あれれ!ハングル使ってるじゃん!
朝鮮服も着てるじゃん!
朝鮮人女性がオシャレで、奴隷にはみえないしー


‚P‚O (4)

味の素の広告のイラストに描かれているのは、大正末から昭 和初期にかけての
若い女性の流行のファッションです。ショート丈のチマチョゴ リに洋靴、
パラソルといったいでたち。書かれてある文字はハングル。どこが文 化を奪った、
のでしょうね。(但馬 オサム氏)



「関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会」 の役員の姜徳相(滋賀県立大学
名誉教授)氏は元在日韓人歴史資料館館長でもありました。
その資料館のHPは私達日本人からすると感心するほど、見事な屁理屈で
朝鮮人が被害者だと訴えています。

(以下在日韓人歴史資料館ホームページより)

皇国臣民化教育

日中戦争の勃発(1937年7月)後に日本では朝鮮人に対する「皇国臣民化」教育が強化されていきます。チマ・チョゴリを着たり、朝鮮語を話したり、朝鮮名を使うことが徐々にできなくなりました
協和会が1939年に朝鮮人を日本の戦時体制に組み込み、統制する全国組織として変貌すると警察権力の力で朝鮮人を管理しました。神社参拝、国防献金、勤労奉仕、日本語講習、
和服の着用などを強要しました。
秋田県協和会主催の婦人講習会(1941年)
1940年には「創氏改名」(1940年2月11日施行)を実施し朝鮮人の名前を奪いました。
金が金田となり、張が張本になったのはそのためです。
子どもたちには「皇国臣民の誓詞」を叩き込みました。


と、まー、日本は地獄のような酷い国だったらしいです。
そんな日本に朝鮮人が、なぜ、我も我もと密航してきたのか、
大いなる疑問が残りますが
まずは、上のイラスト、どう説明なさるのか聞いてみたいものです。
(鈴木)
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但馬オサム著「女性が輝いた日韓併合時代」(仮題)が近く発売されます。

併合時代のウーマン・リブ運動の群像が明らかになります。

お楽しみに!