2008年07月06日

15-15.柵口なだれ災害受難者慰霊碑

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建立者/能生町・柵口区
建立年/昭和61年11月

 昭和61年(1986年)1月26日の夜半、新潟県権現岳の中腹から発生した表層雪崩が柵口地区を襲い、家屋もろとも20数名を生き埋めにした。必死の救出作業も空しく死者13名、負傷者9名を出す惨事となった。
 この雪崩による災害は、規模が非常に大きかったために、災害の復旧に当たっては、建設省所管の雪崩対策事業と、林野庁所管の災害関連緊急治山事業、なだれ防止林造成事業とで工区を調整しながら、工事が実施された。建設省所管の雪崩対策事業では、全国で初めてという雪崩の勢いを緩和する減勢工と、防護工事が合わせて行われている。
 受難者慰霊碑には、亡くなった13名の氏名が刻まれており、昭和61年11月に建立された。



表面
柵口なだれ災害
受難者慰霊碑
衆議院議員 高鳥 修 謹書

裏面
昭和六十一年一月二十六日夜半突如として襲った表層雪崩は一瞬のうちに住家と共に三十数名を呑みこんだ。
消防団警察官付近住民の八時間にわたる必死の救出作業もむなしく十三名の尊い命を奪う大惨事となった。この災害に寄せられた方々の御厚志に心より感謝し柵ロ部落の永遠の発展と受難者の御冥福を祈念して迫棹の碑を建立する。

昭和六十一年十一月 能生町長 伊藤仙太郎
          柵ロ区長 白石司
          敷地協力者 土田重右エ門



spc_mapping2 at 06:26│Comments(0)TrackBack(0) 昭和40年〜 

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