案の定、一昨日の透析でも始まってしばらくして、血糖値の測定に来たが数値は108だった。針刺しも渡辺という主任が行い、血糖測定も渡辺主任が行った。
この渡辺は、しゃなりしゃなり、とした気取り屋であり、この渡辺こそ私が目についたカルシウムの事で、クリニックでの院長(当時は副院長だった)である、荻野医師に「相談」として時間を頂いた際に、私にこう言った張本人でもある。

平成19年の10月であった。
「あら、〇〇さんも何年か透析をやってきてるから、見てきてるでしょ?案外きちんとやってる患者のほうが、案外早く死ぬものよ。意外に、だらだらいい加減にやってる患者のほうが、長生き出来るものなのよ。透析ってそういうものなのよ
荻野医師との、話がちゃんとしない状態で、荻野医師が席を立ってしまい、渡辺がカルテを片付けながら笑顔で私にこう言ったのだった。

あの時は、驚いた。
私はあの当時は、まだ透析を始めて3年目を超えたばかりであった。
言えば、まだ透析を始めて間もない患者と大差はない。そうでなくとも、透析患者、末期慢性腎不全の崖っぷちで、しがみつくように生きている患者に医療従事者が言って良い言葉なのだろうか。
まるで、脅されているような気持ちがして、気分が悪かった。

確かに、前回の透析まで普通に来ていた患者さんが、いきなり急変して他界された、というのはすぐに患者の間に走る。
そんな話が皆の耳に入ると、決まって皆は
「次は自分ではないか・・・?」
という顔色に変わる。
ほとんどの患者の年齢層は、私よりも上だ。70歳を過ぎている人もザラではない。
まずは、半年来なくなったら、他界されたと思っていい。
腎友会、という透析患者の任意で入る会がある。そこに入っていれば、仮に他界されたらクリニックの透析室近くの壁に、お悔やみのお知らせが貼られる。そうでない場合は、噂で蜘蛛の子を散らすように、すぐに伝わるのだ。

一昨日は、渡辺は私の血糖値を言い、「ビミョーだな・・・」と思ったが、めんどうなのでグルコース50%の注射を入れて欲しいとは、私は言わなかった。
が、しかし、透析終了間近の血糖が「81」であった。
キタキタ!そうなのだ。この数値はセンサーでは、とっくに「低血糖ライン」であるのだ。
なのに、看護師(渡辺ではない、別の看護師で丹野という看護師。一応、私の担当らしい)が、測定に来て
「〇〇さん、81だけど、注射どうする?
だとさ。
一応、ガムシロは持参していたが、針抜きまでおよそ30分の時間がある。まだ、透析も終わっていない。透析液にも糖分は含まれてはいるが、濾過やかける流量の数値で、いくら糖分が含まれていても、あまり意味が無いのだ。

帰るに帰れなくなるじゃん。そう思ったんで「一本・・・入れてください」と言った。

何故に、こうも機転が効かないのだろうか。
「低血糖になってるから1本入れて、しばらくしてから、また測定してみるからね」
とか、先手先手の処置の仕方は無いのだろうか。
不思議だ。まあ、案の定聞いてきたので、内心「まただよ・・・」という思いで笑うとこであった。

さて。
怪文書の最後の方に書かれてあった文言である。そこを少し説明させていただきたい。

「〇〇〇〇クリニックでは透析だけしてくれればいい、あとは千葉大で診てもらうので」という〇〇さんの意思を尊重しこれまで対処してきましたが、千葉大の腎臓内科の先生からの診療情報提供書も頂けず云々・・・

という部分でまずは。
私は千葉大の腎臓内科の先生にお世話になった、そのいきさつは、平成18年に大量の「カルタン500」を処方されて、その年に私は大きな目のオペをした。地元でも大きな総合病院にかかり、3か月毎週検査で通院した。最初は一般眼科の医師が診ていたが、段々と眼科科長の医師に代わり、診察していたが「設備が無いので、眼底がどうなっているのかわからないから、千葉大へ行って下さい。大変腕のいい教授がいらっしゃいますので、紹介状書きますから」と私は千葉大へいく事になったのだ。
その頃から、もう「カルタン500」は1日18錠という今では信じがたい数量を処方されていた。
この話は、後日、詳細に書き込むつもりである。これこそ、医療過誤?と思う話であるからだ。

つまりは、何がいいたいのか。私は平成18年から千葉大でまずは眼科でお世話になっている。カルタンの事で、
「何も応えをクリニックで出してくれなかった。処方のストップも無かった」

ので、状態は益々悪化するばかりで、どうにもならなくなっていった。当時の眼科の主治医に相談した。親身に話を聞いてくれた。眼科といえど、内科関係に関しては限界があるので、という事で「そちらで何もしてくれないのなら、うちにいい先生がちょうど着任されたんです。その先生を紹介しますね」と、今もお世話になっている、千葉大の腎臓内科の先生をご紹介いただいたのだ。

それは、ご紹介頂いて初めて受診した時、開口一番に
「これは最初から飲まなくて良かった薬でしたね」

と言われた。その時のショック。半年以上、私はクリニックで荻野医師以外にも、透析で来ている医者に聞いていた。毎回、毎回聞いていた。週3回半年以上聞いていた。
それなのに「誰も応えないのだ」
東大病院から週1回来ていた伊東という医者も、応えなかった。この医者は今も東大病院では外来に出ているはずだ。

平成19年11月から、私は千葉大の腎臓内科の先生にお世話になっている。この事は当然クリニックでも知ってることだ。以前は2ヶ月に1回程度、単にデータ(クリニックで毎月取る生検、血算のデータ)を診て頂く程度で、1時間位話しを親身に聞いてくださって、お会計は210円。
最初は驚いた。いや、申し訳ない気持ちだった。
千葉大にいわばセカンドオピニオンに近い形で、受診しているというのに、クリニックからは一度も千葉大腎臓内科の先生宛に「診療情報」なんて文書はよこさなかった。
「千葉大に行ったら、どういうお話があったか、〇〇さんの口頭での報告でかまいませんから」だった。それをクリニックでころころ変わっていた透析を診ていた医者は言っていたのだった。

もちろん、透析しながら数回千葉大に入院もした。その際は千葉大からレントゲン写真が入る位の大きさの封筒に、透析記録など入れていただき、クリニックに持ち帰っていた。

それなのに、何を今さら感、なのである。だったら、「どんな診療情報が欲しいのか、5年もお世話になってるのに、一度もそういう事が無くて、今さらですか?どんな診療情報が欲しいのか、クリニックから書いて下さい。で、私は腎臓内科だけではなく、眼科にもお世話になっています。眼科では、角膜専門の先生、糖尿病性網膜症専門の先生にお世話になっています。つまりは今のところ3人の先生にお世話になっているので、それぞれの先生宛に、どういった診療情報が必要なのか、書いて下さい。そうでなきゃ、千葉大の先生も書きようがないのでは?」
と、これまた理論的に、わざと言ってみた。
私は、わざと聞くのが、このクリニックでは得意になっている。
いや、むしろクリニックから先に「診療情報提供書」なるものを出すのが、筋というものではないだろうか。
そう、思いませんか?

そうなのである。私が最初にこの病院(クリニック)での主治医が退職されてから、実にコロコロ透析の担当医が変わっていたのである。1年いたらいいほうだった。そんなであるから、本来であれば一年に一回は受けなくてはならない、胃カメラ内視鏡検査もすっかり2年も忘れられていたのだった!
「あれ?胃カメラやってないよね?」あの頃の私は仕事が忙しくて、私自身も忘れていた。が、普通は病院が「胃カメラがありますよ」というのが普通だろう。
それを言った時だ。
「うちは、患者さんのお誕生月に胃カメラをやってるんだけど。〇〇さんには検便のセットも行かなかった?」と看護師の野中は私に言った。
とっくに、誕生日なんか過ぎてますが・・・・。
私の誕生月は4月なんですが。
今・・・9月なんですけど・・・。

それからだ、私は千葉大で胃カメラをするようになった。
その報告でさえ、口頭でかまわないと言われてきていた。

ちなみに、透析患者は胃がんにかかりやすい。なので、胃カメラの検査は必ず行なうのが普通なのである。2年もほったらかされ、忘れられていた。などということは、普通ではあり得ないことであり、あってはならない事なのだ。透析をメインに大きく展開している医療機関であれば、なおさら、そういうとこには、神経を使って頂かなければならないのだ。

結局、自分の身は自分で守らなくてはならない。
そういう状況に、自然となってしまうわけなのである。
自己防衛。おかしい話だ。病院(クリニックに行ってるが)に行ってて自己防衛とは。

そして、実際、7月31日火曜日のクソ暑い中、足も目も悪い母親を連れて呼び出されて、何を言われたか。その話しの大元が何なのか、それを知った時、リアルに吐き気が後から私を襲ってきた程、私はハラワタが煮えくり返る程、憤りがこみ上げてきてしまったのだった。
あれから、1か月近くになるが、今もって看護師連中は私をターゲットにしているのだ。

次回、その話しを書かせて頂きます。





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