『医者と患者との関わり』

ここまで、私がなぜ今の病気になってしまったのか、なぜこんなブログを書こうと思い立ったのか、まずはその、はじまり、から書いてきた。
ちょっと、ひと息入れるためにも、つい最近、私が現在今年で8年透析を続けている、とある透析病院での話を少し書きたいと思ったので、書かせてもらう。
こんな事を書いて、正直よその透析専門(メインにやってる病院)がどうなのか、私は実際、この8年の間よそで透析を受けた経験は国立大学病院だけだ。
だから、よそを知らなかった。
こういう事が「普通」だと思っていた。

私は、この先このブログで書いていく事が多々あるのだが、まず、今、セカンドオピニオン的に国立千葉大学医学部附属病院に丸6年お世話になっている。
バカみたいに忙しくて、Dr.自体いつお昼休憩してるの?
という位の患者さんの数。患者、患者、患者で溢れかえっている。
だが、どの科のDr.も患者の話をきちんと聴いてくれて、納得のいく説明をしてくれて、忙しくてお疲れだろうに、嫌な顔ひとつ見せない、態度にも出さない。
しかも、最新の医療情報を教えてくれたり、親身になって対応してくれる。
それが、患者にとっては安心出来るのだ。

インフォームド・コンセントに関しても最低は2回は大きなオペを行う場合、説明があった。
検査を行う場合もしかり。例えば、簡単な胃カメラ内視鏡検査の場合であってもだ。心臓のRI検査の場合は3回説明を受けた。

しかし、普段私が透析をうけてる病院(正確にはクリニックだが)では、全くインフォームド・コンセントなどなく、処方される薬に関しても、患者任せで処方を出す。
あまりの違いに、言いたくないのだが、たまに私は看護師などに言う。
すると返ってくる言葉は必ず二言目には「そんなに千葉大の先生を信頼しているの?」という言葉だ。
「信頼?」

私が医療に関して思うのは、例えば初めて行く病院だったとする。そこに「信頼」を求めていくだろうか?
まずは、先に「猜疑心」が出ないだろうか?
どんな医者なのか、どんな裁量が出来るのか、結果が出せるのか、知識は?経験は?それが私の許容範囲に合致していて、初めて医者との「信頼」が生じるのではないだろうか。
病院や医療関係はお客様商売とは違う。
お客様商売であったら、まず先に「信頼」がなくては商売は成立しない。
あの店なら、あのブランドなら、大丈夫だ、という「信頼」でお客様はいらしてくださる。

のちのち、今私が透析をしている病院の実名も差し障りの無い程度で書くつもりだが。客商売とは違うのではないのか?という疑問が浮かんでばかりいる。
しかも、外勤の医師ばかりで、しかも、腎臓や透析に熟知した医師では無いのばかりだ。一般の消化器内科の医師、外科医。
この4月からはなんときちんとした主治医不在で透析を受けなくてはならない、という事態になっている。
先日、看護師に「私の主治医って誰なんですか?ここでの主治医って誰なんですか?」
と聞いいてみた。
返ってきた応えは「院長」という事だが、この院長は本院にばかりいて、週1日しかもたった2時間クリニックにくるだけの「院長」で、糖尿病の医者だ。
まさに、崖っぷちもいいとこじゃないか!

しかも、この6年で外勤含めて主治医になった医者も含めて、コロコロ入れ替わっているのだ。長くて2年いたか?短い場合は半年もいなかった。どこから来てどこに行ったのかすら教えない。
基本透析は医者がいれば始められる。ただいれば始められる。
だから、患者に対して、どういう自己管理をする、とかそういう事は一切患者任せなので、どんどん具合が悪くなる患者ばかりだ。
まず、足にき始める。杖をついてきたら、じき車椅子に介護におむつというパターンだ。狭いクリニックの通路は車椅子の渋滞。

あげればキリがないので、今回はこの辺にしておくが、こんな状態の病院に「信頼」とか、言われたくないのが正直な気持ちだ。
何しろ、薬の知識すら知らない医者もきていた事があった。
まさに「自己防衛」しか、今の私には生き延びる術は無いのだ。