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兼高かおるさんの訃報に接し、忘れたままになっていた大切な思い出を突然呼び覚まされ、懐かしい気持ちで遠い目になった方々が多いのではないでしょうか。

海外旅行なんて夢のまた夢の時代、もちろん白黒テレビの時代に、毎週日曜日の朝、映画「八十日間世界一周」のテーマ音楽とともに、協賛していたパンナムことパンアメリカン航空機が映し出されて始まる番組「兼高かおる世界の旅」を楽しみに見ていました。本でしか接することができなかった世界の国々の暮らしや文化に目を見開かせてくれたすばらしい案内役の兼高かおるさんは本当に輝いていました。

 

「兼高かおる世界の旅」が始まったのは、海外渡航が自由化される前の1959年12月で、東京五輪開催の5年前で高度成長期の真っただ中。当時は1ドル360円の固定相場で、海外渡航者が年間1万人、航空運賃も今とは比べものにならないほど高価で、庶民にとって海外旅行は憧れでした。

 

パンナムって大航空会社だと思っていたので、倒産したときは信じられませんでした。ドイツが1990年に再統一される前、80年代後半に私がフランクフルトから西ベルリンに行こうとしたときはまだパンナムが飛んでいました。このときは便数が少ないのに搭乗希望者がとても多く、私は乗れませんでした。西ベルリンへはルフトハンザドイツ航空の乗り入れが禁止され、米・英・仏の航空会社のみが飛んでいました。

 

聞き手の芥川隆行氏との品のよい大人同士の会話も耳に心地よく、「〜ですの」という山の手言葉もファッションもすてきでした。きれいな日本語を話す女性という記憶が今もあります。

 

追悼番組では、ケネディ大統領、サルバドール・ダリと会ったときの様子がダイジェストで紹介されていましたが、私が今でも鮮明に覚えているのは、アメリカで日本女性として初めてスカイダイビングに挑戦し、成功したときの様子です。なんと勇気のある女性だろうと思いました。

 

偏見や気負いもなく、世界の国々、民族、歴史、文化、生活を淡々と紹介する番組を見ているうちに、いつかは私も海外旅行がしたいと思うようになりました。テレビ局がお膳立てした企画に乗って、その土地に縁もゆかりも知識もないタレントに旅させる今どきの旅番組は見る気がしません。

 

「兼高かおる世界の旅」はTBSが放送していました。それが今では一体どこの国の番組かと疑われる「サイテーモーニング」こと「サンデーモーニング」をやっているのですから、TBSはどこで道を誤ったのでしょうか。日本が正しいことをするとお通夜状態になり、売国奴コメンテーターを次々と登場させて日曜日の朝っぱらから視聴者を不愉快にさせる番組を続けている理由は、乗っ取られ説などがあり、某有名TV番組制作会社のプロデューサーからも苛烈な圧力の実態を直接聞いたことがありますが、報道機関とはとうてい呼べませんね

「エビデンス? ねーよ、そんなもん」の朝日新聞高橋純子氏も出演していました。ドアノッカーみたいなネックレス、私は大笑いしたけど、本人はかっこいいつもりなの? 



 (文責・・佐藤)