群森の判決から見えた、関東大震災朝鮮人犠牲者碑

 
写真は弁護士ドットコムから拝借 団長・角田義一弁護士(碓氷連太郎)

群馬県立公園「群馬の森」にある朝鮮人追悼碑をめぐる控訴審判決が8月26日、東京高裁で言い渡された。県側の全面勝訴だった。


以前にも当ブログで紹介したが、この判決について、下記のブログは、あちら側の思考回路がよく分かり、大変参加になる。

朝鮮人追悼碑訴訟「司法は行政に追随するな」 まさかの逆転敗訴に「市民団体」は最後まで戦う決意 - 弁護士ドットコム (bengo4.com)

県側は、追悼碑を守る会(以下碑側)が政治的行事をしたことにより
「当初の設置目的である日韓・日朝の友好推進から外れてしまった」
「その結果、碑が紛争の原因となり、都市公園の効用を全うする機能を喪失した」
と主張したが、これを、前橋地裁が、否定した。
ところが、東京高裁が、前橋地裁の判決を、全て、覆したのだ。


こちら側から見れば、東京高裁は、実に、真っ当な判決をだしてくれた。

日本人に、反省という文字を突き付け、再び、朝鮮に、謝罪と賠償をするべきだと、パンフレットに書いてある碑が、どうして、日朝、日韓友好推進になるというのだろう。

日本は、日韓基本条約で破格の援助金・技術を提供した。それでも、まだ反省が足りない!と言われても、怒りもせず、友好したいと思う国があるのだろうか。あるとしたら、それは、もう、奴隷の国だ。

面白い事に、この記事では、この碑は墓ではないとわざわざ記しているので、あちら側も、群馬県に強制連行をされて亡くなられた朝鮮人が一人も見つからなかったという事実はご存知らしい。
しかし、死亡者本人が見つからない状況で、誰が誰に何の罪で、謝罪と賠償を請求するというのだろうか。

私達、日本人は、共に、戦い、ともに、混乱を乗り越えて下さった朝鮮人の方々には、心から感謝と尊敬の念を持ち、友好を深めていきたいと思う。しかし、この碑は、逆に、朝鮮人に対し、不信感を募らせ、嫌悪感を持たせ、日韓日朝を、分断させ、有害としか言いようがない。

また、この判決は、都立横網町公園の関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑問題を考察するに、実に意義深い。

高裁の判決では、県側の主張「碑が紛争の原因となり、都市公園の効用を全うする機能を喪失した」も、認められたのだ。

この視点で見ると、都立横網町公園はどうだろう。

このブログには、「群馬の森では、排外的な団体が「トンデモ追悼碑」「自虐史観」などと、県に抗議したり、公園に押しかけて管理職員を小突くなどしたことから、追悼碑の存在が紛争の原因」とされた事が記されている。

つまり、群森公園での小競り合いが紛争と認められたのだ。その観点で言えば、都立横網町公園の方は、その比ではない。
公園の三か所で慰霊祭が行われ、警察車両がズラッと並び、物々しい数の警察官が動員され、進入禁止バリアがあちこちに設けられ、厳戒態勢だ。正に、追悼碑の存在が紛争の原因であり、「都市公園の効用を全うする機能を喪失した」そのものの状態と、言える。

記事の最後に、碑側の赤石あゆ子弁護士は「中立とはいずれの主張からも同じ距離をとること」と述べている。

じつに、正論。
そもそも、都立横網町公園の碑は、全く中立ではなかった。

全く科学的証拠のない6000人虐殺数が記された碑が、公園の一等地に立ち、石原町犠牲者碑は、公園の片隅に追いやられている。
朝鮮人追悼碑の方は、公園のど真ん中の大きなスペースを使って、政治的パネル展を開き、大音響で舞を踊り、書籍販売も行われ、日本人に謝罪と賠償を求める政治集会を開く事が認められていた。

私たちは、都から、日本人だけに課せられるヘイトスピーチ条例違反の名のもとに、表現の自由も奪われ、極狭地に押し込められ、様々な制限を受けながら、慰霊祭を開いている。

何より、都は、虐殺数6000人の科学的論拠も証拠も示さず、日本人へのヘイトスピーチを放置している。

群森の碑側が上告したが、私たちは、最高裁がどんな判断を下そうとも、歩みを止めないつもりだ。

(文責・鈴木)