そよ風

マスコミの偏向報道、教育の場での自虐史観授業等に日本の危機を感じています。
先人達が命をかけて築きあげてきたこの素晴らしい国、日本を失わないため、私達は行動します。
そよ風 HP   Facebook

これでも朝鮮半島の文化を奪ったと言えるのですか?

日本は本当に半島の文化を奪ったのでしょうか?
群馬の森の朝鮮人碑の小冊子には、在日の方が、日本の
植民地支配は朝鮮人の言葉も名前も土地も何もかも奪い、
悲しい事ばかりだったと語る証言が多数載っています。
その中に、白い朝鮮服が禁止になり母親が朝鮮服を着て外出を
すると日本人から墨汁をかけられ悲しんでいた、という証言があり
ます。これらの証言が群馬県立公園に朝鮮人碑を建てさせた理由の
一つになったと言っても過言ではありません。
しかし、事実は全く違います。当時使われていた教科書には朝鮮服
の人々が載っていますし、さらに、当時の写真は我々に、多くの真実
を伝えてくれます。
これらには、朝鮮人が白い朝鮮服を着て堂々と写真に写っている
のです。いったいこれのどこが悲しい植民地支配なのでしょうか?
どうか皆様以下の写真と提供者の証言を拡散して下さい!

24991261_146734309305674_2187539133071605425_n
24993386_146735342638904_810455702972364960_n (1)
25151917_146734149305690_2724354009997922879_n
24991309_146735259305579_7172512550609018462_n
まるで富岡製糸場のように立派な建物!
25158356_146735545972217_4890233674580267167_n

但馬さんはじめ、但馬さんのお友達の方みなさんにお願いがあります。
この画像は、杉田水脈議員にも送ってあるものです。
祖父から聞き及んだ話しも含めて、私の代で喪失してしまう事に胸を
痛めており ます、次代に語り継いでゆく事も自分の一つの役目だと
思っております。この画像をみなさんに広めて頂きたく存じ上げます。
皆さま、どうかよろしくお願いします。

私の祖父が朝鮮 平壌で、紡績工場の今でいう技術者兼の部長クラス
で創業から 携わった会社の企業初年度の記念写真です。
祖父の話しでは、服装はそれぞれが自由で、朝鮮人男性はスーツを
気にいって着 用していたそうです。
一人 韓国服を着ている男性は、朝鮮人労働者を指導する部長待遇の
作業指導者
だそうです。
中には、中国系の人もいて、服装が違った人もいたそうです。
この中で、祖父が一番みすぼらしい格好ですね。
半島文化など、奪っていない事が明確に分かります。
日本語を学びたいとの事で、祖父はハーモニカを吹きながら、みなで
日本語の歌 を歌って勉強したと言ってました。
創業三年の写真もありますが、人も増え、虐待など無かった事を証明
するよう に、誰一人として顔などに傷も無ければ、痩せてガリガリな人
もいません。製品の生糸に、ノミやシラミ、抜け毛が混入しないように、
毎朝 櫛で髪の毛を 解いて、髪に椿油を塗っていたそうです。
お金になるからと、おもしろがって残業をしたそうですが、糸に汗が
付着すると 黄色く変色するので、仕事をやめさせては入浴をさせた
そうです。

人を大切にしていたそうです。
紡績工場なので、冬の最中には、労働者の家族で病気の人を招いて
お湯を利用 したお風呂で湯治をさせて休ませたりしたそうです。

そんな事もあり、敗戦直後のロシア侵攻時に脱出する時には、
この男性従業員達と、女工さん達の父親と男兄弟が総出で見つから
ないように箱 に詰めて、三十八度線を越えさせてくれ、釜山港まで
行けるように、乗り合いのトラックまで手配して下さったそうです。

この時に、ソウルまで来て買い出しをしていて、平壌へ戻れなくなった
人と、そ の後もハガキのやり取りをしていました。

保守系の方でも、暴力などがあったと言う人がいますが、肉体労働の
荒くれ者が集まる世界ならケンカはあったと思いますが、こうしてこの
写真を見れば、無用な暴力など無かった事は分かる筈です。

中山 進


(文責・鈴木)

平成29年天長節参賀へ一緒にいきませんか

午前の一般参賀のご様子
午前の一般参賀
午後の一般参賀(記帳)のご様子
午後の一般参賀(記帳)

平成29年の天長節に一緒に万歳しませんか。

時間:平成29年12月23日 9時

集合場所: 和田倉噴水公園の噴水の前


10時20分からの第1回目のお出ましに万歳三唱を
行いたいと思います。
本年は多くの人出が予想されますので時間厳守で
お願い致します。
尚、万歳が終わった後の食事会はありません。
その場で流れ解散、各自で各行事に参加して下さるよう
お願い致します。

新年の参賀の後に、そよ風新年会を兼ねた食事会を行います。
どうぞよろしくお願い致します。


時間厳守、連絡先 080−3704−6088 涼風
ーーーーーーーーーーー
以下宮内庁HPより 
項目内容
期日平成29年12月23日
参入門皇居正門(二重橋)
(午前9時30分〜午前11時20分)
退出門坂下門,桔梗門(ききょうもん),大手門,平川門,北桔橋門(きたはねばしもん)
お出まし(予定)天皇皇后両陛下,皇太子同妃両殿下,秋篠宮同妃両殿下,眞子内親王殿下
  • 第1回 午前10時20分頃
  • 第2回 午前11時頃
  • 第3回 午前11時40分頃
【午後の一般参賀(記帳)】
場所皇居内 宮内庁庁舎前 特設記帳所
参入門坂下門
(午後0時30分〜午後3時30分)
退出門桔梗門(ききょうもん),大手門,平川門,
北桔橋門(きたはねばしもん)(閉門:午後4時)



保育園に「落ちた」の保育園の素性

昨日、沖縄の保育園に米軍機から部品が落ちた、
という琉球新報の記事を載せました。記事によると、園長は
「園庭では子どもたちが遊んでいた。一歩間違えれば大変なことになる」
と恐怖を語った、
そうです。
この緑ヶ丘保育園は地図で見ると本当に基地のすぐそばにあります。
https://www.google.com/maps/place/%E3%80%92901-2203+%E6%B2%96%E7%B8%84%E7%9C%8C%E5%AE%9C%E9%87%8E%E6%B9%BE%E5%B8%82%E9%87%8E%E5%B5%A9%EF%BC%92%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%92%EF%BC%93%E2%88%92%EF%BC%91/@26.2925853,127.7554787,14.19z/data=!4m5!3m4!1s0x34e512cf760c7da1:0x588f72ad52413759!8m2!3d26.2866053!4d127.7796341?hl=ja-JP
私は、なぜ一刻も早く保育園を飛行ルートから離れたところに
移転しないのだろうかと思い、調べてみました。
ところが、
普天間基地は昭和20年(1945年)につくられました。
保育園は昭和39年(1964年)創立です。
あれれ!保育園は最初から大切な子供達を恐怖に晒すかもしれ
ない可能性を承知の上で建てられたということではありませんか。
そのせいか、この保育園のカリキュラムを見ると、毎月避難訓練が
あります。園長が恐怖を口にしながら、移転より毎月の避難訓練
を選んでいる複雑な事情がありそうです。
こんな恐怖にも拘らず移転しないのはいったいどんな意図が
あるのでしょうか?

さてこの保育園、普天間バプテスト教会付属です。
保育園ながら平和教育の時間があります。

で、その平和教育の教えを説いている大本の普天間バプテスト教会を
検索してみました。
やっぱりというか納得の基地反対運動を活発に行っています。
今回「落ちたといわれている部品」が、この教会の運動にたまたま
福音をもたらしたのかどうかは知る由もありませんが、
こんな歪んだ政治的事情の中で育つ幼児を気の毒だと思うのは
私だけでしょうか。




緑ヶ丘保育園 - 沖縄・宜野湾にある普天間バプテスト教会付属の保育所
http://www.futenmabap-church.com/nursery/index.html

当園は、普天間バプテスト教会付属保育園として
1964年4月に創立されました。

普天間バプテスト教会活動のお知らせ
http://www.futenmabap-church.com/info.html#katu2

お知らせ


普天間基地ゲート前でゴスペルを歌うかい

米軍基地を抱えるこの沖縄は、今年戦後70年、復帰43年が経過しようとするにも拘らず、基地から派生する事件事故が絶え間なく起き、常に命が危険に晒され人権が軽視され続けています。2012年のオスプレイ強行配備には、多くの県民が抗議の声を上げ、普天間基地ゲート前の座り込み、シュプレヒコールがなされました。この状況に“私も参加したい”と思っておられるキリスト者も少なくはないことでしょう。その思いを踏まえて、普天間基地ゲート前でゴスペルを歌い、抗議のかたちを表し続けています。

主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。(イザヤ書2章4節)

・運営委員・協力団体(呼びかけ人)

協力団体
沖縄キリスト教協議会、沖縄宣教研究所、沖縄キリスト教学院・平和研究所、日本聖公会沖縄教区、 日本キリスト教団沖縄教区宣教部/順不同
行動期間
第9期:2017年1月9日〜12月11日(毎週月曜日pm6:00-7:00)
 (普天間基地 野嵩ゲート前に集合)
※毎月第4金曜日は、「辺野古ゴスペル」 辺野古キャンプ・シュワブゲート前に午前10時集合!

・主催:「普天間基地ゲート前でゴスペルを歌う会」実行委員会

連絡先:098-894-0199(FAX兼)
「普天間基地ゲート前でゴスペルを歌う会」ブログへのアクセス :http://futenmagospel.ti-da.net/

教会の活動紹介

2014年7月6日「平和学習〜辺野古・高江の旅」

辺野古、高江に行ってきました。命を奪う軍事基地建設に”NO”の思いを新たにさせられて、連帯の思い、平和の祈りを捧げてきました。「剣を鋤に、槍を鎌に。もはや戦いを学ばない。」
(イザヤ書2:4)

  • 辺野古テント村にて

  • 高江の座り込みの方々から説明を受ける

  • カフェ山瓶(高江)にて



「オスプレイ配備に反対する県民大会」参加(2012.9.9)

教会の意思表示として参加しました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

平和への取り組み

アメリカ軍普天間基地に隣接するわたしたちの教会は、平和問題への取り組みを、その宣教活動のひとつに位置づけています。80年代に定着した「平和学習」は、現在もつづいています。沖縄の平和月間は8月だけではなく、沖縄戦が終結した6月から始まります。6月は沖縄の人々が平和への決意を新たにする時です。わたしたちの教会も、この時期、社会の動きに連動して、信仰者としての平和のあり方を問い直します。牧師はこの時期に平和のメッセージを説きます。平和問題が現況と重ね合わせて信徒に問題提起されるのです。それに教会学校も合流して、平和学習が実施されます。

平和学習では戦跡めぐりや、ゆかりの施設に実際に出かけました。なかでも「ガマ」と呼ばれる避難壕となった洞窟での体験は強烈な印象を残しています。施設では南部の糸満にある「沖縄平和祈念資料館」やひめゆり学徒隊終焉の地にある「ひめゆり平和資料館」、ほかには伊江島の阿波根昌鴻さんゆかりの土地に建つ「わびあいの里」などを訪ねました。

1992年 6月
平和学習会、韓国人慰霊碑・魂魄の塔を訪ねる。
1991年 6月
平和学習会、ひめゆり資料館見学。
1990年 1月
反靖国連絡会主催「大嘗祭どうなる?」集会、当教会で行われる。
1987年 6月
「人間の輪・嘉手納基地包囲」に参加。そのあと読谷チビチリガマ見学。
1985年 6月
慰霊の日に因み平和学習、南風原の戦跡を訪ねる。以後、教会学校との合同による平和学習が教会年行事として定着。

(文責・鈴木)

最新コメント
記事検索
  • ライブドアブログ