2008年04月16日
J-デステクノとは何か!?
J-POP、Jリーグ、J-ビーフ…とJ〜と付くものは多くあるが、J-デステクノなんぞ聞いたことがない。なんぞ、それは?ということだが、その前に「デステクノ」の説明をしないといけない。時は大きくさかのぼって'90くらい。まだまだテクノの黎明期。ジャンルの細分化もなく、「ハウスの激しいやつ」くらいの印象か、YMOのテクノポップの今(90年自分の)風解釈か、といった時代。この頃、UKでブレイクビーツ・テクノというものが火が付き、ベルギーではニュービートとよばれたテクノのムーブメントに火が付いていた。そして日本はバブル真っ直中。日商岩井が芝浦に作った「ジュリアナ東京」、今でこそお立ち台・ボディコン・扇子という、風俗面ばかりがクローズアップされているが、ヨーロッパの最先端のダンスミュージックを輸入するという明確なコンセプトの元に運営されていたのだ。
当然その当時そこでかかる音楽は上記の「テクノ」となる。お立ち台にボディコンという分かりやすいアイコンと、「トキオー!」の叫び声とともに、テクノは日本に上陸した。ヨーロッパでは実は局地的なブームでしかなかったこともあり、分かりやすいハッタリ感のあるオケヒットの音から想起される商業感・風俗感などが本当のクラブ音楽好きからは敬遠された。これらの音楽は様々な呼び名が付いた。その中のひとつが「デステクノ」だった!
インパクトのある響きでありながらも、どこかアホさを感じさせる絶妙なネーミングを誰が言い出したかは諸説ある。avexのフリーペーパー「ビートフリーク」で用いられた、WAVEの店員が名付けた…と。どちらにせよ「デステクノ」は日本でしか通用しないジャンル名であり、T99やL.A.Style、広義ではProdigyやAltern8までデステクノと強引に括った。日本得意の独自解釈である。
当時のテクノの進化は速く、オランダでは突然変異的にロッテルダムテクノとなり、UKではジャングルが生まれ…と90年代前半はテクノの進化が最も激しかった時期だ。色々なジャンルに細分化して、それぞれがシーンを作っているのが現在である。しかしながらこの時代の音はオールドスクール・ハードコア・テクノとも呼ばれ、愛好者はいまだに多い。今ではちょっと考えられないオケヒットの使い方やワンショットの声ネタ、女性ボーカルに男性ラップ、ブレイク部分にピアノ… 聞いていると頭に浮かんでは消えるお立ち台ボディコンのイメージに、完全に恥ずかしいジャンル、時代のあだ花となったデステクノ。細分化の波から取り残されて、デステクノはデステクノ1代限りで途絶えてしまったのだ。ダサいが憎めない、フロアをどうにか盛り上げようと必死な作曲者の姿が見えてしまう人間的な臭さのある未来の音楽、それがデステクノだ。
スピードキングクルーは当時から皆デステクノが大好きであったし、ナードコアも音的にはデステクノの影響を大きく受けている。いわば、スピードキングのルーツはデステクノだ。ならば一度、2008年の現在、改めてスピキンクルーでデステクノに向かったらどうなるか?ということで作られたのがこのコンピレーションCDであり、15年ごしの日本からのオマージュであり、今の時代にデステクノがあったら?を体現したこのコンピレーションの音を恥ずかしげもなくJ-デステクノと括ってみた。









