朝鮮人追悼碑は
教養施設として建てられた!

マレーシアで北朝鮮の金正男氏が殺害されました。

独裁政権に都合の悪い者は、外国で隠れるように生活していようとも、
見つけ出され、容赦なく抹殺される。
これで、北朝鮮は、非文明国のような恐ろしい暗黒社会であることを
露呈してしまいました。
しかし、私達にとってもっと恐ろしいのは、この日本に、その独裁者を
礼賛し、その暗黒社会を日本よりもすばらしいと讃え、その価値観を、
日本に植え付けようとしている人々がいる事ではないでしょうか。

私達の、書類開示請求で判明したことによると、なんと、都立横網町
公園にある関東大震災朝鮮人追悼碑は、昭和48年に、
都民の教養施設として、寄付申請が受理されていたのです。

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追悼碑が教養施設だったことを示す上の書類こそ、群馬を始め、
日本全国にある反日碑の正体を示す証拠ではないでしょうか。
教養施設という事は、すなわち、碑によって、日本人の教養を
形成しようとした事に他なりません。
もっと言えば、朝鮮人追悼碑は、日本人に、贖罪意識を植え込む道具
だったという証拠とも言えるのではないでしょうか。

この書類に押印した当時の美濃部都知事は、碑が建てられる二年前に、
独裁国家の北朝鮮を訪れて金日成に会い、『金日成の素晴らしい業績を
日本に紹介し是非持ち帰りたい、日本の都政の為にも役立てたい
』と
語っています。
その美濃部氏率いる革新都政の下、社会党議員、進歩的言論人、
在日等に都合の良い教養を、日本人に授けるために建てられたのが、
都立公園の朝鮮人追悼碑だったのです。

この碑は、議会にも諮られず、当時の主要新聞にも、この碑の建設を
報道した記事が見つからないほど、いつの間にか、建てられました。
日本人の知らない間に、朝鮮人追悼碑が都立横網町公園の一等地に、
鎮座ましまし、以来、40年間、毎年、追悼集会という名で、都知事や
墨田区長の挨拶文を読み上げながら日本人がやってもいない
6000人虐殺という数字と偏見による日本人蔑視の教養を、
日本人に刷り込む集会が行われて来たといっても過言ではありません。
この碑について都議会自民党古賀俊昭議員は委員会で取り上げて
下さいました。
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/2017-01-23.html
それによると、大正九年の国勢調査では、国籍民籍別人口のうちの
朝鮮人の人口は、東京府、埼玉、千葉、神奈川県に3385人だったという。
いったい、3300人しかいない朝鮮人を
どうやって6000人虐殺できるというのでしょうか。

その質問に対して、東京都の指導部長は、諸説以外にもさまざまな説が
あると認識していると答えている。

ならば、東京都に問いたい。
私達が、日本人が、未曽有の大震災の中でも、朝鮮人を収容、保護し、
朝鮮人に感謝された事、帰国できるように軍艦まで手配したがそれでも
多くの朝鮮人が帰国せず、日本で働いていた事など記する、教養施設を
立てる事を申請すれば、都は、許可するのだろうか。

恐らく、これは、許されない事でしょう。
今、私達が、街宣を行えば、碑を建てた人々側から盗撮男女が
やって来るし、講演会会場には抗議を送りつけられ、脅しの電話、投稿、
等々、暴力で我々の活動を封じようとする圧力がかかります。
この日本には、独裁政治の教えを礼賛し、その国を尊敬する人々が、
いて、あまつさえ、日本のあらゆる世界の権力と結びついているという
現実があるのです。
その独裁政治の帰結が金正男氏抹殺という事態に陥っても、未だに、
なんら、反省の声明を発するでもない人々。
そういう人達とそれに協力する多くの議員や知識人、役人。
金正男氏の抹殺は他人事ではありません。