↑(2:27分くらいからご覧ください)


3年半停滞した教育再生、さあ前進全速!



日時 平成25年2月3日(日) 午後12:30
  
会場 靖国会館2階(東京九段靖国神社境内、遊就館左側)

1部 元文部科学大臣 中山成彬 「何度でも言う『日教組は癌だ!』」

2部 パネルディスカッション「教育再生への道筋」
   
国会議員 中山成彬 衆-宮崎 田沼隆志 衆-千葉
   地方議員 松浦芳子杉並区議  伊勢田正幸富士見市議 
        織田京子鴻巣市議 鈴木松蔵久喜市議
        柴山一生犬山市議(愛知県)
   司 会  三輪和雄日本世論の会会長
   主催      NPO法人教育再生地方議員百人と市民の会 

この集会で劈頭5分間 村田春樹氏が話していますが

上の動画の概略を文字起こししたものです。↓

「村田春樹、国民を代表し、元文部大臣に一般質問を行います。

中山先生にあえて本当に嬉しい。

「先生にお尻を向けない」と叫ぶものあり。

1月28日に国会が召集されました。誰が召集したんでしょう。

天皇陛下ですよ。召集の召の字は手偏が付かない方です。


手偏の付く招集は市長が市会議員を招集したり、

PTAの役員を招集したり、

自治会の役員会を招集する場合です。

手偏の着かない召集は2つしかない。

1つは予備役の軍人を戦争になったときに


戦線復帰させるために召集する場合、


召集令状というでしょう。

もう1つは国会議員の召集です。これしかないんです。

ですから共産党や社民党の議員も詔書に基いて

国会に来ているんですよ。


当選したから「オレ国会に行くぞ!」と大手を振って

いけるわけではないんです。

◇ 詔書、日本国憲法第7条、ならびに国会法第1条、

および第2項の3によって平成25年1月28日に


国会の通常会を東京に召集する。御名御璽。

この御名御璽によって国会議員になるんですよ。

バッチを付けれることになるんですよ。

ですから、国会の正門前に御料車がお着きになったときに


お出迎えに出て当たり前なんですよ。

来ねえ奴はクビだ。開会式に出席しない議員がいる。

そんな奴は資格剥奪だ。

昭和12年の有名な戦時歌謡で「出征兵士を送る歌」と言うのが

あったでしょ。「♪わが大君に召されたる。命・・」国会議員は

大君に召されて国会議員になるんですよ。

そうでしょ。御名御璽にしたがって国会に来るんだから。

そして国会の事務総長が(陛下を)お出迎えになって、

ご休憩所で陛下はお休みになる。

それから衆議院議長の先導で、後ろに宮内庁役人を

ゾロゾロ引き連れて、国会の参議院本会議室に入られる。

その瞬間に全員が起立する。


それから陛下は静々と玉座に上られる。

そして議長席のはるか上の玉座に上られ詔書を読まれる。

そのとき陛下が玉座を背にして立たれる。

その瞬間にどうして国会議員が国歌君が代を歌わないんですか。

私は理解できない。国権の最高機関で、日の丸があり、

国会で陛下御自らが目の前にいらっしゃって、

国歌を歌うべきだと私思います。

国会議員の中で一回も君が代を歌ったことのない奴が


いるはずなんだよ。


中山先生、先頭きってやっていただきたい。」

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日本人なら 


鎮魂式(慰霊祭)に参列しよう!



昭和15年戦闘機事故根絶を願い自ら人柱となり


殉国された22歳の乙女の鎮魂式



戦後始めて挙行されます。
  
多くの愛国者のご参列をお待ち申しあげます。
  

【日時】 平成25年4月13日(土)午前10時30分


常磐線「土浦駅」集合(終了後直会)

  

【場所】 ホテルマロウド筑波及び陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地広報館
  
【参加費】3,000円  
  
【主催】 「空の女神 藤田多美子鎮魂行事実行委員会」
       
地元郷友連盟及び隊友会
  
【後援】 産経新聞水戸支局
   
当日は陸自関係者による軍歌奉唱等もあり

感動的な式典になります。
   
参列希望の方はおよび賛助のみご希望の方は


下記へご連絡下さい。
   
詳細をお知らせ申しあげます。
  
【連絡先】  村田春樹
    

haruki07@guitar.ocn.ne.jp 


fax049-237-6217 


7搬090-7055-2500


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以下産経新聞より引用


「大空の女神」67年ぶりに胸像安置を計画 


作家と元韓国軍大佐が奔走


2012.8.14 22:13

 
昭和15年、水戸陸軍航空通信学校(現・水戸市住吉町)の井戸に身を投げ、相次ぐ戦闘機事故の根絶を願った若い女性の胸像に再び光を当てるため、関係者が動き出した。戦時中は「大空の女神」とたたえられたが、戦後、胸像の存在は忘れられていた。乙女の遺志を後世に伝えるため、自衛隊施設に安置する計画が進んでいる。

 藤田多美子さん=当時(22)=が、自宅近くの同校井戸で身を投げ、命を絶ったのは15年11月28日。

 「身は壌土と化するとも魂はかならず永(とこ)しへに、この地にとどまり大空翔ける皆々様の御武運をお守りいたす事で御座(ござ)いませう」

 遺書には自らを人柱にして空の安全を祈る強い思いがつづられていた。

 藤田さんは同年2月、市内で墜落事故を目撃。いとこが所沢陸軍飛行学校(埼玉県)に入学しており、事故が絶えないことも聞いていた。

 藤田さんの行動は美談としてたたえられ、地元有志らにより水戸陸軍航空通信学校内に胸像と歌碑、堂が建立された。だが、戦後は連合国軍総司令部(GHQ)によって堂が取り壊され、胸像などは農家の納屋に放置。その後、遺族が引き取り、自宅に保管していた

 長く忘れ去られていた美談に目を留めたのが、作家の拳骨(げんこつ)拓史氏(35)。拳骨氏は、防衛問題の専門紙「朝雲新聞」の記事で「せめて、自衛隊の飛行場の見えるところに置いてやりたい」という藤田さんの父親の思いなどを知り、「胸像は今どうなっているのか」と行方を追った。

 遺族にたどり着いたのは昨年12月、韓国空軍元大佐の崔(さい)三然(さんぜん)氏(84)の講演会で、崔氏が水戸陸軍航空通信学校出身ということを知ったことがきっかけ。崔氏は「飛行の安全のために身を投げ捨てた。われわれの空の女神です」と藤田さんのことを覚えていた。

 胸像は空き家となった藤田さんの生家の和室に、歌碑は庭にまつられていた。「本来ならば国が安置しなければならないが、遺族がよく守ってくださった」と陸軍伍長として終戦を迎えた崔氏。2人は遺族の理解を得て国の施設で安置してもらうことを検討。陸上自衛隊霞ケ浦駐屯地(茨城県土浦市)と交渉を進めている。

 拳骨氏は「国のために殉じた人は等しく尊敬されなければならない。藤田さんの遺志を伝え、鎮魂してもらいたい」と話している。(今仲信博)

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青山さんのアンカー



http://www.youtube.com/watch?v=UM_Qol1sp6I
<http://www.youtube.com/watch?v=UM_Qol1sp6I&feature=player_embedded>
&feature=player_embedded

B

http://www.youtube.com/watch?v=apGgC6PXGQg
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&feature=player_embedded

C
http://www.youtube.com/watch?v=1eyJ_jmUZYU
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D
http://www.youtube.com/watch?v=j6oYVhwQ_oE
<http://www.youtube.com/watch?v=j6oYVhwQ_oE&feature=player_embedded>
&feature=player_embedded

E

http://www.youtube.com/watch?v=rsTcsVnwbrc
<http://www.youtube.com/watch?v=rsTcsVnwbrc&feature=player_embedded>