M B K 48

もし貧乏人が経済学を学んだら

デフレ

Francesco Saraceno, 「労働コスト:誰が異常なのか?」――ドイツもすごいけど、日本にはかなわない

フランチェスコ・サラチェーノ(Francesco Saraceno)のブログの記事の翻訳です。1月29日のクルーグマンのブログで引用されていました。

労働コスト(レーバーコスト):誰が異常なのか?
Labour Costs: Who is the Outlier?
今、スペインは、ドイツと共に、イタリアやフランスの政策決定者にとって模範的モデルになっている。奇妙な模範的モデルだけど、ここではそれには触れない。よく言われる理由――こういう主張はどれだけ批判しても現れてくる――は、いつもながらの、スペインは身を切るような構造改革を実行し、それがレーバーコスト(労働コスト、人件費)を下げ、競争力を増加させた。だからスペインは成長している。いくつかの落ちこぼれ(とくにイタリアとフランス)は頑固にその改革を拒んでいる。そのおかげでヨーロッパ全体の回復の足を引っ張っている、というものだ。この議論は、通常、次のようなグラフを根拠としている。

2014_09_labour_costs
















確かに、このグラフから次のことがわかる。まず、すべての周辺国(peripheral countries)は基準(benchmark)となるドイツからかい離している。そして、2008-09年以後、フランスとイタリア以外の国はレーバーコストを大幅に削減している、ということである。それは痛みを伴うものだったのだろうか? イエス。もしドイツのインフレ率や賃金成長率がもっと高かったなら、それらの国の修正はもっと容易になっただろうか? やはり、イエス。しかし、よくある議論の主張によると、それでも危機に陥った国は、痛みを伴うが必要な修正を断行した。だから、イタリアやフランスも、もっと大胆になり、仲間に加わるべきだ、というものだ。

もう一度考えてみよう。対象を広げ、いくつかの国を上のグラフに付け加えたらどうなるだろうか? 同じデータ(OECDの生産性とユニットレーバーコストから)から、OECD諸国のデータを付け加えると次のようになる。

2014_09_labour_costs_11
















確かに見にくいが、意図的にそうしている。このようにすると、PIIGS諸国(とフランス)は、アメリカを含む他のOECD諸国に混ざってしまい、区別がつかなくなる。実際、唯一はっきりと区別できるのは、点線のドイツだけだ。だから、ドイツは例外だと見なすことができる。いや、ちがう。ドイツでさえ、デフレの日本には負けているんだけど・・・。 僕はいい人なので、上のグラフをもう少し見やすくしてみよう。

2014_09_labour_costs_22















このグラフは、それぞれの国の1999年から2007年までのレーバーコストの増加率と、同じ期間のドイツのレーバーコストの増加率との差を示したものだ。OECD諸国のレーバーコストの増加率は、ドイツよりも14%高い。また、アメリカはフランスと同じぐらいで、ドイツより19%高く、オランダやフィンランドのような倹約的と言われる国よりも少し良い(訳注 低い)ぐらいである。唯一ドイツよりも「良い」国(といっても模範的モデルには全然ならない)のは日本だけ、というだけではない。二番目に良い国(イスラエル、オーストリア、エストニア)でも、レーバーコストはドイツより7-8%高いのである。

つまり、ドイツと比較するのは、まちがっているのである。異常値をたたき出している国(outlier)と比較するべきじゃないのは当然だろう! ヨーロッパの周辺国とOECDの平均を比較すると、次のようになる(1999年から2007年までと、1999年から2012年までのOECD諸国のレーバーコストの増加率の平均との差をそれぞれ示している)。
2014_09_labour_costs_3















OECDの平均を基準とすると、2007年では、ドイツ(低いほう)と共に、アイルランドとスペイン(高いほう)が異常値の国となる。しかし、そのアイルランドとスペインがその後、平均に回帰していったのに、ドイツはさらに下方へと離れていっているのである。改革できない、ヨーロッパの病と言われているフランスのレーバーコストが、実は、OECDの平均よりも少し低いということは、注目すべきことだ。

もちろん、さっき対象を広げたときに見た国の多くは、変動為替レートを採用している。だから、それらの国は、相対的なレーバーコストの変化を為替レートによって調整できる。EMU諸国ではこれができない。しかし、このことは、不均衡をつくり出したある国、つまり異常値を出している国こそが調整する、ということをよりいっそう重要にする。ドイツがそれを行えば、危機に陥った他の国にとっても調整がより容易になる、ということは言うまでもない。それなのに、ドイツは他のヨーロッパ諸国に自分自身をモデルにするように押し付けている。そして、それらの国をデフレへと(pdf)引きずっていこうとしているのである。

腹立たしいのは、そっちへ行ってはいけなかった(のにそうしている)、ということだ。

なぜデフレはよくないのか、あるいは、賃上げはベアでお願い、という要求の正当性について

 まず次の2つのケースを考えてみましょう。

(1) 政府が一時的に定額給付金を配る
(2) 給与が増える

 定額給付金では、貯蓄に回してしまう人がでてくるのであまり効果がない、とよく言われます。定額給付金は「一時的」だと最初からわかっているからです。そのため消費に回される割合は多くなりません。
 いっぽう、給与が増えた場合は、それが今後も続くだろう、となんとなく考えます。そのために、定額給付金と比べれば、消費に回る割合は多くなるのです。

 それに、給与が増えた場合、それが続くと考えるのは、必ずしも非合理的ではありません。
 経営者がそれは一時的な給付金で来年は必ずなくなる、と明言していない限り、それが一時的かどうかもわかりません。また、賃金は労働者自身の生産性によっても決まります。もちろん需要しだいで賃金は下がる場合もありますが、労働者は賃金が自分の生産性によっても決まると知っているため、給与が増加したら、それがそのまま続くと考えてよい根拠をもっています。
 おそらく、実際はこのように考えているのではなく、今年給与が増えたから、来年も続くだろう、という予測の仕方のほうが大きいと思われますが、いずれにせよ、給与が増えたときには、それが永続するかどうかはっきりしなくても、将来も増加した給与が続くだろう、と期待することがある程度はできるわけです。そのため、現在の消費の増加につながります。

 給与が増えて、来年も同じ額だろう、と期待することは、コインを投げて表が出て、もう一度投げて表が出ると期待するよりは合理的なのです。

 このことは(「消費の過剰平準化」と呼ばれます)、恒常所得仮説が想定するよりも、ひとは過剰に(あるいは過小に)消費する、ということを意味します。恒常所得仮説に従えば、ある年、Δw だけ所得が増えた場合、ひとはその年(あるいはその後の毎年)の消費を、残りの人生の年で Δw を割った分だけ――残りの人生を n年 とすると、Δw/n だけ――増やすことになります。
 しかし、上記のケース(「消費の過剰平準化」)では、ある年に Δw だけ所得が増えた場合、次の年も同じ傾向になると期待されるため、その年(あるいはその後の毎年)の消費は、Δw/n より大きく増加されるのです。
 したがって、所得が減った場合は反対になります。ある年に Δw だけ所得が減った場合、将来も減少すると期待されるため、ひとは恒常所得仮説が想定するよりも消費を過剰に抑制します。減少額を Δw とすると、Δw/n より大きく減少させることになります。

 だからデフレは良くないのです。
 賃金が低下すると、それが続くと期待されてしまうので、消費を過剰に抑制することになるからです。

 しかも、デフレの場合には、実質賃金が増えていても、消費を抑制するという、矛盾した影響を与えてしまいます。なぜなら、ひとは名目額で判断する傾向があるからです(貨幣錯覚する)。「名目賃金」が下がっていると――デフレなので「実質賃金」は下がっていないかもしれないのに、あるいは、もしかすると実質賃金は「上がっている」かもしれないのに――将来の賃金は下がるだろう、と予測して、消費を過剰に抑制してしまうのです。

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 実質賃金は2005年基準




 デフレ期の日本において、名目賃金は下がっているが、実質賃金はそれほど下がっていないので購買力は損なわれていない(賃金は低下しても、物の値段も低下しているのだから、今までと同じ量だけ買える)、という理由からデフレを肯定するひとは、上記の「消費の過剰平準化」の影響を無視しているわけです。

 だから現在の春闘でベアが実現されるというのは意味があることだと言えるでしょう。それは、ベースアップという慣習が望ましい、理想的なものだからではありません。賃金が将来にわたって増額されて固定されるなんていう、ネズミ講みたいな悪習であっても、それによって将来の給与は増加するだろう、あるいは増加したレベルで保たれるだろう、と「期待できる」からです。
 今はこういう方法が必要であり、望ましいのでしょう。つまり、「期待」が大事なのです。

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 ベアなんて認めたら、将来賃金カットしたいときに困るじゃないか、と思われるかもしれません。しかし、インフレ率が上がるなら、名目賃金をカットしなくても、賃金調整は可能です(名目賃金が固定されているなら、実質賃金は自動的に低下していくので賃金調整が可能になる)。

Taimur Baig、「デフレのコストを日本の例から考える」(3)

Taimur Baig, "Understanding the Costs of Delflation in the Japanese Context" (2003)

上記の論文(IMF Working Paper) の翻訳です。英語の原文はこちら

前の部分からの続きです。前の部分は → こちら
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Ⅳ デフレのコスト

金融政策

 おそらく最も重要なデフレの影響は、金融政策に対する影響だろう。金融政策は、名目利子率ゼロの制約をずっと受けてきたからである。すでに指摘したように、日銀は低下する物価に対応して、短期の利子率をゼロ下限まで引き下げた。さらに2001年3月から、日銀に置いてある銀行やノンバンクの当座預金残高を目標にした量的緩和策に乗り出した。流動性の注入は、2002年3月から2003年6月での間にマネタリーベースを58%増加させたことに示されているように、かなりの規模だったが、インフレ期待を呼び戻すには不十分だった。日銀にとってプラスのインフレ期待をつくりだすことが困難だったことは、物価が持続的に下落していく状況で貨幣当局が直面する問題をはっきりさせる。金利のゼロ制約がある状態では、中央銀行がインフレ期待をうまく誘導することは、不可能ではないが、かなり難しくなるのである。

 金利ゼロ制約に伴うコストは、Yates(2002)によって分析されている。彼は、ゼロ下限に到達すること自体は、金融政策の視点からみてコストにはならない、と指摘している。経済が大きな産出ギャップや、持続するデフレ圧力に直面していなければ、ゼロ制約に陥る期間が、まったくコストにならない可能性も考えられる。しかし、最近の日本の例が示しているように、ゼロ制約というのは、産出ギャップが広がり、デフレ圧力が強まる、ちょうどその時点で起こる可能性が高いのである。従って金融政策の視点から見たデフレのコストは、利子率による刺激策が求められているのに、ゼロ制約に拘束されてしまう時間の関数になる。経済が追加の利子率による刺激策を必要としている(訳注 のにそれができない)ときの産出量の損失は、ゼロ制約の時間が長くなるにつれて増加していくからだ。この分析による試算だけでも、日本のデフレのコストはかなりのものになるだろう。なぜなら、以下のテイラールールに従った分析では、日本は1998年からマイナスの利子率を必要としていた、と示されるからだ。

 McCallum(2003)によれば、標準的なテイラールールによるオーバーナイトコールレートの試算は、次の式から導かれる。
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ここでRは、コールレート、Δpは、それまでの4四半期の平均の(GDPデフレーターによる)インフレ率、そして y-yは、実質GDPギャップである。長期の平均の実質利子率は3%と想定している(訳注 右辺の最初の3)。また、目標とするインフレ率は2%としている(訳注 2番目の(  )の中の2)。

 1990年から2002年までの四半期のデータを使い、下の図1で、テイラールールの試算によるオーバーナイトコールレートと実際の値とを比較してみた。この試算によると、必要とされる名目利子率は、1998年の第2四半期からマイナスにならなければならない、と示される。もちろん、それは現実には実行不可能である(注1)。マイナスの名目利子率が必要であるとテイラールールによって示されたことは、経済に刺激を与え、産出ギャップをなくすためには、短期の実質利子率がマイナスになる必要性を強調するものとして解釈できる。しかし、持続するデフレの状態でゼロ制約があるために、そのような必要とされている刺激を与えるのはいっそう困難になっている。実際、図2(訳注 最初の回の翻訳の図2)に示されているように、近年では実質利子率は、産出ギャップが広がっているのに、プラスのままか、さらに上昇しているありさまである。

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 図1


 ゼロ制約の下での産出量の損失を試算するために、利子率の弾力性を使用した。1991年から2002年までのデータを使うと、短期の名目利子率の変化に対する、産出量成長の弾力性は、-0.5と推定できた。つまり、名目利子率の100ベーシスポイント(訳注 ベーシスポイント=0.01%)の減少が、1四半期後の実質GDPの0.5%の成長につながるのである。テイラールールによる試算から1998年半ばから100から200ベーシスポイントの名目利子率のカットが必要ということなので、その利子率のカットの影響を組み込んだ別のGDPの経路をシミュレートすることで、ゼロ制約による産出量の損失が計算できる。累積的な損失は、2002年にはGDPの約6%になる(注2)。

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 図2


 上記の分析では、日本のデフレを終わらせるためには、もっと大きなマイナスの実質利子率が必要となる、ということが示される。しかし、名目利子率はゼロ下限に到達し、実質利子率はデフレによって高くなっているので、インフレかインフレ期待に頼るしか、これを達成する方法はないだろう。

 粘着的な賃金

 日本の労働市場がデフレに対応することは、賃金の下方硬直性のために、ずっと困難だった。図8は、過去20年間の実質賃金の変化を別々の指標(訳注 CPIとGDPデフレーター)で示したものである。1980年代の間、実質賃金は、経済成長と物価の安定のおかげで約15%増加した。しかし、バブル後の時代でも、経済成長と物価上昇が止まったにもかかわらず、実質賃金は同じように減少していないのである。

 どちらの指標でも、1998年からは、賃金は実質値で対応し始めているのが見られるが、わずかずつの遅いペースである。最近の年では、名目賃金が長引くデフレに直面して低下する兆候が見られるにもかかわらず、実質賃金は、1990年頃のバブル期のピークに達したレベルと、それほど変わっていないか、ときにはそれ以上である(注3)。これは黒田と山本(2003a、2003b)が調べた結果と一致する。黒田と山本は、長期にわたる労働市場のデータを検証し、名目賃金の変化の分布が、統計的に右に偏っていることを発見した。これは下方硬直性を示す指標である。

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 図3


 賃金の相対的な非柔軟性は、企業の利潤を減少させる。これは、失業率の増加にもある程度関係してくるだろう。もちろん、失業率の増加自体は、必ずしもデフレによって引き起こされるわけではない。しかし、企業は、(同じ実質賃金の修正に対して)インフレの場合よりも、デフレの場合のほうが、より大きく名目賃金をカットしなければならなくなり、従って、その程度によって、名目賃金の下方硬直性があると、より多くの労働者を解雇することにつながるだろう。日本の失業率は、過去10年間で1993年の2.5%から2003年前半の5.5%へと、かなり上昇していて、セーフティネット政策の実質的な支出を増加させるなど、社会的、経済的に大きなコストを押し付けている。

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 図4




金融部門

 低い名目利子率は、金融システムを安定させるために、そしてデフレが加速するのを防ぐために必要なものである。確かに、もし現在の危機において高い利子率が維持されれば、銀行システムと社会全体にかなりのマイナスの影響を与えるだろう。しかし、低い名目利子率の環境は、金融部門にマイナスの副作用も与えている。日本において(他の地域においても)、ほとんどの債務証券は、デフレに対する調整を組み込んでいない。名目のリターン、銀行預金、債権は、利子率がゼロより下になることを想定していない。そのために、実際、デフレの状態でそのゼロ制約が働くと実質のリターンにも制限が設定されてしまう。日本におけるインターバンク市場は、名目利子率ゼロの状態のために取引費用のほうがリターンより上回ってしまうため、最近は低迷している(注4)。さらに、利回り曲線がフラットになっているため、クレジットスプレッドが圧縮され、銀行の収益性を圧迫している。銀行預金の金利がゼロ下限に近づき、小売銀行 (retail banking) のフランチャイズバリューは、銀行が預金金利をゼロより下げれないために、下がってきている(訳注 franchise value =営業基盤の価値。この場合は、個人預金者や中小企業に対する顧客網のようなものか)。

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 図5


 短期の名目利子率がゼロ下限にあるので、日本の金融機関は、リスクに値段をつけることが非常に難しくなってきている。市場に頼って価格発見 (price discovery) するのが難しくなり、市場参加者は、信用リスクを評価する他の方法を探さなければいけなくなる。そのために、ある金融機関は、仲介者を通して取引するのではなくて、相互的な取引をしたり、個人的な取引(私募、private placements)をすることになる。つまり、デフレの状況で短期の名目利子率のゼロ下限が重なると、情報の探索コストがかなり増大するのである。

 また、低い利子率は、利子率のリスクをヘッジするために使われる、市場の流動性も減少させてきた。ゼロ下限にある利子率は、先物市場において、将来の利子率増加によるリスクから、取引を守るための、また保護を得るための取引相手(counterpart)を見つけるのを難しくしている。日本国債(JGB)先物取引は、1990年台の間は非常に活発で流動的だったのだが、1997年から2003年の5月の間に、平均の週ベースのopen interest position (未決済の買い/売りのポジション) は、66%減少した。

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 図6



 債務者から債権者への資産の再配分

 予想されていない長期のデフレが起こっているために、近年の日本において債務者から債権者へかなりの資産が移っていることが予想されてきた(注5)。バーナンキ(2000)に従って、予期されていないデフレが債務者に与える影響を明らかにするために、以下の単純な試算を行ってみた。債務者は、1997年に2.1%の金利で10年のローンを組んだと想定してみよう(その金利は、その期間の間の長期の国債の利回りである)(注6)。債務者がその期間の間のインフレ率を約1.1%と想定することは、合理的だと言えるだろう。なぜなら、それは過去10年間の平均的なインフレ率だからだ。しかし、その後デフレが進んだなら、債務者の実質的な負担は、かなり増加することになるだろう。2003年には、債務者の実質的な負担は、当初予想したよりも12%増加しているだろう。その後のデフレのトレンドが減少したとしても、そのローンの満期となる2007年には、実質的な負債の負担は、約20%も高くなると試算できるのである。前の仮定を緩めて、金利が下がり、デフレが始まった2000年にローンを組み替えたとしよう。それでも債務者の実質的な負債の負担は、2003年の段階で、当初予想したよりも7%高くなっているのである。従って、最近の日本で見られるマイルドなデフレでも、債務者に懲罰的と言えるような (punitive) 影響を与えており、おそらくそのために、破産が増加し、支出と投資にマイナスの影響を与えているのだろう。

 この債務者から債権者への資産の再配分は、担保の価値に影響を与えるために、摩擦をともなわないわけではない。バブル崩壊後の時代に債権者は、担保の価値(とくに土地と株)の急激な減少のため、不良債権の回収が難しかった。一方、上の例で用いた債務者が、土地を担保とし、少なくともローンの期間の間はその土地の実質的な価値が維持されると想定したなら、実際は、2003年にその価値は、予想よりも34%も低くなっているのを見ることになるだろう(注7)。

 負債の実質的な負担の増加と、担保の価値の低下は、日本の金融仲介機関にとって悪影響を及ぼしてきた。負債を負った家計と企業は、返済が難しくなるので、消費と投資を切り詰め、ある場合には破産した。それは、その後、銀行を不良債権と収益率の低下で悩ませることになったのである。

 財政上のコスト

 デフレは、近年、日本の財政にも影響を及ぼしてきた。日本の公共部門の負債残高は、過去10年間に急激に増加していて、1990年台の初めにGDPの70%だったのが、2002年度末にはGDPの160%に達している。政府のいくつかの減税政策や消費促進政策が負債残高を増加させたとも言えるが、それにも増して、デフレが大きな原因となってきた。第一に、債務者として、政府の実質的な負債が、予想されていないデフレのために増加している。第二に、名目GDPが減少するにつれて、税収が減少し、一方、政府支出は増加し続けている。物価の減少と低迷する経済活動が、税収を押し下げきた。GDPに対する税収の割合は、1992年の31.8%から2002年の29.3%に減少しており、それは、日本の経済規模を考えると非常に大きな減少である(注8)。

 物価が下がれば、課税される税金も減るので、政府の財政は、本質的にデフレに対して脆弱である。しかし、そのような物価変動に合わせて、支出される項目に物価スライド制が導入されていない場合もある(注9)。さらに、デフレに伴い失業が増加すれば、社会保障費も増加する。失業が増加しなくても、社会保障費支出の実質的な負担は、持続するデフレのために増加するだろう。

 日本政府の1990年台後半における負債を検討すると、デフレによって財政にもたらされる巨大なコストが、よりはっきりする。1997年から1999年まで、日本政府はGDPの31%に当たる国債を発行した。前節で用いた試算を使えば、この3年間に借り入れた負債は、その後の予期されなかったデフレのために実質的な負債の負担を増大させるが、それは2003年にはGDPの3%以上に達するのである。

結論
 この論文は、近年の日本における、持続する予期されなかったデフレの大きなコストを検証するものである。社会全体にわたる物価水準の低下は、ゆっくりとしたマイルドなものであっても、日本経済の多くの部門で歪みを生み出し、さらにすでに困難な状況にあった経済の修正のプロセスをかなり悪化させた。予期されていなかったデフレは、債務者から債権者へ、かなりの資産を再配分することになった。しかし、債権者も十分利益を得たとは言えなかった。なぜなら、担保の価値が低下し、債務者の負債の負担が増加したために、破産が増加し、回収されるローンの価値も減少したからだ。賃金の硬直性のために、デフレは失業率を増加させた。金融部門における名目的な仲介業務は、名目利子率がゼロ下限に到達したために阻害されてきた。デフレは公共部門の債務の負担をかなり増加させ、金融政策を拘束してきた。日本が現在体験していることは、マイルドなデフレであってもコストがかかることを、他の国の政策決定者に警告している。また、デフレが起こってからそれを治療しようとするのではなく、デフレが起こるのを事前に防ぐ必要性を強調している。日本にとっての教訓は、明らかである。デフレは、マイルドなものであっても、経済全体に大きなコストを押し付け続ける、ということだ。従って、インフレ期待を呼び起こす政策が、決定的に必要なのである。


注1)この試算は、想定した長期の実質利子率(3%)とインフレターゲット(2%)に関するある程度の幅に対して概ね頑健である。
注2)シミュレーションは、次のように行った。最初に、1998年の第1四半期の、テイラールールによる利子率を計算する。次に、その利子率がGDPに与える影響を計算し、次の四半期(1998年第2四半期)のGDPギャップを計算する。産出ギャップに対するインフレ率の弾力性(-0.4%)を用いて、最初の四半期(1998年第1四半期)のインフレ率を求める。この情報から、1998年第2四半期の政策金利が導きだされる。その値をその四半期の計算に使っていく。と以後の期間についても、同様の計算を行っていく。
注3)企業は賃金の削減を主に2つの方法で行ってきた。第1に、フルタイムの労働者から、パートタイムの労働者に切り替えることによって(後者の労働者のほうが、賃金が安くなる傾向があるので)、第2に、ボーナスを大きくカットすることによって。従って、全体的な賃金も減少している。
注4)しかし、多くの民間参加者による「密度の濃い」(deep)インターバンク市場がいいのか、あるいは、中央銀行が唯一の流動性の提供者となり、そのような民間の参加者の仕事の代わりをするのがいいのかは、議論が分かれるだろう。中央銀行はそのような市場に大量の流動性を提供できるが、一方、中央銀行は、その役割を機能的なインターバンク市場に任せたい、と思うかもしれない。なぜなら、そのような環境が民間銀行に、健全な流動性を管理するインセンティブを与えるからだ。さらに、インターバンク業務は、市場が中央銀行の政策をどのように見ているか、という貴重な情報を、中央銀行に与えてくれる。
注5)ディスインフレーションの割合が、デフレと同じならば、どちらも債務者の債務の負担に同じ影響を与える。従って、この節の議論は、必ずしもデフレのコストのみに当てはまるわけではない。
注6)ここで1997年を選んだのは、その年が、CPIで測って、日本のデフレがはっきりしたときの直前の年だからである。
注7)資産価格の低下というのは、消費者物価指数のデフレとは関係なく、企業のバランスシートに影響を与えるものである。とはいえ、その2つの影響が組み合わされば、マイナスの影響はよりひどくなる。
注8)その減少の原因のいくらかは、減税のためでもある。
注9)確かに、日本において、物価スライド制は、社会保障費給付には導入されている。しかし、その実施は、1998年から2002年まで行われなかった。もしそれが実施されていれば、物価水準の低下を反映させるために、給付の削減が必要となっただろう。
注10)実質的な負債の負担の増加を試算するための計算は、家計の負債よりも日本政府の負債を対象にしたほうが、より現実に近い近似になるだろう。なぜなら、家計の債務は、ローンの組み換えが可能だが、政府債務の場合はそのような修正なしに利子が支払われるからである(スムージングオペレーションに関連した買戻しなどを除けば)。
注11)予期していなかった実質的な負債の負担の増加のいくらかは、その時期の日銀による買入によって軽減されるだろう。なぜなら、国債利子支払いの実質的な増加のいくらかが、日銀の国債ポートフォリオからの資産移転により相殺されるからだ。

Taimur Baig、「デフレのコストを日本の例から考える」(2)

Taimur Baig, "Understanding the Costs of Delflation in the Japanese Context" (2003)

上記の論文(IMF Working Paper) の翻訳です。英語の原文はこちら

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Ⅲ 日本におけるデフレの進展

 日本が低いインフレ、今やマイナスのインフレを体験するのは、決して最近のことではない。デフレが始まった1990年中頃以前の15年間においても、年間のコアインフレ率は平均で2.1%しかなかった。これはアメリカとは対照的である。アメリカでは、同じ時期、コアインフレ率は平均で約4%だった。1980年代中頃に、日本におけるコアインフレ(食料品を除いたCPI)は、ゼロ近くまで低下し、その後、四半期のGDPデフレーターがしばしば低下する傾向が続いた。その時期も需要は比較的強かったが、このインフレ低下の現象には、いくつかの要因が関連している。オイルショックの影響を受けてのかなり緊縮的な金融政策、供給能力が積み上がってきたこと、円高、しだいに貿易障壁が取り除かれたことなど、である。

 1980年代後半に、資産価格が高騰する中、強い成長が起こったが、穏やかなCPIの増加しか伴わなかった。1987年から経済活動は急激に活発になり、資産価格の急騰を伴ったが、金融政策のスタンスにはあまり変化がなかった(注1)。地価と株価の多くのインデックスが1980年代終わりに急騰し、1980年代の4倍から5倍にまでに上がった。経済は過熱し、1980年代後半から1990年台初めにかけて、潜在GDPの2%から3%上で稼動していたが、それに反応した商品やサービスの価格は、穏やかに上昇したにすぎなかった。

 コアインフレは、1991年初めに3%より少し上のところまで上がり、その後低下傾向が続いた。加熱した経済が倦怠期につながるのは不可避で、また緊縮的な金融政策につながった。その結果、資産価格と民間部門の需要の低下につながった。バーナンキとガートラー (Bernanke and Gertler, 2001) は、金融政策は、このバブルとその崩壊の期間の間、常に後手に回った、と指摘している。――バブル期において、中央銀行は、引き締め政策をするのを待ちすぎたし、その後、経済が後退傾向に入ったとき、緩和政策をするのが遅れたのである(注2)。

 資産価格バブルの崩壊は、日本経済に大きな影響を与えた。地価と株価の急激な低下の後に、実質GDP成長の鈍化 (crawl) が続いた。製造業部門と建設業部門におけるかなりの供給能力の過剰を反映して広がった産出量ギャップは、物価の下方圧力を強めた。不動産と製造業企業に偏った融資をしていた銀行は、不良債権の山と急速に悪化する収益性と闘わなければならなかった。彼らは、バランスシートを強固にすることに集中し、融資枠の拡大には非常に慎重になった。経済の勢いが止まったことを反映して、広義の貨幣(M2+CD)の成長率も急激に低下し、1990年には11%だったのが1992年には0.6%に低下した。

 需要が急激に低下し、インフレ圧力は実際消散した。それに加えて、貿易部門の価格が、経済の更なる自由化と、それに伴う競争の圧力で影響を受けた。非貿易部門の価格もまた、規制緩和と技術革新の影響で下方圧力に直面した(注3)。日銀は、需要と価格に刺激を与えるために、量的緩和に乗り出し、無担保オーバーナイトコールレートを、1991年初めの8.5%から1995年後期の0.5%までに引き下げた。しかし、それは、資産価格の止まることを知らない低下とそれに伴う問題に対しては、不十分だった。

 コアCPIで計測されるデフレは、1998年に景気後退が始まると、はっきりと読み取れるようになった。しかし、GDPデフレーターはそれ以前から(例えば1995年)、低下し始めていたのである。1990年台後半のY2Kに関連した投資ブームによって短期的な景気回復が見られたが、デフレを止めるには及ばなかった。経済の回復を助けるような初動の政策が不足していて、消費と投資は低いままだった。その結果、資産価格は低下し続け、地価と株価は2003年半ばに20年程前の低い値に低下した。期待インフレ率は、実際の価格の低下が始まるまではプラスだったが、その後マイナスに転じ、本質的な景気回復の見込みが薄れると、それが期待に組み込まれた。
 
 最近の日本の物価の変遷に関しては、2つの重要な特徴が際立っている。

(1)デフレは予想するのが難しかった。

 日本ではデフレがほとんど予期されておらず、そのためにそれに対応する過程が非常に難しくなった。 Ahearne 他は、1990年台半ばにインフレ率が低下していった時、政府機関や民間の予測は、デフレが発生することをほとんど予測できなかった―― その後は、デフレの強度と長さを予測するのに失敗した、と指摘している。最近の調査は、最近の持続するデフレによって、デフレ期待が組み込まれてしまったことを示している(注4)。

 インフレ予測を時系列で並べてみると、デフレを予測するのは難しかった、ということがわかる。この分析では、期待インフレ形成は、今期のインフレを基準にしてなされる、という単純なルールを想定している。月ごとのCPI(食料品を除き、1989年と1997年の消費税の増税の影響を修正していある)を1980年から現在までの年毎のインフレのデータとし分析すると、最近のデフレの期間は、はっきりとした動向のグループとして特徴付けることができる。1期前のデータに依存する変数を使った回帰式から得られた1期先の予測は、1980年代と1990年台前半では一貫して、プラスの間違いのケースの数が、マイナスの間違いのケースの数と同じか、それよりも多かった(訳注 ここで「プラスの間違い」というのは、実際のインフレ率のほうが高かった、ということです。マイナスはその反対)。しかし、1990年台後半になると、マイナスの間違いのケースが多くなるのである(訳注1)

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図1




 さらに比較を容易にするために、際立った特徴の2つの3年間の予測の間違いを選びだし、2000年から2002年のデータと比較した。1981年-1983年と、1993年-1995年の2つの3年間のデータでは、予測の間違いは、プラスの方向、マイナスの方向がほぼ同数だった。しかし、2000年-2002年のデータでは、60%以上がマイナスの間違いなのである。特に際立っているのが、物価が継続して低下し始めた1997年10月からの12ヶ月間で、その期間ではプラスの間違いがまったくなかったのである(つまり、それぞれの期間で、デフレは予測されたよりも強かった、ということである)。これは、日本のそれ以前の期間のデータとは対照的である。このように、これらのデータは、(予測に関して)日本のデフレの非対称的な性質をはっきりと示している(注5)。

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図2




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(2)デフレは広範囲にわたっている。

 持続するデフレは、広範囲の現象だった(注6)。消費者物価指数で、価格が上昇していたり、安定していたりする項目は非常に少ない。衣服、靴、家具、交通費、通信費、民間住宅賃貸、書籍、娯楽は低下傾向を示している(訳注 図がたくさんありますが省略)。このように物価水準が全般的に低下していることは、海外からの競争圧力や、供給能力の過剰や、ある産業での規制緩和といった現象では説明がつかないだろう。むしろ、以上の要因と、銀行部門の問題や、不十分な金融緩和策、停滞している需要などの他の要因が組み合わさり、日本の物価を押しとどめている、と言ったほうが適切だろう。


続きはこちら。 

注1) 無担保オーバーナイトコールレートは、1986年から1989年まで約4%で維持された。
注2) バーナンキとガートラーは、彼らの分析で目標とする利子率について、フォワードルッキングなテイラールールによって推定している。一方、翁と白塚は(2001)、その結果を疑問視している。理由は、バーナンキとガートラーの結果は、事後的にわかるデータを使う限りにおいて、有効であるにすぎない、というものである。後者の2人は、データを政策決定の時点で利用可能なデータに限定して分析すれば、日銀の政策は概ね妥当だろう、と論じた。
注3) 鎌田と平形(2002)は、日本に適したモデルから推定して、1990年台中頃と後期の消費者物価の下方圧力のいくらかは、国際的な競争の増加によって説明できるとした。
注4) 国内の3000の企業を対象に調査した、2002年のNissan Business Conditions Survey (訳注 ニッセイ?)は、デフレの影響を企業がどう見ているかについて興味深いデータを提供している。その調査によると、回答した80%以上の企業が、売り上げ価格の低下を報告していて、彼らのそれぞれの事業にとってデフレが有害であると感じている。約40%の企業が、デフレが今後も少なくとも3年は続くだろう、と予測した。
注5) 低いインフレの国だったにもかかわらず、日本の最近の歴史では、上昇する物価というのが基準になってきた。そのためにインフレ期待が繋ぎ止められ、金融機関の計画に影響を与えてきた。人々(agents)が、物価が上昇する長い時代に慣れきっている場合は、デフレがはっきりするまで、デフレを予測するのは難しいようだ。
注6) GDPデフレーターは、より広い物価指標であるが、CPIよりも大きく減少している。

訳注1) 図2に書いてありますが、π(t) = α + βπ(t-1) + ε(t) という回帰式を使い、インフレπのデータはCPI(食料品除く)です。

Taimur Baig、「デフレのコストを日本の例から考える」(1)

Taimur Baig, "Understanding the Costs of Delflation in the Japanese Context" (2003)

上記の論文(IMF Working Paper) の翻訳です。英語の原文はこちら
原注は全部翻訳していません(参考文献の注は省略しています)。

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「デフレのコストを日本の例から考える」、Taimur Baig

Ⅰ イントロダクション

このように、インフレは不公平 (unjust) であり、デフレは不便 (inexpedient) である。その二つでは、たぶん、デフレのほうが良くないだろう。なぜなら、貧困化する世界で、債権者を失望させるよりも、失業を増加させるほうが良くないからだ。――ジョン・メイナード・ケインズ (John Maynard Keynes, 1923)


 日本のデフレはここ5年以上、GDPデフレーターで計っても、消費者物価指数で計っても弱まっていない。その2つの指数は、最近もまだ低下し続けている。GDPデフレーターは、1995年から9%低下し、CPIは1998年から3%低下した(図1)。

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図1





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 ここしばらくの間、デフレとそれに関連する経済問題が、日本における政策議論の中心的な話題になっている。しかし、そうしたたくさんの議論は、いくつかの重要な疑問を完全に解決していない。その疑問のひとつは、物価水準の持続的な低下は、日本にとって負担(costly)になってきたのだろうか、それとも、それはどちらかといえば容認できるものなのだろうか、というものである。こうした疑問を解決することは、今後の政策方針を決める上で極めて重要である。なぜなら、これまでの政策は、過去十年間にわたる経済の深刻な問題を解決できていないからである。

 何人かのエコノミストは、1990年台をとおしての、比較的ゆっくりとした物価水準の低下と、それと対照的な資産価格の急激な下落とを過小評価している。マイルドなデフレは、物価安定の兆候であり、ほとんどコスト(負担)を伴わない――なぜなら、経済が次第に最近の物価低下に慣れてきたからだ、ということも指摘されている。一方政策方面では、ある人々は、デフレに対して強力に対応することを疑問視している。そのような積極的な政策をとった場合に想定されるコストが、現在の政策のフレームワークの中でデフレをそのまま進行させた場合のコストよりも高くなりそうだ、と言うのである。このような推測に暗示されているのは、日本のデフレは穏やかで、避けることができないもので、決して有害ではない、という考えである。

 しかし、1990年台をとおしての土地や株価の劇的な低下が日本経済に深刻なマイナスの影響を与えたことは疑問の余地がなく、物価水準の持続的な低下による問題もまた、さまざまな方面へ影響を与えている。長引く予期されなかったデフレは、金融政策の効果を阻害し、金融市場の活動を妨げ、企業の収益性を減少させ、民間や政府の実質的な負債を増加させた。

 日本のデフレは、ポジティブな供給ショックによるものではなくて、経済の低迷を反映したものだと思われる。つまり、日本のデフレは、生産性の大きな増加や、貿易の大きな重要な変化の中で起きたのではなくて、景気後退と交互に来る低い成長と停滞した需要によって特徴づけられる、長期の不調の中で起きている、ということである。物価水準が全般的に低下し続けることは、決して恵み深いことではない。なぜなら、それは、少なく見積もっても、産出ギャップが広がっている時期に、実質利子率に下限を設けることで、経済の回復を阻害し続けるからだ(図2)。
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図2







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 この論文は、持続する日本のデフレのコストを検討するものである。デフレの概念に関する議論から始め、日本のデフレの主要な特徴を、歴史的な変化に焦点を当て検討する。次に、デフレのコストを決定する分析的な議論と実証的な結果を提示する。この論文は次のように構成されている。セクションⅡでは、デフレのコストに関する理論が分析される。セクションⅢは、日本の物価に関する歴史的な変化に当てられる。セクションⅣは、日本のデフレが金融政策、労働市場、金融市場、家計、公共セクターに与える影響の証拠について検討する。セクションⅤは、結論的なコメントを述べる。

 Ⅱ 概念的な問題

 デフレとは、インフレの符号を反対にしただけのものなのだろうか。それとも、それをインフレとは違うものにする、さらにはディスインフレーション(インフレ率が下がっていくこと)とは違うものにする、何か本質的な非対称性があるのだろうか。デフレを負担にする理論的、あるいは制度的な要因とは何だろうか。インフレとデフレとの最も明白な非対称性は、しばしばデフレの問題と結び付けられる、名目利子率のゼロ下限の問題である。このセクションでは、デフレが問題になる、ゼロ下限以外の要因について検討する。

 デフレのコストは、その原因だけでなく、その程度とその時間的長さにも関係してくる。ある環境では、デフレが重大なコストを伴わない場合も考えられる。例えば、総供給の強い拡大や生産性の増大による、一時的な価格の低下は、それほど問題ではないだろう。外部からの正のショック、例えば輸入価格の低下や積極的な貿易の自由化もまた、国内価格を押し下げるかもしれない。そのような場合、デフレとは、所得の増加に伴い、新しい均衡に調整されている兆候ということになる。従って、それが人々 (agents) の期待に組み込まれることもないだろうし、国内の需要や経済活動に長期にわたり悪影響を及ぼすこともないだろう。最近の情報技術の発展や、グローバリゼーションや、規制緩和は、多くの範囲の商品やサービス部門の生産性を押し上げ、インフレ圧力を押し下げてきた。同様な生産性の上昇が19世紀のデフレにおいても重要な役割を果たした、と信じるエコノミストもいる。

 それとは違って、需要不足が原因のデフレは、さまざまな名目硬直性のために、重大なコストを伴うようだ。これらの硬直性は、名目利子率のゼロ下限を含む金融市場、そして、労働市場に由来していると考えられる。前者の場合、正確な量的判断は難しいが、その影響の推定は重大になると考えられる。一方、名目賃金の下方硬直性に関する研究では、デフレは、GDPの数パーセントに及ぶコストを押し付けるだろう、と示されている(Akerlof他、1996)。

担保とバランスシートに対する影響

 フィッシャーの債務デフレ理論(1933)は、価格の低下に関連した正反対の力学に焦点を当てた。予期せぬデフレは、資産を債務者から債権者に移す所得配分につながる、というものだ。債務者の損失は、債権者の利益によって相殺されないかもしれない。なぜなら、取引で指定された担保の価値も、デフレのために下がるからだ。担保の価値の低下は、デフレにより資産価格の低下が起こっていると、さらに深刻になるだろう(注1)。担保の価値が低下し、破産が続くと、銀行は、彼らが行っているローンのポートフォリオを再評価しなければいけなくなり、また、良いリスクと悪いリスクの区別も難しくなるだろう。その結果、彼らは、融資の手数料を引き上げるか(外生的な融資のプレミアム料が上がる)、こういう状況でなかったら行ったはずの貸し出しを減らしてしまう。そのために、総需要の減少につながるのだ。

粘着的な賃金

 総需要不足によって引き起こされたデフレは、名目賃金に下方硬直性があると失業を増加させる。賃金が粘着的な状態で、価格が低下すると、実質賃金を増加させ、企業の利潤のマージンを減少させ、雇用を削減してしまう(注2)。Buiter(2003) は、賃金の硬直性のために、需要のショックに直面した経済は、同じ程度のインフレの場合よりも、生産量と雇用をより大きく調整しなければいけなくなるだろう、と指摘している。

 アカロフらは(2006)、名目賃金の硬直性があり、1%のデフレ率を維持すれば、アメリカの失業率は、長期的な均衡失業率の5.8%から10.0%まで上昇するだろう、と推定している。フィリップス曲線による推定では、産出量の低下は、約4%の雇用の喪失につながるのである(訳注1)。名目賃金決定に関する他の研究は、もう少し小さいコストを推定しているが、それでも大きな数字である。

デフレ対インフレ、あるいはディスインフレーション

 金融市場や労働市場の硬直性は、デフレのコストとインフレのコストとの――どちらも潜在的な経済へのショックがあるにもかかわらず――非対称性を強くする。資源の再配分に関する効率性の喪失と、ゼロのインフレ率から低い(つまり2%以下の)インフレ率への移行に関する不確実性の増加は、それほど問題ないように思われる。対照的に、持続するデフレによるマイナスの影響は、大きなものになるだろう。

 デフレとディスインフレーションは、経済活動に対して同じような影響を持つ。しかし、市場の不完全性のために、デフレは――特に予期されなかったデフレは――、より高いコストを伴う(注3)。名目利子率のゼロ下限は、ディスインフレよりもデフレ下において、より強い拘束になるだろう。さらに、担保やバランスシートへの影響も、ディスインフレよりもデフレ下において、より強くなるだろう。例えば、信用力(返済能力 creditworthiness) の評価は、通常、一番最近の資産対ローンの価値、あるいは利潤/所得対ローンの価値に、より大きな比重を置く。予期されないデフレでも、予期されないディスインフレでも、債務者の基本的な返済能力は、同じ程度損なわれる。しかし、銀行は、デフレ下では、元金の帳簿価格を取り戻せないかも、と恐れるので、最大取引額(credit line) をより引き下げてしまう。また、ディスインフレよりもデフレ下のときのほうが、価格に関連する予期せぬ変化によって引き起こされる金融危機後の資金移動 (disintermediation) も、より大きくなるだろう。また、いったんデフレが進行すると、人々は、自分の実質的な債務の負担が大きく加えられる可能性を認識するようになる。そのために、消費や投資の決定でより保守的になるだろう。最後に、デフレは、ディスインフレとは正反対に、全般的な物価水準の低下に代表されるマクロ経済の不均衡をよりいっそう顕著にする。

制度的な要因

 バーナンキ (Bernanke) は(2000)、現代の経済環境は、古典的な金本位制の時代に比べて、より信用に(とくに長期の信用に)大きく依存している、と指摘している。それならば、デフレの影響は、実質的な債務の増大というバランスシートの経路をとおして、よりはっきりと現れてくると言えるかもしれない。昔と違って、上昇する物価というのが、近年の歴史の基準(norm)になってきた。そして、その基準が期待を係留し、投資機関の計画に影響を与えてきたのである。人々は、この長い物価上昇の時代に慣れきっているので、デフレがはっきりと現れてくるまで、デフレを予期することがまったくできないのだ。

 以上述べてきた要因がどれほど日本の場合に当てはまるか検証するためには、まず現在進行している日本のデフレの主だった特徴を把握しておくことが重要になる。そこで、次のセクションでは、物価水準の低下傾向とこれまで関連あるとされてきたマクロ的変化――とりわけバブル崩壊のサイクル (boom-bust cycle)――を見ていくことにする。その次に、日本のデフレのいくつかの重要な特徴を明らかにする。

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注1) デフレはすでに行われている借金の実質的な価値を高める。しかし、一般的に債務者の返済能力は引き上げない。それが破産や他の経済的なコストにつながり、さらに資産価格を下げる。

注2) 賃金の粘着性が価格低下の期待に抑制をかけ、デフレスパイラルを防ぐというのは、考えられる。しかし、これは失業の増加に伴う経済的コストを緩和するものではない。

注3)実際の実質利子率が予想された値よりも大きかったとわかった場合でも、債務者から債権者への資産の転移は、デフレの下でもディスインフレ下でも同じになる。しかし、上で書いた要因のために、デフレ下において、よりコストは大きくなる。

訳注1)Phillips curve estimates suggest that output losses could amount to a multiple of the roughly 4 percentage point loss in employment. オークンの法則では、アメリカではGDPの1%の低下が失業率の0.4%の増加につながると推定されるそうです。ただし、ここの原文は、オークンの法則を指しているわけではないでしょう。

プロフィール

沢ひかる

貧乏人。

経済学「部」とは無縁です。

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