空(クウ)の告白

1型糖尿病から末期慢性腎不全になり、人工透析を受けなきゃ生きられなくなったあたし。かかりつけの病院で受けた実態を書き残したいと思い、意を決して始めることにしました。

2012年07月


この数カ月の話だ。

梅雨に入った頃から、なんだか、ねちねちと、看護師達(もちろん師長も含めて)がなんだか、私にしつこいくらい、あからさまな嫌がらせをし始めてきた。

前回も書いたかもしれないが、いつも透析の時は決まって針刺しは一番最後。
透析室に入る時間は、2クールの場合、大体が1時を少し過ぎた時間になる。
15分近くに入ることもザラであった。
その時間で、自分のベッドの用意など(バスタオルを敷いたり)なんだかんだしてると、早く入る事が出来た場合でも、15分は過ぎてしまう。
それで、待っていても、一向に看護師達は私のところに針刺しに来ないのだ。

ベッドに横になって待っていたら、多分忘れられるだろう(そんなに患者はいない。せいぜい25人位か?)、というのがあるので、私はいつもベッドで起きて待っている。
なのに、だ。とっくに針刺しも終わって「次に誰を刺そうか・・・」と、そういう素振で、辺りを見渡している看護師が数人いるというのに、私の前をチラリと見てはただ、素通りして行くではないか!

結局、早めに行っても針刺しはいつも、1時30分。
4時間透析なので、終わるのは5時30分。ではないか?なのに、機械設定では5時15分にアラーム代わりのクラシック音楽のメロディーが流れる。
じゃ・・・4時間透析じゃないのでは?
そう、思うのだ。
そこで、私は「どうせいつも始まるのが1時30分ならば、その時間に間に合うように行って、用意すればいいのではないか?」と思うようになってきた。
しばらく、その時間で行って、終わる時間を早めて帰っていた。
5時で終わりにしていた。
たった15分の違いではないか。

もちろん、充分な透析ができていない事は承知のうえでの、命がけの事をわざとしてみた。
わざとだ。
体重の増加も早々増えていないので、そんなに苦痛な透析ではないが、やはり透析は体内の水分も引くので、透析半ばの時間帯になると、気持ちも悪くなる。

針刺しが遅ければ、針抜きも遅い。終了のアラームが鳴っても誰も来ない。
結局、来るのは早くて10分過ぎて。要は5時30分近くになって、やっと来るのだ。
辺りを見れば、他に患者なんていやしない。私だけ最後の患者で、あとはもう、バタバタと片付けが始まっている状態だ。

針を抜いて、起き上がってすぐにテキパキと動けるならばいいのだが、血圧が急降下することが多くあるので、さながら、バーチャル絶叫マシーン状態だ。
しかも、耳を壊されてからは、余計に透析後のふらつきが激しいので、透析後に体重測定する場所までさえ、ふらつきながら行かねばならない。ほんの数メートルという距離でもだ。

それでも、最後にいる患者だからか、胡散臭そうな態度で見るだけ。
「大丈夫ですか?」の一声もない。
やっと、更衣室にたどり着いても、着替えるまで頭の中はグワングワン。落ち着くまでには数分を要する。
焦りながら、着替えて帰れる状態になるまでに2-30分は必要だ。

しかし、あやつらにしてみたら、そんな事は関係ない、ようだ。
早く帰りたい!後片付けをして、早く帰りたい!そういう空気というか、オーラを発しながら私が動けなくて、外来の待合室のソファーに横になっていても、見向きもしないで素通り。
他の患者やその家族がいる場合は、外ズラのためか私には声を掛けてきて、血圧計で血圧を測定する。
誰も他に患者がいなきゃ、シカトなわけだ。
ここって、病院だよね?
何回、そういう思いをしてきたか。

しかし、とうとう、先日7/11に突然文書を渡されたのだった。

そこには、箇条書きで幾つか、私に対する「苦情」のような内容が書かれてあった。
しかも、その回答を7月中にしなければ、8月末で9月からは他の施設に移ってくれ、と書いてあった。
つまりは、出て行け、ということだ。

いかんせん、私が住んでいる千葉県のこの市では、小規模での透析の施設はいくつかあるが、どこも満床で、縄張り意識もあるのか、そういった関係もあるのか、決まって相談する施設は「お宅の病院の患者さんは受ける事ができないんですよ」と断られる。
かと言って、千葉市まで通院を週に3日するにも、限界がある。今はいいかもしれないが、先のことを考えると自信がないのだ。
電車での通院になるので、座れるならまだしも、座れなかったら帰りに倒れてしまうかもしれない。
交通費にしたってバカにならない。

そんな私に、しつこく毎回、半年以上「話があるから時間作って来てちょうだい」と言いまくっていた。私はかたくなに断っていた。「お話することはありませんので」と。
そうしたら、あんな文章をよこしてきたのだ。
自分達が、今まで何を私にしてきたのか。
飲まなくて良かったカルタン500を過剰投与して、大きなオペをした目に石灰化が発生し、それでもカルタン500を中止しなかった。
もちろんのこと、心臓の大動脈にもびっしりへばりついている。
石灰化が始まった頃から、前歯にも歯石が異様な形でくっついてしまって、まるで鮫の歯のような前歯になってしまったのだった。これは削るだけ削って上から被せるしか無いと、今は被せた前歯の状態になっている。

酷い話ではないか。
7/12に、この日は木曜日だった。なんであんな文書を貰わなきゃなんないのか、電話した。
看護師長の石井は休み、という事で渡辺という主任が電話に出た。
わざと私は目の話しに誘導してやった。
すると
「過ぎたことはもう、忘れましょうよ。これからの〇〇さんの事が大切なんじゃない?」と、まぁ、いけしゃあしゃあと、いつものように気取った言い方で言いだした。
「過ぎたこと?はあ?」この時点で私の怒りは頂点に達するとこだった。
「じゃあ、私の目と聴力返してくださいよ」と言ってやった。
渡辺は黙っていた。
「これ以上目が石灰化で悪化すれば、義眼になるって言われてるんですよ」と言ってやった。
これは、事実だ。そう言われている。
「えっ?聞き取れなかったの、ごめんなさいね」渡辺。
「義眼ですよ。ぎ・が・ん」と力を込めて私は言った。渡辺は黙っていた。

その間の2週間とちょいの期間。私はいろいろサイトを見て調べてみた。
相談できるサイトには、相談してみた。

すると

あきらかなる医療過誤という言葉しか、そこには無かったのだった。
相談するにも、どの行政機関に相談すればいいのか、全くわからなかった。
調べたら、
「裁判をする場合は弁護士、裁判所へ。そうでない場合は厚労省の監督部署である保健所に相談する」
ということが書いてあった。

なんて、今の時代は便利な時代なんだ。

しかし、あいつらは自分らのしたことをかなり上の棚に乗せては、異論を唱える患者には酷い仕打ちを、他の患者にバレないようにうまーくやるのだ。
ふと、考えた。
「これって・・・患者いじめじゃないの?私は障害者1級の患者で、末期慢性腎不全という、末期が付く病気もってるんだよ。透析をしなきゃ、もしかしたら3日位で苦しんで死ぬんだよね。機能していない臓器を抱えて生きているんだよ」
「人間の命ってずいぶん軽いもんなんだね。地球より重いんじゃなかったんだ。人間だけじゃない。命あるもの全ては、今ここにある存在、個の存在以外、代替えは無いんだよ。
もちろん、返品だってきかない」

これを書いてる、本日。午前中に、足の悪い、ついでに目も酷い緑内障を患ってる、私の母親も一緒に連れてこい、と言われた。
私は40代半ば。母親はもうすぐ70歳になる。具合もあまり良くないのにだ。このクソ暑い中だ。
非人道的ではないか。

こうなれば、話の内容を「ちゃんと許可を取って」iPhoneで録音させて頂こうと考えた。
後から「言った、言わない」では、単なる子供の水掛け論で終わるからだ。

まったく、こういう、くだらない事ばかり続くから、みなさんにお見せしたい私のデータの数値、グロイが目の写真など、仲々UPできずにすまない気持ちだ。
ここでは、密かにこういう事を書いているが、少しずつではあるが、病院名など実名をあげて行こうと考えている。

また、今日の話の内容も書かせていただきたいと思う。

おかしいな、と思ったら、できる限り調べてください。
それと、医者が新しく処方した薬であったら、医者の言葉だけを鵜呑みにしないで、調べてから服用してください。
抗生物質でさえ、合わない人は嘔吐、身動きがとれなくなる、という状態になります。
うちの母親が、ダイアモックスでなりました。


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今年に入ってからの話だ。

私は冬場になると、血圧が異常に高くなる方で、こんな病気になる前は、それこそこんなに血圧が高くなるとは夢にも思わなかった、というくらい高くなる。
上はゆうに240を超える事もあり、以前は通常服用している降圧剤にプラスして、アダラートのカプセルを頓服として服用していた。20mlのものだ。
平成19年位からだった。アダラートのCPは急激に血圧を下げるからと、当時東大病院からわざわざ、こんなとこまで外勤で来ていた腎臓内科の伊東という医師が、錠剤のアダラートL錠を頓服として服用するように変更した。錠剤も20mlだ。

腎臓を悪くしてからは、降圧剤も長い時間ゆるい効果のあるものと、ピンポイントで効果を出すものなどを併せて、てんこ盛りに服用してきた。
メインではアダラートCR20を中心にして、オルメテック、カルデナリン、レニベース、カタプレス、テノーミンなどを服用してきた。
腎不全になり人工透析になってからの1年は私にしたら、地獄のような日々だった。
今までとは全く違う事だらけの日々で、自由が奪われたかのような思い、先述した降圧剤以外にも、薬ばかりを服用しなくてはならない。

糖尿病食とは、微妙に違う腎不全の食事管理と水分量の管理。
ただ、私が透析を受けている病院の栄養士は、腎不全で最も重要なタンパク質に関しては、まったく教えてくれなかったのだ。
私の摂取していいタンパク質の量は60gとただ、そう言われただけだった。この量は糖尿病食の時と変わらない。おかずの量で60gという話だった。
リンもここには大きく関わってくる。何と、ソーセージやハムといった物は、「茹でればリンは取れます」と言われた。

なので、バカ正直に茹でて食べていた。3年前に茹でてもリンは取れない、という事を初めて知ってしまい、だよな、だからリンの数値が一向に6.5前後もあったんだよな、と苦笑を通り越して失笑になってしまった。
しかも、タンパク質には動物性たんぱく質と植物性タンパク質がある、という事さえ教えてくれず、タンパク質の摂取量はこの全てを含めて、60gという事だと3年前に初めて知ったのだった。透析になった時点ではただ、簡単に「透析とは・・・」というプリントを数枚病院から貰い「後は自分で本でも読んで勉強して」だった。本「でも」だと。一応何も透析以外することが無かったので、時間と自分の体調を見計らっては、言われたように「本でも」(でも、だもんね)読んで自分なりにざっとどういう病気なのか、知ろうと務めた。
知らなければ、病気と共存して生きていく事は難しいからだ。
しかし、1年後に社会復帰出来てからは、早々に本にかじりついている時間が無かった。

社会復帰出来た、その間のおよそ6年間は今思えば、無防備な日々であった。

そのおかげで、最初から飲まなくて良かった薬を処方されて、私はとんでも無い目に遭遇してしまったのだった。これは、のちのち書かせて頂く。

さて、血圧の話しに戻ろう。
昨年平成23年の4月に副院長という肩書きで、私が透析を受けているクリニックに来た時代劇の悪代官みたいな医者は、一応はクリニックでの私の主治医になるわけだ。
過去記事に書いたが、泌尿器科の医者だ。
冬場もピークを迎えた頃、やはり血圧が高くなって来たので、頓服のアダラートL錠を服用しても一向に、いい具合の血圧の高さにならないので、試しにどういう回答、いや、処置というか、が来るかと思い回診の時に聞いてみた。

私は眼科の関係から国立千葉大学医学部附属病院にお世話になっている。先述した「飲まなくて良かった薬」をクリニックから処方されて、とんでもない目に実際されてしまい、その薬の処方をストップさえせず、ずっと出し続けていたのだった。段々、毎月の生検のカルシウムの検査数値が酷くなる一方で、だが、私も仕事をしながら透析をしながら、の毎日だったので、調べるヒマが殆ど無く、友人に頼んで調べて貰ったりしていた。
簡単に言えば、当初の主治医だった医師が退職し、新任の医師が来た。平成18年の話だ。それまでリンが高いと言われて、カルタン500を1日6錠服用していた。
その時は何も異常は無かった。それでも先述したようにリンが6.5前後ではあった。
新任の医師がいきなりだ。カルタン500を1日18錠という処方に替えたのだった。
平成15年に私は眼底出血を起こしていて(左目)、地元の眼科に通っていたのだったが一向に回復せず、見た目は普通の黒目ではあったが、実際は見えていなかった。

明るい、暗い、ぐらいしかわからなくて、それでも仕事を始めてからは、その状態で働いていた。

いよいよ、意を決して治療するかと考えたのは、その年平成18年にめちゃくちゃ好きなストーンズの来日があったからだった。
そんなに酷くなってるとは思っていなかった。
痛みも無かったからだ。

この話は後日ということで、血圧の話しに戻そう。

お代官に伺ってみたところ、こういう返答が来た。


「あんたの好きな、その千葉大の先生に診て貰えばいいじゃないか」



チューブに繋がれ、ベッドに横たわっている私を見下ろすように、そう言ったのだ。
そのあとは、透析記録用紙にチェックを入れたら、有無を言わせず、次の患者のところに行ってしまった。

とりあえずは、血圧表を持参して、とか、過去に何を服用していたとか(これは、カルテを見れば分かることではないだろうか。例え5年で過去のカルテを焼却処分したとしても、重要な事柄は何かに控えてあるのでは?と思っていた)、聞いてくるかと思っていたのだった。

なのに、常日頃、患者に対しては「患者様」と「さま」をつけるくせに実際は「あんた」呼ばわりだ。

「ちょ・・・ちょっと、待ってくださいよ」と私は言ったが、私のとこには戻って来なかった。

そのすぐ後に、今、看護師長になった石井という看護師が、おもむろに来たので、私は言ってやった。



「まるっきり、あれじゃあ、丸投げじゃん。仮にもここでは私の主治医なんでしょ?あの医者。なに、あの対応。」





石井は黙っていたが、あきらかにお代官に気を使ってる空気がそこら中に流れているのは、お代官が赴任してきた時から感じていた。
だから、どこの病院から、あの医者はここに来たのか、教えて欲しい。と散々問いただした。
どの看護師も知っているのに、言わないのか
「さぁ・・・私達も知らないのよ。本院から来た、っていうくらいしか」だってさ。

普通の会社なら、新しく偉い上司が赴任してくる場合、どこから来るのか、それくらいは最低限知っておくべきことではないか。
医者は転勤してしまうと、仲々、どこに転勤になったかは教えてくれない。
病院での、それまでの患者をがっぽり持っていかれる場合があるからだ。
病院だって、ボランティアじゃない。法人格があるわけだ。つまりは営利目的、という事だ。

1型糖尿病から、末期慢性腎不全に陥り、人工透析で命を繋いでいるが、私も幾つか「病院」と言う施設のお世話になって今日まで生きてきている。
しかし、こういう扱いを受けたのも25年病人していて、始めてのことだった。



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