朝鮮字犠牲者碑

 192391日発生した関東大震災の混乱のなかで、誤った策動と流言蜚語のため6千余名にのぼる朝鮮人が尊い命を奪われました

 

横網町公園の一等地とも言える場所に堂々と立つ「関東大震災朝鮮人犠牲者の慰霊碑」に刻まれた文言の一部です。このように未来永劫残る碑に刻む文言に嘘があってはなりません。

私どもはこの6000余名の数字の根拠」を探しています。もちろん伝聞などではありません。
公式文書としての数字が、ファクトが欲しいのです。

 私どもが見つけられたのが、現代史資料(6)関東大震災と朝鮮人(みすず書房)にある記事です(少々長いですがご覧ください)。


 「(略)調査委員はそれにも拘わず在日同胞遭難を調査するという聖なる任務を遂行するという使命感をもつて(原文ママ)、当時としては不可能な難事業を完全に果たしたことであった。調査委員たちは十月中旬?(原文ママ)を過ぎてから約一個月に亘り東京横浜を始め震火災のあった関東一帯に実地に赴いてシラミつぶしに検証調査とその裏付けの証拠かためにために根気つよくつづけた。

(中略)

例えば亀戸警察の場合は三百人以上の同胞が殺されたのに、殺してから即時石油をかけて死体を焼いてしまい、日本人死者と一緒に埋めたことであった。その他東京を始め他の地方でもこういったやり方で死体片付けをしたのである。それにも拘らず調査委員の手で確認できた遭難同胞の実数は六千以上(公称⇒原文ママ)を集計したといわれた」(民主新聞 1962120日)

 *「それにも拘らず」は自分たちに都合の悪いことを暴かれたくない日本人からの妨害があり、調査委員には生命の危険すらあった、ということ。

 

●「しかしいかに調査員が綿密に調査したことであったが震災から既に二個月を経過しているし・・」ということからすでに震災から2か月経っていることは明らかなのです。

 「日本人はこういうやり方で遺体を片付けていた」
殺した後にすぐに石油をかけて燃やされてしまった同胞の遺体
日本人と一緒に埋められてしまった同胞の遺体 

そして震災からすでに2か月経っている。考えたくはありませんが、夏の熱い中、石油で焼かれ土中に埋められていた遺体を掘り起こして、DNA鑑定もなかった時代に朝鮮人と日本人の区別がついたと言い張るのはあまりにも無謀、不誠実、嘘っぱちではないでしょうか。「とっくに焼かれ埋められた死体を掘り起こして、朝鮮人を判別し、その総数を6000余名とした」が、もし彼らの根拠であるなら、その根拠をよすがに嘘の数字を碑に刻み込んだ組織、そしてそれを寄付として受け入れた東京都。あまりにひど過ぎやしませんか。

そして、くどくどと続く長い文の最後「それにも拘らず調査委員の手で確認できた遭難同胞の実数は六千以上(公称)を集計したといわれた」の1文で締めくくってしまう。それを可能だと言い張ってしまう、その矛盾をやすやすと乗り越えて、言い張ってしまうメンタリティ。
もし、本当にこれが根拠というのであれば、信じることなどできるはずもない。
だから捏造碑と言わざるを得ないのです。
 私どもはこの6000余名の数字の根拠を求めています。もちろん伝聞などではありません。公式文書としての数字が、ファクトが欲しいのです。どなたか、教えてください。 

さて、皆様
「都立横網町公園・真実の関東大震災石原町犠牲者慰霊祭」にご参集ください。

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月1日(金) 午前11時〜
東京都立横網町公園(日の丸を目印にお集まりください)
 

  • 関東大震災の真実を伝える会