ネットから拾った記事ですがNHK高校歴史講座が

あまりにも酷いというのです。

貼り付けられていた教科書をみてください。

魚拓>http://megalodon.jp/2012-0204-2230-56/www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/archive/resume036.html


誤りだらけ!

歴史って、本当はおもしろいものでしょ。

歴史を学べば学ぶほど、

今の日本を勝ち得た先人の凄さを知って

胸がワクワクするものでしょ。

なんてったって、日本は皇紀2672年の長い歴史があるんです。

限られた時間の中で、日本の素晴らしい歴史の

どこから教えてもらおうかと迷うくらいです。

この奇跡的な国日本に生まれた子供達は

自分達の国の歴史を知って誇りをもつ権利があるでしょ。

それに、日本の子供達に、そのくらいの贅沢な時を

持たせてやりたいと思いませんか。

この贅沢な時間を過ごせないから、日本人が

みみっちくいじけて、主張できない人間になってしまうと思うけどな。

ところが、日本では「日本が悪い国」としたい歴史教育が

主流なんですよね。

この朝鮮の部分なんかはその肝なんでしょうね。

大切な日本の高校生の教育で、朝鮮人の立場に立った

捏造歴史教育に延々と時間を割くなんて、全く、どこまで、

日本は病膏肓国家になってしまったのでしょう。

嘘を教えられる日本人の子供達が哀れです。

植民地支配?

ふざけるな!植民地支配の定義を言ってみなさい!

言語、出版の自由を認めない?

大量の米を日本に運んだ?

多くの貧しい農民が粗末な小屋で不安定な暮らしを強いられました?

アホらしくていちいち反論する気にもなれません。

このブログをお読みの方は、素晴らしく衝撃的な

併合前の朝鮮の実態写真等は常識ですよね。

古典的なこれとか↓





そしてお約束の慰安婦!!

どうしても言いたいなら、売春婦と言いなさいよ!

こんなデタラメ言っても良いなら私でも先生になれるわ!

でも、この先生、確信犯ですね、

主語を巧みに隠してますね、さすがに「軍」が、

とは書けないんですね。印象操作ってやつね。

その前の 
1930年ごろ、「文化政治」に移行して

人口70万を数える大都市に成長しました


というところも、人口が増え大都市になったのは誰のお陰?

とつっこみをいれたくなるところですが、

朝鮮人が抗日運動を起こしていたことを

忘れてはなりませんと
結論づけています。

これってまさに思想教育でしょ!

NHKよ!受信料不払いが劇的に増加している今こそ

反日左翼を追い出せ!

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NHK高校生講座

617 :可愛い奥様:2012/02/04(土) 22:39:38.94 ID:4IoSDkUv0
高校講座HOME >> 世界史 >> 第36回 朝鮮半島の20世紀 〜開国から南北分断へ〜
第36回  朝鮮半島の20世紀 〜開国から南北分断へ〜
講師:フェリス女学院大学教授 並木 真人
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/archive/resume036.html
魚拓>http://megalodon.jp/2012-0204-2230-56/www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/archive/resume036.html

並木真人=朝鮮の歴史観 - Wikipediaによると…左巻き筆頭教授

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以下NHK高校歴史講座教科書から抜粋

日本の植民地支配
朝鮮総督府の統治政策1930年頃のソウル洋服を着る人

朝鮮総督府は、陸軍大将や海軍大将など軍人の総督を頂点とする体制で、軍隊と警察の力を使って、人々の暮らしを厳しく統制しました。この時代の統治は、武力を背景にしていたので「武断統治」と言われます。
統治政策の主な内容を見てみましょう。

・言語・出版・集会の自由を認めない


朝鮮半島の人々の言論・出版・集会の自由は、認められませんでした。
違反する者は、厳しい取り締まりの対象となりました。

・日本語習得、天皇への忠誠を求める同化教育


朝鮮半島の子どもたちに対しては、日本語の習得を義務づけ、

天皇への忠誠を求める同化教育を行ないました。

・土地調査事業(土地所有制度の近代化)


この時期、朝鮮総督府は土地調査事業を実施し、土地所有制度の近代化を図りました。すべての土地について所有者を確定し、地価を定めて税金徴収の基礎にしようとしたのです。
その際に、所有者が不明確であると判断された広大な農地や山林が国有地として没収され、日本人の植民者や日本の企業に貸し付けられたり、譲渡されたりしました
・米の増産(日本への原料・食料供給)

朝鮮半島を日本の資本主義発展のための、

原料と食糧の供給地に改編しようとしました。

とりわけ、米の増産には力を入れ、

大量の米を日本に運びました。

この米の増産政策は、1920年代に入ると、いっそう盛んになります。

こうした政策(武断統治)は1919年まで、およそ10年間続きました。
1919年3月から4月にかけて、「三・一独立運動」という運動が、朝鮮半島の各地で起きました。
発端は、3月1日、現在のソウルに宗教代表者たちが集まり、独立宣言書を読み上げたことです。その後、民衆のデモ行進、就業拒否、学生のストライキ、商店の閉店などが行なわれました。それに対し朝鮮総督府は、多くの軍隊・警察などを動員し、武力によってようやく鎮圧しました。
しかし、日本はこれ以後、言論・文化・経済活動などに一定の自由を認める「文化政治」と呼ばれる新しい統治の方式を採用し、支配を安定させようとしました。

1930年ごろ、「文化政治」に移行して10年ほど経ったころのソウル(当時は「京城」)は、1930年代の後半には、人口70万を数える大都市に成長しました。道路が拡げられ、路面電車が運行され、自動車や自転車が行きかうようになりました。この時期には、洋服を着てデパートやレストランに行くなど、近代的な生活を楽しむ人々も現れました。

しかし一方では、都市の周辺部には農村などから

多くの貧しい民衆が流入し、粗末な小屋で

不安定な暮らしを営むことを強いられていました。

また、「文化政治」による支配の安定を求める朝鮮総督府の意図に反して

、朝鮮の人々がなおも、繰り返し独立運動・

抗日運動を試みていたことも忘れてはなりません。

1931年の満州事変以降、朝鮮半島は日本の大陸政策のための重要な拠点となりました。北部を中心に工業化が進み、戦争に必要な物資などが朝鮮半島で生産されました。そして、1937年に日中戦争が始まり、アジア太平洋戦争に発展すると、朝鮮半島の民衆もさまざまな形で戦争に動員されるようになっていきました。

    戦時下の朝鮮
    水豊ダム日本語の強要学徒勤労動員・女子挺身勤労令

    戦時中の朝鮮について、昔の「日本ニュース」の映像を見ていきましょう。
    中国と北朝鮮との国境にある水豊ダムは、1941年に完成しました。 当時、世界最大級の発電量を有し、朝鮮及び南満州に電力を供給しました。これは、日本が進めていた朝鮮北部の工業化に、大きく貢献しました。
    ダム本体は、60年以上経った現在も稼動しているといわれます。

    日中戦争から太平洋戦争へと続く戦時下、日本政府は、朝鮮の人々を天皇の臣民として戦争に動員しました。そのための政策を、「皇民化」政策といいます。
    たとえば、各地に日本式の神社が建てられ、そこに参拝することが求められました。
    また、戸籍制度を日本とほぼ同じ形にする「創氏改名」が行なわれました。このとき、多くの人々が、名前を日本風に改めたのです。そして

    「国語は戦力だ」
    として、


    学校での日本語教育が徹底されました。

    1938年から、朝鮮では志願兵制度が採用されていましたが、1943年に徴兵制がしかれました。
    戦争末期には、朝鮮の人々にも参政権が与えられましたが、選挙は結局実現しませんでした。
    戦争が長期化して日本の労働力が不足すると、多くの朝鮮人が強制的に動員され、日本の炭鉱や工場、土木工事現場などで働かされました。

    1944年には「学徒勤労動員」「女子挺身勤労令」が実施されました。
    多くの学生や女性が軍需工場などに勤労動員された他、

    慰安婦として戦地の慰安施設に

    送られた女性
    もいました。

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