そよ風

マスコミの偏向報道、教育の場での自虐史観授業等に日本の危機を感じています。
先人達が命をかけて築きあげてきたこの素晴らしい国、日本を失わないため、私達は行動します。
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よく見れば、行きは手ぶら、帰りは着ぶくれ両手に土産

過去記事(クリックで読めます)

収容された朝鮮、中国人に、なんと一日一人当たり米八合が支給された。


習志野収容所を、英国人宣教師や朝鮮人記者らが見学し、 その収容状況の素晴らしさに感激の声を上げていた。

保護された朝鮮人は感謝し、盆には声高らかに民謡を唱い喜んだ!

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よく見れば、行きは手ぶら、帰りは着ぶくれ、両手に土産


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(写真は
e_takaqu (@ETakaqu) / Xより引用)

習志野収容所といえば、「払い下げられた朝鮮人」(呉充功監督1986年)という映画では、朝鮮人が強制的に収容され、密かに連れ出されて殺害された収容所と言うことになっている。習志野収容所こそ、虐殺があった場所だ!というイメージが植付けられている。


しかし、写真が語る真実は実に興味深い。
左上の写真は、着の身着のままで、収容所に向かう人々。
右上は収容所から引き上げる人々の写真だ。

あれれ!何と言うことでしょう♪♪

手ぶらだった人々が、お帰りには、清潔そうな服を幾重にも重ね着し、両手に荷物を一杯持っているではありませんか〜。
それもそのはず、朝鮮人収容所には各地から慰問の品が続々と届いたのだ。

日本人はまだ食うや食わず、野宿や掘っ立て小屋で暮らしている者も多かった。
数年前、復興記念館では震災後の状況を描いた竹久夢二展があった。


「売るものをすべてなくした娘、殊に美しくうまれついた娘、最後のものまで売るであろう」

と書かれていて胸を打たれた。皆が、その日一日を生き延びるのに必死だったのだ。


私は、当時の日本が世界の標準に照らして特別野蛮で残酷な国であったとは思えない。むしろ未曾有の大災害をよくぞ見事に乗り越え、復興したものだと誇りに思う。
(文責・鈴木)

以下e_takaqu (@ETakaqu) / X様から引用させて頂きました。

e_takaqu
@ETakaquJun 4

写真51 「習志野から東京へ引き揚げる朝鮮人、頭に包帯しているものが多い」
行きも帰りも『鉢巻き』『帽子』姿であり「包帯」は誤認と思う。
行きは "手ぶら" ⇒ 帰りは "着膨れ、手に荷物"
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そよ風は政治的に盛った数字ではなく科学的な数字による慰霊祭を行いたいのです。

そよ風は政治的に盛った数字ではなく、科学的な数字による慰霊祭を行いたいのです。


そよ風は日本人がやってもいない「6000人虐殺の謝罪と賠償を求める慰霊祭」に疑義を呈しています。日本人として、東京都の碑の前で、政治的数字ではなく、科学的根拠に則った朝鮮人慰霊祭を行いたいと考えることは、それほど悪い事なのでしょうか。

「気に入らない主張は暴力を使ってでもで封じる」等と言うことがまかり通る日本にしてはならないと思います。
(文責・鈴木)

大事なことなので再掲します。ぜひお読み下さいませ。


遂に判明!「震災朝鮮人死亡者53名」の衝撃! その1


遂に判明!「震災朝鮮人死亡者53名」の衝撃! その2

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(伊東忠太設計・復興記念館)

東京都復興記念館で開かれている関東大震災犠牲者情報の特別展に行って来た。慰霊協会が所蔵していた関東大震災の死亡者調査票は、今まで、研究者や一部の人々にしか公開されていなかったが、この度、震災100周年で、38000名分のデーターベース化が行われ、公表されたのだ。



この展示で最も衝撃的だったことは、関東大震災死亡者調査票のなかで
「朝鮮人死亡者」が53名である、と判明したことだ。
(尚、展示物の撮影は禁止されているので、皆様、ぜひ足をお運び下さい。)

震災で亡くなられた方は全体で10万5千名とされ、今回、名前が判明した
3万8千名分の約2.76倍としても、その割合からして、朝鮮人死亡者は53名✕2.76=146名前後だったろうと推測できる。

多少の誤差があったとしても、同じ公園に建てられている朝鮮人追悼碑に書かれた被殺者6千名という数字が、いかに事実と乖離した、荒唐無稽の数字か、改めて証明されたと考える。

更に、この死亡者調査票では、
海外63名(朝鮮人53名、台湾2名、中国7名、アメリカ1名
という数字も判明した。

この数字からは、100年の時空を越え、歴史の真実を、精魂込めて書き残した永田秀次郎氏の魂が蘇ったかのようで、感動した。
前東京市長・永田秀次郎氏は、私財を投じ、震災死亡者の名前を調べ上げ、永遠に保存する形で高野山に葬った。
この展示会の、海外63名の数字は、外国人全体死亡者を、63✕2.76=約173名前後であると推測することも出来ることから、高野山にある、関東大震災慰霊堂前の説明板にある、「外国人200余人なり」の数字とも極めて近く、そよ風が、かねてより指摘して来た点と合致する。

過去記事→6000という数字はあまりにも先人を愚弄していませんか。


 高野山(奥の院)にある「関東大震災慰霊堂」「慰霊堂前の説明板」 

霊牌堂前に記されている説明板。

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死者の氏名を記すには、外国人も含めることにし、これに三年の調査を要した。震災の処置については深き責任を有する余の心中、永へ断腸の念に絶えざるは、全く人間の自然の心情に他ならざるなり。
永田秀次郎句碑 ぬかづけば 塚に息あり 法の露 

今回の展示の初めに、慰霊協会の理事長住𠮷泰男氏のご挨拶のパネルがあり「本展示によって震災死亡者の「数」だけではなく、死亡者の特性、被災状況などが分ります」と、書かれている。

正に、震災百年にして、漸く、当時のリアルな真実が目の前に現れた感がある。
慰霊協会の方にお聞きしたところによれば、手書きの調査票は紙の劣化や、くせ字、略字などが多く、判読にご苦労されたとのことだが、3万8千枚をデーターベース化して下さった8人の皆様には心から御礼を申し挙げたい。

さて、この「53名」の真実ついて、詳しく見ていこう。

そもそも、この震災死亡者調査票がなぜ作られたか。簡単に説明したい。

‥傾弔らの御下賜金1千万円(現代では約244、4億円・大正時代の1円=2444円・復興記念館パネル参考)を被災者個人に分配する案が閣議決定された。そのための調査でもあった。
続く
(文責・鈴木)
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北原糸子氏記者クラブ「生存者と死亡者」講演会資料より引用

東京都は一体誰の見方なのか

当ブログで何度もお伝えしているように我が国の政府は、一貫して、「虐殺の証拠を示す資料はない」との立場をとっている。これに真っ向から反対する立場に立っているのが東京都立横網町公園にある朝鮮人犠牲者碑だ。この碑を軸に国内、国外から朝鮮人虐殺被害者に謝罪と賠償をせよという運動が益々盛り上がって来た。群馬の森の朝鮮人碑が撤去され、慰安婦像運動などが下火になってきた今、次に日本を強請るのは、このネタにターゲットが絞られたのだろう。

そんな中でも、東京都は、「6000人虐殺碑」を必死で守ろうとしているとしか思えない。
一体、東京都は誰の見方なのだろうか。

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大切なことなので再掲します


令和五年10月27日のブログ記事

明確になった国と対立する東京都の碑


朝鮮新報によると、10月16日、朝鮮人6000人虐殺碑側の人々が、岸田総理大臣や
松村国家公安委員長宛に誓願書を提出した、という。提出したのは、今年、1月、関東大震災朝鮮人虐殺100年にむけて発足した、追悼事業実行委員会だ。(関東大震災朝鮮人虐殺100年、追悼事業実行委員会が発足 | 朝鮮新報 (chosonsinbo.com)

さて、誓願書は、概ね次のようだ。

▼虐殺犠牲者に対し、国の責任を認め謝罪すること、
虐殺の根本原因が朝鮮半島の植民地支配にあったことを認め、その清算を行うこと、
▼虐殺の実態を明らかにすること、
▼実態解明のためにすべての公的機関にある関係書類の調査を行うこと、
▼虐殺犠牲者への責任を果たすために、真相究明のためのプロジェクトチームを発足させること


その上で、
6千人以上の朝鮮人虐殺の前提として」「朝鮮への植民地支配という紛れもない事実に向き合い」「朝鮮人虐殺について、政府として謝罪すべき点は謝罪するのが当然だ」等と主張したという。

当ブログでは何度もお伝えしているとおり、国は一貫して、「虐殺の証拠を示す資料はない」との立場だ。一方、東京都の碑には「流言飛語により6000人虐殺があった」と書かれている。

つまり、この請願で、国と東京都の立場が、全く対立していることが明確になった。

国は、ないものはない、と言う立場。
東京都の記念碑は、6000人虐殺があったという立場。

しかし、東京都が、長年、政府に対立する碑を放置してきたことで、何が起きたか。

●秋篠宮両殿下御参列の慰霊祭が行われるすぐ目の前で、日本に敵対する北朝鮮傘下の朝鮮総連主催の集会が開かれ、スパイ容疑者である韓国国会議員が堂々と参加し、韓国で大問題になった。

10万5千人の御霊を安置する慰霊公園で、暴力的座り込みをする無法者が、大声で「帰れ帰れ」のシュプレヒコール。前代未聞の大騒動となり逮捕者まで出し、もはや、慰霊公園の役目を逸脱させてしまった。

●東京都は、自らの慰霊公園で、日本人を拉致して帰さず、ミサイルを日本海に向けて撃ち込むならず者国家・北朝鮮傘下の朝鮮総連が主催する慰霊祭を開催させ、そこで、
日本政府を批判する大政治集会を、支えてきた事が、結果的に明らかになった。

東京都は、日本政府の立場を危うくし、
日本の国益を損なう「6000人虐殺」碑を、一刻も早く撤去すべきだ。
(文責・鈴木)

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以下朝鮮新報より引用

 

〈関東大震災朝鮮人虐殺100年〉
追悼事業実行委、内閣府へ請願書を提出

2023年10月25日 12:19

“真相究明と謝罪は国の責任”

追悼事業実行委員会は16日、関東大震災時の朝鮮人虐殺犠牲者に対し、国の責任を認め謝罪することなどを求めた請願書を内閣府へ提出した。

「関東大震災朝鮮人虐殺100年―虐殺犠牲者の追悼と責任追及の行動」実行委員会(以下、実行委員会)は16日、関東大震災時の朝鮮人虐殺犠牲者に対し、国の責任を認め謝罪することなどを求めた請願書を内閣府へ提出した。提出は、内閣府本府庁舎で行われ、実行委員会事務局長の藤本泰成さん(フォーラム平和・人権・環境共同代表)をはじめとする関係者たちが参加。内閣府担当者が応対した。

岸田文雄内閣総理大臣、松村祥史国家公安委員会委員長宛の請願書では、▼虐殺犠牲者に対し、国の責任を認め謝罪すること、▼虐殺の根本原因が朝鮮半島の植民地支配にあったことを認め、その清算を行うこと、▼虐殺の実態を明らかにすること、▼実態解明のためにすべての公的機関にある関係書類の調査を行うこと、▼虐殺犠牲者への責任を果たすために、真相究明のためのプロジェクトチームを発足させること―を求めた。

つづいて参加者たちが順に発言した。

藤本泰成さんは、関東大震災から100年という節目にあたり、在日朝鮮人そして北南朝鮮の人々と共に過去の歴史を乗り越えるという趣旨で実行委を発足し、追悼集会など各種行事を企画してきたことに触れた。また6千人以上の朝鮮人虐殺の前提として、日本による朝鮮への植民地支配という紛れもない事実があり、それをどう捉え、乗り越えていくのかを軸に据え、実行委として活動してきたと述べながら、「関東大震災時の朝鮮人虐殺について実態を明らかにし、政府として謝罪すべき点は謝罪するのが当然だ。それを教訓に、東アジアの将来を作り上げていく必要がある」と訴えた。

留学同中央の宋知樺国際部長は、「日本政府や行政による歴史のわい曲、隠ぺい、矮小化など、100年の時を経てまでも、虐殺された朝鮮人の生きた証が否定されている現状がある」として、今年に入り、当時の朝鮮人虐殺の史実を否定するような立場を度々表明する日本政府を強く非難した。一方で、在日朝鮮人に対するヘイト犯罪や、朝鮮学校への制度的差別など、「国による差別が横行する現状は、自分が朝鮮人であることを名乗れない社会をつくっている」と強調。「100年以上にわたり、朝鮮民族が日本の植民地主義により迫害され続けている状況を今一度知るべきではないか」と国の姿勢を問いただした。

また総聯中央権利福祉局の陳吉相参事は「関東大震災時の朝鮮人大虐殺のような事件は、今後日本で絶対に起きてはならない。そのために再発防止策を立てるべきだ」と述べ、その前提として、当時の事実を認めるよう、いま一度強調した。

この日、内閣府へ提出された請願書は、今年9月1日、東京都中央区の銀座ブロッサムで実行委主催のもと行われた集会の場で採択されたもの。同集会には、日本国内のみならず、南朝鮮や米国から駆けつけた同胞と日本市民ら約800人が参加した。

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