そよ風

マスコミの偏向報道、教育の場での自虐史観授業等に日本の危機を感じています。
先人達が命をかけて築きあげてきたこの素晴らしい国、日本を失わないため、私達は行動します。

勤労感謝の日を、本来の新嘗祭に変えよう(祝日考)



今日十一月二十二日 宮中では「綾綺殿」に於いて、
「鎮魂祭」が厳かに行はれました。
そして明日二十三日は「神嘉殿」於いて、「新嘗祭」が行はれます。

また神宮においても、神饌をそなえ五穀豊穣に感謝する新嘗祭が
同じ様に各地の神社でも新嘗祭が行われます。

戦後、十一月二十三日の新嘗祭は祝日法で
勤労感謝の日(勤労を尊び、生産を祝い、国民互い感謝する日)」
となりましたが
これでは古代から伝わってきた、新嘗祭の意味 
「新穀を神々に供え、神恩に感謝し、陛下も召し上がる」という事が、
「収穫を神々に感謝する」と言う事が、まったくわかりません。

下記のブログ、産経新聞の記事の様に
すでに戦後77年もたったのですから、
十一月二十三日の祝日は、
本来の意味がわかる「新嘗祭」に変えていく必要があると思います。
同じ様に「天長節 紀元節 明治節、四方拝」と
四大節に変えていきたいものです。
(文責中田梅子)

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<菊正宗ネットショップブログより>

祝祭日”と呼ぶのは誤り。正確には“国民の祝日”。

よく、“祝祭日”という呼び方を耳にしますが、これは正しくありません。

皇室での儀式や祭典などの祭祀(さいし)が行われる日のことを
“祭日”と呼び、一般的な“祝日”とともに休日とされていたことから、
その総称として“祝祭日”と呼んでいました。

しかし、戦後1948年(昭和23年)に「国民の祝日に関する法律」が制定されて以降、
“祭日”は廃止され、一部は名称を変更して祝日となりました。
ちなみに、私たちが使っている“祝日”は略称で、正しくは“国民の祝日”。
驚くのは、“祭日”が廃止されて約70年も経つのに、
“祝祭日”という呼び方が一部に残っているということです。

間近の“祝日”である11月23日の「勤労感謝の日」も、
かつては「新嘗祭(にいなめさい)」という“祭日”でした。

「新嘗祭」の起源は古く、古事記に天照大御神が「新嘗祭」の神事を行った
記録が残されています。

“新”は新穀(初穂)、“嘗”はご馳走の意味を持ち、その年に収穫した新穀(初穂)を
神前に供えて、その恵みに感謝する行事です。

2月17日の「祈年祭(きねんさい)」と対となる神事で、「祈年祭」で
その年の五穀豊穣を願い、「新嘗祭」で感謝します。

毎年11月23日には、宮中三殿の近くにある神嘉殿(しんかでん)で、
天皇陛下が五穀の新穀を供え、また、自らもこれを食べ、その年の
収穫に感謝する(収穫祭)とともに、神の御霊を身に体(たい)して
生命を養うなどの神事が執り行われます。

この日には、伊勢神宮で神饌(しんせん/神に供える酒食(しゅし))を備える
「新嘗祭大御饌の儀(にいなめさいおおみけのぎ)」や幣帛(へいはく/神前の供物)
と五穀を供える「新嘗祭奉幣の儀(にいなめさいほうへいのぎ)」
などの儀式が行われるなど、
全国各地の神社で、その神社ごとに伝承されている「新嘗祭」が斎行されるのが、
通年の歳時行事です。

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<祝日考 本来の意味を知っておきたい>2016年11月産経新聞より


23日は勤労感謝の日だった。
どの祝日も残念ながらそうなのだが、街を歩いても国旗を見かけることは
少ない。行楽地などのにぎわいはあっても、祝賀の気配がこの国に満ちて
いるとはいいがたい。

◆GHQによる祝日改変
ところで、文化の日、勤労感謝の日はそれぞれなぜこのように名付けられているのだろうか。
昭和23(1948)年にできた祝日法によると文化の日は
「自由と平和を愛し、文化をすすめる」日。
勤労感謝の日は「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに
感謝しあう」日となっている。
しかしそれらがなぜ祝日なのだろう。わかるようで、わからない。
以前も少し触れたことがあるが、この、わかるようでわからない日本の
祝日は、戦後の連合国軍総司令部(GHQ)の占領政策に由来する。
一方的であり過度にすぎる見方だと筆者は考えているが、
GHQは神道を軸とした日本の「国家主義」なるものを敵視した。
祝日法に至るまでの日本の祝祭日は、神道や天皇制と結びついていた。
11月3日は明治天皇の誕生日である明治節であり、
23日は秋の収穫に感謝する新嘗(にいなめ)祭だった。


以下、鈴木英一氏『日本占領と教育改革』などを参考に進める。
戦争が終わる前からアメリカは戦後の日本の改革案を練った。
日本の教育制度も検討された。
1944年にまとめられた文書は、日本の教育の目的は命令に
服従する国家の構成員を作り出すことであるとし、
祝祭日も国民教化のために使われている、とみなしている。
祝祭日に生徒を遠ざけよ、とまで言っている。
終戦の年の12月15日にGHQはいわゆる神道指令を出し、
国家や自治体、公的教育機関の神道へのかかわりを禁じた。
昭和23年には祝日について次のような方針を出した。
「国家神道の神話・教義・実践・祭礼・儀式・式典に
起源と趣旨を有する祝日を廃止」
「新しい祝日の名称について好ましくない神道の用語を避ける」
事実上の強制といってよい 

◆国家意識の希薄化
 このような方針を受けて日本側は祝日法をまとめた。
11月3日や23日という日付を残したのは、
せめてもの日本側の抵抗だったことだろう。
しかしたとえば「新嘗祭」は、「好ましくない神道の用語」
なのだろうか。現在、そんなふうに思う日本人はまずいまい。
むしろ歴史の味わいを帯びた美しい言葉ではないか。
「勤労感謝の日」では何もわからない。占領は日本人の心象風景まで
変えてしまった。
ちなみに祝日法第1条はこうなっている。「日本国民は、美しい風習を
育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために…」
この「美しい風習」のくだりは、原案では「ただしい伝統を守りつつ」
だった。「伝統」を削除するようにGHQから求められ、改めざるを
えなかったという(所功氏『「国民の祝日」の由来がわかる小事典』)。
占領による日本の改変は、そんなところにまで及んでいるのである。
このようないきさつが忘れられることも、恐ろしい。
およそ国家という共同体は、なにがしか節目の日を持つものだろう。
その改変は、歴史の忘却、ひいては国家意識の希薄化にもつながりかねない。
国旗のない祝日の光景があたりまえになっているのも、理由のないことではない。
民間団体「明治の日推進協議会」は、3日を「明治の日」に改めることを提唱し、
署名活動などを行っている。貴重な活動と思う。

◆神社の祭事として
各地の神社では今も、3日を明治祭として、
23日を新嘗祭として祭事を行っているところもある。
 

3日、住吉大社(大阪市住吉区)の明治祭を訪ねた。
よく晴れた午前中の若々しい空の下で祝詞が奏上され、神楽が舞われた。
すがすがしかった。
23日も、住吉大社では新嘗祭となる。境内の神田に実った米、
お神酒(みき)、魚、乾物など海山の恵みが12の食台に盛られ、
神饌(しんせん)として供えられる。
この日は宮中でも新嘗祭が行われる。
収穫に感謝する営みがこの国で続いていることを、改めて思う。
それがGHQがみなしたようなまがまがしいものではないことは、
いうまでもない。むしろ自然と共生してきた日本人ならではの、
つつましく折り目正しい精神の表れではないか。
私たちは、このような営みが連綿と続いている国に
生を受けたことを誇りとしたい。
「明治祭は明治天皇のご遺徳をしのび、引き継いでいく日です。
新嘗祭は天の恵みをいただいていることに感謝する日。
祭日の本来の意味が忘れられ、ただの休みになることは悲しい。
いまだれが祭日の意味を教えているでしょうか。
学校で教えてくれるのでしょうか。
それを伝えていくことにも神社の役割はあると思います」
(住吉大社権禰宜(ごんねぎ)、岡康史さん)

祝日の本来の意味を知っておきたい。
それも、占領によって変えられた日本という国を取り戻していく、
一つの道と考える。(論説委員・河村直哉)
 

 



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