(文責・鈴木)

強制連行の大嘘の基礎知識  その1

的場光昭氏の反日石碑テロとの闘いから転載させていただきました。

Wikipedia
の猖儼朕↓瓩砲弔い督媛探事を書いておきました。

 

朴慶植の代表著作である『朝鮮人強制連行の記録』(未来社)の信憑性については的場光昭氏がその著書『反日石碑テロとの闘い』(展転社)で詳しい検討を行っている。

朴の著書において南方へ強制連行されたという人物について、北海道新聞が記事で紹介した総督府に残る資料

と照合してその実態を明らかにしているが全く強制連行には値しない。

著書に紹介された人物は、干ばつによる飢饉を逃れて妻と四人の子供を連れてパラオに移住し、さらに二年後には横浜で一男を出産している。

朴の著書にあるような昼夜分かたず官憲が男たちを狩り集めて連れ去ったという状況からかけ離れた実態を明らかにしている。

 また的場氏は自身のブログで朴の著書巻頭の5.30間島事件、朝鮮人虐殺の惨状瓩搬蠅靴篤本人に虐殺されたと紹介されている写真について、この生首写真

は朝日新聞が1984年に南京大虐殺の証拠として大々的に報じ、後に取り下げたものと同じで、それは昭和6(1931)当時の朝鮮と中国の国境に位置する会寧にある文房具兼写真屋で「匪賊ニ惨殺サレタ朝鮮人」もしくは「鉄嶺ニテ銃殺セル馬賊ノ首」として売られたものだと紹介している。

 おなじく山積みにされている小児の死体の写真

についても、「土匪のために殺された鮮人の幼児」とあるのを南京大虐殺の写真として転用されていたものを、5.30間島事件、朝鮮人虐殺の惨状瓩亮命燭箸靴橡僂使いまわしていることを明らかにしている。

 このように朴慶植の著書は冒頭から捏造で始まっており、全く信頼に値しない。この犇制連行瓩独り歩きして、これに吉田清治と朝日新聞が追い打ちをかけ、日韓関係を大きく損なう原因になったことを考えれば、朴慶植は北朝鮮もしくは中共の命を受けて日韓分断工作のために活動していたのではないかとすら考えられる。

 

ご確認ください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B4%E6%85%B6%E6%A4%8D