、今回の翻訳は不要なのですが、(1か月ぐらい前から始めていて)翻訳してしまったのでアップしておきます。

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最低賃金に関するいくつかの考察
Some Observations on Minimum Wages

 ジョン・コクランが最低賃金についていい記事を書いている。

 僕は最近、最低賃金を支持する友人と最低賃金について議論をした。(彼は有名な経済学者で、みんな名前を知っていると思う。しかし、友人との会話は通常オフレコにするものだ。) 彼の主張を正当化するものとして、彼はリー (Lee) とサエズ (Saez) による「完全競争労働市場における最適最低賃金政策」("Optimal minimum wage policy in competitive labor market")という論文を指摘した。

 この論文で気になったことは、著者たちが彼らの主張を支えるものとして想定している非常に強い仮定だ。とりわけ、

仮定1.効率的割り当て(Efficient rationing): 最低賃金のために低熟練労働の仕事を非自発的に失わなければならない労働者は、低熟練労働部門で働くことから少ない余剰しか得ることができない労働者である(訳注1)。

 後に著者たちは次のように指摘する。

 最後に、最低賃金政策が望ましいかどうかは、再び「効率的な割り当て」という仮定に大きく依存している。「均一な割り当て」(uniform rationing)が生じるなら――その場合、どの労働者が失業するかは、その労働者の余剰とは関係なくなる――最低賃金によって、最適な税の割り当てが改善されることはない。その点は Lee and Saez (2008) ですでに示している。いっぽう、効率的割り当てが生じるなら、最低賃金は限界の労働者を効果的に政府に示してくれる。労働の費用(訳注 使用者にとっての費用ではなくて、労働者にとっての労働の機会費用)は観察できないため、この効果のおかげで政府は労働者をより社会的に効率的な(特定の民間企業にとっては効率的ではないかもしれないが)産業に移動させることができるようになる。そのために最低賃金が望ましいものになるのである。対照的に、均一的割り当ての場合は、失業はすべての労働者に対してランダムに起こる。そうなると、最低賃金は労働の費用について何も明らかにしてくれない。そのため、最低賃金は政府に対して何も価値があることを示してくれず、労働者の非効率的な割り当てだけをすることになる。この場合、最低賃金が望ましいものではないことは、明らかだ。

 この論文は最低賃金を正当化する根拠を示しているというよりは、逆のことを示しているように思われる。この論文は、最低賃金の有用性を主張するためには、効率的割り当てというような、非現実的な強い仮定が必要になる、ということを示しているからだ。労働者の供給が過剰なときに、市場が効率的に労働者を仕事に割り当てる、ということを信じてよい説得力のある理由はないと思う(訳注2)。


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訳注1)

mankiw01











   図1



 図1のように均衡賃金が Wである場合に、その均衡賃金よりも高い最低賃金 W が設定されると、Lから L だけ失業が発生することになります。

(1)効率的な割り当てが生じる場合
 最低賃金 W が設定された場合、失業するのは労働供給曲線 L上の A から C の労働者になります。賃金が W ならば、労働供給曲線上の A の労働者の労働者余剰は AD です。B の労働者の余剰は BE です。C の労働者の余剰はゼロです。したがって、A から C の労働者が失業するならば、労働者余剰が少ない労働者が失業することになります。
 労働者余剰が少ない労働者は、労働供給をしてもいいと思う賃金(留保賃金)が高い労働者です。このような労働者は、高い技能を身につけるために投資(例えば学歴が高い)をしており、生産性が高いと考えられます。
 したがって、最低賃金政策によって労働者余剰が少ない労働者が失業するならば、最低賃金政策によって、生産性が高いと想定される労働者を別の産業(最低賃金政策が賃金に影響を与えない高い生産性が要求される産業)に割り当てる効果が期待できます。「効率的な割り当て」とは、このような効果をさしています。

訳注2)
 マンキューが指摘しているのは、「効率的な割り当て」が生じる根拠はない、ということです。
 確かに上の図1では、労働供給曲線上の AC の労働者が失業することになりますが、実際には、失業するのは、Wの賃金で働いてもいいと思う、労働供給曲線上の OC の労働者のうち、AC の「割合」の労働者です。言い換えると、労働供給を行おうと思う労働者全体ののうち、AC/OC の割合の労働者がランダムに失業する、ということです。労働供給曲線上の AO の位置にいる労働者余剰が高い労働者も失業するわけです。失業は労働者余剰と関係なく発生します。
 したがって、最低賃金政策だけで、上記の(1)のような「効率的な割り当て」が自動的に行われる理由は見当たらない、というのがマンキューの主張です。

マンキュー、「消費税 VS 所得税」

Consumption vs Income Taxation
http://gregmankiw.blogspot.jp/2006/06/consumption-vs-income-taxation.html
マンキューの2006年6月27日のブログの翻訳です。
 今日本の人が読むと反応が分かれる記事でしょうね。
 でも、今の日本の状況では増税するなら所得税増税のほうが望ましい、となるんじゃないでしょうか?(消費税は消費しなければ課税されないため、貯蓄に対するインセンティブを高める。)。
 また、マンキューの比較では税率をどちらも一定にしていますが、本当に消費税と所得税を比較するなら、「一定税率の」消費税と「累進税率の」所得税で比較しないといけません。

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消費税 VS 所得税    Consumption vs Income Taxation

 前の記事で消費税のほうが所得税よりも望ましいと書いた。すると去年 ec 10 を受講していた学生が次のようなインセンティブに関する重要な質問をコメントしてくれた。

 どうして消費税はインセンティブに影響を与えず、いっぽう所得税はインセンティブに影響を与えるのかがわかりません... 人々は、貯金は気にしないはずです。人々が気にするのはお金を使うことです。 

所得税の場合: 1時間の労働 → 課税前16ドル → 課税後8ドル → 8ドルでチョコレートケーキとビデオゲームとレッドソックスのチケット

消費税の場合: 1時間の労働 → 課税前16ドル → 8ドルでチョコレートケーキとビデオゲームとレッドソックスのチケット + 消費税8ドル 

 労働の量と支出の量はどちらも同じになります。どのような実質的な違いがあるのでしょうか?

 この議論に関しては彼は正しい。今日消費するために今日働くという決定だけに注目するなら、消費税と所得税はどちらも同じ影響を与える。どちらも労働する努力を同じだけ削ぐのである。

 しかし、別の限界での調整を考えてみよう: 貯蓄して将来消費するために、今日働く、という場合を考えてみよう。税率は上の例と同じ50%としよう。利子率は7%としよう。その場合、今日1ドル貯金すると、10年後には2ドルになる。

所得税の場合: 1時間の労働 → 課税前16ドル → 課税後8ドル → 貯金して10年後に16ドル → 利息のうち所得税で4ドル引かれる → 12ドルでチョコレートケーキとビデオゲームとレッドソックスのチケット

消費税の場合: 1時間の労働 → 課税前16ドル → 貯金して10年後に32ドル → 16ドルでチョコレートケーキとビデオゲームとレッドソックスのチケット + 消費税16ドル 

 したがって、消費税の場合、将来消費するために、今日働いて貯蓄するインセンティブをより高めることになる。 
 これをもう少し経済学っぽくして、少し数学を入れてみよう。W を実質賃金、r を利子率、t を税率としよう。貯蓄して T 年後に消費するために、今日働くと想定しよう。所得税の場合、今日1時間働いて10年後に得ることができる消費の量は、

13100801

  [ (1-t)W*[1+(1-t)r]^T ]

 となる。消費税の場合、10年後に得ることができる消費の量は、

13100802

  [  (1-t)W*[1+r]^T  ]

 となる。ここで両方の場合の、(訳注 貯蓄して T 年後に消費できる量の)課税後の相対的価格と、課税前の相対的価格を比べてみよう(訳注 相対的価格 relative prices、実質値ということ。実質賃金と実質利子率で計算している)。課税前の相対的な価格は、

13100803

  [  W*[1+r]^T  ]

 である。消費税は一定の差額(ウェッジ wedge )を割り引く、ということがわかるだろう: つまり、課税後の相対的価格は、いつでも課税前の価格に 1-t をかけたものになり、T とは関係なくなるのである。いっぽう、所得税の場合、その差額は年が経過するほど大きくなる。T が大きくなればなるほど、課税前の相対価格と課税後の相対価格との差は大きくなる。つまり、消費税が現在の消費と将来の消費に対して同じ率で課税するのに対して、所得税は、実質的には、現在の消費よりも将来の消費により大きな率で課税することになるのである。

 結論:消費税も所得税も労働に対するインセンティブを低下させる。しかし、所得税は貯蓄に対するインセンティブも低下させる。

マンキュー、「フランスから問題です」

A Question from France
http://gregmankiw.blogspot.jp/2007/07/question-from-france.html

マンキューの2007年7月17日のブログの翻訳です。
どうしてこんな古いものを引っ張りだしてきたかというと、最近日本で消費税増税が決定されたからでは 断じてなく、単純に短いからです。元の記事には追加の記事がありますが省略しています。

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フランスから問題です A Question from France

 ウォールストリート・ジャーナルが最近のフランスでの政策議論について報じている。

 政府の最新の提案は、政府運営の健康保険と年金に対する企業負担分――従業員数を基準にして決められている――を減らすというものである。歳入の減少を補うため、政府は付加価値税 (value-added tax) を増税する予定である。

 これは議論のためのいい問題だ: もし政府が給与税 (payroll tax) を減税し、消費税 (consumption tax) を増税したならば、この税の変更は経済にどのような影響を与えるだろうか?

 とりあえず僕の答えは次のようなものだ。

1.労働と余暇の決定
 この税の変更は、余暇と消費との配分に対して税がもたらす歪みを変化させない。消費税も給与税も同様に、限界での消費と余暇との代替を歪める。税金は違う場所で徴収されることになる(仕事ではなくてお店で)。しかし、どちらの場合も労働に対するインセンティブを同じくらい低下させる。

2.貯蓄の決定
 どちらの税も、現在の消費と将来の消費との配分に歪みを与えない。したがって、その税の変更は、貯蓄に対するインセンティブに影響を与えない。

3.税負担の配分の影響
 この変更によって税負担の配分による影響が出てくるかもしれない。とりわけ、若年世代と老年世代との間での配分である。老年世代はすでにより多く所得税を払っている。そして今後再び貯蓄から消費するときにより多く税金を払わなければいけなくなる。若年層は、税の負担を老年世代に移転することになるので、利益を得ると思われる。もし若年層が老年層よりも高い貯蓄性向をもっているなら、この負担の移転の影響によって総貯蓄は増加するだろう。

4.短期的なマクロ的不均衡
 課税前の商品の価格が国際的な価格で決まるなら、フランスにおける課税後の商品の価格は新しい消費税のために上がることになる。名目賃金も同様に上がるだろう。したがって、課税後の実質賃金は大きく変わらないだろう。しかし、高い価格と高い名目賃金への移行は同時に起こらない可能性がある。そうなると、短期的なマクロ経済的な影響が出てくる(1986年のPoterba, Rotemberg, and Summers の
論文が示しているように)。とりわけ、名目賃金が高いレベルに調整されるのが遅れるなら、実質賃金はその間、均衡レベルよりも低くなる。そうなれば、しばらくの間、雇用が増加することになるだろう。

プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

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