再び「筑豊・軍艦島 朝鮮人強制連行朝鮮人、その後」林 えいだい(著)からです。
この本は朝鮮人の苦しみを訴える形をとっているのですが矛盾の宝庫!。そこには、
日本で生き延びる事が出来た朝鮮人の姿が手に取るように伝わってくる写真が満載です。

例えば、この一葉。↓キャプションには
「筑豊の炭鉱周辺には必ずと言っていいほど通称アリラン部落とか
アリラン峠がある。」「炭鉱が盛んな頃から朝鮮人の家族が住み着いた」
とあります。あれれー??無理矢理、強制連行され、地獄の苦しみを味わっている
人々が地獄に家族を呼び寄せたー??
。おかしくないですかー?皆様、考えてもみて
下さい。北朝鮮に拉致されて未だに帰れない多くの日本人のことを。
拉致された人々は
ご家族を呼び寄せることが出来るとでもいうのでしょうか?拉致された日本人は
北朝鮮
に盛んな産業があって出稼ぎに行ったとでもいうのでしょうか?強制連行なんて真っ赤
な嘘。稼ぎのよい夫や息子を頼って朝鮮人家族がどんどんと炭鉱のそばに移り住んだと
いうことではないですか。

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下の写真は昭和50年頃撮られた写真です。説明には「田川郡福智町の三菱方城
炭鉱の朝鮮人寮は5棟もあって多いときは300人収容していた。
集団帰国後は家族持ちの炭住となり閉山後は個人に分譲した。
とあります。
ますますわからん!
強制連行された朝鮮人の寮?!失礼ながら戦後の昭和20年代頃までの国鉄の官舎も
こんなレベルでしたよ。家族連れの強制連行?!集団帰国があったのに、残った人々
がいた?!!食べ物も与えられず過酷な生活を強いられ、差別と偏見に苦しんだんじゃ
なかったの?
戦後は強制連行された人々に寮が分譲された?
もと地獄の分譲地?!
アウシュビッツは収容されたユダヤ人に「寮」の払い下げがあったのかー?!
写真に写っている赤ちゃんを抱いてうれしそうに井戸端会議する主婦達や、
楽しそうに遊ぶ子供達。祖国でこれ以上の生活が出来たとでも言うのでしょうか。



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更になんと言ってもこの↓一葉。前列の女性達の歓喜に満ちた顔を見て下さい。
キャプションには「岩崎炭鉱で抗夫が出征、繰込場の前で万歳で見送る女抗夫達」
とあります。やらせでこんな写真が撮れるでしょうか?
日本のエネルギーを支える為に日本人も朝鮮人も、男も女も、必死で働きました。
過酷な現場ではありましたが、その高給、高待遇のもと、活気あふれる当時の炭鉱
で働く人々の誇りが伝わってきませんか?。
「朝鮮人強制連行」と言っている人々には、「それがどうした、詐欺師!」と
言ってやりましょう!
(文責・鈴木)


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筑豊・軍艦島 朝鮮人強制連行、その後
林えいだい(著)弦書房