スピタメウォッチング

スピリチュアル好きによるエンタメウォッチング

米津玄師の「カムパネルラ」を聴いて。


今回は2020年8月5日に発売された米津玄師のアルバム「STRAY SHEEP」に収録されている「カムパネルラ」を取り上げてみたいと思う。ザ・米津玄師という感じの曲調で、ややダークな、神秘的な雰囲気も感じる楽曲。時折入る”キラキラッ”とした音色が、銀河鉄道の星々や天の川の輝きを想起させるようだ。冒頭の汽車が走ってくるような音も面白く、楽曲の世界観を物語っている。

楽曲のテーマは、”原罪”(罪の意識)、”傷”、”クリスタル”、”贖罪”といったもので、やや重めである。アルバムの中で一番最後に作られた曲とのことで、今の心情にマッチしたとても重要な楽曲らしい。コロナ騒動で誰もが誰かの死の原因になりうる(知らずにウイルスをばら撒いてしまうなど)といった世相も反映しているようだ。


※参考 音楽サイト『音楽ナタリー』
米津玄師「STRAY SHEEP」インタビュー 3年かけて磨き上げた傷だらけの宝石
https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi16

ロングインタビューの中で、「カムパネルラ」に関係するところを引用してみる。
(上記サイト 3ページ目より)
──「カムパネルラ」はおそらく「銀河鉄道の夜」の登場人物の名前から取った曲名ですよね。だからこそ、ジョバンニとカムパネルラのような、残された側と遠くに行ってしまった側の関係を描いた曲になっている。

はい。カムパネルラに対して歌っている曲ではあるんですけれど、歌っている人はジョバンニではなく、どちらかというとザネリというイメージです。ザネリはいじわるな子で、カムパネルラが死ぬ直接的な原因になってしまった人。自分はザネリにすごく感情移入する部分があるんです。人間は犯した過ちによって、直接的、間接的に限らず、誰かの死の原因になり得る。自分のいろんな選択が、誰かの死につながっていると思うんです。タイムリーな話で言うと、例えば自分が病原体の保有者で、それを知らないうちに人に感染させてしまって、それによってその人が重い病気になって死んでしまうこともあり得る。いろんな選択が誰かの死の可能性につながっている。ザネリはそれを目の当たりにした人間だと思うんです。カムパネルラの死に直接的に関わってしまって、それを引きずりながら生きていく。それが自分の性質としての自罰的な部分とリンクしたというか。


※参考 雑誌『ROCKIN' ON JAPAN  2020年9月号』

当該雑誌のインタビューにもこの曲に関する記述があるが、下記ラジオ等で語られている内容と似ている部分があるので割愛。


※参考 米津玄師によるyoutubeラジオ
『STRAY SHEEP radio』 筆者書き起こし要約文
(読み飛ばし推奨) 26:10頃~



<”取り返しのつかない事実”を磨いてきた人生>
一番最後に作りました。ある種の結論というか、このアルバムにおいて重要なことだとか残しておきたいという欲求が最後の最後にこういう形になりましたけど。自分はどうやってこういう人間になったのかっていうことを性懲りもなく考えるんですよね。結果論で考えるしかないんですけど、たまたまによることが多いなと思っていて。生まれた瞬間は球体で生まれてきて、生まれた国や都道府県だとか、周りに誰がいるのかとか、親は誰なのかとか、否応なく人生が定まってしまう部分があるじゃないですか。ポジティブな部分もネガティブな部分も含めて、取り返しのつかない事実ですよね。自らを宝石と例えたとすると、自己研鑽や葛藤を繰り返しながら、荒い部分は磨きながらやってきたわけですけど。基本的な生まれた瞬間からの10年間っていうのは取り返しのつかない事実であって。そこから逆算して自分は自分が輝くためにはどうしたらいいかってことを、考えながら形を整えていったんですけど。

<3年間の間に通り過ぎた子たちを覚えておきたくて>
「カムパネルラ」を作るに至ったもう一つ大きな要因があって。前のアルバムから3年くらい期間があいたんですよね。それに気づいた時に、もの凄く時間が経ったなと。3年間というのは中学生が高校生になったりする、子どもにとってはとてつもない時間ですよね。その間に自分の目の前からどれだけそういう子が通り過ぎて行ったんだろうと考えるんですよ。自分も中学生の時に好きだったミュージシャンとか漫画とかある中で、いまだに好きなものもありますけど、その時だけ好きだったものもそれなりにあるんですよね。自分のことを好きだった人間たちが興味を他に移して、自分の前を通り過ぎて行ったりもしただろうなと。もしくはこの世からいなくなった子もいるんじゃないかなって。この3年間の間に、このアルバムにたどり着く前にどこか無念を抱えながらいなくなってしまったんじゃないかっていう風に感じたりもするんですよね。俺はやっぱ、そういうやつらのことを覚えておきたいというか。自分にとってそういうやつらは想像の中の存在でしかない。本当にいたのかわからない、あやふやな存在でしかないものなんだけれども、音楽にすることによって、少なくとも自分の中にそういうやつらはいたということが形として残る。自分の中の傷として、どうにかして残したかった。この曲はそういう部分もあって生まれてきた曲であって、自分の中のある種の贖罪というか、そういう人に対する祈りのような曲になってるのかなと思いますけどね。


※参考 『銀河鉄道の夜』 宮沢賢治
新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫)
賢治, 宮沢
新潮社
1989-06-19


青空文庫はこちら
ウィキペディアはこちら

『音楽ナタリー』のインタビューで語られていたように、この曲は『銀河鉄道の夜』と関係性が深い曲であり、中でもザネリに感情移入して書かれているらしい。ネタバレになるかもしれないが(名作だから別にいいか…)、物語の当日に行われていたケンタウル祭というイベントにおいて、川に落ちたザネリを助けようとしたカムパネルラが亡くなってしまうという出来事が起きる。それが、”ザネリカムパネルラの死の直接的な原因となった”、という部分の説明である。
曲中では特に2番の歌詞において、『銀河鉄道の夜』に関係する言葉選びがなされているように感じる。その点については後述したいと思う。


●「カムパネルラ」(2020年8月5日発売アルバム「STRAY SHEEP」収録曲)



<MV考察>
MVも作られていることから、アルバムの中でも重要な曲であることが伺える。MVを簡単に考察してみよう。

主人公の女性は電車に乗っていることから(物語中で銀河鉄道は死後の世界に向かっているとされる)、物語に登場するカムパネルラの存在を象徴しているものと思われる。何らかの理由で亡くなってしまったか、米津の目の前から通り過ぎていった子、ということなのだろう。この女性はこの世からあの世に向かう電車に乗っているイメージ。

車窓を覗くと海が広がっていて、黒留袖や紋付き袴を着た男女十数名が歩いているのが見える。これは結婚式の時に新郎新婦の親族が着ているような服装である。彼らはその後、米津のバックダンサーとして踊るが、この時車いすに座っている人もいるように見える。筆者は、彼らは主人公のの女性より先に亡くなった先祖なのかなと考えたりもした。親族でかつ、車いす(高齢?)であり、ダンスシーンをよく見ると、米津よりも海側で踊っている。

海や波打ち際というのは、”命の境界線”として象徴されることが多く、この曲においても例外ではない。命の境界線において、海側にいる、つまりはあの世側の人間ということなのではないだろうか。
米津手の金粉、女性の涙の金粉は、汚れた手がきれいになるという贖罪の意味や、傷=涙が輝きを放つといった、今回のアルバムのテーマを象徴しているのではないかと思った。

「カムパネルラ 夢を見ていた
 君のあとに 咲いたリンドウの花
 この街は 変わり続ける
 計らずも 君を残して

 真昼の海で眠る月光蟲
 戻らないあの日に想いを巡らす
 オルガンの音色で踊るスタチュー
 時間だけ通り過ぎていく

 あの人の言う通り わたしの手は汚れてゆくのでしょう
 追い風に翻り わたしはまだ生きてゆくでしょう
 終わる日まで寄り添うように
 君を憶えていたい」(1番Aメロ、Bメロ、サビ)

1番は「カムパネルラ」(が象徴する存在含む)がこの世を去ったあとも、世の中は進んでいく、変化していくといったようなことが描かれている部分だと思う。

Aメロ「リンドウの花」とあるが、『銀河鉄道の夜』の作中にも登場する(『七、北十字とプリオシン海岸』の部分)。その辺りももしかしたら掛けているのかもしれない。
Bメロは「真昼の海で眠る月光蟲」と「オルガンの音色で踊るスタチュー」が(韻を踏んでいる)、戻らないあの日に想いを巡らす」「時間だけ通り過ぎていく」がそれぞれ対応しているように思う。もちろんここには、コロナ騒動という未曽有のことがあって、”それ以前の生活にはもう戻れないだろう”、といった意味も込められていると思われる。

「真昼の海で眠る月光蟲」というのは、夜には光る存在も昼間には気づかれない、のような意味であり、米津のラジオで語られていた”存在しているか定かではない、想像の中の存在でしかない”といった部分と重なるのかなと思った。「オルガンの音色で踊るスタチュー」の部分は意味がわかりづらいが、これは大道芸の様子なのかなと想像している。「スタチュー」というのはいわゆる”スタチューパフォーマンス”のことだろうか。この場合の「オルガン」はストリートオルガンということになるだろう。ストリートオルガンは”手回しオルガン”とも呼ばれている。



動画のように手回しで音楽が奏でられる仕組みだ。この動画を観て、「戻らないあの日に想いを巡らす」「時間だけ通り過ぎていく」の部分と関連するように思った。ハンドルをぐるぐる一方向に回す…もう「戻らないあの日」。また、誰かが亡くなった後もそんな悲しみとは関係なく、大道芸のような楽しみや娯楽のようなものが存在しているといった、そんな意味合いもあるのかなと思った。サビは後述。

カムパネルラがいるであろう…銀河の果てに思いを馳せて

2065952_s

「カムパネルラ そこは豊かか
 君の目が 眩むくらいに
 タールの上で 陽炎が揺れる
 爆ぜるような 夏の灯火

 真白な鳥と歌う針葉樹
 見つめる全てが面影になる
 波打ち際にボタンが一つ
 君がくれた寂しさよ

 あの人の言う通り いつになれど癒えない傷があるでしょう
 黄昏を振り返り その度 過ちを知るでしょう
 君がいない日々は続く
 しじまの中 独り」(2番Aメロ、Bメロ、サビ)

2番は「カムパネルラ」に思いを馳せる様子が描かれている。『銀河鉄道の夜』のエピソードと絡めながら、見ていきたいと思う。

Aメロ、「君の目が 眩むくらいに/タールの上で 陽炎が揺れる/爆ぜるような 夏の灯火」とある。「タール」とあるが、わざわざこの言葉を用いたのは、”石炭袋”と関係があるからなのかなと思った。「爆ぜるような 夏の灯火」というのは、”蠍”のエピソードと関係がありそうだ。続くBメロ、「真白な鳥と歌う針葉樹」とある。この「真白な鳥」というのは”白鳥”のことであり、「針葉樹」は白鳥の繁殖地であるタイガ地帯(針葉樹林)のことだろう。

”石炭袋””蠍””白鳥”と言えば、『銀河鉄道の夜』に出てくる銀河の場所を象徴する言葉である。一見意味の通らない単語の羅列は、この物語との関連性を示すものなのではないかと想像した。

※参考
「石炭袋」
銀河鉄道の旅の終点、南十字付近に現れる。(以下、ウィキペディアより引用 リンク

「銀河鉄道の旅は、銀河に沿って北十字から始まり南十字で終わる異次元の旅であり、ふたつの十字架はそれぞれ石炭袋を持っている[5]。石炭袋が一般に暗黒星雲だと知られるようになったのは最近のことであり[6]、かつては天文分野の専門書でもしばしば「空の穴」と表現されていた[7]。賢治は南北ふたつの石炭袋を冥界と現世を結ぶ通路として作品を構成した[6]とされている。 」

「蠍」
1301890_s

銀河鉄道の旅の途中、汽車に乗ってくる女の子が”蠍の火”のエピソードを語るシーンがある。蠍座はの星座であり、蠍の火というのは最も明るい赤い星、アンタレスのことである。
女の子はこう語る。小さな虫などを食べて生きてきたさそりが、ある日いたちに食べられそうになった。逃げようとして井戸に落ち溺れる。そして、”自分の命をいたちにくれてやったら、いたちは一日生き延びられたのに”、と悔い、神さまに”次はみんなの幸(さいわい)のために自分の命をお使いください”というようなことを祈る。そうして、さそりは自らの身体を真っ赤な美しい火になって燃やして、夜の闇を照らしている…というような話。
(以下、ウィキペディアより引用 リンク

「蠍の火のエピソードは本作中の重要な箇所で人間の罪、原罪の問題が扱われている[19]。さそり座は、星の寓意を豊饒に使用した宮澤賢治の作品群のなかでももっとも多く現れるものであり[20]賢治が一番好きだった[21]星座と言われている。」

「白鳥」
824369_s

銀河の始まり、”北十字”は、はくちょう座である。


「見つめる全てが面影になる/波打ち際にボタンが一つ/君がくれた寂しさよ」の部分は、目に映るあらゆるものを「君」と結び付けて、「寂しさ」を感じているということを言っているのだろう。「波打ち際」というのは”命の境界線”のことである。「ボタン」というのは洋服についている「ボタン」のことと思われるが、ある種の”スイッチ”のような意味にも取れないだろうか。この世とあの世の切り替えスイッチ(ボタン)。そうでなくとも「ボタン」というのは、”卒業式で第二ボタンをもらう”などという慣例があることからもわかるように、なんらかの思い出の品を象徴するものなのかもしれない。

罪の意識を抱えながらも…命ある限りは生きていくのだ…

3385110_s

「光を受け止めて 跳ね返り輝くクリスタル
 君がつけた傷も 輝きのその一つ

 あの人の言う通り わたしの手は汚れてゆくのでしょう
 追い風に翻り わたしはまだ生きてゆける

 あの人の言う通り いつになれど癒えない傷があるでしょう
 黄昏を振り返り その度 過ちを知るでしょう

 終わる日まで寄り添うように
 君を憶えていたい

 カムパネルラ」(Cメロ、ラストサビ)


Cメロはこのアルバムのテーマともなっている、”傷”クリスタル”に関して、直接的に表現した部分である。この部分で気になるのは、あくまで主体は自分であるという点。「君がつけた傷」であって、「君」が負った「傷」ではないということだ。米津はラジオの中でも”自分の中の傷として、残したかった”と語っていた。自分が直接的な原因で相手が死や不幸に陥った場合、加害者である自分も「傷」つくことになる。そしてそれすらも「輝きのその一つ」と言っている。罪を背負った人間の「傷」を描いた部分なのではないだろうか。

サビの「あの人」が誰なのかは気になるところ。特定の誰でもない”世間一般”や昨今流行している”SNSの声”のようなものでもあるかもしれない。変わり種としては、”キリスト教”の教えということもあるかもしれない。米津がテーマとしている、原罪的・自罰的な考え方、贖罪といった思想もキリスト教っぽさはあると思う。『銀河鉄道の夜』自体にもキリスト教の影響は見て取れる。

これは個人的な意見だが、客観的に見て、この3年間の間に亡くなった人、目の前を通り過ぎていった人に対して、米津がどんな罪を背負っているというのか、正直よくわからない。凡人にはない影響力ゆえのものなのだろうか。それとも、元からある本人の思想ゆえのものなのだろうか。

サビの部分は、罪の意識を抱えながらも、命ある限りは(贖罪のつもりで)生きていくつもりだ、というようなことを言っているのだと思う。「終わる日まで寄り添うように/君を憶えていたい」の部分には、ラジオで語られていた通り、彼らのことを「憶えていたい」という気持ちが表れている。

誰にも気づかれないところで、無念な気持ちを抱いてこの世を去った人、そして誰かの死の直接的な原因となってしまった人がどこかに存在していることは確かであり、そういった人が確かにいたこと、そして、罪の意識や癒えない傷を抱いて生きている人の気持ちに寄り添うような曲なのかなと感じた。これまでの人生でついてしまった傷はもう取り返しのつかない事実。自己研鑽と葛藤を繰り返しながら、自分という宝石を磨いて輝かせて生きていくのだ…そんな決意が表れている楽曲だ。

「カムパネルラ」
歌手名・作詞・作曲:米津玄師
歌詞サイトはこちら

※「STRAY SHEEP」収録曲もどうぞ
「STRAY SHEEP」アルバム全体の感想&レビュー
「TEENAGERIOT」歌詞の意味&解釈
「海の幽霊」歌詞の意味&解釈

※すべての記事一覧はこちら


※過去のレポ&感想記事もどうぞ
ライブ感想@ゼップ東京2016年12月「はうる」ツアー最終日
ライブ感想@東京国際フォーラム2017年7月「RESCUE」初日
ライブ感想@パシフィコ横浜2017年12月「Fogbound」
「秘密基地」@渋谷 レポ&感想記事
ライブ感想@横アリ 2019年1月「脊椎がオパールになる頃」

このエントリーをはてなブックマークに追加

米津玄師、アルバム「STRAY SHEEP」の感想とレビュー

2020年8月5日発売の米津玄師5thアルバム「STRAY SHEEP」の全体的なレビューと感想を書いてみたいと思う。「STRAY SHEEP」は直訳すれば”迷える羊”であり、そのもののタイトルの曲も収録されている。ジャケットを見てみると、人物はの頭蓋骨のようなものをかぶっており、目と鼻のあたりがクリスタルになっていて、頭部には前回のツアータイトルにもなっていた”HYPE"の文字と思われるものも描かれている。これを見て真っ先に思い浮かんだのが「Black Sheep」(1stアルバム「diorama」収録曲)である。”HYPE"というのは”麻薬常習者””誇大広告”といった意味があるらしい。自分の名前が大きくなり、現実の自分との乖離を感じるようになったのだろうか。

また、人物がかぶっているものが、”マスク”であると見ると、昨今の新型コロナウイルス騒動で人々がマスクをするようになった、そのことをも暗示しているのではないかと思えてくる。なんだかジャケットを見るだけで、色々と闇が深い感じがしてしまう…。

※参考記事



アルバムのインタビュー等に繰り返し書かれていたことをまとめてみる。

(1)コロナの影響で本来作ろうと思っていたものとは違うものになった
コロナ騒動の影響で、予定したツアーが中止になってしまった。本来作りたかったものが作れなくなり、このような状況でどういうものを作るべきなのかを考えながら、この数か月間家にこもって曲作りをした。

(2)”クリスタル”、”宝石”がキーワード
「感電」のMVの監督を務めた奥山由之氏に言われた言葉で印象的なものがあったという。米津のことを、”世の光を多面的に映し出すミラーボールみたいな人”だと形容してくれたらしい。その表現に非常に腑に落ちるものがあり、その言葉をきっかけに、このアルバムのテーマとして”クリスタル””宝石”といったものが出てきたとのこと。

(3)タイトルにもコロナ騒動の影響が?!
当初は「Lemon」から始まった”米津玄師第2章”の3年間を、ストーリー仕立てで見せるようなアルバムを考えていたらしい。「STRAY SHEEP」(迷える羊)というタイトルには、コロナ騒動による自身や世の中の混乱や迷いのようなものが反映されているようだ。

(4)共同編曲者・坂東祐大氏との出会いが大きかった
「海の幽霊」以降の全作品で共同編曲を担当している坂東祐大氏との出会いがとても大きかったとのこと。数年前から他人とコラボして作品作りを行うようになってきて、人とのコミュニケーションの精度が上がってきたような感覚もあるらしい。
 

※参考 音楽サイト『音楽ナタリー』
米津玄師「STRAY SHEEP」インタビュー 3年かけて磨き上げた傷だらけの宝石

いつも素晴らしいインタビューを行っているサイト。今回も読みごたえのある記事だった。上記のまとめに関連する重要な部分を一部引用してみる。

(上記サイト 2ページ目より)
──宝石、クリスタルみたいなものとは具体的にどういうものなんでしょうか?

宝石はすごくいいモチーフだなと昔から感じていたんです。宝石は偶発的に石として生まれて、人間の手で発掘されて、いろんな研磨やカットを経て美しい形にたどり着く。それって要は原石を傷つけることだと思うんです。それで美しく形を整えるということは、本質的には傷を付けることに近いと思っていて。同じように人間も生まれた瞬間は球体で、そこから家庭環境や友達付き合い、いろんな外からの刺激によって傷が付いていく。丸だった形が変化して、摩耗したり研磨されたりして、たくさんの傷が付いて、形が角ばって、それによって光が反射する宝石になっていくんじゃないかと。そんなふうに思うんです。米津玄師という名前はある程度大きな名前になってしまったけれど、それは偶発的なところが大きいと思っていて。自分の音楽も球体から生まれて研磨されていくうちに、たまたま世の中にポップソングとして届くに足りうる形になっていったから、今の自分がいるんだろうなとすごく感じるんですよね。

※参考 雑誌『ROCKIN' ON JAPAN  2020年9月号』
こちらも、いつもながらアルバムについて詳しいインタビュー記事が掲載されている。本当に長くて読みごたえがあるので、アルバムの世界観を深く理解したい人はぜひ読んでみてほしい。


●収録曲のタイトル(太字クリックで歌詞の意味&解釈記事に飛ぶ)



01 カムパネルラ
02 Flamingo
03 感電
04 PLACEBO + 野田洋次郎
05 パプリカ
06 馬と鹿 (その1) (その2)
07 優しい人
08 Lemon (その1) (その2)
09 まちがいさがし
10 ひまわり
11 迷える羊
12 Décolleté
15 カナリヤ

<新曲ひとこと感想>

・「カムパネルラ」
タイトルを見た瞬間『銀河鉄道の夜』関係だな…と誰もが思う曲(笑)。同作中でカムパネルラが亡くなる直接的な原因となってしまったザネリに感情移入する形で作られており、自分が傷つけてしまった人に対する罪の意識が表現された自罰的な曲とのこと。
※参照 ウィキペディア『銀河鉄道の夜』 リンク

・「感電」
2020年春夏TBS系ドラマ「MIU404」の主題歌で先行配信もされた準シングル扱いの曲。大人っぽい雰囲気のトンチキソングという印象。ジャジー&ファンキーな雰囲気がドラマの雰囲気にもぴったりマッチしていて、曲を聴くとドラマを思い出すパブロフの犬状態に。

・「PLACEBO + 野田洋次郎」
米津が敬愛するRADWIMPS野田洋次郎氏とのコラボ曲。初めて聴いた時”AORっぽい”と思った。80年代を感じさせる恋愛ソング。最初の印象は「春雷」と少しかぶるところも。意中の女性に狂おしいほど惹かれていくような感覚がポップに表現されている。

・「パプリカ」
Foolinへの提供曲のセルフカバー。NHK2020年東京オリンピック応援ソング。子どもたちの明るく朗らかな歌声が印象的な原曲とは対照的な編曲で、静かでノスタルジックな雰囲気。夏の終わりのようなしんみりした空気感がある。

・「優しい人」
米津の曲としては珍しく、かなり直接的な歌詞が特徴的。教会の天使のようなムードもありつつ、内容はシリアスで重い。「海と山椒魚」「花に嵐」で描かれていたことが、より直接的に表現されているような曲。

・「まちがいさがし」
2019年4月期フジ系ドラマ「パーフェクトワールド」主題歌に起用された菅田将暉への提供曲のセルフカバー。エフェクトの効果もあり、人間味あふれるエモーショナルな菅田将暉版より電子的、近代的な印象のアレンジ。人間と人工知能のハーフが歌っているような感覚。

・「ひまわり」
タイトルから温かい朗らかな楽曲を想像していたが、ゴリゴリのバンドサウンド。悲しみなのか、怒りなのか、不満なのか、激しく荒々しい感情が伝わってくる。世間に抗ってきた憧れの人が亡くなってしまったのだろうか?太陽の光を必要とする”ひまわり”と自分自身を重ねた歌なのかな、と考察中。

・「迷える羊」
大塚製薬『カロリーメイト』のCMソングに起用。イントロが「砂の惑星」っぽい。なんとなく、砂漠のような場所をイメージさせる曲で、歌詞の内容も「ナンバーナイン」に近いところがあるように思った。広大な砂漠で”迷える羊”が、どこへ行ったらいいのかさまよっているようなイメージ?

・「Décolleté」
アダルト&ムーディー。タイトル(デコルテ)通り、色気のある大人の女性的なイメージが強い。タンゴっぽい曲調。深いスリットの入った黒いワンピースを着た色っぽい女性が誘ってくるような感じ(笑)。けだるさや脱力感があり、シングルCWの3曲目に入っていそうな曲。

・「カナリヤ」
優しく静かに愛を歌う、包み込むような肯定ソング。コロナ禍の影響を感じる曲でもある。曲中の”あなた”は「優しい人」の”あなた”と重なるような感覚もある。これまでの米津の曲の中で、一番結婚式向きの曲かもしれないと思った。

感想1 アルバムの核となる”クリスタル”が象意するものは?

1096428_s

インタビューでも語られていたが、このアルバムに流れる重要なテーマとして”クリスタル”というものがある。関連するワードとして曲中に出てくるものには、”傷”、”反射”、”グラス”、”輝く”などがある。発掘されたクリスタルや宝石の原石が光り輝き、価値が出るのは、人間が手間暇をかけて適切な形で削る(傷をつける)からだと。傷ついた人や傷を負った人は、その傷がゆえに自ら光を放つ太陽のようにはなり得ないかもしれないが、その傷がかえって光を反射して美しく輝くんだよ、というメッセージのようなものが根底に強くあるアルバムだと感じた。

感想2 ベースとなるバラエティ豊かな音楽性!引き出しの多さに脱帽。

3512189_s

アルバムを通して聴いてみると、とても音楽性のバラエティが豊かなアルバムだなと感じる。いろんなジャンルの音楽を聴いて、自分の中でかみ砕いて、”米津節”を炸裂させながら、新しいものを創作しているのだなということがよくわかる。もちろんそれは以前から感じてはいたのだが、より自然な形で融合されている感覚が増したように思う。本人の言うところの、他人とのコミュニケーションの精度が上がったことが関係しているのかもしれない。年齢を重ねたこともあるだろうが、より音楽に深みというかコクが出てきた感じがする。うまく言えないが…。

感想3 繰り返される”亡くなった人への思い”、”いじめ”をテーマにした楽曲

angel-statue-4386844_640

感想1とも重複することだが、アルバムを通して見るに、亡くなった方への思いや、いじめ・いじめられるような繊細で優しい人に対する思いをテーマにした作品が多いように思った。過去に当ブログで取り上げている楽曲にも、そういったテーマの曲が数多くある。今回のアルバムでは、「カムパネルラ」、「優しい人」、「Lemon」、「ひまわり」、「海の幽霊」、「カナリヤ」などがそれに近いものがあるのではないかと思う。「ひまわり」はまだはっきりわからない部分もあるが、「海と山椒魚」と情景が非常に似ているため、こういったテーマも内包されているのではないかと推測している。

※参考記事
上記のテーマに関連すると思われる過去作。











感想4 コロナ禍だからこその表現も?”人いきれ”って何?

sheep-17482_640

アルバムのタイトル「STRAY SHEEP」(迷える羊)というのは、コロナ騒動における混乱や迷いのようなものにも関連があるとのことだが、作品中にもこんなご時世だからこその表現が見られるように思った。気になったのが”人いきれ”という歌詞(「ひまわり」「カナリヤ」に出てくる)。”人いきれ”という言葉を初めて知ったのだが、意味は「人が多く集まって、体熱やにおいでむんむんすること。」(参照:goo国語辞書 リンク)らしい。これはコロナ禍においてだからこそ、特別な意味を持ってくる言葉なのではないだろうか。人が多く集まるという状況は、コロナ以前では当たり前にあったことだが、騒動後はある種の”禁止行為”になってしまった。そういった言葉ひとつとっても、今の世相を反映しているようなアルバムだと感じた。

これからまた新情報などあれば追記するかもしれない。気になった曲は個別記事も書いていきたいと思う。


※すべての記事一覧はこちら


※過去のレポ&感想記事もどうぞ
ライブ感想@ゼップ東京2016年12月「はうる」ツアー最終日
ライブ感想@東京国際フォーラム2017年7月「RESCUE」初日
ライブ感想@パシフィコ横浜2017年12月「Fogbound」
「秘密基地」@渋谷 レポ&感想記事
ライブ感想@横アリ 2019年1月「脊椎がオパールになる頃」
このエントリーをはてなブックマークに追加

星野源、10周年コンサート「Gratitude」を観て。

星野源ロゴ2
2020年7月12日に配信された星野源の10周年コンサート「Gratitude」を視聴したので、感想などを書いてみたいと思う。10年前の2010年7月12日に行われた初のワンマンライブ@渋谷クラブクアトロと同じ会場で行うというコンセプトのもと、いつものバンドメンバーとともに行われたコンサートで、コロナの影響もあってオンライン配信という形で行われた。アーカイブ視聴は約1週間可能、料金は通常ライブの半額以下くらいの3500円(当時と同じ料金)。希望者には”最前列紙チケット”付きのオプションもあった(追加料金はないが配送料がかかる)。ラジオ『星野源のオールナイトニッポン』で行われることのあったライブ放送の際も、”みんなが最前列”というコンセプトを気に入ってよく言っていたが、今回のオンラインライブでもその思想は健在だ。

※参考 ラジオ『星野源のオールナイトニッポン』筆者要約文
・2020年7月14日放送分
<今回の10周年コンサートについて>
10年前の初めてのワンマン開催日と同じ日の7月12日に開催して、同じ開演時間、チケット料金も同じでございます。
すごい楽しくて…渋谷のクラブクアトロっていうところでやったんですけど、もちろん10年前はステージからやったんですけど、客席にお客さんを750人くらい…入れすぎなんですよ、本当は入らないところなんだけど、ぎゅうぎゅうに入れさせて頂いたんですね。その時、歌い始めた頃だったので、ぎり20代だったかな…やっぱりまだ趣味としてやっていたので、人前で歌うということに慣れていない状況ではあったんですけど、僕は歌うことを矢面に立ってやっていくぞという意思を込めて、一番最初の曲は「歌を歌うときは」という曲をライブ用に作って歌って始めたんですけど。
それから10年経ちまして、ステージは客席に移りまして。フロアにおりて、そこにバンドのみんなにいてもらって、円形になってライブをしました。なんでかっていうと、ライブの代わりに配信ライブをやるんじゃなくて、“配信ライブ”を存分に楽しもうということで、それが観てても感じられるし、やってても感じられるようなライブにしたいと思いました。照明もとんでもない量を…クアトロって、搬入口が普通の狭いエレベーター1台しかないんですよ。それで機材を持ち込むのに100往復以上してくれたらしいんです。素晴らしい照明とカメラの台数もすごく多くて。監督の雨堤さんという方が素晴らしい編集をしてくれまして、素晴らしい作品になったと思います。

<円形にした理由>
これは前々から言ってましたけど、リハみたいなライブがやりたいと(思っていた)。それをドームでもやるぞということで、センターステージで円形になってやってましたけど。リハとかでも円形でやることが多かったんで、そういう形にしたんですけど。お客さんに背を向けながら、ミュージシャン同士が向かい合ってやるというのを観てもらう、というのが理想なので、そういうのを含めてやりたいことができてきているという感じはあります。内側を向いてみんなの目とか手とかを見ながらやる演奏って結構違うんですよね。タイミングとか、目を見てないところで合うっていうのも楽しいですけど、目を合わせてやるっていうのもグルーヴに作用してくると思うので、そういう息遣いみたいなものをとらえてもらうためにも、カメラを近いところに置いて撮ってもらいました。楽しかったです。非常に。

<この数ヶ月を含めた作品>
エンドロールで「うちで踊ろう」が流れるんですけど、この数ヶ月を含めた作品、という感じがして。もちろん、数ヶ月があるから配信になったわけで。やった曲もそうですけど、もともとその曲を作ったときの曲の響き方、歌詞の意味の受け取り方も少しずつ変わってきているっていう。それって歌の面白いところだなと思うんですけど。そういうことも含めてですね、いろんなメッセージをですね、映像、エンドロールを含めて、自分でもなんか感じました。エンドロールを観ているあいだ、これはやった意味があったなと思いました。消極的な配信ライブじゃなくて、能動的な配信ライブにしたいなと思ってやった意味があった気がしました。

<”間”もドキュメンタリックに伝われば>
みんなで音で遊んでる空間っていうのが好きなので、それをドキュメンタリックにとらえてもらう、それができたらなと思ってます。曲が終わって、いつもだったら拍手とかがあってさ、ちょっと薄暗いステージの中さ、お客さんが源さーんとか声かけてくれることで間が埋まってるところもあるけど、そういうのを入れないで、一曲終わるごとにギターを変えたりとか、ドラムのスネアを変えたりとか、曲ごとにスネアの響きとか変えたりしているんですよ。そういうのが伝わるといいし、間とかがいい風に伝わるといいなと思ったけど、いい感じでしたね。それもあたたかい空間のように見えてて、なんかいいなと思いました。

<効果音も考えた>
お客さんが入っているみたいな感じで拍手のSEを入れるというのも一瞬考えたんだけど、ちょっと違うなと思って。メンバー紹介の時にはそういう音もあったんだけど、MPCで出すのはいいなと思って。MPCでスタッツ君にレゲエホーンとかパチパチとか、そういうのもその場で叩いてもらうという。それはメンバーが出してる音、というのがいいなと思いますよね。拍手じゃなくて基本レゲエホーンというのも面白いなと。パリピですよね。遊びのひとつですよね。


!! ここからネタバレを含む記事になるので見たくない方は注意 !!


感想1 新旧いりまぜのオールスター的なセトリ。

dance-366576_640

今回はアルバムツアーではなく、10周年記念コンサートということもあり、新旧いりまぜのセットリストで、星野源の歴史や音楽の幅の広さをより感じることができるライブだったと思う。2019年12月に行われたワールドツアー公演で印象的だった、「湯気」のライブバージョンを今回も観ることができて良かった。”ギアが変わった3曲”ということで、星野源のターニングポイントとなった「SUN」、「恋」、「Same Thing」が連続で披露されたのも良かった。確かにそのポイントで星野源の世間での立ち位置や、音楽性といったものが変わったような気がする。そういった振り返り方ができるのも10周年ライブならではだと思う。

※参考記事



感想2 円形スタイルから伝わるもの。セッションをのぞき見してるよう。

globe-304586_640

ラジオでも語られていたが、今回のライブはいつものバンドメンバーが客席のフロアで円形になってセッションする形で行われていた。ライブ配信されているのだから、明らかに観ているお客さんを意識して行われているのだが、客として円形になってセッションしているのを観ると、なんだか普段の彼らの様子をのぞき見しているような感覚になった。それも星野源の狙いの一つだったのだろう。実際の彼らの空気感が感じられるのは嬉しいが、あんまり内輪感が出てしまうと客としては疎外感を覚える。その辺のさじ加減は難しいところだ。

感想3 「うちで踊ろう」や最新曲「折り合い」も披露。



自粛期間中に盛り上がっていた「うちで踊ろう」もバンドメンバーで演奏され、また、最新曲「折り合い」も披露された。ラジオで”この数ヶ月を含めたライブ”といった話をしていたが、これらはまさにこの数ヶ月がなければ生まれなかったかもしれない曲たち。「うちで踊ろう」を会場のお客さんと笑って踊れるようになる日は来るのだろうか。

感想4 ライブでのお約束、「プリン」コーナーもあるよ。



ここ数年のライブでは必ずと言っていいほど「プリン」のコーナーがある。曲中にMCコーナーが入り、バンドメンバーたちとだらだらと他愛もない話をする(笑)。毎回やるのでもはや見慣れてしまったけれど、今回初めてライブを観た人がいたら結構衝撃を受けたかもしれない(笑)。円形ライブというのはなんだか、いつもの「プリン」の拡大版みたいな感じだなと思った。

感想5 オンラインライブの良し悪しなど

vector-video-player-941434_640

オンラインの有料ライブを初めて観たのだが、体験して思ったことなどを書いてみたい。
<良いと思ったこと>
・チケット取れない心配がないから気楽。
・アーカイブがあれば、評判などを聞いてからチケット買ったりすることも可能。
・アーカイブがあれば、時間の制約がないので仕事などで観られないということもない。
・通常のライブよりチケット代が安い。
・友人と(ライン等で)感想を言い合いながら観られる。
・飲み食いしたり寝っ転がったりだらだらしながら観られる。
・あとで観られるのでトイレに躊躇なく行ける。
・混雑、交通費などの負担がない。
・音や光の刺激が少なくて楽(敏感系の人なので)。

<生ライブと比べると・・・なところ>
・臨場感、没入感が少ない。
・家の音響に左右される。
・一体感が少ない。体感が薄い。
・集中力が続かない。
・ライブなんだけどやっぱり”映像”を観ているという感じがする。

だいたいそんなところだろうか。オンラインライブにはオンラインライブの良さがあるが、やっぱり通常の生ライブの体験とはまるで違うものだなとは思う。オンラインライブをどうやったらより楽しめるか?という部分はまだまだ伸びしろがたくさんあると思うので、これから星野源からどんな”アイデア”が生まれてくるのか、今後の企画を楽しみに待ちたいと思う。


※ライブでやった曲はこちら
「Pop Virus」歌詞の意味&解釈
「湯気」歌詞の意味&解釈
「ステップ」歌詞の意味&解釈

※星野源のコラムも
【コラム】【星野源】有名人の写真をアイコンにすることについての考察
【コラム】星野源の言う”音楽リテラシー”についての考察
※「Same Thing」収録曲も
ライブ感想@東京ドーム 2019年2月 ドームツアー「POP VIRUS」
ライブ感想@幕張メッセ 2018年12月 星野源×マーク・ロンソン
ライブ感想@横アリ 2017年8月「Continues」ツアー

※すべての記事一覧はこちら

※星野源関連記事
「アイデア」歌詞の意味&解釈(その1)
「ドラえもん」歌詞の意味&解釈
「ここにいないあなたへ」歌詞の意味&解釈
「The Shower」歌詞の意味&解釈
「Family Song」歌詞の意味&解釈
「肌」歌詞の意味&解釈
「プリン」歌詞の意味&解釈
「KIDS」歌詞の意味&解釈
「恋」歌詞の意味&解釈
「Drinking Dance」歌詞の意味&解釈
「Continues」歌詞の意味&解釈
「雨音(House ver.)」歌詞の意味&解釈
「フィルム」歌詞の意味&解釈
「化物」歌詞の意味&解釈
「時よ」歌詞の意味&解釈
「子供」歌詞の意味&解釈
「キッチン」歌詞の意味&解釈
「レコードノイズ」歌詞の意味&解釈

このエントリーをはてなブックマークに追加

サカナクションの「years」を聴いて。

『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』【通常盤】(CD)
サカナクション
ビクターエンタテインメント
2011-07-20


今回はサカナクションのシングル「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」のカップリング曲である「years」を取り上げてみたいと思う。「『バッハ~』」「years」は双子のような存在で、のちのアルバム「DocumentaLy」においても2曲連続で収録されている(CWはアルバムに入れない方針だったが「years」は収録)。2011年3月11日の東日本大震災後の2011年5~6月に制作された曲とのこと(ベストアルバム「魚図鑑」参照)。アルバム「DocumentaLy」(2011年9月28日発売)の前後の時期は、そのタイトル通り、”音楽はドキュメンタリーだ”という感覚が強くあったらしく、「years」は特にこの時の”時代”を反映した曲となっているようだ。

この曲は2018年12月頃からホンダのインサイトという車のCMソングとしても起用されていた。ファン以外にはあまり知られていなかった曲だが、CMを機にこの曲を知ったという人もいたかもしれない。確かに間奏後の2番のサビは車が走るような疾走感を感じる曲調ではある。それでもなんだかCMでこの曲が流れるのを聴くと不思議な感覚があった…。

シングル表題曲「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」「years」、そして「エンドレス」は、とても関連性が深い曲である。詳しくは「『バッハ~』」の記事に書いたのでそちらもご覧いただければと思う。

※参考記事



※参考 ベストアルバム「魚図鑑」
魚図鑑 (期間限定生産盤[2CD+魚図鑑])
サカナクション
ビクターエンタテインメント
2018-03-28


ベストアルバム「魚図鑑」においては、”深海””昼行性”の魚として紹介されている。”考察”として掲載された情報を要約すると以下のようになる。

・作詞に相当な苦労と時間をかけた「エンドレス」では書けなかったことが、自然とすべて書くことができた。
・アルバム「DocumentaLy」の最初に収録されている「RL」の中で流れるキーボードの打ち込み音は、「years」の時だけはタイピングの音がなく、無音(※)。
・当初のタイトルは「ear」(耳)だった(※)。
「君」という歌詞は音楽を指すことが多かったが、この曲中での「君」は当時の別れた彼女のことを指している。

(※)山口一郎は2010年に突発性難聴を発症(右耳)。

※参考 雑誌『MUSICA 2011年8月号』
山口一郎と親交の深い音楽評論家の鹿野淳とのインタビューが掲載されている。「years」について詳しく語られた部分を引用してみる。

「まず、今の自分を歌いたかったんですよ。僕らは繋がり合って生きているけど、1枚の布って広げたら1枚の布だけど、繋ぎ合わせても1枚の布じゃないですか。同じ1枚の布で全然変わらないのに、繋がり合うと大きくなっていく。けど、布は1枚1枚色が違って、ひとつ布が繋がるごとにそのものが変わってくる。それって今の時代の俺達と一緒だなと思ったし、それを布に比喩することで今の自分の心を歌えるかもしれないと思った。それがひとつですね。あと”years”っていうタイトルは、最初は”ear”だったんですよ、耳。今、僕の抱えてる一番の不安は耳のことじゃないですか。みんなが恋愛のことで悩んだり、仕事で悩んだりしてることと一緒で、僕が今手元に抱えてる悩みは耳のこと。それを歌に込めたかったし、”years”って僕の中で今のこの年、この年齢、つまり時代を指すし、”アルクアラウンド”がア・ルック・アラウンドであるのと同じで、この”years”っていう言葉ひとつに、僕の中ではふたつの意味が込められてる。(略)」

※参考 雑誌『MUSICA 2011年11月号』
アルバム「DocumentaLy」の全曲解説が掲載されている。その中で、「『バッハ~』」「years」の流れについて書かれた部分があるので引用してみる。

「僕は”『バッハ~』”と”years”の2曲で時代を歌いたかったんですよ。”『バッハ~』”は当たり前にみんなが抱えてるいつもの不安、いつもの夜を歌った曲。で、”years”は時代に特化した、つまりソーシャルネットワークを歌った曲であり、”『バッハ~』”はそのソーシャルネットワークから感化されて生まれた曲なんです。(略)」

(インタビュアーに歌詞中の「ハサミ」「泥」について聞かれて)
「ひとつ新しいツールが生まれた瞬間って、同時に必ず本来意図したものとは違う、汚れた使い方も発明されるじゃないですか。でも、それによって進化もするし、そして汚れた使い方をすることで、必ず最後には壊れる。だけど、そうやって壊れた後に、もう1度、本来の使い方をする時がやってくるんですよね。そういう歌にしたかったんです。(略)」

※参考 雑誌『ROCKIN' ON JAPAN 2019年8月号』
これは2019年の雑誌で(アルバム「834.194」インタビュー)、「years」より随分後のインタビューなのだが、SNSに関することでこの曲に通じるコメントがあるので引用してみる。「セプテンバー」について述べられた部分である。

(インタビュアー)「≪僕たちはいつか墓となり/土に戻るだろう≫って17歳が言ってるって考えると結構すごいですよね。」
(山口)「でもこれ、SNSがある時代だったらただの中二病ですよ。それがなかった時代だからこそ書けた曲なのかなって。石川啄木とかも今だったらただの中二病って言われて終わってたかもしれない。だからやっぱりSNSはセンチメンタルを殺したと思う。」
”SNSはセンチメンタルを殺した”というのは、「years」からも感じられる感覚だったので引用してみた。


●「years」(2011年7月20日発売シングル「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」収録曲)



このMVは2015年8月発売のCW&リミックスアルバム「懐かしい月は新しい月 ~Coupling & Remix works~」をリリースする際に公開されたものである。白い布を持って走る赤い服を着た女性が印象的なMV。
上記のインタビューによると、”今の自分”を「布」に例えて表現しているとのこと。それでも主語が「僕たち」となっているところが特徴で、”時代性”や誰しもに共通する”普遍性”を描いてもいるのだろう。

「僕たちは薄い布だ 折り目のないただの布だ
 影は染まらず通りすぎて行き 悲しみも濡れるだけですぐ乾くんだ

 years years この先に待ち受けてる時代の泥が
 years years 僕らを染めてしまうかはわからないけど
 変わらないことひとつはあるはずさ」(1番メロ、サビ)


冒頭メロ「僕たちは薄い布だ 折り目のないただの布だ/影は染まらず通りすぎて行き 悲しみも濡れるだけですぐ乾くんだ」とある。「影」「悲しみ」という単語からは、ややネガティブなイメージが浮かんでくる。「布」には「影」「悲しみ」が刻まれたり残ったりしない、ということを言っているのだと思うが、これはどういうことだろう。

この冒頭メロを一言で言うと、上記の”SNSはセンチメンタルを殺した”、ということにならないだろうか。「薄い」という単語が出てくるが、これを悪口っぽく言うと”薄っぺらい”ということになる。SNSに書かれているのは薄っぺらい表面的なことばかり、深い「影」「悲しみ」はそこにはないし、注目されない。しまいには”中二病だ”と言われる始末。東京では(山口一郎の愛する)”美しくて難しいもの”が評価されると思っていたが、実際はそうではなかった。センチメンタルよりわかりやすい楽しさ、明るさ、キラキラ感…そういったものが受けるのが”現代”という時代の特徴なのだろうか。
一人一人の薄っぺらい「布」の連なりは、SNSの”タイムライン”のようでもある。一つ一つの「布」が指でスクロールされるさまは、「通りすぎて行き」、「すぐ乾くんだ」といった表現から受けるイメージにもマッチしている。

サビ「years years この先に待ち受けてる時代の泥が/years years 僕らを染めてしまうかはわからないけど」とある。上記インタビューによれば「泥」というのは、新しいツールが生まれた時に生じる”汚れた”使い方のことなのだそうだ。「布」「影」を染めることはなかった。しかし「泥」には染まってしまうかもしれない。誰かを中傷する、いじめる、仲間外れ、犯罪の温床、監視社会…など、SNSも使い方次第では、誰かを傷つけ破壊してしまう道具になりうる。それでも「変わらないこと」とはなんだろうか。

時代は変わる。それでも変わらないもの…とは?

smartphone-601554_640

「僕たちは薄い布を 繋ぎ合わせて帆を立てた
 風が吹くのを見逃さないように 乱れた髪さえ そのままにしてたんだ
 
 years years この先に待ち受けてる時代のハサミは
 years years 多分この帆を切り刻みバラバラにするけど
 years years また繋ぎ合わせるから その時には
 years years 君のことを思い出しても許してくれるかい?

 僕の中の変わらないこと
 僕の中で変わらないこと
 多分これが変わらないことのひとつ years」(2番メロ、サビ、ラストサビ)


2番は1番と若干趣が変わっているように思う。「僕たちは薄い布を 繋ぎ合わせて帆を立てた」とある。一人一人は取るに足らない「薄い布」のような存在だけれども、「繋ぎ合わせて」気持ちを一つにして「帆を立て」ることで、世間に意思表示をしているようにも見える。続く「風が吹くのを見逃さないように 乱れた髪さえ そのままにしてたんだ」は、まさに海の上の船に乗っているような描写だ。「僕たち」はみんなで船に乗って、何かの意思表示をしながらどこかへ行こうとしている。

これは、具体的には2011年頃にSNS上で声を上げていた人々の動き~反原発とか…~のようなものなのかなと想像したりもした。SNS上で起きるムーブメント、世論の声、みたいなもの。そういった動きは、2020年現在の方がより活発化しているようにも思える。政治的、社会的なものもあれば、そうではないごく一般的な考え、思想といったものまで、何か思いを発信する同じ思いの人と集まるといった行為全般が含まれると思う。「乱れた髪さえ そのままにしてた」という言葉からは、なりふり構わず、体裁など気にしていられないという気持ちが伝わってくるようだ。

続くサビ、「years years この先に待ち受けてる時代のハサミは/years years 多分この帆を切り刻みバラバラにするけど」とある。「ハサミ」も1番の「泥」と同様の意味なのだそうだ。「帆を切り刻みバラバラにする」というのは何とも悲しい歌詞である。SNSで声を上げて、プチ革命気分で活動をしても、いずれ「バラバラに」なってしまうだろうと言う。確かに、人々の気持ちを自由に投稿できるはずのSNSでも、検閲や理不尽なアカウント凍結が行われることもあるし、人々の盛り上がりが自然と沈静化していくこともあるだろう。

「years years また繋ぎ合わせるから その時には/years years 君のことを思い出しても許してくれるかい?」とある。時代性の強い「years」だが、山口一郎耳に関する不安が描かれている点、また、「君」という別れた恋人への思いも綴られている点はとても私小説的である。「君」との間に何があったのかは知らないが、SNS的なものをきっかけに関係が悪化した…ことでもあったのだろうか、と想像してしまう。何らかのSNSの”汚れた”使い方によって別れてしまった(=「バラバラ」)とか。連絡が遅すぎてキレられた…みたいなことはありそうだが。SNSに限らず、他人との電子的コミュニケーション全般のことを歌っているのかもしれない。

ラスト「僕の中の変わらないこと/僕の中で変わらないこと/多分これが変わらないことのひとつ years」の部分はとても意味深で、人によって考え方が異なる部分かなと思う。筆者が感じたのは、”時代を音楽にしていく”という行為そのものはこれからも「変わらないこと」なのかなと思った。”音楽”というドキュメンタリー作品をこれからも作り続けていくのだということ。その時々の自分や社会の状況、気分、感覚を音楽に乗せて表現していく。それはどんなに年月(「years」)を重ねても「変わらないことのひとつ」なのではないかと。

もう一つ考えられるのは、どんなにSNSがセンチメンタルを殺そうとも(=「バラバラ」)、自分のセンチメンタルさは「変わら」ずにあり続けるし、大切にしていくということだ、というものだ。SNS自体の在り様を批判しているわけではなく、わかりやすいものやハッピーキラキラが求められる”時代”の風潮の中でも、自分はこうしていくのだという(=「帆を立てた」)、決意表明のような意味合いもある曲なのかもしれない。

「years」
歌手名:サカナクション、作詞・作曲:山口一郎

歌詞サイトはこちら

※あわせて読みたい(読んでほしい)




※アルバム「834.194」の記事もどうぞ※すべての記事一覧はこちら 

※ライブのレポ&感想記事
「GO TO  THE FUTURE」

「シンシロ」

「kikUUiki」

「DocumentaLy」

「魚図鑑」
ファンクラブNF member ポイント&ステイタス制について考えたこと

このエントリーをはてなブックマークに追加

サカナクションの「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」を聴いて。

『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』【通常盤】(CD)
サカナクション
ビクターエンタテインメント
2011-07-20


今回はサカナクションのシングル表題曲「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」を取り上げてみたいと思う。印象的なタイトル&MVで、ライブでは人形付き、振り付きで披露されることも多い楽曲だ。2018年3月発売のベストアルバム「魚図鑑」によると、この曲は”中層””夜行性”の魚として分類されている。この曲はサカナクションの楽曲の中で初めて”恋愛ソング”だと公言された曲のように思う。もともとはアルバム「DocumentaLy」に収録されている「エンドレス」をシングルとしてリリースする予定だったものが、制作が間に合わなかったため、急遽カップリングに入るはずだったこの曲をA面としてシングルをリリースすることになったのだという。同時期にできたカップリングの「years」とは双子のようなもので、二つで一つのような関連する作品とのことである。もっと言うと、「『バッハ~』」「years」「エンドレス」は3兄弟のようなものなのだろう。

やたら長いタイトルがコミカルな印象を与えるが、これはバッハ≒クラシックの敷居の高い感じとのギャップを狙ったもののようだ。バリバリ電子音のダンスミュージックかと思いきや、Aメロが詩吟をモチーフにしていたり、途中でクラシック調のピアノが入ってきたりと、和洋折衷、電子古典折衷(?)で様々な要素が盛り込まれていて面白い。コーラスも印象的に多用されているが、女性の”Ah~”、”Uh~”という声に注目してみると、2番のメロ部分には入っていないことに気づく。2番は「ひとり」だからね…と妙に納得したりもした。


※参考記事


どちらの曲も「色」という歌詞がキーワードになっていて、この時の山口一郎が抱いていた感覚がよく表れているなと感じる。


※参考 ベストアルバム「魚図鑑」
魚図鑑 (期間限定生産盤[2CD+魚図鑑])
サカナクション
ビクターエンタテインメント
2018-03-28


2018年3月28日に発売されたベストアルバム「魚図鑑」から、この曲に関する考察文を一部引用してみる。

歌詞は当時、山口が付き合っていた女性とグレン・グールドが弾くバッハの曲を聴いていた時の思い出を書いており、それまでの楽曲に見受けられていた、他人との距離感や緊張感から解き放たれたラブソングと言える。

※参考 ラジオ『サカナロックス!』
・2011年7月20日放送分
「サカナクション山口一郎先生来校! "オレがこうなったのは、アレのせいです"」

この曲について語られているところを、放送後記より一部引用してみる。
とーやま校長「バッハはよく聴くんですか?」
一郎先生「クラシックは好きなんですけど、背伸びしてる感じというか大人びてるというか…そういう時間を楽しんでる時の気持ちを面白おかしく歌うと、大人に感じるというか洗練されてるというか、そういう風に感じないかな…と思って作りました」
やしろ教頭「あと、 "バッハの旋律を…" の歌詞のところが詩吟のメロディになってるんですよね?」
一郎先生「バッハと詩吟を組み合わせた、よい違和感です(笑)」
とーやま校長「いい意味で、遊んでる感じがすごいする! Aメロが詩吟とバッハの組み合わせで、サビが…?」
一郎先生「昭和歌謡!」

・2017年11月23日放送分
「ゲスト講師:藤原ヒロシ先生(2)」

リスナーから恋愛相談を受け、恋愛の話になったところでこの曲の話題が出てくる。
山口「僕ね、「ルーキー」って曲は、恋愛真っ最中に作ったんですよ。」
藤原「へー、いい時に?」
山口「いい時に。で、すぐに別れて、「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」と「years」って曲が2曲できたんですよ。だから、付き合うと1曲できて、別れると2曲できる(笑)。」
藤原「ははは(笑)」
山口「別れる方が1曲多いんですよね。」

※参考 雑誌『MUSICA 2011年8月号』
山口一郎と親交の深い音楽評論家の鹿野淳とのインタビューが掲載されている。重要なポイントを整理してみたいと思う。

(1)ピアニスト、グレン・グールドについて
当時付き合っていた女性と聞いていたというグレン・グールドの奏でるバッハ。グレン・グールドの生き方に共感するところがあったようである。
「(略)夜にバッハ聴きながら……僕、グレン・グールドのピアノが凄い好きで、グレン・グールドっていう人物がすごい好きだし、グレン・グールドがバッハに傾倒していった経緯とかもすごく共感できるんです。」
「グレン・グールドっていう人はバッハの譜面通りに演奏せずに支持された人じゃないですか。クラシックみたいなハイカルチャーな世界で、伝統があるし、規律が厳しい中で、それを破った上で評価されたっていうのって、僕が日本の音楽シーンだったりロックっていう世界でセオリーに反しながらも支持されていきたいっていう願望と一致してるんです。そんな自分から自然に鼻歌を歌うぐらいの気持ちで生まれた曲。(略)」

※参考 グレン・グールドの演奏する「ゴルトベルク変奏曲」



グレン・グールドのウィキペディアはこちら
グレン・グールドについて調べてみると、山口一郎と似たようなところがあったのかなと思ったりする。

(2)「エンドレス」、「years」との関係性
すべてを引用すると長くなるので、書かれていた内容の要点を整理してみる。

もともとのシングル候補だった「エンドレス」の制作にあたり、”この曲の中でどのように時代を歌おうか?”ということが、どうしても形にならなかった。それで、事前収録していた「『バッハ~』」で歌っていることを振り返った時に、(「『バッハ~』」は)その瞬間の自分を歌ったドキュメントであったと気づいた。行きつけのカフェでご飯を食べていた時、ツイッターでは音楽関係者が震災や原発のことをつぶやいていて、一方で、周囲のお客さんは恋愛や就職の話ばかりしていることに違和感を感じた。原発や未来のことへの(時代性のある)不安と、恋愛や就職といった(普遍的で個人的な)不安を比較しちゃダメだと思うとともに、「エンドレス」がうまく形にならなかったのは、その2つを1曲で書こうとしていたからだと気づいた。


※参考 雑誌『MUSICA 2011年11月号』
アルバム「DocumentaLy」の全曲解説が掲載されている。その中で、「『バッハ~』」「years」の流れについて書かれた部分があるので引用してみる。

「僕は”『バッハ~』”と”years”の2曲で時代を歌いたかったんですよ。”『バッハ~』”は当たり前にみんなが抱えてるいつもの不安、いつもの夜を歌った曲。で、”years”は時代に特化した、つまりソーシャルネットワークを歌った曲であり、”『バッハ~』”はそのソーシャルネットワークから感化されて生まれた曲なんです。(略)」

※参考 J.S.バッハ 「チェンバロ協奏曲 第1番 ニ短調 BWV.1052」


04:30頃から聴きなじみのあるメロディーが…。ライブでも盛り上がる瞬間だ。



ピアノだとわかりやすい?05:18あたりから。


※ まとめとして 話題に上がった3曲を整理してみると…。

”時代を歌う”と言った時に、その時代の人々や社会全体の風潮や気分みたいなものを歌うということが一つと、その時の山口一郎(やサカナクション)のリアルな体験や感覚を切り取ったものを歌う、という側面があると思った。

「『バッハ~』」山口一郎の個人的体験+”時代”を生きる人々のリアルで個人的な悩みを歌った歌
「years」山口一郎の個人的体験+”時代”を生きる人々や社会全体の風潮や気分を歌った歌
「エンドレス」山口一郎の個人的体験+”時代”を生きる人々や社会全体の風潮に問いかける

ざっくりと、このような印象を受けた。


●「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」(2011年7月20日発売シングル)



山口一郎を模した人形が印象的なMV。MVの最後の方、女性が人形の自分とうまくいきそうになり、嫉妬して人形を倒し、自分と女性がキスしようとすると、実は女性は木でできていた、というオチがある。この部分は、女性は仮面をかぶった自分(人形)を好きになっていて、自分も女性の本質を見ることができていなかった、ということを示唆しているのかなと思った。お互い表面的な部分を見て好きになっていた、ということだったのではないか。4人の人形は、相手によって自分の顔を使い分ける(仮面)様子や、それを俯瞰して客観的に見る自分もいる、ということを表現しているような気もする。

「バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心
 バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心

 月に慣れた僕がなぜ 月に見とれたのはなぜ
 歩き出そうとしてたのに 待ってくれって服を掴まれたようだ

 バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心
 バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心

 月に慣れた君がなぜ 月を見ていたのはなぜ
 僕の左手に立ち 黙ってる君の顔を思い出したよ

 気まぐれな君の色 部屋に吹くぬるいその色
 壁が鳴り痺れるチェロ すぐに忘れてしまうだろう」(1番Aメロ、Bメロ、サビ)

「バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心」を音楽で表現したのがこの曲であり、それは言葉では表現できないからこそ音楽で表現した…のだろうから、こんな考察サイトは野暮なのだが(笑)、それはそれとして考えてみたいと思う。

この曲の背景にあるのは、恋人と別れてしまい彼女のことを忘れたいけれど、彼女と聴いていた「バッハ」「夜に」聴くことで彼女のことを思い出してしまい、「こんな心」になってしまった…というようなストーリーなのだと思われる。「月に慣れた僕がなぜ 月に見とれたのはなぜ」というのは、後に続く「月に慣れた君がなぜ 月を見ていたのはなぜ」を受けたものであり、付き合っていた時に、「僕の左手に立ち 黙ってる君」「月を見ていた」のを思い出し、今の「僕」「月に見とれた」のではないかと思う。”あの時、彼女、黙って月を見てたなぁ…”というような感覚だろうか。別れた後の「僕」「月」越しに彼女を見ているような感じで、つまりまだ未練があるということだろう。「歩き出そうとしてたのに 待ってくれって服を掴まれたようだ」という部分が、まさに”未練”という感じがする。「僕の左手」というのは、山口一郎の右耳が突発性難聴を発症してしまったことを暗に示す歌詞だ。彼女が話すときはいつも「僕の左手」にいたのだろう。とても私小説感のある部分だ。

彼女に愛想をつかされた?忘れたと思ったら思い出す…。

piano-91048_640

「バッハの旋律をひとり聴いたせいです こんな心
 バッハの旋律をひとり聴いたせいです こんな心

 忘れかけてたのになぜ 忘れられないのはなぜ
 歩き始めた二人 笑ってる君の顔を思い出したよ

 気まぐれな君の色 部屋に吹くぬるいその色
 壁が鳴り痺れるチェロ すぐに忘れてしまうだろう

 気まぐれな君の色 部屋に吹くぬるいその色
 壁が鳴り痺れるチェロ すぐに忘れてしまうだろう」(2番Aメロ、Bメロ、サビ)

2番ではまさに「忘れかけてたのになぜ 忘れられないのはなぜ」と直接的な歌詞が出てくる。彼女のことを「忘れかけてた」(1番では「月に慣れた僕がなぜ」の部分に相当)のに、やっぱり「忘れられない」のだという。恋人と別れた後に、恋人との思い出が詰まった曲を聴いたり、何か関係するものを見たり聞いたりすると、自分に気持ちが残っていればなおさら、胸が苦しくなるものだ。それが「こんな心」なのだろう。ただ、この曲の曲調は割と明るめで、コミカルな要素もある。悲壮感やドロドロ感はない。「魚図鑑」の解説に、「他人との距離感や緊張感から解き放たれたラブソング」とあるから、思わず踊りたくなるくらいの開放感やちょっとした自虐的要素もあるのだろう。

サビ、「気まぐれな君の色 部屋に吹くぬるいその色/壁が鳴り痺れるチェロ すぐに忘れてしまうだろう」とある。この部分から受ける印象は、”彼女が何考えてるのかよくわからなかったのかなぁ?”というものだった。「君」「気まぐれ」であり、「ぬるいその色」とあることから、熱くも寒くもない、はっきりしないような態度だったのかなと想像した。また、熱くはないということから、気持ちが”冷めて”いたことを感じていたのかもしれない。

「壁が鳴り痺れるチェロ」というのがこの曲で一番よくわからないフレーズ。「壁が鳴る」というのがまずよくわからないが、何らかの理由で彼女が怒ってしまい、「壁」をドーンと叩いたのかなぁと想像したりもした(笑)。彼女が「チェロ」を弾く人だったのかもしれないし、「バッハ」「チェロ」の曲を聴いていたのかもしれない。「痺れる」をポジティブな意味でとるか、ネガティブな意味でとるかで意味合いが変わってくるだろう。単に「壁が鳴る」ほど爆音で音楽を聴いていて、「チェロ」の素晴らしい音色に「痺れた」という思い出があったのかもしれない。「すぐに忘れてしまうだろう」というのは、”自分が”とも”彼女が”ともとれる部分だ。文脈的には、”自分は忘れられないけれど、彼女は「すぐに忘れてしまうだろう」、俺のことなんて…”という雰囲気がある。

”あんなことしなければ…言わなければ…”、恋人に別れを告げられると、つい誰もが後悔したり楽しかったことを思い出して悲しくなったりしてしまう。しかし、辛いこともこうして音楽に昇華することで乗り越えられるのだろう。乗り越えるというか、気持ちに一区切りつくというか。こんなにいい曲が作れるのなら、失恋も悪いことばかりではない(笑)。きっと、天国にいるバッハグレン・グールドも、微笑みながら見守ってくれていることだろう…。


※おまけ レゴ作家Drop氏による再現MV



「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」
歌手名:サカナクション、作詞・作曲:山口一郎
歌詞サイトはこちら

※あわせて読みたい(読んでほしい)




※アルバム「834.194」の記事もどうぞ※すべての記事一覧はこちら 

※ライブのレポ&感想記事
「GO TO  THE FUTURE」

「シンシロ」

「kikUUiki」

「DocumentaLy」

「魚図鑑」
ファンクラブNF member ポイント&ステイタス制について考えたこと

このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ