そよ風

マスコミの偏向報道、教育の場での自虐史観授業等に日本の危機を感じています。
先人達が命をかけて築きあげてきたこの素晴らしい国、日本を失わないため、私達は行動します。

的場光昭

再掲載 <アイヌ民族は先住民族ではない>




【道新、毎日、朝日、共同通信】


“不都合な真実”を彼らはなぜ恐れるのか?

以下一部抜粋ーーーーーー

的場 光昭氏

 (神26年11月17日

アイヌ民族を歴史的、科学的に考証すると

DNA鑑定のミトコンドリアDNAの分析によって

そのルーツははっきりしている。

アイヌ民族が12世紀ごろ樺太から北海道に

渡って来たことが判明する。

彼等はオホーツク文化人を滅ぼして、

北海道にやってきた。

北海道の縄文人には、

アイヌ民族の特徴であるミトコンドリアDNAの

ハプログループYがない。

北海道の縄文人とアイヌは全く関係ないと言える。

江戸時代以降の日本人女性には

アイヌのミトコンドリアDNAハプログループYがみられる。

ミトコンドリアDNAは女性に伝わる。

江戸時代以前に倭人が北海道に多数いて

彼女達と交わった事がわかる。

平取町からは正倉院御物同じ組成の 青銅器(奈良時代)

が出土している。つまり、アイヌが北海道の先住民族だ

という前提は物的証拠によって完全に覆されており、

奈良時代に既に天皇の力が北海道にも及んでいた事を

物語っている。




小野寺議員の質問によって

北海道庁も

アイヌ民族が先住民族ではないと認めている事が

判明。

北海道庁役人は 有識者懇談会の報告を元に

縄文人は15000年以上前から

北海道に住んでいたが

アイヌ民族は13~14世紀頃に移り住んだと、

答弁。

小野寺議員は、その答えを引き出した上で

アイヌ先住民族決議はおかしいと

指摘。





北海道新聞もついに誤報を報じた

韓国の異常判決の次は中国による日本企業提訴だ!

 韓国異常判決の次は中国の日本企業提訴だ!

まず、平成26年(2014年1月16 日)の産経新聞をお読み頂きたい。


日中戦争時の日本企業による強制連行をめぐり、中国人被害者や遺族が日本企業を相手に損害賠償や謝罪を求める集団訴訟を中国内で起こす検討作業を進めていることが、分かった。対象企業は三菱マテリアルなど数社。日本の計約20社が対象となる大規模訴訟に発展する可能性もある。複数の関係者が明らかにした。
 強制連行をめぐっては日本での裁判で被害者側の敗訴が確定しているが、中国内で本格的な訴訟は起きていない。中国の裁判所で日本企業に賠償命令が出れば韓国に続く動きで、日本は近隣国との関係でさらに厳しい状況に追い込まれる。
 三菱マテリアル広報・IR部は「国を抜きに解決はない」との立場を示した。
 北京や山東、河北両省などの裁判所で提訴する計画で(1)強制連行を認め謝罪(2)すべての被害者側への賠償(3)慰霊・祈念碑を日本国内に建てることを求めよう−を求める方針。韓国で元徴用工への損害賠償を命じる判決が続いたことを参考にしている。日中国交正常化をうたった1972年9月の共同声明は「中国政府は日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する」と規定している。(共同)
2014.1.16 08:16
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140116/chn14011608180001-n1.htm
http://hiroshi-i.net/

この問題に早くから警鐘を鳴らしていた的場光昭氏。


のご著書によると、北海道新聞は北京共同の記事として


中国の集団提訴は韓国の損害賠償を命じる判決が続いたことを参考と
している。沖縄・尖閣をめぐる対立や靖国神社参拝で日中関係が
悪化したことを受け急速に動きが活発化した。

と報じている。つまり、中国も戦時中労働者問題を日本を揺さぶる
カードにしているのは明らかなのだ。
強制連行されたと主張している中国人は3700人ともいわれ、
この訴訟は習近平マターになっているという。
知らぬは日本人ばかりなり。
日本は情報戦争を仕掛けられていた。
韓国、中国、反日日本人の反日トライアングルにより163基の
追悼碑という地雷を埋め込む工作活動が完成していたのだ。

昭和47年の日中国交正常化交渉後の共同声明は「中国政府は日本国に
対する戦争賠償を放棄する
」と規定されているにもかかわらず、個人賠償
請求はできるとする国際条約無視の手法は韓国と通底している。

さてその中国による地雷のひとつが北海道旭川市の中国人強制連行事件
殉難烈士慰霊碑だ。





確かな資料もなく、科学的な遺骨収集もなく、強制連行されてきた
中国人が奴隷のような過酷な強制労働を強いられ亡くなったという、
いわば、歴史の捏造による日本人の洗脳工作だ。
そしてこの
の前で毎年、一般市民を締め出して政治家や役人も参列
する
慰霊祭が盛大に行われる。群馬の森の朝鮮人碑と全く同じ。
的場氏の本によるとその参列者名簿がすごい!
中国、朝鮮韓国がこの碑による工作活動にどれほど力をいれているか
お分かりいただけると思う。上掲の産経新聞にある、中国でこれから
裁判で求めようとしていた
(3)慰霊・祈念碑を日本国内に建てることを
求めよう
の条件はに開始され、日本人の売国行為は極まれりだ。

在日中国札幌総領事館領事、華僑、総連旭川支部、民団旭川支部
旭川市長追悼文代読、旭川市役所担当部長、東川町長追悼文代読、役場関係者6名
町議会議長、副議長、町議会議員農協組合長、商工会議所、東和土地改良区前理事長
県議会、共産党、民主党、公明党議員達、市議日中友好促進議員連盟会長、
日中友好協会会長その他政治団体多数、旭川九条の会、北教組、
立正佼成会旭川協会中央支部 
などなど。

中でも的場氏が、政治家で問題にしたいのは今津 寛氏(落選中)だという。
彼は地元の有力な自民党議員だった。
しかし、鈴木 宗夫議員に踊らされてアイヌ民族を先住民族とすることを求める
決議の先頭に立って我が国の名誉を貶めたのだ。

写真

北海道6区 北海道ブロック 今津  寛(71)

中国は、今虎視眈々と韓国と日本の行方を見守っているだろう。
文大統領に話し合いを求めている場合ではない。
今すぐ日中友好議員連盟、日韓議員連盟を解体し断固制裁措置に
踏み切って頂きたい。
(文責・鈴木)



猿払村の反日碑こっそり移設建立されていた!

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(写真・的場光昭氏)

皆様の抗議の声で建立を阻止できた猿払村のインチキ碑がいつの間にか
朱鞠内湖に移設建立されていました。
この碑を立てたのはお笑い旧光顕寺にあるデタラメ石碑板を立てた団体、
強制連行・強制労働犠牲者を考える
北海道フォーラム等。
嘘も百回言えば真実になると信じている団体。
旧光顕寺の石碑盤に刻まれている人達は全員密航者。
嘘と捏造の石碑です。大嘘を物語る当時の労働者の写真が残っています。
その逞しい肉体は医師である的場先生も、栄養と睡眠が十分であったと

太鼓判を押されています。

今回の異常な韓国の朝鮮人労働者への賠償命令判決は1日にしてならず。
日本国内の反日左翼の、なんとしても日本人に罪の意識を植え付け、
日本から多額の金を強請り取ろうとする長年の活動の積み重ねなく
してはありえません。
日本の津々浦々で飽くなき悪巧みの執念をもやし、日本人の弱点を
利用し記録を残したもん勝ちと邁進した反日左翼の長い長い努力が
あった事を忘れてはなりません。
我々は左翼の運動に100年、100周、100万歩遅れていると
実感しています。
(文責・鈴木)

ご参照幌加内旧光顕寺の反日石碑銘板
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


以下的場 光昭先生のFBより引用させて頂きました。


平成二十四年東川町における、「朝鮮人強制動員感謝の碑建立」を
阻止し、翌年には美瑛町での朝鮮人強制連行犠牲者の発掘調査で
出た人骨がニセ人骨だと暴いて石碑建立を断念させ、さらに猿払の
石碑も撤去させたのではあるが(詳しくは拙著『反日石碑テロとの
闘い』参照)、その猿払の石碑が朱鞠内湖に移設建立されたと
北海道新聞が報じていたので、調査に行ってきた。
石碑は文章も稚拙で、書いた人物の頭の悪さがにじみ出ていた。
石碑の裏にはハングルが彫られていたが、日本語と同じことが書か
れているのかしら。
30mほどの崖っぷち手前1.5mのところにあって、ハングルは
十分距離をとって撮影できなかったのですが、どなたか翻訳して
いただけることをお願いします。

教訓:嘘は頭の良い人間のためにある。頭の悪い人間はうそを
ついてはいけない。なぜならすぐにバレるから。


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北海道新聞よ!直ちにお詫びと訂正記事を掲載せよ!

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匪賊は抗日武装勢力ではない!

的場 光昭氏FBより
8月14日 11:38 ・

北海道新聞の反日キャンペーンは毎年8月15日に向かって絶好調です。
写真は本日8月14日朝刊1面6段ぶち抜きの記事です。
吉田隆久記者は鬼の首でも取ったような自信満々の書きぶりですが、残念ながらこの記事で社内の出世街道からは転落間違いなしですね。
 以前、朝鮮人強制連行のニセ人骨・ニセ墓穴を記事にした旭川支社長を徹底的に追及して、常務取締役へ道を断ったり、NYタイムズに載った猿払村の記事を書いた東京支局長マーチン・ファクラーを退職に追いやった自分としては、二人に比べて小物感はぬぐえないが相手にせず放置するわけにはいかないので、匪賊について吉田記者の誤りを指摘しておきます。

まずは和辻哲郎を引用します。
 
シナにおいてしばしば現われた統一的な大帝国である。ヨーロッパでこれに拮抗し得るものはただ最盛期のローマ帝国のみであるが、シナでは秦漢以来あとからあとから現われ、最後の大清帝国は近いころまで続いていた。この点のみを見ればシナ人はすぐれた政治家のように見える。しかしこの大帝国なるものは、国土のすみずみまで統治の行きわたったきめの細かな国家ではなかったのである。外観は整然たる大帝国でありながら、民衆は本来無政府的であり、国内の匪賊は常に百万乃至二百万を数える、それがシナの本来の姿なのである。・・・シナの国家と言われるものはこういう民衆の上にのっている官僚組織なのであって、国民の国家的組織ではなかった。・・・政府そのものが無政府的であると言わねばならぬ。
和辻哲郎:『風土』 岩波文庫 P157

次に、総山孝雄先生

満州事変の発端となった柳条湖事件の調査にきたリットン調査団の一人のマツコイ米代表が、朝鮮を旅行して当時の宇垣朝鮮総督に面会し、次のように話していたことが記録に残っている。「自分は東洋における一つの驚異を発見した。我々は朝鮮というと満州と地続きで、匪賊が横行し、産業も振るわず、赤土色の禿山の下で民衆は懶惰な生活をしているとばかり思っていた。然るに鴨緑江の鉄橋を越えると、予想に反して見渡す山野は青々と茂り、農民は水田で孜々として働き、工業地帯では煙突からもくもくと煙が上がり、駅頭で見る民衆の服装もよく秩序も正しく、治安もよく維持されていて満州に比べて別天地の観がある・・・」・・・また、終戦直後韓国に進駐した米軍政官リール・リーズ少佐も次のように話している。「日本統治下の朝鮮は悲惨なものとばかり思っていたが、道路交通網は整備され、水利潅漑施設は行き届き、学校校舎の立派なことなど驚きに堪えない」と。
総山孝雄:『韓国の方々にモノ申す』 正論 98.4.P300〜304

続いて黄文雄先生

満州(日本統治以前)
 十九世紀までの東アジア史は、日本を唯一の例外として、戦乱や飢餓に満ち満ちている。・・・満州では馬賊が名物で、台湾と同様瘴癘の地でもあった。中国にいたっては十八世紀以降、百年内戦に悩まされ、自然破壊、社会崩壊によって年々飢饉が発生し、流民、餓死者が続発していた。また「賊のいない山はなく、匪のいない湖はない」といわれた匪賊の大陸でもあり、その数は推定で二千万人とされ、それが地方を支配していた
黄文雄:『日本の植民地政策は間違っていなかった』 正論 03.12.P299
次に実際に匪賊を体験した私の患者さんの体験談(生前承諾を得て地元誌や月刊正論、拙著に紹介した一文です)

多くの読者には土匪という言葉になじみがないと思われるので説明を加える。土匪あるいは匪賊は集団で略奪暴行を行う盗賊のことである。パールバックの『大地』などを読めば凡その想像は可能であるが、ここでは関東軍の兵士として満州に駐屯した、当麻町の田井亀太郎氏(故人 大正二年五月生まれ、実名をあげることは生前に地元誌にこれに触れる記事を書く際に了承を得ている)に筆者が直接聞いた話を紹介する。

着任早々のこと、城壁の上では銃眼に火薬と石をつめた鉄管がずらりと並べてある。どうするのかとたずねると、土匪が収穫した穀物をぶんどりに来る。おとなしく渡せば事は起こらないが、それでは城内が飢えてしまうので、戦う用意があることを示せば交渉次第によって巻き上げられる穀物や金品が少なくて済むのだという。
 
田井氏の任務は治安維持、つまり土匪からの住民保護だった。城外の畑で作業する婦女子を土匪が誘拐することもしばしばあったので、日本兵はどこへ行っても歓迎されたという。

写真1は強制連行の証拠として朝日新聞に載ったものですが、実は匪賊から婦女子を守る日本兵です。
写真2は朴慶植の捏造本に日本軍に虐殺されたと紹介されている写真です。
写真3は朝日新聞が1984年に南京大虐殺の証拠として掲載したものの元写真。
朝日新聞の記事では写真の上部が切り取られていたが、実際は「鉄嶺ニテ銃殺セル馬賊ノ首」と印刷されており、満州の文房具・写真屋で売られていた組写真の中の1枚で、南京の犠牲者ではなかった。清の警備当局に射殺された匪賊の首という説もある。
同じ写真なのに「匪賊ニ惨殺サレタ朝鮮人」と印刷されたものもある。
匪賊は支那大陸住民からも恐れられた凶悪強盗集団であり、断じて犢各武装勢力瓩覆匹任呂覆ぁ

吉田隆久記者はもちろん、北海道新聞社長および役員一同に対して、日本国民そして北海道大学およびその関係者の名誉を傷つけたことに対して、お詫びと訂正記事を掲載するよう強く求める。

強制連行の大嘘の基礎知識 その1

(文責・鈴木)

強制連行の大嘘の基礎知識  その1

的場光昭氏の反日石碑テロとの闘いから転載させていただきました。

Wikipedia
の猖儼朕↓瓩砲弔い督媛探事を書いておきました。

 

朴慶植の代表著作である『朝鮮人強制連行の記録』(未来社)の信憑性については的場光昭氏がその著書『反日石碑テロとの闘い』(展転社)で詳しい検討を行っている。

朴の著書において南方へ強制連行されたという人物について、北海道新聞が記事で紹介した総督府に残る資料

と照合してその実態を明らかにしているが全く強制連行には値しない。

著書に紹介された人物は、干ばつによる飢饉を逃れて妻と四人の子供を連れてパラオに移住し、さらに二年後には横浜で一男を出産している。

朴の著書にあるような昼夜分かたず官憲が男たちを狩り集めて連れ去ったという状況からかけ離れた実態を明らかにしている。

 また的場氏は自身のブログで朴の著書巻頭の5.30間島事件、朝鮮人虐殺の惨状瓩搬蠅靴篤本人に虐殺されたと紹介されている写真について、この生首写真

は朝日新聞が1984年に南京大虐殺の証拠として大々的に報じ、後に取り下げたものと同じで、それは昭和6(1931)当時の朝鮮と中国の国境に位置する会寧にある文房具兼写真屋で「匪賊ニ惨殺サレタ朝鮮人」もしくは「鉄嶺ニテ銃殺セル馬賊ノ首」として売られたものだと紹介している。

 おなじく山積みにされている小児の死体の写真

についても、「土匪のために殺された鮮人の幼児」とあるのを南京大虐殺の写真として転用されていたものを、5.30間島事件、朝鮮人虐殺の惨状瓩亮命燭箸靴橡僂使いまわしていることを明らかにしている。

 このように朴慶植の著書は冒頭から捏造で始まっており、全く信頼に値しない。この犇制連行瓩独り歩きして、これに吉田清治と朝日新聞が追い打ちをかけ、日韓関係を大きく損なう原因になったことを考えれば、朴慶植は北朝鮮もしくは中共の命を受けて日韓分断工作のために活動していたのではないかとすら考えられる。

 

ご確認ください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B4%E6%85%B6%E6%A4%8D

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