青森県河川砂防課

2008年06月30日

2-1.大然部落遭難者追悼碑

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建立者/旧赤石村(現鯵ヶ沢町)兼平村長他有志一同
建立年/昭和26年11月
位置確認/青森県河川砂防課

 青森県西部の鯵ヶ沢町で、第二次大戦の最中の昭和20年3月22日、夜来の豪雨により未曾有の雪泥流災害が発生した。これによって旧赤石村大然部落20有戸はことごとく流失し、しかも夜間の災害であったことから87名もの死者を数えた。その雪泥流のすさまじさは、生存者がわずかに16名であったことからも容易に推測される。
 この石碑は遭難者の追悼のため昭和26年に建立されたものである。

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2008年06月27日

2-3.青森県砂防発祥の地の碑

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建立者/青森県・鯵ヶ沢町
建立年/平成6年11月25日
位置確認/青森県河川砂防課

 赤石川は、世界遺産に登録されている白神山地に源を発し、大小80余りの支川を合流して、青森県鯵ヶ沢町赤石地区で日本海に注いでいる。流域は白神山地のブナ原生林を始め、V字渓谷の赤石渓谷など、その雄大な自然で知られている。しかし、地質は脆い泥岩が広く分布しており、各所に崩壊地や地すべり等があり、幾度となく氾濫が起きている。最も悲惨な被害は、昭和20年(1945年)の雪泥流で死者88名を出し、大然部落が全滅した例がある。
 青森県では、昭和8年(1933年)荒廃の著しい支川の築出沢と鮎石沢に粗石コンクリートの砂防ダムを建設した。これが県における最初の砂防事業であった。「青森県砂防発祥の地」の石碑はこの地から始まった青森県の砂防の歴史を後世に伝えるため、平成6年に建立したものである。

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2-2.追善供養観音像

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建立者/旧岩木町(現弘前市)(観音像建立協賛会)
建立年/昭和52年8月
位置確認/青森県河川砂防課

 昭和50年8月5日の夜半から6日の未明にかけて、雷雨をともなった集中豪雨により発生した土石流が岩木山麓の百沢集落を襲った。これによって住居22棟が一瞬のうちに流され、22名の尊い命をはじめ貴重な財産が奪われた。
 この激甚災害の指定を受けた岩木町百沢地内の蔵助沢土石流災害は、関係機関の復興にかける熱意と意気込みによって、砂防一定災害としてわずか2ヵ年で復旧を果たした。
 岩本町では工事の竣工を期に観音像建立協賛会を発足させ、犠牲者の冥福を析る追善供養のために、三回忌を期して観音像と示現堂(資料館)を建立した。現在も毎年8月6日に慰霊祭を挙行している。



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