6月はここ最近では、かなり酷かった。

6月8日といっても続きなので、ここからは週を超えた6月13日月曜日の話になる。

あの日はかなり、私の透析で使っている血管の閉塞がぎりぎりの段階まで来ていて、自分で触診しても閉塞してるなぁ、という部分はほとんど血液が流れている感触が無いのだった。それは、土日にやってきていた。月曜に、取り敢えず日頃通っているクリニックに行けば、速急の対応をしてくれるだろう、と考えた。まぁ、この考えは過去の経験で『甘い』というのは承知だったが、「何かしら対応をしてくれるものだ」と思って、2クールの時間帯に行った。

前にも書いたが、とにかく始まるのがいつも遅い。特に私のところはいつもそうだ。あの日も始めるのに看護師が来たのは、1時30分近くになっていた。
始める前に血管の音の異変を話した。いや、話さなきゃ、そのまままた針を刺して「引けない」となるのが目に見えていたからだ。
そうしたら、聴診器を当てて、やはり音が拍動しか聞き取れなかったようで、この4月から主治医(私は「担当医」と他院では言ってるし、実際もうこの8年で何人目だか?しかも、このおっさんDr.もいつまでいるのかわからない、ときている。いろいろ町医者にもかかってきたが、こう主治医がころころ変わるというのも珍しいとしか言えない。しかも、変わる度に患者の状態を把握している、というのでもないのだ。所詮、透析患者だからなのか?今回の「担当医」の専門は泌尿器科だと)

看護師は、その担当医のおっさんDr.を呼んできた。担当医は私の血管をごちゃごちゃとマッサージみたいなことをして「血栓が出来ている」と言うではないか
「血栓?んなバカな・・・」私は内心思った。過去に左腕にシャントがあった時は、まだ今もだが、私は大汗かきなので、仕事中に水分補給が出来なくて、血栓が出来てしまいあえなく3回シャントを血栓によってダメにした過去がある。しかし、この2年は仕事が出来ない状態になってしまったので、大汗をかくにはかいても、あの時の汗とは違う事は自分の事だからわかっている。
しかも、土日の非透析日は暑さもあるので殆ど外に出ない事の方が多い。
血栓が出来る程の大量の汗はもちろんかかない。

まぁ、担当医は血栓を溶かす注射を打つから、と2本シャントに近い部分から刺した。
そしてまた、なにやらマッサージみたいなことを始めて「血栓は溶けたから」と言うではないか。
で、その後、普通通りに透析を始めようとするのだ。看護師は技師の主任を呼んできた。このK主任はよく勉強してる主任で、腕もうまい。何気にこの主任に聞いてみた。
「やっぱ、ヤバイよね、これ・・・・」と。主任は「拍動しか感じ取れなくなってるよ。これはもっても2,3日ってとこかもしれない。今日針刺しするなら、シャントぎりぎりのとこでするか、なんだけど・・・・」と主任が自信無気に言うではないか。
で、一向に、本院にすぐ行ってください、の一言も無いまま、ただ時間だけが過ぎていく。

その時点ですでに2時は回っていた。
本院で仮に透析をする場合は3クールまでやってるので、ぎりぎりその時間には間にあう。
もう、私は移動の時間も考えたら、このままだったら、ただ遅くなるばかりじゃん!という怒りが出てきてしまい、私の方から「これから本院に行くから。O先生(いつも血管カテーテルをやってもらう先生だ)に連絡入れといてくださいよ」と言った。
日替わりで担当の看護師が変わるのだが、その日の看護師はこれまたブラック・ナースのトップ3に入るナースだった。

「もしかしたら、入院という事になるかもしれないから、入院承諾書にサインしてください。あっ、あと、入院に必要な洗面用具、着替え、とかも持って行ってくださいね」ニコニコとして言うのだ。
「はあ?入院?そんなの行ってみなきゃわかんないじゃん!」わたし。
「じゃ・・・、入院した場合お母さんにでも、必要な身の回りの物を後から、持って行ってもらったらいいんじゃないの?」ブラック・ナースN。
「あのさあ、うちの母ちゃんがね、私の身の回りの物に関して分かるわけないでしょう?しかも、足も悪い、目も悪いっていう母親だよ。よけいそんな事出来ないんだよね!」わたし。
「じゃ、一旦おうちに帰って用意して行ってくださいね」ニコニコ。ブラック・ナースN。
「そうそう、急ぐんだから、ここからおうちまでタクシー呼んでタクシーでおうちに行ったらどうかしら・・・」ブラック・ナースN。

はっきり言って2年半前にいよいよ、目も片目ダメ、耳も殆ど聞こえない(酷い耳鳴りの毎日。よってふらつきもある)、となってからは、このクリニックに近い場所にわざわざ引っ越して来たのだった。10分も歩けば通える距離だ。タクシー呼んで待ってる間にうちに着けるかもしれないのだ。
貴重な市から毎年支給されてるタクシー券を無駄に使いたくは無いのだ。
ちなみに駅にも近くて、やはり10分も歩けば駅につくという場所。

私は、あの日、仲々「すぐ、本院に行ってO先生に診てもらってください」と言うと思っていた。しかし、一向に言う気配はナシ。時間だけが過ぎて行く。
「帰って1時間で用意して、電車の時間もあるから、4時までには着くように出来ると思うから、本院には連絡しといてください」と透析の用意を広げたベットのバスタオルなどを片付けながら私は言った。
あれだけ「入院」「入院」と承諾書にサインさせたのに、私が話してる間にさえ「控え」を持ってこない。わたしはうちに一旦帰らなきゃなんないんだよ!今言っただろうが、このボケ!とハラワタ煮えくり返りつつも、持ってこないものを待ってらんないんで催促したらやっと持ってきた。

帰り際だった。ブラック・ナースのN。野中という。彼女はこう私に言った。
「そんなに、◯◯さんは入院するのが嫌なのぉ?」
「はあ?当然だろうが!好きで入院する病人なんて、極々少数なんだよ!このボケ!タコ!」
と怒りが頂点に達してしまったが、ここで時間を潰すわけにはいかない。私は、さっさと、Kクリニックを後にした。

13日の話はまだ、まだ続くのだった。
今回はこのへんで!