スピタメウォッチング

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星野源の対談ムック本「星野源 音楽の話をしよう(AERAムック)」を読んで。



今回は2018年6月27日に発売された「星野源 音楽の話をしよう(AERAムック)」を取り上げてみたい。この本はニュース週刊誌『AERA』(朝日新聞出版)2016年4月11日号~2017年4月3日号に掲載された連載「星野源 音楽の話をしよう」をまとめたものだ。(2018年7月現在、連載タイトルは「ふたりきりで話そう」にリニューアルされている。)星野源は以前にも「星野源雑談集」という対談集を出しており、”無類の人好き”である星野源の性質が著作の傾向からもにじみ出ている。
当ムック本の冒頭、「はじめに」は次のような一文から始まる。
雑談の中に本質があるのだと思います。
作り込まれた台本ありきの”茶番劇”ではなく、他愛無い”雑談”の中に本質を見、重視する…そんな星野源ならではの企画だ。


星野源雑談集1
星野 源
マガジンハウス
2014-12-18



感想1 聴き手、語り手のバランスがちょうど良い星野源

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本を読んでまずすごいなと思ったのは、星野源聴き手としての資質と、相手の話の中から自分との共通点を引き出して会話を繋ぐ語り手としてのセンスの高さだった。星野源を中心とした対談集なので、ゲストをもてなすような聴き手の立場でありつつ、ただの聴き手ではなく自分の話も織り交ぜてゆくという語り手としての立場もあるわけだが、そのバランスがとても良く、読んでいて充実感があった。”自分が!自分が!”タイプの人が同じことをやろうとすると、どうしても自分語りになってしまうこともあるし、かといってインタビュアーのような黒子でもないので、自分の話もする必要がある。その絶妙なバランスによって”対談”は成り立っているわけだ。テーマやお題、宣伝があっての雑談というわけではないので、会話の流れも自然で、本当に彼らの会話を横で聴いているかのような錯覚を覚える。それは、星野源の会話の持っていき方がうまいからだと思う。

感想2 ゲストによるお気に入りのCD紹介にも注目♪

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一応テーマフリーの雑談なのだが、”お気に入りのCD1枚を紹介する”というコーナーが設けられており、対談の終わりに音楽の話をするくだりがある。ゲストのお気に入りのCDを聞いて、共感したり、”それは知らなかった”と言ったりする星野源。読んでいる我々にとっても、普段あまり語られることのないゲストが選んだCDにまつわる思い出話や、その人なりの考えをうかがい知ることができてとても興味深いコーナーだ。

感想3 印象に残った対談は…これ!

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この本の中では12人のゲストが登場するのだが、なかでも筆者が面白いと思ったものをピックアップして感想を書いてみたいと思う。

×宮野真守ウィキペディア
 筆者はアニメやゲームなどの業界に疎く、声優についても全くと言っていいほど知識がない。トップ声優の宮野氏についても、表舞台で星野源と交流が見られるようになってから認識したほどだ。彼について何も知らない筆者は、てっきり順風満帆にキャリアを積んできた声優さんなのかと思っていたのだが(声もいいしイケメンだし)、子役から始まり、売れない時期の葛藤や努力を経て今の活躍があるのだということをこの対談で知ることができた。それは星野源自身のキャリアとも重なる部分があるように思う。星野源のキャラ”ニセ明”が、宮野真守”雅マモル”(1980年代のアイドル風キャラクター)にインスパイアされて誕生したキャラクターだというエピソードも面白かった。




×有村架純ウィキペディア
 人気若手女優、有村架純との対談での星野源は、終始笑顔で前のめりな感じが伝わってきて面白い(笑)。他の対談より、星野源が話してゲストが聴いている割合が多いような気がした。好きな食べ物の話でも盛り上がるくらいとても楽しそうで(笑)、星野源有村架純に興味津々なのが伝わってくる。こんなふわっとしてかわいい女性が隣で話を聴いてくれていたら、どんな男性でも饒舌気味に話してしまうだろう(笑)。有村架純の、年上のオジサンを受け止める落ち着きと包容力も魅力的だ。

↓二人が共演したドラマ

11人もいる! DVD-BOX
神木隆之介
SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
2012-04-07



×ディーン・フジオカウィキペディア
 人気イケメン俳優、そしてミュージシャン、映画監督としても活躍中のディーン・フジオカとの対談。星野源とどんな接点?と思うのだが、同じ事務所(アミューズ)で同い年、俳優と音楽活動をしているという点でも共通点があり、意外と話は合うようだ。ディーン氏はとても音楽が好きらしく、今回の対談でも、星野源のラジオにゲスト出演した際にも、マニアックな音楽話で盛り上がっていた。心なしか、ディーン氏と映る星野源はキリッとイケメン風の顔つきをしている(笑)。同じ事務所ということもあり、共演が増えそうな組み合わせである。

結婚
ディーン・フジオカ
2017-12-06


×小林直己ウィキペディア
 筆者はEXILEグループにも非常に疎く、失礼ながら顔と名前を存じ上げていなかった方の一人である。さらに失礼ながら、”EXILEの人はチャラそう”というイメージもあったのだが、対談を読んで、良い意味で裏切られた気持ちになった。大学の哲学科に進んだ話(のちに中退)や、グループ内での立ち位置への苦悩などを読んで、外見とは裏腹に(!?)とても思慮深い人なのだろうなという印象を受けた。星野源も小林氏も高2の時に不登校気味になったことがあると語られており、そういった共通点からも距離が近づいていったようだった。山下達郎話で盛り上がる二人がとても楽しそうだったのも印象的。




他の人たちとの対談もとても面白く、最後まですらすらと読めてしまった。写真から伝わる空気感や距離感を観察するのも面白い。星野源のファン、そして対談相手のゲストのファンの方にも、手にとってほしい1冊だ。

※星野源の作品は他にも
「いのちの車窓から」感想&レビュー
「YELLOW MAGAZINE」感想&レビュー
「MUSIC VIDEO TOUR 2010-2017」感想&レビュー

※「ドラえもん」収録曲もどうぞ
「ドラえもん」歌詞の意味&解釈
「ここにいないあなたへ」歌詞の意味&解釈
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米津玄師の人気曲「vivi」を聴いて。

diorama
米津玄師
BALLOOM
2012-05-16


米津玄師の1stアルバム「diorama」に収録され、MVも作られている人気曲「vivi」を取り上げてみたいと思う。この曲は「diorama」の中心的な楽曲で、米津玄師自身の口から語られている話が多い曲だ。歌詞もそうだが、MVも非常に練られており、米津本人の手書きによるアートワーク(アニメーション)となっている。「diorama」のアルバムのコンセプトが当時の米津のメイン思想、”人と人とはわかり合えないこと””ディスコミュニケーション”(コミュニケーションがうまくとれないこと)であり、「vivi」はそれらのコンセプトを最も端的に表現した作品となっている。

※参考 雑誌『MUSICA 2012年6月号』 「diorama」インタビュー


「僕としても“vivi”は凄い大切というか、凄い重要な曲だなと思ってます。この曲は、それこそ『人と人とはどうやってもわかり合えない』っていうこと、そういう部分を超解釈って言ったらおかしいけど、広げていって広げていってできたものだと思っていて。どうしようもないってわかってるんだけど、でも願いはあって……そういう曲ですね。(略)」

※参考 音楽サイト『音楽ナタリー』「diorama」インタビュー
https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi/page/2

「自分の内面世界に一番近いのが、この曲だと思います。結局どうやってもわかりあえない。わかりあえたと思っても、すれ違いって必ずあるんですよ。そんな悲しさを描いているのが「vivi」ですね。それでいいんだと思ってます……。」


●「vivi」(2012年5月16日発売アルバム「diorama」収録曲)



(1)MVから読み取れること
切ないイントロと意味深な花束のイラストから始まるMV。ストーリーはよくわからないのに、映像を見ていると胸を締め付けられるような切なさを感じてしまう。卵型のキャラクター(かいじゅう?)と幼い子どものような女の子が登場するが、歌詞と照らし合わせると「僕」に相当するのが卵キャラで、「ビビ」が少女であることが読み取れる。卵キャラは少女のことがとても好きなのにそれを伝えられず、少女も泣きながら悲しんでいる様子が描かれている。お互い好き同士のようにも見えるのに、コミュニケーション不全により離ればなれになってしまう悲しみがMVからも伝わってくる。

卵型のキャラクターはハンプティ・ダンプティというマザーグースに出てくるキャラクターを彷彿とさせる(実際に「ゴーゴー幽霊船」には「継いで接いでまたマザーグース」という歌詞が出てきたりもする。割れた卵の殻を「継いで接いで」…というのは考えすぎか)。調べてみると、この曲の内容との関係性が次々と浮かび上がってきた。

※参考 ハンプティ・ダンプティとは
鏡の国のアリス (岩波少年文庫)
ルイス キャロル
岩波書店
2000-11-17


↑この表紙のイラストに描かれている卵型のキャラクター
以下、ウィキペディアより引用(リンク

ハンプティ・ダンプティ(英: Humpty Dumpty)は、英語の童謡(マザー・グース)のひとつであり、またその童謡に登場するキャラクターの名前である。童謡のなかではっきり明示されているわけではないが、このキャラクターは一般に擬人化された卵の姿で親しまれており、英語圏では童謡自体とともに非常にポピュラーな存在である。(略)もともとはなぞなぞ歌であったと考えられるこの童謡とキャラクターは、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』(1872年)をはじめとして、様々な文学作品や映画、演劇、音楽作品などにおいて引用や言及の対象とされてきた。(略)現代においても児童向けの題材として頻繁に用いられるばかりでなく、「ハンプティ・ダンプティ」はしばしば危うい状況や、ずんぐりむっくりの人物を指す言葉としても用いられている。

筆者が気になったのは、『鏡の国のアリス』(ルイス・キャロル著)で描かれるハンプティ・ダンプティである。同ウィキペディアの説明によると、こう書いてある。

ハンプティ・ダンプティは、ルイス・キャロルの児童小説『鏡の国のアリス』(1872年)に登場するキャラクターの一人としてもよく知られている。この作品では、鏡の国に迷い込んでしまった少女アリスに対し、塀の上に座ったハンプティ・ダンプティは尊大な態度で言葉というものについて様々な解説を行う。

”言葉というものについて様々な解説を行う。”とある。
(筆者によるあらすじ解説)
作中で、ハンプティ・ダンプティは読んでいてイライラするような訳のわからない屁理屈を言い、アリスを困惑させる。一般的な意味とは違う意味で言葉を用い、アリスに”その言葉にはそういう意味はない”と指摘されたりもする。すると、ハンプティ・ダンプティは”自分が言葉を使うときは、自分が決めただけのことを意味するのだ”と言う。

つまり、”自分が法律、自分が王様”のような尊大な態度で、言葉を自分の都合の良いように使い、全くコミュニケーションにならない存在の象徴のように描かれているのだ。例えば、”りんご”と言ったときに、ほとんどの人が丸い果物を頭に浮かべるが、”違う、海にいる赤い魚のことをりんごと言うのじゃ”と言われてもみんな”はぁ??”となってしまう。『鏡の中のアリス』で描かれるハンプティ・ダンプティはそういう存在なのである。

”人と人とはわかり合えない”というディスコミュニケーションがテーマの楽曲であること、また、MVに登場するのが少女のような女性であることを考えると、MVの卵型のキャラクターは『鏡の中のアリス』ハンプティ・ダンプティと関連性があるのではないかと感じた。卵は落ちると元には戻せないことと、言葉は発すると元には戻せないこと(取り消せない)も関係があるように思う。

(2)「diorama」に収録されている他曲との関係性
詳しくはCメロの部分で述べるが、「diorama」は全体がコンセプトアルバムのようになっており、曲のある単語やフレーズが別の曲の一部に使われていたりということがたくさんある。「vivi」においても、(特にCメロにおいて)わかりやすく他曲の一部分が使われている。そういったことにも注目すると、より深くこの曲を味わうことができる。

「悲しくて飲み込んだ言葉
 ずっと後についてきた
 苛立って投げ出した言葉
 きっともう帰ることはない

 言葉にすると嘘くさくなって
 形にするとあやふやになって
 丁度のものはひとつもなくて
 不甲斐ないや

 愛してるよ、ビビ
 明日になれば
 バイバイしなくちゃいけない僕だ
 灰になりそうな
 まどろむ街を
 あなたと共に置いていくのさ」(1番Aメロ、Bメロ、サビ)

冒頭のAメロは非常に共感ができる部分である。冒頭、「悲しくて飲み込んだ言葉 ずっと後についてきた」とある。「悲し」「言葉」というのは、ぐっと心の奥に押さえこんだようでも消えることはなく、忘れた頃に思い出してしまうものだということだろう。反対に、「苛立って投げ出した言葉 きっともう帰ることはない」というのは、カッとなってつい相手にぶつけてしまった「言葉」は、もうそれっきり、取り消すことはできないということだと思う。言葉を扱うことやコミュニケーションの難しさを語っている部分だ。

Bメロもストレートな歌詞。この部分の歌詞には”何を”という部分が抜けているのだが、おそらく、”自分自身の大切な気持ちや感情を”ということだと思う。「言葉」はなんとでも言えるわけであって、本心と違うことも平気で言えてしまう。逆に、本心を語っていても、相手には本心と受け取られないこともある。「形にするとあやふやになって」というのは、気持ちを「形にする」ことの難しさや限界のことを言っているのだろう。物をあげれば伝わるのか、高ければいいのか、手作りならいいのか…正解はない。「丁度のものはひとつもなくて 不甲斐ないや」というのは、まさにそんな状況に対する本心だろう。相手に自分の思いを伝えたいけれど、どうしていいかわからない。「言葉」でも物(形)でも「丁度のもの」は見つからないのだ。

サビを見てみると、「愛してるよ、ビビ」とはっきり言っている。どうやら「明日」「バイバイしなくちゃいけない」らしい。「あなた」=「ビビ」を愛しているけれど、離れなければならない状況で、どうやら「僕」「街」を離れていくようだ。「灰になりそうな まどろむ街」とあるが、これは「僕」自身の心象風景のようにも思える。「愛してる」という言葉をあえて使った意図については、前述の雑誌『MUSICA 2012年6月号』のインタビューが参考になる。



「(略)僕、これまで『愛してる』みたいな言葉ってあんまり使いたくなかったんですよ。昨今の日本の世の中は、『愛してる』っていう言葉に薄っぺらいイメージしかないじゃないですか」
「(略)はびこり過ぎて、逆に最早なんにも意味を成さない、みたいな。だから使いたくなかったんですけど……でも、そういうありふれたものになってしまったからこそ生まれるエネルギーがあるんじゃないかっていうか、今一度そこに真剣に向き合い直す必要があるんじゃないかなと思って……向き合い直す必要っていうか、向き合い直したいっていう感覚がたぶん近い。………言葉って、発すれば発するほど、どんどん汚れていくものだと思うんですけど」


「言葉」であり「形」でもある「手紙」…心の中にある矛盾。

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「あなたへと渡す手紙のため
 いろいろと思い出した
 どれだって美しいけれども
 一つも書くことなどないんだ

 でもどうして、言葉にしたくなって
 鉛みたいな嘘に変えてまで
 行方のない鳥になってまで
 汚してしまうのか

 愛してるよ、ビビ
 明日になれば
 今日の僕らは死んでしまうさ
 こんな話など
 忘れておくれ
 言いたいことは一つもないさ」(2番Aメロ、Bメロ、サビ)

「言葉」「形」も、自分の気持ちを表現するのに適切でないと感じた「僕」「手紙」を書くことにしたのだろうか。「手紙」「言葉」の一種であり、「形」の一種でもある。口に発する「言葉」と違って、事前に考えることができるので、思いつきで妙なことを言ってしまうリスクは少ない。直接は言えないけれど、「手紙」なら言えるかも…と思っていざ筆を執ってみると、「一つも書くことなどないんだ」

Bメロは解釈が難しい部分だと思う。「僕」「あなた」に伝えたい気持ちがあって、それを「言葉にしたくなって」、だからこそ「手紙」を書こうとしたのである。「鉛みたいな嘘」「行方のない鳥」というのは、「僕」自身のことを表していると思う。つまり、「鉛みたいな嘘」をついて、「行方のない鳥」のように「あなた」のもとを離れようとしているということではないだろうか。本当は好きで一緒にいたいくせに、”嫌いになった”と言って自ら距離を置いてしまうような感覚。「汚してしまう」というのはAメロの「どれだって美しいけれども」と関係している。「あなた」と過ごした「美しい」思い出を、最後の最後に「鉛みたいな嘘」「行方のない鳥」になることで「汚してしまう」ということではないだろうか。「鉛」は柔らかく変形しやすいが、人体には有毒であるという性質がある。本音を”曲げられる”という意味、そして心を”蝕む”という意味でも「嘘」にかかる言葉として「鉛」が使われているのかもしれない。

2番サビ。1番で見たように「明日」、「僕」「街」を離れる予定であるため、「明日になれば 今日の僕らは死んでしまう」というのは、これまでの二人の関係性は今日までであるということを言っているのだろう。Aメロの「一つも書くことなどないんだ」に続き、「言いたいことは一つもないさ」と同じことを言っている。これまでの流れから言えば、それが既に嘘であって、心の矛盾を表しているように思う。「僕」自分の心を偽って生きていくことが習慣化してしまったせいか、相手に対しても正直に生きることができなくなってしまったように思える。コミュニケーションがうまく取れないのは、自分自身の心に正直になれていないことが原因の一つではないかと思う。自分の心を偽っているからこそ、相手の言葉も信じられなくなり、次第に他人に心を閉ざすようになってしまうのではないだろうか。

「僕」が離れようとしている「街」に最後のお別れ。あまのじゃく人間の恋…?

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「溶け出した琥珀の色
 落ちていく気球と飛ぶカリブー
 足のないブロンズと
 踊りを踊った閑古鳥
 忙しなく鳴るニュース
 「街から子供が消えていく」
 泣いてるようにも歌を歌う
 魚が静かに僕を見る

 どうにもならない心でも
 あなたと歩いてきたんだ

 愛してるよ、ビビ
 明日になれば
 バイバイしなくちゃいけない僕だ
 灰になりそうな
 まどろむ街を
 あなたと共に置いていくのさ

 言葉を吐いて
 体に触れて
 それでも何も言えない僕だ
 愛してるよ、ビビ
 愛してるよ、ビビ
 さよならだけが僕らの愛だ」(Cメロ、ラストサビ)

切ないメロディが印象的な間奏&Cメロ。この部分は「diorama」というアルバム全体が「街」であるというコンセプトに基づいて書かれている最も印象的なシーンだろう。前述した他曲との関係性を細かく見ていく。

「溶け出した琥珀の色」
参考)「駄菓子屋商売」歌詞サイト
「琥珀」というのは黄土色の化石で、太古の木の樹脂が固まったものとされる。「駄菓子屋商売」に溶けやすいお菓子「キャンディ」「チョコレート」といった単語が出てくること、「三千年間」「三万年間」「三億年間」といった長期に渡り「このまんま」であるという表現があることから、関連性があるように思う。(キャンディ=琥珀色?)

「落ちていく気球と飛ぶカリブー」
参考)「caribou」歌詞サイト
「アドバルーン」が落ちる描写がある。「カリブー」はまさに字の通り。

「足のないブロンズ」
参考)「ゴーゴー幽霊船」歌詞サイト
MVにロボットのキャラクターが出てくる。脚がないとは書かれていないが、幽霊は通常宙に浮いている。

「踊りを踊った閑古鳥」
参考)「首なし閑古鳥」歌詞サイト
これも字の通り。「さあさあさあ 踊りましょうか」という歌詞あり。

「忙しなく鳴るニュース
 「街から子供が消えていく」」

参考)「あめふり婦人」歌詞サイト
これは半ば強引だが、「真赤な笛の音 はしゃぐ子供たち 遠くのほうへ行くようだ 俄かに雨が降り出すみたいに 通りすがって消えていった」との歌詞あり。グリム童話『ハーメルンの笛吹き男』を彷彿とさせる。

「泣いてるようにも歌を歌う
  魚が静かに僕を見る」

参考)「街」歌詞サイト
「街の真ん中で 息を吐いた 魚が泣いた 喉を締めあげて 歌を歌った 星の様に降った」の歌詞あり。「魚」「diorama」内で何度も登場する単語。

MVでは、卵型のキャラクターが空から落ちる様をスローモーションのように描いている。前述の通り、ハンプティ・ダンプティの童話の中でも、彼が塀から落ちる件があり、その話と関連づけているように思える。卵は落ちると元には戻せないし、言葉も発すると取り消すことができない。キャラクターが落ちる様を何度も描くことで、そういった主題が強調されているように思う。これから離れようとしている「街」を走馬灯のように振り返っているのだろうか。「あなた」とこの「街」「歩いてきた」時に、目にした風景や光景(=美しい思い出の一部)の象徴なのかもしれない。

「どうにもならない心」というのはいったいどういうことだろうか。この曲は”人と人とがわかり合えない悲しさ”を表現している曲とのことだが、その苦しみの元凶というのは、散々これまで語られてきた「言葉」「形」云々ではなく、「心」そのものにあるという意味ではないだろうか。自分の気持ちがわからない、わかっていても嘘をついて偽ってしまう…そんな「心」。コミュニケーションが苦手な「僕」でも、「あなた」「歩いてきた」時間は「美しく」あったと、そう思えたわけである。

ラストサビ、「言葉を吐いて 体に触れて それでも何も言えない僕だ」とある。「言葉を吐いて」いるのだから、「何も言えない」というわけではないじゃないか、とつっこみたくなる。「吐く」というのは、美しい「言葉」に対してではなく、”暴言を吐く”とか、”嘘を吐く(読み方違うが)”といった使い方をする。暴言や嘘は「吐いて」しまうけれども、肝心の「愛してるよ」といった美しい「言葉」については「何も言えない僕」なのだろう。「さよならだけが僕らの愛だ」というのは、この曲の総括みたいな歌詞だ。「僕」というのは相当なあまのじゃくであり、本心と反対のことを言ったりしたりしがちな人物なのだろう。だからこそ、「愛している」という本心に対する彼の愛情表現は「さよなら」であり、それは「どうにもならない心」が起こした悲劇でもある。MVを見ても、卵キャラは床に落ちていた花束(=愛しているという気持ちの象徴)を一度手に持つものの、最後にはまた床に置いて立ち去ってしまう。つまりは、”伝えようとしたけどやっぱやめた(できなかった)”ということだ。そこに至る切ない心の動きがこの歌のテーマであり、MVのストーリーになっている。

おそらくこれまでにも、好きゆえにしてしまった意地悪や暴言みたいなものが誤解の種になり、「あなた」を泣かせたこともあったのかもしれない。MVを見ると、少女は感情豊かで、素直に自分の気持ちを表現できる人物のように描かれている。それは気持ちを表現するのが苦手な「僕」にとっては、よほど”色鮮やかに美しく”映ったのだろう。だからこそ、「あなた」「ビビ」(=vivid(鮮やか)・美美)という名前なのかもしれない。

「vivi」
歌手名・作詞・作曲:米津玄師

歌詞サイトはこちら

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米津玄師、初期の曲「Black Sheep」を聴いて。

diorama
米津玄師
BALLOOM
2012-05-16


今回は米津玄師の1stアルバム「diorama」から、「Black Sheep」を取り上げてみたいと思う。この曲はライブでも何度か歌われたことがあり、地味で暗い曲ながら米津の中でも思い入れのある曲なのだろうかと疑問に思い興味を持っていた。歌詞と歌っている実際の声が異なる部分がある珍しい曲で、おそらくある意図を持って作られた曲なのだろうと感じる。暗い曲なので人気曲というわけではないだろうが、かなり謎めいていて興味をそそられるので、現時点で思うことを書いてみたいと思う。この解釈がある程度の信憑性を持つとすると、これは相当な問題作ということになるかもしれないが…。

●「Black Sheep」(2012年5月16日発売アルバム「diorama」収録曲)

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この曲の歌詞が変わっていることに気づいたのは、ある時カラオケで入れた時に違和感を感じたからだった。”ここは英語の歌詞のはず…Black Sheepとひたすら言っているはず…”、そう思ったがカラオケの画面では全く異なる表示がされていた。1番、2番のAメロには、言葉になっていない単語を発している部分もある。この曲のカギになるのは、サビの聞き取れない英語の部分は何と言っているのか、というそこに尽きる。公式見解はなさそうなのであくまでも筆者の想像でしかないのだが、その部分の解釈によってこの曲の意味がはっきりしてくると思う。

最初に結論から言ってしまおう。サビの「楽しいことが待っているさ」の部分をよーく聞いてみると、” ”I can ブレイジー ブレイジー”と言っているように聞こえた。最初は意味がわからなかったのだが、辞書を見つつ語感から推測して、以下の二つのどちらかではないかと思った。
  " I can blaze it." もしくは  " I can bleezie."

"blaze"は一般には「炎」とか「燃え立つ」といった意味だが(参照:Weblio)、スラングで「マリファナを吸う」という意味もある。また、”bleezie"という単語は通常使う単語ではなさそうなものの、辞書には「マリファナを吸う」という意味での記載があった(参照:Weblio)。初めて聞く単語だった。
この英語部分にあてられた日本語が「楽しいことが待っているさ」であること、あえて英語の歌詞を隠している(直接的に言うことができない)ことからも、この意味で取るのが適当なのではないかと思ったのである。途中で言葉にならない声を発するのは酩酊状態(ラリっている)の表現とも思えるし、歌詞全体から漂う廃人のような雰囲気とも矛盾しない。その前提で歌詞を読んでみようと思う。

「素晴らしい一日 始まる頃には夜に暮れる
 過ぎ行く毎日 手を振ることすら忘れたまま
 いつか注いだ水が腐っていったんだ
 ここは濁った澱 そうだ 何にもありはしないな

 受話器の向こうでは霞掛かる声が鳴るばかり
 何を話しているのかはよくわからなかった
 いつの間にか酷く時間が経って
 鏡にあなたが映った 「もういいから遊ぼうよ」

 楽しいことが待っているさ シャラララ
 黒い羊が一匹、二匹、三匹、四匹
 黒い羊が五匹、六匹、七匹、八匹」(1番Aメロ×2、サビ)


冒頭「素晴らしい一日 始まる頃には夜に暮れる」とある。つまりは、「素晴らしい一日」「夜」から「始まる」ということだろう。「過ぎ行く毎日」にさよならと言えない、日にちの感覚すらなくなってしまった状態ということだろうか。「いつか注いだ水が腐って」しまうくらい、何もしていないしすることができない日々。「ここは濁った澱(おり)」「澱」というのは沈殿物のような意味だが、精神的に沈んでしまい、荒んでいる様子を例えたものだろう。

「受話器の向こうでは霞掛かる声が鳴るばかり」とある。誰かと電話で話しているのだろうか?しかし、何を言っているのかはわからないらしい。「何を話しているのかはよくわからなかった」、この次の行のフレーズは言葉にならない声の部分である。「霞掛かる声が鳴るばかり」とほぼ同義だろう。次の「いつの間にか酷く時間が経って」の部分は、冒頭の「いつか注いだ水が~」と似たような意味だ。何をしているわけではないのに「酷く時間が経って」いる。日にちの感覚もない。ついに「鏡にあなたが映った」らしい。「あなた」が誰なのかは定かではない。電話の相手?架空の存在?もう一人の自分?「「もういいから遊ぼうよ」」というのは、悪魔のささやきのようにも聞こえる。

そして問題のサビ。「楽しいことが待っているさ」というのは、冒頭の「素晴らしい一日」と似たような響きを持っている。明らかに怠惰で荒んだ廃人のような生活を送っているのにもかかわらず、「楽しい」「素晴らしい」といった単語は浮いてしまっている。これは、意識が非日常に旅立つことの暗示なのだろうか。

黒い羊って何のたとえ?羊が一匹、羊が二匹…

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「目を閉じる夜は 枕に体が沈んでいく
 ついには回りだす 部屋の中ベッドがさまよえば
 いつか注いだ水が腐っていったんだ
 ここは濁った澱 そうだ 何にもありはしないな

 何となく不安でさ 日に日に毎日は老いていく
 騒がしい箱庭 ここは誰かのジオラマなのだ
 知らなくていいし 知りたくもない
 また明日 全てを解った気になるんだな 

 楽しいことが待っているさ シャラララ
 黒い羊が九匹、十匹、十一匹、十二匹
 黒い羊が十三匹、十四匹、十五匹、十六匹

 楽しいことが待っているさ シャラララ
 黒い羊が十七匹、十八匹、十九匹、二十匹
 黒い羊が二十一匹、二十三匹、二十四匹

 二十五匹、二十六匹、二十七匹、二十八匹
 二十九匹、三十匹、三十一匹、三十二匹
 三十三匹、三十四匹、三十五匹、三十六匹
 三十七匹、三十八匹、三十九匹、四十匹
 四十一匹、四十二匹、四十三匹、四十四匹、四十五匹

 黒い羊が」(2番Aメロ×2、サビ、ラストサビ)


2番冒頭は実際に吸ってからの描写なのだろうか。筆者はもちろん経験がないためわからないが、ぐるぐる眩暈がする感覚があったり、「体が沈」むような感覚になったりするのかもしれない。「回りだす」は眩暈のことなのか、成分が体に回るということなのかは定かではない。2番のAメロの一つ目の部分のBGM(?)をよく聞くと、この部分だけピコピコと何かを打つような、ゲームの音みたいな電子音が鳴っている。それも、このフレーズが描く世界は、通常の日常とは別の世界の出来事であるということの暗示なのかもしれない。

「何となく不安でさ 日に日に毎日は老いていく」、このフレーズから、主人公が「不安」を抱えていたこと、1番と同様に「毎日」があっという間に過ぎていくように感じていることが伺える。「箱庭」「ジオラマ」というのはアルバムのタイトルにもなっている重要な単語だ。アルバムのインタビューで語られていたことを少々引用してみる。

※音楽サイト 『音楽ナタリー』インタビュー
https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi
元々、箱庭的な街という世界観を作りあげたいって気持ちがあったんです。登場人物を考えたり、物語を作ったり、人々が住んでいる場所を想像するのが昔から好きだったんで。
「ここは誰かのジオラマなのだ」とあることから、”これは架空の物語です”ということを言っているのかもしれない。内容が内容なだけに、「ジオラマ」の中での出来事だと言っておく必要があったのだろうか。次の「知らなくていいし 知りたくもない また明日 全てを解った気になるのかな」の部分も、何を言っているのかわからない声を発している。ここも酩酊状態ということだろうか。「知らなくていいし 知りたくもない」のは、「不安」を抱える原因となる悩みに関係していそうだ。未来や将来に関することかもしれない。おそらく今は現実逃避をしていたいのだろう。「全てを解った気になる」というのも、別の世界に行ってしまったハイ&覚醒状態のことかもしれない。

最後に、「黒い羊」について考えてみたい。タイトルにもなっている「黒い羊」とは何の例えだろうか?いくつか考えてみた。まず、英語で「Black Sheep」というのは「のけ者」「やっかい者」「見捨てられた者」「変わり者」といった意味があることを押さえておきたい(参照:SpeakingUp英会話)。米津自身が自らを、”他の人と違う、自分は変わっているらしい”と思っていたことからも、そんな自分自身の様子と重ねた表現なのだろうかと推測した。また、「箱庭」「ジオラマ」というキーワードから、街に暮らすたくさんの人々を俯瞰して上から眺め、「黒い羊」と見立てたということも考えられる。

サビの描写は、夜眠れない時に”羊が一匹、羊が二匹…”と数える習慣になぞらえているのは確実だ。この主人公が精神を病んでいる人や薬物中毒者などだとすると、眠れないということもしばしばあるだろう。そんな時、普通は白い羊を数えるものだが、それをあえて「黒い羊」とすることで、ダークな印象を与える。病んでいる人が眠れない時に数えるのは「黒い羊」であり、現実逃避のために別の世界に行こうとするような、そんな意味合いなのだろう。ラストに”Black Sheep…”とひたすら繰り返されることで、よりその狂気的な感じや中毒性が際立っている。そしてその病んだ原因は、周囲に「のけ者」扱いされたことだ、というような意味も暗に込められているのかもしれない。

衝撃的なことを書いてしまったが、歌詞の内容が実際の出来事であるかどうかはさておき、米津自身が酒飲みであり、自らの感覚を鈍くするために酒を飲むことが多いと言っていた(※参考記事:「クランベリーとパンケーキ」歌詞の意味&解釈)ことからも、もともと現実逃避と中毒症的な傾向がある人なのだと思う。これは筆者の独自解釈なので、くれぐれもご本人にあらぬ疑いをかけぬように願いたい。

「Black Sheep」
歌手名・作詞・作曲:米津玄師

歌詞サイトはこちら

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「Lemon」歌詞の意味&解釈(その1)
「Lemon」歌詞の意味&解釈(その2)
「クランベリーとパンケーキ」歌詞の意味&解釈
「Paper Flower」歌詞の意味&解釈

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「BOOTLEG」アルバム全体の感想&レビュー
「春雷」歌詞の意味&解釈
「灰色と青(+菅田将暉)」歌詞の意味&解釈
「飛燕」歌詞の意味&解釈
「Moonlight」歌詞の意味&解釈
「fogbound(+池田エライザ)」歌詞の意味&解釈

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「ゆめくいしょうじょ」歌詞の意味&解釈
「orion」歌詞の意味&解釈
「ララバイさよなら」歌詞の意味&解釈
「翡翠の狼」歌詞の意味&解釈
「LOSER」歌詞の意味&解釈(その1)
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「ナンバーナイン」歌詞の意味&解釈
「amen」歌詞の意味&解釈
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「ゴーゴー幽霊船」歌詞の意味&解釈(その1)
「MAD HEAD LOVE」歌詞の意味&解釈
「フローライト」歌詞の意味&解釈
「花に嵐」歌詞の意味&解釈
ライブ感想@ゼップ東京2016年12月「はうる」ツアー最終日
ライブ感想@東京国際フォーラム2017年7月「RESCUE」初日
「メトロノーム」歌詞の意味&解釈
「ホープランド」歌詞の意味&解釈
「ミラージュソング」歌詞の意味&解釈


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サカナクション、転機となった「アルクアラウンド」を聴いて。

アルクアラウンド(初回限定盤)
サカナクション
ビクターエンタテインメント
2010-01-13


サカナクション、大ブレイクのきっかけとなった2010年1月13日発売シングル「アルクアラウンド」を取り上げてみたい。「アルクアラウンド」サカナクションの名が世間に知られるようになるきっかけとなった曲で、山口一郎自身もこの曲について語ることが多い。幕張メッセで一発撮りで撮影された、歌詞の演出が印象的なMVがネットで話題となり爆発的にヒット、また、CDセールスも好調で、オリコンCDチャートで3位を記録したらしい。フェスで盛り上がれそうな曲を作ろうということで作った曲らしく、その思惑通り大衆的な求心力が抜群な一曲だ。ライブでの手拍子も楽しく、フェスやライブでは必ずと言っていいほど演奏されている。
「アルクアラウンド」”歩く+アラウンド(around)””a look around(見回すといった意)”という意味の掛け言葉であると言われており、独特の言葉遊びも面白い。MVも無限ループのようになっていて、最初と最後のりんごをかじるシーンがスタート(と繰り返し)の合図になっている。ぐるぐると歩き、悩み続ける様子がビジュアル的にも入ってくるようなMVである。山口一郎のギラギラ感からも目が離せない…(笑)。

※ちなみに、ベストアルバム「魚図鑑」での描かれ方は…
浅瀬の14曲目に収録されている。最も浅瀬を泳ぐ飛び魚のような魚という位置づけ。出身地は「神奈川×北海道」ライトダンス科夜行性の魚。考察によると「日本の歌謡曲をダンスミュージックとロックに融合したらどうなるだろうと、とことん研究して作った曲。」とのこと。
※関連記事 「魚図鑑」感想&レビュー記事
「アルクアラウンド」について、山口一郎がラジオで語っていたことが書いてある。

魚図鑑 (初回生産限定盤[2CD+魚図鑑+DVD])
サカナクション
ビクターエンタテインメント
2018-03-28


●「アルクアラウンド」(2010年1月13日発売シングル)




「アルクアラウンド」の歌詞の特徴は、何と言っても”漂う石川啄木感”だろう。山口一郎は俳句や詩が好きなのだそうで、影響を受けた詩人の中として石川啄木(1886‐1912)の名前も挙げられている。石川啄木は岩手出身だが、北海道や東京で生活をしていた経験があり、山口一郎自身と重なる部分もあったのかもしれない。
(参考:石川啄木 ウィキペディア

※参考 『朝日新聞デジタル』2010年3月20日 
・「シーンを泳ぐ 違和感の美学 サカナクションが新作アルバム」
http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY201003190267.html
(略)リーダーで作詞作曲を手がける山口は、文学と釣りが好きだという。「俳句や詩をよく読みます。その人の生きざまや、感じ方のルールを知りたくて」。寺山修司、萩原朔太郎、石川啄木、石原吉郎……影響を受けた詩人がよどみなく出てくる。自身の詞も、歌詞とは意識せず一編の詩として書くという。(略)
そう思って歌詞を見てみると、1番「淋しい人になりにけり」といった古文や俳句で使われる表現が目を引く。また、「冷えた手の平を見たのです」石川啄木の有名な短歌()のオマージュのようにも思える。先鋭的なサウンドとは対照的に、歌詞は非常に文学的であるというのがサカナクションの楽曲の特徴でもあるが、「アルクアラウンド」はその特徴がより色濃く出ているように思う。

☆「はたらけど
  はたらけど猶わが生活楽にならざり
  ぢっと手を見る」
『一握の砂』より

「僕は歩く つれづれな日 新しい夜 僕は待っていた
 
 僕は歩く ひとり見上げた月は悲しみです
 僕は歩く ひとり淋しい人になりにけり
 僕は歩く ひとり冷えた手の平を見たのです
 僕は歩く 新しい夜を待っていた
 
 覚えたてのこの道 夜の明かり しらしらと
 何を探し回るのか 僕にもまだわからぬまま 
 
 嘆いて 嘆いて 僕らは今うねりの中を歩き回る
 疲れを忘れて
 この地で この地で 終わらせる意味を探し求め
 また歩き始める」(1番冒頭、Aメロ、Bメロ、サビ)


冒頭からAメロは「僕は歩く」というフレーズが繰り返し使われていて、強調されている。「歩く」という言葉はタイトルにも入っているので、この曲のメインテーマである。MVを見てもわかるように、この曲の舞台は「僕」「ひとり」歩いている描写と、故郷を捨てて都会に出てきた「僕」の心境が歌われている。1番Aメロの「僕」「つれづれな日」を過ごしていて、「悲しみ」「淋しい」気持ちを感じているようだ。冒頭とAメロ両方で「新しい夜を待っていた」という表現が見られ、強調されている。これは「僕」が抱える「悲しみ」「ひとり淋しい」気持ちを慰めてくれるのが、「夜」の時間帯といったようなことかなと思う。

Bメロに「覚えたてのこの道 夜の明かり しらしらと」というフレーズが出てくる。「しらしらと」は、石川啄木の歌にも使われている言葉である()。「覚えたての」と言っていることから、ふるさとから出てきてまだ間もない時期であることが伺える。「夜の明かり」というのは文脈から言って「月」の光なのではないかと思う。「何を探し回るのか 僕にもまだわからぬまま」というフレーズからは、ふるさとから上京してきて、これからどうなるんだろう…という将来や見知らぬ地での暮らしへの漠然とした不安を感じる。一人家にいてその気持ちと向き合うのは苦しいので、外に出て「歩く」ことで気を紛らわそうとする節もあるだろう。

★「しらしらと氷かがやき
  千鳥なく
  釧路の海の冬の月かな」『一握の砂』より

サビ「嘆いて 嘆いて 僕らは今うねりの中を歩き回る」とある。ここでの「うねり」は抽象的な意味での「うねり」かなと思う。ぐねぐねとした道のようなイメージ。頭の中が混沌としていて、悩みや迷いの中にあるということだろう。「この地で この地で 終わらせる意味を探し求め」、このフレーズにある「この地」はもちろん見知らぬ都会のことだ。続く「終わらせる」というのは何を「終わらせる」ことなのだろうか?人生そのもののことだろうか?都会で骨をうずめる覚悟でふるさとから上京してきたが、「この地」(=都会)で(人生を)「終わらせる意味」が、自分の中でまだ納得がいっていなかったり、本当にそれでいいのだろうかという迷いがあるのかもしれない。

ふるさとを離れ、見知らぬ土地で一歩踏み出した「僕」の迷いと葛藤…

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「正しく僕を揺らす 正しい君のあの話
 正しく君と揺れる 何かを確かめて
 
 声を聞くと惹かれ すぐに忘れ つらつらと
 気まぐれな僕らは 離ればなれ つらつらと
 覚えたてのこの道 夜の明かり しらしらと
 何が不安で何が足りないのかが解らぬまま
 
 流れて 流れて 僕らは今うねりの中を泳ぎ回る
 疲れを忘れて
 この地で この地で 終わらせる意味を探し求め
 また歩き始める
 
 悩んで 僕らはまた知らない場所を知るようになる
 疲れを忘れて
 この地で この地で 今始まる意味を探し求め
 また歩き始める」(2番Aメロ、Bメロ、サビ、ラストサビ)


1番では出てこなかった「君」が2番で出てくる。1番ではふるさとから上京してきた青年が思い悩む様子が描かれているように見えたが、「君」が出てくると少々恋愛の匂いもしてくる。2番では「僕」は何かに「揺」れている、つまり迷っているようである。「君」はおそらく正論のようなことを「僕」に言ったのだろう。はっきりしたことはわからないが、もしかすると「君」はふるさとに置いてきた恋人なのかもしれない。”東京行っても成功するかわからないよ?”という「君」「あの話」「正しく僕を揺らす」のだろう。二人で「何かを確かめて」、これから二人はどうするのかという大きな問題に直面しているのだろうか。

「声を聞くと惹かれ すぐに忘れ つらつらと」の部分も、前述の石川啄木の有名な短歌()を思い出すフレーズだ。ふるさとから東京に出てきて、故郷の訛りを聴くと思わず懐かしく心を「惹かれ」てしまうという歌。このフレーズは短歌と同じような意味にもとれると思う。また恋愛説で見ると、たまに「君」と電話した時にふるさとに心を「惹かれ」るという意味にもとれるだろう。次に「気まぐれな僕らは 離ればなれ」というフレーズもあることから、やはり恋愛関係の悩みのようにも思える。「何」「不安」「足りない」感覚というものはあるが、それが「何」なのかということは、はっきりしていないらしい。新しい場所での暮らしに対する漠然とした不安感や、”自分は足りないのではないか、このままではだめなのではないか”といった感覚に襲われているのかもしれない。

☆「ふるさとの 訛なつかし
  停車場の 人ごみの中に
  そを聴きにゆく」『一握の砂』より

2番サビは「流れて 流れて 僕らは今うねりの中を泳ぎ回る 疲れを忘れて」となっていて、自らを海で泳ぐ魚に例えている。ここでの「うねり」は海の「うねり」のことだろうか。この表現を見ると、この魚は”回遊魚”だろうなと思えてくる。回遊魚というのはマグロやカツオなど、広範囲に泳ぎ回っているような魚のことで、一般的に”止まると死んでしまう”、”疲れ知らず”といったイメージがある。とにかくじっとしていられない様子、「疲れを忘れて」といった表現から、回遊魚を連想した。「うねり」のような荒波の中、泳ぎ続けずにはいられない回遊魚と、あらゆる不安の混沌の中、考え悩み続けずにはいられない「僕」を重ねたのではないだろうか。続く1番と同じ「終わらせる意味を探し求め」は、恋愛説でいくと「君」との別れとも読めるかもしれない。

ラストサビは「悩んで 僕らはまた知らない場所を知るようになる」とある。「悩」みがなくなることはないけれど、歩き続けていれば「また知らない場所を知るようになる」わけで、「覚えたてのこの道」も時が経てば”通い慣れた道”になるのである。ラストは「この地で この地で 今始まる意味を探し求め」となっており、これまでの「終わらせる意味を」から若干の変化がある。一般的に言って、「終わらせる」よりも「始まる」の方がポジティブな印象がある。色々と悩みは尽きないが、最後には都会での新しい生活が「今始まる」ということをしっかりと受け入れ、覚悟を決めた様子が伝わってくる。ぐるぐると同じところを歩き、悩んでいるつもりでも、まったく同じ日というものは存在しないわけで、歩き悩み続けることで、必ず何らかの変化は起きている。そうしていくうちに「まだ知らない場所」やまだ見ぬ自分自身と出会えるようになるのだろう。

石川啄木『一握の砂』は青空文庫で無料で読める。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000153/card816.html

※番外編 ラジオ『スクールオブロック』とコラボしたMV


サカナクションとラジオ『スクールオブロック』リスナーのコラボMV。
携帯動画というところが少々時代を感じる作品…。
詳しくは↓↓
http://www.tfm.co.jp/lock/2010/sakanaction/


「アルクアラウンド」
歌手名:サカナクション 作詞・作曲:山口一郎

歌詞サイトはこちら

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【サカナクション】ストイックに音楽と向き合う山口一郎の"乙女座すぎる"アイデンティティ
【サカナクション】グッドナイト・プラネタリウムに行ってきた!感想とネタバレ(曲名伏せ字)
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米津玄師、「ミラージュソング」を聴いて。



今回は米津玄師の3rdアルバム「Bremen」に収録されている「ミラージュソング」を取り上げてみたい。タイトルにもなっている”ミラージュ”というのは”mirage"のことで、意味は「蜃気楼(しんきろう)、逃げ水、はかない夢」weblio参照)。歌詞中にもタイトルに関連する単語が見られる。曲調はミドルテンポで明るい雰囲気、歌詞もひらがな多めで難しいところはなく、ほのぼのしている曲という印象だ。ぱっと聴くと、心優しい青年とかわいらしい女性の恋愛ソングのように思える。特に変わった表現や米津玄師特有の難解な単語は見られないが、内容はとても哲学的・思想的で、いろんな読み方ができる歌詞だと思う。タイトルの”ミラージュ”との関係性を念頭に置きつつ、歌詞を見てみたいと思う。

※(1)”ミラージュ”、「蜃気楼」、「逃げ水」の豆知識
この曲のタイトルにもなっている”ミラージュ”、前述の通り、日本語で言うと「蜃気楼、逃げ水、はかない夢」となるが、「蜃気楼」「逃げ水」というのはどういった現象のことだろうか。

「蜃気楼」:密度の異なる大気の中で光が屈折し、地上や水上の物体が浮き上がって見えたり、逆さまに見えたりする現象。
ウィキペディア参照)

「逃げ水」:風がなく晴れた暑い日に、アスファルトの道路などで、遠くに水があるように見える現象のこと。「地鏡」ともいう。近づいてもその場所に水はなく、さらに遠くに見え、まるで水が逃げていくように見えることからこの名前がつけられている。
ウィキペディア参照)

 要は、大気の気温差によって大気の密度差が生じ、光の屈折によって像が出現する現象のことである。「逃げ水」「蜃気楼」の一種である。
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↑ 逃げ水現象の写真

※(2)参考となるインタビュー記事
・音楽サイト『音楽ナタリー』
米津玄師「Bremen」特集
https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi07/page/2

(略)このアルバムは1曲目から14曲目に向けて、どんどん暗い方向に進んでいくものにしたいと思っていたんです。だから13曲目の「ホープランド」はかなり暗い曲。でも暗くなればなるほど、明るい言葉と明るい音でしか表現できなくなる自分がいて。

「ミラージュソング」は14曲中12曲目なので、このインタビュー通りだとすると暗い曲の部類に入ると思う。明るい曲調だが(内容は)暗い曲。そういった認識で中身を見ていくことにする。

●「ミラージュソング」(2015年10月7日発売アルバム「Bremen」収録曲)

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前述の通り、この曲は特に難しい歌詞ではなく、パッと読んでなんとなく意味がわかるような雰囲気がある。しかし、内容が抽象的で情景描写が少なく、結局何が言いたいのかについてはわかりづらいように感じた。全体的に明るい雰囲気ではあるが、(前述の通り)どこか闇があるというか、”常に死と向き合っている”というような印象を受けた。”自分もいつ死ぬかわからない…だから今をしっかり生きよう”、そんな思想が感じられる。もしかすると「君」は余命が短いことがわかっていて、そんな「君」と過ごす日々をいつも愛おしく感じているよ、という曲なのかもしれない。
以前に読んだ記事で、そういった米津の思想が読み取れるものがあったので参考までに引用しておく。

※参考 yahoo!ニュース特集 2017年10月30日配信
『「茶化す大人になりたくなかった」――若者が米津玄師を支持する理由』
https://news.yahoo.co.jp/feature/798

「思春期特有のうぬぼれみたいなものもありました。自分はすごいものを持っている、だから自分みたいな人間が他に現れてしまう前に世に出たいと考えていたのを覚えています。あとは、死ぬことがすごく怖かった。死ぬということに対して自分なりの答えを出さなければいけないという感覚が昔からありました。いつか自分は死んでしまう。そこから逆算して、じゃあ今はどうやって生きるのか、という。そういう気持ちはずっとありますね」

「いつだって僕は 君の髪の毛を撫でたいと思った
 その声はいつか消えてしまうからさ
 明日の世界がまた少し近づくたびに僕は
 残された今日を感じ くしゃみをする

 照りだした太陽 逃げ水で濡れた道路を歩いた
 不思議なくらいの静けさに塗れて
 過ぎ去ってしまった日々は二度と戻らないと知った
 あの日の記憶も 遠く触れないまま

 何を悲しむことがある? これほど明るい陽の射し込む場所で
 何を疑うことがある? 隣にいつも君がいるのに

 生きていけば今 生きていくほど
 さわれないものが増える
 何も手に入れちゃいないのに
 失くしていく気がするんだ
 どうして」(1番Aメロ、Bメロ、サビ)


冒頭で触れた通り、単純に男女の恋愛ソングとして読んでも普通に筋が通るし、ほのぼのしていて良い曲だなと感じるのだが、ここでは2つ目の案、「君」は余命が短い人なのかもしれないという設定で読んでみようと思う。
「僕」「君の髪の毛を撫でたいと思った」と言っているので、おそらく「君」は女性で、彼女もしくは大切で親しい存在であることは間違いないだろう(子どもや妹という可能性もある)。次に「その声はいつか消えてしまうからさ」とあるが、余命いくばくかの「君」の命は”儚い”のだということを表しているようにも思える。「明日の世界がまた少し近づくたびに僕は 残された今日を感じ くしゃみをする」、この部分はとてもかわいらしい印象。このフレーズだけでも先ほど紹介した思想のエッセンスを読み取ることができる。”生死”という重いテーマだからこそ、あえて「くしゃみをする」といったユーモアのある表現を使っているのではないだろうか。

「蜃気楼」「逃げ水」は春から夏の暑い季節に発生することが多い。「照りだした太陽」という表現から、季節は夏で、昼間の時間帯であることが伺える。ここで「逃げ水」という単語が登場するが、「逃げ水で濡れた道路」というのは実際には存在しない(目の錯覚で水があるように見えるだけ)ものなので、言葉遊び、ここでもユーモアが垣間見られる。「不思議なくらいの静けさ」と言っていることから、大都会ではなく、人通りの少ない田舎の道なのかもしれない。次の2行は意味深で、「過ぎ去ってしまった日々」「あの日の記憶」に思いを馳せていることから、過去のある出来事や思い出に、何らかのポイントがあることが伺える。そしてそれらは「遠く触れないまま」ということらしい。サビでも「さわれない」という単語が何度も登場するため、「さわれ」るかどうか、というのもこの曲のキーになっている。

Bメロの歌詞は、自分自身への問いかけのように思える。「何を悲しむことがある?」「何を疑うことがある?」と問うているということは、実際に「僕」「悲し」んでいたり、「疑」っていたりすることがあるのだろう。それがなければ問いかけることはないから。わかりづらいので倒置法を並び替えてみると、「これほど明るい陽の射し込む場所で 何を悲しむことがある?」「隣にいつも君がいるのに 何を疑うことがある?」となる。こうすると反語表現のようになる(”いや、ない”が続く)。1行目は「明るい」「悲しむ」が対比のようになっていて、外の世界は「明るい」が心の中は「悲しむ」ことがあるということなのだと思う。2行目は言い換えれば、”隣にいつも君がいるのだから、何も疑うことはない”という意味になる。もし、推測通り「君」の余命が短いとすると、「悲し」みは「君」が亡くなってしまうこと、「疑うこと」は、元気そうに見える「君」は本当に短い命なの?という「疑」いなのではないだろうか。サビについては後述。

本当の気持ちを覆い隠して、明るく振る舞おうとする「僕」…?

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「いつだって僕は 君の髪の毛を撫でたいと思った
 その声はいつか消えてしまうからさ
 「明日の世界も同じように生きていられるのかな」
 蜃気楼の中で昨日の僕が言う

 何を怖がることがある? 奪いも与えもできない癖に
 何を求めることがある? 隣にいつも君がいるのに

 近づけば今 近づくほど
 知らない君が増える
 何もいらないさ いらないのに
 物足りない気がするんだ
 どうして」(2番Aメロ、Bメロ、サビ)


2番のAメロは途中まで1番と同じ。2番には「蜃気楼」という歌詞が出てくる。「「明日の世界も同じように生きていられるのかな」」とあるが、この部分はセリフ調になっており、実際に「僕」が発言した言葉であることが強調されている。かと思いきや、「蜃気楼の中で昨日の僕が言う」という歌詞が後に続くことから、セリフ調であるにもかかわらず「蜃気楼」という幻の中での出来事であるという矛盾が生じている。これは、1番の「逃げ水」現象には実際に水があるわけではないというユーモアと同じような構造だ。

Bメロも1番と同じようにとらえると、「僕」は何かを「怖が」っていて、何かを「求めて」もいるらしい。同様に、倒置法を並べ替えると「奪いも与えもできないくせに 何を怖がることがある?」「隣にいつも君がいるのに 何を求めることがある?」となる。この部分も意味ははっきりわからないのだが、前述の設定に沿って推測してみよう。「奪いも与えもできない」というのは、”命”や”寿命”、”生死”に関することなのかもしれない。「僕」がどうやっても「君」の寿命を延ばすことも縮めることもできず、そればっかりは神のみぞ知る領域である。2行目、「僕」「求める」ことがあるとすると、”もっと彼女と一緒にいさせてください”ということだと思う。心の奥底ではそう「求め」ている。しかし、今目の前に「君」がいて、「隣にいつも君がいる」のだから、これ以上「求めること」はないのだと、その気持ちを打ち消しているのではないだろうか。

サビ冒頭、「近づけば今 近づくほど 知らない君が増える」の部分。これは2通りの意味で読めると思う。一つは「君」(もちろん「僕」も同様)の命が少しずつ”死”「近づく」という意味。もう一つは文字通り「君」「僕」の距離が「近づく」という意味だ。そして「何もいらないさ いらないのに 物足りない気がするんだ どうして」と続く。ここは、Bメロで「何を求めることがある?」と問いかけていたこととつながる。求めていないつもりでも、求めている。だからこそ「物足りない気がする」のだろう。「君」と過ごせる時間が短いという「悲し」みを、精いっぱい覆い隠して、自分自身を納得させようとするような、そんな心の葛藤があるような気がする。


本当に大事なものほど儚いもので、それはまるで「蜃気楼」のよう…

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「どんだけ確かめてみたって
 どんだけ呼びかけてみたって
 いつだって君はそこにいて
 微笑んでくれるのに
 
 僕たちが生きるここは今
 失望で満ちているだなんて
 そんなこと言いたくはないんだ
 それだけさ 本当さ

 生きていけば今 生きていくほど
 さわれないものが増える
 何も手に入れちゃいないのに
 失くしていくとしても

 生きていけば今 生きていくほど
 愛おしい今も増える
 何も手に入れちゃいないけど
 失くせないものがあるんだ
 ミラージュソング」(Cメロ、ラストサビ)

 
Cメロは2回繰り返される重要なフレーズだ。Cメロの2つの段落は一続きの文章になっていると読んでも良いと思う。中間を拾うと、「いつだって君はそこにいて 微笑んでくれるのに 僕たちが生きるここは今 失望で満ちているだなんて そんなことは言いたくはないんだ」となる。この部分もこれまでと同じで、本当は「僕」「僕たちが生きるここは今 失望で満ちている」と思っているわけである。それを「言いたくはない」とは言っているが、実際は思っている…。それがこの曲に感じる”闇”の正体なのかもしれない。本当は「僕」「悲し」み、「疑」い、「怖が」り、「求め」「失望」を感じている。こんなにも大好きな、かわいい「君」の命が短いだなんて、そんなこと信じたくない…認めたくない…そんな風に思っているのかもしれない。そんなこの世の不条理に「失望」を感じているのだろうか。

1番と同じサビが出てくる。「生きていけば今 生きていくほど さわれないものが増える」とあるが、「さわれないもの」とは一体何だろう?1番では「何も手に入れちゃいないのに 失くしていく気がするんだ どうして」と歌われていたが、ラストサビでは文末が少々変わっている。「さわれないもの」は増え、「何も手に入れちゃいないのに 失くしていく」と言っているが、これはどういう意味か。この答えは最後のラストサビにあるのかもしれない。

「生きていけば今 生きていくほど 愛おしい今も増える」とある。先ほどの段落に対応させると、「さわれないもの」=「愛おしい今」と置き換えることができる。「何も手に入れちゃいないけど 失くせないものがあるんだ」、先ほどからサビのこの部分は非常に抽象的で、わかりづらい。本当に大切な「さわれないもの」=「愛おしい今」というのは、「手に入れる」ような類のものではないということがまず一つ。本当に大事なものは、所有できるような性質のものではないということだ。そして、それこそが、本当に失くしてはいけないものなのだということを言いたいのではないだろうか。

目に見え、手で触れられるような(物理的次元の)ものは、そこまで重要ではなく、本当に大事なのは、目に見えないものや手で触れられないもの、すなわち「君」と過ごす時間(=「愛おしい今」)や「君」との愛であるということ。そういった命や時間、愛の儚さを「蜃気楼」「逃げ水」という、目には見えるが実体はないものに例えて表現しているのだと思う。また、大事なのは「今」だけであって、「昨日」「明日」というのは「蜃気楼」のようなものであるということも言っていると思う。迫りくる大切な人の死に、”自分もいつ死ぬかわからない”、”人の命は儚いもの”、”ならば今をしっかりと生きよう”といった思いが浮かび、大切な人を失う悲しみや恐れと葛藤しながら前向きに生きようとするような、そんな曲なのかなと思った。

「ミラージュソング」
歌手名・作詞・作曲:米津玄師

歌詞サイトはこちら

※参考 
同アルバム収録曲「ホープランド」も雰囲気が似ていておすすめ!
「ホープランド」歌詞の意味&解釈

※「Lemon」収録曲もどうぞ
「Lemon」歌詞の意味&解釈(その1)
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