さて、私は新潟県在住なのですが…
「強制労働和解の碑、新潟で除幕 十日町、遺族ら焼香 2016.11.16」
は全く論拠のないデタラメらしく、十日町役場に問い合わせたところ、
1ヵ月も回答を遅延させた挙句、「そのような事実は把握しておりません。
ご理解とご協力をお願いします」というわけのわからない回答が返って
来ました。 「論拠もないのに理解できるわけがないだろう」と返したら、
今のところ返信はありません。 深刻な事態です。
市議会や町役場に至るまで、かなり腐っているようです。
そして地域住民の方々は一体何をやっているのでしょう?
このような捏造石碑は断固撤去しなければなりません。
そして、このような足元からの中国からの侵略行為に、我々は立ち向か
わなければなりません。

以上は、当ブログに寄せられた野垂れ者様の投稿から取り上げさせて
頂きました。私共も、この様な反日碑が、いつの間にか次々と、建てられ
ている事に、大変危機感を抱いております。
当ブログでも、北海道の東川町に建てられた所謂中国人強制連行碑
について取り上げております
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51874921.html

的場光昭氏の調査によると、東川町の碑には
「1944年(昭和19年)9月から」と記されており、
外務省の公式資料によると東川町へ強制連行されたのは
華北労工協会扱いによる訓練生である。
訓練生とは八路軍(共産党軍)の捕虜・帰順兵・武装盗賊団
・囚人である。
さらに、東川町の町史等には、華人捕虜、中国人捕虜と
明記されている。
「88名の中国烈士とは即刻88名の捕虜及び囚人
と書き改めなければならない」(以上月刊正論より)とのこと。
今の時点で私共が言える事は、碑文や、あちら側の主張している文献等
と地元誌、外務省資料、社史等と双方を丹念に追っていけば必ず、
矛盾点が出てくるのではないかと推測します。
碑文の中で科学的に事実でない箇所が判明すれば、碑の目的が
追悼ではない事が見えてくると思います。
そして、碑の主張が、私達日本人の良い所は無視して、悪い事をした
事を強調する歴史観の押し付けだと、分かって来ると、
碑を建てた勢力の正体も、自ずと見えてきます。


その前に、大前提として、平成五年五月十一日(火曜日)の第百二十六回
国会厚生委員会 第九号で、政府側答弁があります。


「当時の状況から日本に来られた多くの中国人労働者が不幸な状態に
陥ったということは遺憾と考えるわけでございますけれども、我が国政府と
いたしましては、戦争に係る日中間の請求権の問題は一九七二年の
日中共同声明発出後は存在しないという立場でございます。」

と政府は回答しています。(下記*を参照)
つまり、
千九百七十二年(昭和四十七年)九月二十九日に北京で
日本国内閣総理大臣田中角栄と中華人民共和国国務院総理周恩来
とで、署
名・発表された















(日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明)の第五条
中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、
日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。


が厳然と存在しています。
問題は、最終的に解決している事を無視して、わざわざ中国人に
被害者利権を教え、自分達の政治的目論みに利用する国内勢力が
いる事ではないでしょうか。
そよ風は、事実でない事で、日本人を貶め、日本から謝罪と賠償を
求めようとする勢力が許せません。
未来の子供達の為に断固戦ってまいりますので、皆様もぜひ抗議の
声を共に挙げて頂きたいと存じます。


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*第126回国会 厚生委員会 第9号
 平成五年五月十一日(火曜日)
    午前十時開会

国務大臣 厚 生 大 臣  丹羽 雄哉君

○栗原君子君

 実は、一九四二年、昭和十七年でございますけれども、「華人労務者内地移入二関スル作」というものを閣議決定いたしております。これに基づきまして中国人の強制連行を行ったという事実がございます。このことにつきまして、どの程度政府の方では把握をしていらっしゃるものか、お伺いいたします。
○説明員(小島誠二君) お答え申し上げます。
 先ほど御指摘の昭和十七年十一月の閣議決定でございますけれども、その趣旨は、当時の国内の労働力不足を背景に、中国人労働者の移入を目的として行われたものというふうに承知しております。
 これによりますれば、中国人労働者の移入は契約に基づき行われることとなっているわけでございます。しかしながら、当時の詳しい事情については明らかではございません。当時の状況から日本に来られた多くの中国人労働者が不幸な状態に陥ったということは遺憾と考えるわけでございますけれども、我が国政府といたしましては、戦争に係る日中間の請求権の問題は一九七二年の日中共同声明発出後は存在しないという立場でございます。
 いずれにいたしましても、我が国といたしましては、戦後一貫して平和国家としての道を歩んできたところでございますし、また今後とも平和国家として世界の平和と安定のために貢献していく、こういう考え方で進めていきたいと考えておるところでございます。

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強制連行された中国人労働者、記念碑が
新潟県で建立

強制連行された中国人労働者、記念碑が新潟県で建立。

 発信時間: 2016-11-18 13:17:39 | チャイナネット

 

新潟県十日町市の長徳寺で16日、「平和友好の碑」の除幕式と、中国から強制連行された労働者の追悼式が開かれた。共同通信が伝えた。

第二次大戦中に中国から強制連行され、新潟県十日町市の発電所建設現場で過酷な労働を強いられた元労働者と西松建設が2010年に和解したことを受け、「平和友好の碑」が長徳寺に建立された。石碑には日本語と中国語で、「この歴史の事実を銘記するため、中日両国民の代々の友好と、平和を愛しこの悲劇の再演を防ぐことを祈る」と刻まれ、中国人労働者183人の名前も記されている。

被害者の遺族と弁護士ら約70人が、石碑の前で焼香した。伯父が強制連行された林万発さん(66)は「碑ができて喜ばしいと同時に、昔のことに思いを致すと悲しみを抑えられない。一日も早く全ての強制連行事件が解決するよう求めたい」と涙ながらに訴えた。

被害者の弁護士によると、1944年に少なくとも183人の中国人労働者が、日本の信濃川発電所の建設工事に強制連行され、半年で12人が死亡した。双方は2010年4月、西松建設の謝罪、被害者を支援する1億2800万円規模の基金を設立することを条件に、東京簡易裁判所で和解した。石碑の建立費用は同基金から拠出された。

中国電力(本社は広島市)の発電所の所在地、広島県安芸高田市は2009年に、被害者360人を基金の補償対象とした。新潟県十日町市による措置は2例目。

「中国網日本語版(チャイナネット)」2016年11月18日