スピタメウォッチング

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サカナクション「魚図鑑」を買って。


2018年3月28日発売のサカナクションのベストアルバム「魚図鑑」(2CD+魚図鑑+Bly-ray)を購入した。連続リリース企画の第1弾ということで発売されたもの。続いて2017年の6.1chサラウンドライブDVD(※)、ニューアルバムのリリースが予定されているらしい。「魚図鑑」に収録された新曲「陽炎」は映画のタイアップ曲となっており、各種メディアでも盛んに取り上げられ、2018年3月に入ってプロモーション活動が盛んに行われ始めた。それはまるで、冬眠から覚めた魚のごとし…。
「魚図鑑」は3形態発売されている。「完全生産プレミアムBOX(3CD+魚大図鑑)」「初回生産限定盤(2CD++魚図鑑+DVDorBlu-ray)」「期間限定生産生産盤(2CD+魚図鑑)」の3種類。正直、入っているものが複雑で、何がなんだかさっぱりわからなかった(笑)。違いがよくわからないな~とのんびりしていたら完全生産プレミアムBOXが売り切れてしまったので(汗)、初回生産限定盤を購入してみた。ファンとしては完全生産BOXをゲットしたいところだったが、残念。

※参考 サカナクション公式の特設サイト
http://www.jvcmusic.co.jp/sakanaction/sakanazukan/

※参考記事
ライブ感想@幕張メッセ 2017年9月 10周年6.1chサラウンド公演

※参考 聴き逃した方はどうぞ!
J-WAVE ラジオ『SONAR MUSIC』(ナビゲート:藤田琢己
2018年3月20日放送分 筆者抜粋要約文
<パート1 浅瀬>
選曲そのものも結構大変だった。最初は魚大図鑑は2枚組を一つだけ作る予定だったが、選びきれなくて3枚組になった。削られた曲もあったが、泣く泣く…。ベストを出してわかったことは、制作費がかからないから安く出せると思っていたが、完全網羅したCDを出そうとしたら、(著作権使用料か何かなのか)ビクターからお金がかかると止められた。曲順もきっちり決めた。
全曲リマスタリング。10年間に及ぶレコーディングなので、テクノロジーの進化もある。それをならす作業もやった。

<パート2 中層>
(藤田氏が「アルクアラウンド」をかけた後のコメント)
「アルクアラウンド」は夏フェスがミュージシャンにとって大事になり始めたタイミングに、フェスで盛り上がれそうな曲を作ろうということで作った曲。MVもバズって賞を受賞したりして、この曲に代わる(超える)曲を作らなければならないという”「アルクアラウンド」の呪縛”が始まった。「kikUUiki」「アルクアラウンド」以外はテンションの低い曲が多いのは、この曲のせい(笑)。僕はそもそもテレビに出ることとか人に知られたいという目的でバンドを始めてなかったから、「アルクアラウンド」でたくさんの人々に自分たちが知られていくことになじめなかった。今もそうですけど。出て行ったことによって失った友達もいたし、逆に急に連絡をくれた人もいたし、環境が変わり始めたのもこの頃。
人に知られるってすごいことだなっていう。人に知られるってことは常に出続けなければいけないってこと。出なくなると急に忘れられるから。その恐怖との闘いもあった。今はそんなにたくさんの人に知られたいとは思わない。一回知られたからそう言えると思って。前回のアルバム(「sakanaction」)を出したときには、やれること全部やろうと決めた。紅白も出るし、なんでもやると。売れることを目標にチーム全体で頑張った。ある程度結果出た時に、これ以上行くのには政治が必要だったり、自分たちが楽しいと思わない”ライフワーク”ではなくて”ライスワーク”が増えてしまうと思って、線を引こうと思ったのが今。
だけど、今もう一回いってみようかなと思っている。それはなぜかなと思ったんですけど…メンバーに子どもできたりしたからかな。愛美ちゃんの子どもが大きくなったときに、お母さんこういう仕事してるんだよと知ってもらった方がいいのかなみたいな気持ちもある。別の活動(NF)も始めたから、自分たちのコミュニティにたくさんの人を集めたいと思った。そして血を濃くしたいという気持ちが強くなったきた分、外に知ってもらうという自分たちの役割に機能性を持たせたいという気持ちも出てきていて。それが新しいアルバムの作風にも影響している。でね、やっぱり僕メロディセンスあるわ、と(笑)。「アルクアラウンド」みたいな曲を作らないようにしてた。最近は「グッドバイ」「ユリイカ」「さよならはエモーション」とか裏の方にいこうとしてたけど、きっかけがあって、もう1回「アルクアラウンド」とかロックシーンの中でヒットしそうな曲を作ろうと思ったらできたのよ。”チャレンジする”ということは、またやっていこうかなと思っている。
そもそも僕らって、オーバーグラウンド、アンダーグラウンドを混ぜ合わせて、そこで葛藤してごちゃごちゃやっていこうというのがコンセプト。上にいったり下にいったりの周期があるのかも。

<パート3 深海>
シングルで出した曲が7曲ぐらいあるのね。あと7曲くらい作ろうと言っていて、外向きのものにしようという気持ちも出てきてる。NFというイベント自体が、音楽に関わる音楽以外のことを知ってもらうとか、音楽の楽しみ方を知ってもらおうとか、サロン的な役割がないよねというところから始めたので、そこに人を集めるためにも、サカナクションという外に向かっていく魚を大海に届けていかないといけないなという。今またそういうフェーズに入ってきたのかなと。
ファンクラブってあるじゃないですか。ファンクラブの運営の仕方というものが、次の音楽業界の一つのビジネススタイルになると思う。CDが売れない、サブスクリプションがメインに、ライブ産業もひと段落。ミュージシャンを応援する人がついていくのがFC、ウェブ。そこを固めていくことを考えていくと、ミュージシャンとしてのプロデュースやブランディングの仕方も固まっていく気がする。
これからはレコード会社が大変な時代になると思っていて。団塊の世代の人たちが未だにバブルの頃のシステムで音楽業界を動かそうとしてる。僕ら、団塊の世代ジュニアが悪習の被害を被ってる。テクノロジーが進歩してるんだから、アップデートしていかないといけない。誰かがチャレンジしないと変化は生まれない。失敗するなら早く失敗して、色々チャレンジしていきたいというのが今の自分たちのスタイルかなと。
ただ、これを言葉にしていくとどんどん安っぽくなる。言わない方がいいのかなという気もしてて。行動していくことで示していく方が今っぽいのかなという気もしている。


※参考 東京FM ラジオ『スクールオブロック! サカナロックス!』
収録曲の紹介など。
「ベストアルバム『魚図鑑』解体ショー(前編)」(2018年3月22日放送分)
http://www.tfm.co.jp/lock/sakana/index.php?itemid=11050&catid=17&catid=17
「ベストアルバム『魚図鑑』解体ショー(後編)」(2018年3月29日放送分)
http://www.tfm.co.jp/lock/sakana/index.php?itemid=11076&catid=17&catid=17


※参考 インスタグラム動画配信 2018年3月31日配信分
山口一郎江島啓一による楽曲紹介など。ビクターに”もう一回配信やってくれ”と言われて実施されたものだったらしい(笑)。
「三日月サンセット」を紹介するくだりで、(「魚図鑑」にも同じことが書いてあるが)歌詞が状況説明のみで説明不足だとか、英語に翻訳しても伝わらなさそうな曲だと言われたことがあったという話をしていた。その際に、”昨今の曲って映画と同じで起承転結が必要なんだな、余白部分も全部説明してほしいんだなと思った。メジャーでやるっていうのはそういうことなんだなと。(抜粋・意訳)”と語られていた。
この感想は非常に共感できるものだった。当ブログは”そういった余白を少しでも埋める手がかりが欲しい”という方が読んでくれていると思う。ドラマや漫画などのわかりやすいストーリー展開に慣れていると、(日本的)文学や詩、不条理演劇・映画などには違和感を感じるものなのかもしれない。

●「魚図鑑」(2018年3月28日発売アルバム)



このアルバムは、”第三者がサカナクションを分析したものを作る”というコンセプトで作られたとのこと(上記ラジオ参照)。曲の構成も独特で、浅瀬(シングル曲中心のより大衆的なもの)、中層(その中間)、深海(ディープなサカナワールド)という3つのコンセプトに従って、メンバーが選曲したものが収録されている。ラジオで収録曲の説明を行ったり、ツイッターで「#サカナクションのこれ一曲」を募集したりするなど、各所で盛り上がりを見せていた。

感想1 初回生産限定盤でも十分楽しめたので良かった!

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正直、これまでの楽曲がすべてプレイヤーに入っている者としては、ベストアルバムの音源それ自体にはあまり関心が無かったりする。3つのうちどの形態を買うか決めかねたのも、そこら辺の理由が大きかった。新曲「陽炎」はすべての形態に入っているのでそこは決め手にならないし。完全生産BOXが売り切れてしまい、もう買えないと思うと惜しい気もするが、今も売っていたとして買うかと言われたら断言はできない…(7,000円は結構高いような…)。
とはいえ、初回生産限定盤も十分に満足できるもので、買って良かったなぁというのが正直な感想。満足度が高かったのは「魚図鑑」の本。全曲を網羅した「魚図鑑」を書店で発売してくれたら、それが一番欲しいなという感じだ(笑)。だが、それは”ミュージシャン”山口一郎はまずやらないだろうと思う。ファンは、サカナクションの音楽自体も愛しているが、彼らの生き方や思想、人物そのものにも共感するところがあるからこそ応援している人が大半だと思う。エッセイや詩集などの販売も検討してほしいものだ、というのがいちファンの意見である。

感想2 マニアックすぎる「魚図鑑」。企画力に脱帽。

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前述の通り、ファンの満足度が高いであろう「魚図鑑」の本。山口一郎音楽業界について日々研究しているようで、CDの売れない時代にいかに音楽ビジネスを構築するかということを試行錯誤しながら模索しているらしい。「魚図鑑」の企画は、CDだけでは価値を感じられなくなっているからこそ、”モノ”としての価値を高めようということで実施されたのだろうと思う。サカナクションのファンは思慮深くマニアックな人が多そうなので、じっくり読み込んでその世界観を理解しようとするだろう。各曲を魚になぞらえ、どの層に生息しているか、出身地、○○科の分類、制作時のエピソード(考察)など、ユーモアたっぷりの曲(魚)紹介が楽しめる。筆者も「魚図鑑」を読んで新たに興味を持った曲などもあるので、いずれ紹介していきたいと思う。

感想3 歴史が辿れるライブ映像も大ボリューム!若き日のメンバーにも注目。



初回生産限定盤はライブ映像が付いていて、過去から現在に向かってサカナクションライブパフォーマンスの歴史を楽しめる作品となっている。若い頃の山口一郎は今とはだいぶ印象が違い、観た人は100%、”わかっ!”と言うと思う(笑)。当時(襟足があった頃)は今よりもギラついていて、少々近寄りがたい印象…。だんだんとハコが大きくなっていき、世に出て売れていく様子が視覚的にもよくわかる。曲数も多いので、これだけでもお得感があると思う。

感想4 新曲「陽炎-movie version-」が良い。ライブで盛り上がれそうな一曲!



この曲は前述の2017年9月に行われた幕張メッセ公演でも披露されており、メディアで放送されているのを聴いて、”あの時聴いた曲だ”と思った。ライブで披露した際に山口一郎が、”この曲流行らなさそうだなと思っただろー!”(意訳)と言っていて、笑った(笑)。誰もそんなこと言ってないのに…。
とてもノれる曲で、映画『曇天に笑う』のプロモーションでは”曇天ダンス”なるものも公開されていた。ニューアルバムにも収録予定とのことだが、そちらには「陽炎-movie version-」とは別バージョンが収録されるとのことで、聴き比べてみるのも楽しみである。

感想5 自分の好みを分析。聴くだけで自分のことも理解できる稀有なアルバム!

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サカナクション本人が浅瀬、中層、深海の3つにパート分けして提示しているというのは、”作った本人はこう捉えています”という彼らの考え・思想がわかって面白い試みだと思った。収録曲を混ぜて、それぞれの曲についてファンに”浅瀬、中層、深海のどれに分類しますか?”と聞いたら、また違う結果になりそうだ。筆者自身も、中層かなと思ったのが浅瀬だったりと、少し感じ方が違うものもあった。

それぞれに分類されている曲(魚)たちを見つめて、自分の好きな曲がどのあたりに多いか、偏っているかを見つめてみるのも面白い。筆者は中層の中の浅瀬寄り辺りが一番好きという結論に至った(どうでもいい)。実際、当ブログで取り上げる曲はその辺りの層が多い。とはいえ、その時の気分によって、内面の世界に浸るために深海魚のように深く深く潜っていきたい時もある。自分の精神状態によっても好きな曲や聴きたい曲が変わるので、選んだ曲がどの層にあるのかをその都度チェックしてみても面白いかもしれない。

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米津玄師「Paper Flower」を聴いて。






今回は米津玄師の2018年3月14日発売シングル「Lemon」の収録曲、「Paper Flower」を取り上げてみたいと思う。”深夜”がテーマということもあり、全体的に暗い雰囲気で、楽曲とリスナーの距離が近いような感覚もある不思議な楽曲だ。夜というのは自分の世界に入り込みやすく、内面の探求が捗る時間帯でもある。深夜の描写とともに、孤独や寂しさ、切なさを感じさせる楽曲で、全体的に混沌としながらも、人々が寝静まった深夜に次第に自分の本心を見つけ出していくような、そんな趣もある。筆者は個人的にこういった内向的で暗い雰囲気の楽曲はとても好きである(笑)。

※参考 雑誌『ROCKIN' ON JAPAN 2018年4月号』


この曲の作り方について語られていた一部分を引用してみる。
「(略)縛りを設けながら音を構築していって、その音の気分みたいなものを自分自身で感じ取りながら、環七通りを散歩してる時に、イメージとか実際に見たものとかをちりばめていったこうなったって感じですね」

※参考 2018年3月14日に公開された米津玄師によるyoutubeラジオ
『■■■■■■■■と、Lemon。』 筆者抜粋要約文


<「Paper Flower」について(29:30頃~)>
トラックから作り始めた曲。トラックにおいての制約をつけたりして、コンセプトというか、細かい方法論だけ最初にあって、そこから肉付けしていった。散歩したりしたときに見た光景などを一曲に仕上げたらこうなった。環七を散歩したこともあって…。深夜の空気がすごく好き。人が寝静まっていて、明日朝から働かなければならない。ちゃんとした人間は寝ているところなのだが、自分みたいなちゃんとしていない人間にとっては居心地のいい瞬間であって、のびのびできる感じがする。そういう深夜の空気感が好きで、そういったものが出せたらなぁと思って作った。

※参考 米津玄師 オフィシャルサイトのブログ
2017年12月6日『隙間』
http://reissuerecords.net/diary/%E9%9A%99%E9%96%93/

書かれている内容が「Paper Flower」と合致する要素が多い。歌詞を書くのが捗るという記述があることから、この記事が書かれた時期に、この曲の歌詞を書いていたのではないかと想像する。


●「Paper Flower」(2018年3月14日発売シングル「Lemon」収録曲)

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幻想的で神秘的、ふわっとしていてつかみどころのない、不思議な楽曲だなというのが最初の感想だった。背景に聴こえる”シャカシャカシャカ…”という何かをこすり合わせるような音も、何の音なのか不思議な感じがする。歌詞も詩的でパズルのよう。筋の通ったものではなく、断片的な印象だ。ラストのぐにゃっと曲げられたような若干不快な音も意味深で、この世界ではない、どこかゆがんだ世界に迷いこんだかのような感覚もあった。歌詞については、一見筋は通らないけれども、言葉の端々に感じる厭世的で投げやりな感覚、社会風刺や皮肉に、「Moonlight」と似たような感覚を感じる。本物と偽物、表舞台と裏の顔、光と闇…そういった二面性であったり、世の中の表舞台にあるもの(昼間・太陽的なもの)に対する斜に構えた見方があるような印象を受けた。大人気アーティストでありながら、”本来自分はこんなスポットライトを浴びる人間じゃない…人々が眠る深夜に元気になるような社会のはみ出し者だ…”、いつもそんな意識があるのかもしれない。

※参考記事
「Moonlight」歌詞の意味&解釈

「言葉が出ない 何をしていても 最後に残るのは グズついた 愛
 祈るように眠る あなたを見ていた
 車は向かう トンネルを通り ストローみたいに あなたの胃の 中へ
 祈るように眠る あなたを見ていた

 広告に悪意のグラフィティ ボコボコの自動販売機
 知った風にはにかんでみたり 知らないふりでニヤついてみたり
 陸橋の手すりに登り お月様眺めてふらり
 ほころんだ空洞の中で ここだけが世界の終わり

 言いたいことなんてそんなない 想像より二人はくだらない
 白けた日々よ泡になれ ハレルヤ

 目の前の思い出が消えていく
 あの時あなたはなぜ泣いていたの?
 花が落ちるスピードで歩いていく
 止まることのないメリーゴーラウンド」(1番Aメロ、Bメロ、B’メロ、サビ)


先に書いたように歌詞は非常に詩的で、筋が通るようなものではないと思う。Aメロで繰り返される「祈るように眠る あなたを見ていた」というのはとても意味深なフレーズ。この部分はこの曲の舞台が、人々が眠る深夜の時間帯であり、その時間に起きているということを表現したものだと思う。その後の描写を考慮してみても、この曲のテーマの一つが”「私」「あなた」との関係性について”であることは間違いないだろう。

冒頭の「言葉が出ない 何をしていても 最後に残るのは グズついた 愛」という部分。「愛」という単語があることから、やはり二人は恋愛関係にあるのではないかと想像できる。結局のところ、「グズついた 愛」しか残らないということは、二人の関係性は冷めてしまっている、もしくははっきりしない状態であることは間違いないと思われる。次の「車は向かう トンネルを通り ストローみたいに あなたの胃の 中へ」の部分はまるっきり意味不明なフレーズだ。「車」が食べ物を運んでいる?つまりは、深夜の物流のこと?と想像してみたが、どうも腑に落ちない。

Bメロは断片的で、深夜に見た光景などを継ぎ接ぎした言葉のように思える。社会への皮肉、風刺もこめられているし、表舞台に生きられない社会のはみ出し者の存在を切り取ったような雰囲気もある。「陸橋の手すりに登り お月様眺めてふらり」の部分を想像すると、自殺しそうな人の行動にも思える。なんとなく、社会に適応できない人の孤独感のような、そんな寂しさを感じた。「ほころんだ空洞」という表現からは、音楽から感じる”異世界”のような雰囲気を感じたし、ラストの不快音のようなぐにゃんと曲がった世界のように感じられた。心の「空洞」、心の空虚さ、虚構、虚空…そんなからっぽで虚しい感覚もある言葉だと思う。

B’メロの「言いたいことなんてそんなない 想像より二人はくだらない」の部分は、冒頭の「言葉が出ない」にも関係しているように感じた。先ほど予想した、”二人の冷めきった関係”は「白けた日々」という言葉に集約されていると言っても良いのかもしれない。「白けた日々よ泡になれ ハレルヤ」というのは、”二人の関係はもう終わりだ、解消したい(解消されるだろう)”といった、半ば投げやりな気持ちを表現した言葉なのではないだろうか。サビについては後述。


わかりあいたいけど、”わかるもんか”という気持ちもある。そんな孤独な深夜。

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「寝室から出るとそこはまた寝室 部屋を出る自分の背中が見えた
 祈るように眠る あなたを見ていた
 清潔な空気で汚れてしまった 窓の外ブランコが揺れるお庭
 祈るように眠る あなたを見ていた

 遠くで湧き上がるコメディ その裏に隠したトラジティ
 フィキサチーフで仕上げたヒューマニティ 巧妙に謳った神様のパロディ
 7号線レイトショー帰り 全てがスロウになるあまり
 喧騒さえ眠る最中で ここだけが世界の終わり

 言いたいことなんてそんなない 想像より二人はくだらない
 白けた日々よ泡になれ ハレルヤ

 積み上げた塔が崩れていく
 所詮その程度の知育玩具
 私は未だにあなたへと
 渡すブーケを作る陰気なデザイナー」(
2番Aメロ、Bメロ、B’メロ、サビ)

2番のAメロはこの世の常識が通用しない不思議な世界。どこまでいっても同じことの繰り返し、抜けられない無限ループのような世界観。「清潔な空気で汚れてしまった」というのは、論理的につじつまの合わない文であり、どことなく皮肉のような雰囲気もある。汚い世界にとっては、「清潔な空気」というのは、その世界を汚すものなのかもしれない。

Bメロの「コメディ」「トラジティ」は掛けことばになっている。「コメディ」は喜劇、「トラジティ」は悲劇という意味。「遠くで湧き上がるコメディ その裏に隠したトラジティ」というのは、もしかするとチャップリンの名言を意識しての歌詞かもしれない。悲劇と喜劇は表裏一体のものなのである。
”人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ”
(参考:コンパスポイント・ジャパニスト「日本人として覚えておきたいちからのある言葉」 http://www.compass-point.jp/kakugen/3682/

「フィキサチーフ」というのは、画材道具である。「絵画用の定着液。鉛筆や木炭、パステルなど主に粉状の画材で描画した線をコーティングし、かすれるのを防ぐ効果がある。」ウィキペディア参照)。「ヒューマニティ」というのは”人間””人類””人間性”といった意味の言葉であり、次に「神様のパロディ」という言葉あることから、人間や神様について、宗教や信仰について述べた部分なのかもしれない。この2フレーズはさりげなくとても深いことを言っていて、”神様に似せて作られた人間(存在)”といった世界観にも読めるし、単なる人間を神と崇めることや神を崇める宗教に対する皮肉のようにも思える。

「レイトショー」(深夜の映画上映)が終わる頃というのは夜も相当遅くなっている。人々が活発になる昼間ではなく、「全てがスロウになる」深夜であるという描写だろう。1番にも出てきた「ここだけが世界の終わり」という言葉は、深夜、誰もいない都会の街で、人々が寝静まっている時に、ただ自分だけが起きていて、それを体感し、目撃しているような状況のことを表した言葉のように思う。この世に生きているのはただ自分だけ、「世界の終わり」に生きているような感覚…孤独でもあり、でもどこかワクワクするような、そんな状況なのではないだろうか。


本物と偽物、表と裏、本音と建前…自分の気持ちはどこにある?

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「目の前の思い出が消えていく
 あの時あなたはなぜ泣いていたの?
 花が落ちるスピードで歩いていく
 止まることのないメリーゴーラウンド

 積み上げた塔が崩れていく
 所詮その程度の知育玩具
 私は未だにあなたへと
 渡すブーケを作る陰気なデザイナー」(ラストサビ)


ラストにサビをまとめて考察してみようと思う。「目の前の思い出が消えていく」「積み上げた塔が崩れていく」というのは、両方とも同じようなことを言っているような気がする。二人の「思い出」、二人で「積み上げた」日々は、もう「消えて」「崩れて」しまうよということ。いつの間にか二人はすれ違ってしまったのだろう。「あの時あなたはなぜ泣いていたの?」と問いかけていることから、なんらかの理由で「あなた」は悲しい思いをしていたことが伺える。二人はどうしてもわかりあえなかったのかもしれない。「花が落ちるスピード」「スロウ」「止まることのないメリーゴーラウンド」は2番の「寝室」のくだりを思わせる。二人の関係がこれ以上進展する見込みはなく、いつまでも同じところをぐるぐるしている感じなのだろう。「花が落ちる」には”失恋”といった意味もあるように思える。「歩いていく」先はいったいどこなのだろう?

「積み上げた~」の段落はとても投げやりで卑屈になっている感じがする。二人の関係なんて、「所詮その程度の知育玩具」であるということ。この曲のタイトルは「Paper Flower」であるが、直訳すると”紙の花”ということになる。タイトルはラストのとても重要なフレーズ、「私は未だにあなたへと 渡すブーケを作る陰気なデザイナー」と関係があるように思う。”紙の花”は本物の花ではなく、人工的にデザインし、「作る」ものだろう。「私」「あなた」「渡すブーケ」はおそらく”紙の花”であろうということが想像できる。

この二人の関係性を想像するに、「あなた」は昼間の太陽のような人間、そして、「私」は深夜の闇のような人間といった、対照的な二人だったのではないかと感じる。「あなた」「眠る」時間帯に生き生きとしだす「私」どうしてもわかり合えない部分、埋められない距離みたいなものがあったのではないだろうか。

”(どうせ)自分は深夜の闇に生きる人間ですよ”みたいな投げやりな気持ちもありつつ、それはそれで楽しむ自分もいたり、一方、孤独で本当はわかってほしいと思う自分もいたり、いろんな気持ちがごっちゃになっているような感じもする。それと同じような感じで、「私」「あなた」への気持ちもよくわからなくなってしまったのではないか、という気がしている。もっとお互いを理解し合いたかったという気持ちもあるし、もうどうにもならないという諦めの気持ちもあるし、(別れるとか離れるとか)決めきれなくて表面的に取り繕った気持ち(=「ブーケ」”紙の花”)を伝えようとしてしまうこともあるし…といった感じ。上手くいかないことはわかっていてもなお、ずるずると関係を続けてしまっているような(=「グズついた 愛」)、そんな二人なのではないだろうか。

”紙の花”は枯れないけれど、舞い散る本物の花のように生き生きとした命の輝きはなく、所詮は人工物である。”何が本物で何が偽物なのか?”、”本心と表面的な気持ち”、”光の世界に感じる虚構と闇の世界にある真実”…そういったこの世の本質を問いかけるような楽曲でもあると思う。

「Paper Flower」
歌手名・作詞・作曲:米津玄師

歌詞サイトはこちら

※「Lemon」収録曲もどうぞ
「Lemon」歌詞の意味&解釈(その1)
「Lemon」歌詞の意味&解釈(その2)
「クランベリーとパンケーキ」歌詞の意味&解釈

※「BOOTLEG」収録曲もどうぞ
「BOOTLEG」アルバム全体の感想&レビュー
「春雷」歌詞の意味&解釈
「灰色と青(+菅田将暉)」歌詞の意味&解釈
「飛燕」歌詞の意味&解釈
「Moonlight」歌詞の意味&解釈

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「メトロノーム」歌詞の意味&解釈

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米津玄師「クランベリーとパンケーキ」を聴いて。



今回は米津玄師の2018年3月14日発売シングル「Lemon」収録曲の「クランベリーとパンケーキ」を取り上げてみたいと思う。この曲は「Lemon」とは打って変わって、割と軽めというか、ノリが良く、おちゃらけた雰囲気の曲だ。楽しい中にも毒ありというか…いや、むしろお酒そのものが毒という見方も…ただただ楽しいだけでは終わらないというのがさすが米津玄師という感じ。深く考えすぎず、さらっと歌詞を見ていこうと思う。

※参考 2018年3月14日に公開された米津玄師によるyoutubeラジオ
『■■■■■■■■と、Lemon。』 筆者抜粋要約文


<「クランベリーとパンケーキ」について(25:45頃~)>
二日酔いの気分の曲。だいたい最近は夜中に飲み歩いてばっかりで朝まで飲んで、ちょっと寝て起きたら窓から日が差し込んできてて、”眩しいなぁ~頭痛い”みたいな最悪な気分になることが日常で多くて、それを音楽にするべきかなと思ってこうなったという感じ。
お酒は俺にとっての眼鏡なんですよ。眼鏡って…視力が悪くなって、それを補完するものとして眼鏡をかけて、視力が良くなる、神経が過敏になってちゃんと生きていけるという話。お酒ってそれの真逆だと思っていて。生きていく上で神経が過敏になりすぎる瞬間がある。いろんなことを考えたり、感じなくていいものまで感じてしまったりして、自意識が膨れ上がってくる瞬間が多々ある。お酒を飲むと、その自意識をうまい具合にしぼませてくれるというか、ばかになって、過敏になった神経が麻痺される。麻痺させてくれた結果、たどり着くべき目標や文脈を見失わずに、一直線にそこに行くことができる。過敏すぎるものを取っ払ってくれるものとしてお酒があって、それがいわゆる”逆眼鏡”。だから、俺にとってお酒を飲むというのは、眼鏡をかけていることと同じだと思うんですけど。
最後の2行が大事な曲。ただの心からの…ばかな歌じゃないですか…ひたすら酔っ払って二日酔いで死にそうになっている姿を描いただけ。自分のパーソナルな部分を言い当てている曲。


※参考 雑誌『ROCKIN' ON JAPAN 2018年4月号』


この曲について触れられている個所があったので少しだけ引用してみる。ラジオ内容と重複。

「(略)レコーディングも、歌取りの前日、朝まで飲んで酒焼けの声で歌って。そしたらこうなりました」


※参考 米津玄師 オフィシャルブログ
2018年1月16日 『砂を噛む』
http://reissuerecords.net/diary/%E7%A0%82%E3%82%92%E5%99%9B%E3%82%80/

歌詞中にある「砂を噛む」と同じタイトルが使われていたのでピックアップ。関係性があるかは不明…。


●「クランベリーとパンケーキ」(2018年3月14日発売シングル「Lemon」収録曲)

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米津玄師は1991年3月10日生まれの魚座だ。上記のラジオを聴いて、”魚座っぽい発言だ…”と感じた。敏感で繊細な感受性を持つあまり、アルコールや薬などに溺れやすい性質のある魚座。パーソナルな部分が出ているという本人の発言にもある通り、とてもプライベート感・日常感のある楽曲だと感じる。お酒が好きなのは良いが、お酒の場での失敗などで身を滅ぼさないようにだけは気をつけてほしい…と老婆心ながら思う一ファンである。
”二日酔いの歌かー”と思いながら聴いていたのだが、当初筆者にはどうも”性的なニュアンス”が浮かんでしまっていた。”一夜限りの…酔った勢い…朝帰り…?”と、よからぬ連想をしてみた(笑)。そういう視点で読むとそんな風にも取れるので、参考まで…。ラジオなどでも語られているように、この曲自体におそらくそんなに大きなメッセージ性や伝えたいことがあるわけではないのだと思う。それを踏まえて見ていこう。

「不意に見かけたブロンズの女神の お臍に煙草擦り付けて笑う
 思い返せば馬鹿げている 大体そんな毎日
 その日限りの甘い夜を抜け
 今じゃ彷徨う惨めなストーリーライター
 誰かわたしと踊りましょう なんてその気もないのに

 ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドンで
 クランベリーのジャムでも作ろうね
 パンケーキと一緒に食べようね ほら丁寧に切り分けて
 ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドンで
 全部頬張って隠してしまえ
 やがて熱さにも耐えかねて
 嗚呼きみは吐き出した」(1番Aメロ、サビ)


まず冒頭の「ブロンズの女神」の描写。本当にある”物”なのか、比喩なのかはわからないが、「お臍」という単語も出てきていることから、割と露出の多い格好をしていることが想像できる。女神像というのはだいたいは女性の身体の美しさを強調するような形をしているので、この部分だけでもなんとなく官能的な感じがする。続く「その日限りの甘い夜」というフレーズも、男女の夜を想像させるものである。次の「今じゃ彷徨うストーリーライター 誰かわたしと踊りましょう なんてその気もないのに」は若干自虐気味で、酔っ払いの浮ついた感じが面白い歌詞だ。

サビも陽気な文言がパーティ感を増す(笑)。無理やり英語にすると、「ヒッピヒッピシェイク」は”hippy hippy shake”、「ダンディダンディドン」は"dang ding dang ding dong”かなと思うが、ノリノリの雰囲気を表す以外に特に意味はないのだろうと想像する。サビの「クランベリーのジャム」「パンケーキ」のくだりが、そのままスイーツを食べることを表しているのか、そこに隠された意味があるのかはわからない。サビがあまりにも意味がない言葉の羅列ということもあり、そのままでは表現しにくい性的な何かを表現するための隠語なのかなと想像してしまったというのもある。「パンケーキ」という言葉に、”パリピ””インスタ映え””リア充”といったようなものに対する皮肉をこめているのだろうかと推測したりもした。米津玄師はそういった(流行に敏感でミーハーな)価値観の人々とは対極に存在するような雰囲気もある。それか、架空なのか本当に存在するのかはわからないが、単純に「きみ」という人物の好物なのかもしれない…。

酔っぱらってハメ外し…気づいたら寝てた!?

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「戯れ哀れハメ外すあまり 足滑らせて砂を噛むばかり
 憶えちゃいない痣だらけ 大体そんな毎日
 廃墟だらけのメルヘン市街じゃ マセガキ達が隠れてキスする
 涙交じりの恋になりませんように
 
 ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドンで
 ランドリーまで歩いてこうね
 汚れたシーツを洗おうね ほら丁寧に取り分けて
 ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドンで
 もう一度浮かれた祈りの方へ
 こんな馬鹿な歌ですいません
 嗚呼毎度ありがたし」(2番Aメロ、サビ)


この曲は米津玄師のパーソナルな部分が出ている曲とのこと。2番の冒頭2行はまさにそんな日々を歌ったものなのだろう。「廃墟だらけのメルヘン市街」といった表現に米津らしい社会への皮肉が込められており、いちゃつく「マセガキ達」を横目で見ては、「涙交じりの恋になりませんように」と心ひそかにエールを送っている。「メルヘン」は1番の「ストーリーライター」と関連したような言葉で、いずれも空想的なイメージがある。なんだかこう…地に足のついていない、ふわっとした、虚構の、リアリティのない…といった雰囲気のある単語で、これも酔っ払いのふわふわ感や”パリピ”・”ミーハー”な人々の中身のない浅い感じと結びつけているもかもしれない。

2番のサビでは突然「汚れたシーツ」を洗いに行ってしまう(笑)。このくだりも、筆者が性的なニュアンスを感じた理由の一つだ。ただ単に「痣だらけ」で血がついてしまって汚れたのかもしれないが(笑)、直前に「マセガキ」「キス」をしていたといった恋愛絡みの描写があったこともあり、そんな想像もしてしまった。


あったかいお布団の中で…いつまでも…寝ていたい…

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「微睡んでいたい きみみたいに この宇宙が 終わるまで
 微睡んでいたい きみと一緒に この世界が 終わるまで
 
 ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドンで
 クランベリーのジャムでも作ろうね
 パンケーキと一緒に食べようね ほら丁寧に切り分けて
 ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドンで
 全部頬張って隠してしまえ
 やがて熱さにも耐えかねて
 嗚呼きみは吐き出した

 こんな馬鹿な歌ですいません
 嗚呼毎度ありがたし」(Bメロ、ラストサビ)


ラスト直前の「微睡んでいたい~」の部分は、なんとなくひなたぼっこしているネコを想像した(笑)。「きみ」はひらがなということもあり、とてもかわいいもののような雰囲気がある。歌詞中の「きみ」をネコと見るか、(一夜を共にした)かわいらしい女性と見るかによって、曲の雰囲気が変わってくるだろう(笑)。何も予定がなくいつまでも寝坊して良い日に、朝のあたたかい日差しが差し込み、”もっと寝たい~~二度寝したい~~(「きみ」かわいい~~)”と思うような幸せな感覚だろうか。

この曲で一番重要なのは最後の2行らしい。誰に対して「嗚呼毎度ありがたし」と言っているのだろうか。身近にいる人…曲を聴いてくれるファン…そばで寝ている「きみ」?ミステリアスな米津玄師のパーソナルな部分が出ている曲がこれ…と言われても、ますます迷宮入りするばかりで、謎は深まり続けるのだった…。


「クランベリーとパンケーキ」
歌手名・作詞・作曲:米津玄師

歌詞サイトはこちら

※「Lemon」収録曲もどうぞ
「Lemon」歌詞の意味&解釈(その1)
「Lemon」歌詞の意味&解釈(その2)
「Paper Flower」歌詞の意味&解釈

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「春雷」歌詞の意味&解釈
「灰色と青(+菅田将暉)」歌詞の意味&解釈
「飛燕」歌詞の意味&解釈
「Moonlight」歌詞の意味&解釈

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「ピースサイン」歌詞の意味&解釈
「Neighbourhood」歌詞の意味&解釈
「ゆめくいしょうじょ」歌詞の意味&解釈
「orion」歌詞の意味&解釈
「ララバイさよなら」歌詞の意味&解釈
「翡翠の狼」歌詞の意味&解釈
「LOSER」歌詞の意味&解釈(その1)
「LOSER」歌詞の意味&解釈(その2)
「ナンバーナイン」歌詞の意味&解釈
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ライブ感想@ゼップ東京2016年12月「はうる」ツアー最終日
ライブ感想@東京国際フォーラム2017年7月「RESCUE」初日
「メトロノーム」歌詞の意味&解釈
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米津玄師、「Lemon」の歌詞を考察してみる。



※前回の記事をお先にどうぞ→「Lemon」歌詞の意味&解釈(その1)

今回は米津玄師の2018年3月14日発売シングル『Lemon』の歌詞考察について重点的にまとめてみたいと思う。過去の楽曲に比べて本人が語るところの情報量も多く、意味が全く取れない難解なものではないと感じる。タイアップや露出が増えたことで、(特にシングルは)よりわかりやすいものになっているのかもしれない。本人の思いや考えを聴いた上でこの曲を味わってみると、”歌詞にはそういう思いが入っているのだな”ということがわかり、より楽曲への理解が進むと思う。

※参考 音楽サイト『音楽ナタリー』インタビュー
『米津玄師 人間の死を見つめて』
https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi12

重要なことがコンパクトにまとまっているインタビュー。こちらも参考にした。

●「Lemon」(2018年3月14日発売シングル)

 

(その1)で引用した米津自身の言葉などを参考に歌詞を読み解いてみたい。歌詞の中で重要なテーマとなっているのは”忘れてしまうこと”であろう。本人の語る言葉の中にも”忘れてしまうことへの恐怖や不安”といった表現があり、歌詞の中にも”忘れる”に関連した言葉が多数出てくる。制作中に亡くなってしまったという米津の祖父が認知症で、近年は自分のことを認識していなかったことも関係しているのかもしれない(上述『音楽ナタリー』参考)。また、米津”言語化”することと”忘れる”ことについても彼なりの見解を持っており、そういった考えがにじみ出たような歌詞となっているように思う。
米津の恋愛系の歌詞は”重い”というか、若干精神不安定気味な要素が含まれていることが多いと感じる。「Lemon」も例に漏れず、重めの内容だと思う。今回は生死に関わることなので、より重くなるのはわかるが、「あなた」と一緒にいた頃の主人公「わたし」も結構重い人物だったのではないかと想像する…。

※参考 米津玄師の重めの恋愛系歌詞
「メランコリーキッチン」歌詞の意味&解釈
「春雷」歌詞の意味&解釈


「夢ならばどれほどよかったでしょう
 未だにあなたのことを夢にみる
 忘れた物を取りに帰るように
 古びた思い出の埃を払う

 戻らない幸せがあることを
 最後にあなたが教えてくれた
 言えずに隠してた昏い過去も
 あなたがいなきゃ永遠に昏いまま」(1番Aメロ)

ドラマ『アンナチュラル』、各話の終盤の”ここ!”というタイミングで流れるこの冒頭。人の死を扱うドラマなので、毎回悲しい死と向き合うことになる。そのどれもが”不自然な死”、”不条理な死”であり、突然訪れるものが多い。「夢ならばどれほどよかったでしょう」、これは突然大切な人を失ってしまった遺族に共通する心境だろう。1行目、2行目で両方ともに「夢」という単語が使われているが、その言葉の使い方も非常に巧みだなと感じた。亡くなったことが幻であればいいという「夢」「あなたのことを」いつまでも思ってしまうことを表す意味での「夢」、それを同じ単語を使い2行で表現している。
「忘れた物を取りに帰る」ときというのは、「忘れた物」非常に重要で必要不可欠なものだったときだろう。財布やスマホ、定期などなら取りに帰るが、ティッシュや筆記用具程度であれば取りに帰らないかもしれない。「思い出」は記憶にとどまっているからこそ「思い出」なのであって、「思い出」の周りには、無数の”忘れてしまったもの・こと”が存在している。しかし忘れてしまったがゆえにそれらが思い出されることはない。「思い出」”忘却の海”に浮かんだ記憶の一部のようなものであり、かすかに残った「思い出」すらも頻繁に思い出さない限り「埃」をかぶっているものなのだろう。取りに帰るほど重要な「忘れた物」、それと同じくらい「古びた思い出」も重要なものであったのだ。

「戻らない幸せがあることを 最後にあなたが教えてくれた」は特に説明不要と思う。「あなた」が亡くなってしまうことにより、一緒に過ごした「幸せ」はもう「戻らない」ということに気づいたということだ。意味深なのが次のフレーズ。「言えずに隠してた昏い過去も あなたがいなきゃ永遠に昏いまま」というのはどういうことだろうか?「あなた」がいてくれたことで、「言えずに隠してた昏い過去」が明るみに出て(打ち明けることができて)、「昏い」ものではなくなったという風に読める。この主人公は人には言えない秘密や「過去」を抱えていたのだろうが、「あなた」そのすべてを受け入れて愛してくれたのだろうと想像する。そんな「あなた」だったからこそ、秘密をさらけ出すこともできたのかもしれない。この「言えずに隠してた昏い過去」は、サビの「あの日の悲しみ」「あの日の苦しみ」にも似たような響きを帯びているようにも思える。


辛いことすらも愛せる…?あなたとなら…?

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「きっともうこれ以上 傷つくことなど
 ありはしないとわかっている

 あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
 そのすべてを愛してた あなたとともに
 胸に残り離れない 苦いレモンの匂い
 雨が降り止むまでは帰れない
 今でもあなたはわたしの光」(1番Bメロ、サビ)


Bメロも説明不要、そのままの意味だろう。「あなた」が亡くなってしまったことが、あまりにもショックで辛いことであるという気持ちをそのまま表現しており、絶望にも似た気持ちが伺える。

サビの「あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ そのすべてを愛してた あなたとともに」、この部分はメロディとともに感情が高まる部分で、非常に感情移入してしまうフレーズだと思う。この部分は様々な解釈ができて、人それぞれ感じるものが違うのではないだろうかと想像する。「あなたとともに」、がどこにかかるのかによって意味が変わってくるだろう。「悲しみ」「苦しみ」「あなた」「そのすべてを」主人公が「愛してた」、という解釈が一つ(1)「悲しみ」「苦しみ」「そのすべてを」、主人公と「あなた」「愛してた」、という解釈がもう一つだ(2)
(1)の方だと、自分にとっての辛い経験(「悲しみ」「苦しみ」)も、「あなた」と出会いともに過ごす日々の中で、愛すべきものに変わっていった、といった意味に取れる。(2)の方だと、「悲しみ」「苦しみ」「悲しみ」「苦しみ」のままだったが、「あなた」が一緒に受け止めてくれて、共感、理解してくれたからこそ、愛すべきものに変わっていった、といった意味になるかと思う。こうして書くとあまり違いがわからないかもしれない(汗)。ニュアンスを読んでいただけたらと思う。

Aメロで「言えずに隠してた昏い過去」との関係性について触れた。「あなた」が主人公の「昏い過去」をも愛し受け入れてくれたのだとすると、だからこそ、「あの日の悲しみ」「あの日の苦しみ」「そのすべてを愛してた」と言えるのではないかと想像する。「昏い過去」「悲しみ」「苦しみ」)すらも「あなた」との出会いにより肯定することができ、「愛」することができるようになったということではないだろうか。サビの後ろの部分は後述する。


忘れたいものほど忘れられない…というのが人間の性。

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「暗闇であなたの背をなぞった
 その輪郭を鮮明に覚えている
 受け止めきれないものと出会うたび
 溢れてやまないのは涙だけ

 何をしていたの 何を見ていたの
 わたしの知らない横顔で

 どこかであなたが今 わたしと同じ様な
 涙にくれ 淋しさの中にいるなら
 わたしのことなどどうか 忘れてください
 そんなことを心から願うほどに
 今でもあなたはわたしの光」(2番Aメロ、Bメロ、サビ)


2番Aメロは官能的な表現で、この部分があるからこそ「あなた」が男性、「わたし」が女性だろうと確信することができると思う。暗いからこそ視覚が使えなくなるため、触覚や嗅覚など、その他の感覚が鋭敏になるものだ。また、この部分は米津”言語化”することへの考えをも表している部分だろう。上手く言葉にできないぼやっとしたものを、それでも言語化することで「その輪郭」「鮮明」になるということ。続く「受け止めきれないものと出会うたび 溢れてやまないのは涙だけ」の部分は説明不要だが、「受け止めきれないもの」と表現することで、悲しみだけではなく、喜びその他あらゆる感情についても当てはまるという”余白”みたいなものを残しているのが巧みだなと思う。

Bメロもやや意味深。「わたしの知らない横顔で」の部分に含みを持たせている。これはドラマが扱う”不自然な死”、”不条理な死”といったテーマにもつながるように思う。皮肉なことにその”死”を通じて、故人の本当の思いや考え、遺族が知り得なかった秘密が明るみに出ることがある。どんなに深く愛し合っていたと思っていても、相手のことを完璧に知ることができるはずはなく、あくまでも自分と一緒にいる時の相手のことしかわからない。「わたし」「あなた」の死を通じて、「あなた」の知られざる一面を垣間見たのかもしれない。

2番サビは「あなた」への呼びかけのような歌詞でもある。そして、この曲のテーマである”忘れてしまうこと”についても触れられている一節である。「わたし」「あなた」が亡くなってしまったことにより、「涙にくれ 淋しさの中にいる」らしい。「あなた」もそんな辛い思いをしているのなら、その苦しみから逃れるために「わたしのことなどどうか 忘れてください」ということだろう。こんなに辛い思いを、愛する「あなた」にさせたくないということだ。しかし、”じゃあ忘れます”といって忘れられるほど人間は単純にはできていない。忘れたいことほど忘れられず、忘れてはいけない大切なことは一瞬で忘れてしまう…それがありのままの人間の姿でもある。米津”忘れてしまうことへの恐怖や不安”と述べていた部分があったが、”忘れてしまうこと”に対して感じる不安というのは何なのだろう?忘れられないのが愛で、忘れてしまうのは愛ではないのだろうか?


この曲は”レモン”でなければならなかった…絶妙な言葉選び

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「自分が思うより
 恋をしていたあなたに
 あれから思うように
 息ができない
 
 あんなに側にいたのに
 まるで嘘みたい
 とても忘れられない
 それだけが確か

 あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
 そのすべてを愛してた あなたとともに
 胸に残り離れない 苦いレモンの匂い
 雨が降り止むまでは帰れない
 切り分けた果実の片方の様に
 今でもあなたはわたしの光」(Cメロ、ラストサビ)

Cメロはいなくなってしまった「あなた」への思いを語るフレーズで、説明不要のストレートな歌詞だ。ここでも「忘れられない」という歌詞が出てくる。「あなた」には「わたしのことなどどうか 忘れてください」と言っていたにもかかわらず、当の自分は「あなた」のことを「とても忘れられない」と言っている。本当に「あなた」「わたしのこと」「忘れて」しまったら、この「わたし」は嫌なのだろうな…と思ってしまった。なんというか、やはりちょっと”重め”なのだ。
”死”というのは誰にでも訪れるもので、高齢で寿命を全うして亡くなった方に対してはここまでの強い思いを抱かないのが普通だと思う。この曲は”不自然な死”、”不条理な死”を扱うドラマの主題歌であるという背景があり、事件性のある亡くなり方をするからこそ、その”死”が遺族にとってとてつもない傷になり、「とても忘れられない」ものになってしまうということはあるだろう。よって、より感情表現をオーバーな感じにしているのかもしれない。

重要なラストのサビ。この曲ができる過程のインタビューを読むと、「レモン」というのはなんとなくあてはめて置いた歌詞で、特に意味を持たせたものではなかったとのこと。ラストの「切り分けた果実の片方の様に」の歌詞ができて、初めて自分でも「レモン」の意味がわかった、といった発言があった。また、(その1)の記事で紹介した、”果物は人間と似ている”という趣旨の発言も興味深い。

「雨が降り止むまでは帰れない」、通常この「雨」”悲しみの涙”に置き換えられるだろうと思う。悲しみを感じきり、涙が枯れるほど泣きつくすまでは前に進めないということではないだろうか。(その1)で取り上げたMVでは、後半で米津が感情的に歌い上げる変化が見られるが、この場面とも関係があるだろう。故人の”死”を受け入れ、悲しみと向き合わない限り、前へは進めない。感情を見ないふりして逃げたり、抑圧して無視しているからこそ、なかなか吹っ切れないということはある。故人の”死”や悲しみと向き合おうという気持ちがあることを示している歌詞だと思う。

そして問題の「切り分けた果実の片方の様に」の考察。(その1)のMV考察でも書いたが、「レモン」”故人と自分、二人だけにしかわからない共通の何か”であったり、”二人が特別な関係性であること”の象徴として用いられている節がある。いくつかのレモンを二つに切って混ぜてみても、別のレモンとはぴったり一つにはならないわけで、ある種の”ツインソウル”(よく知らないが)的な感覚も感じられる。「あなた」「わたし」はそういう特別な関係性であった、ということを言っている歌詞なのだろうと思う。また、ドラマのテーマ、”解剖”を彷彿とさせる言葉選びもさすがといった感じだ。
「切り分けた果実」と人間を重ねたのも面白いと思った。”果物と人間は似ている”という米津の考えをもとにすると、「切り分けた果実」というのは、中の種やドロッとした部分をもが見えてしまっている状態なわけであり、人間に例えれば、”より深い部分まで知った仲”という意味にも取れると思う。また、「レモン」は通常”酸っぱい”というイメージだが、ここでは「苦いレモンの匂い」と表現されており、ここに、果物の中でも「レモン」でなければならなかった理由があるように思う。”ほろ苦い思い出”といった言葉もあるが、「レモン」黄色、それは「光」をイメージするポジティブな色でもある。苦味もありつつ、元気を与えてくれる「光」でもあるような、まさにこの曲のテーマにぴったりなのが「レモン」という果物だったのだろう。

「Lemon」
歌手名・作詞・作曲:米津玄師

歌詞サイトはこちら

※「Lemon」収録曲
「クランベリーとパンケーキ」歌詞の意味&解釈
「Paper Flower」歌詞の意味&解釈

※「BOOTLEG」収録曲もどうぞ
「BOOTLEG」アルバム全体の感想&レビュー
「春雷」歌詞の意味&解釈
「灰色と青(+菅田将暉)」歌詞の意味&解釈
「飛燕」歌詞の意味&解釈
「Moonlight」歌詞の意味&解釈

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米津玄師、「Lemon」を聴いて。



今回は2018年1月クールのTBS系ドラマ『アンナチュラル』の主題歌にもなった、米津玄師の2018年3月14日発売シングル、「Lemon」を取り上げてみたい。ドラマ側からオファーがあり制作された曲とのことで、ドラマの内容に沿ったものになっている。『アンナチュラル』は不自然な死を取り扱う法医解剖医が主人公のドラマで、簡潔に言えば、不自然な死にまつわる事件を解剖により推理し解決していく、といった内容である。米津があらゆるインタビュー等で語るところによると、ツアーの合間に”死”と向き合う制作の最中、肉親の死に伴い死生観がゼロに崩れ去ったところからまた作り上げていったような、そんな作品とのこと。本人の口からたくさんの情報が語られているので、ファンであれば是非チェックしておきたいところだ。

長くなるので(その1)は参考文の引用とMV及び全体の考察、(その2)で細かい歌詞を見ていこうと思う。

※参考 雑誌『CUT 2018年3月号』
Cut 2018年 03 月号 [雑誌]
ロッキングオン
2018-02-19


この『CUT』のインタビューは個人的にかなり素晴らしいものだと感じている。『CUT』は音楽雑誌ではなく、インタビュー雑誌なのだということがはっきりと感じられ、人間の内面に切り込んでいく感じが良かった。重要な部分のみ少々引用してみる。読みごたえもあるのでファンの方は是非読んでほしい。
「やっぱり皮を剥いだら、自分の頭の中にはドクロが居座っているわけだし、その違和感っていうか……何か俺は、果物って人間と似ていると思うんですよね。皮があって中に果肉があって、その種がある。それは人間の構造とすごく似ていて。人間の外見にも皮があって、中には内臓があって、種もある。で、果実を切り分ける過程は、人間を解剖していく過程と似ていますよね。果実の中にはドロッとしたものが含まれていますけど、人間も誰しもがそういうものを抱えながら生きていくわけじゃないですか。それを、人間の社会の中で生きていくにあたって、みんな皮を作り込んで、その皮で人と人とのコミュニケーションをいなしている。そうやって、明るい美しいキラキラしたその場の空気みたいなものを作っているけれど、中にはそういうドロッとしたものがあるっていうのは、人間が内包しているすごい違和感というか……なんか、そういう感覚です」

上記で言っているような内容の歌詞が垣間見られたのが「ララバイさよなら」だ。
「ララバイさよなら」歌詞の意味&解釈

※参考 『ROCKIN' ON JAPAN 2018年4月号』


こちらのインタビューはより音楽性や楽曲そのものに関する内容が多く、カップリング曲についても述べられていた。

「(略)監督の要望っていうのは当然あるわけで、『傷ついた人を優しく包み込むような感じ』とか、いくつかワードを投げてもらったんですね。(略)ドラマが死を扱う内容だから、ある種のレクイエムというか、『死者を慰めるような歌を作ろう』と思って、ワンコーラスだけバッと書いたら、そのタイミングで不思議なことに自分のじいちゃんが死んだんですよ。ほんとに突然。」
「(略)結果、でき上がってみれば、『個人的にあなたが死んで悲しいです』って、4分間かけてずっと言ってる曲になって。(略)」


※参考   2018年3月4日放送ラジオ
『米津玄師×野木亜紀子 アンナチュラル対談』(TBSラジオ)筆者抜粋要約文
<この曲ができた時期について>
サビの後ろのメロディーを直前になって変えた。一度納品までしたのにその後に曲が変わってしまい、迷惑をかけてしまった。ツアーの最中に曲作りをしていたので、自分の世界に潜って曲を作っては、地方へ移動してはというのを繰り返して、減圧症のようになっていた。そんな中、曲を作っている時期にじいちゃんが亡くなってしまい、人の死を想う曲を書いているときに肉親が亡くなるというのは何かあるなと思った。その時ワンコーラスだけ作ってあったが、頭の中にあった”死”というふわっとしたものが形として現れて、作ってきたものがこれでよかったのかとか、これまで積み上げてきた自分の中の”死”への価値観が一度ゼロになって、そこからどんどん混沌としていくという感じだった。ドラマの主題歌でもあるのに、個人的な楽曲になっているのではないかという不安もあった。ドラマが持っているポップでエンタメ的な側面が自分の中には少なく、このままだと暗い感じの曲になるのではないかというしこりがずっと残っていた。そんな中、「Lemon」を聴いていたら、ここはこうした方がいいと感じるものが出てきてしまい、これはどうしても撮り直させてほしいという思いになった。撮り直したのは武道館公演の日の朝だった。

<職人志向>
職人になりたいというのはわかる。”芸術”や”アート”という言葉があまり好きではない。まわりのミュージシャンなどを見ていても、そこに逃げこむやつが多すぎると思う。”これはアートだから”、”これは芸術だから”と、”アート”とか”芸術”という言葉に逃げこもうとして、結果出来上がるのがしょうもないみたいな、そういうのが好きではない。周りから見たら自分がアーティスティックに見えるのはわかるが、そういうところに絶対逃げこみたくないという気持ちは強くある。ファンタジーなども好きだが、ファンタジーの世界で巻き起こっているのは、この世界を反映したものになっている。それと同じで、自分が作る曲も、自分が経験していないことも書くが、掘り下げていけば自分の体験であって、自分の体験をそうやってまた別の言葉に変換して表現することによって、より普遍的になる感じがすごくある。自分は普遍的な音楽を作りたいと思っているので、そういうものをどうやって作っていったらいいのかと考えると、そういう作り方になっていく。

<影響を受けた曲>
「Lemon」を書いていた時期に、昭和のポップソングにハマって聞いていた。ドラマの主題歌を作るに当たり、どういう曲を作ったら良いかと思い、往年の小田和正さん、ユーミンさん、中島みゆきさんたちが、どんなものを作りあげてきたのかに興味があって聞いていた時期があった。その中でも松任谷由美さんの「ハローマイフレンド」が美しい曲だなと思って、この曲のコード感も影響を受けている。聞く人が聞けばわかると思う。

<途中に入る音について>
途中に入る”フェッ”という音は、人の声をサンプリングして作っている。自分の頭の中で鳴っているから入れた。これは自分の中では重要な音であって、あるのとないのでは全然意味合いが変わってくるという感じがあった。それがなぜなのかは正直自分でもわからないが、重要だと思っている。一番はじめから完成形が見えているわけではないので、ささいなとっかかりから積み重ねていった結果、芋づる式に出てくるという感じ。(最後まで)出てきたと思ってもまだ引っ張りたくなってくる。引っ張りたいという自意識から解放されるためにも締め切りは必要だなと思う(通常創作には締切があるが、時間があれば延々と曲作りをするかという話題が前にあったため)。


※参考 2018年3月14日に公開された米津玄師によるyoutubeラジオ
『■■■■■■■■と、Lemon。』 筆者抜粋要約文

(随分と昔からツイキャスなどで突然生放送などをしていた米津だったが、最近生で放送したものが悪意ないユーザーにより動画サイト等にアップされ、残ってしまうことに思うところがあったらしい(その場限りのつもりのものが意図せず残ってしまう)。そうであれば、自分の口から”残るもの”として発言したものを提供しようということで、このyoutubeラジオ放送を始めたのではないだろうかと想像する。)



<曲調について(16:40頃~)>
曲調に関してはそもそもバラードを作ろうというところから始まった。ドラマ自体は気づいたら1時間経っているようなテンポの良いドラマであって、ただ平坦なリズムになってしまうのはこのドラマに果たして合っているのか、という気持ちがあった。(この曲には)人の死を想うレクイエム的な側面があるが、”踊るように、ステップを踏むように”人の死を想うというイメージが生まれて、跳ねた曲になったし、トラックの作り方も、ヒップホップと日本の歌謡曲のハイブリッドした形を生み出したかった。リズムのものとバラード、人の死を想うというものを組み合わせることができたら、美しいものになるという確信があった。祈りと踊り、歌もそうだが、何かに対して捧げるというイメージ――生きているものの視点で何か目に見えなくなってしまったものに対して祈りを捧げるというイメージ――は、ある種のシャーマニズムの頃から変わらずあると思った。

<MVでハイヒールを履いていること(19:10頃~)>
ハイヒールは監督にまず曲を聴いてもらって、自分の中の断片的なイメージを伝えるところから始まって、その中の一つにヒールを履きたいというのがあった。きっかけになったのは、昔、夢に見た光景。自分は誰かの葬式の列に並んでいて、すごく天気が良くて、その中で列の前の方の人間がずっと指笛を吹いている。ピーッとでかい音で鳴らしている。それを見た周りの人たちは何あれ、と言って、(その人は)笑われたりもしていた。個人的な解釈では、指笛というのはその人(死者)との間の共通する何かだったのではないか、と。二人にしかわからないけれども、空に向かって指笛を吹き続けるというシーンを見た時に、誰にもわからないようなものを、周りの目など気にせずに100%愛してやるというのは美しいことだと思った。そういうニュアンスを出したかった。それがたまたまハイヒールだったということ。これを説明したら本末転倒な気もするけれど…。

<レモン盤にレターセットが入っていること(21:21頃~)>
毎回CDを作るにあたって、絵を描いたりして、手に取って満足のいくものを作ろうと思っている。今回は考えた上で、レターセットにしようと。きっかけは、ツイッターに書いたことでもある。それはどこかで描きたいと、短編マンガにしたいと思っていたストーリー。いつかやるかもしれないけど。
死んでしまった恋人から急に手紙が届いた。しかし何も書かれていない。それはどこから届けられたかもわからない不思議な手紙。女の人が、いつでもその手紙と一緒に過ごしていく。どこへ行くにも一緒に生活する。ひょんなことから、その手紙に恋人との思い出とか恋人に対する気持ちを書き連ねていく。書き連ねていく瞬間だけ心が救われる。目には見えなくなってしまったものと交信することができるという実感を得ることができたという、それをマンガにしたいと思っていた。そういうストーリーが頭の中にあって、同じ様なコンセプトの「Lemon」を作っている時にそれを思い出し、あの物語の切れ端を「Lemon」に適応させたいなぁと思って、(付属品を)レターセットにした。
”なくなる”というのは普遍的なものであって、生きていくに従って、思い出や大事にしていたものもどんどんなくなっていく。”なくなっていく”ことに対して、何を言葉にするのか、言葉にすることによって、その言葉に引っ張っていってもらうとか――言霊信仰じゃないけど――そういったことは音楽を作る上で重要な一角を担っている。”なくなってしまったもの”を、そのまま”なくなってしまったもの”にしてしまうと、人間というのは可愛い生き物なので、いろんなことを忘れていってしまう。忘れてしまうことへの恐怖や不安、そういうものを埋めるために言葉にしたり音楽を作ったり、目には見えなくなってしまったものを、目には見える、音に聞こえるものにしたいという気持ちが人一倍あるのかなと思う瞬間もある。


●「Lemon」(2018年3月14日発売シングル)



正直、ドラマの第一話を観た時には”地味な曲だな”と感じ、ここまで流行るとは思わなかったのだが(汗)、MVを観てからぐっとこの曲の世界観に惹き込まれ、何度も視聴してしまった。MVに惹き込まれた理由の一つに米津の歌い方の変化があると思う。今回のMVではこれまでになく感情がこもっていて、その表情が鮮明に映し出されている。これまでにも本人出演のMVは多数あったが、割と無表情で淡々としているものが多かった。これはもしかすると、コラボで話題となった俳優・菅田将暉の影響なのではないだろうかと勘ぐっている。「灰色と青」のプロモーションで菅田将暉のラジオに出演した際に、MVでの菅田の演技を褒めていたことがあったが、刺激的な友人との出会いにより、米津自身の表現にも変化が見られたのではないかと感じた。
※参考記事
「灰色と青(+菅田将暉)」歌詞の意味&解釈

本人の話をもとにMVを考察してみる。
今回のMVのキーポイントとなるのは以下。

<1>ハイヒール(米津と踊る女性が履いている)
<2>踊る女性は何者か
<3>舞台が教会であること
<4>10名程度いる外国人の存在
<5>
最後のサビでの外国人の動き
<6>前半・後半の米津の歌い方の変化

●”二人だけに共通する何か”としての”ハイヒール”

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このことは、本人配信のyoutubeラジオ番組でほとんど本人の口から語られていた。夢に出てきた手紙のエピソードと今回のハイヒールのモチーフが重なっており、死を悼む場にふさわしくないMVの”ハイヒール”は、夢の中の”指笛”に相当する。つまりは、”その場にふさわしくないけれども死者とその人の二人だけの間で通じる何か”の象徴として使われているのだろう。死を悼む場はおろか、普通は男性がハイヒールを履くことはないし、パッと見た時に違和感がある。しかし、米津と踊る女性が全く同じ黒いハイヒールを履いていることから、そのことには何か意味があるということがわかる。歌詞の内容はさておき、MV内では米津は(死者ではなく)残された方の人間の姿を表しているのだろう。

ラストサビの歌詞に「切り分けた果実の片方の様に」という「Lemon」を彷彿とさせるものがある。”二人にしかわからない””二人だけの暗号””二人がセット”のように連想していくと、「切り分けた果実」の意味につながっていく気がした。”一対になっているもの””その相手としか一つになりえないもの”、といった意味だろうか。MVにおいては”ハイヒール”から「切り分けた果実」と同じような意味合いを読み取ることができると思う。

●”死者と生きている人間の中間”としての踊る女性と、”和洋折衷”感

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この踊る女性は何者か、という問いについて。ハイヒールのくだりを思うと、”死者”の象徴と見ることもできるが、筆者が初めてMVを観た時は、”聖職者・巫女(イタコ的な)・呪術者・魔術師”のようなイメージが浮かんでいた。舞台が教会であること、外国人たちが円になり、女性が輪の中心で踊る姿などから、死者の霊を降臨させる降霊術のような儀式を連想させた。また、神や死者に捧げる祈りや舞という意味では、日本神道の神楽や巫女的なイメージが重なり、祈りや舞によって死者と交信する存在なのかなという気もした。女性のコンテンポラリーダンスは、神や死者に捧げる祈りや舞の表現なのだろうと感じた。

このことについて、youtubeラジオ番組でも本人により似たような発言があり、やはりシャーマニズム(呪術)的な要素を意識して作られたMVであることがわかった。実際に、西洋と神道や仏教では、死者に対する考え方や捉え方が大きく異なっており、一つの表現に固定してしまうとその思想が色濃く出てしまうということもある。それもあって、あえてぼやかして抽象的・普遍的なものにしているということもあるのかもしれない。

この女性は”死者”とも”巫女的な存在”とも解釈することができると思う。いずれにせよ、完全なる”死者”でも、完全なる”残された人間”でもないという印象を受けた。また、教会や外国人といった西洋キリスト教的なイメージと、巫女や神への祈りや舞といった日本の和のイメージ融合させている感もあった。それは、本人がこの曲の音楽性について、ヒップホップと日本の歌謡曲の融合であると言った、その発言とも重なる。生と死、異文化間の融合や折衷感(とその先にある普遍性)というのもこの曲の重要なテーマなのだろう。

●舞台である教会、10名程度いる外国人の存在とラストの動き

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教会が舞台であることから、西洋キリスト教のイメージが浮かぶため、外国人を起用したのではないかと単純に思うのが一つ。また、踊る女性と米津以外が外国人であるということにより、”二人だけが日本人である”という、二人の関係性にフォーカスされるということもあると思う。ハイヒールのくだりからもわかるように、この曲の主題として、”死を悼む場で表現される二人だけの関係性(秘密)”というものがあるはずだ。

ラストのサビで、米津が感情をこめて歌うバックで、外国人たちが手を上から降ろすような動きをしている。これも何か意図があってのことだろう。歌詞中に出てくる「雨」、もしくは「光」の身体的表現のようにも思えるし、シャーマン的な儀式の動作のようにも思える。「雨」=悲しみの涙、そして、歌詞中に「今でもあなたは私の光」とあることから、天から降り注ぐ「光」=「あなた」を表現しているのかもしれない。”あなたは私の中でずっと生き続けている””住む世界は違っても心はいつもひとつ”、そういった気持ちの表現といったところだろうか。

●なぜモチーフとして”ハイヒール”を選んだのか

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こればっかりは本人に聞かなければわからないことだが、色々と推測してみる。前述の米津の夢の中のイメージのエピソードを当てはめようと思うと、そのモチーフが死を悼む場にふさわしくない振る舞い、違和感のあるものであればあるほど、その意味合いが深まるということがあると思う。絶対に100%マナー違反、おかしいことでなければならない。葬式や通夜でMVのようなハイヒールで来る人はまずいないということ、ましてや男性が履くものではないということから、ハイヒールが適切なモチーフだということになったのかもしれない。夢の中の指笛は”行為”であるが、今回は視覚的に伝わるものでなければならなかったということもあろう。そういう意味では、スカートや頭にリボンをつけるといったことでも同じ様な意味があったはずだ。

ただ、おそらくそれでは米津”美学”には反するのだろう。彼はとことん”美しいもの”にこだわっているため、おふざけととらえられてはいけない。ハイヒールは女性の足やスタイルをより美しく見せるために履くものであり、背を高くすることで”男性と対等に見られたい”という思いもありつつ、細く華奢なピンヒールは女性のか弱さや儚さ、脆さをも象徴しているという、あらゆる側面がある。また、ハイヒールは大人の女性の象徴でもあろう。スカートでもリボンでもなく、ハイヒールに大人の女性の美しさを重ねたのかもしれない。

死者と残された人間に生前どんなエピソードがあったのかはわからないが、男性が絶対に履くはずのないハイヒールを履くほどに、二人だけにしかわからない思い出や秘密があったということ、頭がおかしくなりそうなほど、とにかく”あなたが死んで悲しいです”、という気持ちを表現しているのだろう。

●前半・後半の米津の歌い方の変化

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前半ではいつものように無表情で歌ったり歌わなかったり…といった米津だが、Cメロ手前で踊る女性と接してからのラストサビ(3:33頃)では、カメラの方を向いて何かを訴えかけるように情感こめて歌い上げている。そして、一番最後はベンチに花束が置かれているシーンで終わる。冒頭ではこのベンチ付近で女性が踊っていたので、そこに花束が置かれているというのは”女性=死者説”を補足するものでもあると思う。

MVの前半では死者との思い出を回想するばかりで、まだ亡くなったことを受け入れられず、感情が動いていない状態だったのではないだろうか。死を認めたくない、ただただ呆然とするばかりという状況。Cメロの手前で踊る女性と近くで向き合ってから、相手の死を受け入れて、喪失感や悲しみと向き合って、ようやくその気持ちを表現できるようになったということなのではないかと感じた。ある程度は時間が解決するけれど、その悲しみと真正面から向き合うことなしに前へは進めないものだ。相手はこの世界にはいなくなってしまったけれど、その祈りがしっかり相手に届き、天から降り注ぐ「光」を受け取ることで、相手は別の場所で生きているのだということを実感できるようになったのかもしれない。

→歌詞の解釈は(その2)に続く。

「Lemon」
歌手名・作詞・作曲:米津玄師

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