(傍聴記,ら続く)
その後、角田センセイが立ち上がり、独演会が始まりました。北朝鮮への渡航歴を披露、つい最近も10月24日から30日まで滞在したとか。今や私人ですから、国交のない北朝鮮に渡航しても問題にならないのでしょう。

センセイは群馬県日朝友好連盟の代表を30年間務め、6年間に4回も北朝鮮を訪問したそうです。今回の訪朝の目的は、北朝鮮の団体と連携し、庶民同士の友好を深め、南北統一を目指すこと、さらに、戦争を回避するためだそうです。米朝及び南北朝鮮をめぐる環境は激変しているが、日本政府は制裁一辺倒だ、そこで何をすべきか、また、強制連行についても議論するために行ったとのことでした。

滞在中の10月28日午後3時、角田センセイは1時間半にわたり、1人の北朝鮮人、強制連行された父親の次男の話を聞いたそうです。金城マサオという日本人名に強制的に改名させられた父親は当時、漁師をしていたそうで、日本人は朝鮮人の若者を片っ端から連れ去り、港に10人集められたそうです。残された家族はみんな泣き崩れ、母親は気がふれて徘徊するようになったとか。1984年にはその母親も死去。父の恨みを晴らせと言い残したそうですが、父の生死も分からないため、葬式も出せなかったとか。

父親は旧日本軍の373部隊に所属し、1944年3月31日にセレベス島(インドネシアのスラウェシ島)でマラリアで死去したことが後に判明します。しかし、日本政府はこのことを遺族に知らせなかったそうです。その後、東京の祐天寺に遺骨があることがわかり、2014年、本人と認められたそうです。角田センセイ、強制連行は今なお生きているニダ!と主張したかったようです。

その後、第1回の口頭弁論と同様、10月31日の朝日新聞の社説の一部を読み上げました。こんな社説を掲載するから朝日は南北朝鮮の工作員か!といわれるのです。徴用工裁判 蓄積を無にせぬ対応を

お涙頂戴のストーリーの次は、群馬県批判を展開。北朝鮮はこの裁判のことを知り尽くしているそうです。そりゃそうでしょう、ここ数回、群馬県朝鮮総連のトップみずから傍聴しているし、「朝鮮新報」も報じていますから。角田センセイは碑を撤去したら国際問題になると副知事に警告したのに、そのことを認識していないから、日韓・日朝の関係は深刻化したそうです。最後に、裁判長に向かって、「大所高所から歴史に耐えうる判決を」と述べました。これ、前橋地裁でも聞いたセリフです。

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この独演会を聞いて、裁判長と2人の裁判官はどう考えたでしょうか。まともな頭の持ち主なら、「こいつは北朝鮮の工作員じゃね?」としか思わないでしょう。


法廷から退出する際、朝日新聞の炎上記者の1人、北野氏と一緒になりました。
そよ「きょうも朝日新聞の社説が取り上げられましたね」
朝日「いつも重きを置いていただいてます」とニコニコ。
そよ「だからチョウニチ新聞って言われるんですよ」
朝日「・・・。よろしかったらお名前を」と名刺入れを出そうとするので、
そよ「名乗るほどの者ではありません」

次回は平成31年2月27日(水)午後2時開廷です。街宣やります! なお、裁判長は最後に、原告、被告の双方の意見を聞くとおっしゃっていました。角田センセイは今回も「和解を」と言ったので、被告である群馬県の意向を確かめるつもりなのかもしれませんが、群馬県は安易は和解など絶対にしないよう強く望みます。



群馬の森の朝鮮人碑、関東大震災、朝鮮学校教科書無償化など、ぜ〜んぶつながっています。群馬県だけの問題、公園の碑一個の問題ではないことがわかります。日本政府のICJ提訴、WTO提訴、朝鮮学校無償化裁判の相次ぐ原告敗訴、流れは完全に変わっています。引き続き、応援よろしくお願いいたします。

群馬の森の朝鮮人碑の撤去を求める県民の会
会長 佐藤みずえ

大事な集会のお知らせです。ご参集を!

産経新聞