2006年07月31日

第三の道

いきなり長い引用でごめんなさい。

発熱地帯: 日本人はもっと自分の感覚に自信を持っていい
日本のユーザーから支持された新しいコンテンツが全世界に広がっていく。ファミコンだってそうでした。慢心は危険です。けれども自信を失い、自分たちの立つ場所を見失うのも非常に危険です。ボクはある時期、日本のゲーム開発者は自信を失いすぎたと思います。そのせいで、おかしな欧米ゲーム開発優位論に惑わされてしまいました。ソフトが売れない時期が少々長く続いたからといって、「市場が保守的。日本のユーザーが悪い。欧米市場マンセー」などと叫び出す。その末路は知れたものです。

(中略)

ユーザーは適切な方向が見えているのに、一部のゲーム開発者は「見えない、俺には見えない」と叫んでいるのです。目の前にユーザーがいるのに、目をそむけています。滑稽な話です。彼らのすべき事はただ1つです。まっすぐ前を見ろ。たったそれだけで、混迷から脱け出すことができるはずです。
日本国内でDSが熱狂的に支持されてる→欧米でもDSが売れだした→つまり日本人の感覚のままでも欧米で通じる。開発者はもっと自信を持って。

という流れだと思いますが、実際は日本国内も、一部の任天堂のDSタイトルだけが熱狂的に支持されているだけで、他のプラットフォームはもちろんDSのサードも、ほとんどがお寒い状況のままなわけですよね。

つまり

日本人の感覚=任天堂開発者の感覚=欧米の感覚

とおっしゃりたいのだと思いますが

上記3つの感覚≠任天堂以外の日本人開発者の感覚

つまり自信を持っていいのは任天堂開発者だけ。という結論になってしまいそうです。まぁ今のところ実際そういう状況になりつつあるので、DAKINI氏がそう言い切っても僕は全然問題ないと思いますよ。

日本のゲーム開発者が欧米ゲームの劣化クローンみたいなソフトを一生懸命作っても仕方ないんです。自分たちが信じる、素直に感じられるものを、全世界で売れるように作り上げることが大切です。
欧米ゲームの劣化クローンのようなタイトルは、僕もマズいと思う。最近の日本の360タイトルなんて、特にそんな感じですよね。僕から見ても「洋ゲーってこんな感じでしょ?」という古臭い洋ゲー観の表層的な模倣としか感じられない。そんな作り方じゃ北米ユーザーの目は誤魔化せないですよ。

でも、残りの選択肢がいきなりDSの成功例というのも極端な気がするので、何か他の道が無いかちょっと考えてみる。

360の北米ロンチで、リッジレーサーの売り上げが、ロンチの全16タイトル中最下位という話があったじゃないですか。ユーザーにもメディアにも思い切り駄目出しされたけど、あれは別にリッジが欧米ゲームの劣化クローンだったからというわけじゃないです。理由は、同時に発売されたPG3とNFSMWの出来のほうが単純に良かったことと、リッジだけが違う方向を見ていたせいだと僕は思ってます。

僕が思うに、ゲームの価値観というのは、国や地域やプラットフォームを越えて、だんだんひとつになってきている。実際、市場もトレンド的にも同じような流れを感じるし、僕のゲーム観もここ数年そんな感じに変化してきてる。

原因は、単にマルチプラットフォーム化したからとか、IT化で情報の速度が変化したとか色々あると思います(そのへんは頭のいい人がいろいろ考えてると思うので置いときます)。

でもゲーム大国なのに日本だけが何故か、市場もユーザーの嗜好も開発者もネットも、タコツボ的な情報の速度上昇と消費になりがちで、世界を余り意識しない。言葉の壁とか色々理由はあると思うけど、それがもったいない。

話がそれてきたので具体的な例を出すと、2005年に出たGod of Warとバイオハザード4。

2本ともすごくよく出来たゲームだったと思うけど、僕が思うに、どちらもゲームデザインとは関係ない何かがよく似ていて、ゲームの座標の中で2本とも同じような位置にある印象を持っている。和ゲーっぽい洋ゲーとか、洋ゲーっぽい和ゲーとか言われてるけど、それもちょっと違う。うまく言えないんだけど、きっとどちらのタイトルも同じような方向を目指して作られていたんじゃないだろうか。

2本ともデザイン自体はオーソドックスだったけれど、同時多発的に出てきたその立ち位置が、僕はちょっと新しいと感じたわけです。

だんだん話がでかくなって、わけがわからなくなってきたのでまとめ。

変なナショナリズムを振り回すのでも、古臭い洋ゲーのイメージに無条件降伏するのでもなく、世界中の開発者が目指している第三の道というのがあるんじゃないか、日本の開発者こそ、そのアンテナを世界に向けて張るべきなんじゃないか、というのが今日の僕の意見です。


関連エントリー:
サバイバル

ノト at 01:29│TrackBack(0)

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by dmz   2006年07月31日 13:30
>日本国内でDSが熱狂的に支持されてる→欧米でもDSが売れだした→つまり日本人の感覚のままでも欧米で通じる。開発者はもっと自信を持って。
この辺がやたら鼻につく表現に思えました。任天堂を貶す下準備みたいなものにみえてしまう
DSだけじゃなくてICOやワンダとか評価されてるし、MGSも日本人的な感覚で作られた世界で通用するタイトルでしょうし
2. Posted by ノト   2006年07月31日 16:53
>日本国内でDSが熱狂的に支持されてる→欧米でもDSが売れだした→つまり日本人の感覚のままでも欧米で通じる。開発者はもっと自信を持って。

この表現は僕がまとめたもので、DAKINI氏の文章のニュアンスとは違いますし、文意も変わっているかもしれません。その点は誤解なきようお願いしますね。

確かにDS以外にも世界で評価されている(売れている)日本のタイトルはあると思います。

でも作家性に強く依存している部分が大きかったり、過去に評価されていても(売れていても)衰退傾向にあったりと、日本発の新しい大きな潮流というのは、DAKINI氏の言うとおり今はDSぐらいかもしれません。
3. Posted by ノト   2006年07月31日 16:55
ただ、任天堂だけがINで他はOUT、というのも極端な話だと思うので、「日本発」みたいな考え方はちょっと置いといて、「ビデオゲームのコモンセンス」を世界中のみんなと一緒に探っていったらいいのでは、と僕は思うのです。

エントリーで取り上げた2本のタイトルは、どちらもそのコモンセンスに歩み寄っている印象があったし、僕が感じる限り、そういうタイトルは今もどんどん増えてます。

ただ、そのコモンセンスというのが、投資額が馬鹿でかい、世界中からプレイヤーが参加する、とんでもないレッドオーシャン。彼らが進化の袋小路で自滅して、DSやWiiを代表とする新しい潮流が主流となる可能性も高いわけで… まぁそう考えるとDAKINI氏の言うとおり素直にDSで作ったほうがいいのかな、とも思いますねw

でも個人的には日本勢が早々にリタイアするのも寂しいので、何か道はないのかとエントリーを立てた次第です。