そよ風

マスコミの偏向報道、教育の場での自虐史観授業等に日本の危機を感じています。
先人達が命をかけて築きあげてきたこの素晴らしい国、日本を失わないため、私達は行動します。
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東京都、さあ、どうする?!

ついに、アカデミックな論文によって、関東大震災時の朝鮮人の実態が明らかになろうとしている。今まで、東京都は、私達が、都の碑に記された、虐殺数6000人を否定する一次資料を携えて、何度も抗議に行ったが、頑として受け入れなかった。しかし、権威あるハーバード大教授の論文に、都は反論できるのだろうか。

それはさておき、実は、学術論文でなくても、その真実は簡単に証明できる。日本人は記録する民族。残された膨大な記録が語りかけてくる真実を、素直に受け止めればよいだけなのだ。

都立横網町公園の「6000人虐殺」碑の嘘を明らかにするのは、当時の東京市長、永田秀治郎氏が残した文章。

永田氏は、
山のように積まれた犠牲者のご遺体を、初めは市役所、区役所の職員を動員して一人ひとり氏名を確認していたが、猛暑で腐敗してきたため、止むを得ず市長の判断で、ご遺体の山にガソリンをかけ、合同荼毘にふさざるを得なかった。彼は、この時の、責任を果たせなかった断腸の思いを、生涯、心に刻み、市長を退任した後も、退職金全てを投じて高野山に震災霊牌堂を建立し、そこに三年掛かりで判明した氏名を書いて保存し、冥福を祈っている。




ぬかつけば塚に息あり法の露


この詩を添えて、永田氏が高野山に提出した願文が残されている。
その中に、彼は、敵味方問わず、全てを網羅して記す、と書いている。

( 余は山内に於て島津兵庫頭が三百年の昔朝鮮戦役後敵味方供養 の塔を建てたるに深く感動せるを以て死者の氏名を記すには日本 人たると否とを問はず總て之を網羅する事と為したり邦人五萬四千五百人外國人二百 人に達す)

彼が精魂込めて三年を費やし、名前を突止めた犠牲者数は、

日本人、54500人、外国人、200人。


彼は、各府県知事、各国大使、公使館に依頼し、各町村戸籍係に報告を求めるなど、徹底的な調査をした。これが、市長の名前で、100年前に、三年かけて調査出来た、精一杯の事だった。

その中で、外国人200人の名前が判明。

105000人とも言われる犠牲者の約半数の名前が判明したことから類推して、外国人犠牲者数を、倍としても、400人。これが外国人犠牲者の数だ。

一体、虐殺された6000人はどこの誰で、どうやって判明した、というのだろう。

100年前とは言え、日本政府は、朝鮮人の本土流入を厳しくチェックしていた。
6000人は、全員密入国者なのか。
日本人は、大災害の恐怖の中で、冷静に密入国者だけ選別して虐殺したというのか。

東京都は、かつての東京市のトップが徹底的に調査した数字と、6000人の乖離を、説明しなければならない時に来ている。

(文責・鈴木)

↓永田市長の切々たる文章を是非お読み下さい

(国立国会図書館資料)
 
一万年保存に就いて  大正15年10月
高野山震災霊牌堂建立願文
(昭和五年十一月九日 於高野山奥の院)  


茲に我が多年の心願を遂げて、高野山奥の院のほとりに関東大 震災霊牌堂の建立を見た事は、さながら我身の重荷を卸せし心地 せらる。  顧れば震災當事、我は東京市長として、日夜市役所内にあり、 親しく死傷者の惨状を目撃して其光景今尚眼底に新たなる思ひあ り、殊に数萬の屍を集めて、格別の法要も營まず、夜中一週間に 亘り之を焼き盡したるは、洵に止むを得ざる處置なりしとは云へ ど、心中に實に痛苦に堪えざりし所なり、當時高野山は直に慰問 団を組織して上京し、余を市役所に訪ひ死者の遺骨を頒たむ事を 求め、之を山内に埋めて厚く供養を行ひ、大阪市井上菊松氏の厚 意により、供養塔の建立を見るに至れり。  余は大正十四年春此地に詣で、偶々大門に近き観音の銅像に明和 の大火に於ける殃死者の姓氏を記せるを見て震災殃死者の氏名も 亦之に倣ひて其記録を遺骨と共に此塔下に埋めむ事を發願せり、 又余は山内に於て島津兵庫頭が三百年の昔朝鮮戦役後敵味方供養 の塔を建てたるに深く感動せるを以て死者の氏名を記すには日本 人たると否とを問はず總て之を網羅する事と為したり、然るに其 調査に當り、之を各府縣知事並に各國大使館公使館に依頼し、知 事は更に各町村戸籍吏に報告せしむる等、非常の手数を要し、之 が為に三年余を費すに至れり、其判明する数は閑院姫宮東久邇若 宮山階宮妃の三殿下を始め奉り、邦人五萬四千五百人外國人二百 人に達す、而して其記名せるものを永久に保存する方法として、 智恵の會の研究に従ひて第一にタイルに焼き付くる事と為し、其 圖案を東京美術學校に依頼し、其製作を余が郷里なる淡陶社に嘱 託せり、又第二に文書に認めたものを保存せむが為に用紙の製造 を内閣印刷局に依頼し、其保存の作業を東京電氣株式會社に依頼 せり、(中略)又埋蔵由來記は特に邦文英文エスペラント語の三様 の文字を用ゐ、英文翻訳は新渡戸稲造氏に依頼しエスペラントは エスペラント協會に依頼せり、斯くて約六ヶ年を經て漸く完結を 告げたるを以て之が埋蔵方法を武田五一氏に謀り其意見に従ひて 地下に深く埋蔵するの豫定を変更して此霊牌堂を造營するに到れ り、茲に此完成を見るに至りたるは高野山金剛峯寺を始め各関係 の諸士總て皆余が微意を理解し全く犠牲的に非常の興味と熱心を 以て之を翼成せしめられたるの結果に外ならずして余の最も感激 に堪えざる所なり。  噫當時を追想すれば死せる者も生ける者も皆唯天命に依るのみ、 余の如きも若し東京の震災が横濱の如く強烈なりしならば余は必 ずや市長室に於て即死を免れざりしならむ、而も市役所が三たび 焼かれむとして僅かに免れたるが如き全たく天祐と見るの外なし、 眞實に之を痛感し之を體験せる者にして始めて死者に對する同情 の愈々強く且深きを得べきなり、生者何の功徳かある、死者何の罪 業かある、親を慕ひ子を思ひつゝ萬斛の憾みを抱いて猛火黒煙の 裡に悶死し而も何人の屍とも知らずして丘と積み重ねられたる儘 に一片の煙となり行ける人々の霊魂は如何にして安らかなるを得べ きか、之が處置に就て深き責任を有する余の心中永へに断腸の念 に堪えざるは全く人間自然の眞情に外ならざるなり。  本年は三月に復興完成の式典を挙げ七月本所被服廠に於ける震 災記念堂の竣成供養を營み今又茲に此霊牌堂の建設を見るに至る、 而して圖らずも余は再び東京市長の職に就きて今日茲に諸士の霊 前に立つ、眞に無量の感慨に耐えざる所なり、高野の霊地白雲常 に去來して槇杉永へに緑なり、水の音、鳥の聲、環境愈々靜かにし て佛殿の冥護益々遍ねきものあらむ、希くは幽魂安らかに鎮まり瞑 らむ事を。  

ぬかつけば塚に息あり法の露   願主 永 田 秀 次 郎

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 高野山震災霊牌堂 霊牌堂は、京都帝国大学建築学科教授 武田五一氏の設計で、 戸次秀夫氏を監督とし、清水組が請け負い、1926年(大正 15年)に高野山奥の院に建立された。 名簿は当初、供養塔の地下に埋蔵する予定であったが、武 田氏の薦めで、湿気を避けるため霊牌堂(写真1)を建て保 存

万歳三唱にご参加下さいましてありがとうございました。

天皇陛下、61歳に 皇后さまと笑顔の写真 宮内庁 写真8枚 国際ニュース ...

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(日本国民党の皆様と一緒に)

昨日の天長節・「一緒に万歳いたしましょう!」行事にご参加頂いた皆様、心より御礼申し上げます。

武漢ウイルスを吹き飛ばせ!とばかりの剛風でしたが、天長節に相応しい蒼天でした。
2681年以上も天皇中心に紡いで来た日本に生まれた幸せに感謝と、皇室の弥栄を祈って、思いっきり、万歳三唱を致しました。

その後、一部の皆様と、赤坂御所前に移動し、天皇皇后両陛下のお帰りをお待ち申し挙げたところ、なんと、すぐ目の前をお通りになりました。そして、私達の為に、窓を開けて下さり、スピードを落として、マスクを外された両陛下が、にこやかにご会釈して下さいました。あまり間近だったためか、神々しくて、目から汗がでてしまいました。尚、天皇陛下が、赤坂御所で天長節をお迎えになるのは今年が最後となります。

文責・鈴木

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🎌奉祝天長節 天皇陛下万歳 皇室弥栄

🎌奉祝天長節 天皇陛下万歳 皇室弥栄
令和三年 二月二十三日 
天皇陛下におかせられましては
六十一歳のお誕生日をお迎えあそばされました。
国民の皆様は、国旗を掲げ
皇室の弥栄を祈念し、 お祝い申し上げましょう。

そよ風は十時から二重橋前で「天皇陛下万歳三唱」を行います。
皆様の参加をお願いします。(文責中田)




<天長節>
天皇の誕生日を祝った祝日。
その起源は中国の唐代、748年(天宝7)にさかのぼり、
玄宗皇帝が老子の「天地長久」の語に基づいて創始した。
天地とともに天子の寿命の限りないことを希(ねが)うという意味で、
日本では775年(宝亀6)光仁(こうにん)天皇が詔(みことのり)して、
自らの誕生日を祝したという記録がある。
1868年(明治1)古代の例に倣って復活し、
73年紀元節とともに国家の祝日となった。
当日宮中では祭儀と宴会が行われた。
第二次世界大戦後は「天皇誕生日」と改称された。

[酒井信彦]
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<宮内記者会代表質問> 

問1 新型コロナウイルスの感染拡大により,皇室の活動も制限され,天皇陛下が多くの国民と交流される機会が減りました。国民との直接のふれあいが難しい中,陛下は皇后さまとご進講を重ね,オンライン行幸啓を始めたほか,元日には国民に向けたビデオメッセージも公表されました。感染症の影響が長期化する中で,コロナ禍の天皇や皇室の在り方,今後のご活動の方針について,どのようにお考えでしょうか。新しい取り組みについてのご感想とともにお聞かせください。 
天皇陛下 

日本の歴史の中では,天変地異や疫病のまん延など困難な時期が幾度もありました。これまでの歴代天皇のご事せきをたどれば,天変地異等が続く不安定な世を鎮めたいとの思いを込めて奈良の大仏を作られた聖武天皇,疫病の収束を願って般若心経はんにやしんぎようを書写された平安時代の嵯峨天皇に始まり,戦国時代の後奈良天皇,正親町天皇など歴代の天皇はその時代時代にあって,国民に寄り添うべく,思いを受け継ぎ,自らができることを成すよう努めてこられました。

その精神は現代にも通じるものがあると思います。皇室の在り方や活動の基本は,国民の幸せを常に願って,国民と苦楽を共にすることだと思います。そして,時代の移り変わりや社会の変化に応じて,状況に対応した務めを考え,行動していくことが大切であり,その時代の皇室の役割であると考えております。

国民を思い,国民に寄り添う点で,災害で被災された方々,障害者や高齢者,あるいは社会や人々のために尽くしてこられている方々にも心を寄せ,ねぎらい,励ましていくことはとても大切なことです。それは,私と雅子二人の自然な気持ちであるとともに,皇室としての大事な務めであるとも思います。この1年は,コロナに翻弄されてきました。愛する方を失ったご家族やご友人のお悲しみはいかばかりであったことでしょう。心から哀悼の意を表します。また,コロナの閉塞感からでしょうか,自ら命を絶つ人が増えていることも極めて痛ましいことで,皆で何とか防がなくてはなりません。その一方で,強い使命感を持って医療に取り組んできた方々や保健所などで現場の対応に当たってきた関係者を始め,高齢者や障害者など,社会的に弱い立場にある人々を支えてきた関係者や,子供食堂のような,困難な状況に置かれた子供たちを支援してきた関係者など,多くの方々からお話を伺う機会を得,皆さんの有り難い尽力に思いをより深く致しました。このような方々に対し,国民の間で感謝の念を広く共有することができた1年となりました。 

このところ,新規感染者の数は,幸いにして全国的に減少傾向に転じているようです。また,新型コロナウイルスワクチンの接種も始まりました。今しばらく,国民の皆さんが痛みを分かち合い,協力し合いながら,コロナを忍耐強く乗り越える先に,明るい将来が開けることを心待ちにしております。

同時に,現在の状況を見ると,新型コロナウイルス感染症の影響により,多くの国民の皆さんと直接触れ合うことが極めて難しくなっていることを,私たち二人も残念に思っております。

このような状況の中で,人々とのつながりを築き,国民の皆さんの力になるために,私たちに何ができるかを考え,宮内庁とも相談して,オンラインでの交流の可能性が検討されました。昨年8月には「新型コロナウイルス感染症大流行下の水防災に関する国際オンライン会議」にお誘いを頂いて,オンラインで聴講し,会議後に,参加者の方々ともオンラインでお話ししてみたところ,臨場感があり,人と人とのつながりを肌で感じることができました。そこで,その後,更に検討を重ね,昨年秋以降,オンラインで日本赤十字社の医療現場,高齢者や障害者の仕事や活動の場,そして,今年に入ってからは,昨年7月の豪雨災害の被災市町村を訪問し,それぞれ,関係者の皆さんとお話をすることができました。

このオンライン訪問には,感染症対策としての利点以外にも,同時に複数の場所にいる人々に会うことや,中山間地域など通常では訪問が難しい場所でも訪問できるという利点があることを実感いたしました。

この1年は公務に様々な制約が生じ,例えば,新年の一般参賀を行うことも難しい状態でしたが,代わりに,ビデオメッセージで国民の皆さんに私たちの気持ちをお話しすることができたことも含め,オンラインによる活動に新たな可能性を見いだせたことは,大きな発見と言えます。    

地方を訪問する際の駅頭や沿道も含めて,現地で多くの方々と同じ体験を共有し,その土地,その土地の雰囲気を肌で感じるなど,実際の訪問でなければ成し得ない部分はあるものの,感染が収束しない現状では,オンラインは有効な手段と考えられます。オンラインには,オンラインなりの課題もあるでしょうが,引き続き,状況に応じた形で活用していきたいと思います。

問2 ご家族についてお尋ねします。皇后さまは療養が続く中でも,この1年多くの活動をされましたが,体調や様子について陛下はどのようにご覧になっていますか。愛子さまは今年で20歳になり,成年皇族の一員となられます。入学した学習院大学に通学できない中でのお過ごしようや父親としての向き合い方,将来の活動や結婚についてのお考えをお聞かせください。陛下は平成期,上皇さまと秋篠宮さまと定期的にお話する機会がありましたが,直接顔を合わせられない中でどのようにコミュニケーションをとられていますか。 
天皇陛下 

雅子は,新型コロナウイルス感染症の感染拡大による活動への制約などから,体調を整えにくくなっている面はありますが,種々の工夫や努力を重ねながら,幸いにして,昨年も諸行事や諸儀式を滞りなく務めることができました。特に,昨年の5月から6月にかけては初めての養蚕に取り組んだほか,11月には立皇嗣宣明の儀・朝見の儀を無事に終え,また,新年のビデオメッセージでは,一緒に国民の皆さんにご挨拶ができたことを良かったと思っております。

ただ,雅子はいまだ快復の途上にあり,体調には波があり,大きな行事の後には,疲れがしばらく残る傾向があります。これからも,無理をせずにできることを一つ一つ着実に積み重ねていってほしいと思います。また,雅子は私の日々の活動を支えてくれる大切な存在であるとともに,公私にわたり良き相談相手となってくれております。私も,今後ともできる限り雅子の力になり,支えていきたいと思っています。

国民の皆さんには,これまで雅子に温かく心を寄せていただいていることに,改めて感謝の気持ちをお伝えするとともに,引き続き雅子の快復を温かく見守っていただければ有り難く思います。 

昨年の4月から大学生になった愛子は,新型コロナウイルス感染症の影響により,オンラインでの授業が続いておりますが,昨年秋に初めて大学に登校した際に「大学では新しい知識を得たときに感じられる喜びを大切にしながら,様々なことに取り組んでいければと思っています」と語っていたように,大学での勉強に意欲的に取り組んでいることを私と雅子もうれしく思い,また,少し頼もしくなったように感じております。オンラインでの授業では,課題もかなり多く,愛子もその一つ一つに一生懸命に取り組んでおり,大変そうですが,授業を準備される先生方のご苦労も大きいものと思いました。私たちも,愛子がオンラインで授業を受けているのをそばで見る機会もありましたが,私たち自身も,新たな知見を得ることができたり,何か学生時代に戻ったような気持ちになりました。今後,どのような状況の大学生活になるかは分かりませんが,愛子には,有意義な学生生活を送ってもらいたいと願っております。

愛子は,普段時間のあるときには,屋外で運動も少ししたりしていますが,家の中で過ごす時間も長いので,私たち家族3人で楽しく団らんする時間を大切にしてくれています。また,早いもので今年の12月で成人を迎えます。愛子が誕生した時の会見でも申しましたが,孟子の言葉を参考にした「敬宮」「愛子」という名前には,人を敬い,人を愛してほしいという,私たちの願いが込められています。それは20年つ今でも変わっておりません。今後,成年皇族として公務に当たっていくことになりますが,感謝と思いやりの気持ちを持って,一つ一つの務めを大切に果たしていってもらいたいと思います。

そして,いろいろな方からたくさんのことを学び,自らの考えを深めていき,また,今まで以上に,様々な経験を積み重ねながら視野を広げていってほしいと願っています。その過程で,将来のことも含め,私たちで相談に乗れることは,できる限りしてあげたいと思います。

上皇陛下や秋篠宮と直接会う機会が減っていることは残念ですが,上皇陛下や秋篠宮とは適宜連絡を取るようにしております。ただし,詳細については,回答を控えたいと思います。

上皇陛下,上皇后陛下には,新型コロナウイルス感染症の感染拡大にお心を痛められつつ,日々を送っておられることと拝察いたします。どうかご無理をなさらず,お身体を大切に,末永くお健やかにお過ごしいただきますよう心よりお祈り申し上げます。

問3 秋篠宮さまの立皇嗣の礼が終わりました。陛下のご感想をお教えください。長女眞子さまは,小室圭さんとの結婚についてのお気持ちを公表した文書で「天皇皇后両陛下が私の気持ちを尊重して静かにお見守りくださっていることに,深く感謝申し上げております」と記されました。秋篠宮さまは結婚を認める考えを示されましたが,陛下はどのようにお考えですか。お二人の結婚に関して国民の間で様々な意見があることについて,どのように捉えていらっしゃいますか。 
天皇陛下 

延期されていた立皇嗣の礼関連の主要な諸行事が滞りなく終了したことに安しています。その立皇嗣宣明の儀において,秋篠宮は,「皇嗣としての責務に深く思いを致し,務を果たしてまいりたく存じます」と述べたことを心強く聞きました。

秋篠宮には,皇嗣として,その職務もますます重いものとなっていきますが,秋篠宮妃共々,身体に気を付けながら,務めを果たしていってもらいたいと思います。 

眞子内親王の結婚については,国民の間で様々な意見があることは私も承知しております。このことについては,眞子内親王が,ご両親とよく話し合い,秋篠宮が言ったように,多くの人が納得し喜んでくれる状況になることを願っております。

問4 現在,皇位継承は男性に限られていますが,長い歴史の中では女性が天皇になった事例もありました。一方,ヨーロッパの王室では近年,性別に関係なく長子を優先して継承する動きが広がっています。皇室の歴史や伝統と,世界的に進むジェンダー平等や女性の活躍推進の動きについて,陛下はどのようにお考えでしょうか。 
天皇陛下 

ご質問において言及されたようなヨーロッパの王室などにおける状況はよく承知しています。しかし,昨年も申し上げたとおり,制度に関わる事項について,私から言及することは控えたいと思います。

問5 この1年を振り返って印象に残った出来事についてお聞かせ下さい。間もなく東日本大震災から10年になります。陛下はこれまで皇后さまと被災地をたびたび訪問し,被災者に心を寄せてこられましたが,被災地の人々や復興への思いもあわせてお聞かせ下さい。 
天皇陛下 

この1年は,新型コロナウイルス感染症が猛威を振るいました。新年のビデオメッセージでも述べたとおり,私も雅子も,この感染症がなかなか収束しない状況を憂慮しております。

また,この感染症の感染拡大の影響により,特に,多くの可能性を持つ若い人々が苦境に陥っていることや,女性や若者の自殺や家庭内暴力・児童虐待などが増加していることなども危惧しております。

他方,この苦難に直面しての我が国の国民の忍耐力や強じんさに感銘を受けるとともに,この1年でとても多くの「感謝」の気持ちを感じたことも印象に残ったこととして挙げられます。

医療従事者の皆さんが,新型コロナウイルス感染症が流行し始めてからというもの,自らの感染の脅威にさらされながらも,強い使命感を持って,最前線で,昼夜を問わず,患者さんの命を救うために尽力いただいていることに心から感謝いたします。

また,保健所の方々など,患者を適切に医療現場につなぐべく,努力をしている方たちにも心からの感謝の気持ちを伝えたいと思います。

この1年,新型コロナウイルス感染症の様々な影響に苦しんでいる方々の思いや置かれている状況をより深く理解し,寄り添えればとの気持ちから,様々な分野の専門家や現場で対応に当たられている方々から,雅子と共にお話を伺ってきました。

高齢者や障害者,あるいは生活困窮者や生活困窮世帯の子供たちなどの現状について理解を深めるとともに,たくさんの方が,社会的に弱い立場にいる人々を支え,その命と暮らしを守るために力を尽くしていることを大変有り難く思いました。そのような方々が,自らも感染症による負担や苦労を強いられる中で,なおも大勢の他者のために尽くす姿に大変感心いたしました。

また,教育現場では,多くの学校行事が中止とならざるを得ない中,小学6年生たちが,自らプロジェクトチームを立ち上げ,様々な演出を凝らして思い出に残るイベントを作り上げた話や,地域で子供たちの学びを支えるボランティアが増え,例えばボランティアの皆さんが教室の消毒作業に協力してくれた話などを伺い,新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって様々な制約が課される中,子供たちのたくましさや人々の優しさを今まで以上に感じる話を聞くことができました。

長引く感染症の流行への対策を継続することは努力を要します。自らのできる範囲で感染の拡大防止に努める多くの皆さんに感謝いたします。親族・友人など親しい人との直接的な接触を避け,暮らしの隅々に注意を払う生活にはストレスを感じる方も多いと思います。皆さんお一人お一人が,人知れず続けている努力を多といたします。

英国で,歩行器の補助を必要としながらも,新型コロナウイルス感染症に対応する医療従事者を支援するため,100歳の誕生日までに自宅の庭を歩いて100往復する活動により多額の寄付金を集め「キャプテン・トム」の愛称で知られるようになったトム・ムーアさんの行動とムーアさんへの爵位授与,そして,今月,ムーアさんが新型コロナウイルス感染症で残念ながら亡くなった際に,多くの人がその死を悼み,功績をたたえて拍手を送ったことも深く印象に残りました。尽力する医療従事者を,自分のできる精一杯の努力で支援しようとする人を,更に無数の人々が優しく包むように応援する姿に感銘を受けました。ムーアさんは,生前「明日はきっとい日になる」との言葉を残しています。今は確かに困難な日々を送らざるを得ませんが,一人一人が自分にできる感染防止対策を根気強く続けることで「明日はい日になる」と私も信じ,そうなることを願わずにはいられません。

新型コロナウイルス感染症について,日本国内への影響を中心に述べてきましたが,昨年強い印象を受けたのは,この感染症が全世界的な広がりを持つものになっているということです。

先日,私は雅子と共に「国連水と衛生に関する諮問委員会(UNSGAB)」満了5周年のオンライン国際会議に参加しましたが,その場でも感染対策としての水の重要性が話題になりました。感染拡大防止対策として,我が国では,いわゆる三密回避,マスク着用と並んで手洗いが当然のこととして行われていますが,世界には,手洗いに適した衛生的な水が満足に得られない地域もあります。

また,世界では,特に発展途上国を中心に,新型コロナウイルス感染症以外でも,結核,マラリア,HIV/エイズ,エボラ出血熱など,様々な感染症が非常に多くの人命を奪っています。これらの感染症を克服するには,一国のみの努力では不十分であり,国際的な協力が不可欠であることを改めて認識させられています。

昨年は新型コロナウイルス感染症に加え,自然災害もありました。7月には,豪雨により,熊本県を中心に,多くの尊い命を失われたことが痛ましい記憶として刻み込まれています。気候変動由来と見られる自然災害の巨大化・広域化が懸念されます。

昨年は戦後75年でした。節目の年を迎え,戦争の悲惨さと平和の尊さを今後とも心に刻んでおかなければならないとの思いを新たにいたしました。また,先の大戦で世界で唯一の被爆地となった広島,長崎には永く心を寄せていきたいと思います。

明るい話題としては,昨年12月に,小惑星探査機はやぶさ2が,長期にわたる壮大なミッションの第一部をやり遂げたことにより,人々に夢をもたらしたという快挙がありました。はやぶさ2が持ち帰った成果がどのような発見につながるのか,私のみならず多くの人々が期待していると思います。

東日本大震災からもう10年がとうとしていますが,この震災が2万人を超える死者・行方不明者をもたらし,各地に甚大な被害を及ぼしたことは,今思い出しても胸が痛みます。

震災直後,岩手・宮城・福島各県へのお見舞いや首都圏に避難されてきた方々のお見舞いをさせていただき,その後も,雅子と一緒に被災地を何度か訪問して復興状況を見てまいりましたが,被災地ではまだ様々な問題が残っているように思います。

確かにインフラ面では再建が日々進んでいますが,ご家族など親しい方が亡くなられた方々,避難を余儀なくされ,家族や友達が離散してしまったり,生活環境が一変してしまった方々のことを考えると,震災からの傷がまだ癒えていないというような気がいたします。

つい最近の,今月13日には,マグニチュード7を超える地震が福島県沖においてありました。被災された皆様に心からお見舞いをお伝えいたします。報道では,10年前を思い出したとの声も多く聞かれました。未曽有の災害がもたらした被害の大きさが改めて思い起こされるとともに,東日本大震災については,過去のこととしてではなく,現在も続いていることとして考える必要があることを改めて感じました。

私も雅子も,今後とも被災地の方々の言葉に耳を傾け,被災された方々の力に少しでもなれるよう,被災地に永く心を寄せていきたいと思っています。そしてまた,機会があれば,10年を超す歳月を経た被災地を訪れてみたいと願っております。

<関連質問> 

問1 眞子様と小室さんの結婚の問題について,陛下は「多くの人が納得し喜んでくれる状況になることを願います」というふうに述べられました。そのためには何が必要とお考えになりますでしょうか。 
天皇陛下 

この件に関しましては,先ほど申し上げたこと以上のことは,今はお答えは差し控えさせていただきたいと思います。

問2 2問目の質問で愛子様の現在のご様子についてお伺いいたしましたが,愛子様の将来のご結婚については,陛下はどのようにお考えでしょうか。 
天皇陛下 

愛子は先ほども申しましたとおり,大学生活も始まったばかりですので,今後ともいろいろなことを学びながら,自分としての視野を広めていくことになると思います。私もその過程でいろいろなことを恐らく相談に乗ることと思いますので,結婚のことも含めて,いろいろ将来のことも話し合う機会というものがあるかと思います。

問3 一番最初の,新型コロナに関する質問の関連なんですけれども,昨秋以降,オンラインの活動を陛下も始められていましたが,それに至るまでですね,なかなか国民との直接の交流ができないという状況がずっと続いた中で,陛下自身ですね,もどかしい思いだったり,早く国民に会いに行きたいというかですね,そういったですね,危機感だったりですね,そういった思いを抱いたことはございましたでしょうか。 
天皇陛下 

現在の新型コロナウイルス感染症の感染状況では,三密を避ける,つまり人と人との交流というものが閉ざされてしまって,言ってみれば本当に日常生活が大きく変わったというふうに感じます。その中で,本当に一人一人が大変なご苦労をされていた現状では,やはり皆さんのことを,私も大変気になったわけですけれども,今は皆さんのところに会いに行くということ,お話をするということをしてはいけないことでありますので,国民の皆さん一人一人への思いを持ちながら,今,自分ができることはいったい何なんだろうかということを常に考えながら,日々を過ごしてきたように思います。その過程でもって,オンラインというものもいろいろ普及してきましたし,先ほどもお話ししましたように,水の関係の国際会議で実際にオンラインをやってみたところ,人と人とのつながりというものを肌で感じることができましたので,宮内庁ともいろいろ相談をしながらオンラインで,皆さんとつながっていくということを考えるに至ったわけです。ですから,オンラインはそれなりの課題というものも,先ほどお話ししたようにあると思いますけれども,これからはそういうものを使っていきたいというふうに思っております。



 

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