さっさと書かなくちゃ、と思いつつ、その間にもクリニックでは、燃料投下されるような事態が多々あり、仲々書くに書けずに、季節は秋になってしまった。真夏に無理やりクリニックに呼び出された、その顛末を書き続けてきているが、季節も変わってしまいご覧頂いている多くの方々に、申し訳なかった気持ちと、ご覧頂き感謝しているという気持ちを先ずはお伝えしたいと思います。

さて、続きに戻ろうではないか。
石井が私に「何か言いたいことがあるんでしょ?」という感じに話を持ってきたんで、私は目をこんな酷い状態にさせられた事、その当時の千葉大医学部附属病院の眼科主治医が、「そちらの病院でカルタンの処方に関して、ご相談してください」と言われたので、私は平成19年にカルシウムが目に沈着し始めた時、ここのクリニックの当時の院長K医師と、副院長である荻野医師にそれぞれ、日を変えてどうすればいいのか相談という名目で、時間を作って貰って話したのだ。
両医師共に

「30年以上、透析をうちじゃあやってるが、カルタンで目にカルシウムが着いた患者なんて一人もいやしないんだよ!!!
「カルタンを30錠も40錠も1日に飲んでる患者ばかりだが、みんななんともないんだよ!!!



それが、その時、両医師から貰った返事だった。
私はどうすればいいのか。飲むならどのくらい飲めばいいのか。毎日飲まなくてはいけないのか。そういう話を応えて貰いたかったのだった。
それが、あの応えだった。
そして、
「あんたの為に、こんなに時間を使ったんだから、もういいだろう

と、話も半分くらいで荻野医師は席を立った。
院長だったK医師(数年前に引退した、隠居の身の老害)も話を、何故か自分の好きな読書の話しにすり替えて、ロシア文学は生涯のうちに一度は読むべきだ、と言いだした。(この医者は東大卒)
ロシア文学って・・・、今私はロシア文学の事で相談してるわけじゃあないんだけど、このジジイはぐらかすつもりバリバリじゃんか。さすが天下の東大出ただけあって、人を見下すというか、話の論点をすり替えるのにも、じいさまなのに頭動くわ。
このK医師は、ここの地元ではちょっとした有名な医師で、市内にある古くからある進学校を卒業し、最初は早稲田を受け、合格したのだが、どうしても東大の医学部に行きたい、という事で一年浪人をして受かった、というじいさまだ。
見た目は紳士的な医師ではあった。
だから、私が困っているので、助けてくれるものと信頼を寄せていたのだったが、見事に裏切られたわけだ。

あれから、数回。回診に週1回来ていた事があった。その時だ。
K医師は私に指さしをして、能面みたいに無表情な顔でこう言った。

「いつでも紹介状書いてやるから、いつでも好きなとこに行けばいい」
「いいね、いつでも紹介状は書けるから。いつでも好きなとこに行けばいいよ!」

そう、私がベッドにチューブで縛られているというのに、言い放って回診に回って来ていたのだ。


そういう話を、私は石井にザックリと話した。
石井は「じゃ、〇〇さんの言いたい事はそれだけなのね。じゃ、こちらが言いたい事を話させて貰います」と言いだした。
いや、私はそれだけが言いたい事では無いんですが。
きちんと謝罪して欲しいんですよ、謝罪。そして、私の目を返して頂きたいんですよ。
それを言おうとしたら、石井はすかさず、持っていたバインダーだかファイルだか、そんなものから、メモ用紙を取り出した。

そして、驚くことを言い始めたのだった!!!

これこそ、おまえら、マジでバカ?
そんな暇がナースステーションであるなら、
もっと、給料に見合った仕事しろよ!
この、ボケがカスが!!!

という感じの内容であったのだ。石井が読み上げたメモ用紙に書かれてあった事は、かな~り、変化球になり、歪曲され、半ば捏造もされた事柄であった。





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