星野源のエッセイ集「いのちの車窓から」を読んで。

いのちの車窓から
星野 源
KADOKAWA
2017-03-30





星野源
のエッセイ集「いのちの車窓から」を読んだ感想を書いてみたいと思う。ネタバレせずに感想だけ書くというのはなかなか難しいが、ネタバレは最小限にとどめて感じたことベースに綴ってみたい。このエッセイ集は雑誌『ダ・ヴィンチ』に連載中のエッセイ「いのちの車窓から」をまとめて収録したもので、現在もこの連載は継続している。本の表紙が「1」というイラストになっていることからもわかるように、おそらくこの後も連載が続けば「2」「3」と続いていくのだろう。過去のエッセイ集もすべて読んでいるが、相変わらず爆笑必至のエピソード満載、ほろりと涙がにじむような押しつけがましくないじんわり感動系のエピソードも間にはさみ、笑いあり涙ありバカあり真面目ありという星野源の魅力は健在であった。1つ1つのエピソードは短く、激動のストーリーでもないのだが、こんなに感情を揺さぶられるエッセイが他にあるだろうか?と感じるほど、様々な感情が湧き起こった。爆笑エピソードの後に涙がこぼれ、しかし余韻に浸り息つく暇もなく指は次のページを渇望し、一気にラストまで読み終える。多くの読者がそんな感覚を得るのではないだろうか。

●”日常”と”非日常”の区別はない。いつだって大事な、尊い時間。

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星野源
の作品に常に共通しているのは、とにかく”日常”を大切にしているということ。以前歌詞の意味&解釈記事でも取り上げた「日常」というタイトルの曲もある。星野源の中では”日常”と”非日常”に区別がないというか、深夜のぼっち飯も紅白歌合戦もドラマの撮影もどれも平等に尊い時間であり、どの自分も自分だし、”良い悪い”や”凄い凄くない”がない感じがする。「いのちの車窓から」という連載のタイトル通り、星野源という「いのちの車窓から」眺める景色には何のジャッジもないのだろう。田舎の田園風景も、都心部のビル街も、高層タワーから見る夜景にも、それぞれの良さや楽しみがある。偏見や思い込みをなくし、ものごとすべてを”ありのままに”見る星野源にはとてつもなく大きくて普遍的な愛を感じるのだ。

●”人見知り”の仮面をかぶった無類の”人好き”。誰だって大事な、尊い存在。

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このエッセイにはたくさんの”他者”が登場する。それは音楽仲間であったり、尊敬する大先輩であったり、友人であったり、お店の店員さんだったり、タクシーの運転手だったり、動物だったりと様々だ。彼は幼い頃、学生時代の頃は相当対人関係に苦労したものと思われる。”人見知り”についてのエピソードも語られているが、本当は人が大好きなのに、好きすぎるあまり空回りして辛い思いをしたことから心を閉ざしがちになったことなどが書かれている。このエッセイ集でとても印象に残ったのが、”心を開くことの大切さ”や”常に自分の胸の扉は開いておくようにしている”といった趣旨の発言。本当は人が大好きであるというありのままの自分を解放し、常にハートを開き、誰であっても平等に受け入れる。そんな彼のオープンな”あり方”が、身近なタレントやスタッフのみならず我々一般人の心をつかむのだろう。損得勘定や偏見・差別の目なく、誰のことも尊重できる星野源が人気者になるのは当たり前のことなのだ。

●星野源は”ゆるしびと”。”自分もありのままでいいんだな”と思わせてくれる。

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このことはエッセイに限らないのだが、星野源の活動を見ていると、いつも自然体で飾ったところがなく、したたかさやあざとさもなく、謙虚でニコニコしている人なのだろうなぁという印象を受ける。彼はお腹が弱いことで有名で、ライブ途中にトイレに行ってしまうこともあった(笑)。しかし、それをとがめるファンは一人もいないどころか、むしろその自然体な姿にライブ特有の緊張を感じていたファンの心もふわっとほどけることとなり、その後ファンがいつもよりのびのびと踊れたことに間違いはないだろう。人間は完璧ではないし、大事なライブの本番中にトイレに行きたくなることだってある。人前ではニコニコしている彼だって、もちろん人間なのでいつも笑っているわけではないし、作り笑いの日もあるだろうし、どうしようもないことでムカついたり、嫉妬したり、イライラしたりすることもあるだろう。テレビに出る有名人は特に自分のイメージ(虚構)を作りがちだったり、売れっ子になるとどうしても”天狗感”がスクリーンの向こう側からでも透けて見えることがあったりする。しかし、星野源はいつまでたっても自然体なのだ。飾っている人、自慢したがる人、批判的な人の前ではこちらもハートを閉じて守りに入ってしまいがちになる。星野源の前では誰もが”自分もありのままでいいんだな”と自然と感じるのだ。彼はきっと究極の”ゆるしびと”なのだろう。

「いのちの車窓から」星野源の魅力がこれでもかと詰まった本である。彼が、敬愛するコサキン(小堺一機と関根勤)の背中から大きなものを受け取ったように、筆者自身も、そして多くの読者の方もたくさんのものを受け取ったのではないだろうか。コサキン星野源に説教臭さも自慢もエゴも何もない。ただ彼らは”そこにいる”だけだ。我々が人から何かを受け取り学ぶとき、それは大事なものほど与え手の方は”自然体”で”ありのまま”であり、その背中に”自分もありのままでいいんだ”という大きな愛を見るのだろう。彼がこれまでの過去や偉大な先輩たちから学んだことを自身の人生で体現することにより、我々一般読者もそのエッセンスを受け取ることができる。星野源は時代が待ち望んだ、誰よりも”普通”で”自然体”な大スターなのだなと感じた。

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