そよ風

マスコミの偏向報道、教育の場での自虐史観授業等に日本の危機を感じています。
先人達が命をかけて築きあげてきたこの素晴らしい国、日本を失わないため、私達は行動します。

強制連行の嘘

韓国の悪あがき

日韓関係は悪化の一途をたどり、保守悲願の日韓断交も夢ではなくなってきました。韓国の支離滅裂な言動はきのうやきょう始まったわけではなく、何十年もかけて自国に有利なように曲解した歴史で日本の被害者になりすまし、莫大なカネをむしり取ってきたし、あわよくばさらに引き出そうとしているのが戦時労働者問題の企みの一つです。

 

以前、「民団が日本全国にある朝鮮人碑の情報を集めている」という情報を寄せてくれたそよ風の支援者がいました。東京高裁で係争中の群馬の森の朝鮮人碑設置更新不許可をめぐる第2回口頭弁論において、原告側の下山弁護士が紺色の表紙の資料集「朝鮮人犠牲者追悼碑」を高々と掲げたとき、ああ、その調査の結果がこれか、と合点がいきました。

 

ネットで探したところ、「風の花」という在日韓国人の20091129日付のブログに民団の呼びかけがありました。


(引用開始)民団生活局では来年が韓日併合100周年ということで、来年度の事業として全国にある韓国・朝鮮人の慰霊施設(納骨堂、慰霊碑、慰霊塔など)と各地で執り行われている韓国・朝鮮人の慰霊祭を総合的に取りまとめ、冊子に仕上げようと計画をしています。

現在、民団各地方本部には情報調査を依頼中です。

この計画がよりよいものに仕上がるためには数多くの方からできるだけ多くの情報を集めることが是非とも必要だと考えております。つきましては全国連絡会の皆さまのネットワークのご協力を得て、ご協力をお願いするものです。

 

まず第1次調査として

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∋楡澆亮鑪燹頁執堂、慰霊碑、慰霊塔など)

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グ嵶邵廚亮膾甜圈紛催を含む)の団体または個人名を調査し、

 

次に冊子の構成・装丁等にあわせてー命伸⇒獲茘F睛禿を盛り込んでいきます。

 

是非、多くの方にお声をかけて頂き、ご協力下さいますようお願いします。

情報は民団生活局メールアドレスか私宛のメールアドレスに送って下さればありがたいです。よろしくお願いします。

 

民団中央本部/生活局

副局長 陳信之(引用終わり)

=======

 

結果、35都道府県に約160個もの朝鮮人碑(説明板や慰霊堂なども含む)がリストアップされた資料集が昨年刊行されたのです。最多は北海道の17個で、さすが赤い大地です。在日韓国・朝鮮人は共産党や左翼と組み、日本各地に捏造史に基づく碑を建てまくり、慰謝料をよこせの根拠としています。

 

もう一つの悪企みは「併合は不法・違法である」という結論を導きだそうとする試みです。20011月、4月、11月に日・韓・欧米の専門家たちが参加する「韓国併合再検討国際会議」がハワイ、東京、ボストンで3回にわたり開催された合法性・違法性を巡る議論を扱った一連の国際学術会議です。


韓国側の強いイニシアティブにより、韓国側の主張する違法論を国際的に認めさせようという政治的意図の下に主導・開催されたものですが、違法であるとする国際的なコンセンサスは得られませんでした。当たり前です。日本に抜かりはなかったのです。

 

朝鮮人戦時労働者問題は自己矛盾を抱えていると西岡力氏は指摘しています。韓国政府が認定した戦時労働者は22万人で、うち5万人を占める軍属・軍人には日本の民間企業に賠償要求する資格はありません。となると韓国政府に請求するしかなく、その怒りは結果的に文政権に向けられ、大混乱に陥るだろうということです。特大ブーメランです。


レーダー照射の件にしても、韓国人は話せばわかる民族でもなく、そもそも話しあおうという意識すらなく、ひたすら自己主張を突きつけるだけの病的な自己中心主義者です。日本人と韓国・朝鮮人は永遠にわかり合えないと改めて痛切に実感するとともに、この件でだんまりを続ける野党も日本人の敵であると再認識しました。

◆時代は変わったと実感する動画。日韓議連の幹事長・河村建夫議員の地元支持者のじいさまたちだって苦言を呈している! 落選させれば全国から拍手喝采間違いなし。(文責・佐藤)



◆韓国が北朝鮮へ瀬取りか 安倍さん、国連でひと暴れしませんか?<平井文夫の言わねばならぬ>  ←大賛成!











忘れるな!終戦時に中国人や朝鮮人が日本で何をしたか

再び「筑豊・軍艦島 朝鮮人強制連行朝鮮人、その後」林えいだい(著)からです。
この本はあくまで朝鮮人が被害者だという立場に立って書かれた本なのですが、
見方によっては日本人にとって非常に大切な事を伝えています。


その一つは、終戦と同時に、筑豊では中国人捕虜と強制連行されてきた朝鮮人達に
よる報復事件が次々と起きたとの記述です。林氏によると
中国人捕虜が女性を要求したり金品強奪したが
日本人は、なすすべもなかった
書かれています。

以下抜粋
警察署の特攻が連合軍の力を借りて暴動を鎮圧しようとした。それでも、
中国人捕虜達は炭鉱側に女性を要求した。警察と炭鉱側は田川市、直方市、
飯塚市の特飲街に元従業員を集めて営業させた。一般の婦女子に危害が及ばない
ようにするためと理由をつけたが報復を避けるために一種の人身御供だった。
性欲のはけ口にされた女性たちは敗戦国民の犠牲となったのである。三井田川工業
所の近くでは、中国人捕虜が群れをなして歩き、日本人から奪い取った腕時計を
5、6個腕につけていた。
商店街は店を閉めていたが集団で扉を破って侵入して
商品を略奪した。日本の行政機関も炭鉱側もなすすべもなく嵐が過ぎ去るのを
待つしかなかった。


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又林氏は、各地で起きた朝鮮人による暴動についても書いています。林氏は、
朝鮮人が酷い扱いを受けたので、怒りが爆発したと主張しているのですが、
皮肉なことに、当時の朝鮮人の本音や虫のよい言い分があらわになっています。
これまで痛めつけられていた彼らは報復するために
血眼になって炭鉱の労務係
を探し始めた」
とあります。ところが、この労務係の殆どが朝鮮人だったという
事も書かれています。
つまり、朝鮮人が朝鮮人を痛めつけたのです。下の写真は
朝鮮人労務係(前列右から二人目)と日本人の労務係が料亭に芸者のきれい
どころを呼んで慰労会を行った時の写真です。労務係達は朝鮮に行くたびに、
こうした慰労会もしくは接待を頻繁に行いました。こんなことも嫉みの一因
だったのでしょうか。
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下の写真は右側が朝鮮人労務係、左側が日炭高松炭鉱(民間)の日本人労務
係です。二人で300人の募集に行ったと書かれています。
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しかし「8月15日、正午の汽笛が鳴ると炭住の朝鮮人達が「マンセイ、マンセイ!」
と大声で叫びながら通りを駆け抜けた。「労務に恨みを晴らすときが来た。関岡を
見つけ次第たたき殺してしまえ!」朝鮮人寮の板塀が押し倒され事務所に押しかけ
投石を始めた。この暴動は各地に広がり朝鮮人抗夫達が数日間暴れ回った。

この記述の中に「朝鮮人抗夫からすると、同じ朝鮮人でありながら、
立場を利用して同胞を虐待した事が許せない
のだった
と書かれています。
朝鮮人は同じ朝鮮人に謝罪と賠償を求めるべきなのです。

暴動は激しさをますばかりであったが、警察はこれを鎮圧できず、GHQに鎮圧を
願い出るしかなかったのです。そして、これが労働争議になり、会社側が朝鮮人
全員を帰国させようとすると
「これまでさんざん朝鮮人を働かせておいて
戦争が終わったからと言って追い出すとは酷いじゃ
ないか
、そんなことをしたら暴動は益々激しくなる」
と発言したと書かれて
います。

なんじゃこりゃ
!地獄で奴隷のように働かせられた日本に居残りたい〜?
日本に強制連行されたんじゃなかったの?
本当は日本での暮らしの方が本国より
ましだったんじゃないですか

北朝鮮に拉致された人々は、一刻でも早く日本に帰りたいことでしょう。
ところが、朝鮮人は稼がせてもらった
日本が戦争に負けたとなると急に手のひら
返し。共に戦ってきたにもかかわらず、いきなり戦勝国気取りでやりたい放題。
そのうえ、祖国に帰る事が出来るにもかかわらず、日本に脅し、たかりで居座っ
たのです。土地の払い下げをさせたごりおし交渉過程も書かれています。暴動を
ネタに権利を要求されて、当時の日本人は手も足もでなかったのでしょう。
この頃の恐怖心がそのまま引き継がれ
、日本人の甘さが、永遠にたかりのターゲッ
トになってしまったに違いありません。


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今、移民政策をどんどん進めている日本は、こういう過去こそ学ぶべき
ではありませんか。
会社の実績を上げることばかりに血眼になっている、企業家達よ。
ぜひ、この朝鮮人に対する愛情に満ちた林氏の本を読んで下さい。
そして、国民性の違う民族の移民推進がいかに危険か気づくべきです。
会社は残ってもあなたの子や孫は流浪の民になっているかもしれませんよ。
(文責・鈴木)

筑豊・軍艦島 朝鮮人強制連行、その後
林えいだい(著)弦書房



「強制連行」された朝鮮人が呼び寄せた家族が住む村があった?!

再び「筑豊・軍艦島 朝鮮人強制連行朝鮮人、その後」林 えいだい(著)からです。
この本は朝鮮人の苦しみを訴える形をとっているのですが矛盾の宝庫!。そこには、
日本で生き延びる事が出来た朝鮮人の姿が手に取るように伝わってくる写真が満載です。

例えば、この一葉。↓キャプションには
「筑豊の炭鉱周辺には必ずと言っていいほど通称アリラン部落とか
アリラン峠がある。」「炭鉱が盛んな頃から朝鮮人の家族が住み着いた」
とあります。あれれー??無理矢理、強制連行され、地獄の苦しみを味わっている
人々が地獄に家族を呼び寄せたー??
。おかしくないですかー?皆様、考えてもみて
下さい。北朝鮮に拉致されて未だに帰れない多くの日本人のことを。
拉致された人々は
ご家族を呼び寄せることが出来るとでもいうのでしょうか?拉致された日本人は
北朝鮮
に盛んな産業があって出稼ぎに行ったとでもいうのでしょうか?強制連行なんて真っ赤
な嘘。稼ぎのよい夫や息子を頼って朝鮮人家族がどんどんと炭鉱のそばに移り住んだと
いうことではないですか。

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下の写真は昭和50年頃撮られた写真です。説明には「田川郡福智町の三菱方城
炭鉱の朝鮮人寮は5棟もあって多いときは300人収容していた。
集団帰国後は家族持ちの炭住となり閉山後は個人に分譲した。
とあります。
ますますわからん!
強制連行された朝鮮人の寮?!失礼ながら戦後の昭和20年代頃までの国鉄の官舎も
こんなレベルでしたよ。家族連れの強制連行?!集団帰国があったのに、残った人々
がいた?!!食べ物も与えられず過酷な生活を強いられ、差別と偏見に苦しんだんじゃ
なかったの?
戦後は強制連行された人々に寮が分譲された?
もと地獄の分譲地?!
アウシュビッツは収容されたユダヤ人に「寮」の払い下げがあったのかー?!
写真に写っている赤ちゃんを抱いてうれしそうに井戸端会議する主婦達や、
楽しそうに遊ぶ子供達。祖国でこれ以上の生活が出来たとでも言うのでしょうか。



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更になんと言ってもこの↓一葉。前列の女性達の歓喜に満ちた顔を見て下さい。
キャプションには「岩崎炭鉱で抗夫が出征、繰込場の前で万歳で見送る女抗夫達」
とあります。やらせでこんな写真が撮れるでしょうか?
日本のエネルギーを支える為に日本人も朝鮮人も、男も女も、必死で働きました。
過酷な現場ではありましたが、その高給、高待遇のもと、活気あふれる当時の炭鉱
で働く人々の誇りが伝わってきませんか?。
「朝鮮人強制連行」と言っている人々には、「それがどうした、詐欺師!」と
言ってやりましょう!
(文責・鈴木)


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筑豊・軍艦島 朝鮮人強制連行、その後
林えいだい(著)弦書房


共和会手帳(外国人登録証)を所持せず逃げ回って総連幹部に?

(文責・鈴木)
共和会手帳(外国人登録証)を所持せず
逃げ回って朝鮮総連群馬県本部役員に?

筑豊・軍艦島 朝鮮人強制連行、その後
林えいだい(著)弦書房

 上記の本は先日のそよ風講演会で村田春樹氏が「真っ赤かな本だけど、
読めば読むほど強制連行の嘘が分かって、実におもしろい」ということ
で取り上げられたものです。
私も早速購入してみました。
すると共和会手帳のことが載っていました。 
それによると、共和会手帳は外国人登録証のはしりであり、身分証明書
だったと書かれています。
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在日コリアン青年連合(KEY) | 協和会

によると共和会手帳は
当時
、就労・列車乗車中の検査・朝鮮半島への帰国・食糧配給時には必ず
提示を求められたと書かれています。

と、ここで、私が指摘したいのは、県立公園群馬の森の反日碑の
小冊子で証言している在日で元朝鮮総連群馬県本部の役員の姜 
奉俊氏
は、本来取り締まり対象者だったのでは?ということです。
なぜなら、その小冊子の中で、彼自身が共和会手帳を持たない脱走者
であったと述べているのです。
林えいだい氏の著書や在日コリアン青年連合にも、当時、共和会
手帳を持たない場合は取り締まり対象者であったと書かれています。
更にこの総連群馬県本部の役員のもう一つの疑惑は、密入国者では
ないかと言う疑いです。
林えいだい氏は朝鮮人は強制連行され皇民化教育と逃走防止に共和
会手帳を持たされた、と主張していますがそれは、朝鮮人にとって
は身を守るパスポートともいえる大切な身分証明書でもあったはず
です。
そもそも、姜氏は昭和16年に強制連行されたと主張しています
が、朝鮮人徴用は19年からです。もし、彼が共和会手帳を持って
いなかったとしたら、密入国さえも疑われても仕方のないことでは
ないでしょうか。
身分証明書をもたない取り締まり対象者が逃げに逃げまくって、
いつの間にか、朝鮮総連群馬県本部の幹部になっていたと、思えて
なりません。

以下そよ風ブログ過去記事から引用




群馬の森の朝鮮人碑の説明書消し去られた歴史
「群馬における強制連行と強制労働」より

今回取り上げるのは、姜 奉俊さん
群馬鉄山で終戦を迎えその後朝鮮総連群馬本部の役員を歴任した方。
昭和16年の4月に強制連行で千島列島パラムシル島に送られ強制労働
させられたと主張されています。このブログをお読みいただいている方
にはもうお分かりだと思いますが、朝鮮人が徴用されたのは昭和19年
9月からですから彼が強制連行されたというのは事実ではありません。

で、この方も他の4人の方と同じように、脱走を繰り返しています。
姜さんは宮城、福島、東京、長野と転々としたと、証言しています。
強制連行されているのになぜ次々脱走が出来るのか、大いに疑問
です。西岡力氏(産経新聞  平成12年9月26日)によると、当時、
現場を逃走し条件のよい飯場などで働く「自由労働者」(当時の用語)と
なった者が計画による動員労働者一に対して自由労働者七の割合であり、
日本政府は移送計画実施期間中も内地に密航した朝鮮人を取り締まり
朝鮮に送り返していた。
とあります。5人の在日の方々の証言は、正に、
この「自由労働者」で稼ぎに来た人々と状況が一致します。ところが
この5人全員強制連行されて日本に来て(但し昭和19年9月以前)、
強制労働をさせられ、死ぬほどの過酷な状況から、仕方なく脱走を
繰り返したと証言しています。
しかし、職場を勝手に脱走出来て、もっと条件の良い職場に移って
行ける状況を強制連行、強制労働と言うのは捏造です。
そして、今回着目したのは、姜 奉俊さんが、協和会手帳を持たない
脱走者であり、いつ逮捕されるか分からない身分であったと証言
して
いる点です。

引用ここまで



在日コリアン青年連合(KEY) | 協和会より
協和会会員証は世帯主などに配布される一方で、協和会各支部には会員証交付台帳が備え付けられ、会員管理の主な手法となっていた。
 協和会会員証は当時、就労・列車乗車中の検査・朝鮮半島への帰国・食糧配給などのとき、必ず提示を求められた。協和会会員証を持たない者は雇用されないなどのペナルティをとられるだけでなく、強制連行労働からの逃亡者であるとの疑いをもたれ、取り締まりの対象とされた。
 なお1941年3月の国民労務会員証法によって朝鮮人も労務会員証(*)を持つことになり、そのため朝鮮人は2冊の手帳を持たねばならなかった


(朝鮮からの密航者が)怒涛のごとくどんどん入ってきた (国会議事録から)



朝鮮人の密入国について、N様から、投稿がありました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

朝鮮半島からの密航者問題は昭和30年頃の国会でも議論され、
次の議事録となって残っています。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/022/0488/02206180488023a.html

現在忘れらている国会での議論があった事が分かると思います。

ーーーーーーーーーーーーーーー

以下一部抜粋です。

第022回国会 法務委員会 第23号
昭和三十年六月十八日(土曜日)午前十時五十九分開議
 
出席委員
   委員長 世耕 弘一君
   理事 三田村武夫君 理事 馬場 元治君
   理事 福井 盛太君 理事 田中幾三郎君
      今松 治郎君    椎名  隆君
      高木 松吉君    長井  源君
      林   博君    横川 重次君
      猪俣 浩三君    神近 市子君
      細田 綱吉君    吉田 賢一君
      志賀 義雄君
 出席政府委員
        法務政務次官  小泉 純也君
        法務事務官
        (矯正局長)  中尾 文策君
        法務事務官
        (入国管理局
        長)      内田 藤雄君
 委員外の出席者
        専  門  員 村  教三君
        専  門  員 小木 貞一君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 出入国管理令の一部を改正する法律案(内閣提
 出第一〇六号)人権擁護に関する件
    ―――――――――――――

抜粋

○神近委員 
今六十万の朝鮮の方々がいる。そしてその方々が日本の
失業状態のあおりを食って、なかなか仕事が得られない。
仕事が得られないために犯罪をたくさん犯す。
これは私憎みたくないけれども、いろいろの新聞その他に出て
おります犯罪にとても朝鮮の人が多い。

それから私どもが視察して参りました基地の周辺に
おけるあってほしくないいろいろの事柄にも全部あの人たちが出ていて、
ちょっと私どもが近寄るのが危険なくらいに感ぜられる。
一体そういう状態にほうっておいていいか。。

内田政府委員:問題はそう簡単でなく、極端かもしれませんけれども、
六十万と推計をせられる朝鮮人のうち、日本から母国に帰りたい
という者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。


一方向うからは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、
命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん
入ってくる。

そしてこちらから強制送還をしようといたしましても、
韓国の政府がこれを容易に受け付けないというところに

人道問題だけでは解決しない大きな国と国との外交問題と申しますか、
もう入国管理局だけでは手に負えない大きな外交問題となってここに横たわって
おるのは、私が申し上げるまでもなく、
御理解をいただいておると思うのであります。
ですから、要するに、こちらは国際的ないわゆる紳士としての態度をもって
韓国に接しましても、韓国の方は、紳士的でないとは申しませんが、
御承知の通り李承晩ライン、その他漁船の拿捕の問題、こちらから、
密航した者を密航したという確証をあげて韓国に申し入れましても、
その送還を容易に受け付けない、こちらは向うから出てきた者を
受け入れっぱなし、不法入国であろうが何であろうが、
返すことができないで、大村収容所にはますます人員がふえていく、
それをみな国費で、国民の血税で養ってやらなければならない、

その取扱いについても、きわめて懇切丁寧にしなければ、
人権じゅうりんというような問題まで起きてくる。



○神近委員  さっき一人も韓国に帰りたい希望者がないというようなことをおっしゃった。
それは韓国に帰る希望者はないかもしれません。しかし北鮮に故郷を持っている
人たちの中で帰りたいという要望は、この三、四年強く出てきておる。
私は大村に千三百人もかかえて国費を年間一億何千万も使って
おるということがもったいないくてしようがない。

それでその人たちが仕合せであるかどうかというと、
これはまことに悲惨な状態にある。そういうことを三年も四年も五年も見過ごしに
できないというのが国民一般の考え方だろうと思うのです。
それで一人も帰りたい人のいない韓国のことは一応暫定的に国交の再開を待つと
いたしましても、少くとも(北朝鮮の方からは)三千人余りの学生と
それから技術者だけでも帰してもらいたいということは要望がきて
おるはずであります。
北鮮から四十何人とかごく少数でございましたけれども、これは受け取らなければ
ならないはずであって、それを受け取る場合に、自分たちの受け取ることだけ
考えないで向うに返すということも同時的に考えることはできないかということでございます。
この間アジア平和会議に行った人たちが北鮮に行ったが、
向うでは学生や技術者――これは要望が行き届いていたかどうかと思いますけれども、
ともかく受け入れる、いつでも帰ってきてもらいたい、学生はただで教育してやろうと
いうようなことがやはり新聞に出ておりましたけれども、そういうことを考えれば、
これはどちらも国交がないということでは同じですから、どちらを選ぶということの
意思表示は要らない。

内田政府委員:韓国から最近三十名ほどの子供たちが入ってきた。
おとなは三十何人逃げてしまった。

現在におきましても、海上保安庁等が非常に少い施設、人員におきまして、
一生懸命努力しておられるわけでございます。また警察も警察で陸に上った直後等に
つきましては、いろいろ報奨金などを出しながら現行犯をつかまえるのに苦労しておられる。
そういう状態におきまして、中央の法務省に問題を持ってくると
どんどん許可されてしまうということになりましたのでは、
現場においていろいろ苦労をせられておる方々の努力を全く
無にしてしまうということになり、ひいてはこういう密入国の問題が
非常にルーズになっていくおそれが多分にあるわけでございます。


結局われわれが現行犯でつかまえた者までも許可していくということになりますと、
そういうブローカーたちを喜ばせるというような結果にもなるわけであります。
われわれができるだけ密入国というものを阻止したいという根本の方針と矛盾する
ような結果にもなるわけであります。

    ―――――――――――――

○椎名(隆)委員 どうも朝鮮の連中は、おいらの方は戦勝国だ
日本は戦敗国だというので、向うはだいぶいばっているのです

李ラインを越すといい船だったらみんなふんだくって返してよこさない。ただし人間だけは
辛うじて帰してよこすというような状態になっておるのですけれども、今向うに抑留せられて
おる日本人は一体何人ぐらいいるかおわかりになりますか。

戦勝国といっていばりにいばり抜いておる。私たちの町にも
漁業家が相当あるが、向うへ行くたびにびくびくして出漁しなければ
ならないという状態です。

漁業においても締められておる。いわんや朝鮮人の悪質な連中はヒロポンを製造、
販売し、国民の保健を非常に傷つけておる、あるいはこっちに来て酒をどんどん
作っておる。しかも国家の酒造税の収入を妨げておる。
悪いことばかりしている連中が多い。
これはこっちがあまり待遇をよくするから、朝鮮人の連中は、
向うで食うに困ったならば日本に行った方がいい、日本に行きさえ
すれば待遇がいい、日本に行きさえすれば生活ができるというような
ところからどんどん入ってくるのじゃないかと思う。
向うさんがそうであれば、こっちもある程度人道上の問題も考えずに、
日本に行ってもむずかしいのだという観念を与えた方がいいのじゃないかと思うの
ですが、どんなものでしょうか。
○内田政府委員 一つの御意見かと存じますけれども、政府といたしましてはそういう
ことをやりたくないと思います。

    午後零時三十九分散会
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